アクタージュは終わらない【原作の続き】   作:宇津木 恭吾

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SCENE128 再撮影

 薬師寺真美の自宅は世田谷の撮影所の近くに建てられた豪邸である。

 この屋敷は真波が買ったものであり、真美の生家でもある。

 独身で他人の生活リズムに合わせたくない彼女は母を看取ってから半世紀近くの間、この家で一人で暮らしている。

 

 キネマのうたの撮影から帰宅した彼女は自宅のパソコンに届いているメールを見た。

 メールの件名は『夜凪景についての調査結果報告』というもので、PDFファイルが添付されている。

 それをプリンタで印刷し、老眼鏡をかけてサッと目を通す。

 A4用紙一枚に収まりきる内容だったので気が抜けたように息を漏らす。

 

「……さっぱりとした経歴ね。

 業界に入って一年そこらだったら仕方なくもないけど」

 

 だけど、大河の主演女優。

 オーディションには私でも覚えているレベルの子たちが集まっていたはず。

 それをこの映像演技経験ほぼ皆無の子が出し抜いたなんてにわかに信じられない。

 いくらアリサちゃんと関わりがあっても、犬井さんがこんな大役で政治的なキャスティングを飲むはずがない。

 むしろ面倒なお局女優に現場を荒らされたくないから慎重になりそうなものよね。

 

 経歴を見終わり、ぺらりと裏面をめくると、そちらには不確定な情報がまとめられている。

 そこには真美の興味を引く情報が幾つか記されている。

 

『銀河鉄道の夜の出演時、唯一巌裕次郎から死期を知らされていた。

 巌裕次郎の最後の舞台をリードする特別なポジションを与えられた可能性がある』

 

 巌先生ね……

 私は映画が専門でご縁はなかったし、アリサちゃんの一件では物申したいことは山程あるけれど、その実力と舞台に懸ける姿勢は間違いなく日本最高の演劇人の一人。

 それに見初められるということはそれなり以上の実力はあるのだろう。

 というか、初舞台で大演出家の最後の舞台の主演って恵まれすぎでしょう。

 

 あきれた気分で他の項目を見る。

 

 アリサちゃんの子と熱愛、両親がおらず一人で弟妹の世話をしている、高校では停学処分をくらう問題児、CMの現場を混乱させた面倒な芝居への拘り、逆にスポンサーからは「ずっと夜凪さんにイメージキャラクターを演じてほしい」と懇願されるほどに好印象……

 

 まあ、読み物として面白いけれどこれくらいの話は芸能界にいくらでも転がっているわ。

 だけど、何かあの子には何か特別なエピソードがありそうなものだけど……あっ! 

 

『映画監督の黒山墨字と懇意であり、実質的なプロデューサーである』

 

 黒山監督……海外で華々しい受賞歴を誇る鬼才。

 国内では観客評価と業界評価が大きく乖離するカルト監督扱いだけれど、現代では少なくなってしまった本物の映画監督の一人だと私は評価している。

 

 現場で会ったこともある。

 長篠先生の『徒花の子』の撮影の時だから、15年くらい前か。

 あの頃から面白い子だったわね。

 助監督の分際で準主演だった環さんの芝居をボロクソに貶していた。

 それも本人に面と向かって。

 あの環さんが涙目で喚いて、それを叩きのめす黒山くん。

 同僚の助監督が青ざめながら必死で止めようとして、長篠先生は大笑いしていた。

 

「ふふっ」

 

 いけない。思い出し笑いなんて年寄りらし過ぎるわね。

 

 とりあえず、夜凪景についてはある程度分かった。

 この経歴のシンプルかつ急速さ。

 間違いなくこれは黒山くんの差し金、というより自分が使う道具を丹念に研ぎ澄ませているということでしょう。

 

 現代の映画演技の基礎を若手キャスト集まる作品で学ばせ、舞台演技を巌裕次郎に仕込ませ、人気知名度を高めるために豪華キャスト共演の舞台で大抜擢し、大手スポンサーのCMを受けさせる。

 

 間違いない。

 黒山くんは夜凪景を使って映画を撮ろうとしている。

 しかも、大作映画だろう。

 じゃなきゃこの成長期に芝居が崩れる恐れのあるCMの仕事をやらせるはずがない。

 多少のリスクを取っても、スポンサーを納得させられるだけの集客力を夜凪景につけさせたいのだ。

 

 まるで光源氏計画ね。

 とすれば、夕霧が環さん、紫の上が夜凪景ってところかしら。

 

