SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory03 冒険者としての一歩

 真昼時の冒険者ギルド。

 多くの冒険者が出払い、朝一番の騒がしさに比べれば静かな時間帯なのだが、

 

「でりゃああああああっ!!!」

 

 そこに武闘家の気合い一閃が響き渡った。

 先程から聞こえているため、受付嬢や昼食を取っている冒険者たちは気にも止めないが、その直後に「ぎゃあああ!?」と悲鳴が続くのだから多少の心配はしてしまうというもの。

 そして声の発生源たるギルドの裏庭。そこには土埃で自慢の銀色の髪と身体中を汚した武闘家と、汚れひとつない黒い衣装を纏ったローグハンターが相対していた。

 武闘家は肩を揺らして荒れた呼吸を繰り返しながら、彼女なりに油断なく拳を構えているのだが、ローグハンターは身体から脱力し、両腕をだらりと垂らしている。

 ふーっと深く息を吐いた武闘家は、だっと音をたてながら地面を蹴り、ローグハンターへと肉薄。

 

「はっ!」

 

 踏み込んだ勢いのままに縦拳を鳩尾へと打ち込むが、ローグハンターは持ち前の反射神経で拳を掴むと、そのまま身体を反転させながら沈め、彼女の脇を肩に担ぐように密着。

 肩に担いだ彼女を腕を下に押し込みながら、身体を上げて彼女の脇を押し上げる。

 ふわりと身体が浮き上がった武闘家は思わず「わわ!?」と声を漏らしたが、すぐさま意識を集中した。

 抵抗も許さぬ浮遊感に襲われ、本来動かない筈の空と地面が入れ替わった直後、凄まじい衝撃が背中を殴り付けた。

 瞬時に両手で地面を叩き、その衝撃を分散させんとしたが、

 

「かっ!」

 

 それだけでは分散しきれず、肺の空気を吐き出した。

 今日だけで何度も味わうことになった衝撃なのだが、何度されても慣れることはなく、対処もしきれない。

 鈍い痛みが背中から全身に伝播し、骨が軋む感覚に表情を歪める。

 

 ──ま、また投げられた……っ!

 

 文字の勉強ついでに手合わせもお願いしたのだが、こうも実力に差があるとはと舌を巻く。

 拳を放ったのはこちらだが、それを的確に受け止め、流れのままに投げ飛ばすなぞ、長年の修行なしではできはしまい。

 幼い頃から父に鍛えられてはいたのだが、彼もまたそうなのだろうかと疑問が沸き、

 

「シッ!」

 

 間抜けにも立ち上がろうともしなかった彼女の顔面に、ローグハンターの拳が振り下ろされた。

 勿論当たる間際、それこそ鼻先に当たる直前で止められた為、痛痒(ダメージ)になることはないのだが、放たれた拳圧で前髪が揺れる。

 目の前にある拳を見つめながらぱちぱちと瞬きを繰り返していると、ローグハンターは不満そうに眉をハの字にしながら目を細めた。

 

「気を抜くな」

 

 そして鋭くそう告げると、拳を開いて「立てるか?」と問いかけた。

「大丈夫です」と真剣な面持ちで返した武闘家は自力で立ち上がると、服についた汚れを適当に叩いて落とすと、そのまま自分の頬を叩いた。

 

「もう一回お願いします!」

 

 そして緩んだ意識を引き締めた武闘家がそう告げると、ローグハンターは間髪入れずに頷いた。

 

「わかった。だが時間が時間だから、これで最後だ」

 

 相変わらずの淡々とした口調でそう告げると、武闘家に背を向けて数歩下がる。

 ふとその背中に殴りかかろうかとも思い、摺り足で半歩前に出てしまったが、それは自分を信じて背中を向けている彼と、真っ向勝負を教えてくれた父への侮辱に他なるまい。

 まあ仕事中は不意討ち上等なのだが、あれは命のやり取りだ。手段を選んではいられないから、そこら辺の教えは考えないものとする。

 豊かな胸に手を当てて思い切り息を吸い、その分を全力で吐き出すと、その場で構えを取った。

 背後で聞こえる呼吸音、砂が擦れる音を聞きながら、ローグハンターは深呼吸を一つ。

 そしてゆっくりと振り向くと、身体から力を抜いた。

 自然体で構えるローグハンターと、重心を落としてどっしりと構える武闘家。

 蒼い瞳と銀色の瞳がそれぞれ相手の姿を映し、静かな裏庭を支配するのは二人の吐息の音と、吹きつける風の音のみ。

 ばらばらだった二人の呼吸が少しずつ重なり、それが完璧に重なりあった瞬間、武闘家が動いた。

 

