アクタージュは終わらない【原作の続き】   作:宇津木 恭吾

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週刊にしようかとも思いましたが、書け次第出してくスタイルでいこうと思います。


SCENE125 甘え

『キネマのうた』の撮影は初日、二日目と順調に進んだ。

 リハで熟練の俳優たちを唸らせた芝居は本番でも遺憾なく発揮され、監督の犬井吾郎も気持ちよくカットを切っていく。

 おかげで喫煙所での雑談まじりの打ち合わせも捗るというものだ。

 

「嬉しい誤算ってやつだな。

 役への理解が深いし、器用だ。

 本当に7歳?」

「8歳ですよ。もうすぐ9歳か。

 女優経験はあまり無いのに堂々としたもんだ」

 

 スタッフの核である監督の犬井と脚本家の草見が基本的にローテンションなのに引きずられて普段は静かな喫煙所なのだが、

 

「そうそう! 風呂や厠の掃除もキビキビ出来ていたしな! 

 子役なんざやってるのは家の手伝いもろくにしてねえからな! 

 日常芝居のディテールが詰まってるのはいいことだ!」

 

 ガッハッハ、と笑うのはキャストの松倉。

 彼の役は映画監督ということで、空気感を掴むためにスタッフ打ち合わせに参加させてくれ、と申し出てきたのだ。

 もっとも、誰よりも大きい声で喋る松倉が場の空気を支配しているのでこの試みがどれだけ効果があるものなのかは怪しい。

 

「しっかし、時代も変われば変わるもんだわな。

 アリサんとこの子役とバアさんが共演してるなんて。

 ちっとはわだかまりも解けたのかね?」

 

 松倉の一言にピクリと犬井が反応した。

 それを見て草見が口を開く。

 

「すみません。不勉強で。

 スターズと薬師寺さんとの間で何かあったんですか?」

「なんでぇ、知らねえのかよ。

 スターズの社長、星アリサが現役だった頃、バアさんとは姉妹さながらの仲だったんだ。

 衰退する一方の日本映画界を盛り上げようって息巻いてたよ。

 バアさんにゃ子供もいねえし、自分の夢や期待を託す対象だったのかも知れねえな。

 それが突然引退しちまうんだから、裏切られたような気分だったんだろ。

 アリサもそれを分かってるからスターズのタレントは薬師寺真美と共演NGにして明らかに距離を置いている。

 愛憎ってのは男女の間だけでなく女同士でもおっかねえものさ」

 

 松倉の説明に犬井がボソリと付け足す。

 

「スターズのスタンスは業界を動かすというより、業界のニーズに応える、だからな。

 それが余計に拝金主義に侵された挙句、自分の描く夢と決別したように思えたんだろう」

「夢……ですか? 

 薬師寺さん程の大女優になられたのなら夢を叶えてらっしゃると思うんですけど」

 

 松倉は不敵に笑う。

 

「役者なんて夢で追いかけるもんじゃねえよ。

 夢を追いかけるために役者になるんだ」

 

 つまりはだな、と話を続けようとした松倉が動きを止めた。

 

「噂をすれば、ってやつだ」

 

 薬師寺真美が喫煙所の前の廊下をスタスタと通り過ぎて行った。

 

 

 

「文代役、薬師寺真美さん、入ります!」

 

 張り上げた助監督の一声に現場にいたキャスト、スタッフは全員起立し真美に向かって頭を下げる。

 

「よろしくお願いしま──ーす!!」

「はい、よろしく」

 

 ペコリ、と小さく会釈するだけでも所作の美しさが窺われる。

 現場の空気がピンと張り詰めた。

 それは既にセットの中にて待機している皐月も感じ取っていた。

 

 大丈夫。今まで上手くやってきている。

 監督だってオッケー出してくれてるし、松倉さんや天成さんだって褒めてくれている。

 きっと薬師寺真美だって! 

 

「真美さん、おはようございます! 

