殺したい相手がいた。
終わりかけの世界でできる手段は限られていた。だから、それだけのことなんだ。
人類が唯一生存できる土地「四国」。4県の内の1つである香川県。先代勇者たちがいたのは大橋市。現有者たちがいるのは観音寺市。
そして、私たち「防人」がいるのは、宇多津市のゴールドタワー。展望台として親しまれていたこの場所は、大赦が管轄する施設の1つになっている。このタワーをロケットにして天の神を攻撃するという計画もあったらしいけれど、荒唐無稽で呆れたのは記憶に新しい。
「海風を感じながらのティータイム。弥勒さんにしては珍しく良い発想だね」
「珍しくとはなんですか雀さん!」
「弥勒うるさい。今日くらいは静かに」
「わたくしが悪いんですの!?」
ゴールドタワーが建っているのは海の近く。とは言ってもすぐ近くに浜辺があるわけでもない。波を防ぐ堤防があって、その内側にテーブルと椅子をセッティングしてお茶会を開いているだけ。
「芽吹先輩も座ってください」
「ありがとう亜耶ちゃん」
亜耶ちゃんが引いた椅子に座る。亜耶ちゃんは人の世話を焼くのが好きみたいで、特に掃除とかは趣味のレベルを超えている。防人の子たちも、亜耶ちゃんに掃除を頼んでいる子が多い。
そんな彼女は今日も率先してもてなしをしてくれて、お菓子を手作りで用意してくれている。
「みなさん紅茶は行き渡りましたか?」
「バッチリだよあやや」
「それでは、弥勒さん挨拶をお願いします」
「あらいいんですの?」
「長くなくて変なのじゃなければ」
「しずくさん先程から当たりがキツイですわね!」
わりといつも通りだと思う。
「こほん。ええでは不肖わたくしが挨拶を務めさせていただきますわ」
「肌寒いから手短に頼むよ。長くされたら凍えて死んじゃう」
「大丈夫よ雀。この程度で人は死なないから」
秋と冬の変わり目。気温は下がってきているけど、凍え死ぬような気温じゃない。最低気温だって2桁あるんだから。
「防人としての任務が一区切りついてから今日で丁度ひと月ですわ。わたくしたちはこれからも歩まねばなりません。そのためにも、今日という日で英気を養いましょう。乾杯」
「「かんぱーい!」」
「弥勒がまともなことを……」
「しずくさん!?」
「ご立派でしたよ弥勒先輩」
「亜耶さんだけが味方ですわ!」
亜耶ちゃんは誰もを癒やす優しい笑みを浮かべながら、ちらっと
そもそも、外でお茶会をやるなんて発想は、彼が出してきたものだ。今日のは弥勒さんだけど、前回は彼が発案者。亜耶ちゃんと一番仲が良かった彼が。
私たちは、彼の犠牲の上に生きている。
私たち防人の仕事はとても地道なものだった。勇者のように、人類の敵であるバーテックスと戦うのではない。バーテックスや星屑との戦いは、必要であれば行うだけ。私たちは壁の外の調査が主だった任務。
勇者ではなく防人。たった1人でもバーテックスを倒せる勇者に比べれば、私たち防人の力はあまりにも弱い。倒すなんてもってのほか。自分たちの命を守ることを優先させないと生き残れない。勇者たちに勝る点は、人数でしかなかった。神樹様の力を少数に集めるか、多数に分散させるか。私たちの違いはそこだった。
初めは納得もできていなかった。訓練期間も短く急造の部隊でしかない。けれど、今では私たちの団結力と集団での戦術なら、勇者にも引けを取らないと思っている。
彼は、赤嶺は、私たち防人の強力なバックアップだった。
トレーナーにしてカウンセラー。戦術の考案までやるオールラウンダー。彼がいなければ、脱落者をゼロにすることは難しかった。
□□□□
防人たちの役目は順調だった。神樹の種を結界外に植えていく計画。神樹の結界の外は、天の神が理を上書きした世界。それを一部でも剝がしていくものだった。
けれど事態は急変した。防人の装備は外の炎に耐えられるようになっていたのに、この前の任務で火傷したやつが出た。出力が上がっている。向こうが本気を出せば、もっと熱くなることだろう。結界内には影響がないが。
「赤嶺先輩いますか?」
「国土? どうした。もうすぐ就寝時間だろ」
