SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

10 / 34
Memory05 孤独な使命

 辺境の街。冒険者ギルド。

 朝一番の貼り出しが間近ということもあり、様々な冒険者たちが集まるその場所は、祭りさながらの喧騒に包まれていた。

 そんな冒険者ギルドの端。酒場兼待合所であるその場所には、一人の冒険者がいた。

 黒い衣装に身を包み、仕事先でもないのに目深に被ったフードの影には、どろりと淀んだ一対の蒼い輝きが揺れていた。

 周囲のギルド職員はおろか、冒険者たちですらもたじろぐ程の圧を放つ彼──斥候に、近づいていく勇気のある者は誰一人としていない。

 かつて(・・・)一党を組んでいた四人は、気にしてはいるものの話しかけ辛いと言った様子で顔を見合わせていた。

 あの村での一件以来、彼は人が変わってしまった。

 

『……しばらく、一人にしてくれ』

 

 依頼を終え、何かを考え込んでいた彼は街に戻るなりそう告げると、翌日から本当に単独(ソロ)で活動するようになってしまったのだ。

 下らない話で笑ったり、時には冗談なのに真剣に受け取ったりと、多少ずれてはいたものの、人付き合いをしっかりとしていたのが嘘のように、今の彼には近寄り難い雰囲気が醸し出されている。

 正確には雰囲気どころか、明確に近づくなという無言の迫力が滲み出ているため、隙を見て一党から引き抜こうとしていた先輩冒険者たちでさえ尻込みしてしまっているのだ。

 そんなものお構い無し──実際に関係ないのだが──に騒ぐ冒険者たちもいるにはいるが、そこと比べて彼の周辺は静かなものだ。

 酒場の端の一人用の卓を陣取る彼は、朝食を摂るわけでも、酒を飲むわけでもなく、淡々と道具類を確認し、依頼が貼り出されるタイミングを待っている。

 それは彼の反対側の端を陣取っているゴブリンスレイヤーにも言えることなのだが、向こうは外見以外に無駄な迫力がないため、周りを緊張させないからか、いつも通りの喧騒に包まれていた。

 斥候の周りの冒険者たちはそちら側に寄るなり、ついには慣れて談笑を始めるなりをする頃には、斥候の作業も一段落。

 簡単に解体して整備していたピストルを元の形に戻すと、製作していたダート、グレネード類を脇に置いていた雑嚢に押し込み、水薬(ポーション)を入れるスペースを確保しておく。

 依頼を受けると同時に補充し、そのまま出発するつもりなのだろう。昨日もそうだったのだから、今日もきっとそうだ。

 そうしている内にギルド職員が依頼を貼り始め、冒険者たちが待ってましたと声に出しながら依頼掲示板(クエストボード)に殺到していく。

 そんな彼らを眺めた斥候はゆっくりと立ち上がり、ピストルをホルスターに押し込み、雑嚢を腰帯に取り付けると、人混みに紛れて掲示板へと足を向けた。

 そのまま上手く人混みの合間を縫って掲示板にたどり着いた彼は、ざっと見て一枚の依頼書を剥がした。

 依頼の内容を端的に纏めれば、街道を封鎖し、通行人から不当に金をせしめ、荷物を奪う盗賊たちを何とかして欲しいと言ったもの。

 いくつかの開拓村やこの街とを繋ぐ場所を押さえられてしまい、商人たちも商売が出来ずに困っているらしい。

 依頼人もそんな商人の一人なのだろう。依頼書の端には複雑な紋様の判が押されている。

 斥候は歩きながらそれを確認すると、そのままの足取りで受付へと向かい、受付嬢の前に立った。

 

「手続きと、水薬(ポーション)を一本頼む」

 

 ゴブリンスレイヤーと組んでいた時から世話になっているからなのか、基本的に彼女を頼ることが多い。

 毎回生きて帰ってきてくれるとと思えば喜ぶべきだが、一人で依頼に向かう彼を心配なのは事実。

 そして等級不相応に強く、一人でもどうにかしてしまうほどに強いことも事実だ。

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 彼の言葉に頷き、依頼書に目を落とした受付嬢は、書類にいくつかサインをすると、棚から水薬を取り出して彼に差し出した。

 同時に斥候が出した金貨を受け取り、お釣りの銀貨数枚を返す。

 

「あの……」

 

