SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory05 強敵

 双子の月も雲に隠れ、一寸先も見えない夜の闇と、それでも白く見える雪に覆われた山岳地帯。

 一面白一色に覆われたその場所に、ぽつんと置かれた古い砦。

 いつ頃からこの場所にあり、いつ頃に放棄されたのかすらわからないそこに、幾人かの人影があった。

 

「あ~、寒いな畜生」

 

 砦をぐるりと囲う外壁の上、松明を掲げて巡回をしていた一人の男が、身体を震わせながら白い息と共に愚痴を吐いた。

 ただですら冬が近づいてきて寒さが凄いというのに、団長は相変わらず巡回を休ませることはなく、不運にも自分の属する班に順番が回ってきてしまった。

 

 ──サボったって構わねぇかな……?

 

 夜になって一際強くなった寒さにやられてか、あるいは砦の窓からこぼれている明かりと、仲間たちの談笑の声にやられてか、男は露骨に肩を落とした。

 サボりたいが、サボったら後が怖い。罰せられるのが自分だけならともなく、班員全員が罰を受けるとなれば、話は変わってくる。

 自分のせいで食事を抜かれたり、鞭打ちをされたとなれば、恨みのままに殺されかねない。

 

 ──死にたくはねぇしな……。

 

 死ぬばそこまで。生きてさえいれば、ある程度のやり直しはきく。

 まあ失敗しないに越したことはないが、何事も上手くやれる人間なぞ多くはあるまい。何年か前に世界を救った六人の冒険者たちでさえ、多くの失敗をしていたときく。

 

 ──まあ、俺たちは汚い盗賊団だが……。

 

 盗賊と冒険者。二つの違いなぞ、国の組織に──書類上だけだとしても──属しているかいないか程度のこと。

 生まれも育ちもどこだかわからない無頼漢という意味では、盗賊も冒険者も変わりはすまい。

 

 ──だからって、冒険者になる気もねぇし。

 

 世のため人のために命を賭けるなぞ、自分の柄ではない。自分と仲間たちの十数人で、今日を生きるだけで精一杯だ。

 

「はぁ、くそ寒いな……」

 

 酒を飲んでいないからか、あるいは寒空の下に一人でいるからか、後ろ向きになっている思考を打ち切るようにそう呟くと、ごきごきと首を鳴らして再び歩き出した瞬間。

 ヒュンと鋭い風切り音が鳴ったかと思えば、首に何やら違和感を感じで足を止めた。

 ゆっくりと下を向いて首に目を向ければ、そこには何かが突き刺さり、外壁の縁に向かって紐が伸びている。

 

「え゛……あ゛……っ」

 

 それを知覚したと同時に首が異常な熱を持ち、男は掠れた声を漏らした。

 何かはわからない。わからないが、確実に何かが首に刺さっているのだ。

 こんな罠を仕掛けた記憶はないし、報告も受けていない。つまり、敵襲。

 

「だ……れ、か……っ!」

 

 精一杯に声を張り上げようにも、出てくるのは死にかけの老人が出したような掠れた声。

 視界の奥、反対側の外壁に揺れる松明の炎に手を伸ばすが、届かずに虚空を掴む。

 そして、その行動は紐を掴む誰かにとっては酷く気を害したらしい。

 僅かに垂れてゆとりを持っていた紐がピンと張ると、首に突き刺さっていた何かが勢いよく引き抜かれた。

 自分の首からぶちりと肉が絶たれる音が漏れたかと思えば、男の身体は引かれるがまま横向きに倒れ、視界の端には血に濡れた鋸状の刃が見える。

 それで首を貫かれ、文字通り肉を削がれたのだろう。

 男が倒れた直後に、びちゃびちゃと音をたてて肉片と噴き出した血が雪の上に落ち、点々と赤い染みを残していく。

 

「──っ──っ」

 

