SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory06 本当の始まり

 斥候が単独(ソロ)で活動するようになり早一ヶ月。

 彼は盗賊が出ればそれを追いかけ、出なければ装備の点検に務め、来るべき依頼に備えるという生活を続けていた。

 

「はぁ……」

 

 そんな彼と毎日のようにすれ違い、その度に半ば無視されている武闘家は、ギルド待合室の端の席でため息を吐いた。

 そのまま小さく唸りながら卓に突っ伏せば、豊かな胸が潰れて形を歪め、回りの同業者たち──特に男どもから──の視線が向けられる。

 視線という曖昧模糊なものを感じられる程、武闘家の力量(レベル)は高くないし、どんな名人でもそれを感じるのは中々に難しいだろう。

 それでも何だか気持ちが悪いものを感じた武闘家はため息混じりに身体を起こし、背凭れに身体を預けて天井を見上げた。

 昨日の依頼で案外お金が入った為、昨日の内から今日は休みにしようと決めていたのだが、意味もなくギルドに顔を出したのは自分だし、当の彼は昨日から依頼に出て、まだ帰ってきていないのは知っている。

 だからここにいるのは本当に無意味なことで、こうしているのは酒場の人たちから見れば冷やかしに他ならないだろう。

 だが武闘家は動く気になれなかった。もしかしたら彼が帰ってくるかもしれないし、そうしたら話しかけられるかもしれない。

 話しかけてしまえば、あとはどうにかして悩みを聞き出せばいいのだ。その『どうにかして』の肝心な部分が何も考えられていないのだが、まあそこは勢いのままよ。

 いつからかそうやって彼と話そうとしているのだが、それが行動に移せないのが問題なのだ。

 何より何を話せばいいのかもわからず、彼がどんな悩みを抱えているのかもわからない。

 あの村での出来事は確かに悲しいことで、多くの人が亡くなったのは事実だ。

 自分だってあれを気にしていない訳ではない。目を閉じれば鮮明に思い出せる、きっと一生かけても消えないものだ。

 それを言えば彼は話を聞いてくれるだろうか、また一緒に頑張りましょうと言えば、一党に戻ってくれるだろうか。

 

 ──何より、休んでくれるかな……。

 

 彼はほぼ休みなく依頼を受け、二、三日で帰ってはすぐに次の依頼に出ていってしまう。

 休む時は休んでいるのだろうが、それでも足りないほどに身体を酷使している筈だ。

 自分も武闘家の端くれ、身体を虐める時も休ませる時のメリハリの大切さは、父から耳に蛸が出来るほどに言われ続けたことだ。

 それを他人に強制するのはあまりよろしくはないだろうが、斥候ははっきり言えば働きすぎだ。あのゴブリンスレイヤーですら、時には休みを挟むというのに。

 

「でも、何て声をかければいいんだろ……」

 

 結局、問題はそこなのだ。

 今考えているのは彼が足を止めてくれて、そのまま話を聞いてくれる前提だ。

 まず話しかけなければいけないし、狙い目は仕事から帰って来た時。依頼を受ける前では話を聞いてはくれないだろう。

 だが、何と言って話しかければいい。

 

「ホント、どうしよう……」

 

 元々考えるのが苦手な彼女にとって、他人が何を思って行動しているのか、それを一時的に止めるにはどうすればいいのかなど、考えようがない。

 何より経験が足りない。彼のことを知らない。彼のことが、わからない。

 

「あー、もう……っ!」

 

 再び机に突っ伏しながら、視界の端に写った銀色の髪を弄ぶ。

 くるくると指に巻き付けるようにしてみたり、軽く引っ張ってみたり。

 母そっくりの髪色は大好きだし、母を真似て伸ばしてみてはいるものの、やはり長すぎても邪魔だ。この際切ってしまおうかと僅かに思慮。

 

『この髪型のほうが似合っている』

 

 同時に彼に言われたことを思い出し、すぐに思い留まった。

 折角彼との話題になりそうなものを、自分から手放すわけにはいかない。切り口は多い方がいいのは周知の事実だ。

 だが、髪の毛がその役割を果たすのかははだはだ疑問だ。

 

「……あー、もうどうしよう」

 

「どう、した……の?」

 