 同時に、お節介だとは思いながらも斥候に声をかけた。

 淀んだ蒼い瞳がじっと彼女を見つめながら「なんだ」と問うと、受付嬢はごくりと唾を飲んで喉を湿らせてから問いかけた。

 

「今日も、お一人ですか?」

 

 ちらりと彼が所属していた一党に目を向けながら問うと、当の斥候は「ああ」の一言で返すのみ。

 一切仲間たちに一瞥もくれない辺り、本当に気にしていないのだろう。

 

「何か問題があるのか」

 

 そうして続けて放たれた言葉には、僅かばかりの怒気が込められていた。

 一刻も早く出発したいのだろう。蒼い瞳は鋭く細められ、水薬(ポーション)を握る手には無意識だろうか、力がこもっていく。

 見るからに不機嫌になった彼の様子に、受付嬢は三つ編みの髪を揺らしながら身震いするが、それを見た斥候はため息と同時に目を閉じ、身体から力を抜く共に目を開ける。

 

「すまない。どうにも機嫌が悪い」

 

 彼は小さく頭を下げながら謝罪すると、水薬(ポーション)を雑嚢に押し込んだ。

 そして話は終わりだと言わんばかりに踵を返し、ギルドの喧騒の中へと消えていった。

 途中まで見えていた彼の背中も、人混みに紛れると同時に見えなくなり、自由扉を潜る姿すら見ることが出来ない。

 武運を祈る言葉も言えず、無事を祈る言葉も言えず、斥候は言ってしまった。

 受付嬢は仕方ないとため息を吐くと、すぐににこやかな笑顔(営業スマイル)を貼り付けて次々と現れる冒険者たちを捌いていく。

 そこにかつて彼が所属していた一党も来たのはしばらく経ってから、彼らが依頼に出たのを見送ったのは、更に時間が経ってからだった。

 

 

 

 

 

 憎たらしいまでに照ってくる陽の日差しをフードで遮りながら、斥候は黙々と足を動かしていた。

 一歩を踏み出し、すぐに次の一歩を踏み出せば、やがて目的地には着くのだ。時には止まることも大切ではあるが、今はその時ではないと自分に言い聞かせる。

 一刻も早く現場にたどり着き、無辜の人々への被害を最小限にして奴等を屠る。その為だけに足を動かす。

 馬車を使うという選択肢もあるが、使うには金がいるし、何より奪われたらことだ。

 その時は自分は死んでいるだろうから責任は取れないし、相手に余計な機動力を与える愚を犯したくない。

 歩きながら水袋をあおって水分を補充し、干肉を噛んで空腹を紛らわし、ふと空を見上げた。

 白い雲が流れていく青い空は、生まれ故郷と何も変わらない。むしろ遮るものがなく、回りに人もいない為、気にせず見上げられて、何割か増しで綺麗に見える程だ。

 流れていく雲を蒼い瞳で見送った彼は、すぐに顔を下ろして歩くことに集中する。

 今は感動している場合ではない。状況は一刻も争うのだ。急がねばならない。

 斥候は深々とため息を吐いてフードを被り直すと、辺りを警戒しながらも歩調を速めた。

 体力も有限ではあるが、時間もまた有限。

 休む時間は最低限に、進む距離は最大限に。疲れすぎず、かといって遅すぎず、そのギリギリの速度を保ちながら一歩を踏み出す。

 たった独りで、どこまでも続いているようにさえ思う道を、進み続けた。

 

 

 

 

 

「……斥候さん、大丈夫ですかね」

 

 彼とは別の場所を進む銀髪の武闘家は、空を見上げながらぼそりと呟いた。

 いつもは前を歩いている影が一つ少なく、言葉にはしづらいが何となく寂しさがある。

 彼女の声に反応したのは、隣を歩いていた獣人魔術師だ。

 彼は長い顎を擦ると、喉の奥で小さく唸った。

 

「彼の腕があれば、余程のことがなければ帰ってはくるでしょう。事実昨日はそうでした」

 

 彼は不安を解消させるようにそう言うが、「しかし」と言葉を続けてため息を漏らした。

 

「あの目は、既に──」

 

「既に……?」

 

 途中で言葉を区切った事を疑問に思ってか、武闘家が首を傾げながら問うと、獣人魔術師は「いえ、忘れてください」と返して言葉を濁した。

 斥候の目は既に何かを決め、命を懸けてやり遂げると誓いを立てた者のそれだ。

 言い方を悪くすれば、たがが外れた、あるいは壊れた人の瞳とも言える。

 長年教師として人と向き合ってきたのだ、目を見れば何を考えているかはわかる。それが若者であれば尚更に。

 何より、そんな目をした者には会ったことがある。

 その最期はあまり語るものでもないが、良い終わり方ではなかったとは断言できる。

 

