偵察で敵の位置を探った翔鶴は、艦載機たちに発艦を命じる。その中には、配備間もない新型艦上爆撃機の飛行隊がいた。
艦爆隊の妖精たちは戦果をあげ、勝利を母艦に送るべく、敵空母の攻撃へ向かう。
深海棲艦。
突如海に現れたこの謎の存在に、人類は制海権を喪失。奪われた海を取り戻すため、人類は唯一対抗できる存在、艦娘を生み出した。
そして、今日も深海棲艦と艦娘との戦いが、この広い海原のどこかで、繰り広げられている。
深海棲艦との闘いが幕を開け、一進一退の攻防が続く中、日本は持久戦に備えるため、南方へ進出し、深海棲艦に先んじて資源地帯を確保することにした。
「あ~あ。折角綺麗な海なのに……」
足元や辺り一面に広がるエメラルドグリーンの海を横目で見つつ、瑞鶴はつぶやく。
「任務じゃなければ、水着用意して海水浴したいくらいね」
妹に温かい笑みを向けつつ、翔鶴は答える。足元には日本では見られない色鮮やかな魚たちが泳ぎ、遠目に見える浜辺は、白く輝いて見える。
おまけに温かい気候まで加われば、海水浴にはこの上ない場所だろう。
「海水浴かあ。見てみたいな~、翔鶴姉の水着姿」
「え!で、でも、ちょっと、恥ずかしいかも……」
体を上から下まで眺める妹の視線に気づいた彼女は、体を守るようにあいている腕を回す。
「私はみてみたいな~」
いたずら心を含む笑みで、瑞鶴は答える。翔鶴は、肉付きは劣るかもしれないが、スタイルの美しさは一航戦の赤い方や青い方にも負けないほどいい。
それも、日本の空母の1つの到達点、と言われる翔鶴型ゆえか。
加えて、瑞鶴より色濃い女性としての色香、髪や肌の色が醸し出す儚さ。それに水着が加われば、同性でも気になるというものだ。
「なら、提督指定の水着なんて、いいんじゃないかな~?」
主砲ではなくスケッチブック片手に随伴する、駆逐艦秋雲が何か企んでいそうな口調で進言する。
「提督指定?」
瑞鶴は怪訝な眼差しを秋雲に向けながら、疑問に首をかしげる。
「そうそう。体を覆う面積が広くて、色は深海のような紺色。それでいて体の形がハッキリわかる……。提督さんきっと喜ぶよ~。それに私も、スケッチが捗る!」
「完全に秋雲の趣味じゃない……」
彼女はあきれ顔で秋雲を見つめる。その間も、秋雲はスケッチブックに素早くペンを走らせ続けている。
「提督も喜ぶって!絶対!」
「……提督さんには、見せたくないな~」
瑞鶴は小声でつぶやく。
「なんでですか?」
護衛の防空駆逐艦の秋月が、瑞鶴の声を聞き取り、疑問を投げかける。
「……聞こえていたの?」
「2人をお守りすることが、秋月の役目です!お二人の一挙手一投足、見逃しません!」
「……重いわ、重いわよ秋月」
頭を抱える瑞鶴に、同じく護衛の駆逐艦、朧は苦笑を浮かべる。
「いいんじゃないですか?それだけ慕われているってことで」
「それは、悪い気はしないけど……」
慕われて悪い気のする人はおそらくいないが、秋月は少し重いもののようだった。
「瑞鶴、提督に見せたくないなら、いい方法があるじゃな~い?」
「いい方法?」
秋雲は、素早くペンをスケッチブックに走らせて文字を書き、瑞鶴へ向ける。
「提督が見そうになったら、いつものように爆撃を見舞えば、問題なし!」
彼女のスケッチブックには大きく、爆撃、という文字が炎や煙、駆け抜けていく爆撃機と思しきイラストを背景に書かれていた。
吹き飛んでいる人らしき絵は、おそらく提督だろう。秋雲のとんでもない提案に、
「それもそっか」
と同意する。
「ず、い、か、く?提督を爆撃なんて、今度したらお姉ちゃん、怒るわよ?」
「は~い。翔鶴姉」
にこやかな笑みを浮かべる妹に、翔鶴は頭を抱える。
「いいじゃない。クソ提督なんて爆撃してやれば」
