ほうき星の描いた軌跡   作:魚鷹0822

6 / 7
隊長の最期の瞬間を見届けた偵察員は、1人遺され悲しみに暮れる。かつての大戦と何も変わらなかったことに打ちひしがれる妖精は、私物を入れた鞄の中に、見慣れたあるものを見つける。
隊長の秘策とは何だったのか。偵察員の妖精は、隊長の想いを知る。


第6話 託された祈りを抱いて

 

 隊長の乗る彗星は、火だるまになりながらも敵の防空網を突き抜け、目標の空母ヲ級へと向かっていく。

 ほうき星のような軌道を描きながら、輝く炎の尾を引き、彗星は空母ヲ級へ突入。

 彗星の抱えた800kg爆弾が爆発し、ヲ級を瞬く間に炎が包み込んだ。

 爆炎がおさまると、ヲ級の受けた被害が、はっきり見えてくる。特徴的な頭部が大きくえぐれ、あちらこちらの体表が焼け焦げ、彗星の機体の破片が、突き刺さっていた。

 ヲ級は、海面に倒れこんだ。

 そして、自身に突入し、海面に浮かぶ彗星の残骸を見つめながら、海中へと飲み込まれるように沈んでいった。

 彗星の残骸も間もなく浸水し、海原へと消えていった。

 

 

「隊、長……」

 

 

 偵察員の瞳から、数多の雫が流れ落ちる。二式艦偵の操縦員も、眼下の光景に言葉を失っている。

 

「……隊長、突入に成功。ヲ級1隻を、撃沈」

 

 とぎれとぎれに、偵察員は戦果を報告する。敵艦を沈めることに成功したものの、とても拍手をする気になどなれず、喜びの感情が湧き上がってくることもなかった。

 

「彗星、艦爆隊。全滅……」

「……誘導と戦果確認を終了。指定地点へ向かう」

「……了解」

 偵察員は方角を指示。それに従い操縦員は、北の方角にある味方の基地へと、機首を向けた。

 

「……隊長」

 

 偵察員は離れゆく中、しばらく隊長の散った場所を、見つめ続けた。

 

 

 翔鶴に初めて編成され、瑞鶴に引き継がれた彗星艦爆隊は、ここに、壊滅したのだった。

 

 

 

 

 

 指定された陸上基地へ、二式艦偵は無事たどり着いた。太陽が沈んだために、今日は基地で補給と整備を行い、明日日本にむかって飛ぶことになった。

 港には、補給を行うために戦艦娘や随伴艦、そして司令部の人間の乗る大型船が停泊していた。

 必要なものの積載がおこなわれる一方で、上級士官たちは宴をしているようで、基地の一室からは光が消えず、にぎやかな音楽や声が聞こえてくる。

 

 

―――こんな人々のために、みんなは……。

 

 

 偵察員は、その一室を見上げながら思う。

 この基地も、じきに放棄されるらしい。

 操縦員は基地内に用事があるとかで機体を離れたが、偵察員はそんな気分になれず、機体のそばに佇んでいる。

 先の作戦で、彗星艦爆隊だけでなく、零戦などの特別攻撃隊も全滅。時間稼ぎに残った朧たち4隻の駆逐艦は、この基地に向かう途中に、海中に没していくのを目撃した。

 あの戦闘の中生き残ったのは、この二式艦偵の操縦員と偵察員だけ。

 偵察員は、二式艦偵を見上げる。

 

 爆撃機の彗星より先に採用された、彗星の偵察機仕様。その後、爆撃機彗星として正式に採用されたが、液冷式エンジンを受け入れる整備の土壌がない上に、量産するにあたって問題が多発し、設計変更や改修が何度も行われ、落ち着いたころに実戦に参加。

 だが彗星が参加したころには、活躍できる舞台が失われており、これといった戦果はなかった。

 のちにエンジンの生産が滞り、首なし機体を戦力化するため、空冷エンジンに換装された33型が現れた。そして戦況がひっ迫し、ついには隊長たちの乗った43型が現れ、特攻に多用された。