「……彼なら、大丈夫でしょう」

 

 獣人魔術師は一人そう呟くと、深々とため息を吐いた。

 武闘家は「そう、ですよね……」と不安そうな面持ちで頷くと、頬を叩いて気合いをいれた。

 彼の心配をするのもそうだが、とりあえず目の前の依頼をこなさなければ会うことさえも出来ないのだ。

 

 

 

 

 

 黙々と歩き続けて数時間。天高くあった陽は既に傾き、青かった空は橙色へと変わり、山の方は青紫になり始めている。

 

「……流石に危険か」

 

 斥候は顎に手をやりながらフードの下で目を細めると、小さくため息を漏らした。

 半日かけて歩いたのだが、やはりたどり着くには遠かったようだ。歩調が遅かっただろうかと僅かに反省。

 だが夜通し歩くのは危険だし、自分がの垂れ死んだら誰が依頼を完遂するのだと思考を切り替えた。

 それと同時に辺りを見回し、宿か廃屋か何かがないかを探す。

 街に向かう道ならともかく、各地の村に続いている申し訳程度に整備された獣道同然の街道に、宿なんて御大層なものはない。

 わかりきっていた結果に小さく肩を竦めると、適当にそこらの木をよじ登り始めた。

 ある程度の高さまで登ると適当に枝に腰掛け、幹に背中を預けて休息の体勢を取る。

 火を起こしてもいいが、別に夜が冷える訳でもなく、何より盗賊団の根城に近付いているのだ。炎というわかりやすい目印を用意してやる意味はあるまい。

 だがそうなると、野犬や狼に襲われる可能性が出てくるわけだが、犬は大概木登りが苦手らしい。

 前の世界で出会い、度々世話になったとある人物(先住民)から聞いた知識だが、彼らが自然界において間違えることはないだろう。

 地面に寝転ぶよりは安全だし、火を起こさない分見つかる可能性も低い。何より何かが来ても上から奇襲が出来るし、好き好んで上を警戒する奴もいない。

 それこそアサシンやテンプル騎士のように、上からの奇襲をするのもされるのも慣れていない限りは、いちいち夜の森で木の上を見る奴なんていないだろう。

 斥候は僅かに衣装の留め具を緩めて身体から力を抜くと、片目だけを閉じた。

 ゴブリンスレイヤーに倣う形にもなるが、片方ずつでも身体を休められるならそれでいいのだ。朝を迎えた時に体力が回復していれば、それでいい。

 

 

 

 

 

 ぱちぱちと手拍子にも似た音を漏らしながら、不規則に揺れる焚き火が夜の闇を照らす。

 それに照らされた冒険者たちの影は焚き火の動きに合わせて揺らめき、橙色の明かりに照らされ、火の番をしている男戦士の顔が浮かび上がる。

 彼の表情は不安そのもので、気を紛らわせるように薪をつついて掻き回す。

 

「あいつ、どうしちまったんだ……」

 

 もちろん不安の原因は斥候の突然の離脱で、一党を組んでいた以上気になるというもの。

 自分とて仲間を失った後はしばらく塞ぎ込んで一人でいたが、今の斥候は見るからに違う。

 生きる気力を失った訳でもない、むしろ力をみなぎらせているくらいだが、素人目でも何やら危ない雰囲気を放っているのはわかる。

 

「つっても、どうすりゃいいんだよ……」

 

 相談に乗ってやろうにも口を利いてくれず、そもそも近付くことすら困難で、向こうがこちらに合わせる気もない為、明日会えるかもわからない。

 がしがしと乱暴に頭を掻くと、だぁとだらしなくため息を吐いて地面に寝転ぶと、満天の星空を見上げて目を細めた。

 

「……俺って、なんでいつもこうなるんだ」

 

 冒険者になってから、あまり良いことがないなと自嘲するが、まあなったのだから後には退けないと気合いを入れて身体を起こす。

 

「あいつ、どうするつもりなんだよ」

 

 だが不安が消えた訳ではなく、男戦士は再び深々とため息を吐いた。

 そしてぱちっと焚き火が弾ける音を合図に、見張りの交代の時間かと、森人司祭を起こしに向かう。

 ともかく目の前の依頼だ。斥候に関してはそれを終わらせてから考えようと、心に決める。

 

