アクタージュは終わらない【原作の続き】   作:宇津木 恭吾

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SCENE126 グニャリ

「もう一度……やらせてください」

 

 既にテイク8。

 演じる皐月は元より、全く進捗のないNGを繰り返し撮影するスタッフ達にも疲弊が見え始める。

 順調に撮影が進んでいた頃に巻いた時間は尽き、重い雰囲気が現場に立ち込めていた。

 

 そんな中、元凶とも言える真美は涼やかな顔でセットの中に待機していた。

 何度も何度も皐月を怒鳴り立てる激しい芝居をしているのに一切、疲れた顔も見せない。

 この静かな女性のどこにそれだけの力があるのか、と周囲は嘆息した。

 

 テイク9でも皐月は真美を元の台本通り、つまり『文代』が『真波』を叩く展開には持っていけず、立ち尽くした。

 

「カット、OKです。

 次のシーンにいきます」

 

 犬井の言葉に皐月は青ざめる。

 

「犬井監督! まだ」

「これ以上やっても良くはならない。

 使えるカットは撮れているから、このシーンは終了で」

「でも!」

 

 食い下がる皐月に犬井は躊躇いつつも、言い放つ。

 

「俺がOKと言えばOKだ。

 役者の自己満足にスタッフを付き合わせるわけにはいかない」

 

 皐月は言い返す言葉が浮かんでこず、代わりに星アリサが言っていた言葉を思い出す。

 

 

『監督のOKとNGは絶対』

 

 

 シェアウォーターのCM撮影で夜凪さんはそうやって諭されていた。

 だけど、夜凪さんは食い下がって監督やスポンサーの期待を超える芝居をして結果的に誰もが手放しに褒められるOKテイクを生み出した。

 

 私には、できない。

 

 アリサさんは夜凪さんを真似なくていいと言っていた。

 

 私は…………夜凪さんのようにはできないから……

 

 

 

 慌ただしくスタッフが場面転換に動く光景を、見ていた皐月の視界が一瞬、グニャリ、と歪んだ。

 

 

 次のシーンの撮影の準備に入った。

 別のセットにスタッフは移動し、取り残された皐月の元にマネージャーの清水(スミス)が駆け寄る。

 

「皐月さん……」

「監督のOKはもらえたの。

 だから、これでいいのよ」

 

 皐月は清水の後ろにいる夜凪の目を見れなかった。

 真波を文代に負けさせてしまった。

 これで夜凪の演じる真波には

『文代に逆らって家出してまで女優になりたいとは思っていない』

 という設定が組み込まれてしまう。

 そのことが申し訳なくて、下を向いたまま楽屋に戻った。

 

 

 草見はタブレットに入れてある脚本データを眺めながら頭をかいていた。

 

 子役の最大の弱点、それは人生経験の少なさ。

 役者としての引き出しが少ないことと言い換えてもいい。

 大人顔負けの芝居をする子役はいるが、一度作った演技プランをその場で修正するなんてことは不可能。

 そんなこと、薬師寺真美が知らないわけがない。

 これまでたくさんの子役と共演してきたし、あの人だって子役あがりなんだから。

 

 草見の隣で中嶋がため息混じりに語りかける。

 

「草見さんがあの人を毒と言った意味、ようやく分かりましたよ。

 ただわがままを言ったり他の役者をいびるのであれば、それは『異物』だ。

 作品を作るのに邪魔なだけなのだから排除してしまえばいい。

 だけど、あの人の言葉は正しい。

 犬井監督や僕たちが当初思い描いていたシーンよりも今撮ったシーンの方が正しいと思い込まされてしまっている。

 おっしゃる通り、あの真波を叩きのめすのは展開として陰惨に過ぎる。

 正しいから、この毒は現場全体に行き渡ってしまう」

 

 脚本家だけあって言葉のチョイスが絶妙だなぁ、なんて中嶋は感心しているが、草見は自分の最悪の予想どおり進んでいることに胃が痛くなった。

 

 

 

 清水の運転する車が皐月の家の前に着く。

 言葉少なに皐月が家の中に入って行くのを心配そうに清水は見つめていた。

 2歳の頃から芸能活動している皐月のことを清水は親心と言っていいような気持ちを持って見守っている。

 アリサの方針からマネージャーはスキャンダルの防止以外の目的でタレントのプライベートに関わるなとされている。

 忠実な犬にようにその言いつけを守っている彼であるが、今日ばかりは皐月のご両親に優しく慰めてあげてほしいとお願いしにいこうか逡巡した。

 それくらい皐月が落ち込んでいることを肌で感じていたのだ。

 

 