 そうしてまた机に突っ伏しながら悩んでいると、不意に女性の声が投げかけられた。

「ふぇ?」の気の抜けた声を漏らしながら顔をあげれば、いつの間にか対面の席に腰かけていた女性が微笑みを向けてくれる。

 

「えっと……?」

 

 武闘家が首を傾げるのも無理はない。目の前の女性とは初対面だ。その、筈だ。

 肢体の線が露な衣装を纏い、帽子を被った女性。

 それなりに大きいと思っている自分の胸よりも大きいもの、隠す気もないのか胸元が丸見えで、どこからか取り出した煙管(きせる)を吹かしている様は、同性ながらに大人の色気というものを感じて目眩がする。

 単純に煙管の臭いに慣れていないからかもしれないが、それを込みにしたって彼女の方がやはり大人なのだろう。

 そしてよく見てみれば、首から下げた認識票は黒曜の輝きを放っており、冒険者としても自分より上だという事実を教えてくれる。

 

「なにか、悩み、ごと……?」

 

 そんな風にじっと見ていると、目の前の女性──魔女は肉感的な肢体を揺らしながらそう問いかけた。

 

「え?あ、はい……」

 

 そして半ば無意識で頷いた武闘家を他所に、魔女は「そう」と僅かに睫毛を伏せながら頷き、煙管を吹かす。

 甘ったるい煙がふわりと広がり、慣れない臭いにけほけほと小さくむせる。

 

「あ、ら……ごめん、な、さい」

 

 武闘家のそのようすに困ったように笑いながら謝ると、武闘家は「だ、大丈夫です……」と強がって笑いながら応えた。

 

「やっと、笑って、くれた、わ、ね」

 

 魔女はそんな武闘家の笑んだ頬に触れながら薄く微笑み、「それ、で。どうした、の?」と改めて問いかけた。

 

「あの……っ!いえ、その……」

 

 問われた武闘家は思わず言ってしまいそうになるが、これは人に相談することなのだろうかと僅かに思慮。

 考えることは苦手ではあるが、他人に頼りきりというのも駄目だとは思う。答えを教えてくれるのは大変助かりはするが。

 そうして指を弄りながら俯いてしまった武闘家の頭を撫でた魔女は、「無理に、言わなくても、いい、わ」と首を横に振った。

「ごめんなさい」と囁くような声で謝ると「気に、しない、で」という言葉が返される。

 

「た、だ──」

 

「……?」

 

 魔女が手を離して何かを言いかけると、武闘家はゆっくりと顔をあげて、彼女の表情を見つめた。

 どこか憂いを帯びたように見える表情を浮かべながら、魔女は武闘家に告げた。

 

「誰、だって。一人で、悩む、の、大変、ね。あなたも、彼も、それは、同じ、よ」

 

「……っ!」

 

「それに。また、会える、か、わからない、わよ?」

 

「──」

 

 魔女の言葉は不思議と悩んでいた武闘家の心に入り込み、がんじがらめに絡まっていた糸を解いていく。

 

 ──そうだよ、何をここでうじうじと悩んでいるの。

 

 ──私たちは冒険者。今日会えたって、明日も会える保証はないのに。

 

 ──こうしている間にも、彼は一人で悩んで(戦って)いるのに。

 

 武闘家は深く、深く深呼吸をすると気合いを入れるように自分の頬を叩き、赤くなった保証はないそのままに魔女に向けて頭を下げた。

 

「ありがとうございます!えっと、頑張ってみます!」

 

「そ……」

 

 魔女は彼女の返答に満足そうに笑うと、「おう、どうした」の魔女の背後に一人の方へと男が現れた。

 すらりと背丈の高い、槍を担いだ美丈夫。首から吊るされた認識票を見る限り等級は黒曜。自分よりも長く冒険者をやっているのだろう。

 その美丈夫はちらりと武闘家に目を向けると、白磁の認識票を見つけて目を細め、「勧誘でもしてたのか?」と魔女に問いかけた。

 魔女は「い、え」と返しながらゆらゆらと首を振ると、「た、だ。相談、していた、だけ、よ」と付け加えた。

 

「そうかい。んじゃ、行くぞ」

 

「ええ。それじゃあ、ね」

 

 槍を担いだ美丈夫はそう言うと、魔女はゆっくりと頷いてしゃなりと肉感的な肢体を揺らして立ち上がった。

 そしてにこりと微笑むと、武闘家に向けて告げた。

 