その様子を傍目に見ていた護衛の駆逐艦、曙までもが同意した。
「だよね~曙。翔鶴姉を邪な目で見つめる提督さんは、爆撃してもいいよね!」
「ええ。嫌らしい視線を送る提督には、制裁が必要なの。お願い、瑞鶴さん」
「ぼのたんは塩対応だね~。なになに、ツンデレ?」
「秋雲うるさい……」
そんな仲間を眺めながら、
「みなさん、通常運転ですね」
「そうだね」
秋月と朧は、困った笑みを浮かべる。
その間も、鶴姉妹のつないだ手は離れない。
「仲、よろしいんですね」
「違いないね~」
「微笑ましいね」
「……羨ましい」
そんな仲睦まじい2人の鶴の様子を、随伴艦たちは微笑ましい視線をもって見つめていた。
「間もなく目標海域ね」
翔鶴は妹を見つめていたときの温和な表情を引き締めると、つないでいた手を離し、弓を手に背中の矢筒から1本の矢を抜き、番える。
「偵察隊、発艦始め!」
上空へ放たれた弓は飛翔すると燐光を放ち、瞬く間に二式艦上偵察機へと姿を変えた。
二式艦偵は、最近配備され始めたばかりの新鋭偵察機。
従来の空冷星型エンジンではなく、液冷式のアツタエンジンを搭載した細い流線形の胴体を持つ美しい機体。
二式艦偵は直ぐにアツタエンジンの回転数を上げて増速。艦上戦闘機の零戦に迫る速度で周囲へ散っていった。
「うひょー、流石新型。速い速い」
「それだけ、敵も強さを増しているって意味よ。周辺警戒を厳に」
翔鶴の指示に、全員が表情を引き締め、空、水上、海中を見張る。
間もなく、飛び立った偵察機から無電が入った。
「敵艦確認。空母1、軽巡1、駆逐2、輸送2」
「場所は?」
「このまま直進した進路上。まだ敵は艦載機を飛ばしてないみたいだけど……」
翔鶴はしばらく無言で考える。間もなく目を見開き、先を見つめる。
「瑞鶴の飛行隊は、念のため出動待機」
「了解!」
「敵は……」
翔鶴は再び矢をつがえる。
「私が、やります」
上空に矢が放たれる。放たれた矢が、零戦21型、九七式艦攻に姿を変える。
「頼むわよ、艦爆隊!」
最後に放たれた矢が、艦載機に姿を変える。先ほどの二式艦偵と同じ外観であるが、爆弾倉内には偵察器材ではなく、250kg航空爆弾を搭載した、新型艦上爆撃機。
彗星11型。
足が可愛い九九艦爆は優秀な機体ではあるものの、固定脚であったことから相手の高速化によって速度不足が明らかになり、苛烈さを増す戦場で、損耗が増加している。
その後継として、かつての大戦で空技廠で研究向けに作られていた機体を実用化した、高速艦上爆撃機。
液冷のアツタエンジンによって実現した空気抵抗の少ない細い胴体に先細りの機首、戦闘機に迫る速度、油圧でなく電動式を採用した操縦系統等、数々の新機軸を盛り込んだ新鋭機。
彗星は速度を増し、零戦を追い越し、敵艦へ向かって飛び立っていった。
「彗星全機、発艦を確認」
「了解、相棒」
先頭を行く隊長機の後部席に座る偵察員が、周囲を見渡して全機揃っていることを確認し、飛行隊の隊長を務める前席の操縦員に伝える。
「彗星全機、今回が我々の初陣となる。かつて碌に戦果を挙げられなかったが、今回はそうはいかない」
「「「おう!!!」」」
「今回はなんとしても、敵艦を海の底へ叩き落し、この海に平和を!勝利を母艦に送るぞ!」
「「「了解!!!」」」
彗星の妖精たちのやる気に満ちた声が、機上電話から全機に伝わる。
それからしばらく、偵察員の指示に従って飛ぶと、海上に黒い影が見えてくる。
「見えた……」
操縦員は照準眼鏡を覗き、前方を確認する。
「前方、空母1、軽巡ホ級1、駆逐イ級2、輸送ワ級2。空母はヲ級」
「二式の情報と一致」
隊長は機上電話に向かって話す。
「全機、前方に情報にあった敵艦隊を確認」
