かつては、もう変えられない。でも、これからは変えていける。
そのために彼らは、色んな想いを胸に、歩き続ける。
「……これが、敵になった私を沈めた艦載機、彗星と、その妖精たちの、軌跡」
話を終えた瑞鶴は黙り込み、聞き終えた加賀も、返す言葉がなく茫然としている。瑞鶴は、袴のポケットから、一冊の手帳を取り出した。
「これが、私を沈めた彗星の妖精、彗星艦爆隊の隊長さんの、残した日誌」
日誌は、表紙がよれて、ボロボロになっていた。
「生き残った偵察員の妖精さんが、届けてくれたの……」
偵察員の妖精は日本に帰還すると、二式艦偵を有するとある鎮守府の偵察航空隊に一時配属された。
そして、瑞鶴が建造されたと知るや否や、転属願いを出し、この基地の瑞鶴飛行隊に偵察員として移籍してきて、先ほどの話と、その日誌を託したという。
偵察員の妖精は、約束を守ったのだ。
それによって、瑞鶴は知ることになった。
敵側になった自分を沈めた、艦載機の妖精が、どんな妖精であったかを。
かつての自分と共に歩み、残してきた妖精たちの、辿った末路を。
「私、信じられなかった。深海棲艦になった私を沈めたのが、私が残した妖精たちで、あんな……、あんな作戦にいかされた、結果だったなんて……」
彗星が体当たりした空母ヲ級は、あの海で沈んだ瑞鶴が深海棲艦となった姿だった。
それを、偶然にも彗星艦爆隊の隊長が沈めたことで、彼女は艦娘として、もう一度目覚めることができた。
自分の育てた妖精たちが、自身の命を、犠牲にした結果……。
「だから、もうあんな状況になんてさせない。そのためにも、みんながちゃんと生き残れるように、一緒に訓練してきたつもりだった。でも……」
それでも、艦爆隊や艦攻隊の損害は減らなかった。そんなふがいない自分を、空に散ったかつての妖精たちが見たら、どう思うか。
瑞鶴はそれを、ずっと気にしていた。
「提督さんから近いうちに、私に彗星の飛行隊を編成するって聞かされて。でも、今の私じゃ、過去の繰り返しにしか……」
突如、加賀が瑞鶴を抱き寄せた。されるがままに、加賀の胸に顔をうずめる。
「加賀?」
「瑞鶴、それ以上は考えちゃだめ」
「でも……」
「どんなに訓練したって、損害をゼロにはできないし、どんな凄腕の妖精でも、乗る機体の性能以上のことはできないの」
損害の出ない戦いはない。それが悲しきかな、現実。
「過去を繰り返したくないというなら、妖精たちの犠牲を無駄にしたくないなら、あの子たちの想いを背負って、立ち止まらず、前を向いて歩いていきなさい」
瑞鶴は、加賀を見上げる。
「前を向いて……」
「あなたは、私たちより長い期間、一航戦を率いたのでしょう?あなたは私より、余程気高い一航戦よ。そのあなたが立ち止まってしまったら、それこそ、あの子たちの犠牲の意味を、無くしてしまう」
犠牲や死に、本質的に意味はないのかもしれない。でも、それに意味を見出し、想いをつないで、人は歩みを続ける。
「でも、重いんだよ……」
瑞鶴の瞳から、こらえきれなくなった雫が流れる。
加賀は、彼女の細い体を抱きしめつつ思う。
この細い体で、彼女は立ち、自分達が亡きあと、国の空母機動部隊を率いてきたのかと。
「私は、以前の自分や、みんなの想いを背負いきれるほど、強くない……」
かつて、海の底に消えた以前の瑞鶴。そして、彼女が鍛えた妖精たち。そのすべてを背負うには、彼女の背中は小さすぎた。
「……だったら、1人で抱え込まないで」
瑞鶴は顔を上げ、加賀の瞳を見つめる。
「あなたは、1人じゃない」
彼女は表情を緩め、慈愛を込めた表情で言った。
「私が、あなたを支えるから」
