SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory04 寒空の下へ

 ローグハンターと武闘家。それぞれの等級があがり、少しずつ駆け出しから中堅へとなっていく。

 だがローグハンターが鋼鉄等級になっても、武闘家が黒曜等級になっても、二人がやることは変わらない。

 

「ひぃぃいいいっ!寒いぃぃいいいい!」

 

 ──のだが、今回はいつもと様子が違った。

 動物の毛皮で織られたのか、見るからに防寒性の高そうなもこもことした外套を被った武闘家が、吹き付ける風に悲鳴をあげ、ずるりと鼻水をすすった。

 その隣、いつもの黒い衣装に身を包んだローグハンターは白い息を吐くと、フードの下で目を細めた。

 確かに吹き抜ける風は冷たいし、僅かに露出した顔は冷たいを通り越して僅かに痛みを感じる程だ。

 

「……雪山、か」

 

 そして目の前に聳え立つ雪を被った山を見上げながら、再び白い息を吐いた。

 いつもの依頼なら街道の近くや森の中といった、それなりに人通りがあったり、少なくとも動物の気配がするような場所だったが、今回は違う。

 人の手があまり入っていないどころか、前人未到と言っても過言ではない程、人の気配がない。

 現に二人がいるのは麓の森の中で、足元には薄く雪が積もっている。

 まだ登ってもいないのにこれだとすれば、山の中はかなり積もっていることだろう。それこそ、行動が阻害される程に。

 ローグハンターが悩ましげに唸ると、ぷるぷると震えながら木陰に隠れて風をやり過ごしている武闘家に目を向けた。

 

「行けるか」

 

「ひゃ、ひゃいっ!だ、大丈夫です!」

 

 そしていつも通りに淡々とした声音での問いかけに、武闘家は目に涙を浮かべながらガッツポーズをして応じた。

 もっとも、直後に吹き付けた風に悲鳴をあげて身体を丸めるのだから、説得力は皆無と言って良い。

 風でずれたフードを被り直しながら、ローグハンターは深々とため息を吐いた。

 もうすぐ冬だ。本来なら冒険者、ならず者問わず、この寒さに参って宿に籠るか身を潜める時期だというのに、冬場に好んで行動する連中がいるとは思わなんだ。

 その討伐の依頼を申し訳なさそうに教えてくれた受付嬢の顔を思い出し、再びため息を漏らした。

 

 

 

 

 

 時間を巻き戻し、数日前の辺境の街。

 

「うぅ……。寒い……」

 

 眠る狐亭の一室で、シーツと毛布にくるまった武闘家が弱々しく声を絞り出した。

 顔だけを出して結露が貼った窓を見つめ、「外はもっと寒いんだろうな……」とため息混じりに呟き、余計に覇気を無くす。

 

「……そこまでか」

 

 そんな彼女を見つめながら装備を整えていたローグハンターはふむと唸ると、ちらりと窓の外に目を向けた。

 確かに肌寒くはあるが、毛布にくるまって過ごす程だろうかと考え、小さく首を傾げた。

 そもそもとして、彼は自分が寒さに慣れすぎているという事に気付いていないのだ。

 氷が貼っている海に飛び込み、陸にあがるなり暖も取らずにすぐさま戦闘を開始する命知らずは、彼と彼の師匠程度しか居わすまい。

 そんな他人との感覚のずれを気づきもせず、ローグハンターは顎に手を当てながら武闘家に目を向けた。

 彼女とて開拓村出身だろうから、それなりに寒いのには慣れているだろうとも思いながら、ちらりと彼女の装備類に目を向けた。

 出会ったばかりの頃から使っている籠手や脚絆には大小様々な傷の目立ち、いつも服の上からつけている安物の胴鎧も傷だらけだ。

 彼の視線の向きに気付いてか、武闘家もまた自分の装備に目を向ける中、ローグハンターは良いことを思い付いたと言わんばかりに手を叩いた。

 

「冬用の装備を新調しよう。本格的に寒くなったら面倒だ」

 

「冬用の、装備……?」

 

 もはや考えるのも億劫なのか、武闘家はもじもじと身じろぎして身体を温めながら問うた。

 それに間髪いれずに頷いたローグハンターは、相変わらず足音をたてることなく部屋の中を歩くと、彼女の装備を手に取った。

 冒険者になって一年も経っていないが、ほぼ毎日のようにならず者と打ち合う彼女の装備は見るからに限界だ。

 

