その後、深海棲艦に押され続ける人類は、一大反攻作戦を実施。ただ一隻の正規空母となった瑞鶴に、かつてと同じ命令が下される。
「見えました!」
海の上を進む深海棲艦の艦隊。その中で、黒煙を上げているヲ級を見つける。
「ヲ級は残り2隻。せめて、発艦不可に追い込むぞ!」
「ええ、やってやりましょう!」
「突撃編隊!2番機続け!」
『了解!』
爆弾倉を開いた彗星は、一斉に高度を下げる。それを察した深海棲艦たちが、機銃を上空へ向け、撃ち始める。
放たれた敵弾は、彗星に近づくと信管が作動し、爆発。爆風が機体を揺らし、爆炎で目がくらみそうになる。
「高度4000メートル……、3500……」
突如、機体を激しい振動が襲った。敵の対空砲弾が間近で爆発し、機体が揺さぶられる。
「進路、維持できない!」
敵弾に当たらないよう隊長は回避行動をとりつつ降下していくが、対空砲火の中で標的への進路が保てない。
「爆撃中止!離脱する!」
隊長は爆撃をやめて高度をあげ、一度深海棲艦たちから離れる。2番機も取りやめ、隊長機に続く。
直後、僚機のそばで対空砲の砲弾が炸裂。細かい破片をまき散らした。
破片は、僚機の胴体や翼内燃料タンクをたやすく貫通。エンジン付近や主翼からは、オイルや燃料が流れだす。
「2番機、離脱、を……」
隊長と偵察員は、言葉を失った。
2番機の風防内は、赤く塗りつぶされ、内部の搭乗員は、ぐったりと俯いていた。機体は機首を下げ、ゆっくりと海面へと向かって降下していく。
主翼に開いた穴から出火した炎は機体を瞬く間に覆い、彗星2番機は海面に激突する前に空中で爆散した。
「2番機……、やられました」
「……もう一度やるぞ!」
隊長は高度をとり、ヲ級へ機首を向けようとする。だが……。
「……どうした?」
風防の前を、黒い煙が覆い始める。アツタエンジンが煙を吹き始めたのだ。
「さっきの破片をもらったか……」
一度深海棲艦の艦隊から離れ、高度を取る。そして、再び降下に入ろうとする彗星の機内に、機上電話からの雑音が響く。
『こちら、空母瑞鶴』
機上電話から聞こえた声に、妖精たちは耳を傾ける。
『翔鶴が沈没につき、旗艦は私へ移譲。総員に伝えるわ』
爆音のひどい機内でも、瑞鶴の落ち着き払った声は妖精たちの耳に届いた。
『ただいまをもって、作戦行動を中止。翔鶴所属の艦載機を含め、全機帰還して』
「待ってください!」
隊長は機上電話に向かって叫んだ。
「敵は目の前に!それに、まだ爆弾があります!」
『これは、提督からの命令よ』
「お願いします!1発、1発でいいんです!」
『……爆弾は投棄。合流を急いで』
「ですが……」
「……隊長」
なおも抗弁しようとする隊長に、後ろから偵察員が声をかける。そして、静かに首を横に振った。
「エンジンが動いているうちに合流しないと、私たちも帰れなくなります」
「でも、翔鶴さんを沈めた敵が、目の前に……」
隊長は、眼下を悠然と進む深海棲艦の艦隊を見つめる。
「……250kg1発では、無理です」
偵察員の冷静な物言いに、隊長は奥歯をかみしめる。
「帰れば、また機会はつかめます。必ず倒しましょう。翔鶴さんのためにも、落とされた、仲間のためにも!」
落とされた仲間や母艦の、翔鶴の仇を討ちたい。でも、今の彼らの装備で無理なのは明らかだ。
「ですから、今は耐えて!」
『あなたたちは、私たち空母の刃の切っ先』
『あなたたちが飛んでいる限り、私は負けじゃない!』
隊長の頭の中を、翔鶴の言葉がよぎる。
―――ここで落とされたら、仇を撃つ機会は巡ってこない。
―――翔鶴さんの、負けになる。
「……そう、だな」
隊長は爆弾の投下レバーを引いた。重量物の爆弾がなくなり、機体が一瞬浮き上がった。
「爆弾は投棄、空母瑞鶴へ向かい、残存部隊と合流する」
彗星はエンジンが動いている間に、味方のもとへと進路をとった。
味方と合流し基地へ戻った彗星艦爆隊の隊長は、その日のことを日誌にしたためた。