「でりゃあっ!」

 

 おおよそ十メートル分の間合いを、一呼吸で行われた数歩分の踏み込みで詰めると、踏み出した足を軸に蹴りを放つ。

 素人には残像しか見えない一閃だが、ローグハンターは軽く上体を後ろに倒すことで避けると、体勢を戻しながら拳打を放つ。

 

「っ!」

 

 蹴りを放った直後、足を振り抜いた姿勢で彼の行動を視認した武闘家は無理やり身体を捻り、腕を折り畳んで盾代わりに拳を受け止めた。

 ゴン!と鈍い音が響き、武闘家は歯を食い縛って痛みを堪え、空いている片手で彼の顎を打ち上げんとするが、ローグハンターの蒼い瞳が彼女の拳を捉え、既に片腕が動いていた。

 武闘家が拳を放った直後。ローグハンターの手が閃き、放たれた直後の拳の側面を叩いた。

 軽く小突かれた程度の力なのだが、それでも力の向きを変えるには十分で、拳があらぬ方向に弾かれ、大きく体勢を崩した。

 刹那、ローグハンターの掌底を腹部に叩き込まれ、武闘家は有らん限りに目を見開きながら「かはっ」と肺の空気を吐き出した。

 そのまま息を吸えなくなった彼女は、陸に揚がった魚のように口をぱくぱくと開閉させながらその場に崩れ落ち、それを見たローグハンターがホッと息を吐き、戦闘体勢を解いた瞬間、

 

「──っ!!」

 

 武闘家は声にならない雄叫びをあげながら、ローグハンターの身体に飛び付いた。

 彼の腰に両腕を巻き付け、体当たりの勢いのままに押し倒す。

 彼女の最後の反撃に目を剥いたローグハンターに馬乗りになった武闘家は、喉の奥からひゅうひゅうと変な音を出しながらどうにか呼吸を整えると、にっと歯を見せながら笑った。

 

「……気を……抜いちゃ、駄目……ですよ……?」

 

 腹を殴られた為か、息も絶え絶えで顔色も悪くなっているが、それでも彼女の戦意は折れていなかったのだ。

 先ほど言ったばかりなのに、事実気を抜いた自分を内心で自嘲していると、顔面に向けて拳を振り下ろされた。

 自分の腕をさながら金槌の如く真っ直ぐに、ローグハンターの頭を潰すつもりの全力で、思い切り振り下ろしたのだ。

 最後の最後で勝てたと思っただろう。武闘家は笑みを貼り付け、寸止めすることも忘れてとどめを刺そうとするが、ローグハンターは両腕を交差させ、顔面に打ち降ろされた拳を受け止めた。

 ローグハンターは腕、武闘家は拳の骨が軋む痛みに表情を歪めながら、それでも次の一手への行動は始めなければならない。

 武闘家は彼の腕に止められた拳を再度振り上げんとするが、やはり技量の差が出たのか、彼がその手を掴む方が一瞬速い。

 

「っ!」

 

 少しの反応の遅さに舌打ちを漏らした武闘家だが、ローグハンターの空いていた手に頭を掴まれた事で意識を戻した。

 直後、ぐるりと視界が回転し、見えていたものが彼と地面から、彼と青空の二つへと変わる。

 彼女の頭を横に振りながら片足をついて身体を回し、馬乗りになっていた彼女をその体勢のまま倒されることになった。

 それに驚く間もなく、先程の彼女と全く同じ形でローグハンターの拳が振り下ろされる。

 片手は彼に捕まれて動きを封じられた武闘家は、残る片手で眼前に迫る拳を防いだ。

 受け止めたまではいい。だが今の自分に押し返すまでの力はなく、耐えるのみで精一杯だ。

 

「く……っ!」

 

 その悔しさに目を細めながら腕に力を込めるが、押し返せない。捕まれている手を解放しようにも、そちらにも万力のような力で押さえられ、まともに動かすことも出来ない。

 

「うぅぅっ!!」

 

 それでもどうにか現状を打破しようと、低く唸りながら両腕に力を入れる。

 まだ細く、筋肉も薄い両腕の血管が浮かび上がり、額にも青筋が浮かぶ。

 