加賀は、瑞鶴の瞳を見つめる。昔の自分なら、きっと彼女に突き放すような辛辣な言葉を吐いていたに違いないと、内心おかしくなり、笑いがこみ上げそうになる。
―――この鶴に、いつの間にか魅入られてしまったようね。
加賀は、彼女の涙を取り出したハンカチで拭く。
「私たちは、あなたや翔鶴に、すべてを押し付けてしまった。一航戦の誇りがなんだと、誇りのためになら沈んでもいいと生きた結果。でも、今は違うわ。私は、あなたの隣に、今度こそいる」
加賀は、彼女の顔を正面から見据える。
「今度は、あなたを1人にしない。寂しかったらそばにいるし、辛かったらいつでも寄りかかってきていいし、あなたが沈むようなことがあれば、私は一緒に行く。絶対に……」
加賀は自身の想いを、腕の中の彼女に伝える。
「本当に……?」
「私の事、信じられない?」
彼女は何度もツインテールを揺らし、頭を左右に振った。
「……でも、沈むのは嫌、かな」
加賀は、軽く笑いながら、そうね、と返す。
「なら、前を向いて進みましょう。過去を知り、どうすればいいかを考え、歩み続ける。それが散った妖精たちや、沈んだ仲間たちにできる、ただ1つのこと……」
瑞鶴は、加賀の胸にもう一度顔をうずめる。
「……胸、借りていい?」
加賀は微笑みながら、
「ええ」
と静かに答えた。しばらく彼女は、相方の胸の中で、泣きはらした。
加賀は、ふと夜空を見上げる。光り輝く星々に、流れるほうき星。この空に散ったものたちの、命の輝きに見えた。
―――願わくば、あなたたちはそこから、私たちを見守っていて。
―――私たちが、海に平和を取り戻す、その時まで。
加賀は1人、夜空に向かって静かに、そう祈った。
泣き止んだ瑞鶴を、加賀は後ろから腕を回して抱きしめ、足の間に座らせる。
「ところで瑞鶴。今度出撃するとき、手をつないでいかない?」
「え!加賀さん何言っているの!?」
一瞬で彼女の顔は真っ赤に染まる。暗い中、月明りでもわかるほどに。
「それはこっちのセリフよ。翔鶴とはできて、私とはできないっていうのかしら?」
先ほどの過去話の中、姉と手をつなぎながら出撃したことを話したと、今になって瑞鶴は思い出す。
「いや、その、翔鶴姉とは姉妹だし、スキンシップというか……」
「私と今こうしているのも、スキンシップじゃないのかしら?」
「ていうか加賀さん、そこ気にしていたの?」
瑞鶴にとっては、姉との微笑ましい姉妹愛の表現の1つだったのだが、加賀にとっては引っかかったのかもしれない。
すると彼女は、頬を膨らませ、少しむっとした表情を浮かべ、相方である瑞鶴を抱く腕に力をこめる。
「……当たり前でしょ」
彼女は、近くでなければ聞こえない小声でつぶやく。
「今、あなたの隣にいるのは、翔鶴ではなく、私だもの……」
そんなことを言われては、瑞鶴は明確にダメ、とは言えず。
「み、みんなが見ていないときだったら……」
というのが精いっぱいだった。
そのまま2人は、しばらく夜空を、見上げ続けた。
「早かったわね、あなたへの配属」
翌日の朝、瑞鶴と加賀は、2人並んで格納庫へ向かっていた。
「昨日の今日で、さっそく彗星を受領し、訓練を開始せよ、なんて……」
あんな話をした翌日。司令官は瑞鶴に新型艦爆、彗星の配備を決定。格納庫に行って機体を受領。妖精たちと顔合わせを行い、訓練飛行を始めるように命令がでたのだった。
「でも提督さんが、しばらくは実戦には出ず、訓練と整備に慣れることを優先するって」
「支援体制を万全に。あなたの進言が受け入れられてよかったわね」
彗星の配備を行う際、彼女が提督に、彗星を受け入れる体制に万全を、と進言したのだった。提督は、勿論だ、と即座に受け入れ、工廠へ予算の増額を決めた。
