SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory02 新居へ

 ローグハンターと武闘家が一党を組み始め、もうすぐ一ヶ月が経とうとしていた。

 多少の休息を挟みつつも、連日ならず者退治(ローグハント)を敢行する二人は、曲者揃いの冒険者ギルドでも浮いた存在になり始めていた。

 そして、その片割れたる武闘家は──。

 

「うぇぇぇ……」

 

 顔を真っ青にしながら、もはや定位置となった卓に突っ伏していた。

 卓の上には料理ではなく、何やら複雑怪奇な記号が大量に書かた砂盆が置かれ、それと向き合っていたであろうことは確実。

 彼女の対面。砂が敷かれた盆に描かれたその記号──今しがた教えた文字を見つめていたローグハントは、ふむと小さく唸る。

 

「……解読不能の象形文字」

 

「で、ですよね……」

 

 そして言い難そうに、けれど素直に告げられた評価に、武闘家は引きつった笑みを浮かべると、どっとため息を吐いた。

 珍しくならず者退治の依頼がなかった為、休日がてら彼に文字を教えてくれと頼んだのは自分だし、それを了承されて跳ねるほど喜んだのは自分だ。

 そして軽く朝食を済ませ、昼前までの時間を全て使って教えて貰ったわけだが……。

 

 ──この、のたうち回る長虫みたいなものが、文字……?

 

 自分で書いておいてなんだが、お世辞にも何を書いているかもわからないこれが、文字なのだろうかと疑問に思ってしまう。

 彼が描くそれに比べれば稚拙に過ぎて、何だか見られるのが恥ずかしく思える程。

 そもそもこれが何を意味する言葉なのかがわからない。

 目の前の彼にはわかっているようだが、自分にはさっぱりなのだ。

 

「あう~」

 

 ぐるぐると目を回しながら呻く武闘家を他所に、ローグハンターは砂盆に指を這わせて文字を書く。

 思えば最近は読んでばかりだ。たまには書く方も練習しなければ下手にもなろう。

 黙々と砂盆に指を走らせる彼の姿を見つめながら、武闘家は銀色の瞳を瞬かせた。

 いきなり何かを書き始めたかと思えば、それはえらく達筆で、何年もかけて練習したように見えて仕方がない。

 

「貴族さんとかじゃあ、ないんですよね……?」

 

 そして、幼い頃から文字と親しむのは貴族たちくらいのもの。

 村でも村長などの上役の人たちが読めたが、子供の頃から教えられて、かつ覚えている人なんて極少数だ。ほとんどは忘れてしまうし、そもそも覚えようとしない。

 少なくとも自分はそうだった。

 それなのに、目の前の彼は──意味はわからずとも──読みやすく、見ていても綺麗だと思わせる文字を書いているのだ。

 彼女の一言を受けたローグハンターは一瞬手を止めると、文字の出来栄えを見ながら「貴族じゃない」と返した。

 

「適当に旅をしていた、ただの無頼漢だ。今は冒険者だが」

 

 彼は淡々とそう告げると、最後の一文字を書き終えてホッと息を吐いた。

 そして改めて出来栄えを確認し、「下手くそだな」と不満げに目を細めながら、手厳しい評価をつけた。

 その姿勢に武闘家は苦笑を浮かべると、これを機に多少踏み込んでやろうと口を開く。

 

「あなたの故郷って、どんな場所なんですか」

 

「この街と大差ない。まあ、只人しかいなかったが……」

 

「じゃあ、森人だったりを見たのはこの街に来てからなんです?」

 

「そうだな」

 

 彼女の質問に相変わらず淡々とした口調で返すと、ローグハンターは砂盆を撫でて書いた文字を消し、手本の文字を書き直して彼女の方に差し出した。

 

「さあ、続きだ。まだ昼までは時間があるからな」

 

「あぅ……」

 

 そして無慈悲に放たれた言葉に、武闘家はがくりと首を倒した。

 文字の読み書きが出来るのは良いことだし、出来れば今後も頼りになるだろう。

 だが、その使いこなすまでが大変なのだ。むしろ途中で心折れる可能性の方が高い。

 

「お前がやりたいと言い出したんだ。逃げるなよ」

 

「……はい」

 