「これから、冒険(デート)、なの。あなたも、頑張って、ね」

 

「はい!あ、あのっ!頑張ってください!」

 

 武闘家は二人の背中に応援の言葉を投げると、槍を担いだ美丈夫はぐっと握った拳を掲げ、魔女はひらひらと小さく手を振った。

 二人の背中が自由扉の向こうに消えていくまで見つめた武闘家は、改めて気合いを入れるように頬を叩いた。

 彼がいつ帰ってくるかはわからないが、その内帰ってくるのは間違いない。

 

『それに。また、会える、か、わからない、わよ?』

 

 ……間違いない、筈だ。

 脳裏によぎった魔女の言葉を振り切るように首を振り、武闘家は短くフッと息を吐いた。

 とにかく待とう。今は彼を信じて待つしかないのだ。

 

 

 

 

 

 だがしかし、待つと言っても彼がいつ帰ってくるかもわからず、かれこれ一時間くらいは経った頃だろうか。

 

「だぁ……。全然、帰ってこない……」

 

 ただ待つだけなのに酷く疲れた武闘家は気の抜けた声を漏らしながら卓に突っ伏し、深々とため息を吐いた。

 待つと決めていたとはいえ、そろそろ動かねば他の人にも迷惑がかかるだろう。

 また明日か、一旦離れてまた戻ってきて、受付嬢に聞いてみればいいかなんて適当なことを考える。

 そして思うが早いか、席を立った彼女はとたとたと軽やかな足音をたててギルドの自由扉を潜ろうとすると、ギルドに入ろうとした誰かにぶつかった。

 

「わわ!?」

 

 不意にぶつかった武闘家はその勢いのままに弾かれ、床に倒れそうになるが、ぶつかった誰かに腕を掴まれてそれは阻止された。

 武器を握り続けた為か、あるいは男性故か、硬く、力強い腕に支えられる武闘家はぱちぱちと瞬きを繰り返し、ちらりと相手の表情を伺う。

 

「……大丈夫か」

 

 同時に発せられた声は酷く掠れ、聞くからに疲労が溜まり、覇気に欠けているものだった。

 だが、その声には聞き覚えがあった。何より待ち望んでいたあの人の声だ。

 武闘家は銀色の瞳を見開き、自分の腕を掴む手を視線で追い、フードに隠された彼の表情をじっと見つめた。

 声色から察せたように酷く疲れているのか、蒼い瞳は力なく揺れており、頬や額には乾いた血が付着している。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 とりあえずそれを無視してお礼を言うと、言われた彼──武闘家の待ち人である斥候は首を横に振ってぼそりと呟く。

 

「……いや、俺も気を抜いていた。もういいか」

 

 そして彼女がしっかり体勢を整えた頃を見計らってそう言うと、返事を待たずに手を離して受付の方へと向かってしまう。

 

「あの……!」

 

 その背中に慌てて声をかけると、斥候は足を止め、ゆっくりと振り向いて「なんだ」と問いかける。

 彼が無視して行ってしまうという、最悪な結果だけは回避できた武闘家は内心でガッツポーズをしながら、どうにか舌を回して言葉を放つ。

 

「あ、えと、そのっ……。お話いいですか……?」

 

 変に緊張して声が上擦り、しどろもどろになりながらも取っ掛かりを作ろうとすると、斥候は小さく首を傾げながらも、「ああ」と肯定的な一言で返された。

 それを言い終えた彼は「報告を終えたらな」と告げて正面に向き直ると、いつもの受付嬢の下へと進んでいった。

 

「とりあえず、第一関門は、突破……?」

 

