彗星艦爆隊が敵艦隊を攻撃していた頃、母艦は襲撃を受けていた。
「翔鶴姉、避けて!」
艦載機たちが敵に向かって飛び立って間もなく、敵艦載機や駆逐イ級たちが翔鶴たちへ襲い掛かってきた。
瑞鶴は、急いで待機させていた艦載機を飛ばし、これを迎え撃つ。
翔鶴は機関の出力を上げ、自分に向かって放たれる魚雷に対し、垂直に舵を切る。魚雷は彼女の後ろを通り過ぎ、海中で爆発。
大きな水柱が立ち、舞い上がった水飛沫が彼女を頭から濡らす。
「魚雷……回避」
「次!上空から艦爆!」
見上げた先では、死神が鎌を振り下ろすように、爆弾を抱えた敵の艦爆が水平飛行から急降下に入る。
損傷が増えている翔鶴を守るべく、瑞鶴は直掩の零戦を上空に集め、防空駆逐艦秋月の長10cm砲ちゃんが荒ぶり、焼けつきつつある砲身でもかまわず上空を撃ち続けている。
朧に秋雲、曙も彼女を遠巻きに囲うように陣形を組み、周囲のイ級に対処しながら防空戦闘を継続している。
―――翔鶴姉は甲板を損傷。秋月も、変えの砲身が少ない。
「零戦隊は上空へ!敵艦爆、艦攻の撃墜を優先して!」
瑞鶴は押されている状況を理解し、艦載機の妖精たちに指示を送りながら周辺を警戒する。
現在彼女たちは、旗艦の翔鶴を守るため防戦一方。なので上空に注意が行き、足元がおろそかになった。
瑞鶴の瞳に、低空で迫る敵艦攻がうつる。魚雷を離し、雷跡が海中に引かれる。
「翔鶴姉、魚雷!6時方向!」
敵の艦攻が離した魚雷が、翔鶴を背後から狙う。彼女は左へ舵を切り、これを即座に回避する。
「あ……」
その先で翔鶴は、新たな雷跡を確認。場所は、彼女の正面だった。敵空母は、彼女が最初の雷撃を回避することを予想した上で、艦載機に指示を出していたのかもしれない。
先ほどの魚雷を回避した直後で、即座に違う方向に回避するには、時間がなさすぎた。
「……間に合わない」
瑞鶴の悲鳴が上がる中、翔鶴は目を閉じようとした。
直後、上空から聞き覚えのある風切り音が響き、何かが高速で降下してきた。
「翔鶴さんに敵艦攻が接近中。魚雷投下準備に入っています!」
偵察員の報告を聞いた隊長は、即座に敵機の行動や翔鶴の対応を予測。そして、彗星の機首をさげた。
「入る!」
敵機の軌道を見極め、操縦桿を前に倒して彗星の機首を下げる。爆弾は胴体内に1発しかない。それは先ほどの空母ヲ級の攻撃の時に使ったはず。爆撃でないなら、何をするつもりか。
偵察員は、隊長の考えを察した。
「隊長、無茶です!」
「このままじゃ、帰る場所がなくなる!」
「死にますよ!」
「嫌なら降りるか?」
「無茶いわんでください!付き合います!」
彗星は高度を下げるにつれ、速度を増していく。敵艦攻が魚雷を離した。それを翔鶴は回避する。
そして、その先に待ち構えていたもう1機は悟られないよう、遠くで魚雷を離した。
―――見えた!