 家に帰り、手洗いうがいをして食卓に着くと献立は既に並んでいた。

 皐月の家は両親と皐月の三人家族だが、父親は海外に単身赴任をしていて母親との二人暮らしだ。

 母親も薬品メーカーの管理職として働くキャリアウーマンで多忙な人間。

 それでも作り置きやハーフデリを駆使して、出来る限り娘に手作りの料理を食べさせようとする。

 完璧主義者と言っても過言でないくらい、自分にも他人にも厳しい女性だ。

 

「めいちゃん。今日のお仕事どうだった?」

 

 皐月の本名は山村鳴(やまむら めい)

 仕事場でその名前を呼ぶ人はいないので皐月は反応が遅れる。

 

「あ……うん。

 大変だったけど、がんばったよ」

 

 満足できる芝居ができなかった、とはいえなかった。

 母親に弱音を吐くのが悔しかった、という以上にこの場で芸能活動を辞めさせられるのではないかという不安が立っていた。

 

「そう。薬師寺真美さんと共演なんて凄いわね、ってお婆ちゃんは言っていたわ。

 あの世代にとっては憧れの女優さんだもの」

 

 子どもを子役として芸能界に送り込む親を悪く言う人がいるのを知っている。

 私のような子役をかわいそうだと思っていることも。

 

 なんでそんな悪い方に考えるのか分からなかったけど、今はちょっと分かる。

 そういう人たちは私とママが愛情で繋がってるって知らないからなんだ。

 だからお金のことや有名になれることを理由に私がお仕事をさせられているんだと思っている。

 

 私はママが私の活躍を喜んでくれるのが好き。

 そんなに笑わない性格のママを笑わせられることを私は誇りに思っている。

 だから、かわいそうなんかじゃないんだ。

 

「来年は家族一緒に大河を追いかけなくちゃね。

 めいちゃんにとって最後の大仕事だもの」

「え……?」

 

 ママ? 

 

 私が固まっていることに気づいたママは首を傾げた。

 

「めいちゃん、来年には4年生でしょう。

 中学受験のためにそろそろ勉強に力を入れないと。

 塾に入るのだってテストがあるのよ」

 

 まるで忘れてしまっていることを思い出させるように優しくママは語りかけてくれた。

 でも……ダメ! 

 ここは譲っちゃいけない。

 

「ママ。私、まだ芸能活動続けたいの。

 大河に出られたことで、注目集まってドラマや映画のオファーがたくさんくると思うの。

 もっとたくさんお芝居して、上手くなって、いつかは凄い女優に」

「めいちゃん」

 

 怒鳴るわけでもない。

 ただ紐をキュッとしばるようなママの声に私は怯えて言葉が続かない。

 

「約束したでしょう。

 芸能活動は受験勉強を始めるまでだって」

「う、うん。

 でも、今、すごくお仕事が楽しくて」

「楽しいことだけをして人は生きていけないわ。

 楽しいことをするためにはそうでないこともちゃんと頑張らないと」

「分かってるわ! 

 だけど、もうちょっと、もうちょっとだけ!」

 

 私はまだママの気持ちを変えられるほどのお仕事ができていない。

 でも、もうちょっと時間があれば。

 きっとママにも分かってもらえる————

 

「こんなにのめりこまれたくはなかったんだけどなあ」

「え…………」

「ママはね、あなたに芸能のお仕事をさせていたのは自信やコミュニケーション能力を身につけさせるためなの。

 そういうのって勉強じゃ身につけられないものだから。

 身の財って分かる? 

 目先のお金やチヤホヤされることなんかよりずっと大事なものなのよ」

 

 なにそれ? 

 目の前がグニャリと歪む。

 

「あなたはね、まだ子どもだからきらびやかな芸能界の方が素敵に思えるでしょうけど、大きくなったら変わっていくわ。

 学校に行って、友達と遊んで、恋をして。

 そういう普通の青春ってすごく尊いもので、後から取り返しにいけないの。

 芸能界で生きていくということはそれを全部捨てることになるの」

「ママは……私が女優になることより中学受験することの方が嬉しいの?」

 

 ドキドキしながら発した言葉をママは小さく笑って受け流した。

 

「女優になりたいなら、中学受験終わってからでも遅くないわ。

 大学の附属校で自由な校風の学校なら芸能活動も問題ないでしょうし。

 今は、ママの言うことを聞いておきなさい」

 

 あれ……大人ってこんなに信じられないものだったっけ? 

 

 ママ、おかしいよ。

 普通の青春を送りなさいとか言ってるくせに、中学生になったら芸能活動再開していいなんて。

 その場しのぎで適当なことを言ってるだけなの? 

 私が中学生になる頃には女優になる夢を捨てるだろうってみくびっているの? 