 そんな彼にも聞こえないように、酷く不安げな声で呟いた。

 如何せん彼のことは何もわからないのだ。これから歩み寄るにしても、どんな話題でいくべきか。

 彼女はまたそれで悩みながら、先程まで座っていた席を目指して歩き出した。

 一時間もしないうちに戻ってくるとは、自分も、あの席も思いはすまい。

 彼女はぽふんと軽い音をたてながら席につくと、じっと受付嬢に報告する斥候の姿を見つめる。

 そしてそれを済ませた彼はギルド内を見渡すと、すぐに武闘家を見つけた。

 彼女の銀色の瞳と、彼の蒼い瞳が見つめあい、武闘家は照れたように赤面しながら視線を逸らした。

 彼の顔は整っているし、彼は目が合うと何故か逸らしてくれないのだ。真正面から見つめられれば、余計に照れてしまう。

 そんな武闘家の反応にフードの中で首を傾げた斥候は、足音を立てることなく彼女の下を目指して歩き出し、対面の席に腰を下ろした。

 それすらも音が出ないのは、ひとえに彼の癖故だろう。

 故郷での戦いの相手は玄人(ベテラン)のアサシンたちだ。僅かな音ですらこちらを察知してくるのだから、音をたてないようにするのが癖になるのは当然のことだ。

 そうして席についた彼は小さく息を吐くと、雑嚢から取り出した手拭いで適当に顔を拭い、貼り付いた返り血を剥がしていく。

 パリパリと音をたて、拭うというよりは乱暴に削り落とすように顔を拭き終えた彼は、再びため息を漏らした。

 

「それで、話とはなんだ」

 

 同時に表情を引き締めながら投げ掛けられた声は、酷く無機質で形式めいた何かを感じられた。

 あくまで聞きたくて聞いているわけではなく、そう教えられたからそうしているのだと言わんばかりだ。

 それを理解してか、あるいは単純に話を聞いてくれたことが嬉しかったのか、武闘家も表情を引き締めながら問いかけた。

 

「あの、ちゃんと休んでますか……?」

 

「毎日寝てはいる」

 

 武闘家の問いかけに斥候は即答するが、彼女は畳み掛けるようにさらに問いを投げる。

 

「ちゃんと、眠れてますか?」

 

「……ああ」

 

 その問いに斥候が僅かに間を開けてから答えると、武闘家はフードに隠された彼の表情をじっと見つめ、「嘘、ですよね……」と自信なさげに呟いた。

 今の彼はただ強がっているようにしか見えず、最初の冒険を──あの盗賊たちとの戦いを終えた直後の彼と重なって見えるのだ。

 その言葉に斥候は肯定も否定もせず、僅かに俯いて長く息を吐いた。

 

「それで、何の用なんだ」

 

 そしてすぐに顔をあげ、蒼い双眸を細めながらそう告げた。

 僅かに語気を強め、早く話題を終わらせようとしているのが素人目でもわかる。

 武闘家は彼の反応に多少なりとも狼狽えるが、負けてなるものかと自分を奮い立たせる。

 幸先よくここまで来たのだ。このチャンスを逃がすわけにはいかない。

 

「休みましょう」

 

「……?」

 

 そうして単刀直入に告げられた言葉に、斥候は眉を寄せながら首を傾げた。

 何を言っているんだこいつはと、口には出してはいないものの、その表情がありありとその言葉を表している。

 

「──何が言いたい」

 

 だがそれでも抑えきれなかったのか、僅かに怒りが込められた一言が放たれた。

 

「ですから、明日はお休みにしましょう」

 

 それでも武闘家は怯むことなく、彼に言うべきことを真正面から告げた。

 その言葉に斥候は深々とため息を吐くと、「断る」の一言で断じた。

 それで話は終わりだと言わんばかりに席を立ち、踵を返して歩き出すが、武闘家は慌てて立ち上がって彼の手を取った。

 

「明日だけでもいいんです!ちゃんと休みましょう!」

 

「そんな暇はない。明日も仕事だ」

 

「な……っ。そんな状態でも行くつもりなんですか!?」

 

 必死になって出した武闘家の声は嫌にギルド内に響き渡り、それを合図に静まり返った。

 同時に回りの視線が二人に──多くは斥候に集中する。

 どこか気持ちが悪いものを見るような、なんか変なのものを見るかのような、あまり向けられていい視線ではない。

 それを集めた斥候は小さく舌打ちを漏らすと、彼女の手を振り払い、逆に掴み返しながら「来い」と告げて歩き出し、ギルドを出る。

 

「わわ!?ちょ、あの?!」

 

 腕を掴まれた武闘家は、引かれるがままギルドを後にした。

 二人がいなくなったギルド内にはすぐに喧騒が戻り、活気に満ちていく。

 どうせ自分たちとは関わりを持たない。気にするだけ疲れるだけだ。

 駆け出しの癖にならず者とはいえ、人ばかりを殺しているヤバい奴だ。関わらない方が身のためだ。

 