 今日はよろしくお願いします!」

 

 ペコリと腰を曲げてお辞儀をする皐月。

 しかし、まるで見えていない、聞こえていないという様子でセットに入る真美。

 当然、それを見たスタッフはヒヤリとする。

 そしてスタジオの壁際で見学している夜凪は頬を膨らませて不愉快さを全開にしていた。

 柊雪が腕を掴んでいなかったらセットに上がっていたかもしれない。

 

「けいちゃん……お、お、落ち着いて。ね?」

「私は至って冷静よ」

 

 ホント、役者ぶりからは想像もできないくらいウソが下手な子! 

 

 なんて思いながら雪は胃を痛める。

 が、次の瞬間、夜凪のポツリと呟いた一言に耳を疑った。

 

「何をやってるの、皐月ちゃん」

 

 夜凪の怒りの矛先は皐月に向けられていたからだ。

 

 

 撮影3日目にして薬師寺真美が現場入りしたことで『文代』と『真波』の掛け合いが撮り始められる。

 皐月の好演もあり、これまでの撮影は順調で2時間近く巻きのスケジュールで現場は進んでいた。

 

 

 

 

両親を失った真波が祖母である文代の家でせっせと家の仕事をしているところから物語は始まる。

快活で働き者の真波は境遇の哀れさもあって文代からも周囲からも愛情を持って接してもらっていた。

そんな真波の最大の楽しみは映画館に通うこと。

友達と遊んでくると嘘をついて街の映画館に朝イチで駆け込む。

天成演じる映画館の館長は劇場の清掃をしてくれれば好きなだけ観てくれて構わない、と特別な待遇を受けていた。

だけどある日、近所の人が映画館に入っていく真波を目撃し、文代に告げ口してしまう。

当時は子供が一人で映画館に入るなんてのは不良行為以外の何物でもなかった。

厳しく叱責され、「二度と映画館には行かない」という約束をさせられた真波だったが、ひょんなことから近所でやっていた映画撮影に参加してしまい、またそれが文代にバレてしまう。

真っ向から文代に想いをぶつける真波だったが、娘を芸能に殺されたと思っている文代には届かず、折檻された挙句、物置蔵に放り込まれてしまう。

 

 

 

 以上が第一話の真波が関係するシーンのあらすじだ。

 

 キネマのうたは大河ドラマである。

 よって、映画製作に関わる人々を通して戦前の日本の歴史などが描かれたりするのだが、第一話のメインとなるのは芸能の道に憧れる真波とそれを憎む文代の確執だ。

 

 

 カメラは回る。

 

 愛らしい働き者の少女を演じる皐月。

 すると、さっきまでの空気が嘘のように真美は優しい口調と子供にも伝わるようなリアクションで皐月と接する。

 最序盤の二人に確執はない。

 両親を失った哀れな孫娘を立派に育てようと躾る文代と唯一残った肉親である彼女を慕う真波。

 観ていて安心感のある光景(シーン)だ。

 

「カット、OK」

 

 犬井が小さくつぶやくと助監督が「カット! OKです!」とスタジオ中に届くように声を上げる。

 

「ふうっ」

 

 と、息を吐く皐月。

 真美は無言で立ち上がり、セットの外に出る。

 椅子に座って付き人の女性から水の入ったコップを受け取り、喉を潤している。

 

「皐月ちゃん、皐月ちゃん」

 

 夜凪は皐月をセットから連れ出す。

 

「今のところ順調ね」

「当然! 私自身、上手くできてるって自信があるわ。

 この調子でいけば」

「この調子じゃダメよ。

 次のシーンから文代と皐月がぶつかり出す。

 良い子の真波のままだったら、あの人に食われ切っちゃう」

 

 ギアを上げろ、という意味だと皐月は理解した。

 

「うん。真波は負けちゃダメだもんね」

 

 そう。薬師寺真波は不屈の女優なんだもの。

 若い頃から日本を代表する女優と褒め称えられる一方、バッシングも受けた。

 映画界もヤクザ者がやる仕事とされていたくらいに風紀は乱れ、女優に人権すらなかった。

 そんな中で活躍していく真波はきっと少女の頃から非凡な強さを秘めているに違いないわ。

 

 

 

 カメラが周り、犬井がシーンのスタートを告げる。

 

「真波! オメェは私の言うことが聞けねえのか!? 

 芸能なんてのはヤクザのするもんだ! 

