アクタージュは終わらない【原作の続き】   作:宇津木 恭吾

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SCENE124 オバケ

 歴史の大河を放映期間1年間、約五十話という長大な尺で描く規格外にして究極のドラマ……それが大河ドラマ。

 そのクレジット欄は当代最高の役者陣が連なる絢爛豪華な宮廷絵巻のよう。

 もしくは、人ならざる天魔の類が書き込まれた地獄絵図か。

 当然、それに関わる者たちは野心や目論見が秘めている。

 

 

「薬師寺真美。

 あれは毒ですよ」

 

 撮影スタジオ内の喫煙所。

 チーフプロデューサーの中嶋を前にして脚本家の草見修司(くさみしゅうご)は畏れ混じりにそう呟く。

 

 

 

 明日から撮影が始まる来年の大河ドラマ『キネマのうた』。

 大河ドラマといえば舞台となるのは大抵歴史好きの人気が高い戦国時代や幕末期。

 たまに平安、鎌倉あたりもあるが強力な原作小説を下敷きにするなどしてハズレない作品を作る。

 しかし、今回は禁じ手と呼ばれる近現代劇。

 さらに原作小説はなく、オリジナル脚本を書き下ろすという大博打としかいえない企画。

 草見は初めてこの話を持ちかけられた時、「絶対に関わりたくない」と心から思った。

 脚本家として大河の仕事はいつかやってみたいと思っていた。

 だが、近現代劇、しかも存命中の関係者が山ほどいる芸能分野にスポットを当てた作品など恐ろしくて描けるとは思わなかった。

 ドラマにする以上、登場人物の光と影を描くこととなる。

 戦国や幕末の死人ならば口がないが、今回の場合、各所にお伺いを立てながら物語を構成しなくてはならない。

 まして戦後映画界を代表する人間は現代の芸能界の礎とも言える人々だ。

 下手を打てばその瞬間、業界に居づらくなってしまう。

 博打の面白さよりもリスクが勝ってしまう。

 

 そんな冷静な草見を動かしたのは中嶋の覚悟だった。

 

 主人公、薬師寺真波の実娘である薬師寺真美の起用。

 

 作中、最も深く描かれる分、その光も闇もさらけ出されてしまう薬師寺真波。

 彼女の唯一の肉親である薬師寺真美が製作側に着くということはこのドラマで描かれる薬師寺真波の描き方にはお墨付きが与えられている、と内外に示すこととなる。

 あの薬師寺真波を敬愛する薬師寺真美が納得している物語を誰がケチをつけられるのか。

 つけられるわけがない。

 

 企画を支えてくれる強力な後ろ盾を得るために毒を甘んじて飲み込む。

 そんな中嶋の並々ならぬ覚悟に惹かれ、草見はこの話を受けたのだが、中嶋はどこか楽天的だ。

 

 

「自身の母親を描くドラマなんて厳しく見られて当然です。

 ですけど、草見さんの脚本(ホン)に対して特にお咎めはありませんでしたよ。

 ご納得されて撮影に臨まれるということです」

 

 中嶋はそう言って草見に発破をかけるが、草見は苦笑した。

 

「は。あなたは本当に人が悪い。

 毒を喰らわなきゃいけないのは僕たちじゃないでしょう」

 

 薬師寺真美は推しも押されぬ大女優である。

 名だたる巨匠、名優とともに半世紀以上仕事を日本映画界を支えてきた。

 彼女からすれば40前後の草見や中嶋は子供のようなものであり、「若い人のやることだから」と生暖かい目で見守ってくれているところもある。

 しかし、その生温かい目を向けてもらえるのは裏方に対してのみ。

 カメラの画角に収まるところで仕事をする者たちに向ける彼女の目線はひたすらに冷たく鋭い。

 実際、顔合わせの時に子役の鳴乃皐月に向けた目には敵意がこもっていて、それを隠そうともしなかった。

 

「真美さんの入りはいつでしたっけ?」

「撮影三日目からですね。明日、明後日は薬師寺さんのいないシーンを撮るみたいです」

 