海面に描かれる1本の魚雷の雷跡を、妖精は小さな2つの瞳でとらえる。
「フラップを展開!」
「まだだ!もう少し!」
高度が下がり海面が迫る中、隊長は魚雷まで全速で近づいていく。
偵察員は、確信を抱いた。
隊長は、彗星が装備している機銃で、魚雷が翔鶴に命中する前に破壊しようと本気で考え、実行に移しているのだと。
速度が増すにつれ、機体が振動し、次第に揺れが大きくなっていく。
「今!」
隊長は、魚雷と進行方向を合わせた直後、主翼のフラップを展開し減速。機首の機銃の引き金を引いた。
機首に取り付けられた7.7mm機銃が火を噴き、銃弾が海面近くを走る魚雷の先端めがけて殺到する。銃弾は海に飛び込み、魚雷の周囲で何本もの水柱を立てる。
「当たれ……、当たれ!」
機銃弾の空薬莢が次々排莢され、弾の残りが減っていく。魚雷と翔鶴との距離が、どんどん縮まっていく。
「当たってくれー!」
隊長は操縦席内で叫ぶ。
「限界高度!機首上げ!」
隊長はいつの間にか海面が目前に迫っていたことに気づき、急いで彗星の機首を上げ、翔鶴の足元を駆け抜けつつ、高度をあげた。
直後、大きな水柱があがる。
隊長は後ろを振り返った。
「翔鶴さんは!?」
偵察員は、双眼鏡で母艦の様子を確認する。
運は彗星に味方した。
「空母翔鶴。健在です!」
銃弾が魚雷に命中し、翔鶴に当たる寸前で爆発。衝撃で頭から海水を被り、服装が少々破れているものの、彼女は海面に立っている。
「よかった……」
「隊長、後方に敵機!」
彗星を旋回させ、回避行動に入る。
「彗星全機、母艦を守れ!」
「「「了解!」」」
爆弾を離し、身軽になった彗星たちは、機首と後部座席の機銃で戦闘に加わり、敵戦闘機たちへと、挑みかかっていった。
「助けてくれたことには感謝します。でも……」
戦闘を終えて基地へ帰還し、入渠ドックにつかって傷を癒す翔鶴のそばで、彗星の妖精たち全員が整列している。もっとも、彼女の方角を向いているのは体だけで、顔は明後日の方向を向いている。
「魚雷を機銃で迎え撃つなんて何考えているんですか!?一歩間違えば、海面に激突ですよ!」
必死で怒っている翔鶴の言葉を、妖精たちは聞き流す。彼女にすれば怒っているつもりなのだが、妖精たちからすれば心配故の小言。いつもの風景であった。
どんなに怒っていようとも、可愛い見た目の翔鶴から発せられた言葉に迫力はなく、むしろその必死さのためにただ可愛さが増すだけで逆効果だった。
「聞いていますか!?」
必死に訴える翔鶴だが、妖精たちは姿勢を正すと、
「以後気をつけます。それでは、整備に戻ります!」
といってドックから去っていく。
「あ、こら!」
すたこらせっせと隊長を追って入渠ドックを後にする彗星の妖精たちを前に翔鶴は、待ちなさ~い、と叫ぶも入渠中のためドックからは出られず、去り行く小人たちの背中を見送るしかなかった。
「整備はどう?」
格納庫に戻った隊長は、整備妖精に話しかける。整備妖精は、三日月のように細めたジト目をもって答える。
「無茶をしてくれましたね……」
ハハハ、と笑いで隊長はごまかそうとするも、整備妖精はジト目をやめない。
「危なかったですよ。魚雷を迎え撃とうと降下したとき、もう少し減速するのが遅かったら空中分解。機首を上げなかったら海面にキスしてましたよ」
今更になって、隊長は背筋が寒くなる。一生懸命なときは気にしてなくても、頭が冷えてくるとゾッとすることはある。
偵察員を後ろに乗せてなかったら、高度を下げすぎたことに気づかず、海面に激突していた可能性は十分にあった。
そんなことを顔には出さず、隊長は整備妖精たちを眺める。彗星の周りには、整備に悪戦苦闘する妖精たちが何人もいる。
液冷エンジンに手を焼くもの、電装系の操縦系統の歯車類の多さに戸惑うもの等々。
隊長はジト目を向けてくる整備妖精を横目に、機体に触れる。
「いい機体ですね。速度が出て、軽快に動けて」
無茶はしたが、この彗星の性能のおかげで、先ほど翔鶴を守れたのは確かだった。
「……その分整備は大変です。まあ、やりますけどね」
隊長は苦笑する。
九九式艦爆の採用後間もなく研究が始められながら、日米開戦に間に合わなかった彗星。
完成しても、慣れないガラスの心臓のアツタエンジンや部品の多い電装系の整備に悩まされ稼働率は低く、ようやく数がそろい、改修も落ち着いたころ、戦局は日本に不利になり、さらに空母の多くが沈んだこともあって、艦上機でありながら、その実は陸爆で、活躍できる土壌は失われた後だった。
そして、大戦末期はエンジンの生産が間に合わず、空冷エンジンに換装されるも、戦局の不利はいかんともしがたく、ついには特攻機として、数多の命と共に散った機体。
改修や製造に費やされた労力に比べ、彗星の戦果は大してなく、戦力的価値は意外にも低いものであった。
―――でも今度は、絶対戦果をあげてみせる!
