隊長の秘策とは何だったのか。偵察員の妖精は、隊長の想いを知る。
隊長の乗る彗星は、火だるまになりながらも敵の防空網を突き抜け、目標の空母ヲ級へと向かっていく。
ほうき星のような軌道を描きながら、輝く炎の尾を引き、彗星は空母ヲ級へ突入。
彗星の抱えた800kg爆弾が爆発し、ヲ級を瞬く間に炎が包み込んだ。
爆炎がおさまると、ヲ級の受けた被害が、はっきり見えてくる。特徴的な頭部が大きくえぐれ、あちらこちらの体表が焼け焦げ、彗星の機体の破片が、突き刺さっていた。
ヲ級は、海面に倒れこんだ。
そして、自身に突入し、海面に浮かぶ彗星の残骸を見つめながら、海中へと飲み込まれるように沈んでいった。
彗星の残骸も間もなく浸水し、海原へと消えていった。
「隊、長……」
偵察員の瞳から、数多の雫が流れ落ちる。二式艦偵の操縦員も、眼下の光景に言葉を失っている。
「……隊長、突入に成功。ヲ級1隻を、撃沈」
とぎれとぎれに、偵察員は戦果を報告する。敵艦を沈めることに成功したものの、とても拍手をする気になどなれず、喜びの感情が湧き上がってくることもなかった。
「彗星、艦爆隊。全滅……」
「……誘導と戦果確認を終了。指定地点へ向かう」
「……了解」
偵察員は方角を指示。それに従い操縦員は、北の方角にある味方の基地へと、機首を向けた。
「……隊長」
偵察員は離れゆく中、しばらく隊長の散った場所を、見つめ続けた。
翔鶴に初めて編成され、瑞鶴に引き継がれた彗星艦爆隊は、ここに、壊滅したのだった。
指定された陸上基地へ、二式艦偵は無事たどり着いた。太陽が沈んだために、今日は基地で補給と整備を行い、明日日本にむかって飛ぶことになった。
港には、補給を行うために戦艦娘や随伴艦、そして司令部の人間の乗る大型船が停泊していた。
必要なものの積載がおこなわれる一方で、上級士官たちは宴をしているようで、基地の一室からは光が消えず、にぎやかな音楽や声が聞こえてくる。
―――こんな人々のために、みんなは……。
偵察員は、その一室を見上げながら思う。
この基地も、じきに放棄されるらしい。
操縦員は基地内に用事があるとかで機体を離れたが、偵察員はそんな気分になれず、機体のそばに佇んでいる。
先の作戦で、彗星艦爆隊だけでなく、零戦などの特別攻撃隊も全滅。時間稼ぎに残った朧たち4隻の駆逐艦は、この基地に向かう途中に、海中に没していくのを目撃した。
あの戦闘の中生き残ったのは、この二式艦偵の操縦員と偵察員だけ。
偵察員は、二式艦偵を見上げる。
爆撃機の彗星より先に採用された、彗星の偵察機仕様。その後、爆撃機彗星として正式に採用されたが、液冷式エンジンを受け入れる整備の土壌がない上に、量産するにあたって問題が多発し、設計変更や改修が何度も行われ、落ち着いたころに実戦に参加。
だが彗星が参加したころには、活躍できる舞台が失われており、これといった戦果はなかった。
のちにエンジンの生産が滞り、首なし機体を戦力化するため、空冷エンジンに換装された33型が現れた。そして戦況がひっ迫し、ついには隊長たちの乗った43型が現れ、特攻に多用された。
先ほど散った彼らと、同じように。
「歴史は、繰り返す……」
偵察員は、かつて隊長が言った言葉を反芻する。
「何も、変わらなかった……」
偵察員は、握りこぶしを作り、二式艦偵を殴りつけた。
「何も変わらなかったじゃないか!戦闘なんて知らない人々が、自分たちの考えた欲望を形にしただけじゃないか!何が新鋭機だ!何が新技術の集大成だ!翔鶴さんや瑞鶴さんを、守れなかったくせに!お母さんを、隊長を、みんなを返せ!」
持っていく先のない怒りを、偵察員はぶつける。目の前の二式艦偵は、何も応えない。かつて彗星もこの姿だった。この姿が、43型では見る影もなくなっていた。
期待されながらも、必要な改修にかけた時間や労力に比べれば、彗星の戦果は特になく、乗せる母艦もなくなり、ついにはその特徴の多くを無くし、自国の数多の操縦員たちの命を確実に奪う特攻機となり、その空に散った結末は、みじめというほかない。
今度こそ、戦果を母艦へ。海に平和を。
だが、その戦果をまたも満足にあげられず、送る母艦さえまた、失う結果となった。
「隊長、みんな……」
偵察員の妖精は、その場に泣き崩れた。
「私も、みんなと、一緒に、逝きたかった……。隊長やみんなと、最後まで、一緒に居たかった」
―――そうしていれば、遺される寂しさも、罪悪感も、感じること、なかったのに。