 

 グニャリ、グニャリ、グニャリ。

 

 目の前の景色が、ママが、歪んで、捻れて…………

 

 私はご飯をほとんど残して、お風呂に入って逃げるようにベッドに潜り込んだ。

 昨日までいた世界から別の世界に迷い込んでしまったような心細さが胸でざわめいて、疲れているのになかなか寝付けなかった。

 

 

 

 翌日、撮影4日目。

 大河ドラマの第一話は初回90分スペシャルとなるので翌週も撮影は続くが皐月の出番は本日までとなる。

 今日の撮影は屋外のオープンセット。

 キネマのうたのために建てられた戦前の鎌倉の街並みにキャストとスタッフは撮影を行う。

 

 昨日、真美に嬲られるように突き放されていた皐月だったが、まるでそんなことがなかったかのように明るく元気に堂々とした様子で真波を演じている。

 

 

(強いなあ、さつき(さなぎ)ちゃん。

 子役ってたくましいなあ)

 

 と、新名夏は感心していた。

 彼女は当時の人気女優「鷺山たか子」を演じる。

 真波が女優への憧れを持つきっかけとなる人物だ。

 真波の少女時代のオーディションでは夜凪に役を取られてしまったが、その知名度と実力と熱意は捨てがたく、審査したスタッフからも別の役での出演を望まれ、ここにいる。

 

 

 新名と皐月の掛け合いのシーン。

 

祖母に叱責され映画館に入るかどうか迷っている真波のそばを鷺山たか子が通りかかる。

思わず声をかけてしまった真波にたか子は優しく接し、その美貌と懐の広さに感銘を受け、女優への憧れを強く抱く。

 

 

「あの……たか子さん! 

 女優の仕事って、面白いんですか?」

 

 真波の問いにたか子は微笑んで応える。

 

「気になるなら、あなたもこちらに来ればいいのよ」

 

 その言葉に感銘を受け、パアッと花が咲くような笑顔を浮かべる真波。

 

 

 

 

「はい、役者さんはオッケー。

 カメラ打ち入ろうか」

 

 犬井の一言にスタッフが集まる。

 ドライリハーサルを無事に終え、ホッと一息つく新名だったが、ズカズカと近づいてくる夜凪の姿が視界に入った。

 

 

(よ、夜凪さん! 

 何!? 私の芝居にダメ出し!? 

 偉そうに女優やってんじゃねえよ、とか!?」

 

 と、新名は悪い方向の妄想を走らせていたが、夜凪は新名の横を通り抜ける。

 

「皐月ちゃん。

 ちょっとブレてるの、お芝居でごまかそうとしなかった?」

 

 夜凪の一言に皐月はびくりと体を震わせる。

 

「お芝居の中でお芝居するのはダメだよ。

 あなたの演じる真波はまっすぐで自分の気持ちに正直な女の子なんだから」

 

 まっすぐな夜凪の目から逃れるように皐月は俯いて応える。

 

「だって……私はわからないんだもの。

 たか子の言ったとおり、()()()にいる人間なのに、自分がどうしたいかが」

「女優になりたい……そうじゃないの?」

 

 夜凪の声に責めるような響きを感じた皐月は口をつぐんでしまう。

 以前はその問いに「当然、日本一の女優になるわ!」と答えられていた。

 でも、真美には自分の甘さを指摘され、母親にそれを実感させられた。

 

「そうよ」と答えれば嘘になる。

 

「そうじゃない」と答えれば今まで演じてきたことを嘘にしてしまう。

 

 だから、皐月は言葉を出せなかった。

 

 グニャリ。

 

 皐月の目の前の夜凪が歪み始める。

 

 

(き、気まずい! 

 誰か! この空気なんとかしてください!!)

 

 と、新名は心の中で叫ぶ。

 夜凪もどうしたものかと悩み、次の言葉が出てこなかった。

 

「景ちゃん、ダメだよ。

 後輩をいじめちゃ」

 

 まるで白馬の王子様のように颯爽と長身の女性が現れた。

 キャップを被りサングラスを掛けているが、彼女が環蓮だと気付かない人はいなかった。

 

 新名は環の登場に慌てる。

 

「た、環さん! どうして現場に!?」

「女優が撮影現場に来るのは当たり前でしょ。

 ま、私の出番はないわけだけど」

 

 環はかがみ込み皐月と視線を合わせる。

 皐月は涙目で環に反論する。

 

「私の方が夜凪さんより先輩です」

「うん。知ってるよ。

 2歳の頃からテレビに出ているんだものね。

 そこの新名ちゃんよりも芸歴が長い」

(突然! 私に流れ弾が! 

 な、何か言わなくちゃいけないの!?)

 

 ひとりキョドキョドする新名を尻目に環は皐月にいう。

 

「だけど、君は役者になったのは数日前だ。

 ここにいる誰よりも芸歴は浅い」

 

 お芝居の仕事だってずっと小さい頃から……と皐月は言わなかった。

 環が言っているのはそういうことじゃないと分かったから。

 

「ついておいで、新人ちゃん。

 こちらがどういうところか、見て回ろうじゃないか」

 

 




不定期更新ですけどジャンプが出る朝には必ず更新していきたいな。
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