アクタージュは終わらない【原作の続き】   作:宇津木 恭吾

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来週は月曜日が祝日なので、今日更新します。


SCENE130 色目

 夜凪は調子が良いことを自覚していた。

 

 松倉さんは分かりやすく褒めてくれたし、監督さんもどこか嬉しそう。

 真美さんは————うっ……凄い怖い顔してる。

 で、でも演技が気にくわないとかじゃないわね。

 それだったら何か言ってくるだろうし。

 あっ! もしかしたら全部終わってからまとめて言ってくるつもりかしら!? 

 

『怒りを押し殺すのに必死だったわ……』

 

 みたいな感じでスタジオの裏に呼び出されて!? 

 

 

 夜凪の妄想は突き進んでいくが、真美にそんなつもりはない。

 

 リハーサルは快調に進む。

 夜凪の芝居に触発された若手は負けじと本番さながらの集中力で芝居を行う。

 若い連中に負けてられん、と言わんばかりにベテラン陣にも熱が入る。

 

「あれ、松倉さん。本は?」

「へへっ。こんくらいのシーンでトチったりしねえよ。見てな」

 

 自信満々に台本を持たずにリハに入る松倉…………なお、しっかりセリフを飛ばしてしまい場に大きな笑いが巻き起こった。

 緊張感を持ちながらも和やかな現場の雰囲気。

 真美も平静を取り戻し、じっくりと夜凪と相手役の芝居を観察している。

 

(カリスマリーダー……という程ではないけれど現場の雰囲気を持ち上げる力がある。

 こんな子が同年代にいたら他の役者は大変ね。

 奮起して頑張るか、それができないなら折れるしかなくなる)

 

 

 だが、真美の予想とは裏腹に全くブレない男が一人いた。

 

「ウフフ。新名さんと夜凪さん。

 若い女の子同士の掛け合いは可愛らしいわね。

 あたしも白粉塗って混じりたくなっちゃう」

 

 オネエ言葉が板についている眉目秀麗な美丈夫がたおやかに微笑む。

 キネマのうた全編に渡って重要な役どころとなる日本映画界の伝説的監督『白洲雅紀(しらす まさのり)』を演じる吉野桜治郎(よしの おうじろう)

 300年の歴史を誇る歌舞伎の名門『吉野宗家』の人間でありながらドラマや映画、果ては吹替声優にまで進出している歌舞伎界の異端児。

 

(オネエ言葉だ……使ってる男の人初めて見た)

 

 今まで見たことのないタイプの人間に夜凪は若干気後れする。

 

 

「うん。オージの戯言は置いといて、夜凪さんも新名さんもだいたいいい感じ。

 だけど、新名さん。

 夜凪に対してもっと高圧的に。

 この段階ではアンタの演じる『鷺山たか子』は格上だ。

 女優志望の小娘なんて路傍の石程度に思ってる」

 

 ハイ、と返事して台本にメモを書き込む新名。

 そういう節々に見える努力家で細やかなところを夜凪は好感を持って見ていた。

 

「次はシーン34。

 真波が白洲に罵倒されるシーン。

 二話のラストシーンだ。

 キッチリ締めてくれ」

「はいはい」

 

 折り目ひとつ付いていないまっさらな台本をおもむろに開く桜治郎。

 長くて細い指が支えるように台本を立ち上げる仕草に、夜凪は一瞬見惚れた。

 

 吉野桜治郎さん……最近の映画で観たことがある。

 脇役での出演だったけど完全に主演の若手俳優を食っていたわ。

 物凄く力強くて、だけど水のように捉えどころなく形を変えられる。

 どんな演技をするのか楽しみ! 

 

 桜治郎の薄い唇が開き、セリフが紡がれる……

 

「オウオウ。ココハテンカノオオハシグミノゲンバダー。

 シロウトがデシャバッテンジャネー」

 

 否、紡がれてなんかいない。

 ただ目の前の文字を読み上げているだけの棒読み。

 当然、感情なんか入っていない。

 

「し、素人なんかじゃありません! 

 私は女優です!」

 

 夜凪は全力でぶつかる。

 が、桜治郎は変わらず棒読み。

 

「シュエンサクハ。ショゾクハ。コノシゴトハジメテナンネンダ」

「……明日」

「……………………おっと、あたしの番か。ハア」

「…………」

 

 夜凪の我慢は限界にきていた。

 それを察して犬井が止めに入る。

 

「そこまで。

 オージ、もう少し(りき)入れて()れよ。

 夜凪さんのリズムも狂うだろ」

「ヘッヘッヘ。ごめんなさいね。

 あたし文字読むの苦手で。

 あと椅子に腰掛けてとなるとくつろいじまう」

 

 ヘラヘラと悪びれる様子もない桜治郎に夜凪はカッとなる。

 

 バンっ! と机を叩いてその上に飛び乗る夜凪。

 突然の行動に部屋中の人間が驚いた。

 

「座ってのお芝居が苦手なら舞台の上ならどうかしら? 

