魔王やってましたけど勇者に負けて転生しました ~FFランク冒険者候補からの成り上がってやる~ 作:ほりぃー
四方からスライムがとびかかってくる。
「2人とも伏せて!」
ミラの声にあたしはあわててその場にしゃがみ込む。ミラの体がくるりと回る、円を描くように剣を振ったって……ぼとぼとと真っ二つになったスライムが落ちてきてからわかった。
剣技というよりは舞っているみたいにすら思える。それだけ綺麗だ。
「あんた、早く立って!」
はっとしてラナにすがるように立ち上がった。
「ミラ! あたしたちのことは気にしないで」
「……危ないときは私の名前を呼んでね」
ミラはロイの方へ駆け出していく。一瞬の判断だった、ミラのそばでは戦うことはできない。剣の間合いの中じゃ邪魔になってしまう。だからあの子は強敵であるロイにまた向かっていったんだ。
「鬱陶しいなぁ」
けだるげな声はロイのものだ。あたしは背を向けて走り出す。
スライムの間を駆け抜けていく。入ってきた出口はだめだ、ていうかなにあれ、ぬるぬるしたのが固まってふさがれている。うえー。
でももしもこいつらが人間が大勢いる場所で襲い掛かってきたらすごい被害がでるかもしれない。そう想像するとぞっとする。船であたしたちが負けてて、魔族の作戦が最後まで進んでいたら魔王戦争がまた始まっていたかもしれない。
その時、どれだけの人間が――
てっ。うわっ。なにかにひっつかまれた!
足に紫の液体が絡みついている。スライムだ。その瞬間あたしの周りが暗くなった。頭上を覆いつくすようなスライムの群れが「落ちてくる」。
まずい。
「炎の精霊イフリートの名において命ずる」
刹那の時間にあたしの前に立ったのはラナだ。右手を上に向けて魔力を集中させている。
「フレア・アロー!」
ラナの右手から打ち出された炎は一筋の矢のようにスライムを貫いて、後ろに飛ばす。ラナは「フレア」とあたしの足元にスライムも焼いた。あ、あっち。あち。足に絡みついてたやつも驚いてひっこんだ。
げっ、靴がほんのり溶けてる。走るには支障がないけどさ。
「ありがと、ラナ」
「……お礼言われても、状況は変わらないんだけど」
確かに水でできているスライムとラナの炎の魔法じゃ相性が悪い。ミラを見るとロイに切りかかっている。
「さっきみたいにはいかない。アイス・シュトローム」
ロイの手を中心に吹雪が巻き起こる。
なんだこれ。冷たい。次に目をあけるとあいつを中心に周りが凍り付いている。自分の手下のスライムもお構いなしだった。凍ったスライムは動きを止めたけど、天井からどろりとまた落ちてくる。
「僕に近づいたら氷像にでもなるよ。ほら、おいでよ」
ミラは攻めあぐねている。でも、これスライムがだんだんと部屋に入ってくるけど……。
「こ、これやばいんじゃないの。マオ」
「う、うん」
このままスライムに覆いつくされて食い殺されるか、ロイに凍らされるか。どっちにしろいやだ。さっきあたしの壊した壁画の間からもどんどんスライムが落ちてくる。
それを見た一瞬だった。あたしの足元が光る。
「ラナ! 魔法陣」
氷柱が地面から突き出てくる。あたしの制服の一部を切り裂いて。よけられたのは偶然だと思う。ロイの舌打ちが聞こえてきた。あいつちゃんとこっちも狙ってきてる……!
赤い髪を少し逆立ててラナが怒ってる。冷静にならないとだめだって。
地面からもスライムが湧いてくる。動きは緩慢だけど……。動ける範囲が狭まっていく。ミラの剣で切っても分裂する程度で致命傷にはならない。ラナの炎の魔法じゃどうしようもない。
あたしには魔銃もない。あーどうしよう。とにかく動きながら考えるんだ。
走りながら考えるのは結構つらい。いつ足元が光るかもわからないし、うわっ、あぶない! スライムにとびかかられた。
横を走るラナを見ると目がが合う。
「ねえマオ、あのスライムって水でできてんのよね」
「えっ? そ、そうだとおもうよ」
「じゃあ、あれがいけるんじゃないの」
「あれってなに?」
「あれよあれ。別に名前があるわけじゃないからわかんない。ほら、草むしりの時のあんたがやったでしょ」
く、草むしりってこんな時に何を言ってんの? あの時は確か、炎を出さないように熱だけ使ったんだっけ。……も、もしかして。
「ま、まさかラナ。この量のスライムを蒸発でもさせる気なの?」
「まさか。あんた、ラナ・スティリア様をなめてんの? そんなことできるわけないでしょ!」
そんな胸張って威張られても……でもそれじゃあどうするのさ!