 

 

 

 

「あ、あの、斥候さん!?」

 

 そうして引っ張られること数分。

 ギルドを出てしばらく歩いた斥候が路地裏に入り込み、引かれるがままその後を追う武闘家が声をかけると、彼は足を止めた手を離した。

 無意識だろうかかなり力が入っていた為、手首には僅かに跡が残ってしまったが、まあ気にする程でもあるまい。

 

「お──は──したいんだ……」

 

「……はい?」

 

 そうやって手首に意識を向けていたせいか、彼が何かを言ったことを聞き逃すと、斥候はフードを脱ぎ払って彼女の方へと振り向いた。

 黒い髪の一部が血によって僅かに赤く染まっており、額には相変わらず乾いた血が張り付いている。

 

「お前は、何がしたいんだ……っ!」

 

 そして怒りで表情を歪めながら、彼は武闘家の肩に掴みかかり、勢いのままに壁に押さえつけた。

 力がこもっている為か手には血管が浮かび上がり、額にも青筋が浮かんでいる。

 かなり怒っているのが目に見えてわかるし、骨が軋むような痛みに武闘家は表情を歪めた。

 

「あ、あの……っ!」

 

「俺にはやらなければいけないことがある。やると決めたことがある。守らなければいけない人たちがいる」

 

「休んでいる暇はない。寝ている時間さえも惜しい。こうしている時間でさえも、無駄だと思えて仕方がない。こうしている間にも、奴等は彼らを狙っている」

 

「だから殺す。悲劇が起こる前に、惨劇が始まる前に、何もかも終わらせる(全員殺す)。そうすれば、全員助けられる。救えるんだよ」

 

 まるで呪詛のように、宣誓のように、彼は怒りの表情に対して淡々とした声音で言葉を放った。

 彼が戦う理由。彼が無理をする理由。彼がしようとしていることさえも理解できる、言葉の濁流が。

 

「教えてくれ。お前は、何がしたいんだ」

 

 蒼い瞳はどろりと濁り、怒りの表情さえも掻き消え無表情になると同時に、彼はそう問いかけた。

 それら全てを正面から受け止めた武闘家が怯えたように声を漏らすと、斥候はそっと彼女の肩から手を離し、「邪魔をしないでくれ」と告げた。

 それだけ言うと斥候は彼女に背を向けて、黒い髪を尾のように揺らしながら路地裏の更に奥を目指して歩き出す。

 通りの喧騒の届かない、陽の光さえも届かない、昼間なのに真っ暗な闇の中に一人入り込もうとして、

 

「待ってください!」

 

 その背中に、武闘家が飛び付いた。

 恥も外聞もないと開き直ってか、彼の腰に腕を巻き付け、豊かな胸を押し付けるように身体を抱き締める。

 

「俺の邪魔を──」

 

 腰に巻き付く彼女の腕を掴み、剥がそうとしながらそう口にすると、武闘家は更に力強く彼のことを抱き締めながら叫んだ。

 

「確かに、あなたなら助けられる人がいます!あなたにしか出来ないこともあります!」

 

「そうだ、その通りだ。他の奴等は魔物を殺し、遺跡を踏破し、時には(・・・)野盗を殺すともあるだろう。だが、それでは足りない」

 

「小鬼畜生どもと同じだ。奴等はどこにでも、吐いて捨てるほどにいる。『時には』では駄目だ。毎日欠かさず、奴等を殺しきる誰かが必要だ」

 

「だから俺はそれをやる。元より死ぬ筈だった命だ。他の誰かの為に、誰もやらないことを。無辜の人たちを守るために、俺の命を使う」

 

「俺が助けている村の人たちは、世界に生きる小さな一人にすぎないだろう。彼らを助けたところで、世界を救えない。だが、彼らには自由がある。冒険者になるか、そのまま村に残って子孫を育むのか、進む道を選べるだろう」

 

「だからこそ、俺は野盗を狩る。狩り尽くす。その道を理不尽に奪う者を、『誰かの未来を奪うという選択をした者』を、許すわけにはいかない」

 

