坂上清顕、15の春   作:藤沢 南

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第1話

この残酷な世界…。

 

坂上清顕はミオ・セイラとともに破壊され尽くしたオデッサを眺望する。

2週間前の空襲で彼は最愛の家族を失った。中学卒業まではオデッサ町役場のあてがった戦災孤児施設で過ごせるものの、その後の未来は全く見えなくなってしまった。

 

「ウラノスをぶっつぶす」

 

とミオに誓ってはみたものの、どうすればいいのか自分には何もわからない。施設からは河南士官学校の受験を勧められた。士官学校は学費もいらず、天涯孤独になった清顕にとってはいい進学先に思えた。

 

しかし、清顕はその進路を真剣に検討している事をミオには黙っていた。

ミオは外交官の家庭のお嬢様で、戦を生業とする軍人になるための士官学校に行く自分とは人生のコースがそもそも違う。

 

「私にも、清顕と同じ夢、見させて。」

 

そんな事を真っ直ぐな瞳で言う、この意志の強い少女が、自分と同じ進路、つまり士官学校に進みたいと両親に主張する可能性は充分にあった。

自分は坂上正治という優秀な飛空士の息子なのだ。血生臭い軍隊で生きる道を選ぶのはある意味、血縁の必然とも言えた。しかし、ミオをこの自分の人生に巻き込むわけにいかない。彼女は意志が強く賢いが、そんな素敵なガールフレンドを軍隊に引き摺り込むのは間違っているように思えた。

 

清顕は、施設で生活する傍ら、破壊された通信施設の復旧のアルバイトを始めた。

日中は学校で勉強。放課後は電線の接続に勤しむ。毎日忙しいことは肉体的には大変だったが、喪った家族を思い出す暇がなくなったのは良い事だったように思える。

 

「清顕。これ。私が作ってきたから。」

ミオはいつからか、朝、清顕の住む施設まで来て彼に手作りの弁当を作って渡してくれるようになった。

「いや、いいよ。孤児施設でもらっているから。」

「何言っているの。夕食よ。放課後に肉体労働もしていたら、もたないでしょ。弁当箱は洗って返してね。」

ミオの作る弁当はボリュームがあり、腹を空かして施設に帰る彼にはとても嬉しい差し入れだった。

 

施設では年長の清顕は、後輩の少年たちからいろいろと世間話を持ち込まれる。

「坂上先輩、あの、セイラさんでしたっけ。差し入れしてくれる人。昨日も来てましたよ。」

「うん?」

週末は学校が休みになる。清顕は土曜日は一日中働き、日曜日は勉学に充てる。

「何か話したいことがあるんじゃないですか。」

「…そうか。ありがとう。」

「セイラさんって、私立学校の生徒ですよね。そんなお金持ちの人に知り合いがいる坂上先輩ってすごいんですね。」

「そうか?ただ、昔からの友達だっただけだよ。」

「僕の友達はみんな死んじゃった。変ですよね。山の手の子どもだけ無事だったなんて。」

その言葉を聞くたびに彼は引っ掛かりを覚えていた。その話は施設の後輩達が何度もしている。ウラノスはわざと富裕層の家だけを残したのか。それに何の意味があるのか。

 

清顕は、通信施設の復旧のアルバイトで得たお金を使って燃えてしまった参考書を新たに買い揃えた。本屋が空襲されたため、空輸費用が上乗せされる本代も値上がりして、バカにならない出費だった。そんな中、清顕はミオへの夕食弁当代として、バイト代の一部を封筒に包み、ミオに渡した。

 

「え?何?いいよ。お礼なんて。」

「いや。いつもありがとう。ただ、その、ミオの優しさに甘え続けるのも…。」

「そんな。私、好きでやっていることなんだから。それで清顕の稼いだお金をもらうのも…。」

 

そんなやりとりを見ている施設の子達が、はしゃぐ。

『ほら、あの金髪。坂上先輩の奥さん気取りの、セイラさん。』

『綺麗な身なりで、ほんと嫌味ねぇ。今回の空襲で何も被害なかったんでしょう。お金持ちの家は違うわぁ。』

『あの可愛い制服、私も着たいわ。毎日同じボロの服で学校通う私たちに見せ付けるつもり?』

『ほんとに。坂上先輩はもう私たちの施設の人間、こっちのものなんだから。部外者がしゃしゃりでないでほしいわ。』

『そうだそうだ。帰れ帰れ。』

 

「帰れ帰れ。金髪、あっちいけ。」

低学年の子達が石を投げ始めた。

「ちょっと!君たち!やめなさい。危ないじゃないか。」

ミオの右脇をかすめようとした石を、坂上清顕が右腕で受け止めた。

「この石を投げたのはマリカか。あとで僕の部屋に来い!」

ピシャリと一喝する清顕の声に静まり返る一同。一瞬の沈黙の後、低学年の子達はクモの子を散らすようにわぁーっと逃げていった。

 

「ミオ、とにかく、これは受け取って。それから…気を悪くさせたらごめん。ただ、君たち山の手の子ども達をよく思わない子も、残念ながらうちの施設にはいるんだ。」

「仕方ないよね…。かわいそうに。家族亡くしたんだものね。…うん、わかった。清顕。じゃね。」

 

 ミオは物分かりよく、その封筒を受け取った。本当はいろいろごねて甘えて、また二人で会う約束を取り付けて、そこでその時にでもこのお金を使ってもらおうとまで妄想していたのだが、なかなか自分に対する施設の子達の反感は強く、長話は難しいようだった。

 

 改めてミオは封筒を見つめて握り締めた。お金の重さの感覚としては自分のひと月のお小遣いより軽い。でも清顕が汗水垂らして得た労働の対価だ。ありがたくもらっておこう。彼がお金に困った時にでも、そっと返してあげれば良い。

 

…ただ、ミオは清顕にそろそろ聞いておきたいことがあった。卒業後の進路である。

噂通り、士官学校に行くのだろうか。亡くなった彼のお父さんは飛空士だった。彼は天涯孤独になってしまい、今は経済的にも厳しい立場にいる。士官学校は学費タダだし、わずかながら給金ももらえる。士官学校が自然な選択に思えたが、彼は何を考えているのかわからないところもある。ぼうっとしているように見えて、心の中では本質をつかんでいるような、そんな彼。

 

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