魔王やってましたけど勇者に負けて転生しました ~FFランク冒険者候補からの成り上がってやる~ 作:ほりぃー
――落ちていく。
落下する感覚に体が支配される。海に向かっていく。両手を動かそうとしてもすごい風圧に体がうまく動かない。このままじゃやばい。
壊れかかったクールブロンを握る。体の中に残っている魔力を確かめようとした……。
だめだ……さっきの竜からの攻撃を防ぐために大半の魔力を使ってしまった。普通に考えたら死んでいてもおかしくなかった。生き残ったのは奇跡かもしれない。
死ぬ? ……まだこんな形で死んでたまるか。
あたしの視界の端に黒影があった。そこに……あたしは叫んだ。黒の竜。体に巻き付いた魔法の帯。何かに操られている彼に向けて。
「ぴーちゃん! 来て!」
空に向かってありったけの声で叫ぶ。落下していくのは変わらない。だけど遠くで咆哮が聞こえた気がした。風を切る音がする。落ちていくあたしは姿勢を変えることすらもできない。
何とか視線を向ける。
――オオオォ!
あたしの目に映る黒い竜。体に巻き付けた魔法の帯がはじけて、光になって消えていく。大きな口には牙が並んだ恐ろしい顔……なのにかわいいって思える不思議な感覚。
「ぐっ」
傷を負ってボロボロのぴーちゃんの背中にあたしは落ちた。おしりから。痛ってぇ! フェリックスの制服の防護があっても痛いもんはいたい! ちょっと涙が出てきた。
「…………生きていたのか」
ぴーちゃんの背中に乗っていた少女があたしにいう。ソフィアだった。透明感のある紫の髪が風になびいている。彼女にあたしはとりあえず「なんとか」って答える。なんか少しソフィアの口調に違和感がある。
ぐらついた。あたしがじゃない。ぴーちゃんがよろよろと飛んでいく。そうだ、ぴーちゃんももう限界だったはずだ。
「ぴーちゃん! 大丈夫!?」
あたしが言葉にしても何も変わらない。ぴーちゃんは羽を広げてセレーナ島に向けて飛ぶ。いや、落ちていく。ミラたちのいる城のある場所じゃない、海岸線に近い場所に向けてなんとか滑空する。海岸には灯台のような建物があった。
海に落ちるように高度が下がっていく。
あたしたちの前にある島の姿は切り立った崖のようになっている。このままじゃそこにぶつかる。
だけどぴーちゃんは大きく咆えた。大きく羽ばたくと断崖に沿って急上昇していく。その頂上に上りきってから、がくんと落下する。地面に降りる前に一度羽ばたいてから、ずしんと倒れるように落ちた。……きっとぴーちゃんは乗っているあたしたちを気遣ってくれたんだ。
あたしは背中から降りてぴーちゃんの顔のほうに走る。
――ぐるるる
弱々しくうなるぴーちゃん。大きなその瞳にはあたしが映っている。いつの間にか自分の姿は『元』に戻っているとそこでわかった。いや、今はそんなことはどうでもいい。あたしはクールブロンを置いてから、ぴーちゃんに抱き着いた。
「ありがとね。ぴーちゃん。……無理させてごめんね」
本当にごめんね。……でもぴーちゃんがいなかったらどうしようもなかった。本当なら治癒魔法を使ってあげたい。……あたしの体に残っている魔力じゃ大きな体を癒すには全然足りないだろう。
「もう少し待ってて」
あたしはぴーちゃんを撫でてから言った。体は疲れている。それでもまだやることはある。
空を見る。そこにはヴァイゼンを乗せた青い竜はいない。いつの間にかいなくなっている。……自然とあたしはこぶしを握っていた。あそこで自分の甘さがなければ、自分で作り出した過去の形にとらわれていなければって、思う。
いや、そんなのはあとでいい。クールブロンをつかむ。今はミラたちが無事か確認しなくちゃいけない。城のほうに目を向けてあたしはそこに向かおうとする。
「待ちなさい」
はっとした。あたしを呼んだソフィアへ振り向く。くすんだ赤い目を持つ彼女はあたしを睨みつけている。彼女の手には『聖杖』が握られている。
「ごめんソフィア。ここでぴーちゃんと一緒に待っていてほしい」
「…………お前は何者ですの?」
ソフィアの口調は鋭い。その言葉には敵意がにじみ出ている。……なんでここまで目の敵にされるのかはわからない。