「でも、心配なんだよな」

 

「ええい、喧しいぞ。もう起きた」

 

 身体を揺らして起こされた挙げ句、目の前で盛大なため息を吐かれた森人司祭は、心底鬱陶しそうに眉を寄せながら身体を起こし、森人が生まれもった優雅さで立ち上がった。

 

「何を心配しているかはわかるが、あいつはあいつで考えがあるのだろう。今は一人にしてやるのも手だと思うが」

 

「そうかもしれないが……」

 

「まあ、私は森人。あいつは只人。考え方も、考える時間も違う。袋小路に嵌まっていれば、助けてやればいいさ」

 

「むぅ……」

 

 森人司祭が微笑みながら、さながら詩を詠むように放った言葉に、男戦士は困り顔で唸った。

 只人の中でも悩み事への対処の仕方は違うのだ。そこにずかずかと土足で踏み込んで、余計な刺激を与えない方がいいのかとも思う。

 だが、それを聞いて「はい、そうですか」と引き下がれる程、斥候に何も思っていないわけでもない。

 

「ん~……」

 

「とりあえず寝たらどうだ。見張りはわかせてくれ」

 

 腕を組んで余計な思考に陥る男戦士に向けて、森人司祭はため息混じりにそう告げて焚き火の方へと向かった。

 森人と火はあまり接点はないにせよ、仲間の為なら扱ってみせようとは彼の弁だ。

 不慣れそうにしながらも、時折薪を掻いたり、追加したりして火を絶やさないように心掛ける。

 だがしかし、

 

「むぅ。存外に難しいな……」

 

 何事にも慣れというものが必要なのだろう。

 火の番をすることも、人と話すことも、数をこなさなければ完璧に出来ようがない。

 森人司祭は小さくため息を漏らすと、その吐息に吹かれて焚き火が揺れる。

 

「存外に、難しいものだ」

 

 揺れる炎を見つめながら、森人司祭は独り言を呟いた。

 それは火の番に対しての愚痴か、あるいはここにはいない仲間への愚痴か、それを知るのは彼のみだ。

 

 

 

 

 

 翌晩、とある森の中。

 街道を見下ろせる丘の麓に広がる森には、いくつもの炎の輝きがあり、それを中心にして即席のテントや調理場など、人が生活するには事足りる設備が揃っていた。

 そこにいるのは動物の毛皮や、木材を適当に見繕ったものを着ている男たち。

 垢まみれの身体に無精髭を蓄え、見るからに不衛生ではあるのだが、飲んでいる酒や食料は上等なものだ。

 

「ほらほら、飲め食え歌──うのはなしだ!男どもの歌なんざ聞きたくねぇ!とにかく、腹を満たした明日に備えろ!!」

 

『おおっ!』

 

 そして一人だけ見るからに立派な杯を傾けていた頭目が、ぼりぼりとでっぷりと膨らんだ腹を掻きながら言うと、部下たちは一斉に応じて食事に集中し始める。

 彼らが街道を通る人々を襲い始めて、もうすぐ一週間が経とうとしていた。

 移動するなら頃合いだが、如何せん自分たちのことを知らずに通る商人だと、旅人だのが多いのだ。もう少し粘っても構わないだろう。

 

「へへっ。次は泉が近場にある場所を選ぶとするか。男臭くてしょうがねぇ」

 

 自分の腕を顔に寄せ、数度臭いを嗅いだ頭目はわざとらしくえづきながら言うと、部下たちも真似て似たような反応を示した。

 

「しっかし、旦那。柵までこさえたのに、もう移動するんですかい?」

 

 部下の一人が酒精に酔いながら問うと、頭目は首を巡らせて辺りを見渡した。

 商人から奪った材木でこさえた柵だが、材料が良かった為か中々にいい出来栄えだ。

 野営地を囲う木製の柵を越えるには、門を開けるか壊すしかない。そして、そのどちらかが起きれば仲間たちが跳ね起き、迎撃態勢に入れる。

 まさに難攻不落の砦──とまではいかなくとも、そう易々とは攻め落とせない拠点ではあるだろう。

 次に拠点を作るときは、今回を参考にしようと思いながらも、焼いた肉を頬張り、溢れ出す肉汁に舌鼓を打つ。

 

「まあ、後一つか二つだ。それを済ませたらいど──」

 