「決まってんでしょ。私は優秀で優等生なんだから炎以外だって使える。あんたこの場所まで誰が連れてきたのか忘れたの?」
「あ」
そっか。そうだ。たしかにスライムは強力なモンスターだ。斬ってもなかなか死なないし。相性の悪い魔法じゃ殺せない。でも、人間や魔族のように体の構造は単純なうえ魔力をほとんど持ってない。
だから内部の「水」に魔法で干渉することができる。
あたしとラナは立ち止まって振り向く。ぬるぬるとうごめくスライムがじわじわとあたしたちを取り囲もうとしている。
「私は! こんなところでスライムの餌になるなんて……心底ごめんだからね!」
「同感!」
ラナが右手を前に出す。あたしも左手を前にだしてラナの手のひらを後ろから包むように合わせる。
「水の精霊ウンディーネの名において命ずる」
ラナの呪文に合わせてあたしは魔力の流れを調節する。空間把握は十分。だって、あの時と違って視界全部に干渉してやればいいんだ。薄く、広く魔力を浸透させていく。
スライムたちがとびかかってくる。あたしは、ラナの残った手を右手で握る。ぎゅっと。
魔力の循環。青い魔力をラナの中で高まっていくことを感じる。あたしとラナの前に魔法陣が展開される。その精密な構築は……自分で優秀っていうだけあるよ!
「しくじったら承知しないからね! マオ」
あたしに任せておけば大丈夫!
「アクア・ストーム!」
眩い青の光が浸透していく。スライムたちの体の中にある「水」が泡立って、渦を巻いてた。
「ロイ! これ全部お返しするよ!! ミラよけて!」
スライムの中の水があふれだしていく。数十体のスライムがはじけて、破けた水流が1つになっていく。
丸い巨大な水球があたしとラナの頭上にできた。
「よ、よけてっていっても」
ミラは困惑したような声を出してあわてて後ろに下がったのが見える。
あたしたちは顔を合わせてにやぁってと笑った。ラナ、すごいいやらしい顔してる。でもいいさ、あとはロイにもお仕置きだ!
ロイは目を見開いて叫んだ。
「な、んだ! これは」
「見てわかんない?」
ラナの挑発。
「ただの水の球よ! くらえ!!」
魔力の供給を切る。
天上から落ちてくる水球はロイに直撃した。すさまじい圧力に壁が崩れて、轟音が鳴り響く。
はじけた水は川の流れのようにあたしたちの足元を流れていく。こ、これ死んでないよね。
「あっはっはっはっは。すっきりした!」
ラナは両手を腰において愉快そうに笑ってる。
「だ、大丈夫かな」
「あ? 魔族なんだからあれくらい平気でしょ」
楽観的だなぁ、ま、ああいいけどさ。あっ! ミラは、ミラはどうしたんだろ!
「ミラ!」
その声に反応した人影があった。その人影はずぶぬれ……ていうかミラだ。覆面で顔の半分は隠れているけど、その目がじとっとあたしたちを見ている。
「やったのはマオよ」
間髪入れずにラナがあたしを売った! ふ、ふざけんな。言い出したのはラナじゃん!
つかつかとミラは近づいている。う、うわーすごいぬれてる。こ、抗議されるかな。そうやって身構えているとミラが言った。
「二人とも無事でよかった」
あたしの予想に反してミラはにこっと笑った。口元は見えないけど、目でわかる。
ぐさっ。ラナと責任を押し付けあっていたから、ミラの言葉が心に刺さる。それはラナも同じみたいでなんか黙ってる。
「そ、そうだ。このことを早くあの役人とかの報告しよう」
あわてて話を変える。
「たぶんスライムも全滅したわけじゃないよ。ほら。壁にへばりついてるやつとかいるし。あ、そうだ! 猫! 猫もどこにいったんだろ――」
スライムや猫を探してあたしは視界を動かす。そして見上げたから気が付いた――頭上に紫色の大きな「手」が浮かんでいた。
「へっ?」
なにこれ。ラナとミラも一瞬遅れて気が付く。
「危ない! マオ」
どんとあたしを押す手。それはミラだった。体が後ろに転がる。呼吸をするまもなく。どん! と「紫の手」は落ちてきた。ラナとミラを巻き込んで。
「……ダサいよね。僕。君たちみたいな雑魚に振り回されてさぁ」
がれきをかき分けて出てきた金髪の男がいた。魔族の軍服を着たそいつは頭を押さえている。その後ろに「巨人」がいた。
巨人? 違う、紫の水の集合体だ。スライムの集合体といっていいと思う。……何を冷静に言ってんのあたし!