母艦、翔鶴が沈んだ。
部下の、仲間の多くが、死んだ。
文字にすると、そのことを改めて認識、実感することになり、隊長のペンを持つ手が震える。
前のページをめくっていくと、初陣の前に翔鶴や部下たちと撮った写真が貼られたページに行き当たる。
「翔鶴……さん、みんな……」
写真に、水滴が滴り落ちる。翔鶴に、亡き母に、部下たちに触れようと、隊長は写真を撫でる。
隊長は、泣きながらその日の戦闘のことを、日誌に記した。
それからというもの、基地を敵艦載機が襲撃してくるようになった。迎撃のたびに零戦が上がっていったが、日に日に帰ってくる数は減っていく。
深海棲艦が力をつけ、人類側が押されているのは、誰の目にも明らかだった。
「みんな……」
格納庫で待機している妖精たちのもとに、迷彩模様に塗られた艤装を身に着けた瑞鶴が現れる。
「ごめんね、翔鶴姉みたいにいかなくて……。負け続きで」
「瑞鶴さんのせいじゃありません!」
妖精たちは、声をそろえていった。
先の戦闘を皮切りに、人類側は負け続き。噂では、近いうちに反攻作戦が行われるというが……。
「……ありがと。さあ、翔鶴姉の分も頑張らないと。演習始めようか」
瑞鶴の笑みに、妖精たちは胸を痛める。
大好きだった姉を失い、どれほどつらかったか。でも、状況は彼女に悲しむ時間さえ与えてはくれない。
突如攻勢に出た深海棲艦を前に、加賀さんや赤城さん、蒼龍さん、飛龍さんが沈み、翔鶴を失い、残された正規空母は基地に1隻、瑞鶴しかいない。
自分がやるしかないのだと、彼女は悲しみを抑え込み、前を向いている。
母がそうなら、妖精たちもそれにこたえる。彼らは表情を引きしめ、演習の準備にかかろうとする。
「すまない、瑞鶴」
格納庫に現れたのは、白い服装に身を包んだ男性。彼を見た妖精たちは全員、背筋を伸ばした。
「提督さん?どうしたのこんなところに?」
「司令部から、作戦指令書が届いた。説明をしたいから、来てくれるか?」
「は~い」
瑞鶴は、提督のあとについていった。
でも妖精たちは、何とも言えない胸騒ぎが、していた。
数日後、妖精たちは母艦瑞鶴の甲板上にいた。ラムネを口にしながら、甲板上に並べられた艦載機を、彗星艦爆隊の隊長は見渡す。
零戦が8機、彗星4機、天山3機、九九艦爆2機。かつての翔鶴飛行隊だったときのことを思えば、あまりに寂しい甲板上の風景だった。
「隊長……」
偵察員が、悲痛な面持ちで見つめてくる。
「作戦、うまくいくでしょうか?」
「……成功させる、しかない」
実行された、一大反攻作戦。本土から呼び寄せた戦艦娘を主力とした艦隊で、深海棲艦の主力艦隊を、拠点をたたく。
成功率を上げるために、敵機動部隊を引き付けるため、艦載機が碌にない空母を、囮に使うことになった。
それが、瑞鶴だった。
かつてと、同じように。
「歴史は繰り返す、のか」
隊長は、作戦説明のときの瑞鶴を思い出す。
「この作戦が成功すれば、また人類は優位に立つことができるの」
妖精たちは、ただ茫然としていた。
彼女を囮に、敵機動部隊を引き付けるなど……。その末路は、だれもがわかっている。おまけに、妖精たちは瑞鶴発艦後、母艦に帰還せず、指定された陸上基地へ向かうよう指示がだされた。
瑞鶴に、母に、生還の可能性はない。
それでも、彼女は気丈にふるまう。
「だから、みんな……」
だが次第に、こらえきれなくなった雫が瞳から零れ落ち、地面を濡らす。
「がんばろう……」
その声は、妖精たちが聞いたことないほど、弱々しいものだった。
「瑞鶴さんは、主力艦じゃないんですか!?なんで囮なんて!」
妖精の1人が、思わず声をあげる。
「……碌に積む艦載機もない空母は、お役御免なの」
「……でも」
「艦娘は、建造すればいい。でも、提督さんたちは、作れないから……」
彼女は、引きつった笑みでいう。
「大丈夫。たとえ沈んでも、翔鶴姉が待っていてくれる。さみしくなんて、ないよ」