悲しくても、励ましてくれる隊長や仲間たちは、もう、誰もいない。1人残され、悲しみに暮れる妖精の脳裏に、ふと隊長の言葉がよぎる。
『大丈夫。繰り返しじゃない。そうさせないための、
『だから、安心しろ』
「秘策って、何だったんですか。隊長……」
今となっては、確かめるすべはない。
涙を拭こうと、妖精は手ぬぐいを探したが、後部座席の私物を入れた鞄の中だと思い出し、後部席に入り、鞄を引っ張り出した。
「そういえば……」
ふと思い出し、偵察員は秋雲から渡されたスケッチブックの用紙を取り出し、中を確認する。
そこには、もう戻らない一瞬の時、笑顔を浮かべる翔鶴や瑞鶴、沈んだ駆逐艦たちが、用紙一杯に描かれていた。
「秋雲さん、上手ですね……」
破れないよう慎重に用紙を折り曲げ、鞄の中へしまう。そのとき、鞄に入っていた見慣れたものに、妖精は目を丸くした。
「これは、隊長の日誌……」
隊長は、いつもマメにその日にあったことをまとめていた。初陣の日や、翔鶴、瑞鶴が沈んだ日も、必ず書き留めていた。
ページをめくってみると、中から彗星艦爆隊創設当時に撮った翔鶴や瑞鶴、隊長と偵察員、仲間たちとの写真があった。
特別攻撃の前日、2人で呑んだときに撮った写真が貼られていた。
ページをめくっていくと、中から挟まれた紙が落ちる。
「あ……」
慌てて妖精は紙を拾おうと手を伸ばす。が、そこに書かれていた文字を見て、体が固まった。
『私の相棒へ』
そう始まっている文、手紙だと察した妖精は、急いで紙を拾い上げ、中の文面に目を走らせた。
『これを読んでいるということは、君は無事に生き残れた、ということだね。
悪い。司令官たちに見つかるとまずいと思ったから、君の荷物に入れさせてもらった』
かつての大戦中は、検閲が普通にあった。兵士が遺族にあてた手紙にもそれは及んでいたし、特攻隊の残した手紙を集め、国が長きにわたって隠していた事例もあった。
都合の悪いことは隠す。最後の想いさえも、届かない。それを、隊長は警戒していたのかもしれない。
『多分、君も気にしていると思う。以前口にした、私の秘策について、記しておこうと思う』
妖精は息をのむ。
『それは、君のことだよ、相棒』
「……私?」
なんのことだかわからず、先を読み進める。
『特攻作戦が発令されたとき、私はどうしようか悩んだ。命令通り、全員で突撃すればいいかもしれない。
でも、それではかつての繰り返しになってしまう。繰り返す人類に対し、敵はどんどん変化していっている。
変化していく深海棲艦を相手に、同じことの繰り返しは、意味がない。
この流れを変えるには、君に生き残ってもらわなければならなかった。
彗星艦爆隊結成時から、翔鶴さんと、瑞鶴さんと歩み、そして、私の最期を見届けた君にしか、頼めないことがある。それは……。
翔鶴さんが、瑞鶴さんが、私たちがどう戦い、どういう最後を迎えたのか。その事実を、みんなの紡いだ物語を、伝えてほしい。
人々は、数多の犠牲の上に生きている。その歩みを変えることができるのも、また犠牲しかない。深海棲艦たちの恐怖を、その恐怖に立ち向かい、散っていった艦娘や妖精たちのことを、事実を伝えてほしい。
これが伝わらなければ、またいずれ、妖精や艦娘たちを使い捨ている戦いが、同じことが繰り返されるかもしれない。
私は、それを望まない。敵艦に体当たりした彗星は、私で最後にしてほしい。そのためにも、本土に戻ったら、飛行隊の妖精たちに、君の信頼できる司令官に、もしまた、瑞鶴さんや翔鶴さんが建造されたら、過去の彼女たちは、その妖精たちはどんな末路をたどったのか。みんなに広めてほしい。
それが積み重なれば、過去は変えられなくても、たとえ少しずつでも、これからは変えていける。私は、そう信じている。
その希望の種を、いや、私たちの祈りを、みんなを見届けた君に託す。
君には、つらい役目を押し付けたと思う。でも、私たちや戦った艦娘たちの紡いだ日々を、込められた想いを、なかったことにしてはいけない。
私たちの物語を、
―――遺された者は、逝った者たちの物語を伝える。その責任があると、私は思っている。
瑞鶴が囮となったあの戦いの中、陸上基地へ向かって泳いだとき、隊長が口にした言葉を、偵察員の妖精は思い出す。
『最後に、私は、君という偵察員に恵まれたことを、誇りに思う。
君がいれば、絶対迷子にならない。そう信じることができたし、君がいてくれたから、私は今日まで、生きることができた。