「ちょうどいいから、これも変えるか。善は急げだ、準備しろ」

 

 一度言い出したら、余程のトラブルがない限り最後までやり遂げることをぜったいとしている彼のことだ、こので渋っても無理やりにでも連れ出されることだろう。

 

「うぅ……。わかりました……」

 

 それを最近理解してきた武闘家は渋々頷くと、毛布にくふまったままベッドを降り、装備類の方に──つまり彼の隣に──向けて歩き出す。

 

「……」

 

 そして衣装に手を伸ばした彼女の手を見つめていたローグハンターは、不意に彼女の手を取った。

 

「ひゃ!?」

 

 武闘家は突然手を掴まれたことに悲鳴をあげるが、彼の手の温もりに気付き、強張っていた表情を僅かに緩める。

 

「本当に冷たくなってるな……」

 

 そんな彼女を他所に、ローグハンターは想像していた以上に冷たい彼女の体温に驚きながら、彼女の顔を覗きこんだ。

 彼の蒼い瞳と、凛とした──けれどどこか心配したような──表情で間近に迫られた武闘家は、ほんのりと頬を赤く染めながら顔を反らし、そっと彼の肩を押した。

 もちろん踏ん張っていなかったローグハンターは数歩横にずれると、武闘家は消え入りそうな声音で彼に告げた。

 

「……あの、今から着替えますから、外で待っていてください」

 

「ああ、そうだな。それじゃあ、下にいるぞ」

 

 その一言にハッとしたローグハンターは足音をたてずに歩き出し、そのまま扉を潜って廊下へと出ていった。

 

「……」

 

 彼の背中を見送った武闘家はホッと息を吐くと、豊かな胸に手を当てて深呼吸を繰り返した。

 ドクンドクンと喧しいまでに心臓が鼓動し、寒い筈なのに体温が高くなっていくことがわかる。

 目を閉じると瞼の裏に浮かび上がるのは、先程の彼の顔だ。

 ここ数ヶ月である程度彼の表情を読めるようになった彼女だからこそわかる、無表情に見えてそうではない、ほんの僅かに覗いた人らしい表情。

 

 ──あんな顔も、出来るんだ……。

 

 いつも無表情で、蒼い瞳は濁っているように見えるけれど、さっきは普通の男の人のように見えた。

 そう思うだけで、冷たかった体も温かくなるような気も──。

 

「いやいや何を考えてるのよ、私は……っ!」

 

 そこまで考えていた彼女は、ぶんぶんと首を振って意識を切り替えた。

 ともかく早く着替えよう。彼を待たせてしまっている。

 武闘家は小さく息を吐くと毛布を退かし、自分の装備へと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 眠る狐亭、一階の酒場。

 なかなか降りてこない相棒を待つローグハンターは、一人カウンター席に腰かけていた。

 朝一番の喧騒に包まれる酒場を横目に、彼は店主と対峙しながら、薄味のスープに口をつける。

 半透明のそれは見た目通りに味は薄いが、身体の芯まで温まり、寝起きの身体を叩き起こしてくれる。

 

「……」

 

 普通であれば表情を綻ばせてもいいものだが、ローグハンターの視線は鋭いもので、目の前に立つ男の警戒しているようにさえ見えた。

 彼の視線を一身に受ける店主もまた彼のことを警戒しているようだが、一応客だからか彼の注文を無下にすることなく、頼まれたスープを出した訳だが。

 

「「………」」

 

 片やスープを啜る冒険者。片やそれを出した店主と、言ってしまえばそれだけなのに、二人の間に流れる空気は重いものだ。

 だが、そんなものを気にもしないのが酒場の客たちと店員たちで、二人の間にある張り詰めた空気は喧騒に埋もれて回りに迷惑をかけることはない。

 そして、先に根をあげたのは店主だった。わざとらしくため息を吐いた彼は、「俺に何かようでもあるのか?」と問うた。

 ローグハンターは「いや」と一言で返すと、目を細めながら店主に告げる。

 

「知り合いに雰囲気が似ているだけだ。深い意味はない」

 

「知り合い、ね……」

 

 彼の言葉に店主は意味深に笑いながら頷くと、とりあえず納得したのか僅かに肩から力を抜いた。

 

「それにしても賭博で大儲けした冒険者様が、随分と質素な朝食だことで」

 

「朝から豪勢なものなぞ食えるか。身体が重くなる」

 

