それに応えるように、基地の司令官から、妖精たちは信じられない任務を言い渡される。
そして彗星艦爆隊は、最後の任務へ赴く。
*艦これには実装されていない艦載機が登場します。
「この、機体は……」
彗星艦爆隊の隊長の妖精は、新たに配備された愛機の変わり果てた姿を見て、茫然とする。
「た、隊長……」
偵察員は、かける言葉がみあたらなかった。
妖精の先にあるのは、細い胴体に、空冷エンジンを取り付けたことで、かつての流線形からかけ離れ、膨れた鼻先を持つ機体。
加えて、特徴だった爆弾倉はなくなり、胴体下部に爆弾を取り付けるための切り欠きが施され、さらに尾輪が固定式とされた機体。
彗星43型。
後部の偵察員席や旋回機銃が廃されていることも、その使用目的を見せつけている。
「この機体は、かつて特攻に使われたもの。まさかと思うが……」
整備の妖精たちは、一様に俯き表情を曇らせた。
「間もなく、司令から、作戦説明があります」
司令官からの作戦説明に、妖精たちは言葉をなくした。
この南方の基地を放棄し、本土へ引き上げ、戦力の再編をはかる。そのため、主力艦隊の艦娘たちや、司令官を含む関係者が安全圏に退避するまでの間、妖精たちや一部の艦娘たちは、深海棲艦の侵攻を食い止め、時間を稼ぐ。
妖精たちは、機体に爆弾を取り付け、敵艦に体当たりする戦法。特攻を行うことが、命じられた。
格納庫には、零戦や九七艦攻、九九艦爆、天山等、うごける機体全てが集められた。彗星43型も、含めて。
「なんでなんですか!?」
説明が終わると、偵察員の妖精は隊長に詰め寄った。
「なんで隊長が行かなければならないんですか!彗星艦爆隊創設時からいるベテランを、なんで!」
「……それが、作戦だ」
「なんで私は二式艦偵なんですか!」
偵察員席を廃しているため、彗星特別攻撃隊には、二式艦偵が誘導と戦果確認で随伴することになった。
二式艦偵だけは、誘導を終えたら帰還することになっている。
「43型には、偵察員席がない。操縦員しか乗れない」
「なら、突貫工事で」
「ダメだ!」
遮るような隊長の声に、偵察員の妖精は黙った。
「彗星艦爆隊の偵察員は、もうこの基地に君しかいない。彗星特別攻撃隊全員を、迷子にする気か?」
「特攻の誘導なんて、したくありません!これじゃあ、なんのために……」
偵察員の瞳からは、滝のように雫が流れる。
「なんのために、翔鶴さんや瑞鶴さんと、訓練して、戦って、きたんですか……」
翔鶴や瑞鶴、かつての母たちの顔が、妖精の脳裏をよぎる。
深海棲艦を倒し、平和な海を取り戻す。そのために、艦娘も、妖精たちも、日々訓練を重ねてきた。
敵を沈め、生きて帰ってくるために。
死ぬためではない。
「こんな破れかぶれの作戦に至っては、結局、かつての繰り返しじゃないですか……」
「……でも、翔鶴さんや瑞鶴さんは、あきらめなかった」
偵察員は、隊長を見上げる。
「どんな状況でも、彼女たちはあきらめず、気高くあった。前を向いていた。私たちに、後を託していった。私たちが飛び続ける限り、負けじゃない、と。なら私たちも、それに応えなければならない」
「……ですが」
隊長は、偵察員の妖精を抱き寄せた。
「大丈夫……」
隊長は、やさしく語り掛ける。
「大丈夫。繰り返しじゃない。そうさせないための、秘策がある」
「秘策?」
隊長は頷いた。
「だから、安心しろ」
「信じて、いいんですか?」
「疑うのか?」
偵察員は首を横にふった。彗星艦爆隊創設時から、共に飛んできて、生還した間柄。そこに疑いはなかった。
「それじゃあ、付き合ってくれないか?」
隊長は、そばにあった一升瓶を右手で持ち上げる。
「部屋で、一緒に呑もう」
隊長は、偵察員の手をつかみ、部屋へ向かって歩き始める。
「最後の夜だ。遠慮はいらないぞ!」
「……はい!お供します!」
偵察員の妖精は、秘策、という言葉が気になったが、隊長との最後の盃を楽しんだ。
一升瓶を何本も飲んだのに、彼らは、まったく酔えなかった。
「隊長、二日酔いは大丈夫ですか?」
「ああ、むしろスッキリしているぞ」