もしまた、彗星艦爆隊が編成されることがあったら、自分の経験や過去を、余すことなく伝えて、新たな隊の、
大海を進む人々が頼りにした、空に輝く星々のように。
君がそのとき、良い操縦員に恵まれることを、祈っているよ。
今日までありがとう。元気で。
じゃあな
相棒
彗星艦爆隊 隊長 』
文面は、そこで終わっていた。日付を見ると、書かれたのは、あの特攻の前日だった。
「勝手なこと、言ってくれますね。隊長……」
偵察員は、今になってようやくわかった。
自分が、二式艦偵に乗せられた意味を。
この祈りを、託すために。
軌跡を、つなぐために。
隊長に、守られたのだと、いうことを。
隊長の最期の想いは、希望でさえない。ただの祈り、願い。流れを変えるには、あまりに弱い力。
「でも、……させない」
妖精は隊長の日誌を胸に抱き、近くの波止場へと走った。
妖精の頭の中を、翔鶴と、瑞鶴と、隊長と、仲間たちと、風のように駆け抜けた日々が流れる。
仲の良かった翔鶴と瑞鶴、それを見つめた護衛艦たち。
そして、今度こそはと、共に戦った隊長や妖精たち。
初陣で戦果をあげ、みんなで喜んだ。
希望を託して、翔鶴は自分たちを送り出した。
1人残されながらも、あきらめず、瑞鶴は最後まで戦った。
彼女たちの沈む海で、かつての護衛艦たちは、任務を全うした。
役割に殉じた妖精たち。祈りを託していった、自分を守ってくれた隊長。
―――みんなの紡いだ物語を、ほうき星の描いた軌跡を。
―――隊長やみんなに救われたこの命ある限り、私は……。
そして波止場で立ち止まると、みんなの沈んだ方向へ向かい、叫んだ。
「お母さ~ん!隊長!みんな!私は、あなたたちのことを、忘れません!あなたたちの歩みは、私が必ず伝えていきます!」
泣きながら、言葉を途切れさせながらも、妖精は言葉を紡ぎだす。
「だから……。だから!安心して、眠ってください!」
その上空を、一筋の光が、流れていく。
「ほうき星……」
そのほうき星の描く軌跡のように、敵に向かって降下し、爆弾を命中させる。彗星という名はかつて、そこからとられたという。
その輝きに目を奪われていると、海面に、陽炎のように揺れる何かが、浮かび上がった。それは次第に像を、結んでいく。
偵察員は、目を見開いた。
隊長が、飛行隊の妖精たちが、翔鶴が、瑞鶴の幻が、海面に浮かび上がった。
「……みんな」
幻は微笑む。そして、偵察員の妖精は確かに聞いた。
『ありがとう……』
その一言を、彼らのすべての想いを乗せた言葉を、聞き届けた。
幻は太陽が昇り、空が明るくなってくると、静かに消えていった。
「お~い、起きろ~」
偵察員は、体が揺さぶられるのを感じ、目をあけた。
「こんなところで寝ていると、風邪ひくよ」
二式艦偵の操縦員が、心配そうな顔で見下ろしていた。
「君、夜通し飲んでいたの?もう朝だよ」
見渡せば、寝ていた波止場には、一升瓶が何本も転がっていた。そのうちの1本は、まだ中身が残っていた。
偵察員は中身が残っている瓶を手に取ると、海へ向かってかざし、中身を飲み干した。
「それだけ飲めるなら、心配ないね」
操縦員は、鞄から水筒を取り出し、一升瓶を軽く小突くと、中身をのみ始めた。
「あの、飲酒飛行にならない?」
「これラムネだから」
水筒の口を締め、鞄にしまう。
「……私は偵察機担当だから、仲間が死ぬ瞬間を、何度も見続けてきた」
偵察員は、操縦員の話に耳を傾ける。
「偵察機をやめたいとも思った。でも、最後を看取った以上、それを伝えていかないといけない。その責任がある。でなければ……」
操縦員は、表情を曇らせる。
「彼らの生きた意味を、無かったことに、してしまう」
操縦員は、隊長と同じことを言っていた。
「あの隊長さんは、君へ託していったものが、あるんじゃないの?」
「……うん」
「じゃあ、私は絶対に君を、日本本土まで送り届ける」
操縦員は、右手を差し出し、偵察員は、それをつかむ。
「生きている限り、歩みは止めちゃいけない。それが、私たちのできる、ただ1つのことだ」
「……ああ!」
偵察員は、彼の手を握り締める。開いている手で、隊長の残した日誌を、握り締めながら。
「それじゃ、出発の準備にかかろうか」
そして2人は、二式艦偵へと向かって歩いて行った。
その道中、偵察員は海へ振り返り、手を振った。
海に沈んだみんなに、別れを、もう自分は大丈夫だよと、告げるために。