「んぁああああっ!!!」

 

 気合いの雄叫びをあげ、ありったけの力を振り絞って両腕を持ち上げんとした。

 

「む……」

 

 相変わらずの無表情で両手に力を入れていたローグハンターは小さく唸ると、少しずつ手が押し返され始める。

 

「ぐぬぬぬぬぬ……!」

 

 押し倒されていた身体を起こしながら、鼻先に据えられた彼の拳を、自分の手首を掴んで離さぬ彼の手を、もろともに押し返す。

 ローグハンターが僅かに目を細めて押し戻さんとするが、今度は武闘家の力に押されて動くことはない。

 そしてその体勢のまま睨みあい、お互いに次の一手を模索していると、

 

「あ、あの~」

 

 横合いから、声がかけられた。

 武闘家は「ほえ?」と気の抜けた声を漏らし、同時に両腕の力を抜くと、ローグハンターの押していた力に押され再び押し倒された。

 勢いよく地面に叩きつけられた武闘家は、背中と後頭部の鈍痛に表情をしかめると、ついでにローグハンターがその豊かな胸に飛び込んできた。

 押し返してくれていた彼女が力を抜いた為、前につんのめる形で体勢を崩し、彼女の胸に飛び込んでしまったのだ。

 

「──」

 

 だがそんなものを露知らず、赤面しながら突然の事態に言葉を失った武闘家と、謎の柔らかさに包まれて身動きを止めたローグハンターを見つめながら、二人に声をかけた人物──受付嬢は三つ編みに纏めた髪の毛先を弄りながら、顔に笑顔を貼り付けて「お話を、いいでしょうか?」と問いかけた。

 そしてようやく彼女の胸から離れて身体を持ち上げたローグハンターが「何だ」と問い返すと、受付嬢は何故か赤面しながら顔を背けた。

 

「その前に、立ってもらえませんか……」

 

「……?」

 

 何故か言いにくそうに告げられた言葉にローグハンターは首を傾げ、改めて自分と武闘家の体勢に目を向けた。

 馬乗りの体勢を無理やり返した為、大きく広げられた彼女の両足の間に自分の体が納まっており、倒れる彼女の疲労からか顔には大量の汗が浮かび、肌もほんのりと赤く上気し、戦闘後ゆえに呼吸も荒い。

 先程まで彼女の両手を押さえていたから余計に密着していたが、気になるものは特になかった。

 

「どうかしたのか」

 

 なのでそう問いながら立ち上がり、いまだに動かない武闘家に手を伸ばす。

 彼の手が近づいてきたことにようやくハッとした武闘家は、顔を変わらず真っ赤に染めたまま彼の手をとって立ち上がると、両腕で胸を隠しながらそっぽを向いた。

 

「……?」

 

 その反応に再び首を傾げるローグハンターに対して、受付嬢は額を押さえながらため息を漏らすが、すぐに表情を引き締めて二人に対して告げた。

 

「お二人に、重要なお話があります」

 

 真剣な表情と、硬い声音。一目で大事であることがわかる。

 黒い衣装の埃を軽く叩いて落としたローグハンターは表情を引き締め、「何事だ」とただの一言で問いかけた。

 横の武闘家もぱんぱんと自分の身体を叩いて汚れを落としながら、「よし!」と頷いて気合いを入れ直す。

 

「……」

 

 だがローグハンターは不服なのか、汚れが目立つ彼女の顔を見つめながら目を細めると、懐からハンカチを取り出した。

 そのままぐりぐりと押し付けるように彼女の顔を拭いながら、流石に落としきれない汚れの頑固さに小さく唸る。

 ぐりぐりぐりぐりと、少しずつ力を強めながら顔を拭ってくれる彼の優しさに喜ぶべきか、多少の文句を言ってやるべきか悩むところだが……。

 

「あ、あの~?」

 

 話が進まないと業を煮やしてか、受付嬢が貼り付けた笑みに少々の凄味を含ませながら二人に声をかけた。

 だがそんなものに怯むローグハンターではなく、むしろ汚れを落とそうと意地になっている節さえも見てとれる。

 

「ちょっ、ストップ。あの……っ!」

 