 先ほど散った彼らと、同じように。

 

「歴史は、繰り返す……」

 

 偵察員は、かつて隊長が言った言葉を反芻する。

 

「何も、変わらなかった……」

 

 偵察員は、握りこぶしを作り、二式艦偵を殴りつけた。

 

 

「何も変わらなかったじゃないか!戦闘なんて知らない人々が、自分たちの考えた欲望を形にしただけじゃないか!何が新鋭機だ!何が新技術の集大成だ!翔鶴さんや瑞鶴さんを、守れなかったくせに!お母さんを、隊長を、みんなを返せ!」

 

 

 持っていく先のない怒りを、偵察員はぶつける。目の前の二式艦偵は、何も応えない。かつて彗星もこの姿だった。この姿が、43型では見る影もなくなっていた。

 期待されながらも、必要な改修にかけた時間や労力に比べれば、彗星の戦果は特になく、乗せる母艦もなくなり、ついにはその特徴の多くを無くし、自国の数多の操縦員たちの命を確実に奪う特攻機となり、その空に散った結末は、みじめというほかない。

 

 

 今度こそ、戦果を母艦へ。海に平和を。

 

 

 だが、その戦果をまたも満足にあげられず、送る母艦さえまた、失う結果となった。

「隊長、みんな……」

 偵察員の妖精は、その場に泣き崩れた。

「私も、みんなと、一緒に、逝きたかった……。隊長やみんなと、最後まで、一緒に居たかった」

 

 

―――そうしていれば、遺される寂しさも、罪悪感も、感じること、なかったのに。

 

 

 悲しくても、励ましてくれる隊長や仲間たちは、もう、誰もいない。1人残され、悲しみに暮れる妖精の脳裏に、ふと隊長の言葉がよぎる。

 

 

『大丈夫。繰り返しじゃない。そうさせないための、秘策(・・)がある』

『だから、安心しろ』

 

 

「秘策って、何だったんですか。隊長……」

 今となっては、確かめるすべはない。

 涙を拭こうと、妖精は手ぬぐいを探したが、後部座席の私物を入れた鞄の中だと思い出し、後部席に入り、鞄を引っ張り出した。

 

「そういえば……」

 

 ふと思い出し、偵察員は秋雲から渡されたスケッチブックの用紙を取り出し、中を確認する。

 そこには、もう戻らない一瞬の時、笑顔を浮かべる翔鶴や瑞鶴、沈んだ駆逐艦たちが、用紙一杯に描かれていた。

「秋雲さん、上手ですね……」

 破れないよう慎重に用紙を折り曲げ、鞄の中へしまう。そのとき、鞄に入っていた見慣れたものに、妖精は目を丸くした。

 

 

「これは、隊長の日誌……」

 

 

 隊長は、いつもマメにその日にあったことをまとめていた。初陣の日や、翔鶴、瑞鶴が沈んだ日も、必ず書き留めていた。

 ページをめくってみると、中から彗星艦爆隊創設当時に撮った翔鶴や瑞鶴、隊長と偵察員、仲間たちとの写真があった。

 特別攻撃の前日、2人で呑んだときに撮った写真が貼られていた。

 ページをめくっていくと、中から挟まれた紙が落ちる。

「あ……」

 慌てて妖精は紙を拾おうと手を伸ばす。が、そこに書かれていた文字を見て、体が固まった。

 

 

『私の相棒へ』

 

 

 そう始まっている文、手紙だと察した妖精は、急いで紙を拾い上げ、中の文面に目を走らせた。

 

 

『これを読んでいるということは、君は無事に生き残れた、ということだね。

 悪い。司令官たちに見つかるとまずいと思ったから、君の荷物に入れさせてもらった』

 

 

 かつての大戦中は、検閲が普通にあった。兵士が遺族にあてた手紙にもそれは及んでいたし、特攻隊の残した手紙を集め、国が長きにわたって隠していた事例もあった。

 都合の悪いことは隠す。最後の想いさえも、届かない。それを、隊長は警戒していたのかもしれない。

 

 