 それを見越してだろうか、無慈悲に放たれた言葉に武闘家は渋々頷き、小さくため息を漏らした。

 だが次の瞬間には砂盆に向かう辺り、多少なりとも覚悟は出来ているのだろう。

 その点は評価しながら、真剣な面持ちで砂盆に向き合う彼女の顔を見つめながら、ちらりと窓の外に目を向けた。

 道は行き交う人々の活気に満ちていて、食堂や外から僅かに香る臭いはおそらく昼食の準備ているからだ。

 そんな臭いにつられてか、武闘家の腹の虫がぐぅと鳴って存在を主張し、それを聞いたローグハンターが振り向けば、彼女は顔を真っ赤にしながら目を背けた。

 珍しく流れていく緩やかな時間に、ローグハンターは座席の背もたれに寄りかかりながら深々と息を吐いた。

 

「……まあ、たまにはいいか」

 

 誰に言うわけでもなく、そんな事を呟きながら。

 

 

 

 

 

「──」

 

 それから更に一時間と少し。

 ひたすらに砂盆と向き合い、文字の練習をしていた武闘家は椅子に座ったまま、魂が抜けたように白くなっていた。

 時折ピクピクと指先が震えたり、「長虫、のたくった長虫が……」と取り憑かれたように呟いているから、生きてはいるようだ。

 そんな彼女を他所に、彼女が書いた文字を見つめていたローグハンターはふむとどこか嬉しそうに唸った。

 

「及第点は越えたな」

 

「ぁりがとう、ござぃますぅ……」

 

 率直に告げられた誉め言葉にも反応するのも面倒なのか、気の抜けた声を漏らした武闘家は、じっと砂盆を見つめて深々とため息を吐いた。

 

「つ、疲れましたぁ……」

 

 そうぼやきながら卓に突っ伏すと、豊かな胸が潰れて柔らかく形を歪め、彼女の身体をクッション代わりに受け止める。

 邪魔臭いと思っていた胸も、こうなってしまえばあっても良かったなどとは、

 

 ──思わないかな……。

 

 普段は重いし肩も凝るのだ。こんな一時だけ楽になるのと、常時苦しめられるとでは、後者の方が重要視されるのは当然のこと。

 ローグハンターは彼女が書いた文字を消すと、何やら文字を書き直し、「おい」と声をかけて砂盆を差し出す。

 

「ふぇ……?」

 

 そんな彼の行動に気の抜けた声を漏らすと、ローグハンターは不思議そうに首を傾げながら問いかけた。

 

「書けても読めなければ駄目だろう。これは何と書いてある」

 

「──っ!」

 

 まだまだやる気のローグハンターが浮かべる真剣な面持ちに、武闘家は顔を青ざめると声もなく悲鳴をあげ、頭から煙を噴きながら卓に突っ伏した。

 回りの冒険者たちは多少の同情はしつつも助け船を出すことはなく、すぐに仲間たちとの会話に意識を切り替える。

 自分たちには関係人ないことなのだ、当然だろう。

 

「あまり根を詰めても、逆効果ですよ?」

 

 だが、助け船を出す人物がいた。

 その人物は武闘家の背後から砂盆に見下ろすと、書かれている言葉を答えていく。

 もっともそれは『あいうえお』程度のことで、深い意味なんてものはない文字の羅列だ。

 そしてにこりと微笑むと、フードの下で優しげに揺れる目を細めた。

 

「お久しぶりです、お二人とも」

 

「なんだ、お前か」

 

 同時にその顔を見つめたローグハンターは、どこか意外そうに目を丸めながら呟いた。

 只人のそれと違い、毛に覆われた顔。そこから伸びる鼻は長く、笑っている為か覗く犬歯は鋭く光る。

 二人の元一党である獣人魔術師が、ちょうどよく依頼から帰って来たのだろう。報告を男戦士に任せ、二人に声をかけてきたのだ。

 

「文字の練習ですか。良い心掛けです」

 

 そして元教師らしく、知恵熱を出して卓に突っ伏す武闘家の背を撫でてやりながら誉めてやると、「ふへへ」とだらしない笑みをこぼした。

 

「二時間に一度は休息を挟むことをおすすめします。只人に関わらず、集中していられる時間は限られていますから」

 