「今の提督さんは、そういう柔軟さを見せてくれているから……」
彼女は小声で言う。
「前みたいなことには、絶対させない……」
加賀はそんな彼女の手を握り、一緒に格納庫前までやってきた。
正面シャッターの横に設置されている人間用のドアをあけて、2人は中に入る。中では、新型艦爆、彗星が整然と並べられている。
その一角に妖精たちが集まっているのを見た2人は、格納庫の奥へ歩を進める。
「いい?彗星は液冷エンジンを積み、操縦系統は電動式を採用している。零戦や従来の機体とは内部の構造が大きく異なるから、整備の勝手も違う」
1人の妖精が、整備員の妖精たちに向かって黒板に文字を書きながら講義をしている。
「液冷エンジンは空冷より手間がかかるし部品も多い。操縦系統は電動式ゆえに歯車が多い。それと蓄電池の充電は気を付けて。充電を忘れると脚が出ず、彗星は陸なら胴体着陸、海なら着水するしかなくなる」
整備員たちが熱心に耳を傾ける中、講義を行っているのは、引き締まった表情をし、飛行服に身を包んだ妖精だった。
その妖精は瑞鶴を認めると、整備員たちに断りを入れ、駆け寄ってきた。
「瑞鶴さん!お待ちしておりました!」
妖精たちは背筋を伸ばし、瑞鶴と加賀に敬礼する。
「新生、彗星艦爆隊が編成され、私も偵察員として、また配属となりました!」
また、という言葉に、加賀は昨夜の話を思い出す。
「もう一度、宜しくお願い致します!」
妖精は頭を下げた。瑞鶴は腰を下げ、妖精に右手をさしだす。
「私の方こそ、よろしく」
妖精は瑞鶴の人差し指にだきついた。
瑞鶴はポケットから、託された日誌を取り出し、妖精に渡す。
「あなたが持っていた方が、やっぱりいいわ。隊長さんにとっても」
妖精は日誌を受け取り、体にかけている鞄へ入れた。
「私、彗星は久しぶりだから、苦労すると思う」
「お任せください!」
妖精は自信満々に、胸を拳で軽くたたく。
「私の知るすべてを、皆さんにお伝えします!」
妖精は一礼すると、整備員たちのもとに戻っていった。
「瑞鶴。あの子……」
背後にいた加賀は、つぶやくように言う。
「うん。あの子が、あの生き残り……」
彗星艦爆隊の創設から在籍し、以前の瑞鶴や翔鶴たちと共に歩み、そして終焉を見届けた、ただ1人の証人。
瑞鶴へ、隊長の手記を託した、以前の彗星艦爆隊の、ただ1人の生き残りの妖精。
今も、亡き者たちの物語を伝えるために、飛び続けている。
「隊長さんたちの想いは、無駄にならなかったのね……」
「でも、それは、これからの私たち次第だよ。加賀さん……」
「……そうね」
格納庫の一角が開き、真新しい飛行服をまとった、新たな操縦員と偵察員たちが姿を見せた。先ほどの妖精は、彼らに向かっていく。
「お待ちしておりました。あなたが隊長ですね?」
隊長らしき妖精は、表情を引き締めた。
「今日から、この彗星艦爆隊の隊長を任された。よろしく頼む!」
「こちらこそ!」
そして、新任の隊長は言った。
「ああ。
偵察員の妖精は、引っ掛かりを覚えた。
「元気だったか?」
「……あの、失礼ですが、どこかで?」
隊長は、勝気な笑みを浮かべながら言う。
「いつも私の後ろに乗っていたじゃないか?」
「……後ろ」
偵察員の心の中で、ある疑惑が大きさを増していく。
「後ろに乗ったり、一緒に泳いだ仲じゃないか?」
そして新任の隊長は言う。
「相棒、まだ生きているか?」
妖精の頭の中で、以前の記憶が翔ける。
後ろに乗っていた。
一緒に泳いだ。
相棒。
妖精は、確信を抱いた。
「隊、長……なんですか?」
新任の隊長は、偵察員の妖精の肩をポンポンと叩く。
「ああ……」
そして、手袋を外し、右手を差し出す。
「……ただいま」