『多分、君も気にしていると思う。以前口にした、私の秘策について、記しておこうと思う』

 

 

 妖精は息をのむ。

 

 

『それは、君のことだよ、相棒』

 

 

「……私?」

 なんのことだかわからず、先を読み進める。

 

 

『特攻作戦が発令されたとき、私はどうしようか悩んだ。命令通り、全員で突撃すればいいかもしれない。

 でも、それではかつての繰り返しになってしまう。繰り返す人類に対し、敵はどんどん変化していっている。

 変化していく深海棲艦を相手に、同じことの繰り返しは、意味がない。

 この流れを変えるには、君に生き残ってもらわなければならなかった。

 彗星艦爆隊結成時から、翔鶴さんと、瑞鶴さんと歩み、そして、私の最期を見届けた君にしか、頼めないことがある。それは……。

 

 

 翔鶴さんが、瑞鶴さんが、私たちがどう戦い、どういう最後を迎えたのか。その事実を、みんなの紡いだ物語を、伝えてほしい。

 

 

 人々は、数多の犠牲の上に生きている。その歩みを変えることができるのも、また犠牲しかない。深海棲艦たちの恐怖を、その恐怖に立ち向かい、散っていった艦娘や妖精たちのことを、事実を伝えてほしい。

 

 

 これが伝わらなければ、またいずれ、妖精や艦娘たちを使い捨ている戦いが、同じことが繰り返されるかもしれない。

 私は、それを望まない。敵艦に体当たりした彗星は、私で最後にしてほしい。そのためにも、本土に戻ったら、飛行隊の妖精たちに、君の信頼できる司令官に、もしまた、瑞鶴さんや翔鶴さんが建造されたら、過去の彼女たちは、その妖精たちはどんな末路をたどったのか。みんなに広めてほしい。

 

 

 それが積み重なれば、過去は変えられなくても、たとえ少しずつでも、これからは変えていける。私は、そう信じている。

 

 

 その希望の種を、いや、私たちの祈りを、みんなを見届けた君に託す。

 

 

 君には、つらい役目を押し付けたと思う。でも、私たちや戦った艦娘たちの紡いだ日々を、込められた想いを、なかったことにしてはいけない。

 

 

 私たちの物語を、彗星(ほうき星)の描いた軌跡を、つないでいってほしい』

 

 

―――遺された者は、逝った者たちの物語を伝える。その責任があると、私は思っている。

 

 

 瑞鶴が囮となったあの戦いの中、陸上基地へ向かって泳いだとき、隊長が口にした言葉を、偵察員の妖精は思い出す。

 

 

『最後に、私は、君という偵察員に恵まれたことを、誇りに思う。

 君がいれば、絶対迷子にならない。そう信じることができたし、君がいてくれたから、私は今日まで、生きることができた。

 

 

 もしまた、彗星艦爆隊が編成されることがあったら、自分の経験や過去を、余すことなく伝えて、新たな隊の、道標(みちしるべ)になってほしい。

 

 大海を進む人々が頼りにした、空に輝く星々のように。

 

 君がそのとき、良い操縦員に恵まれることを、祈っているよ。

 

 

 今日までありがとう。元気で。

 

 

 

 じゃあな

 

 

 

 

 相棒  

                                     

                           彗星艦爆隊 隊長 』

 

 

 

 

 文面は、そこで終わっていた。日付を見ると、書かれたのは、あの特攻の前日だった。

 

「勝手なこと、言ってくれますね。隊長……」

 

 偵察員は、今になってようやくわかった。

 自分が、二式艦偵に乗せられた意味を。

 

 

 この祈りを、託すために。

 

 軌跡を、つなぐために。

 

 隊長に、守られたのだと、いうことを。

 

 

 隊長の最期の想いは、希望でさえない。ただの祈り、願い。流れを変えるには、あまりに弱い力。

 

「でも、……させない」

 

 妖精は隊長の日誌を胸に抱き、近くの波止場へと走った。

 妖精の頭の中を、翔鶴と、瑞鶴と、隊長と、仲間たちと、風のように駆け抜けた日々が流れる。

 