俺の部屋に訪れてきたのは、防人たちのお目付け役として派遣された巫女の国土亜耶。大赦の中で育ってるせいか、世間的なことには疎い。その反面、良くも悪くもとても純粋な少女だ。
そんな彼女は決まり事もきっちり守る。起床時間や就寝時間を破ったことはない。らしい。部屋一緒じゃないから知らんけど、そういうふうに聞いてる。それなのに、国土は就寝時間間近に部屋に訪れてきた。
「こんな時間に訪問してしまってごめんなさい」
「俺は気にしないが。国土がこの時間に来たなら何かあるってことだろ?」
「ぁ、いえそんな。大したことでは……!」
それは下手な嘘だった。芝居にしては挙動がおかしく、目は露骨に逸らされた。けれど、あの国土がそうするのだ。乗ってあげるべきだろう。
「そうなのか。じゃあなんでまた」
「……笑わないですか?」
「笑われるような理由なのか?」
「そうでは……ないと、思いたいです」
ここに来たのは大赦の意向じゃない。国土個人の理由か。
「えっと、……赤嶺先輩に……会いたくて」
「明日も会えるだろ」
「そ、そうですよね。えへへ、ごめんなさい。変なこと言っちゃって」
明日からは会えないのか。お目付け役の巫女がいなくなる。大赦への招集か? 勇者たちは活動してないのに? 活動してるのは防人たちだ。そこからお目付け役を剥がす理由は? 外の炎が関係してるのか?
「おやすみなさい。赤嶺先輩」
「ちょっと待った」
「ふぇっ!?」
綺麗で丁寧なお辞儀をして立ち去ろうとした国土を引き寄せる。握るだけで折れそうな細い腕。華奢というよりも幼いという表現が相応しい小さな体。
顎置きにもできない身長差で、国土は腕の中にすっぽりと収まる。大切に手入れされている淡いクリーム色の髪は腰にまで届いており、それを傷つけないようにそっと撫でる。一瞬ビクついた後、くすぐったそうにもぞりと腕の中で動いた。小動物かな。
「国土は、楠たちが好きか?」
「はい。皆さんが好きです」
「そうか。それだけ聞ければ十分だ。おやすみ国土」
国土から離れようとすると、服を掴まれて止められた。見上げてくる新緑の瞳の揺れは何を表しているのか。
「赤嶺先輩──」
「どうしてここにあなたが……」
「ん。あぁ、やっと来たか」
周囲は太陽の如く真っ赤。この星を外側から見たら、小さな太陽と見えることだろう。そんな中にそびえ立つ一本の樹が神樹。その中でのみ人は生きられる。
ここは神樹の結界外。防人たちと国土が前回訪れた地点で、神樹の種が植えられている場所。その周囲のみが炎の世界を覆し、暑苦しさを和らげてくれている。そこで寝転んでいた俺は、弥勒の声に反応して起き上がった。
防人全員がいる。予想通り任務でここに来たんだろう。そして、予想通りこいつらじゃ国土をどうすることもできない。
「……亜弥ちゃんがいなくなった日。赤嶺も消えていたわね。その時はてっきり付き添ったのだと思っていたけれど」
「答えはNOってわけだ。俺はここで待ってたからな」
「どうして! あややはこのままじゃ生贄にされちゃうんだよ!? それなのになんで赤嶺はこんなとこに! こんな危険な場所いつ死んでもおかしくないのにさ!」
「っ! 加賀城の言う通り。だとしたら、
「その辺の事情も説明しないとな」
加賀城の言葉で山伏が気づく。他にも楠や聡い防人たちも同じ疑問を抱いたようだ。山伏の言葉に驚く者と同感する者に二分される。
「まずはお前らとの認識の擦り合わせか。今の事態についてどこまで知ってる?」
「……天の神の炎が増して、このままだと人類は滅ぼされる。奉火祭を行うことで赦しを乞うのが大赦の狙いで、そのためには……っ、巫女を犠牲にしないといけない……!」
「そうだな。国土もそれに選ばれたわけだ。……300年前、初代勇者の時も行われて成功している。大赦としてはそれに数少ない成功例に縋るしかないんだろ」
「だとしても! 誰かを犠牲にしてる時点で負けなのよ!」
「お前はそう言うだろうな。間違ってない。その気持ちは正しいさ」
誰よりもストイックで、誰よりも人の命を重んじる。だからこいつは防人のリーダーで、だから楠芽吹は強い。こういう奴がいないと、停滞する空気は壊れないだろうな。たとえ泥の中でも気高く背を伸ばす。楠の魅力だ。