翌朝、偵察員は、隊長と滑走路へ向かって歩く。昨夜2人は一升瓶を何本も開けたのに、酔うどころか、むしろ頭はさえわたっていた。
「ところで、相棒。忘れ物だぞ」
隊長は、偵察員が部屋に忘れた荷物を渡してくれる。基地を放棄するから、私物、といっても母艦たちと撮った写真が数枚だけ、や非常食の入ったカバンを受け取る。
普段ならありえない忘れ物だが、任務の内容が内容なだけに、平静ではいられないようだ。
その彼らの視線の先で、司令官や関係者を乗せた大型船が、基地を離れていく。その周囲を、主力艦隊の戦艦娘たちが囲み、本土への航路を進んでいく。
「行ってしまいましたね……」
「そうだね……」
「いいのよ。あんなクソ提督とその関係者なんて……」
「スケッチが捗らない……」
そこには、かつて翔鶴と瑞鶴の護衛艦だった秋月、朧、曙、秋雲の姿があった。
「皆さん、どうして……」
妖精たちは、時間稼ぎに残った駆逐艦たちを見上げる。
「まあ、懲罰任務、だね……」
朧は、無理やり笑顔を浮かべる。
「守るべき空母を沈ませてしまった、から」
「2人とも、ね~」
「今も昔も、やっぱクソね」
元気が自慢の朧や秋雲の表情は暗い。曙も、その毒舌にキレがない。
「空母を守れない、防空駆逐艦に、用はないみたいです」
秋月も、長10cm砲ちゃんもうなだれている。
「でもまあ……、2人が沈む海だから」
「ここが死に場所というのも……」
「いいネタになるかも」
「クソ提督たち守って死ぬよりいいわよ」
朧は地面にしゃがみ、妖精たちを見つめる。
「みんな、ここが最後の舞台だよ」
妖精たちは背筋を伸ばす。
「最後まで、よろしくね」
それだけ言い残し、彼女たちは艤装を身に着けに波止場へ向かって歩いていく。
「ちょっといい?」
なぜかその場に残った秋雲が、彗星の隊長を手招きした。
「これ、あげる」
隊長は何かを受け取ると、秋雲にむかって頭を下げて礼をした。そして彼女も、朧たちの後を追っていった。
「これは、君に預けるよ」
隊長は、偵察員に秋雲から受け取った紙を折ったものを差し出す。
「なんですか、これ?」
「君が任務を終えた時、見てみるといい」
偵察員は中身を確認したい気持ちを抑え、紙を受け取り、カバンの中へと入れる。
「特別攻撃隊、出撃準備!」
処刑宣告にも等しい、出撃準備の命令が、皆の耳に響いた。
「では、行こうか」
偵察員は慌てて早足で隊長の横に並び、彗星たちの並ぶ滑走路脇へと歩いて行った。
爆弾を吊り下げた零戦や彗星のエンジンが爆音をあげ、プロペラが回りだす。操縦席に座った妖精たちは、空を見上げる。
これが、彼らの最期の出撃。
彼らが心の中で何を思っているのか、それは誰にも分らない。
二式艦偵に乗ることになった偵察員は、各部の動作チェックをしている操縦員に断りを入れ、機を離れる。
向かった先は、彗星特別攻撃隊の隊長機。
「隊長!」
爆音に負けない声で、偵察員は叫んだ。
「どうした?」
隊長は操縦席から下り、偵察員に歩み寄る。
「……やっぱり、乗せてはもらえませんか?」
「君には、君にしかできない仕事があるでしょ?」
隊長は笑顔で言う。これから、死にに行かねばならないというのに……。
「そうですか……」
すると、偵察員は背筋を伸ばし、かかとを鳴らす。
「隊長!」
妖精は、叫ぶように言った。
「今日まで、お世話になりました。私は、あなたの機の偵察員でいられて、幸せでした」
最後だからと、自分の気持ちを吐露し始める。
「無茶することも多かったですが……」
隊長は苦笑いする。翔鶴に向かってきた魚雷を機銃で迎撃したときは、確かに無茶だったと思い返す。
その後も、暴走しそうだった隊長を諫めたのは、この偵察員だった。
「それでも、あなたと共に飛べて、よかったです。今まで、ありがとうございました!」
妖精は頭を下げて礼をする。隊長は手袋を外し、偵察員に右手を差し出した。
「私こそ、今日まで、ありがとう」
偵察員も手袋を外し、隊長の手を両手で握り、固く包んだ。
「最後まで、見届けさせてもらいます!」
「……頼むぞ!」
2人は手を離し、お互いに敬礼をした。
そして、隊長は彗星特別攻撃隊を振り返る。
「彗星全機!泣いても笑っても、これが最後だ!後悔しない戦果を残すぞ!」