 草見はタバコの煙をくゆらせながら宙を仰ぐ。

 

「薬師寺真波の人生において最初の壁となった人物、祖母の薬師寺文代。

 撮影現場においても、薬師寺真波()()に立ち塞がる、か」

 

 

 クランクイン当日。

 撮影スタジオに集まった主要スタッフは神主の御祓について回っている。

 その様子を夜凪景と鳴乃皐月は遠巻きに見ていた。

 

「ドラマでもお祓いってするのね。

 特に今回は神社でやってもらった上にスタジオでまで。

 芸能界の人って信心深いのかしら?」

「そりゃあ大切なスターを扱うんだもの。

 丁重にしすぎることはないかもね。

 ま、私は祟りなんて信じていないし、どうでもいいんだけど!」

 

 夜凪から質問された皐月は少し強がるように胸を張って応えるが、

 

「ところがどっこい!

 無いとは言い切れないんだよなあ!」

 

 背後からした野太い大きな声に夜凪と皐月は「ヒイッ!」と悲鳴を上げて抱き合った。

 声の主は松倉紀世彦(まつくらきよひこ)

 今年60歳になるベテラン俳優だ。

 

「キャメラのフィルムってのは人間の目よりずうっと正しく物を写す。

 お嬢ちゃんたちには見えない、この世にあっちゃならないものが画面の片隅に映ってしまったりするんだ……

 先輩にいじめられて死んじまった女優のたまご、殺陣で失敗して本当に斬り殺された斬られ役、映画が撮りたいのに干されたまま一生を終えた監督……

 撮影所にはいろんな怨念がこもっていて、そこにも、ここにも、あそこにも本当はいるんだ。

 そんなところでキャメラを回したら、どうなると思う?」

「ど、どうなるの?」

 

 重々しい語り口に怯えながらも引き込まれる夜凪と皐月。

 松倉はスゥっと息を吸い込んで、

 

「そのカットは使えなくて撮り直し!!

 バラしたセットを建て直し、ヘソを曲げた大女優のご機嫌を窺い、地獄のようなスケジュール調整をして再撮影を行う羽目になるんだ!!

 ガッハッハッハッハ!!」

 

 気分良く笑う松倉に対して皐月はなんとも言えない顔をして愛想笑いをいる。

 なお、夜凪は冷や汗を垂らしながら、

 

(な、なんて恐ろしい……

 お祓いは絶対必要なことなのね!

 映研でも徹底させなきゃ!)

 

 と慣例の重要性を認識していた。

 

 

「紀世彦、ほどほどにしときなさいよ。

 お前さんは若い娘を見るとすぐ近寄っていくんだから」

 

 穏やかな笑みの中に隠しきれないダンディズムを漂わせている美壮年。

 天城陽一郎(あまぎ よういちろう)が松倉を諫めるように肩を叩いた。

 

「そもそもキャメラにフィルムって……年寄りぶるんじゃないよ。

 私より一回り近く若いのにさ」

 

 ほっ、と笑顔の種を撒くように現場の空気を和らげる。

 天城はキネマのうたにおいて幼少期から少女時代にかけての真波のよき理解者である映画館の館長の役を演じる。

 若い頃は二枚目として一世を風靡した名優は老いてなお女性共演者に頼られ親しまれる。

 

「あの……昔の撮影現場にはオバケとか出たんですか?」

 

 皐月が恐る恐る尋ねると、天城はポンと大きな掌を彼女の頭に乗せた。

 

「しょっちゅうあったさ。

 面白い映画の時は特にだね。

 アイツらタダでスターが観られるからってがめついんだ」

「……フフフ、映画好きのオバケなの?」

「映画はみんな大好きさ。

 死んだって変わらない。

 あと、たまに役者の先輩や怖かった監督もやってくるんだ。

『おい、陽一郎!

