ほうき星の描いた軌跡   作:魚鷹0822

1 / 7
第1話 突入してきたほうき星

 足元をわずかに揺らす、穏やかな波。肌にあたる心地よい向かい風。そんな平穏な海の上を、彼らは悠然と進んでいく。

 体温を感じさせない白や、光の届かない海底の闇のような黒で塗りつぶされた皮膚。人の姿や、形容し難い異形の姿をした者たちの大艦隊。

 

 

 深海棲艦。

 

 

 突如現れ、人類から海を奪った者たち。彼らは今日も、人類を海から追い出すために、目的地を目指し、海上を進んでいく。

 そのさなか、静かなはずの空に、聞き覚えのある爆音が木霊する。音源が1つ、2つ、3つと数を増し、重なり合った音が徐々に空を覆い始める。

 空を見上げた時、雲を突き破り、灰色や緑の鳥たちが向かってくるのが目に入る。

 冷静に眺めていると、胴体下に黒い爆弾を吊り下げているのに気づく。随伴艦たちに連絡。機銃の銃身を上に向けさせる。

 

「……ウテ」

 

 随伴艦や自身に備え付けられた機銃や対空砲が、一斉に火を噴く。上空に築かれた銃弾や砲弾の壁に阻まれ、向かってきた鳥たちは機体に穴が開き火がつき火災が発生。

 進入コースが直線的で、重たい爆弾を抱えて動きが鈍った鳥を撃つなど、七面鳥撃ち同然。

 機銃弾や対空砲弾が嵐のように舞う中に飛び込んだ鳥は、次々火を噴いて海面に落ちていく。

 

―――また、同じことの繰り返し……。

 落ちていく鳥たちを見て、そんな感想を抱く。

 

―――あの時と、変わってない。

 淡々と、向かってくる敵艦載機たちを撃ち落とす。

 

―――あの国は……。

―――やっぱり、滅ぼさなくちゃ。

 

 

 その時だった。

 

 

 何度も聞いた、急降下の際にたてる風切り音が耳に入る。場所は、自身の上。顔を上げると、上空から雲を突き破り、敵機が1機急降下してくる。

「……ウテ」

 冷静に随伴艦たちに指示をだす。だが、弾が当たらない。角度が急すぎて、機銃や対空砲で対処できない。

 

「……アタレ、……アタレ!」

 

 焦れて、自身も機銃を旋回させ、上空に弾幕を張る。降下してくる敵機の速度が一時的に落ちた。ダイブブレーキを展開し、標的へ向けて進路をとっている。

「……イマ」

 減速している今の瞬間を狙い、上空に弾幕を形成させ、接近を阻む。だがその中を、敵機は速度を増して駆け抜けていく。

 

「マテ……。クルナ、クルンジャナイ」

 

 機銃や対空砲を一斉に放つ。そのうちのいくつかは命中し、敵機の外板をはがし、主翼や尾翼を突き抜ける。

 主翼の燃料タンクを貫通したらしく、出火し、炎が機体を覆いはじめる。

 

「……ナゼ」

 

 それでも、敵機はコースを変えない。爆弾を切り離す様子もない。被弾しても、出火しても、こちらに向かって突き進んでくる。

 

「トマレ、クルナ……。クルナー!」

 

 胴体下に800kg爆弾を抱えたそれは、彼女に向かって、ほうき星のような軌道を描いて、突入していった。

 

 

 

 

 

 

 

 頭の奥底にしまい込んでいたものを見たようだった。記憶の世界から現実に引き戻されたものの、そんなものを見てしまったせいで、目覚めが悪い。

「……かく」

 誰かの呼び声に、彼女は両目をあける。でもまぶたが重たいのか、目をわずかにあけただけで、動く気配を見せない。

「ず……く」

 そんな彼女の都合などお構いなしに、見下ろす影は、彼女の名を呼び続ける。

「瑞鶴!返事は!?」

「……は~い」

 けだるそうに返事をして、彼女は両目をはっきりと開け、自分を見下ろす人影を見つめ返す。

「どうかしたの?」

 先ほどの声から一転、頭上からは心配の色を含んだ、優しげな言葉がかけられる。

「こんな時間に、こんな場所で1人」

「加賀……」

 声の主、長い髪を片側で束ねたサイドテールを揺らす、青と白の和装の艦娘、空母加賀は、波止場で1人、ヒトデのように手足を投げ出し、寂しく寝そべっていた相方、空母瑞鶴を見下ろす。