己の中の恐怖や不安を振り払うように、隊長も、彗星の操縦員たちも、エンジンの爆音に負けない音量で叫んだ。
誘導役の二式艦偵の操縦員がブレーキから足を離し、滑走路へ機体を誘導する。
「滑走路、ヨシ!ご武運を!」
誘導の妖精や、のちに出撃する隊の妖精たちに見送られ、二式艦偵と彗星は、青空へと、飛び立っていった。
二式艦偵の誘導に従い、彗星たちは空を進む。落ち着いて飛行するもの、ふらついているもの等、寄せ集めのためか、動作が機体ごとに少し異なっている。
そんな様子を眺めながらも、偵察員は進路を地図に記入しながら、自身の居場所を記録する。
偵察員が位置を見失えば、全員が迷子になる。
いっそ、そうやってあえて迷子になり、海上に不時着するという可能性があるのではないか。
そんな考えが脳裏をよぎる。でも、頭を振ってその考えを追い出す。
最後まで見届けると約束した。それに、海上に着水しても、助かる見込みなどない。
―――なら、役割を果たすだけ……。
「前方に敵艦隊!」
操縦員が叫ぶ。偵察員は双眼鏡で確認する。
「空母4、軽空母2、戦艦6……、駆逐艦多数」
偵察員は、途中で数えるのをやめた。数えきれないほどの規模の大艦隊だった。
『全機、目標は空母、もしくは戦艦。激しい対空砲火が予想される』
隊長は、事実を淡々と述べる。
すると、その艦隊の上空でいくつもの火花が光った。それは、先行した零戦隊が落とされていく様だった。
『先行部隊は全滅、か……』
その場の空気が重くなり、機内に沈黙が満ちる。
ふと、隊長機が増速した。
「彗星艦爆隊!全機、突撃!」
隊長の指示に従い、他の彗星も増速する。800kg爆弾を抱いた彗星では、いつものような急降下は難しい。なので、今回は緩やかに降下して敵艦を目指すことになっている。
敵の対空砲火にさらされる時間が長いため、撃墜される確率は高いが、800kg爆弾が当たれば、戦果はあげられる。
だが、隊の中の何機かは不慣れなのか増速しすぎて、隊長機を追い越していく。
敵機の接近に気付いた深海棲艦たちは、対空砲を撃ち始める。その砲弾や機銃弾に、次々彗星たちが落とされていく。
「全機!一度離脱を!」
隊長は攻撃をやめて再進入するため、一度高度をとろうとする。しかし、重たい800kg爆弾を抱えたことで動きが鈍くなり、慣れない操縦員たちはもたつく。
そのすきを見逃さず、深海棲艦たちの機銃弾や砲弾が殺到。撃墜されていく。
突入した機体は、分厚い防空網に阻まれ、空母や戦艦にたどり着く前に火だるまになって海面に落ちていく。
「彗星艦爆隊……、壊滅寸前」
偵察員は、戦果を記入しながら操縦員に告げる。
「残るは、君の相棒、隊長さんだけやね」
周囲を見渡すと、隊長はいつの間にか二式艦偵の横に並んでいた。
「隊長?」
『高度は、いくつだ?』
偵察員は高度計に目をやる。
「現在、高度6000メートル、です」
『どうすればいい?』
隊長は操縦席の後ろを指さす。
『どうすれば、あの防空網を突破できる?』
偵察員がいないから、指示をくれ、ということだろう。偵察員は距離や高度、敵の編成から、答えを即座にはじき出し、それを隊長に伝える。
『そうか……。やってみる価値はある』
隊長は手を振り、表情を引き締め、前を向いた。
『ありがとう!』
隊長の機体は水平飛行のまま増速していく。偵察員は、操縦員に言った。
「隊長について行って!直前まで誘導する!」
「了解!跳ばすよ!」
二式艦偵も、あとを追って加速した。
隊長機は、雲間から進路上に空母ヲ級をとらえる。いつもなら偵察員が指示してくれるが、彗星43型は単座。自分しかいない。
いつもは当たり前のようにいた存在がいないせいで、最後の孤独な飛行に、わずかに寂しさを感じていた。
『隊長!』
後ろを振り返ると、二式艦偵がついてくるのが目に入った。
最後まで見届けてくれる、相棒がいる。
―――すまない。
隊長は前方に向きなおり、表情を引き締め、大きく口をあけ、息を吸い込む。
「……高度6000メートル。入る!」
『了解!ダイブ!』
隊長は機上電話に向かって叫びつつ、操縦桿を前に倒し、緩やかな降下に入り、彗星の機首をヲ級に向ける。