「整備はしっかりします。その代わり、無事に帰ってきてくださいね。私たちの可愛い彗星ともども」
整備妖精はスパナを隊長に突きつけながら言った。
「はい……、必ず」
隊長は、機体を触っていた手を握り締めた。
今度は、同じ道は歩まない。敵を沈め、母艦に勝利を、海に平和を取り戻す。
隊長は、そう心の中で誓う。
隊長はその日の夜、自室で日誌を書いた。ページには、翔鶴たちとともに撮った写真が、張り付けられていた。
「補給急いで!すぐに上がる!」
翔鶴の甲板上に降り立った彗星に整備員たちは駆けより、爆弾を取り付け、機銃の弾や燃料を補充していく。
「損耗は?」
「彗星12機中、8機が落とされました……」
偵察員の妖精は、悲痛な顔で告げる。甲板後方には、着艦体勢の同じ隊の2,3、4番機が見える。
「2番機着艦。3番機は……」
偵察員が言葉を切ったので、隊長は後ろを振り返る。
甲板に降り立った彗星の3番機は所々が機銃で撃ち抜かれてはいるものの、まだ損害は軽く見える。だが、降り立った3番機の操縦席から操縦員の妖精が飛び降り、後部の偵察員席に駆け寄っていく。
彗星3番機の偵察員席は、赤い液体で塗りつぶされていた。風防をあけ、操縦員は泣きながら中から何かを引きずり出し、救護の妖精たちは担架に乗せて運んでいく。
「偵察員が、やられたか……」
敵に後ろから狙われた場合、偵察員は真っ先に撃たれやすい。まして彗星には防弾ガラスや防弾鋼板といった防弾装備がない。
偵察員を失うことは珍しくないとはいえ、隊長はその光景を長く見ていられなかった。
「4番機……?」
「どうした?」
偵察員が黙り込んだのを不審に思い、隊長は双眼鏡を取り出し、進入してくる4番機を見つめる。なぜか、先ほどから翼を上下に振るバンクを続けている。
「翼を振っている……。どうしたんだ?」
すると、偵察員の妖精は目を見開いた。
「……脚が出ないんですよ!」
機上電話から叫び声が響く。
『こちら彗星4番機!脚が出ない!海面に緊急着水する!』
彗星は操縦系統が油圧でなく、電動式を採用している。油圧より確実性が高く僅かでも軽くできるらしいが、蓄電池やモーターのレベルがそれに伴っておらず、足の出し入れは数回が限度という有様だった。
4番機は甲板ではなく、海上へ進路を取り、高度を下げつつ、フラップで速度を落としていく。
『着水する!』
彗星4番機は速度をできるだけ落とし、海面すれすれを飛行。海面に触れる瞬間、機首をわずかに引き起こし、水飛沫を上げて降り立った。
「浮き輪を!」
甲板員の妖精たちは浮き輪を2つ投げ、操縦員と偵察員を引き上げる。
部下が無事だったと安堵した隊長は、操縦席に座りなおす。
「敵空母の数は?」
「敵の主力艦、ヲ級は4隻のうち、残り2隻」
「……爆弾を叩き込むには、あの厚い防空網を突破しないと」
今回は深海棲艦との闘いとしては珍しく、空母同士がお互い見えない距離を挟んでの戦いになっていた。相手を目視できる距離の外から、艦載機による撃ち合い。
敵はヲ級が4隻。こちらは翔鶴、瑞鶴の2隻。今空母はお互い2隻だけだが、状況が不利なことに変わりはない。
敵のヲ級の周囲には、防空駆逐艦や軽巡が多数随伴しており、装備された機銃や対空砲による濃密な防空網によって、零戦や彗星、天山の多くが犠牲になった。
「補給完了!」
「よし、あがるぞ!」
偵察員は、手を振ってこたえる。2番機も、補給を終えたのか手を振っている。
隊長は、彗星を発艦位置へ移動させる。
「敵機襲来!」
偵察員が叫んだ。翔鶴の上方には、爆弾を抱えた深海棲艦の艦爆が、ダイブブレーキを展開して爆撃体勢に入っている。気づいた妖精たちは対空機銃に取りつき、一斉に撃ち始める。
「発艦急いで!」
翔鶴が叫ぶ。本来なら、回避行動を優先するべきだろう。彼女を守ろうと、防空駆逐艦秋月や、護衛艦の曙も上空に主砲を向けて砲撃を続けている。
だが、何度も爆撃や雷撃を受け、抉られた足の艤装や破損個所の多い服装を見て、妖精たちは悟った。
隊長は彗星を加速させ、急いで翔鶴を離れる。僚機の2番機が発艦した直後、敵機は爆弾を切り離した。
妖精たちが飛び立った背後で彼女は、爆炎に包まれた。
「翔鶴さん!」
その瞬間を見た偵察員が、悲鳴を上げる。隊長も背後を振り返る。甲板は、航空爆弾を受けて穴が開き、火災が発生。爆風で、彗星3番機がやられていた。
隊長は反転しようとした。
『……行きなさい』
機上電話から、翔鶴の声が機内に響く。
『私のことはいいから、行きなさい!』
いつもの可愛い翔鶴からは想像もできない、揺るがない意志を含んだ声。
『あなたたちは、私たち空母の刃の切っ先。あなたたちが飛んでいる限り、私は負けじゃない!』
翔鶴は海上に膝をつき、飛び立った彗星たちを見つめる。
『行きなさい!』
隊長は奥歯をかみしめ、スロットルレバーを押し込む。瞬く間に彗星は速度を上げ、標的を目指し、翔鶴から遠ざかって行った。