 お相手させていただきますよ」

 

 机を舞台に見立てて足を踏み鳴らし挑発するように桜治郎を見下ろす夜凪。

 その態度にそばにいた新名夏は震え上がっていた。

 

(夜凪さーーーん!!! 

 吉野の人間に喧嘩売るとかヤバ過ぎて草も生えないんですけどおおおおおお!!)

 

 他のキャストも大なり小なり似たような感想だ。

 元禄期に発祥し300年間、日本の芸能を支えてきた葛城屋吉野家の宗家の人間は存在自体が国宝である。

 故に芸能界においても畏敬を持って接されている。

 若手女優が挑発していいような相手ではない。

 

 桜治郎は机の上に立った夜凪の爪先から頭頂部まで舐めるように見る。

 

「フゥン。なかなか姿勢が良いわね。

 手足も長いし、声も通る。

 舞台映えしそうね」

 

 桜治郎はあっさりした様子で夜凪を値踏みする。

 怒ってないことにホッとする一同。が、

 

「大熊ちゃん。ちょっとあたしのセリフ読んでくれない?」

「ハ? 俺がですか?」

 

 桜治郎に言われて面食らう大熊。

 

「お願い。あたしら口伝が基本だから文字読むより聞く方が頭に入るのよ」

 

 桜治郎はそう言って、ヒョイっと机の上に飛び乗る。

 大の男が飛び乗ったとは思えないほど静かな物音に周囲の役者はゾクリとした。

 

「夜凪さん。あんたは上手いと思うよ。

 実は羅刹女も現場で観させてもらってるの。

 千秋楽にね」

「あ……ありがとうございます」

 

 柔らかく語りかける桜治郎に思わず感謝で返してしまう。

 

「本当にお上手よ、普通のヒトの中では」

 

 ニマァリ、とひとつの笑みの中に様々な感情を詰め込んで夜凪にぶつける。

 虚を突かれた夜凪は思わず後退る。

 

「あたしを舞台()の上に上げたんだ。

 タダで帰れると思うなよ」

 

 笑顔で凄む桜治郎。

 夜凪は直感的に危険を察知する。

 開けてはいけない箱を開いてしまったような……

 

 

 

 柊はスタジオの玄関ロビーで夜凪を待っていた。

 

 ちょっと時間を押してるけどもうすぐ終わりそう。

 今日は特に仕事はないし、けいちゃんを送り届けたら遊びに行っちゃおうかな。

 

 などと考えていると、リハーサルを終えたらしいキネマのうたのキャストが奥の廊下から歩いてきた。

 先頭に立っているのは桜治郎だ。

 

「ハァン……スッキリしたぁっ!」

 

 機嫌良さそうに顔を上げて笑っているその様子に柊は思わずときめいた。

 

(おおう!? 吉野桜治郎!? 

 なんか美しい! 男とは思えないくらい色っぽいぞ!)

 

 柊の受けた印象どおり、うっすら汗ばんで手のひらで風邪を送る桜治郎の姿は艶っぽく、その場にいた男女にため息を吐かせる。

 しかし、その後ろにいた大熊は桜治郎を責めるような目をしている。

 

「スッキリしたじゃないでしょう。

 うら若い女の子をあんな風にしちゃって」

「あはっ。しょうがないでしょう。

 こっちも吉野の名前背負ってる以上、甘く見られちゃあいけないのよ。

 オトコの怖さ、思い知ったかしら」

「そりゃあ……あんな風にされちゃったら、もう桜治郎さんのことまともに見れないんじゃないですか? 

 かわいそうに」

 

 二人の会話に聞き耳を立てていた柊は言葉の節々に不穏な空気を感じる。

 

(歩くだけで女が釣れるとかいう歌舞伎役者に共演者キラーと名高い若手俳優の組み合わせか。

 この二人が女遊びしたら激しそうだなあ。

 撮影中にスキャンダルなんてことにならなきゃ良いけど)

 

 遠い世界の人たちを見るような気分だったが、次の言葉を聞いて心臓が跳ね上がる。

 

「ふふっ。今度夜凪さんがどんな顔してあたしの前に立つか楽しみね」

「悪い男だなあ。

 あの子ロクに男の経験無さそうなのに。

 初めての男がこんなんだったら一生棒に振っちゃうよ」

「こんな商売してるくらいだから経験あるのが普通でしょ。

 懲らしめるつもりが初めてまで奪っちゃうなんて思いやしないよ」

 

 悪びれることもなくシャツの首元を緩めて笑む桜治郎。

 一方、柊は顔面を真っ青にして————

 

(ウチのけいちゃんに何さらしとんじゃああああああ!!)