瑞鶴の頬を、小さな雫が伝った。
「勝てるか、負けるか。それはわからない……」
隊長は、静かに話す。
「でも、瑞鶴が、母がやるというなら、私たち妖精は、それにこたえなくちゃいけない」
「……はい」
とはいえ、2人は成功の見込みが薄いことを悟っていた。ここにいる妖精、誰もが。
彗星は隊長機を含め4機。うち3機は、まだ訓練が満足にできていない。
他の零戦たちも、事情は同じ。これで数が、深海棲艦が上なら、結果は明白だった。
「出撃準備!集合!」
「……行こう」
頭の中の不安を脇へ追いやり、妖精たちは、乗機へと向かっていった。
アツタエンジンが爆音を上げ、3枚羽のプロペラが回り始める。暖気を待つ間、フラップや動翼を動かし各部の動作確認を行う。
「彗星、発艦位置へ!」
ブレーキを離し、隊長は彗星を発艦位置へ移動させる。その後ろを、カルガモの親子のように隊の彗星たちが、ぎこちない動きでついていく。
隊長は、瑞鶴に向きなおる。
「瑞鶴さん!」
彼女が振り向いた。
「ご武運を!」
彼女は微笑む。
「あなたたちも!無事で!」
隊長と偵察員は手を振る。これが、妖精たちが見る最後の瑞鶴の姿。
最後の、発艦。
最後にと、元気よく、妖精たちは答える。
「彗星艦爆隊、1番機。発艦します!」
誘導に従い、隊長はスロットルレバーを押し込み、エンジンの回転数を上げる。そして、母艦の甲板から飛び立ち、敵艦へと進路をとった。
作戦の内容は単純だった。瑞鶴が囮になっている間に、敵の主力艦隊が停泊している泊地への進路上の障害を少しでも取り除き、主力艦隊の進路を切り開く。
彗星艦爆隊は、その先鋒として参加することになった。
「間もなく、敵泊地が見えてくるはずです」
「泊地が近いのに、深海棲艦一匹見えやしない」
進路が間違っていないか、偵察員は確認する。ふと、隊長は前方から迫る黒い影が目に入った。
「あれは……」
隊長は目を見開いた。
「全機上昇!高度を上げろ!」
すぐに彗星は高度を上げる。その下をかけていく黒い物体を見て、偵察員は息をのんだ。
「あれは、敵艦載機!数は、60機以上!」
「偵察結果を瑞鶴さんへ!」
偵察員は、瑞鶴へ打電する。敵艦載機たちは彗星の存在を無視し、瑞鶴のいる方向へ向かって突き進んでいく。
「誘因に成功した、ということでしょうか?」
「そう願おう。だから、私たちも」
隊長は増速し、獲物を追い求め、敵泊地へ進んでいく。
「見えました!敵の水上艦隊です!」
敵泊地から出航したのであろう、敵の艦隊を眼下に見る。
「ル級4隻、イ級、ホ級……。数えるのが億劫になるな……」
海面を埋め尽くすほどの深海棲艦の大艦隊に、隊長は息をのむ。
「よし……。大きな獲物をとるぞ!」
隊長はスロットルを押し込む。
「彗星全機、続け!」
「「「了解!!!」」」
隊長は、高度6000メートルまで上昇。カウルフラップを閉鎖、スロットルを絞る。
「入る!」
「了解!」
偵察員につげ機首を、戦艦ル級へ向け、高度を下げていく。
「高度5000メートル……、4500……」
海上ではいくつもの閃光が輝き、直後間近で爆炎が上がり、直後に起こる風で機体が揺られ、風防がきしむ。
「敵さんも気づいたか……」
深海棲艦たちの対空砲や機銃が、彗星たちに殺到する。ハリネズミのような防空網の中に、彗星たちは飛び込んでいく。
―――瑞鶴さんが、敵を引き付けてくれている。だから……。
母の奮闘を無駄にできない。その一心で、妖精たちは逃げたくなる気持ちを抑える。
「高度3000、フラップ展開!」
フラップを下げ、減速。射爆照準器を覗き、ル級へ進路を定める。背後で爆発音がなる。
「2、3番機、大破!」
防空網の中、仲間が撃ち落されていく。部下を失う悲しみをこらえ、隊長は前を向く。
「高度1000、900……」
また爆発音がなる。4番機が落とされたのだろう。
―――とうとう。私たちだけ。それでも!