 

 仲の良かった翔鶴と瑞鶴、それを見つめた護衛艦たち。

 そして、今度こそはと、共に戦った隊長や妖精たち。

 

 初陣で戦果をあげ、みんなで喜んだ。

 

 希望を託して、翔鶴は自分たちを送り出した。

 

 1人残されながらも、あきらめず、瑞鶴は最後まで戦った。

 

 彼女たちの沈む海で、かつての護衛艦たちは、任務を全うした。

 

 役割に殉じた妖精たち。祈りを託していった、自分を守ってくれた隊長。

 

 

―――みんなの紡いだ物語を、ほうき星の描いた軌跡を。

 

―――隊長やみんなに救われたこの命ある限り、私は……。

 

 

 そして波止場で立ち止まると、みんなの沈んだ方向へ向かい、叫んだ。

 

 

「お母さ~ん!隊長!みんな!私は、あなたたちのことを、忘れません!あなたたちの歩みは、私が必ず伝えていきます!」

 

 

 泣きながら、言葉を途切れさせながらも、妖精は言葉を紡ぎだす。

 

 

「だから……。だから!安心して、眠ってください!」

 

 

 その上空を、一筋の光が、流れていく。

「ほうき星……」

 そのほうき星の描く軌跡のように、敵に向かって降下し、爆弾を命中させる。彗星という名はかつて、そこからとられたという。

 その輝きに目を奪われていると、海面に、陽炎のように揺れる何かが、浮かび上がった。それは次第に像を、結んでいく。

 偵察員は、目を見開いた。

 隊長が、飛行隊の妖精たちが、翔鶴が、瑞鶴の幻が、海面に浮かび上がった。

 

「……みんな」

 

 幻は微笑む。そして、偵察員の妖精は確かに聞いた。

 

 

『ありがとう……』

 

 

 その一言を、彼らのすべての想いを乗せた言葉を、聞き届けた。

 幻は太陽が昇り、空が明るくなってくると、静かに消えていった。

 

 

 

 

「お~い、起きろ~」

 偵察員は、体が揺さぶられるのを感じ、目をあけた。

「こんなところで寝ていると、風邪ひくよ」

 二式艦偵の操縦員が、心配そうな顔で見下ろしていた。

「君、夜通し飲んでいたの?もう朝だよ」

 見渡せば、寝ていた波止場には、一升瓶が何本も転がっていた。そのうちの1本は、まだ中身が残っていた。

 偵察員は中身が残っている瓶を手に取ると、海へ向かってかざし、中身を飲み干した。

「それだけ飲めるなら、心配ないね」

 操縦員は、鞄から水筒を取り出し、一升瓶を軽く小突くと、中身をのみ始めた。

「あの、飲酒飛行にならない?」

「これラムネだから」

 水筒の口を締め、鞄にしまう。

「……私は偵察機担当だから、仲間が死ぬ瞬間を、何度も見続けてきた」

 偵察員は、操縦員の話に耳を傾ける。

「偵察機をやめたいとも思った。でも、最後を看取った以上、それを伝えていかないといけない。その責任がある。でなければ……」

 操縦員は、表情を曇らせる。

 

「彼らの生きた意味を、無かったことに、してしまう」

 

 操縦員は、隊長と同じことを言っていた。

「あの隊長さんは、君へ託していったものが、あるんじゃないの?」

「……うん」

「じゃあ、私は絶対に君を、日本本土まで送り届ける」

 操縦員は、右手を差し出し、偵察員は、それをつかむ。

 

 

「生きている限り、歩みは止めちゃいけない。それが、私たちのできる、ただ1つのことだ」

 

 

「……ああ!」

 偵察員は、彼の手を握り締める。開いている手で、隊長の残した日誌を、握り締めながら。

「それじゃ、出発の準備にかかろうか」

 そして2人は、二式艦偵へと向かって歩いて行った。

 その道中、偵察員は海へ振り返り、手を振った。

 

 海に沈んだみんなに、別れを、もう自分は大丈夫だよと、告げるために。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。