翌日、午後2時。
アフタヌーンティーの時間に、イーサンは坂上清顕を招いた。
ティーの準備はイーサンの妻グレタと四女のボニタが行っていた。ミオの姿はない。
「おじさん、今日はお招きに預かり…。」
「いやいや、清顕くん。僕と君の仲ではないか。そう固くならずに。今日は忙しい中ありがとう。」
確かに忙しいのだ。清顕にとって、日曜日は勉強に集中できる唯一の時間だ。でもミオの父親であるイーサンの招きは断れない。
「そこで、お話というのは。」
「…単刀直入に言おう。清顕くん、うちに養子に来てくれないか?」
「!?」
「君が驚くのも無理はない。ただ、君は不幸にも今回のメスス島の空襲でご家族を喪われた。…失礼かと思うが、私は君の事を調べさせてもらった。学校での成績、施設での人間関係、学費を稼いでいるアルバイト先での様子、それから我が娘のミオに対する態度とか。それこそありとあらゆる情報を集めた。そこで、君のような優秀な少年が、家族を喪って、経済的に困窮して、進学を断念せざるを得なくなることが、非常にこの世界にとって損失だという事に気づいたのだよ。」
清顕は表情を固くしている。ボニタは彼の表情を心配そうに見つめている。
「そこでだ。うちの養子になれば、学費での心配はなくなる。ただ、君にとっては重大な決断になる。坂上という名前を捨てて、セイラ家の名前になるのだから。」
グレタは息を呑んでいる。この優秀な少年を迎え入れる事ができれば、セイラ家の繁栄はますます盤石になる。しかし、この少年に坂上という名前を捨てさせるのも残酷な話だ。何と言ってもまだ空襲があってから1年と経っていない。
「ミオお嬢様、ダメです。旦那様から、きつく止められているんです!」
「何言っているの!清顕がセイラ家の養子になるなんて話、そんな大事な話をこの私に黙って進めているなんて!」
ミオが怒り心頭だ。彼女はセイラ家の近侍のザビーネを引きずってイーサンと清顕の部屋の入口までやって来た。
さっき別の部屋で勉強を教えていたドミニクがふと漏らした一言。
『清顕くんが、僕のお兄ちゃんに。セイラ家の子どもになるとか…。パパが言ってた。』
『何それ?どういう事?』
勉強を中止し、ドミニクをお菓子で釣って、知っている事を全て喋ってもらった。
パパもママもボニタもカズキもドミニクも、この私に黙ってそんな大事な事を勝手に進めていたなんて。
『だって、清顕がセイラ家の養子になったら、私、清顕の…お嫁さんになれないじゃない!清顕が弟なんていや。』
「お嬢様、ダメです。その部屋にミオお嬢様を入れないように、旦那様から…。」
「ザビーネ、あなた私のいう事聞けないというの?」
「旦那様のご命令は絶対です。たとえミオ様といえど…。」
「ザビーネ!ドアを開けなさい!このミオ・セイラの命令が聞けないのですか!」
部屋の外が少々うるさい。イーサンは娘を呼んだ。
「何やらドアの外がうるさいな。ボニタ。静かにするように言いなさい。」
「はい、パパ」
ボニタはドアの方へ歩き、鍵穴から外を伺う。
「あの。ちょっと静かにしてもらえる?そこにいるのザビーネなの?少し静かに、ってパパからも。」ボニタがささやく。
「ボニタ。ミオよ。ドアを開けなさい。」
「ミ、ミオ!」ボニタは鍵穴からのけぞった。
「お姉ちゃんのいう事が聞けないの?ボニタ。開けないと後悔するわよ。そうね。あなたの好きな男の子の事、明日全校放送で流しちゃおうかしらん。」
ボニタは赤くなった。この意志の強い姉は本気でやりかねない。
「ボニタ、何をしている?」
イーサンは立ち上がろうとすると、スッと清顕が立ち上がり、ドアに向かった。
「ひっ!清顕くん?」
ボニタはふり返って驚く。
「すみませんが、大事な話の最中なんです。少しお静かにお願いします。」
鍵穴から伝わってくるのは落ち着いた清顕の声だ。
ミオは鍵穴に向かって大声で叫んだ。
「清顕!!いるの?いるのなら返事して!」