 微かに意識が残っていた男がぱくぱくと口を開閉させ、どうにか異常を仲間たちに伝えようとしていると、黒い影が縁を乗り越え、外壁の上に立った。

 消え行く意識の中で、目だけでその影を見上げれば、一対の蒼い瞳が冷たく見下ろしてくる。

 

 ──ああ、畜生……。

 

 男は声にならない愚痴を漏らしながら、ついに意識を手放した。

 完全に意識が消える間際、「安らかに眠れ」と静かな祈りの言葉が聞こえた、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 今しがた無力化した男を見下ろしてローグハンターは、足元に転がる松明に雪を被せて鎮火すると、むぅと小さく唸りながら男の身体を改めた。

 髭が生えている訳でもなく整えられており、手や足には垢がこびりついている様子もない。

 纏う鎧には傷が目立つものの点検や修繕はこまめにされているようで、錆びたり歪んでいる感じもない。

 試しに鎧をずらして身体を見てみれば、見事なまでの筋肉質で、自然についたと言うよりは意識して着けたようにも見える。

 相手はただのならず者ではなく、壊滅した傭兵団の生き残りか、兵士崩れだろうかと目星をつけ、再び小さく唸る。

 

 ──やはり一筋縄ではいかなそうだな。

 

 相手が正式な訓練を施された玄人(ベテラン)となると、気を引き締めなければならない。

 これから起こることを予想してため息を漏らしたローグハンターは、雑嚢に手を突っ込むと縄を取り出し、片方の端を腰帯に巻き付けると、外壁の外へと放った。

 直後に数度引かれる感覚があったかと思えば、僅かに縁の方に引かれる感覚を感じて両足を踏ん張ると、縄を手繰り寄せ始める。

 辺りを警戒しながらそのまま待つこと数十秒。外壁の縁を籠手に包まれた手が掴むと、ローグハンターは素早くそれを手に取り、引っ張り上げた。

 

「ありがとうございます」

 

 そうして外壁の上にたどり着いた武闘家は彼に礼を言うが、「気にするな」の一言で返された。

 言葉少なに油断なく辺りを警戒している様子から、今回は危険──いつも危険ではあるのだが──なのだと教えてくれる。

 縄を纏め、再び雑嚢に押し込んだローグハンターは、足元に転がる男の身体を担ぎ上げると、重いそれを外壁の外へと投げ落とした。

 ぼふっと降り積もった雪に重いものが落ちた音が微かに聞こえるが、幸いにも周囲に敵影はない。

 

「まずは外壁上を片付ける。誰も逃がしたくはないからな」

 

 そしてタカの眼で外壁上を動く赤い人影を睨みながらそう言うと、武闘家は「わかりました」と小さく抑えた声で応じた。

 彼女の返事に小さく頷いたローグハンターは、一度深呼吸をして意識を集中させる。

 

「よし、やるぞ」

 

 蒼い瞳に静かな殺意を込めながらの言葉に、武闘家はこくりと頷いた。

 同時に二人は同じ方向に走り出し、夜の闇に紛れて消える。

 目の前にある彼の背中を追いかけながら、武闘家は拳を握った。

 今回は足を引っ張らないように。彼の背中を守れるように、頑張ろう。

 彼に気付かれないように声には出さず、念のため心の中でも静かに、けれど確かに気合いを入れる。

 今さっきの男が死んだように、自分たちも今日この場所で死ぬかもしれないのだ。

 

 

 

 

 

「おぁ゛……!?」

 

 砦内の喧騒が僅かに聞こえる外壁上に、男の断末魔が静かに響いた。

 ローグハンターに後ろから組み付かれ、勢いのままにアサシンブレードで首を貫かれた為か、呼吸をしようにもがぼがぼと血の泡を噴くばかりで、ついには力尽きて暴れていた手足から力が抜けていく。

 相手の絶命を確認したローグハンターはアサシンブレードを引き抜くと共に男の身体を外壁の外へと落とし、その場にしゃがみながら勢いよく振り向いた。

 