「20度で進入。高度5000メートル……、4500……、4000メートル」
いつもは読み上げてもらっていた高度を、操縦席で1人つぶやく。
緩やかに降下しながら、彗星は速度を増していく。
「3500……、3000メートル……、2500……。雲に入るぞ!」
『フラップ展開!』
機上電話から聞こえた偵察員の指示でフラップを開き、一時的に減速しつつ雲の中へ入る。
間もなく彗星は雲を突き破り、敵艦隊の上空に出る。
「雲から出た!」
『機首を下げて!』
隊長はスロットルを一時的に絞り、彗星の機首を下げる。
同時に、敵の対空機銃や砲が火を噴き始め、機体の周囲で爆発が何度もおこり、機体が揺られる。
「ヲ級、見つけたぞ!」
射爆照準器が外されているため、隊長は正面の風防から2つの瞳で目的のヲ級をとらえ、進路を調整する。
耳をつんざく爆発音、目がくらむほど赤い爆炎、きしむ風防、揺れる機体。一瞬で命を摘み取る敵弾が自分に向けられているとわかっていても、隊長はひるまない。
降下角度が、段々垂直に近づいていく。
狭い操縦席の中で1人、孤独や恐怖と戦いながら、目標に向かって突き進んでいく。
敵の対空砲弾や機銃弾が機体をかすめ、徐々に彗星は外板が剥がれ、損傷していく。
43型は特攻のために作られた型。成功率を上げるために防弾装備が施されているので、簡単には落とされない。
だが、嵐の中降りつける雨のように濃密な防空網の中では、あっという間に限界が来る。
撃ち抜かれた翼内燃料タンクから出火し、火の手があがる。消火装置で消している時間はない。
「……もう少し、もう少し!」
眼下の深海棲艦たちの砲口すべてが、1機の彗星に向けられ、火を噴いた。
『フラップ閉鎖、今!』
隊長はフラップを閉じる。抵抗板でブレーキをかけていた状態から、一気に速度を増す。進入角度は、60度を超えていた。
偵察員の妖精の案は、こうだった。
敵の機銃は、おそらく上は60度までしか対応できない。
なので、最終的に進入角度が60度以上であれば、対空機銃や砲は対処できない。
でも、彗星は800kg爆弾を抱いているので、いつものような急降下はできない。
そこで、雲に隠れながら緩やかな降下で近づき、目標に近づいたところで、短時間だけ急降下。ダイブブレーキを、はじめからかけて減速した状態で。
減速した状態は敵の砲火にさらされやすい。その瞬間を、敵も狙ってくるだろう。だから、ある程度減速して敵の注意を引いた後にフラップを閉じ、加速して目標に向かって突入する。
それが、共に飛んできた偵察員が出した、答えだった。
みるみる勢いがつき、かかるGで座席に体が押し付けられ、ベルトが体に食い込む。歯を食いしばりながら、隊長は重い操縦桿を握り、進路を外れないよう機体をコントロールする。
「進路、良し!」
隊長は、機内で叫ぶ。ヲ級たちは、彗星を撃ち落そうと機銃を必死に撃つが、角度が急な上に速度を増す彗星に対応できていない。
隊長は、口の端をわずかにあげる。
「ヲ級よ!母たちを沈めた報いだ!しっかり受け取れ!」
主翼に被弾。右主翼の半分が脱落するも、彗星の進路は変わらない。
「ただでは死なない!貴様も、海の底へ、一緒に来てもらうぞ!」
目標まで、もう500メートルもない。空の世界では、一瞬の距離。隊長は、成功の確信を抱いた。
―――翔鶴さん、瑞鶴さん。待っていて、ください。
―――私も、あなたたちの元へ、行きます。
―――でも、その前に……。
―――仇だけは、とります。
「いっ、けえええええええええええええええええええええええええええ!」
狭い操縦席の中、隊長の悲痛な叫びが響く。
隊長の乗る彗星は、火だるまになりながらも防空網を突き抜け、目標の空母ヲ級へと突入した。
ほうき星のような軌道を描きながら、輝く炎の尾を引き、彗星は空母ヲ級へ命中、爆散した。ヲ級が、炎に包まれる。
「隊長おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
上空から一部始終を見つめていた二式艦偵の機内で、偵察員の妖精は、悲鳴を上げた。