 残り少なくなったスープの水面を見下ろしながら、ローグハンターはそう告げた。

 空腹で動けなくなるのも恐ろしいが、腹に入りすぎでうごきが鈍くなって死ぬなど、それこそお笑い草になってしまう。

 ローグハンターは残ったスープを一口で飲み干すと、ホッと息を吐いた。

 それと同時、どたどたと騒がしい足音が階段から聞こえてくる。

 

「お待たせしました!」

 

 そこから現れたのは、銀色の髪を頭の高い位置(ポニーテール)で纏めた武闘家だ。

 空元気なのか、部屋で丸くなっていた時とはうって変わり、いつもの活発な様子に人懐こい笑みを浮かべている。

 

「ああ、来たか」

 

 そして彼女を待ちわびていたローグハンターは軽く手を挙げ、武闘家はとたとたと軽い足取りで彼に近寄ると、そのまま肉付きのいい尻を椅子にのせた。

 店主が「おはよう」と言うと、武闘家は「おはようございます」と返し、店主は上機嫌に笑って見せた。

 

「それで、何か食っていくか?」

 

「あ、はい。えっと……」

 

 店主からの問いかけに頷いた武闘家は、ようやく一人で読めるようになってきたメニューを睨み、最終的に彼と同じものを頼んだ。

 薄い味だが温かい、とても優しい味がするスープを。

 

 

 

 

 

 冒険者ギルドの朝は騒がしく、職員や冒険者、依頼人たちがあちらへこちらへと右往左往を繰り返し、様々な手続きが進められていく。

 その喧騒が遠くに聞こえるが、確かに冒険者ギルドの施設である工房には、さながら鉱人(ドワーフ)のような老年の男がいた。

 種族はおそらく只人(ヒューム)だが、長年鉄を鍛え続けた腕は筋骨隆々で、肉体を支える足もまた岩のようにごつごつとしている。

 そして鍛冶師の性か、火を見続けた瞳は焼けてしまったのか、片目は眼帯に隠されており、その分もう片方の目はぎょろりと見開かれたいる。

 見た目からして恐ろしそうな老人ではあるが、様々な冒険者の装備を見繕う都合上、様々な冒険者との面識があり、彼を信頼する者は多い。

 そんな彼は、目の前で装備を見繕っている少女を見つめながら、小さく鼻を鳴らした。

 聞いた限りでは、ローグハンターの相棒をしている内に黒曜等級にあがったそうだが、何もくっついて行くだけのお荷物ではないだろう。

 

「……で、どうだ」

 

 そして、片手半剣(バスタードソード)や短剣を見ていたローグハンターが背中越しに問うと、武闘家は具合を確かめていた脚絆の爪先でとんとんと床を叩くと、締めと言わんばかりに籠手を打ち付けあった。

 

「んー。これならいい感じです」

 

 がきゃん!と奇妙な金属音を響かせた彼女に「よし」と返したローグハンターは、「外套は」と問いかけて辺りを見渡した。

 工房の一角では冬場用の装備が纏められており、防寒用の外套もいくらかある。

 動物の毛皮で造られたそれは見るからに暖かそうで、武闘家はその中の一枚をふん掴んだ。

 試しに羽織ってみれば、ものの見事にぴったりだ。

 

「うん。これで大丈夫そうです」

 

 その場でくるりと回ってみた武闘家を見ていたローグハンターは、ふむと唸ると「似合っているぞ」と告げた。

 それが世辞なのか本音なのかはわからないが、武闘家は照れたように頬を赤くしながら外套のフードを被った。

 工房長は二人を見ながらため息を漏らすと、「買うのか?」と問いかけた。

 目の前でいつまでもイチャイチャされていたら、商売にならない。現に遠慮して入り口で足を止めている冒険者の影が見えている。

 

「はい、これにします!」

 

 そんな事に気付いてもいない武闘家が、カウンターの上に一旦脱いだ外套と籠手、脚絆を置くと、隣に立ったローグハンターが「弾をくれ」と注文を追加。

 工房長は手早く算盤を弾いて値段を出すと、ローグハンターは懐から出した財布から必要分の金貨や銀貨を差し出した。

 きっかり釣りなく出してくれる辺り、彼の生真面目さを感じられるが、冒険者にしては固すぎるようにも思える。

 

 ──それは最初からだがな。

 

 初対面でも夢を語ることなく、目標を感じさせることもなく、淡々と必要なものを必要な分だけを買っていった男だ。

 ゴブリンスレイヤーと呼ばれるあの青年とも似ているが、根本的な部分が違う、冒険者の異端とも違う異端者。

 それが工房長が思うローグハンターの姿だ。

 