「何ものって言われても……あたしはあたしだよ」
「真面目に答えてくださる? 竜を使役して、その魔力すら取り込み……そのうえあの規格外の魔族の男と渡り合える人間が…………普通のはずがないですわ。ただの村娘が……どうやってそんな力を得ましたの?」
ソフィアの口調がさらにきつくなる。……あたしは答える。
「今そんなことを話している場合じゃないじゃん。みんなが無事かわからないから、早くいかないと」
「繰り返しますわ。……私の質問に答えてくださる? ただの村娘が持つには異常な力をなぜ持っていますの?」
「…………生まれつきだよ。それにあたしは魔力なんて全然ない。ただぴーちゃんの力を借りただけ」
噓を言っているわけじゃない。人間に生まれ変わった時にあたしは魔王として培った知識と経験を持っていた。それだけの話。
「それにあたしよりも、ソフィアのほうがずっと大きな魔力を持っているじゃん。『知の勇者』の子孫として『聖杖』の所有者なんだし。あたしなんて気にする必要はないよ」
「……生まれつき?」
殺気を感じた。
ソフィアの聖杖を持つ手に力が入っていることがわかる。なんでそこまであたしにこだわる。とにかく今は彼女と話をしているよりもみんなのもとに向かわないといけない。
「とにかくあたしはいくよ……ソフィアもエルのことが心配じゃないの?」
「エル? ……はっ。わたくしがあれを心配する必要なんてありませんわ」
「…………」
あたしは踵を返す。そのまま走り去ろうとして、一度立ち止まる。振り返ってソフィアに言う。
「エルとソフィアの関係がどんなものかはわからないけどさ。……あの人の胸元に魔石を埋め込んで従わせようとするのはいびつだと思うよ」
余計なことを言ってしまった。あたしとソフィアの視線が交差する。
「ふふ」
ソフィアが笑った。
「あはは。はははは、くっくく」
「何がおかしいのさ」
「あなたは想像力貧困ですわね。くくく、ふふふ」
ソフィアは笑う。想像力……? 何を言っているのかわからない。……ただよくわからない関係に口を出してしまったことは彼女にとっては嫌だったのかもしれない。
だけどソフィアは笑う。
「生まれつき? 生まれつきあの異常な力を持っているですって? 極小の魔力しか持っていないくせにわたくしが見てきた誰よりも魔法の構築技術が高いことが才能とでも言いますの? くくく……。あなたは覚えていますの?」
「覚えているって、何をさ」
「ポーラ先生の授業であなたは魔力の測定器に小さな光を灯したことをですわ」
「あれは……笑われてたね」
「……有象無象どもにはわかりませんわ。あなたの持つ、小さな魔力ではそもそも反応しないはずの測定器の中で星のように複雑な魔法を構築していたことをわたくしは見ていましたわ。それだけじゃない。魔力で作った人形での戦いも、あの模擬戦でも、あなたは、常にわたくしの上を行っていた」
ソフィアはあたしを見た。その目からは憎悪や怒りを感じる
「わたくしの努力を、お前の才能が常に超えていましたわ」
「……さっきも言ったけどあたしよりもソフィアのほうがずっと魔力は上だよ。知っているでしょ。測定器が反応したっていっても何にも役に立たないし、あたしはほかの人の力を借りないと何もできないんだ。生まれだってソフィアの言うように山奥の村生まれだし、勇者の一族のソフィアが気にすることないじゃん」
「勇者の一族?」
ソフィアはまた笑った。
「わたくしは勇者の一族ではありませんわ」
「は?」
え?
ソフィアは笑っている。貼り付けた笑顔で彼女はあたしに近づいてくる。
「わたくしは、本物のソフィア・フォン・ドルシネオーズではありませんわ」
言葉が頭に入ってこない。
「おかしいと思いませんの? この耳とこの目……人でも魔族でもない中途半端な存在が本当に勇者の一族と思っていますの?」
彼女は首を少し傾げ、そのくすんだ赤い目であたしを見る。
「本当のソフィアは……私が……この化物のわたくしが殺してしまいましたの」
ソフィアは自分の胸元リボンを緩めて、シャツをはだけさせる。
その胸元に光る魔石。煌々と魔力の光が灯っている。