グレタ・セイラが後片付けをしながら、夫に尋ねた。
「あなた、意外にあっさり引いたのですね。今日なんとしても清顕くんを養子に迎えるのではなかったのですか?」
少々皮肉も交えている。イーサンは笑う。
「今日は清顕くんの勝ちだよ。士官学校の話はだいたい予想がついていたが、あの話を持ち出すタイミング、その時の堂々とした態度、いやはや恐れ入った。あの彼に今日無理押ししても無駄だよ。私の心証すら悪くするだろう。今引いておけばまたいずれ彼に話す機会はある。次に持ち越しだ。」
グレタは納得いかない顔をしている。イーサンは続ける。
「それに、河南士官学校なら秋津軍の学校だ。いずれウラノスと秋津が交戦する可能性もある。彼のような優秀な軍人が何人いようと、秋津ではウラノスには勝てぬよ。ミオの婿としても、うちの息子としても、その両方だとしても清顕くんは非常に欲しい人材だ。もしウラノスと秋津が戦争にでもなったら、その時こそ彼の命を質にとってうちの養子にでもすればいい。清顕くんは家族を一瞬で殺されたんだ。彼は命を無駄にはするまい。秋津の軍人として死ぬか。セイラ家の養子となって、世界平和の為にその優秀な能力を使うか。いずれ彼にもその選択を迫る事になるだろう。そこで選択を間違えれば死、正解ならセイラ家の新たなる家族だ。悪いようにはせん。」
グレタは沈痛な表情を隠し、イサーンの話をうつむいて聞いていた。
『そんな、戦争の道具じゃないのです。うちの可愛い子ども達は…。なんのために私がたっぷり愛情を注いで育ててきたのか…。』
しかし、グレタにイサーンを止められる力はなかった。彼女もまた、イサーンの忠実な協力者でしかなかったのである。
『ふ、あまり面白くはなかったが、暇つぶしにはなったか』
ゼノン・カヴァディスはセイラ家からの通信を切った。通信をキリアイにつなぐ。
『キリアイ。初仕事ご苦労。』
『はっ。ありがとうございます。』
『一つ答えてくれ。貴様はこの仕事で今回、誰の顔を見た?全員、名前をあげたまえ。』
『はっ。イーサン・セイラ、グレタ・セイラ、ボニタ・セイラ、そして坂上清顕の合計4人です。』
『ミオ・セイラの顔は見たか?』
『いえ。』
『あいわかった。1週間後、戻って私の執務室に顔を出すように。』
『はっ。』
ゼノンは、今後のセイラ家の子どもたちをどう扱うか、じっくり考えている。
…今回は失敗したが、ミオと坂上清顕とやらが何も知らぬまま婿養子縁組でくっついても面白かったかも知れん。工作員の才能があった場合、坂上は妻のミオと妻の実家のセイラ家の両方から縛られ、私の言うがままになるだろう。そしてミオも同じ事。養子の兄弟姉妹と夫の坂上の両方を人質に取られているようなものだ。夫婦のお互いが人質になり、私の指示を忠実に遂行する特殊工作員。
…ふむ。悪くないな。モノになれば面白い存在になりうる。しかし、ウラノスに家族を殺されている少年が、そう簡単にウラノスの次官である私の忠実な部下になり得るのか。ただ、坂上とやらがミオの思い人であるのはどうやら確からしい。
『坂上は使える存在…なのか?』
ゼノンはなおも逡巡している。人間関係を利用して人の心を支配し、操るのは彼の邪悪な趣味でもあった。
『坂上清顕か…。一応、覚えておこう。』
ゼノンはほくそ笑んだ。
その後、ミオ・セイラは河南士官学校に志望校を変更する。当然のことながら、セイラ家でいろいろと議論が巻き起こったようだった。しかし、ミオは両親の反対を押し切って、河南士官学校を受験、見事合格したのだった。
「清顕、これからもよろしくね!」
「ああ。ミオ。頑張ろう。」
河南士官学校の入学式。桜の木の下で、坂上清顕と、ミオの家族が微笑んでいる。その光景は、はたから見たら本当の家族そのものだった。子どもたちは一番年上のミオを中心に、戦災孤児の清顕、ボニタ、カズキ、ドミニク、そしてミオの両親、イーサン・セイラとグレタ・セイラ。
6人の家族+1人の戦災孤児は、河南士官学校の校門で笑顔で写真に写った。
「セイラさんのお家は大家族ですね。ではシャッター押します。笑ってください!」
シャッターを押してくれた別の新入生の家族に、坂上清顕は笑顔で「ええ。大家族です。」と答え、礼を言った。
『…大家族は、セイラ家だけなんですけどね。…僕は坂上家の生き残りです。』
…清顕は、心の中で苦笑していた。
そして見送るセイラ家の子ども達とかたく握手をした。
そんな彼を、誇らしく、うっとりとした表情で見つめるセイラ家三女ミオ。彼女も、見送ってくれる妹と弟を抱きしめ、両親と握手し、別れを惜しんでいる。
河南士官学校の、入学を告げる鐘がからんからんと鳴り始めた。
「では、行ってきます!」
清顕とミオはセイラ家の家族達に敬礼し、河南士官学校の校門をくぐって行った。