 斥候は武闘家の細い腕を掴みながら淡々とそう告げた。

 母に救われたあの日、自分は死ぬ筈だった。

 船から投げ出されたあの日、自分は死ぬ筈だった。

 何よりアサシンとの戦いで、自分は死ぬ筈だった。

 それでも生き延び、様々な選択を経て今があるのだ。

 誰かに生かされた分を、誰かを生かすために使うのは間違いではない筈だ。

 自分が選んだ道を突き進み、誰かを助けることは間違いではない筈だ。

 斥候の覚悟は固く、何があっても揺らぐことはないだろう。

 

「でも、あなたが倒れてしまったら何にもなりません!」

 

 それでも彼女は叫んだ。

 彼に何があったのかはわからない。

 彼が何を考えているのかもわからない。

 それでも──、

 

「あなたが誰かを助けようとしているのはわかります!あなたが必死になっているのもわかります!それでも、身体を休めてください!このままだと、大事な時に壊れてしまいます!」

 

 武闘家は目に涙を浮かべながら叫び、離されまいと両腕に力を入れる。

 離したしまえばどこかに行ってしまうそうで、消えてしまいそうで恐ろしいのだ。

 それでも彼は止まろうとしない。何がなんでも彼女を剥がし、前に進もうとしている。

 

「ここまで言っても聞いてくれないのなら──」

 

 そこまで言った彼女は一瞬だけ彼を解放すると、素早く彼の前に回り込んだ。

 もはや訳もわからず流れた涙をそのままに彼の顔を見上げ、そして告げた。

 

「私も一緒に行きます!あなたに助けられた命なんですから、今度は私があなたを助けます!」

 

 じっと濁った彼の瞳を覗きこみながら、感情のままに言葉を吐き出した。

 斥候は僅かに目を剥いて驚きを露にすると、「何を言い出す」と告げて彼女の肩を押して退かそうとする。

 だが彼女は両足を踏ん張って動かず、彼の前に立ちはだかった。

 

「私だって、あの村のことを忘れたことはありません!あの人たちには生きていて欲しかった、あの子達にも、きっといい未来があった筈です!それを奪ったあの人たちは、あんな連中は許せません、憎くてしょうがないです!」

 

「でも、あなたには無理をしないで欲しいんですっ。あなたは私の命の恩人です。冒険者になって、初めて出来た仲間なんです。だから、もっと頼ってください」

 

「何度でも言います。あなたが頷くまで言い続けます。私も一緒に行きます。今度は、私があなたを助けます」

 

 そうやって感情を爆発させた武闘家の言葉を受けた斥候は言葉を失い、そしてゆっくりと目を閉じた。

 仲間、仲間かと胸の中で反芻し、先生たちも一人で何かをしようとすることはなかったなと僅かに昔のことを思い出す。

 

「さ、先に言いますけど、頷いてくれるまで、離しませんからね!」

 

 そんな彼に向けて、今思い付いたように言いながら更に身体を密着させる武闘家。

 斥候は深々とため息を吐くと、まるで独り言でも呟くような声音で彼女に告げた。

 

「無理に付き合う必要はない。こんな事をするのは、俺だけで十分だ」

 

 その一言に思わずムッとした武闘家はわざとらしく頬を膨らませ、身長の都合上、彼の顔を上目遣いになりながら睨み付けた。

 同時に目を剥いて驚きを露にし、溢れそうになった涙を堪えようと唇を噛み締める。

 きっと彼は笑っているつもりなのだろう。どうにかして自分を剥がそうとして、無理に笑っているのだろう。

 だが、それは見るに耐えない、文字通り壊れたような笑みだった。

 唇は歪に歪み、頬は引きつり、細まっている瞳は一切笑っていない。

 そんな顔をされて、はいわかりましたと言える者などいるわけがない。

 

「無理はしてません!むしろ、あなたに無理をして欲しくないから一緒に行くんです!」

 

 武闘家はごり押すようにそう言うと、斥候は今度こそ諦めたようにため息を漏らした。

 今の彼女の姿を、戦線に出すように無理を言った過去の自分と重ねて見たのだろう。こうなったら最後、頷かなければ止まってくれない。

 

「……わかった。わかったから、離してくれ」

 

「ホントですか?」

 

「本当だとも」

 