 彼女は上半身を起こし、視線を加賀から手に握られた紙に移す。

「ちょっと、最近不調続きで……」

 瑞鶴は表情を曇らせ、夜空を見あげる。彼女の手に握られた紙には、未帰還、の赤文字が、いくつも記入されている。

 それを見た加賀は、静かに言った。

「あなたはよくやっているわ」

 加賀は瑞鶴の右隣に腰を下ろす。そして励ましの言葉をかけるも、彼女の表情は晴れない。

「今日、私の九九艦爆隊、みんな、帰ってこなかったんだ……」

 瑞鶴は、手に握っている1枚の紙、今日の戦闘の戦果損失の報告書を見ながら言った。

 急角度で敵の防空網に飛び込み、目標に爆弾を落とす艦上爆撃機は、その戦法ゆえに艦載機の中で最も損耗率が高い。

「みんな、毎日訓練して、一緒に平和な海を取り戻そうって、そう、誓ったのに……」

 瑞鶴の言葉に、次第に震えが混じってくる。

 

 戦いに犠牲はつきもの。

 

 そういっても、彼女はそう簡単に処理できるほど、器用でも冷徹でもない。

「みんな、みんな……、帰って来なかった」

 加賀は静かに彼女の肩に腕を回し、体を引き寄せる。

「加賀……」

 いつもの勝気なさまは鳴りを潜め、彼女は弱音を吐き出し始める。

「妖精たちを使いつぶしてばかりの母艦に、生かされる価値が、あるのかな……」

 加賀は言葉を発さなかった。

 空母にとって、艦載機とそれを操る妖精は、空母の持つ刃の切っ先そのもの。だからともに日々鍛えあう。

 そして、空母艦娘と妖精たちは、非常に親密な仲になり、闘いの中では、艦載機の妖精たちは母である母艦を守る。

 たとえ、自分たちを犠牲にしようとも。

 

 それだけの価値は、自分にあるのか、彼女は問いかけてくる。

 

 艦載機なき空母などに意味はない。それを瑞鶴は、誰よりも知っている。

 ふと、加賀は空を見上げた。

「瑞鶴」

 彼女の視線の先を追って、瑞鶴も夜空を見つめる。

 2人の視線の先にあるのは、暗い夜空に、ほうきのような長い尾、光の軌跡を描きながら流れていく星。

「ほうき星。彗星(すいせい)ね……」

 ふと、加賀は瑞鶴にまわした手の甲に何かが落ちるのを感じた。視線を向けると、手の甲には、雨のように水滴が落ちてくる。

 そしてその上に向かって視線を上げると……。

「ず、瑞鶴!?」

 加賀は慌てた。彼女の目の前には、夜空を流れるほうき星を見て、涙を流す瑞鶴の姿があった。

 加賀はどうしたものか、慌てふためく。

 どんなに厳しい指導をしても、過酷な状況下でも、涙1つ流さなかった彼女が、夜空を流れる星を見て泣いている理由がわからない。

 何より、加賀は彼女の泣き顔に弱い。おまけに理由も対処方法もわからないとなれば、慌てるのは必然。

 とにかく、加賀は彼女の顔を抱いて胸の中に引き寄せ、泣き止むまで待つほかなかった。

 

 

 

 

