アバンタイトル
師匠から投げかけられた問いを私は熟考した。
夜凪景が役者の道を踏み出した第一歩。
『俳優発掘オーディション』。
星アリサの経営する芸能事務所スターズ。
多くの人気タレントを抱える事務所の主催するオーディションにて彼女が日本映画界の鬼才、黒山墨字(くろやま すみじ)監督と出会った瞬間。
それをファーストシーンとするのが良いかもしれない。
もしくは夜凪の母親が亡くなった瞬間。
母を失った悲しみ、家族を捨てた父への憎悪、遺された弟妹への庇護の感情。
彼女の背景が描かれる重厚なファーストシーンとなるだろう。
華々しい活躍までの尺はあるが、波乱万丈で見どころ満載。
本人には怒られそうだけど。
じゃあ、彼女の映画デビュー作『デスアイランド』の撮影はどうだろうか?
スターズの所属タレントと一般公募のオーディションで選ばれた役者志望の若者達が共演したスマッシュヒット作。
夜凪景以外にも後に世代を代表する俳優達が次々と出てくる。
華やかで瑞々しいファーストシーンとなるだろう。
何より百城千代子(ももしろ ちよこ)がいるのがいい。
夜凪景を語る上で同世代のトップスターである彼女は切っても切り離せない。
キャストのことをいうなら彼女が初めて主演した舞台『銀河鉄道の夜』のあたりからでも悪くない。
演劇界の巨人、巌裕次郎(いわお ゆうじろう)が率いる『劇団天球』。
中でも巌の秘蔵っ子、明神阿良也(みょうじん あらや)との共演が彼女に与えたものは大きい。
夜凪景の圧倒的演技力に世間も気付き始めた。
圧倒的な熱量を持った超新星の誕生————それと同時に訪れた巌裕次郎の死去。
最高の知らせと最悪の訃報の中行われた公演と一連の報道は台風のように日本演劇界を揺らした。
その台風の目の中に彼女はいた。
彼女の力は人を惹きつける。
「
ダイナミックでセンセーショナルなプロモーションで日本中が湧いたダブルキャスト舞台『羅刹女』。
夜凪景と王賀美陸。
百城千代子と明神阿良也。
二パターンのキャストを見比べることのできるこの企画は公演の名を借りた役者たちの決闘の様相を醸し出していた。
また、表沙汰にはなっていないが、その舞台で夜凪と王賀美側の演出家である山野上花子は夜凪の父の不倫相手でもあった。
それぞれの役者としての意地と実力に加え、夜凪の葛藤と怨讐の念がこもった舞台はあまりにも凄絶で、手にかいた汗が引くことは一度もない。
ファーストシーンがこれだったら、この後どうやって盛り上げればいいんだ?
……いろいろ考えて見ると、どれでもいいしどれも間違っている気がする。
師匠に「どれが正解なんですか?」と聞いたら、
「その質問自体が分かってねえ証拠だ」と怒鳴られた。
ふと考える方向を変えてみる。
物語は誰のためにあるのか?
決まっている。
物語を受け取る側、読者、視聴者、観客のためだ。
彼らが読みたい、観たいものが物語には詰まっていなくてはならない。
ならば、夜凪景の物語はどこから始められるべきか?
……ああ、そうか。
未知の物語を私たちは求めている。
夜凪景の物語を始めるなら今、この時。
私たちが知らない夜凪景を描いたものでなくてはならない。
羅刹女の舞台を終え、女優としての知名度、完成度を上げた彼女は来たる黒山墨字の大作映画出演に向けて、さらなるステップアップを求め、大河ドラマ「キネマのうた」の主人公『薬師寺真波(やくしじ まなみ)』の少女時代役オーディションに参加。
並居る実力派若手女優を出し抜いて見事、役を手に入れた。
同じく薬師寺真波の幼少期、成人期を演じる子役の鳴乃皐月(めいの さつき)、トップ女優の環蓮(たまき れん)とともに合宿を行い、準備も万端。
日本を代表する豪華キャストが一堂に会する鬼の巣さながらの撮影現場に臨む。
ここから物語を始めよう。