 そして部下たちに指示を出そうとした瞬間、頭目の姿が消えた。

 何か強烈な力で持ち上げられ、頭の上にあった太めの枝まで持ち上げられる。

 そして変わりに現れたのは、黒い衣装の男。

 彼は手にしていた綱の端を地面に突き立て、フード越しに木に吊るされた頭目に目を向けた。

 首にフックがかけられ、さながら絞首刑のように木に吊るされた頭目は、じたばたと暴れているが、その力もすがに弱まって動かなくなる。

 

「な、何事!?」

 

 部下の一人が慌てて立ち上がりながら武器を構えると、フードを被った男──斥候が振り返った。

 絶殺の意志がこもった蒼い瞳が盗賊たちを睨み付け、先ほど頭目を吊るした道具──ロープダートを最低限の予備動作から放つ。

 放たれたロープダートのフックは寸分の狂いなく盗賊の首根っこに絡み付き、締め上げて呼吸を妨害。

 声にならない呻き声をあげる盗賊を他所に、斥候は無慈悲に、一息に巻き取った。

 強烈な力で引かれた盗賊は足を地面に擦りながら斥候の方へと引かれていき、間合いへと入った瞬間に顔面への膝蹴りが叩き込まれる。

 引っ張られた勢いのまま、斥候の優れた身体能力から放たれた膝蹴りは、文字通り盗賊の顔面を砕き、夜の森に骨が砕ける乾いた音が響き渡る。

 鼻から、目から、耳からと、頭の穴という穴から血を噴き出して崩れ落ちた。

 残された仲間たち──もっとも二人しかいないが──が小さく悲鳴をあげるのを他所に、斥候は腰に下げた片手半剣(バスタードソード)と短剣を引き抜き、走り出す。

 

「こ、こんにゃろがぁぁあああああああっ!!!」

 

 迫り来る斥候に向けて、盗賊の一人が自棄になりながら山刀を振り下ろすが、斥候はそれに合わせて剣と短剣を交差させ、山刀を真正面から受け止める。

 ギン!と鋭い金属音が鳴り響かせながら火花が散り、フードに隠された斥候の表情を一瞬だけ照らす。

 その顔には何の表情もなく、人を殺すことに関しては何も感じてはいまい。

 盗賊が自分たちよりも冷酷な冒険者を目の前に、喉を奥から絞り出すような悲鳴を漏らすとほんの一瞬腕から力が抜けた。

 その隙を見逃さず、斥候は腕力にものを言わせた両腕を振り抜いて山刀を弾きあげ(パリィ)、その勢いのままに右手を左へ、左手を右へと振り抜き、二つの刃が盗賊の首を苅る。

 数打ちの剣とはいえ、工房長が真摯に鍛えた刃の切れ味は業物と言って相違ない。

 鎧も盾もない人の身体を断つ程度、造作もないのだ。

 二つの鋭い銀光が首を通りすぎると、一拍開けてから首が飛び、噴き出した血が雨のように降り注ぐ。

 斥候はそれを一身に浴びながら、背を向けて逃げようとしている残る一人を睨み付けた。

 それを認めた瞬間、斥候は短剣を逆手に持ち替え、左足を半歩下げながら振りかぶり、全力をもってそれを投じた。

 

「ぎぃ!?」

 

 矢の如く放たれた短剣は盗賊の背に突き刺さり、背に熱と鋭い痛みを感じた盗賊は汚い悲鳴混じりにつんのめり、そのまま無様に転倒した。

 それでも這いずって逃げようとするが、すぐに追い付いた斥候は盗賊の髪の毛を掴み、無理やり頭を上げさせる。

 そのまま剣の刃を喉仏に押し当て、僅かに切れたのか血が滲む。

 

「い、嫌だ、死にたく──」

 

 命乞いをしようと口を動かした矢先に、剣が一気に引かれた。

 瞬間、僅かな傷口から滲み出ていた血液が出口を見つめ、大量の血が地面にぶちまけられる。

 剣越しに感じる皮膚を裂き、肉を断つ感覚に──人を殺めた感覚に何も感じず、斥候は深々とため息を吐いた。

 足元でビクビクと痙攣している盗賊の頭に剣を突き立ててトドメを差し、ついでに顔面を蹴り砕いた男にも念のために一刺し。

 それで終わりだった。たった五人の小規模な盗賊団とはいえ、無辜の人々にとっての脅威であることに変わりはない。

 それを大惨事が起こる前に抹殺できたのだ。むしろ胸を張るべきだろうと、自分を奮い立たせるように、褒めるように言い聞かせる。

 