 何度も何度も言ってんのに、この恥さらしがっ!!」

 

 普段は落ち着いた佇まいの真美が相州弁混じりの罵声を皐月に浴びせる。

 夜叉の如き表情で迫る真美の迫力に思わず皐月は身体を強張らせる。

 

 何よコレ!? 

 直前のリハの時とはまるで違うじゃない!! 

 

 

 一方、カメラの映像がリアルタイムで流れてくるスイッチングルーム内では草見と中嶋が真美の芝居に唸っていた。

 

「リハーサルで手を抜いているわけじゃない。

 だがあくまでリハーサルは本番前の調整工程としてカメラに写る瞬間にピークを持ってくる。

 あの人は正しく映画女優です」

「凄まじい迫力ですね。

 真波役の子、泣いちゃうんじゃないですか?」

 

 不安がる中嶋。

 普通の子役なら、また()()の皐月なら泣き出すか、怯えてろくに演技ができなかっただろう。

 

 ナメんな! 薬師寺真美!! 

 私は薬師寺真波よ! 

 いくら強く怒られたって、殴られたって折れはしない!! 

 絶対に女優になる!! 

 そのために文代(お婆ちゃん)を説得しなきゃ!! 

 

「恥ずかしいことなんて何もしていないわ! 

 だって映画に出てくる女優さんたちはみんな素敵じゃない!!」

「素敵なもんかぁ!! 

 学もねえ品もねえ食い詰め者の集まりだ!! 

 あんな河原者にするためにオメェを拾ってやったんじゃねえ!!」

「だったら私はこんな家出て行くわ!

 そしたられっきとした河原者ね! 

 女優に一歩近づくわ!!」

 

 会心の啖呵。

 

 真美の芝居に感化され、実力以上の力が出ているように皐月自身が感じていた。

 事実、現場のスタッフは息を呑んだ。

 

 この真波の啖呵に文代の堪忍袋の緒が切れ————

 

 

「そう」

 

 燃え盛っていた炎に水をかけるような冷たい声が真美から発された。

 

「好きにおし。

 この家を出て一人で生きていく覚悟があるなら女優でもなんでもやれるべよ。

 そんかわし、オメェはもう孫でもなんでもねえ」

 

 淡々とそう言って、真美が立ち去ってしまった。

 皐月は台本と違う展開に戸惑いながらも必死で考える。

 

 落ち着いて! こんな時真波なら、真波なら……

 

 芝居を続けようとする皐月だが手は震え、心臓は激しく胸を叩き、舌が痺れる。

 

「カット! カメラ止めろ!」

 

 犬井が椅子から立ち上がり、真美に詰め寄る。

 

「薬師寺さん。突然どうしたんですか?」

「突然? 自然な流れだと思うけど」

 

 何故、自分が間違ったみたいな雰囲気になっているの? 

 と言わんばかりの真美の表情に犬井は内心舌打ちをする。

 

(この婆さん、初日からやりやがった。

子役相手に敵意むき出しじゃねえか)

 

 一方、夜凪は怒りを覚えていた。

 前日リハーサルには参加せず、皐月の挨拶も無視し続けた。

 

 いくらでも教え方はあったのにどうして!? 

 

 掌に爪を立て必死で出かかった言葉を飲み込む夜凪。

 

 だが、皐月は堪えられなかった。

 

「ど、どうして叩いてくれなかったんですか!? 

 せっかくいい芝居が出来ていたのに」

 

 戸惑う皐月の口から溢れた一言を真美は看過しなかった。

 

「いい芝居、ね。

 ええ確かにあなたは()()芝居をしていたわ。

 だから、それにふさわしい受け応えを私はしたまでよ」

「脚本を無視することが受け応えですか!?」

「落ち着いて。鳴乃さん」

 

 完全に頭に血が上っている皐月は真美に噛みつく。

 流石にマズいと犬井が割って入ったが、

 

「先に物語を無視したのは貴方でしょう」

 

 真美は言い放った。

 皐月は「え?」と声を漏らす。

 

 フフンと鼻で笑って真美は皐月を見下ろして語る。

 

「あなた、良いご両親に育てられたのね。

 いえ、ご両親だけじゃなく周りの大人がとても優しい方ばかりなんでしょう」

「……どう言う意味ですか?」

「薬師寺真波はあなたじゃない、ということです」

 