「むぅ……。そうか……」

 

 その指摘にローグハンターは顎に手をやりながら唸ると、得心したように頷いた。

 如何せん、自分は学ぶべきことが多すぎた為、寝る間も惜しんで鍛練に励み、学を培ってきた。

 それに一日かけたことだってあったし、文字通り寝る間も惜しんで訓練していたのだ。

 それを目の前の少女にも期待するのは、少々筋違いというものだろう。

 

「少し遅いが昼食にしよう」

 

 ぱんと手を叩いてそう言うと、武闘家は「やった~」と椅子の背もたれに寄りかかりながら身体を伸ばし、気持ち良さそうに目を細めた。

 位置と体勢の都合上、ローグハンターの正面で豊かな胸が突き出される格好になるが、当の彼は一切の興味がないように酒場のメニュー表に手を伸ばすが、

 

「お二人がよろしければ、ご一緒しませんか」

 

 彼の手を制しながら、獣人魔術師がそう提案した。

 言われた二人が顔を見合わせると、彼は微笑み混じりに二人に告げた。

 

「最近話題の宿──その一階が酒場だそうで、一度行ってみようと話していたんです」

 

「話題の宿……?」

 

 獣人魔術師の言葉に武闘家が首を傾げ、確かめるようにローグハンターに視線を向けるが、彼もまたわからないようで肩を竦めた。

 

「ならばどうです。昼食だけでもご一緒に」

 

 獣人魔術師がここぞとばかりに改めて提案すると、武闘家は「私は良いですよ」と返し、ローグハンターに「あなたはどうします?」と問いかけた。

 ローグハンターは反射的に『俺はいい』と言いそうになったが、獣人魔術師と武闘家からの視線を感じ、小さくため息を吐いた。

 

「わかった。たまには羽を伸ばそう」

 

 そしてフードを被りながらそう言うと、武闘家は「やった」と小さくガッツポーズ、獣人魔術師は安堵したように頬を緩め、ローブの下で嬉しそうに尻尾を振り回した。

 

「では、二人を呼んできます」

 

 彼はそう言うと、報告を終えた男戦士、その後ろでこちらを見つめて落ち着きなくそわそわしていた森人司祭の方へと足を向けた。

 その背を見送ったローグハンターは一切の音をたてずに立ち上がると砂盆を持ち上げた。

 

「俺はこれを片付ける。あいつらと待っていてくれ」

 

「わかりました」

 

 言われた武闘家は頷くと、「よいしょ」と声を漏らしながら立ち上がった。

 その時にぎしりと椅子が軋む音が出たのは、まだまだ彼女の技量が足りない故だろう。

 その事に不満そうに唸った武闘家は、自分の身体を見つめてぱちぱちと瞬きを数度。

 

 ──もう少し、細い方が良いのかな……?

 

 それなりに肉付きのいい──もっとも筋肉だが──身体だが、筋肉だろうと贅肉だろうと付けすぎは良くないだろう。

 

 ──だからって、細くなりすぎるのも良くないんだよなぁ……。

 

 父からも耳に蛸ができる程に言われたことだが、只人には最も動きやすい重さというものがあるらしい。

 それを見つけ、保つようには言われているが、如何せん見つかっていないのだ。越えているのか、足りていないのかもわからない。

 自分の身体を見ながらうんうんと唸る彼女を置いて、ローグハンターはギルドの裏庭を目指して歩き出した。

 一人残された武闘家は彼の背を目で追うと、獣人魔術師に肩を叩かれた。

 

「では、彼が戻り次第向かいましょうか」

 

「ひゃい……っ!」

 

 それに驚いた武闘家は、思わず上擦った声を漏らしながら返事をすると、男戦士、森人司祭、獣人魔術師の三人は可笑しそうに苦笑を漏らした。

 

「な!?わ、笑わないでくださいよぉ!」

 

 そんな彼らにぷんぷんと可愛らしく怒りながら声を出すが、如何せん成人したての少女では恐ろしさよりも

 可愛さが上回ってしまう。

 そのせいで余計に三人は笑ってしまい、さらに武闘家の機嫌が悪くなるのだが、

 

「どうかしたのか……」

 