「俺が何をしてるのか。何をしようとしてるのか。その話の前には俺自身のことを話さないといけない」
「……記憶が戻った?」
「いや。俺に元からそんなものはなかったんだよ。
「は?」
「何を、言ってるんですの……?」
ま、そういう反応だろうな。目の前にいるのに存在しないなんて言われたら。
「この体は俺のものじゃない。200年以上前に死ぬはずだった人間の体だ」
その男は特別な力もないただの少年だった。いや、特別な力を持つ男はまずいないんだから当り前か。どこにでもいる少年だ。そいつの惚れた子が勇者だったってだけ。
その頃の勇者はバーテックスとは戦わない。対人戦だ。だから彼は無理矢理割り込んで手伝った。相手が人なら、武器を持てば戦える。たとえ武器がなくても、己を鍛えればそれが武器となる。そうして彼は、惚れた少女の隣に並ぶようになった。
けれど最後の作戦で事件が起きた。2人の勇者が決裂。片方は作戦を降り、片方は1人で決行。彼が惚れたのは後者だった。答えは出ている。男も作戦に乱入した。相棒の勇者の不在。それが少女の負担を増やし、冷静さも欠けた。人として決定的に道を踏み外しかねない。そう判断した彼は少女を止めるために対立。
結果など初めから目に見えている。いくら鍛えようと、神の力を受ける勇者に生身の人間が勝てる見込みなどなかった。
そんな男を見て、人に興味を示した神がいた。神樹側でもなく、天の神側でもない。中立を保つ神の1体。その神は彼と交渉し、彼の体を器にすることにした。そして、人の社会に入り込むために、その器に擬似的な人格を作ることにした。
「それが俺だ。まともな生まれ方もしていない。人の体が神の器になるのも無理がある。何かしら欠落するのも当り前。俺はそれが記憶ってわけだが」
「赤嶺が……疑似人格?」
「私とシズクとも明らかに違う」
「お前らは二重人格だからな。どっちも
さて、話の続きといこうか。
「中立神はこの器を通して何年も人を見てきた。あらゆる人格を作ってな。それは、どちら側につくかを決めるため」
結界外に出ていることで、その答えは示されてるようなものだ。中立神は人が嫌いなわけじゃない。ただ、人類を導く立場の者たちを好きになれなかった。犠牲を前提にすることに疑問を抱かない者たちが。そんな者たちが導こうというのなら、人間という生命はここで終わってもいい。そう思ったみたいだ。
「だからな。奉火祭はやったところで無駄に終わるんだよ。内側を見てきたこの神が天の神側につけば、内情を知って本気で終わらせにくる」
「それじゃあややは!」
「
「…………え?」
「亜耶ちゃんが……生き残れる?」
「やっても無駄だってことは、ここに来る前に大赦に説明してきたしな。信憑性を帯びさせるために、ちょっとオイタはしてきたが」
巫女を手篭めにしようとする馬鹿にな。真っ赤な花が咲いたものだ。
「赤嶺。あなたは何を考えているの? 何が狙いなの?」
当然の疑問を楠が口にする。やっと本題だ。
「1つ目の目的は、国土を生き残らせること。2つ目は人類の存続。3つ目は」
「メブ危ない!」
「ッ!」
「お前らとの殺し合いだ」
楠の首をへし折るつもりで繰り出した手刀は、天性の危機察知能力を持った加賀城の盾で阻まれた。痛みはない。もはや人の身としての感覚が消え始めてる。元から死体みたいなもんだし、神経だって真似事だったんだ。今がデフォルトだな。
手刀を阻まれ、体を回転させて盾の外側から加賀城を蹴り飛ばそうとするもそれを山伏に止められる。しずくじゃなくてシズクの方だな。判断が早い。
「どういうつもりだテメェ!」
「どうもこうもねぇよ。死にたくなけりゃ殺しに来い」
「コイツ……本気か……!」
パッと手を上げる。それが合図だ。
「メブー! 星屑たちが来ちゃったぁぁぁ!!」
「今の、まさか赤嶺が呼んだの!?」
「1人でこの人数相手にするのはしんどいからな」
天の神から拝借した。バーテックスは呼んでない。借りるのは星屑だけで十分だ。それも数はそこまでいらない。
「総員陣形を! 急いで!」
「大人しく待つとでも?」