「はっ!」

 

 いつもよりは控え目の気合いの声と共に、敵の喉に拳を打ち込んで声を封じた武闘家が、相手の頭を掴んで外壁の縁に思い切り叩きつける。

 固いもの同士がぶつかり合う重い音と、骨が砕ける乾いた音が微かに聞こえ、割れた男の頭からは大量の血が滲み出た。

 そのまま相手の足を掴んだ武闘家は全身の力を使って男の身体を持ち上げ、滑り落とすように男を捨てる。

 これで五人目。外壁上にいた敵はこれで全員。あとは中央に鎮座する本丸の中だろう。

 肝心の人数までは把握しきれていないが、今までの経験から十人前後だろうかと予想を立てる。

 大きさや、外の警備の人数からして、流石に二十人越えの大所帯とまではいくまい。いたとすれば、もっと警備に人員を割く筈だ。

 そうして顎に手をやって思慮をしていると、不意に建物の扉が開き、三人の男が姿を現した。

 一人は身長二メートル近い巨漢だが、もう二人は盗賊にしては細い印象を受ける。

 ぎょっと目を見開いた武闘家を他所に、ローグハンターは小さく舌打ちを漏らした。

 

 ──時間をかけすぎた。交代要員が出てきたか。

 

 ローグハンターが這いつくばる程に姿勢を低くしながら雪を口に含むと、武闘家が慌ててその隣に這いつくばり、彼を真似て雪を口に含んだ。

 豊かな胸が潰れて柔らかく形を歪めるが、そんな事に構っている余裕はない。

 

「おい、お前らどこ行った!あんまり大声出させるなよ!」

 

 男の一人が不機嫌そうに松明を振り回しながら声を張り上げると、両脇にいた二人が同時に手を挙げ、思い切り頭を叩いた。

 ぴしゃりと乾いた音がローグハンターと武闘家の二人にも聞こえ、「(いて)っ!?」と男の悲鳴があがる。

 

「なにしやがる!?」

 

「雪崩でも起こしたいのか、お前は……っ!」

 

「あいつらが戻って来ないのは、敵襲の可能性もある。警戒しろ」

 

 一人目の男とは対照的に残りの二人は冷静なようで、辺りを警戒しながら視線を鋭くさせた。

 ローグハンターは更に舌打ちを漏らすと、ちらりと武闘家に目を向けた。

 

「あれで中には入れるが、あの三人はどうにかしなければならない。やれるか」

 

「やります。やってやります!」

 

 彼からの問いかけに、武闘家は這いつくばったまま頷いた。

 ではどうするかとという話になるのだが、あの三人は先程の巡回と違って警戒しているし、いるのは庭のど真ん中だ。隠れて近づいていくのにも限界がある。

 やはり正面切っての戦闘しかないだろうかと思考を纏めた瞬間、ローグハンターはふと違和感を感じてタカの眼越しに先程の三人へと目を向けた。

 身長は只人のそれに近いが、一人は遠目からでも妙に細く見える。それに立ち姿も他の二人のそれとは違い、妙な気品のようなものさえも──。

 ローグハンターが目を細めて更に警戒を強めた瞬間、空を覆っていた雲の隙間から、月明かりが差し込んだ。

 昼間の太陽さながらに大地を照らす優しき光は、皮肉にも今まで闇に紛れていた二人の姿を映し出した。

 二人が同時に危険を察した頃にはもう遅い。先程からローグハンターが気にしていた男は、()()()()()()()()()()()()()をピクリと揺らすと、弾かせるように二人の方に目を向けた。

 

森人(エルフ)──いや、闇人(ダークエルフ)か……っ!」

 

 もう気付かれたからか、ローグハンターはその相手を睨みながら毒づくと、その男──闇人盗賊は人差し指と薬指を咥えると、思い切り息を吐いてピィーッ!と甲高い音を吹き鳴らした。