 念を押すように放たれた問いかけに斥候は確かに頷くと、武闘家は警戒するようにゆっくりと彼の身体から離れ、彼が動かないと見るやホッと胸を撫で下ろした。

 

「それじゃあ、明日はよろしくお願いします」

 

 同時に微笑みながら頭を下げると、「それはいいんだが」と何とも曖昧な言葉で返される。

 

「……?」

 

 予想に反した彼の反応に首を傾げると、斥候は額を押さえながら「あいつらにはどう説明する」と言葉を続けた。

 

「あ……」

 

 そこまで言われることで、ようやく彼の言わんとしていることを理解した武闘家は、ハッとしながら間の抜けた声を漏らした。

 彼と行動するということは、彼ら三人と一時的に別れることになってしまう。

 それを説明しなければ、彼らにも迷惑をかけてしまう。

 

「……」

 

 彼女の反応を受けた斥候は、腕を組みながら僅かに困惑するように目を細めた。

 明らかに引いている。その目には僅かな軽蔑の色さえもある。そして自分も人のことを言えないなと僅かに自嘲する。

 

「あ、いえ、大丈夫です!どうにかしますから!」

 

 そんな彼に向けて、武闘家は身振り手振りを交えながら必死になって言うと、斥候は本日何度目かのため息を吐いた。

 もうどうとでもなれと言わんばかりに、どうしてこうなったと言わんばかりに──。

 

 

 

 

 

 翌日。冒険者ギルド。

 

「それじゃあ、行ってきます!」

 

 正式に斥候の仲間となった武闘家は、銀色の髪を尾のように揺らして頭を下げると、受付嬢は笑みを浮かべながら「お気をつけて」と小さく頭を下げる。

「はい!」と元気よく返事をした武闘家は走りだし、出入り口の脇で待機していた斥候に合流すると、そのまま自由扉を潜って依頼へと出てしまう。

 その背を見送った受付嬢は、どこか安堵したように息を吐いた。

 斥候が何かしら思い詰めていたのも知っているし、彼女が切っ掛けで何かしら解決することを期待しているのだろう。

 

「……あいつと組むなんて、あの娘もとんだ物好きだな」

 

 そんな彼女の耳に、どこからか囁くような声が届いた。

 正した姿勢をそのままに、ちらりと声の主の方へと目を向ければ、何人かの冒険者──件の二人よりも等級は上だ──が、揺れている自由扉を見ながら顔を合わせている。

 

「毎日、毎日、飽きもせずならず者を殺しまくる奴の仲間って、物好き通り越してヤバい奴なんじゃあないのか?」

 

「この街にはゴブリンスレイヤー(何か変なの)がいるってのに、それがもう二人、ね」

 

 聞くからに二人のことを虚仮にしている、あるいは侮蔑しているような内容に思わず唇の端がひきつるが、冒険者たちはやれやれと首を振りながら、困ったようにため息を漏らした。

 

「なんならゴブリンスレイヤーみたく名前でも話し合ってみるかい?」

 

「知らないのか、それはもう決まっているぞ」

 

「え、ちょ、いつの間に……」

 

「知らないなら教えてやろう。娘の方は知らないが、あの男の渾名は──」

 

 

 

 

 

ならず者殺し(ローグハンター)、ですか……」

 

 黙々と街道を進む斥候の背を追っていた武闘家は、不意にギルド内で聞こえてしまった言葉を口にした。

 おそらく目の前の彼のことを呼ぶ渾名のようなもの、だと思うが、少々物騒に過ぎないだろうかと思う。

 当の彼は気にした様子もなく、もしかしたら聞いていなかった可能性もあるが、

 

「それのことか」

 

 しっかりと把握はしていたようで、彼は足を止めずに顔の前に手を挙げて力の限り握り締め、濁った蒼い瞳に冷たいものを宿しながら告げた。

 

「上等な呼び名だ。俺もそうなることを望んでいる」

 

 その声に込められた覚悟のほどを、この頃の武闘家には計ることは出来なかった。

 その渾名が生涯彼に付きまとうものになるなぞ、それが自分のことも意味するようになることなぞ、この頃の武闘家には考えることも出来なかった──。

 

 

 




いきなりですが、Episode2はこれにて終了。
次回からEpisode3、むしろメインである二人の馴れ初めに入っていく予定です。

感想等ありましたら、よろしくお願いします。
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