 

 スタジオの中に駆け出した。

 

 

 柊が練習場の中に行くと人はまばらで少数のスタッフが打ち合わせしたりキャストが帰り支度をしている。

 柊が辺りを見渡すと、練習場の隅にうつ伏せで倒れている夜凪を見つけた。

 

「け……けいちゃあああああん!!」

 

 涙目になりながら駆け寄る柊。

 その目には夜凪しか映っておらず、そのそばで怯えている新名夏のことは目に入っていなかった。

 

「けいちゃん!! しっかりして!!」

「あ……ゴメンなさい……

 待たせちゃったから————」

「いいよっ! 今は何も喋らなくて!! 

 暖かいお風呂に入ろう。

 そしてふかふかのお布団で寝よう。

 あのケダモノたち……ぜってぇ殺してやるからな……

 映画界の財産を……ウチのけいちゃんを……」

 

 ガルルルル……と猛犬のように唸りを上げる柊。

 

「あのー、おちついてください。

 その、誰かを殺さなきゃいけないようなことにはなってないです、たぶん」

 

 傍らにいる新名が宥めるように声をかける。

 そこでようやく冷静さを取り戻した柊は地面に死んだように顔を貼り付けている夜凪と困ったような顔をしている新名を交互に見比べる。

 

「何があったの?」

「はあ……夜凪さん、リハーサル中にオージ……吉野さんを挑発するようなことしちゃって」

「吉野桜治郎を!?」

 

 柊がその名前を出すと夜凪が寝たまま、ビクン! と跳ねた。

 普段以上におかしな様子の夜凪を訝しげな目で見る柊。

 

「挑発して……なにかされちゃった?」

「リハーサルしただけです。

 ですけど、その時に吉野さんが……その……」

 

 モジモジとして口ごもる新名。

 柊は追い詰めるようにジト目で近づく。

 すると新名は意を決して、

 

「セックスアピール満載でお芝居したんです!!」

「セェッ!!?」

 

 裏声で叫ぶ柊。

 顔を真っ赤に染めた新名が堰を切ったように勢いよく喋り出す。

 

「もうクソヤバイんですよ!! 

 声がエロい仕草がエロい目つきがエロい表情がエロい!! 

 側で観ていただけの女性陣全員目がハートになっちゃって、オージの虜ですよ!! 

 思わず公演情報調べちゃいました!!」

「い、いや……あのひとが色っぽいのは知ってるけどセッ……アピールって?」

「見れば分かります。見てください」

「(見れねえから聞いてるんだよ!)

 で、でもそんな『真波』と『白洲』が良い感じになるのは大人になってからだよね。

 演出的にそれで良いの?」

「もちろん監督に吉野さん怒られてましたよ。

 次やったら殴るみたいなことまで言われてました。

 まあ……ただのおふざけといえばおふざけなんですけど、直接アレを食らった夜凪さんは……」

 

 新名がうつ伏せで寝転がっている夜凪に視線を戻す。

 事情を察した柊はむりやり夜凪を仰向けに戻す。

 

「けいちゃん…………」

「私の顔、なにかおかしい?」

 

 そう柊に尋ねた夜凪は頬を真っ赤に染めていた。

 

「……吉野桜治郎は、カッコよかった?」

「かっこいいと言うか……そういうのじゃなくて、その……」

 

 潤ませた目を逸らし、口元に手の甲を当てて身をよじる夜凪。

 色っぽさすら漂うその悶えようは柊にとって……いや、夜凪自身にとっても見たことのない自分だった。

 

(けいちゃんが恋に落ちたっ!? 

 い、いやけいちゃんだって17歳の健全な女子高生だし。

 別に墨字さんも『夜凪に恋をさせるな』なんてことは言ってなかったし大丈夫……なのか!?

 本当に大丈夫なのか!?)

 

 動揺する柊に追い討ちをかけるようにむくりと起き上がった夜凪が肩を掴んでくってかかるように質問してくる。

 

「なんなのアレ!? 

 あんなの私一度も見たことないんだけど、なんだったの!?」

「(だから知らねえって言ってんだろうがあああ!!)

 お、落ち着いて! 