 そんな四人に向けて、どこか呆れたように見つめるローグハンターが戻ってくることで一旦の落ち着きを取り戻した。

 

「うむ、この五人が揃うのも久しぶりだ。いざ行かん!」

 

 そして何故か森人司祭が音頭を取り、一足先にギルドから出ていってしまう。

 

「……何かあったのか」

 

 見ない内に何かあったのか、あるいは行き先である件の宿屋が楽しみなのか、随分と受かれているように見える。

 

「まあ、あいつが一番楽しみにしているのは確かだろうな」

 

 ローグハンターの呟きに、男戦士がため息混じりに頭を掻きながら言うと、ローグハンターはむうと唸って顎に手をやった。

 

「行けばわかるか」

 

 そして考えたほんの一瞬。

 彼はほぼ即断でそう告げると、獣人魔術師に目を向けた。

 

「案内を頼めるか。どこだかわからないからな」

 

「ええ、任せてください。こちらです」

 

 

 

 

 

 ギルドから歩くこと数分。

 ローグハンターをはじめとした四人の冒険者は、例の宿屋の前に来ていた。

 鎖で吊るされた丸くなって眠る狐の看板が風に揺れ、優しげな文字で宿の名前が書かれている。

 

「……ね……ねむ……きつ……つ……?」

 

「『眠る狐亭』だ。まあ、何文字か読めたのはいいぞ」

 

 目を細めて看板を凝視し、どうにか読み解こうした武闘家に、ローグハンターは素早く助け船を出した。

 多少の無礼を承知で窓から中を覗いてみれば、中々に賑わっているようで、昼間から飲んだくれたちで一杯になっている。

 

「席はとれるのか?」

 

 一握の不安を口にして、ローグハンターはちらりと獣人魔術師に確かめるように目を向けた。

 彼の視線を受け止めた獣人魔術師は、「大丈夫ですよ」と笑いながら頷いた。

 

「あそこです。見てください」

 

 そう言いながら顎で店内を差すと、いち早くたどり着いていた森人司祭が座席を確保しており、仲間たちの到着を今か今かと待ちわびている。

 

「そのようだな。ここで立ち止まるのも迷惑だろう。さっさと入ろう」

 

 ローグハンターはそう言うや否や、眠る狐亭の自由扉を押し開き、店内へと入り込んだ。

 からんからんと扉の上に下げられた鈴が鳴るが、店内の喧騒に呑まれてしまい、それが響くことはない。

 だがカウンターの向こうにいる、黄色い頭巾を被った店主と思しき男性には聞こえていたのか、紫色の瞳がローグハンターに向けられた。

 それを無意識の内ににらみ返すと、店主は驚いたように僅かに目を剥くが、すぐに意識を外して客への応対に戻っていった。

 

「──」

 

 店主の動きを追ったローグハンターは背筋をくすぐる気持ち悪さと違和感に目を細め、小さく息を吐いた。

 酒場と店主にしては洗練された、それこそ影に生きる者(アサシン)が纏う独特な気配を感じたのだ。

 

「あの、どうかしました?」

 

 武闘家はそんな神妙な彼の表情を覗きながら問うと、彼は「何でもない」の一言で返し、こちらに手を振る森人司祭に目を向けた。

 

「とりあえず食事だ。流石に腹が減った」

 

 彼はそう言いながら腹を擦りながら、顔に苦笑を貼りつけた。

 だが彼の視線は既に森人司祭から外れており、何かを探すようにきょろきょろと酒場を見渡している。

 

「……?森人さんはあそこですよ」

 

 それを森人司祭を探していると判断したのか、武闘家が無遠慮に彼を指差しながら告げると、ローグハンターは「いや、そうじゃあない」と返して不思議そうに首を傾げた。

 

「初めて来た酒場だと、狙われたように喧嘩を売られるんだが……」

 

「……?」

 

 彼の言葉に今度は武闘家が首を傾げ、二人はその体勢のまま数秒ほど見つめあった。

 

「あー、お二人さん……?」

 