 本当に映画監督っておぞましい職業だこと。

 沢山の人に愛される才能に恵まれて美しい女の子の人生をボロボロにしてでも自分の理想世界を生み出すことを使命と考えている。

 

「度し難い」

 

 

 

 

 

 

 一日の休みを置いて再び撮影日。

 第一話は90分拡大放送となるため、月曜リハーサル、火曜から金曜は撮影日、土日はその他制作作業という流れは若干崩れている。

 日本のテレビドラマ制作のスケジュールは過密。

 それは大河ドラマであっても例外ではない。

 

 スタジオ内にあるカプセル型の仮眠室で寝起きしている犬井は無精髭も剃らずに朝の一服に浸っていた。

 誰もいない喫煙室で床に屈み込んでタバコを吹かしている時が一番落ち着く時間だ。

 

 監督なんてやるもんじゃない。

 同じ集団を率いる芸術でもオーケストラは指揮者なんて呼ばれるのに、映像は監督。

 チンピラまがいの奴らや頭のおかしい芸術家肌の連中がヤバイことしないように監督するのが仕事だからか。

 芸術家のやることじゃねーよなあ。

 

 と、犬井がたそがれていると喫煙室のドアが開く。

 

(チッ。誰だよ、こんな朝早くから————はあっ!?)

 

 大慌てで犬井が立ち上がり、タバコを消し潰した。

 

「お邪魔したかしら?」

「め、滅相もございません! 

 今日はお早いですね……薬師寺先生」

 

 喫煙所に入ってきたのは薬師寺真美だった。

 

「年寄りは朝早いものでしょう。

 どうぞ、私にお構いなく吸いなさいな」

 

 真美はそう言って着物の袖からタバコを取り出す。

 銘柄は赤マル。

 高齢の女性が吸うようなタバコじゃねえだろ、と犬井が心の中で呟くと、それを聞き取ったかのように真美が口を開く。

 

「16歳の時に監督からもらって吸ったピースが初めてのタバコでしたわ。

 現場の待ち時間中に口説かれるのが面倒で仕方なかったから覚えましたの。

 こうしていると悪い虫が寄ってこないのよ」

 

 だろうなあ……と犬井は思った。

 タバコを吹かしているだけなのに圧巻の風格と威圧感。

 喫煙所が役員部屋みたいな雰囲気になった。

 

「意外ですね……てっきり嫌煙家だと」

「昔の撮影現場なんてタバコが苦手ならいられなかったわ。

 撮影助手の最初の仕事は師匠のタバコ持ちなんて言われてた」

「人権なんてあったもんじゃないでしたからね。

 昔に比べれば、業界も健全になったものです」

「ホントに。

 子役や新人女優が監督や年配の女優に口答えできるなんて、風通しも良くなったというもの」

 

 クスリと笑う真美に犬井の背筋は冷たくなった。

 

「で……あの子の嘆願を受け入れるの?」

「……真美さんのご理解をいただければ。

 私の思い描いている画と皐月さんの思い描いている画はおそらく一致している。

 観られるものなら、観たいものです」

「監督として? それとも個人的に?」

「両方です。だからこんな仕事やってるんですよ」

 

 犬井は自嘲気味にニヤリと笑った。

 一方、真美はフゥとタバコの煙を吐き出して吸い殻を捨てた。

 

「きっとあなたにとって監督は天職なのね」

 

 と、言い残して喫煙所を去る真美。

 取り残された犬井はもう一本タバコに火をつけて、

 

(結局のところ、再撮影していいのか悪いのかどっちなんだよ……)

 

 と、思いながら煙をくゆらせた。

 

 

 

 

 午前6時。

 

 清水は皐月の家の前に車を停め、玄関のチャイムを鳴らす。

 いつもならすぐに出てくるはずの皐月だが待っても出てこない。

 もう一度チャイムを鳴らそうと指を伸ばした瞬間、玄関の扉が勢いよく開いた。

 

「スミス! 急いで車を出してっ!!」

 

 飛び出すように家から出てきた物凄い剣幕の皐月に圧されるように清水は車に向かう。

 車の扉を開けたところで皐月の母親が眉を吊り上げて声を上げた。

 

 

「めいちゃん! 帰ったらちゃんとお話し合いしますからね!」

「話し合いにならなかったのはママのせいじゃない!!」

 

 怒鳴り返した皐月は勢いよく車の後部座席に飛び乗る。

 清水は皐月の母親に会釈して、早々に車を発進させた。

 

 

 

「ホント! 嫌になっちゃうわ! 