「一斉掃射!」
「チッ!」
星屑の速度なら陣形が間に合う。唯一それを止められる俺には牽制。これまでの経験が活きてるじゃねぇか。
陣形ができちゃえば星屑たちなんて掃除されるだけ。防人の出力じゃ時間はかかるだろうが、それだけだ。前までなら負傷させたりもできただろう。けれど、今の防人たちの集団戦は堅い。時間稼ぎが精一杯だ。
「赤嶺さん! あなたは自分の信念をお持ちのはずですわ! それなのに」
「信念だけじゃどうにもならんこともある。それは弥勒がよく知ってるだろ」
当てる気がないのなら怯む必要もない。隙間なく作られた陣形を崩すのは容易じゃない。罠なんてないし、圧倒する力だってない。だとしても、内側に衝撃を与えることはできる。
「ぐっぅぅっ! 赤嶺と戦うために鍛えたんじゃないのに!」
「お前はいつも護るための力しか求めてないだろ」
加賀城は堅い上に柔軟だ。盾をただの壁にするならやりようもあるってのに、受ける力に合わせて工夫してくるんだ。鉄壁じゃなくても崩れない壁。これほど厄介なものはない。でも星屑やバーテックスを想定した訓練だから、人相手だとまだムラがある。そのおかげでスキを作れる。
「こんなことして、誰が一番悲しむと思ってんだ!」
「国土だろうな。だが、人を悲しませる選択を先に取ったのはあの子だろ。流されるのでもなく、自分の意志を固めて」
「どれだけの恐怖を感じながらそうしたと思ってやがる! 国土は震えてたんだぞ!」
「そういう子だろうな。だから死なせないために動いてる」
「死なないなら、悲しんでもいいってのか!」
「死んだら全ては無だぞ」
俺が陣形の内側に潜り込むのを阻止するために、山伏が1人飛び出して来る。戦闘のセンスは防人で一番高い。センスだけで言えば、勇者の三好夏凜すら超えているかもしれない。乃木は駄目だ。まじで弱点が存在しない。
銃剣を使っての接近戦。口調は荒いが良い奴だからな。俺を死なせないように気をつけながら戦ってる。それがスキになるっていうのに。
「シズク!」
「ようやく腹を括ったか。楠」
楠が叫んだことで、俺と山伏は同時に気づいた。山伏が射線を空け、その隙間を寸分狂わずに楠が狙撃する。綺麗なコンビネーション。だからこそ見えやすい。だからこそ、イレギュラーには対応できなくなる。
「
楠の狙撃は避けた。弥勒の狙撃は掠った。弥勒は意気込みはいいけど実力がなぁっていうタイプだからな。狙撃も悲しい。そのせいでランダム性が生まれ、射線を読みにくくなるんだけど。敵側に回るとくっそ厄介だな。
「ええ。あなたを連れ戻すということを、ですけどね」
「矛盾してるのよあなた。人類の存続を目的の1つにしておきながら、人類を滅ぼす側に回ろうだなんて」
「俺自身の意志と、中立神の考えは一致するわけじゃないんでな。体の主導権がある内にできる抵抗をしてるだけだ」
この中立神のミスは、人間の体の中に自分を入れてしまったこと。この器が壊れれば神殺しが成立する。天の神は既に圧倒的だが、そこに追加戦力を入れさせないに漉したことはない。
「私は仲間から犠牲者を出させない。赤嶺、あなたも含めてよ」
「それが叶わないのが今だ。俺を生かしたとして、この神は天の神側に移る。力を増大させるわけにもいかんだろ。今この体にいる間に、殺せるうちに殺しておくべきなんだよ!」
「そのためにあなたを犠牲にしろというの!?」
「1人の命を消すことで人類存続の可能性を残せる! お前たちの仕事は人類を守るためのものじゃないのか!」
「仲間の犠牲を前提とした勝利なんてないのよ! 私は、私たちは大赦とは違う!」
短刀を取り出し、楠の銃剣と斬り結ぶ。刃を交え、火花を散らし、音を奏でていく。その一切が頭に入らず、止まることなく動き続ける。左右から山伏と弥勒が狙撃態勢でいるせいで、攻め切ることもできない。
「元から存在しない命だ! 切り捨てることに躊躇う必要はないだろ!」
「存在してる! 私たちの前にいる!」
「"偽物"だ! 切り捨てることで意味が出る!」
「巫山戯るんじゃないわよ!! 生まれも育ちも関係ない! 私たちと過ごした時間に偽りはない! あなたの存在と私たちに違いなんてない! たとえあなたが"偽物"だと言い続けるのだとしたら、私たちがその存在を肯定し続けるわよ!」