 武闘家は押し付けられる彼の手を掴み、そのまま押し返して無理やりにでも止めることにした。

 彼としては単純な善意からの行動だったのだが、流石に迷惑だったかと僅かに反省。

 ひりひりと痛む顔を揉みほぐしながら「あうあう~」と気の抜けた声を漏らす彼女を他所に、ハンカチを懐に戻したローグハンターが「それで、なんだ」と問いかけた。

 彼のせいで話が進んでいないのに、当の彼はさして気にしていない辺り、見た目真面目なのに意外と抜けているのかと、受付嬢は内心で苦笑を漏らす。

 

「とにかく、ギルド二階の応接室までお願いします」

 

 だがそれを表情には出さず、いつも通りの真面目な表情でそう告げると、ローグハンターは今度こそ頷き、武闘家も「ふぁい」と相変わらず気の抜けた声を返した。

 

 

 

 

 

 冒険者ギルド二階、応接室。

 一階の酒場や受付とは違う、入るだけで重苦しい雰囲気を感じるその部屋は、多くの冒険者や職員、時には依頼人が集まり、様々な用事で話し合う為の部屋だ。

 そしてそこに集まっているのは三人の冒険者と、二人のギルド職員。

 冒険者三人の内、二人はローグハンターと武闘家だが、残りの一人はあまり見覚えのない冒険者だ。

 種族は只人、性別は男、年は二十過ぎといったところ。

 瞳と髪は黒いが、極東の生まれという顔立ちではない。

 大小様々な傷が目立つ重厚な鎧を纏う姿は迫力に満ちており、脇に置かれた兜にも大きな傷がついている。

 顔にも同様に大きな傷痕が残っているが、それが纏う覇気に拍車をかける。

 いわゆる鎧を着ていたから無事で済んだという手合いの冒険者なのだろうが、着ていたが故に死にかけた部類の冒険者でもあるのだろう。

 そして、首から下がる認識票の輝きは銅色のそれで、二人よりも遥かに格上であることを知らしめる。

 装備的な意味でも、等級的な意味でも、自分とは真逆の冒険者をじっと見ていたローグハンターは、ほんの僅かに目を細め、口の中で小さく唸る。

 

 ──こいつ、強いな。

 

 戦闘体勢でもないのに放たれる気迫と、じっとこちらを見つめてくる黒い瞳の鋭さ、そしてただの直感が彼にそう思わせた。

 横の武闘家も何となく同じ事を思っているのか、いつもは柔らかな表情がどことなく硬い。

 そしてそんな二人の視線を集めていたことに気付いたのか、その冒険者はふっと笑うと表情を和らげた。

 

「俺のことは気にしないでくれ。ただの立会人だ」

 

「立会人……?」

 

 自分の言葉に首を傾げた武闘家を見つめながら、銅等級冒険者は「ああ」と頷き、受付嬢と監督官の二人を手で示した。

 

「詳しくは二人から。何もしなければ、俺も座っているだけで終わりだ」

 

 楽な仕事だと笑うと、受付嬢に目を向けた。

 視線だけで「話を始めてくれ」と伝えた彼は、両腕を組んで背もたれに身を預けた。

 一件寛いでいるようにも見えるが、その視線はしっかりと二人を捉えて離さず、油断の色もない。

 武闘家は流石だなと思いながら、緊張の面持ちで受付嬢と監督官の二人に視線を向ける。

 額には大量の汗が浮かび、握り締めた拳にも汗が滲む。

 隣のローグハンターは対して気にした様子もなく、いつもの無表情なのは、こういった緊張に慣れているのだろう。

 受付嬢はそんな対照的な二人の姿と手元の資料を見つめながら、「では、私から」と口を開いた。

 武闘家は一言一句聞き逃すまいと緊張の面持ちで頷き、ローグハンターは銅等級冒険者を見ていた蒼い瞳を受付嬢へと向けた。

 受付嬢はゆっくりと息を吸うと、二人にとって重要なことを伝える。

 それを聞いた二人の反応は様々で、ローグハンターは静かに瞑目、武闘家は「ええええええええ!?」と叫びながら勢いよく立ち上がり、がたん!と音をたてて椅子が倒れる。

 始めの態度といい、反応といい、相変わらず対照的な二人の姿に銅等級冒険者は可笑しそうに笑みをこぼし、受付嬢も口許を隠しながら苦笑、監督官もまた同じような反応を示した。

 

 

 

 

 

「それにしても、ならず者殺し(ローグハンター)。噂通りの堅物かと思ったが、あれは堅いのではなく無関心というべきかもな」

 