偵察員も手袋を外し、その手をとった。感じたぬくもりは、隊長が最期の出撃に飛び立つ前に感じたものと、同じだった。
「すまない……。突入の際も、残したきみのことが気がかりで。目が覚めたら、またこの姿だった」
後悔を残したまま空に散った隊長は、どういう運命か、還ってくることができたのだ。
「隊長!!!」
偵察員は隊長にしがみつき、人目をはばからずに泣いた。
「すまなかった。君につらい役目を押し付けて……」
「まったく、ですよ……。勝手なこと押し付けて」
泣きわめく偵察員に、隊長は苦笑いをする。
「私が、この1年半近く、どんな思いで!」
偵察員は、隊長の胸を力のない拳でぽかぽかと殴る。やがて落ち着いたのか、偵察員は、鞄から手ぬぐいを取り出し、顔を拭いた。
「これ、お返しします」
偵察員は、かつて隊長から託された日誌を手渡した。隊長は、それを受け取る。
「約束、守ってくれたんだな」
懐かしそうな表情を浮かべながら、隊長は過ぎ去った日々を綴った日誌のページをめくっていく。
「もちろんです!」
「……ありがとう」
そして、最後のページ、特攻に飛び立つ前日のページを眺めると、新たな白紙のページに、今日の日付を書き込んだ。
「また今日から、新しいページを、綴っていこう」
隊長は、偵察員に右手を差し出した。
「また、一緒に飛んでくれるか?」
偵察員はその手をとった。
「はい!どこへでもお供します!……でも無茶は勘弁ですよ?」
「あの翔鶴さんの一件みたいな?ああ、善処する」
期待できないと、偵察員は乾いた笑いを漏らす。
「絶対生き残り、母艦に勝利を!」
「この海に、平和を!」
妖精たちはこぶしをぶつけ合い、誓い合うように、腕を伸ばし、空へ向かって、真っすぐにつき上げた。
「……よかった」
そんな妖精たちのやりとりを遠目に眺めていた緑と青の空母は、ほっと胸をなでおろす。
「こんなこと、あるのね……」
「まあ、私たちもありましたし、妖精たちもないとはいえないわよね。もう経験するのは勘弁だけど」
ふと、加賀は瑞鶴の手を包む。
「私たちも、幸いにして、もう一度、ここに戻ることができた」
「……うん」
「私は、この運命に感謝している」
加賀は、隣の瑞鶴を見ながら、視線をそらしながら言う。
「今度は、あなたを置いて行ったりしない」
小声で、でもそこに意志を込めて言う。
「一緒に、歩いていきましょう」
瑞鶴は手を握り返した。
「うん」
彼女は満面の笑みを浮かべ、加賀に言った。
「これからも、ずっとよろしくね。加賀さん」
その笑みを前に、加賀は何かに射抜かれたような錯覚に陥り、一瞬足元がふらつくも耐え、
「ええ……、よろしく」
そう言い返すのが精一杯だった。
「行きましょう」
艤装を身に着け、訓練に出る準備を終えた加賀は、瑞鶴へ左手を差し出す。その意味を察した瑞鶴は顔を赤く染め、周囲を数回見渡し、誰もいないことを確認する。
そして差し出された加賀の手を握り、海面に立った。
「うん。行こう、加賀!」
彼女は頷く。
「空母、加賀!!」
「空母、瑞鶴!!」
2人は声をそろえていった。
「「抜錨します!」」
過去は変えられない。でも、少しずつでも、これからを変えていくために。
妖精たちと艦娘たちは、それぞれの想いを胸に、大海原へと、漕ぎ出していった。
ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございました。
今回で完結となります。
暗めの話が大部分を占めてしまい、楽し気な部分が少ない話となってしまいました。
いつかその割合が丁度いい話が書けるようになりたいです……。
また投稿する機会がありましたら、よろしくお願い致します。