彗星飛行隊12機に、緊張が走る。
「全機、突撃編隊へ」
飛行隊が、3つの班に分かれる。4機ずつ、3度の波状攻撃で爆撃をしかけ、できる限り後続が到着する前に敵戦力に損害を与える。
ヲ級を撃沈するか発艦不可にできれば言うことはない。爆弾投下後は、その速力で母艦に帰還する。
隊長機は、第1攻撃へ向け、速力を上げる。
「敵艦載機は?」
「まだ見えません」
気づかれてないのか、敵は悠々と西から東へ海上を進んでいる。
「隊長、9時方向から入り、3時へ抜けましょう」
「了解」
隊長は機体を左へ旋回させ、深海棲艦たちの進路へと向ける。かつて爆撃は、面積の広さから側面か甲板を目掛けて行っていたが、人型になった深海棲艦は面積が後ろも横も変わらない。
命中率を上げるため、なるべく背後から迫り、進行方向を合わせて爆撃を行う。
「爆弾倉、開放」
隊長は、胴体下部の爆弾を収納する爆弾倉の扉を開ける。
「現在高度、6000メートル」
偵察員が高度を読み上げる。隊長は、ヲ級との距離と高度から行動をはじき出す。そして空気を吸い込み、大きめの声で言って耳の通りをよくする。
「入る!」
すると偵察員も、
「了解、ダイブ!」
同じように大きな声で言った。
隊長はカウルフラップをすべて閉鎖し、スロットルを絞り、機首を下げて切っ先を空母ヲ級に向ける。
次第に彗星の高度が下がり始め、急降下に入った。
「30度で侵入。高度5500……、5000メートル……、4500……」
偵察員が高度を読み上げる。速度が増していくにつれ、降下角度が段々と急になっていく。
かかるGで体を固定するベルトが食い込み、座席に体が押し付けられ、操縦桿が重さを増す。
「3500……、3000メートル……、フラップ展開!」
隊長は主翼のダイブブレーキ変わりのフラップを展開し、減速しつつ進入。ヲ級への爆撃進路に乗る。
射爆照準器を覗き、中心線からヲ級が外れていないことを確認しつつ、進路を修正する。
降下の際にあげる独特の風切り音が木霊し、ようやく海上を進む深海棲艦たちが敵機の来襲に気づき、対空砲や機銃が火を噴き始める。
彗星たちは、砲弾や機銃弾の飛び交う防空網の中へと飛び込んでいく。
「高度500で投下。高度2000メートル……、1500」
意識が飛びそうな環境の中、隊長は前方の空母ヲ級を見つめて離さない。
―――どうせなら、でかい獲物をしとめる!
今一度射爆照準器を覗く。進路は、外れていない。
「進路よし!照準よーし!」
「高度1000、900、800……」
隊長は投下レバーに手を添え、爆弾投下の指示を待つ。
「700……、よーい……、撃てーーーー!」
偵察員の指示で投下レバーを引き、爆弾を切り離す。直後、操縦桿を手前に目一杯引く。
視界が黒で塗りつぶされそうな、体がつぶれそうなGを受けながら深海棲艦たちの防空網の中をくぐり抜ける。
彗星は海面近くで機首を引き起こし、海面をすべるような高度を飛行しつつ全速で離脱へ移る。
その後方では、投下した250kg爆弾が破裂し、大気を揺らした。
「命中確認!空母ヲ級、頭部損傷!」
「沈んだか!?」
直後、続けて降下してきた僚機たちの落とした爆弾の破裂音が連続で響く。
「僚機の爆弾命中。ヲ級、大破!」
隊長は心の中で拳を握り締め、飛び上がった。
初の実戦で、敵の主力、ヲ級を大破。十分な戦果だった。
そして、第2、第3攻撃によって、輸送艦は沈み、軽巡や駆逐を中破に追い込んだ。後続が来襲すれば、瞬く間に殲滅できるほどに敵戦力は減った。
「よし、帰還するぞ!相棒!」
相棒の偵察員は手で了解の意を伝え、帰還ルートを指示する。隊長は偵察員の指示した方向に機首を向け、母艦翔鶴を目指し、部下を連れて離脱していった。