 いくら私が女優を続けたいって言っても中学受験に集中しなさいの一点張り! 

 あんな頑固な人だと思わなかった!」

 

 頑固なのは親譲りなんですね、とは思っても口にしない清水。

 

「自分の気持ち、お伝えになられたんですね」

「うん。ママを説得しないと契約更新もできないんだもん。

 子どもって面倒ね。

 早く大人になりたいわ」

「いいお芝居をして認めてもらう作戦はどうなったんですか?」

「ああ、アレはもう無し。

 オンエアは来年よ。

 そんなに待っていられないもの」

 

 あっけらかんと答える皐月。

 その表情はどこかスッキリしている。

 

「いいお芝居ができたならママも許してくれる。

 そういうのも私の甘えだったのよね。

 私が大事だと思うものとママが大事だと思うものは違うんだもの。

 でも仕方ないわよね。

 だってママは女優じゃないんだし」

 

 バックミラーに映る皐月はどこか大人びて見えた。

 

 ああ、この子は大丈夫だろう。

 転んでも壁にぶつかっても立ち上がって前を向いて進んでいける子だ。

 もし、今回お母さんに認めてもらえなくて一度芸能界から離れても、きっと戻ってくる。

 そういう子に成長した。

 

「頑張ってください。

 私も応援していますから」

「本当に?」

「もちろん。

 皐月さんが大女優になったら私も出世間違いなしなんですから」

 

 清水が軽口を叩くと皐月はアハハと笑った。

 

「じゃあ、ママと喧嘩して家出したらスミスの家に置いてね」

「社会的に死ぬんで、勘弁してください」

 

 

 

 

 

 

 

「再撮影。やるから準備して」

 

 スタジオの外はしっかり暗くなってきた頃、犬井は皐月に言った。

 

「いいんですか?」

「真美さんの許可は取った。

 スタッフに文句は言わせん。

 こっちは君の要求を全面的に飲んだんだ」

 

 犬井は腰を屈めて目線を皐月に合わせる。

 

「期待ハズレな芝居はしないでくれよ」

「は……はい」

 

 厳めしい犬井の顔に慄きながらも巡ってきたチャンスに胸が高鳴った。

 

 皐月と真美が絡むシーンは全て撮り終えた。

 つまり、皐月が真美に力を認めさせるのはこれが最後の機会となる。

 

 スタッフにより準備されたセットに皐月は上がる。

 その様子はまるで熱に浮かされているかのようにふわふわした様子で目の焦点もぶれているようだ。

 遅れてセットに入ってきた真美に対しても会釈ひとつ返さない。

 その様子に肝を冷やした清水が声をかけようとしたが、夜凪が止めた。

 

 夜凪にはそれを言葉にできるほどの芝居に対する造詣は無い。

 しかし、本能的に皐月の芝居の本質が変わりつつあることを察知していた。

 

 そして、目の前に立つ真美も同様だった。

 

「犬井さん。

 無理やりねじ込んだ再撮影です。

 手短かにお願いしますね」

「分かっています。

 リハなしでカメラ回してくれ。

 あと、何かが起こったら都度指示は出す」

 

 犬井の指示は現場の緊張感を一気に高めた。

 爆発寸前の爆弾のように皐月を扱っているのが分かったからだ。

 

「シーン34。リテイク1。

 カメラ回しました」

 

 きっかけは役者に任せる、という犬井の指示どおり、『文代』が『真波』の襟首を掴んで引き回すところから撮影が始まった。

 

「真波! オメェは私の言うことが聞けねえのか!? 

 芸能なんてのはヤクザのするもんだ! 

 何度も何度も言ってんのに、この恥さらしがっ!!」

 

 ものすごい剣幕の真美に怯えながらも皐月は言葉を返す。

 

「恥ずかしいことなんて何もしていないわ! 

 だって映画に出てくる女優さんたちはみんな素敵じゃない!!」

「素敵なもんかぁ!! 

 学もねえ品もねえ食い詰め者の集まりだ!! 