 真美はその場に正座して皐月、ではなくその場にいる全員に目を向けながら喋る。

 

「あなたの芝居には根底に大人に対する甘えがある。

 大人は理解してくれるもの、話合えば分かってくれるもの、そのように考えているでしょう。

 きっと、あなただけじゃなく若い子たちの多くがそう思っているんでしょうけど。

 だから怖い祖母に対しても説得しようと頑張っている。

 それが大きな間違い」

「自分の夢を認めてほしくて頑張ることのどこが間違いなんですか!?」

 

 皐月はなおも真美に食い下がる。

 真美は穏やかに、だけど酷薄な笑みを浮かべて、

 

「残念だけど、私、あなたのことちっとも怖くなかったのだもの。

『どれだけ厳しいことを言われても大人なんだから話し合えば最後は分かってもらえる』

 そんな甘い考え方をしている子供が家を出るなんて言っても、気を引こうとわがまま言っているようにしか見えなかったわ。

 折檻するまでもない。

 突き放して放置しておいても本当に家を出て行きはしない。

 あなたが演じているのは真波じゃなくて、甘え上手のお嬢ちゃん」

 

 皐月の表情が凍りつく。

 真美に言われたことは芝居の不備を指摘する以上に、皐月のパーソナリティそのものへの攻撃となっていた。

 

 良い芝居をすれば薬師寺真美と和解できる。

 母親だって才能を認めて芸能活動を続けることを認めてくれる。

 

 思い描いた理想を優しい大人しか知らない子供の甘えと切り捨てられたのだ。

 実際、皐月にとって故意的に大人から傷つけられたのはこれが初めてである。

 

 

「だけど、薬師寺先生。

 台本無視するのは認められませんよ。

 この後、真っ暗な蔵の中で真波が女優の真似事をするシーンは第一話のクライマックスです。

 これじゃシーンがつながりません」

 

 チーフ監督、犬井吾郎。

 寡黙な男だが、言うべきことは言う。

 たとえ相手が大女優であろうと。

 この豪華キャストの手綱を取れる数少ない人物としてプロデューサーの中嶋が引き込んだ経緯がある。

 

「だったら、この子の芝居を変えるのが先でなくて? 

 純心でいたいけな子が祖母に理不尽な虐待まがいの仕打ちを受けるシーンなんてお茶の間に放映できる? 

 やれと言われればやりますけど、私、手加減しませんよ」

 

 真美の言い分に心の中で舌打ちしつつも、その通りだとも犬井は思っていた。

 子役特有の媚がなく、自然体で愛らしい皐月の芝居を犬井は評価している。

 逆にその愛らしさが力づくで手折られる展開は真美のいうとおり視聴者にストレスと不快感を与えることになるだろう。

 だったら自分の無力を思い知り、幼少期を終えてしまうのも二話以降の展開を考えればアリだ。

 

 草見に台本の修正を頼めるか聞くためにインカムにスイッチを入れた瞬間————

 

「分かりました。

 もう一度やらせて下さい」

 

 皐月が力強くそう言った。

 しかし、顔色は悪く目も少し泳ぎ気味だ。

 気遣うように犬井は声をかける。

 

「薬師寺先生の言っていたことの意味、分かるかい?」

「おばあちゃんに認めてもらおうとするんじゃなくて、認めてくれなくても私は女優になる、って芝居をすれば良いんですよね」

 

 やはり、理解力が高い。

 間違いなく一線級の才能がある子だ。

 ここを乗り切れば自信をつけてさらなる成長が期待できる。

 だが、そうならなければ……

 

 渋る犬井に詰め寄り、皐月は吠える。

 

「自分が下手なせいで作品や登場人物を歪めてしまうのは絶対に嫌です! 

 もう一度やらせて下さい!」

 

 それは薬師寺真美に立ち向かう宣言であり、自身を鼓舞する言葉だった。

 8歳の子供が悲壮な決意を持って役に挑む。

 その光景はその場にいるキャストやスタッフの胸を打った。

 

 だが、皐月を見つめる真美の視線は変わらず冷ややかなものだった。

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