「ミラ! ラナ!」
声だけが響く。ロイはあたしに近づいてくる。
「今日は君たちを何度も殺すタイミング……ちがうなあ。殺せたと思うんだ。なのにかみ合わないのは意外と君がいたからなんじゃないかなって」
げふ。
あたしの体が後ろに飛ぶ、あ、あぁ。なに? 強い衝撃がおなかにきて、それから。
「軽いなぁ。少し蹴っただけでこれか。魔力もほとんど持ってない雑魚のはずなのに妙な技とかいっぱい持っているよね。僕の魔法陣に干渉したりさ」
息が、吸えない。ぐあっ! あ、あたしの胸のあたりをロイの足が押さえつけてきた。体重をかけて、く、るしい。ロイがあたしの前でぱたんと本を閉じる。
「もう僕は魔導書を使わないよ。君相手だしね。このまま心臓をつぶしてもいいし、スライムの餌とか、女の子だしまあ別の使い方をしてやってもいいけど。減らされたしね」
魔法を使ってあたしに利用されないようする気だ……。
……足をどけないと、ラナとミラも助けに行かないと。
「あの赤髪とうざい剣士がいたら君は厄介だけど、君一人じゃ別にどうということもないんだよね。ほら見なよ」
ロイが手を広げる。こいつの後ろにいるスライムの中に人影が2つある。
「この人型はカオス・スライムの真の姿だ。魔力を与えてやらないとこうならないのが難点だね」
スライムの中でもがいてるのはラナとミラだ。あそこじゃ、きっと息もできない。
「体を魔力で守っているのかな……溶けないのは流石だ。でもあと数分で窒息死するだろうね、そのあとに君の処刑を考えるよ。それまでゆっくり一緒に友達が死ぬのを見物しよう」
あたしを見下ろすロイの口角が吊り上がる。残忍な、そんな笑顔だ。それでいてあたしの胸に押し付ける足の力は強まっていく。
「……どぉ……け」
声が出ない。早く二人を助けないとまずい。でも、どうすればいい。こいつの言う通りあたしには何の力もない。武器もない。助けも来ない。
紫色の水中でミラがあたしを見た。その顔は泣きそうで、それでいてあたしを助けたそうで……こんな状況でも自分よりもあたしか……。ああ、そうだよね。いつもミラはそうだ。
「あたしを……なめんな」
「え? 聞こえないや」
ぐ……つ、つぶされる。負けるもんか。
「あ、あんたさ。性格悪い……よね」
「はあ? この状況で何を言っているのかな君は。あ、そうだ、君の名前を聞いておこうかな。ここまでコケにされたんだから殺すまで名前くらいは覚えておくよ」
「し、知りたいの?」
「うん。とってもね」
言いながらロイの足は強くあたしを押さえてくる。
「じゃあ、あたしの名前を覚えておいてよ。……あたしは……マオ様だ!!」
シャー!
ロイに白い猫がとびかかった。あいつはあたしが連れてきたやつだ。どこに隠れてたんだ! ……よかったけどさ!
「なんだこの猫……うざいよ」
足の力が弱まった。あたしはその瞬間こいつの足にかみつく。
「!」
急いで立ち上がってロイにとびかかる。いや、ロイの右手へとびかかった。
「こいつ。離せ。なにをしている」
「離すのはあんただぁ!」
「意味の分からないことを、どけ!」
あたしは地面に転がされた。ロイのあきれた声が聞こえる。
「無駄なあがきはよしなよ、馬鹿だなぁ。そんなものを手にしてどうするのさ」
あたしは体を起こして、ぱらりと「本を開く」。ロイの持っていた魔導書だ。
ロイは心底馬鹿にしたように肩をすくめた。
「残念だけどね。それを起動するためには君がその本の中身を多少は理解している必要性がある、ほら、見てごらん。読めないだろう」
魔導書に目を落とす。これは……人間の文字じゃない。
「それは昔の魔族の言葉だ。魔族の中でもそれなりに教養のあるものしか読めないし、起動もできない……」
へえ。そうなんだ。
ああしはにやりと笑う。少し魔力を通すと魔導書はきれいな光を放ち始めた。
「なに……?」
「あはは。だから言ったでしょ。あたしをなめるなって」
昔の魔族の言葉なんてさ、読めるに決まっているじゃん。この魔導書に刻まれた魔法を使う必要なんてない。すべての魔力をあたしは使う。
魔導書があたしの前に浮き上がる。
あたしの広げた両手。右手と左手にそれぞれ別の魔法陣を展開する。口では呪文を紡ぐ。
体全体に魔力を浸透させる。身体強化。海辺の町での弓使いとの闘いでは視界の強化しかできなかったけど、体全体を強化する。
そして魔力を「形にする」魔法。
「クリエイション!」
あたしの声に反応して魔力が形を織りなしていく。船での戦いはほとんど無意識だったけど、あとで記憶がよみがえってきた。だから、あたしにはこれができる。
あたしの手の中に魔力で織りなした「魔銃」が生まれた。魔鉱石でいっぱい作った気がするけど、今作れるのはこれだけで精一杯。でもさ――
「さあ、ロイ! クリスと同じようにあたしが教育してあげるよ」