隊長は、爆弾投下レバーを握り締める。
「700……、よーい……、撃て!」
隊長は爆弾を切り離し、すぐに機首を起こす。
彗星は海面を低空で飛び、深海棲艦たちの間をすり抜けていく。切り離された250kg爆弾はル級に命中。爆炎を上げた。
「命中!」
「離脱する!」
隊長はすぐさま離脱に移行。命令にあった、指定された陸上基地へと機首を向ける。
機体に振動が走った。
「エンジン被弾!」
上空から飛来した敵機の機銃弾があたり、機首のアツタエンジンから煙があがる。
背後に、深海棲艦の艦載機たちが迫る。
「応戦します!進路は直進!」
偵察員はそれだけいい、後部の風防を開け、旋回機銃で応戦を始める。
隊長は彗星のエンジンが止まらないよう操作を続け、指定された地点まで機体を飛ばしつづけた。
「相棒、まだ生きているか?」
風防の先に見える海面を眺めながら、隊長は後席の偵察員に声をかけた。
「はい、なんとか……」
2人はお互いの生存確認を終えると、風防を開けて周囲を確認する。
「エンジン、持ちませんでしたね」
「仕方がない。ここまでもっただけでも十分だ」
目的の基地は、遠くに見える。帰還途中に敵艦載機に撃たれ、応戦しながら指定された基地へむかった。道中、遂にエンジンが止まり、海面に緊急着水した。
徐々に海水が浸水し、エンジンが重いこともあり、今も機首から沈みつつあった。
「もう少しだ。あそこまで泳ごう」
「了解」
隊長と偵察員は、沈みゆく愛機を見送り、指定された陸上基地へと泳ぎだした。
「そういえば、隊長は敵艦と自爆したいっていいませんね?」
かつては、どうせ落ちるなら、敵もろとも自爆する、という者。生還を目指す者。色んな人々がいたという。
もっとも、どちらが多かったのかはわからない。実際は戦死の割合よりも、死亡理由で多かったのは、病気や飢え死に、未帰還だったらしい。
「したいとも思った。でも、翔鶴さんに初めて彗星艦爆隊が編成されて、今日まで生き残ったのは、もう、私たちだけだ」
もともと、艦爆はその任務の性質上、損耗が最も多い。部隊創設時から、何人もの妖精が死に、そして入っては、また死んでいった。
偵察員も、仲間が死にゆくさまを何度も見てきた。
「他の艦攻や艦戦隊も、ほとんどが死んだ。つまり、瑞鶴さんや翔鶴さんの歩みを覚えているもの、彗星の歩みを覚えている妖精は、ほとんどいない」
「そう……ですね」
「だからこそ、私たちは死ねない」
隊長の、何か決意を込めた言葉に、偵察員は顔を上げる。
「私たちまでいなくなったら、2人や死んだ仲間たちとの思い出を、歩みを、だれが伝えていくんだ?あの日々を私は、なかったことにできない。そう思ったら、自爆は選べなかった」
「使命感みたいなもの、ですか?」
「遺された者は、逝った者たちの物語を伝える。その責任があると、私は思っている」
「日誌をつけているのは、そのためですか?」
「ああ……」
隊長は、表情を曇らせる。
「文字にすれば、曖昧な記憶より、より確かなものになる」
「朧気で、はっきりしないことも、ないですね」
「……それに、日誌なら、誰かに渡せば、伝えてくれるかもしれない」
―――たとえ、自分が死んだとしても。
それっきり、隊長は口をつぐんだ。2人は泳ぎに専念し、陸上基地へと無事にたどり着いた。
「なん、だって……」
基地にたどり着いた2人は、瑞鶴の沈没を知らされた。だが、それ以上に驚いたのは……。
「主力艦隊は、作戦を中止?どうして!」
報告に来た妖精が言うには、主力艦隊は敵泊地への突入をやめたという。
「先ほど司令部は、この一帯の基地や泊地を放棄することを、決定したようです」
「じゃあ、そのための戦力温存に……」
偵察員の言葉に、妖精はわずかに頷く。
「それじゃあ、瑞鶴さんは、お母さんは、なんのために……」
隊長は、その場に膝をついた。
瑞鶴も、妖精たちも、これに勝てればまた人類は優位に立てる。半信半疑であれ、それを信じて戦った。
だが、フタを開ければ、本隊は深海棲艦と交戦すらしていないという。司令部は、何を考えていたのか、それは妖精たちも、艦娘にもわからない。
ただ1つはっきりしていることは、本隊のために戦った妖精や艦娘たち、そして囮となって海の底へ消えた瑞鶴の犠牲は、すべて無駄になってしまった、ということだけだった。