「──夜の闇に包まれ眠れ。汝らの魂に、正当なる罰が与えられんことを」

 

 そして祈りの言葉を口にした斥候は、野営地の各所に威力を抑えた炸裂弾(グレネード)を仕掛けると、手頃なテントを足場にして侵入した時と同じように木によじ登り、そのまま枝伝いにその場を後にした。

 彼がその場を後にして数秒後、野営地を中心とした爆発が巻き起こり、柵を、テントを、彼らがいた痕跡を僅かに残して全てを吹き飛ばす。

 今後こそそれでおしまいだ。他の盗賊たちが住み着きそうな場所を破壊しておけば、次に同じ場所に現れても面倒は減る。

 その場を片付けることも大切だが、次に備えて多少の労力を割くことも忘れない。

 斥候にとってはそれが普通で、彼の日常だ。

 他の誰にも理解されずとも、これが、これだけが、彼が人を救える方法だった。

 

 

 

 

 

 数日後。辺境の街、早朝。

 日の出と共に商人たちが騒ぎだし、それを合図に住民たちが目を覚まし、冒険者たちも目を覚ます。

 それは斥候とて同じ事。安宿故に壁が薄く、隣の部屋の冒険者たちの声が丸聞こえで、それを合図にゆっくりと目を開いた。

 彼がいるのはベッドの上──ではなく、傷が目立つ年期のはいったタンスの影になる場所だ。

 彼はベッドでは眠らず、壁に背を預けながら片膝を立てて座り、片手半剣(バスタードソード)を肩に立て掛けながら眠る。

 彼なりに一番落ち着ける方法で寝ているのだが、やはりたまにはベッドを使うべきだろうかと思慮し、まあどうでも良いかとすぐに止めた。

 二時間でも眠れれば良いのだ。最低限の疲れを取る程度ならそれで問題はない。

 両手で頬を叩いて気合いを入れた斥候は剣を壁に立て掛けると立ち上がり、身体を捻って腰を鳴らした。

 前の依頼から戻ってきてから十分な休息がとれた。いい加減次の依頼に出なければならない。

 彼は小さくため息を漏らし、ベッドの下に隠していた長筒(エア・ライフル)とホルスターに納められた二挺の短筒(ピストル)、盾代わりの短剣を取りだすと、それぞれを簡単に点検し、長筒を背中のベルトに、短筒と短剣を腰帯に吊るした。

 最後に両手首のアサシンブレードの抜納刀に不具合がないかを確かめ、とりあえずは問題なしと小さく頷いた。

 多少の整備なら出来る長筒や短筒ならまだしも、アサシンブレードは壊れたら最後直しようがないのだ。

 父から継いだ、一際思い入れのある大事なもの。そう簡単に壊してなるものかと、無駄だとは思いつつも余計に気合いも入る。

 最後に壁に立て掛けた剣を回収して腰帯に吊るし、最後に若干曇っている鏡の前に立った。

 身嗜みを気にする性格でもなく、別にこだわりはないが──。

 

「……」

 

 彼は無言で鏡に映る自分を見つめれば、濁った蒼い瞳が見つめ返してくる。

 何も救えなかった自分(無能)の姿を睨みつければ、その無能(自分)からも睨み返される。

 それから逃げるように目を閉じ、怒りをぶつけるように壁を殴り付けた。

 壁の向こうから『うるせぇぞ!』と怒鳴りつけられるが、斥候の耳には届いていない。

 閉じた瞼に映るのはあの日の村の惨劇しかない。

 無念のままに死んでいった彼らの顔が、恐怖の中で殺された彼らの表情が消えず、彼らを殺した奴等の声が、炎の音が、耳から離れない。

 

「──」

 

 深く深呼吸をした斥候はゆっくりと目を開き、壁から拳を離した。

 

 ──今日は仕事(殺し)だ。今日も依頼(殺し)だ。今日も、抹殺(仕事)だ……。

 

 軋むように痛む拳をそのままに、無表情の斥候はそれを隠すようにフードを目深に被ると、足早に部屋を後にする。

 この安い部屋を拠点にして、およそ一週間。

 彼は熟睡することはなく淡々と毎日を生きていた。

 誰とも組まず、たった独りで、毎日を生きていた。

 

 

 

 




感想等ありましたら、よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。