 俺が生きてた頃から何も成長していないじゃないか!』

 なんてね」

 

 皐月から手を離し、セットを見やる天城。

 

「特に今回は実在した人たちを演じるからね。

 自分がどんな風に演じられるか、気になって寄ってくるかもしれない。

 邪魔されないようにしないとね」

 

 流し目をしながらニコリと微笑んで天城はその場を離れた。

 松倉もいつの間にか別の女優の元に顔を出している。

 

「フウッ……緊張した……

 オバケなんかよりずっと怖い」

 

 皐月は冷や汗を垂らしている。

 普段は少し高慢ともいえるくらい堂々とした彼女だが昭和の重鎮を相手するのは些か緊張するようだ。

 

「オバケが観にくる……か」

 

 夜凪はふと、死んだ母親のことを思い出した。

 

(お母さんも私の舞台や映画、観にきてくれていたのかな?)

 

「あなたが今、考えていること当ててあげよっか?」

「えっ?」

 

 皐月のひと言に夜凪はギクリとする。

 皐月は自信満々に、

 

「『薬師寺真波はこの現場に来ているのかしら?』

 ってことでしょ!」

 

 と言い放った。

 

「アー…………ウン。そうそう」

「フフン! やっぱりね!

 さすが私たち、同じ真波を演じるものとして波長が合ってきたみたいね」

 

 夜凪はちょっと申し訳なくなって皐月から目を逸らすが、

 

「ぜったい認めさせてやるんだから。

 薬師寺真波にも、薬師寺真美にも…………ママにだって」

 

 消え入りそうな小さな呟きを聞き逃さなかった。

 夜凪は皐月の母親が中学受験の前に引退させようとしていることを聞いている。

 そんな母親の気持ちを変えるためにも、このドラマで見事な演技をして自分の力を認めさせたいということも。

 だからその横顔に並々ならぬ決意があることを強く感じ取った。

 

「うん。そうしよう」

 

 大河ドラマ『キネマのうた』は静かにクランクインした。

 

 

 

 

 一方その頃、成人後の薬師寺真波を演じる環蓮(たまきれん)は別の仕事の現場にいた。

 

「今日、明日は真美さんは現場に出てこない。

 それまでに皐月ちゃんが役に馴染んでくれればいいんだけど」

 

 五年ほど前に薬師寺真美と環は映画で共演したことがある。

 その時も薬師寺真美は当時既に人気実力派女優として名を馳せていた助演女優に痛烈なダメ出しをしていた。

 苛烈に責め立てるというよりは真綿で首を絞めるようにじんわりと。

 芸歴10年を超える女優が自分の芝居を見失い、その映画の芝居は散々。

 以降もスランプが続き、彼女のいたポジションには既に別の若い女優がすり替わった。

 

 その現場を目にしたことのある環は薬師寺真美のことをこう思っている。

 

『現場の雰囲気や作品のことよりも自分の美学や思想を優先する面倒な大女優(エゴイスト)

 

 環だって女優としての誇りはある。

 だが、女優はあくまで映像作品を構成するパーツの一つであり、一人の女優はそのパーツのさらに一部品であると考えている。

 みんなが好き勝手言えばまとまらない。

 だから監督というポジションがあるわけで真美はその領分を侵すことをなんとも思わない。

 

 ふと、環は鎌倉で合宿生活をしている時に撮影した写真を見返す。

 そこに映し出されている必死で脱皮しようとしている皐月とそれを見守る、いや観察する夜凪の様子にため息をつく。

 

 皐月がもし潰されれば、彼女を自身の役作りに利用している景ちゃんも間違いなくそれに引っ張られる。

 それを恐れて私は必要以上にふたりの作る薬師寺真波を取り込まない。

 だけど、もしドラマの序盤で主人公がガタガタになってしまえばその後の視聴率にも影響するし、作品全体の印象が暗澹たるものになりかねない。

 

「環さん、出番です」

 

 呼びに来たスタッフに「ハーイ」と返事してスマホをしまう。

 

 

 まあ、そうなったとしたら私が美味しいところを全部もらっていくだけの話だ。

 期待の新星、夜凪景を踏み台にして大女優薬師寺真美を単独で圧倒する。

 ボロボロになりそうだった大河ドラマを建て直した女優として箔をつけさせてもらおう。

 

 

 環蓮もまた、女優(エゴイスト)である。

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