 そんな二人の姿を見つめながら男戦士は気まずそうに頬を掻き、「そろそろいいか」と問いかけた。

 ローグハンターは彼に目を向けると「構わない」とだけ呟き、武闘家も照れたように赤く上気した顔を背けながら「い、行きましょう!」と勢いよく声を出す。

 冒険者ギルドなら嫌に響くその声も、昼の喧騒に包まれる酒場では響くわけもなく、彼女の声を気にする者もいない。

 彼らは喧騒を掻き分けながら森人司祭が確保した奥の卓へと向かい、適当な順番で席に腰を降ろした。

 

「さて、何を頼もうか」

 

 そして全員が揃うと、森人司祭がメニューを卓上に広げながら問うた。

 ローグハンターと文字の読める獣人魔術師は揃ってそれを見下ろすが、いまだに文字が読めない男戦士と武闘家の二人は困り顔で額に汗を浮かべた。

 武闘家はせっかく習ったのだからと気合いを入れるのだが、如何せんまだ勉強も始めたばかりだ。読めるものもあれば、読めないものもある。

 

「あー、えっと……うんと……」

 

「無理そうなら、食べたいものを言ってくれ。それらしいものを俺から頼む」

 

 そして見かねたローグハンターがそう告げると、武闘家は「あ、はい……」と僅かにしゅんと顔を俯かせ、見るからに落ち込みながら頷いた。

 

「じゃあ、お肉料理をお願いします……」

 

 そして小さく手を挙げながらそう言うと、ローグハンターはメニューに目を落とした。

 

「肉料理と一言で言ってもな……」

 

「ここの料理はどれも絶品と聞きます。何を頼んでも大丈夫だと思いますよ」

 

 獣人魔術師はむぅと唸って目を細めるローグハンターにそう告げると、男戦士に何を頼むかと問いかける。

 如何せん全員が初めて来る場所なのだ。どんなものがあるかなど、皆目見当もつかない。

 

「あの、美味しければ何でも良いですけど」

 

 そうやって悩む男性二人に向けて、武闘家は困ったように笑いながら言うと、二人は余計に神妙な面持ちとなった。

 

「何でも……」

 

「選択肢が多すぎますね」

 

「……ごめんなさい」

 

 余計に思考の土坪に填まった二人に謝ると、森人司祭は「ええい、このままでは話が進まん!」と少々苛立った様子で整った顔立ちを歪めながら怒鳴った。

 

「とりあえず当たってみるのが冒険者だろう。頼めるだけ頼め!」

 

 何が彼をそうさせるのか、普段の格好つけた様子もなく、切羽詰まった者が見せる気迫を放ちながら告げた。

 それを受けた四人はぱちぱちと瞬きすると、ローグハンターが「それも、そう、だな……?」と歯切れ悪く呟きながら頷き、メニューに目を向けた。

 

「さて、まずは──」

 

 せっかく初めての店に来たのだ。下手な料理を食わされたとて、後悔はしない。冒険せずして何が冒険者か。

 彼が決め始めた事を合図に、他の面々も続いて料理を決めていき、その流れに任せた武闘家も、ローグハンターに助言を貰いながら料理を決めていく。

 

 ──早く読めるようにはならないとな。

 

 彼と肩が触れあうほどに身を寄せあい、二人で同じメニュー表を見ながら、武闘家はそんな事を思っていた。

 彼を助けるために一党に入れてもらったのに、何でもかんでもおんぶに抱っこでは面目が立たない。

 でも、と心中で呟いた彼女は、目の前にある彼の蒼い瞳に目を向けた。

 いつもは濁っているように見えるそれも、心なしか清らかで、光って見える。

 そんな彼の瞳に魅入りながら、武闘家は小さく笑みをこぼした。

 彼も楽しい時は生き生きとする歴とした人間なのだ。それがわかって、何だか嬉しくなる。

 

「どうかしたのか」

 

 そうやってじっと見つめていた為か、ローグハンターが少々不満そうな声を漏らしながらちらりと武闘家に目を向けると、二人の視線が交わった。

 ローグハンターの蒼い瞳に武闘家の顔が映り、一切逸れることなくじっと見つめられた武闘家は、

 

「~っ!!」

 

 ぼん!と音をたてて頭から煙を噴きながら、慌てて顔を背けた。

 

「……本当にどうした」

 

「いえ!何でもないですっ!」

 

 背後から聞こえる問いかけに、上擦った声でどうにか返した武闘家は、一人であわあわと口を動かした。

 多少の憧れや、尊敬の念はあるものの、別に彼に対してそういった感情を持っているわけでもない。ない筈なのだが。

 

 ──あんな目の前で見つめられたら、照れるに決まっているでしょーっ!!!