「相変わらず真っ直ぐだな」
「諦めてなんてあげない。私はみんなの隊長だから」
「隊長いい話の途中でごめん! バーテックスが来た!!」
「なんですって!」
バーテックスは呼んでないんだけどな。自力で嗅ぎつけてきたのか。あるいは、星屑たちの情報が共有されたか。
種明かしはどうでもいいな。スコーピオンは殺意に満ち溢れてる。攻撃手段は見た目通り尻尾だけ。その針には毒があるらしいが、あのサイズなら関係なく即死だよな。
陣形を組んでいる防人たちの頭上に振り下ろされていく尻尾。それを横から飛び蹴りしてずらし、防人たちへの攻撃を防ぐ。
「赤嶺……」
横薙ぎで攻撃してこなかったのは、
国土を助けるためには儀式を止めさせるしかない。その手段は通用しないのだと大赦に宣言した。手詰まりなのだと。そして俺は人類の敵になった。
天の神の攻撃対象はずっと人類だ。東郷美森が壁を破壊したせいで加速した。その矛先を一時的にでも変えさせる。全ては内側にいた中立神のせいだと思わせるために。防人との戦闘も、本当に手を切ると思わせるため。
天の神から得た信用も捨てる。神などクソ食らえだ。
「さっさと離脱しろ! 死ぬぞ!」
「赤嶺さんを置いていくわけには!」
「任務を優先しろ。ここに残れば残るほど仲間を死なせるぞ」
スコーピオンの後方を指差す。まだ遠いが、他のバーテックスたちが接近してくるのが見える。1体だけでも防人たちにとって決死の逃亡劇。複数体ともなれば絶望的だ。先代勇者の銀ですら命を落としたんだから。
さぁ早く指示を出せ楠。お前の役割は、皆を死なせたいことなんだろ。
「……っ、総員最速で離脱しなさい!」
楠の指示に従い、防人たちが離脱していく。洗練された部隊はそうやって動いてくれるから楽だ。
「ああそうだ。お前らが回収する予定だった種だ。持ってけ」
「ありがとう。赤嶺と一緒に持って帰るわ」
こういう一部の人間を除けばな。
「芽吹さんならそうすると思ってましたわ」
「オレたちの隊長だしな」
「メブも赤嶺も逃げようよ死んじゃうよ!」
「そうね。殿をしながら、タイミングを見計らって赤嶺を連れて離脱しましょ」
ほんと変わったよな楠。いや、変わってはいないか。刺々しさが消えただけで、こいつの根はずっと変わってなんかいねぇ。
「なぁ楠」
「話は後でいくらでも聞くわ」
スコーピオンの攻撃は相変わらず俺に集中してる。それを躱し、逸らしながら話しかけるも一蹴された。楠たちは楠たちで、スコーピオンの気を引いてリスクを分散させようと必死だ。
気持ちはありがたいが、それも必要ない。後なんてないから。
「国土にごめんって伝えといてくれ」
『赤嶺先輩。あの……いえ。やっぱりなんでもないです。おやすみなさい』
『国土──』
「そんなの自分で! ……なにこれ」
「……風?」
お前らみたいな奴らは、強制しないと離脱してくれないからな。
「終局は間近だ。足掻いて切り拓いてみせろ」
「待ちなさい赤嶺! 待って──」
「じゃあな。楽しかったよ」
中立神の力を借り、人が抗えない程の突風を発生させる。その風に楠たちを乗せ、壁まで届くように吹き飛ばす。
これでようやく整った。
この中立神は神話の中ですら早々に姿をくらませた謎の多い神。天の神とは相性が悪いらしく、目の上のたんこぶみたいに思われてたらしい。だから、それを消せるチャンスを天の神が逃すわけがない。殺せるまで手を緩めない。
だから、その間だけ人類から目を逸らせる。それが長引かせるほど、何かしら変わってくれる信じて。
「そうだろ? 友奈。人の力は、こんなものじゃないよな」
神なんてクソ食らえだ。
勝手に人を作って、理想から離れたら滅ぼしに来る。人類はお前たちの玩具じゃない。だからさ中立神。責任を取ろうともしないお前も道連れだ。
どうやったら殺せるか考えた。これしかないと分かった。
なら迷わない。決めたら完遂させるまで止まってやらない。
ただ1つ。悔いることがあるとすれば。
──亜耶の気持ちに気づかないふりをしたことか