 ──まあ、それに付き合うあの嬢ちゃんもそっちの部類だよな。

 

 装備を改めてウキウキと上機嫌になっている武闘家を見ながら、工房長は二人に気付かれないように小さくため息を漏らした。

 どんな人物であれ、どんな冒険者であれ、無事に帰ってくればそれでいい。

 工房長は金槌で肩を叩きながら、ちらりとローグハンターの方に目を向けた。

 いつも無表情なのに、蒼い瞳に彼女の姿を映している彼の顔はどこか穏やかだ。

 それなりに彼との付き合いがある工房長はそんな事を思いながら、再びため息を漏らす。

 

「そろそろ行ってくれんか」

 

「ああ、そうだな」

 

 工房長のうんざりしたような声音に、ローグハンターは工房の入り口で立ち止まっている同業者たちにようやく気付いた。

 

「それじゃあ、また来る」

 

 そして購入した物を受け取りながら返すと、ローグハンターは雑嚢に弾を入れた袋を押し込み、隣の武闘家は装備一式と外套を受け取り、手早くそれらを着ていく。

 

「よし、行きましょう。ありがとうございましたっ!」

 

 武闘家が勢いよく頭を下げながらお礼を言うと、ローグハンターも小さく頭を下げるだけすると、踵を返して歩き出した。

 足音をたてずに歩く彼と、とたとたと足音をたてる武闘家。

 まだまだ力量(レベル)にも技量(スキル)にも差が大きい二人だが、並んで歩く姿は何ともしっくり来る。

 

「ま、気張るこった」

 

 工房長は二人の背中に聞こえない前提で言葉を投げると、交代で入ってきた客の相手を始めた。

 とにかく仕事はしなければ。こちらにも生活があるし、あちらも命懸けで仕事にいくのだ。適当な接客は出来ない。

 命懸けの冒険者の、命を預かる武器や防具。それを鍛える自分。

 運が悪くて死ぬのはしらんが、装備のせいで死んだなんて言い訳はさせない。

 中途半端な仕事なぞ、絶対にしてやるものか。

 

 

 

 

 

 工房から廊下を進み、酒場へと出てきた二人は、そのままいつもの待合室端の席を目指して歩き出した。

 朝一の混雑時は過ぎたのか、ある程度人が減ったギルド内は歩きやすく、その分目立つ中で受付前を横切れば、

 

「あ、ローグハンターさん!」

 

 声をかけられるのは、ある意味で当然の事だろう。

 ようやく手の空いた受付嬢は目の前を通りすぎた彼を呼び止めると、ローグハンターは武闘家を先に行かせて受付へと目的地を変更した。

 そのままいつものように受付の前に立った彼は、いつもと変わらない淡々とした声で「どうかしたのか」と問うた。

 問われた受付嬢は何だか申し訳なさそうな顔をしながら、「実は──」と一枚の書類を取り出しながら彼に告げた。

 

「最近、とある山を中心に、近隣の村や通りかかった行商人、時には冒険者が襲っているそうです。情報によれば、犯人は盗賊だったと」

 

「そうか、なら受けよう」

 

 そして情報に目を通していたローグハンターは即答するが、「雪山、か」と渋い表情を浮かべた。

 

「やはり、厳しいですか……?」

 

 珍しく見せるその表情に不安になる受付嬢の問いかけに、ローグハンターは小さく頷いた。

 

「準備をしなければならない。対応に少し時間をくれ」

 

「それは構いませんが、依頼をお受けするんですか」

 

「……?ああ、受けない理由もない」

 

 何故か不安そうな表情の受付嬢の言葉に、不思議そうに首を傾げたローグハンターはそう言うと、いつもの席から心配そうにこちらを見ている武闘家に目を向けた。

 

「とにかく相談してくる。俺一人か、あいつと二人かは後で」

 

 彼は一方的にそう言うと、書類片手に待合室の端へと進んでいった。

「あ、お帰りなさい」と笑顔で迎えてくれた彼女に「ああ」と手短に返すと、件の依頼書を卓の上に乗せた。

 

「依頼だ。目標はいつも通りだが、アジトの場所はわかっていない。それを探しだし、殲滅する」

 

「わかりました。一緒に行きます」

 