 

 ローグハンターはあまり気にしてはいないが、彼の顔立ちはそれなり以上に整っており、年頃の娘が間近で見るには刺激が強すぎる。

 卓の下でじたばたと足を振りながら、彼女は必死になって弁明していた。

 まあ心の中でしか言っていないので肝心のローグハンターに届くわけもなく、いきなり背を向けられた彼は困惑したように首を傾げた。

 

「とにかく、料理は決まったな。給仕はどこだ」

 

 そしてとりあえず彼女から意識を外したローグハンターは店内を見渡し、忙しなく駆け回る女給に向けて手を振った。

 そう、彼らは食事をしに来たのだ。それをせずに駄弁り続けるなど、他の客や席を取れずに歯噛みしている後続たちにも失礼というものだろう。

 

 

 

 

 

 それから数十分が経った頃。

 卓の上には空になった皿が詰まれ、座席に腰を降ろした冒険者たちは満足げに背もたれに寄りかかり、いまだに食事を取っている武闘家に目を向けていた。

 

「あー、満腹ですぅ」

 

 そして出された料理を食べ終えた武闘家は満面の笑みを浮かべながらそう言うと、「けぷっ」と思わずげっぷを漏らしてしまう。

 途端にかぁと顔が真っ赤になるが、冒険者たちは思わず噴き出して笑い飛ばす。

 ローグハンターだけは思いの外口にあったシチューの皿を見つめながらだが、僅かに口角が上がっているから笑ってはいるのだろう。

 それが心からなのか、表面上だけなのかは、彼のみにしかわからないが、それを視界の端に捉えた武闘家は赤面したまま笑みを浮かべた。

 

「さて、私は用事があるのだ。失礼する」

 

 森人司祭が早口で言いながら席を立つが、皿から意識を戻したローグハンターが問いかける。

 

「む、どこに行くんだ」

 

「気になるか?」

 

 そして返って来たのは、何やら意味深な笑みと問いかけだ。

 ローグハンターは「ああ」と即答すると、森人司祭は「ならば来いっ!」と言うや否や彼の腕を掴んで酒場の奥へと消えていく。

 その向こうには『賭博場』と書かれた看板が天井から下がっており、そこを目指しているのは明白だ。

 引っ張られるがまま人混みに消えていったローグハンターの背を見送った武闘家は、はふっと気の抜けた声を漏らして卓に突っ伏した。

 

「それで、そっちはどうなんだ?」

 

 男戦士は卓に頬杖をつき、身体から力を抜きながらそう問うた。

 問われた武闘家は「あはは」と乾いた笑みを浮かべると、「大変です……」と率直な感想を口にした。

 ほぼ毎日にならず者(ローグ)相手に命のやり取りをしているのだ、その精神的な疲労度(ストレス)は他の冒険者とは段違いだろう。

 獣人魔術師は杯に注がれた水をあおると、「彼は、どうですか?」と今しがたローグハンターが消えていった方向に目を向けながら問いかけた。

 

「異名通り、相手に容赦がないです」

 

「あの日から相変わらずですか?」

 

 獣人魔術師が問うと武闘家は身体を起こし、こくりと一度頷いた。

 しかし彼女は「でも」と呟くと、にこりと微笑んだ。

 

「とても優しい人です。私に文字を教えてくれましたし、色々な人を助けています。何より、私に気を遣ってくれます」

 

「そうですか……」

 

 彼女の言葉に優しげに笑みながら頷いた獣人魔術師は、「ですが」と続けて彼女に告げた。

 

「何かあればすぐに相談を。元とはいえ教師ですから、何かしらの助けにはなれます」

 

「はい」

 

 表情同様に、その声色もまた優しげで、まるで父と話しているような感覚を覚えた武闘家は、照れたように頬を赤くしながら頷いた。

 そしてそれとほぼ同時に、あれほどうるさかった酒場の喧騒が消え、しんと静まり返った。

 