 あんな河原者にするためにオメェを拾ってやったんじゃねえ!!」

 

 誰もが固唾を飲んで見守る中、夜凪はまた違う反応で二人の芝居に見入っていた。

 

 保護者であり誰もが認めるしっかり者の文代。

 真波にとっていろんな意味で恐ろしい敵。

 自分より力が強いというだけでなく、寝食を与えてもらっているという負い目もある。

 この人の機嫌を損ねてしまえば家を放り出されることだって。

 

 それを真波は分かっていた。

 だから、きっと————

 

 

「だったら……私はこんな家、出て行くわ」

 

 

 痛いほど冷たい声で皐月はそう言い放った。

 その瞬間、現場にいたスタッフのほとんどの背筋が凍りついた。

 しかし、一部のスタッフ、特に各部門のチーフたちは次に繰り広げられる光景を感覚で察知して動き始めた。

 

 録音部は真美に向けた指向性マイクの入力ボリュームを下げ、高度を上げる。

 撮影部はアイコンタクトで2カメと3カメが真美と皐月、それぞれのバストショットを作る。

 照明部はセット内の別部屋である蔵に即席の照明を設置した。

 

 そしてそれら全てを司る犬井が組んだ手で口元を隠した。

 

 

 

「そしたられっきとした河原者ね。

 女優に一歩近づくわ」

 

 

 皐月は前回までとは違い落ち着いて静かな、だけどキッパリとした口調でそう真美に告げる。

 

 子どもが気を引くために喚き散らすのではない。

 どうしてもなりたい夢を持ってしまい、熱情に突き動かされている一人の夢追い人。

 その目には夢しか映っていない。

 薬師寺真波は子どもの頃にその域に達していた。

 両親を失い、心の中には映画とその中に生きる女優たちだけが熱く光り輝いている。

 だから、強く恐ろしい。

 こと文代のような保護者にとっては。

 

 娘の代わりにキチンとした人生を歩ませる、と心に決めた孫娘が狂気に囚われている。

 ここで許してしまえば彼女は家を飛び出し二度と戻って来ない。

 そう感じさせる迫力を真波は持っているのだ。

 

 

 真美の表情がぐらついた。

 文代を演じる真美は冷徹な無表情か般若のような綺麗な怒り顔かの二つしか見せていない。

 しかし、今見せているのは動揺。

 孫娘を失ってしまうかもしれないという焦り。

 自分の育て方が不味かったのではないかという後悔。

 そして、止めなくては! と先走った感情の爆発————

 

「この……バカタレエエエエエ!!」

 

 真美の平手打ちが皐月の頬を打った————ように見えた。

 実際は目の前を通り抜けていっただけ、しかし皐月は無意識に身体を横に倒していた。

 

「おまえはっ! おまえはっ!! 

 きやすく口にしてはならんことをしゃあしゃあと!! 

 どれだけてめえが恵まれてるかも分からず、好き勝手言いやがって!!」

 

 真美の平手打ちが皐月に横殴りの雨のように降り注ぐ。

 皐月は亀のように身体を丸くしながらも声を上げる。

 

「私は選んだのっ!! 

 女優になるって!! 

 いっぱい勉強していっぱい頑張って……あの場所に行くんだ!!」

 

 

 このセリフはアドリブが混じっている。

 脚本に書かれているのは、

 

「私は女優になるんだ!」

 

 の一言だけだ。

 

 自身の脚本がその場で書き換えられたというのに、草見は口元を緩めていた。

 

「いいじゃない。

 その方が僕の描いた真波よりもよっぽど真波っぽい。

 役者って芸術家(アーティスト)だなあ」

 

 

「いかせん! いかせんべよ!!」

 

 真美が皐月の髪を掴んで無理やり立たせ、部屋から廊下に移動する。

 その数秒前、犬井から「カメラを外して追え!」と指示を出されていたメインカメラマンは三脚からカメラを外し、助手にケーブルを捌かせてセット内に突入していた。

 荒々しく揺れるカメラのフレームに廊下を練り歩く真美と引きずられる皐月のぶつかり合いが余さず切り取られ、

 

「しばらく頭を冷やせ!! バカ娘!!」

 

 と、叫びながら真美が皐月を蔵の中に放り込んだ。

 蔵には既に照明がセットされている。

 無力に床に叩きつけられる皐月が仄かな光で照らし出されている。

 

 バタン! と真美が蔵の扉を閉めた。

 その数秒後、

 

「そのまま次のシーンをやれ!! 