「ごめん、加賀」

「落ち着いた?」

 頭が上下したのを確認すると、加賀は彼女を開放した。

「どうしたの?」

 加賀は理由を尋ねる。その昔、ほうき星は災いの前兆と考えられていたことがあったらしいが、それを瑞鶴が信じているかはわからないし、それで泣くとも思えなかった。

 加賀は持っていたハンカチで彼女の涙をぬぐう。

 

 

「加賀はさ……、今の姿として目覚める前、深海棲艦だったときの記憶って、ある?」

 

 

 加賀は心臓鷲掴みされたような感覚に襲われた。

 彼女はかつて、艦娘として目覚めたのち、深海棲艦との戦闘で撃沈されたことがあった。

 暗い海の底へ向かって沈んでいく中で意識を失い、気が付けば深海棲艦になり、かつて同胞だった艦娘たちと戦い、とある戦闘で撃沈された。

 そして目が覚めたら、ある鎮守府のベッドの上にいた。

 

 

 艦娘が沈んだら、深海棲艦になる。

 

 

 加賀は、その一連の流れの記憶を、保持していた。

 

「……あるわ」

 

 加賀は、相方の瑞鶴に隠さず話す。

「九九艦爆が降下してきて、250kg爆弾を切り離した瞬間を見たのが、最後の記憶……」

 その九九艦爆が一体誰の所属だったのかは、今なっては知るすべもない。

「そっか……」

 そして加賀は、彼女が次に紡ぐであろう言葉を予想した。

 

 

「……私も、あるの」

 

 

 予想通りの答えに、肩を落とす。加賀はしらなかったが、そういうからには彼女も戦闘で沈み、深海棲艦となったときがあり、その時のことを覚えているのだろう。

「その当時のことを、今も、夢に見るんだ」

 艦娘は、今の記憶だけでなく、鉄の船だった当時の記憶を持っている。その記憶にうなされるものは、決して少なくない。

 加賀も、沈む直前の身を焼かれるような熱さの記憶が忘れられず、時折悪夢にうなされることがある。

 深海棲艦になったときの、後悔や帰還の念に取りつかれていたときのことも。

「その夢を見る度、いつも思うの……」

「何を?」

 加賀は先を促す。

 

 

「私を沈めたあの子が、今の私を見たら、どう思うのかなって……」

 

 

「……あの子?」

 加賀は首をかしげる。

「あの子は最後、私に向かってきたの……」

 彼女は夜空を、そこを流れる星を見あげる。

 

 

「あの、空を流れる、ほうき星のように……」

 

 

―――あの日、あの子は、私に向かって突入してきた。

―――夜空を流れる、ほうき星のような、軌道を描いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さかのぼること約2年前。

 場所は、日本から離れた南方の資源地帯にある、とある泊地。

 

「本日の天候は快晴。遠くまでよく見通せそう」

 

 縛った緑色のツインテールを揺らす空母瑞鶴は、照り付ける太陽の光を遮ろうと、右手を顔の前にかざす。

 

「ということは、それだけ警戒を厳に、ということね」

 

 彼女の背後に、同じ和装の女性が現れる。太陽の光に照らされ、風に揺られた銀色の髪が、清い水流のようにきらめく。

 気が強そうで、どこかまだあどけない瑞鶴に比べ、落ち着き払い、気高さと、どこか儚さを感じさせる艦娘。

 

「瑞鶴、行きましょう」

 

 翔鶴型空母1番艦、翔鶴は、妹の瑞鶴に手を伸ばす。彼女は温かい、大好きな姉の手を握りかえす。

 

「うん。行こう、翔鶴姉!」

 

 2人はお互いの手を握りながら、機関の出力を上げる。

 

 

「翔鶴型空母1番艦、翔鶴!」

「翔鶴型空母2番艦、瑞鶴!」

 

 

 2人は、声をそろえて、

 

 

「「抜錨(ばつびょう)します!」」

 

 

 エンジンテレグラフが甲高い音を鳴らし、海面に立つ両足が前に進み始める。そして足元にウェーキをたて、大海原へと、彼女たちは漕ぎ出していった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。