「「「……?」」」

 

 状況を全く理解できない三人が顔を見合わせるのと、酒場の片隅にある賭博場から割れんばかりの歓声と、怨嗟混じりの怒号があがった。

 

「な、ななな、何事ですか!?」

 

 こんなことの経験はない武闘家が慌てる一方、獣人魔術師は賭博場の方に目を向けながら目を細め、男戦士は人混みに混ざる見覚えのある女騎士と、その横で額を押さえる重戦士の姿に、思わずため息を吐く。

 あの二人はこんなところで何をしているんだという呆れと、一体何事だという好奇心から、無駄に胸の鼓動が激しくなる。

 

「た、大変だ!大変なことになった!!」

 

 そこに顔面蒼白な森人司祭が駆け戻ってくると、賭博場の方を震える指で示しながら言葉を続けた。

 

「あ、あいつが、しょしょしょ、勝負をしたんだが、だが……た、大変なことにっ!」

 

 思うように舌が回らないのか、言葉を詰まらせながら言う森人司祭だが、言っていることに要領を得ない。

 

「あー、もう!落ち着けって!何があった!?」

 

 男戦士が我慢できずに怒鳴り付けると、武闘家はローグハンターに何かがあったということだけは把握できたのか、「ごめんなさいっ!」と謝りながら賭博場に向けて駆け出した。

 歓喜に震える利用者の壁を掻き分けて、賭けが行われていたスペースにたどり着き、視界に飛び込んできたのは──。

 

「?……?……」

 

「──」

 

 状況を理解できていないのか、頭の上に疑問符を浮かべながら店の裏に連れていかれるローグハンターと、椅子に深々と腰掛け、真っ白になって放心しているディーラーの姿だった。

 賭けが行われていたであろう卓の上では大量のコインが山となっており、その大半がディーラーの対面──彼が腰かけていたであろう場所に集まっている。

 

「一体、何が……?」

 

 訳のわからない状況になっている賭博場を見ながら呟くと、不意に隣にいた女騎士が「見ていなかったのか!?」と心底驚いたように声をあげた。

 そして相手が武闘家だとわかったからか、「あいつの連れか」と僅かに落ち着きを取り戻しながら問うた。

 見れば首から黒曜の輝きを放つ認識票が下がっており、彼女が同業者、もっと言うと先達であることがわかる。

 それを見て武闘家も落ち着いたのか、深呼吸をしてから頷く。

 

「はい……。目を離したら、連れていかれたんですけど……」

 

「言ってしまえば勝ちすぎ(・・・・)だな。いや、勝ったのは一度何だが……」

 

 女騎士は罰が悪そうに頬を掻きながら言うと、どこか嫉妬混じりの視線をコインの山に向けた。

 

「有り金全てを賭けて、何倍、下手をすれば何十倍にもしたわけだからな。いや、調子に乗った挙げ句、本日の取り分全てで勝負を受けたディーラー側にも問題があるが……」

 

「お金、全部……!?」

 

 女騎士から伝えられた言葉をオウム返ししながら、思わず目眩を起こしてふらつく武闘家を横目に、女騎士はむぅと唸って顎に手をやった。

 

「だが、大丈夫だろうか。あの男も、あのディーラーも」

 

 奥に連れていかれたローグハンターはともかく、目の前のディーラーは無事では済むまい。

 店にかなりの損害を出したのだ、首にされるか、物理的に首を飛ばされるか……。

 

「まあ、わたしには関係のないことだ」

 

「うぇ!?あの、今からどうにかする事は──」

 

「一党からは目を離さないことだ。運が悪いと、いや、運が良すぎるとこうなる」

 

「アドバイスになってませんよ!?」

 

「隙をみて何枚かいただけないだろうか……」

 

「あの、聞いてますか?!」

 

 頼れる先輩かと思えば、まさかの丸投げである。むしろおこぼれに預かろうとしているではないか。

 武闘家が再び慌て始めると、奥から店主に連れられたローグハンターが戻り、武闘家の前で足を止めた。

 同時に力尽きていたディーラーが奥に連れていかれ、多くの利用者が静かに祈りを捧げた。

 そしてそれを見送ったローグハンターは困り果てたようにため息を吐き、手短に告げた。

 