 テンションを切らすな!!」

 

 犬井の声が皐月の耳朶を打った。

 真美に叩かれ引き摺り回された恐怖とそれに立ち向かった興奮のせいで自然と涙がこぼれ鼻の頭から赤くなっていた。

 それでも、虚空に手を伸ばし、何かを欲しがるように皐月は一人芝居を始める。

 

『嗚呼、なんて不甲斐ない。

 みっともない、情けない、救いようのない。

 そんな人だけど、どうしてこんなにかわいらしく見えるのでしょう』

 

 放り込まれた真っ暗闇の蔵の中で皐月は演じる。

 彼女の心が映し出した、たくさんのスタッフと撮影機材に取り囲まれ、煌びやかな豪華キャストの集う撮影現場の中で。

 

 

 

「カット! チェックします!」

 

 その声がかかった瞬間、ペタリとその場に崩れ落ちた皐月。

 VTRのチェックにのめり込むスタッフを差し置いて清水と夜凪が駆け寄った。

 

「皐月さん、大丈夫ですか」

「……え? どうしたの?」

 

 放心状態になっている皐月。

 それを見てクスリと笑う夜凪。

 

「すごくいい芝居だったって私は思うわ」

「あ、ありがとう……」

 

 自分が芝居をやっていたという実感すら残らないほど没入していた皐月には夜凪の称賛もどこか遠く感じる。

 しかし、その場に真美が近づいてきたことで緊張が走る。

 

「私は……薬師寺真波と暮らしたこともあるけれど、それ以前のあの人のことを知らないわ。

 私にとってあの人は母で女優だったから、そうなる前の事は……

 きっと世界中の誰もがそう」

 

 ポツリポツリと呟くように発せられる言葉に皐月と夜凪と清水は聞き入っていた。

 

「きっとさっきのを見せられた視聴者は私よりも物知り顔で『そうそう。薬師寺真波はこんな子どもだったんだよ』って思い込んで、人と話して、そうやってあの人のイメージが出来上がっていく」

 

 真美がスッと皐月に視線を向ける。

 怒られるのではないか、と皐月は身体を強張らせる————が、

 

「でも、あんな風に思い込んでもらえるなら母も本望でしょうよ。

 だってとても魅力的だったもの」

 

 と、小さく口角を上げる。

 それが皐月のことを認める言葉であると少し遅れて三人は理解する。

 くるりと背を向けて離れていく真美。

 

「あ、あの……真美さん!」

 

 夜凪が声をかけると真美は顔だけ見返る。

 

「撮影が始まる前にした約束なんですけど————」

(いいわよ! バカ! 

 せっかく良い印象与えたのに蒸し返さないで!!)

(夜凪さん!! お願いです!! 

 そっとしておいてください!!)

 

 皐月に対して謝ってもらおうと口を出した夜凪を皐月と清水がしがみついて止めようとする。

 その様子を真美は鼻で嗤う。

 

「焦りすぎよ、新人女優さん。

 ちょっと芝居を褒められたくらいで大きく出過ぎ。

 私の頭を下げさせたいなら……」

 

 顔を背け静々と歩きながら声を発する。

 

「女優を続けなさい」

 

 と、たった一言。

 しかし、その言葉にはたくさんの意味が詰まっていて、その全てを紐解くには女優を続けていくしかない。

 そんな重みのある一言だった。

 

 

 

「皐月さん! 良かった! 

 本当によかった! 

 脚本もプロデューサーもみんな再撮影(リテイク)やってよかったって言ってたぞ!」

 

 犬井が相好を崩して皐月を称賛する。

 

「あ、ありがとうございます! 

 これからも頑張ります!」

「そうだな! 続けて別アングルからガンガン撮っていこう!」

「……うぇ? も、もう一回アレを?」

「そりゃあそうだろ。

 とりあえず撮れるカットは撮ったけどアレだけのシーンだ。

 まだまだカットが欲しい。

 蔵の中のシーンもキチンと撮りたいしな」

 

 張り切っている犬井と対照的に皐月は青ざめていた。

 

 また、アレと同じことをやれと!? 

 

 恐ろしく消耗が激しく、そして自分がどう動いていたかも分からないほどに集中し切っていた。

 とても再現できる気が————

 

「当然でしょう。

 映画女優というのは寸分違わず同じ芝居を何度も繰り返して幾らなんですから。

 一発本番の舞台女優とは違うんです」

 

 と、真美が口を挟む。

 再び澄ました顔でセット内に佇むその姿に皐月は思わず声を漏らした。

 

「あはは……女優って大変ね」

 

 

 

 その日の撮影は当初の予定より2時間以上押した。

 しかし、無事に皐月演じるシーンは全て撮り終えた。

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