 二人に伝えることを伝え、渡すべきものを渡し終え、僅かに弛緩した空気が流れる応接室。

 銅等級冒険者は部屋から出ていった二人の姿を思い浮かべながら、ローグハンターのことをそう評した。

 今回の話題を投げられれば、大概の冒険者は妙に浮かれるか、命がけの冒険さながらに緊張するものだが、あの青年はどちらもしていなかったように見えた。

 銅等級冒険者の言葉に受付嬢は頷くと、彼が遂行した依頼に関する書類に目を落とした。

 ならず者退治に始まり、次もならず者退治。そのまた次もならず者退治、次も、次もならず者退治かと思えば、最後の書類にたどり着いてしまう。

 

「冒険者になってからその大半をならず者退治に費やす、か。いや、他人の生き方にどうこう言うつもりもないが──」

 

 銅等級冒険者はそう呟くと肩を竦め、「冒険者らしくない後輩だな」と率直な感想を述べた。

 一般的な冒険者は、洞窟だの遺跡に潜り、そこに住まう魔物に挑み、宝を手に入れるというのがだいたいの流れだ。

 いまだに駆け出しの域を出ないにしても、遺跡に挑むことくらいはあるだろうに。

 

「ですが、お二人の人格的にも、街への貢献度的にも、問題はありません」

 

「わかってはいるとも。辺りの治安維持にも一役買っているだろうからな」

 

 銅等級冒険者は受付嬢の言葉にそう返すと、兜を脇に抱えて立ち上がった。

 

「では、報酬は後程。俺も仕事がある」

 

「は、はい。ありがとうございました」

 

 そんな彼を見上げながら謝辞を述べた受付嬢と、隣でぺこりと頭を下げた監督官に一瞥くれながら、銅等級冒険者は歩き出し、応接室を後にした。

 後ろ手で扉を閉め、絨毯の敷かれた廊下を歩きながらニヤリと鮫のように獰猛な笑みを浮かべた。

 

「──あの男、いい眼をしていた」

 

 同時に思い浮かべるは先程の青年、ローグハンターだ。

 濁った蒼い瞳には静かな殺意が宿り、見る者全てを威圧する力が込められていた。

 あれが黒曜等級だったのかと嗤い、存外に面白そうだと笑みを深める。

 

 ──だが、まだだ。

 

 無意識に力がこもっていた拳を開きながら、銅等級冒険者は心中でそう呟いた。

 まだ駆け出しの域を出ていないのだ、挑むにも、挑まれるにも早すぎる。

 

「しかし、冒険者をやるのも飽きてきたからな……」

 

 彼はそう告げると悩ましそうにため息を吐き、目を細めた。

 あの男が自分と同じ等級になるのに、そう何十年とはかかるまい。早くて三年、遅くても四年。

 

「楽しみだな、ならず者殺し(ローグハンター)。お前に挑まれるからには、俺もまたならず者(ローグ)になるとしよう」

 

 冒険者の、人の皮を被った怪物。

 眠り続けていた魔物が、野に放たれようとしていた。

 

 

 

 

 

 冒険者ギルド一階。待合室に併設された酒場。

 その端にある少人数用の卓に、ローグハンターと武闘家の姿があった。

 

「ふへへ。やりましたよ、ついに私も黒曜等級ですっ!」

 

 そしてふにゃりと蕩けた笑みを浮かべていた武闘家が、ローグハンターに見せつけるように黒曜の輝きを放つ認識票を差し出した。

 ローグハンターはそれを見ながら「良かったな」と表情に笑みを貼り付けながら呟くが、彼の首に下がる認識票は鋼鉄の輝きを放っている。

 

「二人揃っての昇格。この調子なら銀等級もあっという間ですよ!」

 

「だと良いんだが……」

 

 黒曜等級に上がって浮かれている武闘家を横目に、ローグハンターは先程の銅等級冒険者の姿を思い出し、目を細めた。

 あの獲物を狙うような、品定めをするような視線は、胸につかえて何とも気持ちの悪いものが残る。

 

「とにかく、お仕事しましょう!えっと、何に行きます?」

 

 そしてその浮かれた調子のまま武闘家が問うと、ローグハンターは「決まっている」と返して意識を切り替えた。

 

「──ならず者退治だ」

 

 等級が変わり、仲間が増えたとしても、彼の役目(ロール)は変わらない。

 彼はローグハンター。ならず者を殺すのが、彼の役目だ。

 

 

 




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