「宿に戻って、荷物を纏めて来てくれ」

 

「あの、何があったんですか……?」

 

 めずらしく疲弊した様子の彼に恐る恐る問いかけると、ローグハンターは横目で店主を睨みながら答えた。

 

「引っ越しだ」

 

 

 

 

 

 そんなやり取りから数時間。

 双子の月が輝き、夜の闇を照らし始めた頃。

 

「「………」」

 

 ローグハンターと武闘家の二人は、眠る狐亭の一室で立ち尽くしていた。

 二つ並んだベッドは見たこともない程に上等なものだし、部屋の端に置かれた机や、その上に乗る小物類も見るからに高価な物。

 二人がいるのは最高級(ロイヤル・スイート)──一歩手前の、冒険者が泊まるには上等に過ぎる部屋だった。

 裏に連れていかれたローグハンターは店主と話し合い、取りすぎた金を宿に戻すという名目で、ある程度の期間部屋を借りることになったのだ。

 その話を聞かされた武闘家は驚きはしたものの、いきなりこんな高価な部屋に放り込まれることになった為、寝るだけなのに無駄に緊張してしまっている。

 そして何よりも彼女の緊張感を高めているのは、

 

「──」

 

 無言で圧を放つ、ローグハンターだ。

 店主と話してからというもの、妙に機嫌が悪い。一応の応答はしてくれるが、いつも以上に感情がこもっていない。

 

「あ、あの~?」

 

 そんな彼の表情を伺いながら、武闘家は恐る恐る声をかけた。

 相変わらず「なんだ」の一言で返され、そこから先に何かを言ってくれる訳ではない。

 ようやく数歩進んだのに、振り出しに戻されたような気がして気が遠くなる武闘家を他所に、ローグハンターはため息を吐いた。

 

「こっちにもアサシンがいるのか?それとも、俺と同じ……」

 

「……?どうかしました?」

 

 同時に呟かれた言葉を聞き取れなかった武闘家が聞き返すと、ローグハンターは「何でもない」と返して頬を掻いた。

 

「俺と同室で良かったのか?」

 

 そして放たれた質問は、いつも通りこちらを気遣うようなもの。

 武闘家はくすりと笑うと、荷物を入れた袋を部屋の隅に置いた。

 

「大丈夫です。二人で部屋を取るより、安く済みますから」

 

「助かる。どれだけ稼いだのかもいまいちわからないからな……」

 

 明日聞いてみると続けた彼は窓側のベッドに腰を降ろし、窓から見える双子の月を睨み付けた。

 

「今回ばかりは、神々に遊ばれたか……」

 

 初めてやった賭け事で、ここまで上手くいくわけがない。神々が振るった骰子(さいころ)が荒ぶったに違いない。

 憎々しげ──と言うよりは楽しそうに、そしてどこか嬉しそうに呟くと、ようやく籠手と脚絆を外し終えた武闘家がベッドに飛び込んだ音が背後から漏れた。

 

「あ~、これは癖になります~」

 

 だらしない顔になりながらベッドに大の字で寝転んだ武闘家がそう言うと、「長居出来るように頑張らないとな」とローグハンターから激励の言葉が飛ぶ。

 

「そうですね~──……」

 

 武闘家は気の抜けた声でそう返すと、返答も待たずにすやすやと寝息をたて始める。

 それに気付いたローグハンターは驚きながら振り向くと、額を押さえながらため息を吐いた。

 そして音もなく立ち上がると、武闘家にシーツを被せてやり、自分もまた衣装を脱ぎにかかる。

 この時の二人は予想も出来ないが、ここが冒険者を引退するまでの拠点となり、五年以上も居着くことになる大切な部屋になることになる。

 

 ──彼が稼いだのは、文字通り年単位で泊まれる程の額であることを、二人はまだ知らないのだ。

 

 

 

 

 

 余談になるが、この翌日から賭博場を仕切る人物が変わることになり、消えた前任者はそのまま行方不明になったとか、ならなかったとか、様々な憶測が飛び交うことになるのだが、真実を知るのは店の関係者のみ。

 

 ──世の中には、知らない方がいいこともあるのだ。

 

 

 




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