 彼の言葉に武闘家が考える間もなく応じると、ローグハンターは「大丈夫なのか」と僅かに心配そうに問いかけた。

 

「……何がですか?」

 

「依頼先は山だ。この時期は雪が積もるし、ここよりも寒いぞ」

 

「そ、それは、その、頑張ります……」

 

 武闘家は彼の言葉に意気消沈しながら頷くと、ローグハンターはぽりぽりと頬を掻き、「まあ、来るなら来い」と相変わらず相手に選ばせる事に落ち着く。

 

「防寒具はさっき買ったが、食料と縄、水薬(ポーション)も買い換えておくか。あとは──」

 

 そして独り言のように用意するものを口にしながら、卓に指を這わせて頭に叩き込んでいく。

 どこにあるかもわからない拠点を探すのだ、どれほどの時間がかかるかもわからない。

 食料は多めに用意するとして、やはり少量でも力になる乾いた果物辺りが良いのだろうかと諸々を考える。

 そうして真剣な表情で物思いにふける彼を見つめながら、武闘家はほんのりと頬を赤くした。

 如何せん彼の顔は森人さながらに整っており、いつもの無表情でも形になるというのに、戦闘中や何かを考えている時のような真剣な表情は、それとは似ているのにまた違った表情のように見える。

 そして彼をじっと見ていると、ドクンの心臓が跳ねたような気がして、豊かな胸にゆっくりと手を触れた。

 いつにも増してうるさい鼓動を掌に感じながら、武闘家は深呼吸をひとつ。

 

「……大丈夫か」

 

 そんな彼女の様子を怪訝に思ってか、思慮を終えたローグハンターが声をかけた。

 それにハッとして顔を上げた彼女は「大丈夫です!」と笑みを浮かべながら応じると、ローグハンターは「ならいい」と答え、立ち上がった。

 

「とにかく買い物だ。準備するぞ」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

 二人がこのやり取りを行ったのが数日前。

 そして現在は──。

 

「さ、寒いぃぃいいいい!」

 

「わかったから、静かにしてくれ……」

 

 雪山を登りながら悲鳴をあげる武闘家と、それに苦言を呈するローグハンターの姿があった。

 風で外套の裾を靡かせながら、雪山に足跡を残して進む二人は、さながら雪山で遭難してしまった哀れな旅人のようにさえ見えるが、二人は望んでここにいるのだから、哀れな旅人という訳でもない。

 ローグハンターは後ろで悲鳴をあげる武闘家にため息を吐きながら、瞬きを合図にタカの眼を発動。

 僅かに残された討伐目標(ターゲット)の痕跡を追いかける。

 痕跡が消えやすい雪山故に見つけ辛く、見つけてもすぐに見失ってしまいそうになるが、気を抜かなければどうとでもなる。

 そして、見つけた。二人がいる崖から見下ろせる位置にある、雪を被った古い砦。

 ローグハンターは素早くその場に膝をついてしゃがむと、口に一掴み分の雪を含んだ。

 口内を冷やすことで息が白くなる事を防ぐのが目的だ。白い息というのは自分が思っている以上に目立ってしまう。

 そして口内の冷たさに耐えながら目を凝らしてみれば、人影と思しき黒い斑点が雪の白の上にいくらか見える。

 

「あれだな。拠点」

 

 まだ形を保っている外壁の上にも見張りがおり、崩れた一角もご丁寧に木材で補強され、砦内にも警羅がいることだろう。

 

 ──傭兵崩れの盗賊か……?

 

 妙に統率の取れた行動に眉を寄せ、相手の出所をそう推理したローグハンターの隣では、武闘家がひょこりと崖から顔を出し、彼を真似て雪を口に含んだ。

 その冷たさに身震いする彼女を他所に、ローグハンターは口内に溜まった雪解け水を吐き出すと、彼女に告げた。

 

「夜を待って、仕掛けるぞ。今回は手こずりそうだ」

 

「わ、わかりました。頑張りましょう……っ!」

 

 彼の言葉に武闘家は寒さに震えながら応じると、ローグハンターはごきごきと首を鳴らし、瞳に絶対の殺意を込めた。

 砦の攻略はいつぶりだろうかと自問し、別れて久しい師の背中を思い出す。

 あの人のようには出来ないと、わかっている。

 あの人のようにはなれないとも、わかっている。

 だが、やれるだけやろう。あの人の弟子として、恥じないように。

 

 ──何よりも、俺はならず者殺し(ローグハンター)なのだから。

 

 

 




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