 別に吉野桜治郎以外にもイケメンたくさん見てきているでしょ!!」

 

 そう。急速にスターダムを駆け上る夜凪は当然のようにイケメンと共演している。

 

 デスアイランドでは星アキラを筆頭にスターズのイケメン俳優達と。

 明神阿良也だって個性派ではあるが羅刹女以降、虜になるライト層の女性ファンが続出している。

 極め付けは一世を風靡した日本のトップスター王賀美陸。

 

 昨日今日芸能界に入った素人じゃないのだ。

 ある程度免疫はあるだろう、と柊は思っていた。

 

「今まで会ったどんな男の人とも違うの!! 

 アキラ君なんかよりも頼り甲斐があって、阿良也さんよりもミステリアスで、王賀美さんよりも情熱的で、とりあえずあの三人とは全然違うの!! 

 私、今まで男の人に会ったことなかったのかもしれない!!」

(けいちゃん、それファンの前で絶対口にするなよ)

「どうしようどうしよう! 

 こんな気持ち抱えて桜治郎さんの前で芝居できるのかしら!?」

(どうしよう、とか言いながら顔緩んじゃってるよ……

 いや、マジでどうしよう……)

 

 柊は頭を抱えた。

 メソッド演技を始め、役に没入する術を使いこなす夜凪がその反作用で精神を病んだりはしないように、と細心の注意を払っていたが、まさか恋の病にまで目を向けていなかった。

 

(さすがにけいちゃんのことだろうから、本番では持ち直してくるとは思うけど……撮影以外にも問題ありそうだな。

 基本的に思い詰めたら止まらないタイプだし恋愛してものめり込みそう……

 しかも相手は歩いてるだけで女が釣れると有名な伊達男、吉野桜治郎……

 これがきっかけでけいちゃんの芝居が崩れたり、役者への意欲が失われたりなんかした日には私、墨字さんに殺される!!)

 

 

 練習場の隅っこで若い娘達が三者三様の有様。

 夜凪はポッポと蒸気をあげる機関車のように一人浮かれており、柊は土砂降りの雨に打たれているかのように肩を落とし、その場から逃げ遅れた新名は途方に暮れている。

 

 そんなどうしようもない空間に割って入る人物がいた。

 

 

「梨園の男に色目使われたくらいで……無様なコト」

「や……薬師寺さん?!」

 

 

 薬師寺真美はしゃんと背筋を伸ばしてそこに立っていた。

 

「礼儀を知らない、常識も知らない。

 上下関係も知らなければ恋まで知らなかっただなんて……

 まるで赤ん坊を撮影現場に放り込まれたようなものね。

 泣かれて喚かれて、いい迷惑」

 

 嫌味たらしく言う真美の言葉に夜凪は反論できない。

 自分が正気を失っているのは明らかだからだ。

 真美はじっと夜凪を見つめる。

 

(危ういほど無垢。

 たしかに昔のアリサちゃんに似ているかもしれないわね。

 私や皐月ちゃんみたいな子供の頃から芸能の道にいる人間ではこうはならない。

 作り物の極みのような葛城屋の(ぼん)の小芝居を真に受けるなんて迂闊にもほどがある。

 だけど……)

 

「夜凪さん、あなたこの後お時間ある?」

 

 真美の言葉に夜凪も顔の熱が冷めるくらいに驚いた。

 

「え……? どういう」

「察し悪いわね。

 私に付き合いなさい、と言ってるの」

「へっ!? あ……でも、ルイとレイ(弟と妹)のお迎えに————」

「いいよ、けいちゃん!! 

 全部私がやっとくから!! 

 ご飯もお風呂も寝かしつけも明日の学校の用意も全部やっとくから!!」

 

 柊は全力で真美の誘いを断らせないようにする。

 新名もその雰囲気を察して、

 

「あ、私は次の現場があるので……失礼しまーす」

 

 と、逃げた。

 

 夜凪はあらためて真美と向き合う。

 口の右端だけを少しだけ上げて微かな笑みを浮かべるその姿に羨望にも似た想いを抱く。

 老齢ながらも堂々としていて、優雅で上等な綺麗さを醸し出す女性。

 言われた通り、自分の無様さを思い知らされる。

 

 その恥じるような悔しがるような表情を見て、真美は少し溜飲を下げた。

 ほんの少し、柔らかい口調で語りかける。

 

「知らないことは強みとなることもある。

 だけど、知らなくていいことなんてのは存在しないのよ。

 特に芸能の道を歩む者にとってはね」

 

 静々と歩き始める真美の背中を追いかけるように夜凪は後に続いた。




次回更新は9月28日(月)予定。

ちなみに、吉野桜治郎は本誌の方にチラッと出ていた黒髪短髪の『歌舞伎界の異端児』さんです。
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