 指笛による合図だということは、ローグハンターと武闘家の二人はすぐに察した。

 同時に闇人盗賊は砦の中に駆け込んでいき、残された二人は外壁の上にいる侵入者を睨みながらそれぞれ両手斧と突剣を構えた。

 ローグハンターと武闘家は顔を見合わせるとほぼ同時に立ち上がり、外壁を滑るようにして降りて中庭へ。

 

「迷い込んだ旅人って感じでもないな。冒険者か」

 

「我々にも討伐依頼が出されたか。少々派手にやり過ぎたようだ」

 

 両手斧を構えた男が好戦的な笑みを浮かべながら言うと、突剣を構えた男は至極冷静にため息を吐いた。

 ローグハンターは腰帯に吊るした片手半剣(バスタードソード)と短剣を抜くと、武闘家は拳を開閉させて籠手の具合を確かめる。

 同時に砦の中から八人の盗賊たちがどたどたと慌てて駆け出してくると、先程からいる二人の脇について身構えた。

 

「合わせて十。やるぞ」

 

「わかりましたっ!」

 

 ガキャン!と甲高い音を立てて籠手を打ち付けあいながら応じると、ローグハンターはこくりと頷いて深呼吸をひとつ。

 

「たかがガキ二人だ!殺るぞ、てめぇら!!」

 

 巨漢が両手斧を掲げると、部下たちが各々剣を掲げながら小さめの声で吼えた。

 足音一つでも雪崩になりかねないのだ、あの巨漢のように下手に大声は出せない。

 突剣を構えた男がやれやれとため息混じりに首を振っているのを他所に、盗賊たちは冒険者の二人に向けて突撃していく。

 始まってしまったものは仕方がない。誰も逃がさないように、確実にやろうと思慮しながら、ローグハンターは向かってきた盗賊に向けて刃を振るった。

 

 

 

 

 

 砦の最奥。他の部屋に比べて一際大きなその場所は、まさに古代の将軍が使っていたであろう一室だ。

 そこに駆け込んできた闇人盗賊は、外の戦闘音に気を散らしながら、豪快にいびきをかいて寝ている頭目の頭を叩いた。

「ふご!?」と情けない声を漏らしながら目を開けた頭目は、ぼりぼりと禿げ上がった頭を掻きながら身体を起こすと、「どうした、畜生」と毒づく。

 

「起こして申し訳ないが敵襲だ。冒険者が二人、伏兵がいるかもしれん」

 

「冒険者、ね……」

 

 ごきごきと首を鳴らした頭目は酒臭い息を吐くと、ぱきぱきと指を鳴らした。

 

「捻り潰してやるよ。で、今どこだ」

 

「外で相手している。まあ、ここまでは来ないだろう」

 

 何とも好戦的な頭目の様子に、闇人盗賊がため息を吐きながらそう告げると、頭目はふと思い出したかのように問うた。

 

「女は」

 

「いた」

 

 その問いに間髪入れずに応じると、頭目は下卑た笑みを浮かべながら、机に刺さっていた短剣を引き抜いた。

 

「それは、楽しみだ……」

 

 ぺろりと舌舐めずりをする頭目を見つめながら、闇人盗賊は額を押さえながら本日何度目かのため息を吐いた。

 どの組織にも、自由な上司や部下に振り回される苦労人がいるものだ。

 この盗賊団では彼がそれに当たるのだろう。

 鈍い頭痛を堪えながら唸った瞬間、扉が破られる凄まじい音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 砕け散った正面玄関。その破片を踏み締めながら立ち上がったローグハンターは、外れたフードをそのままに相手を睨み付ける。

 

「おいおい冒険者さんよ。その程度じゃあ、ないよな?」

 

 両手斧を肩に担いだ巨漢が獰猛な笑みを浮かべながら煽ると、ローグハンターは蒼い瞳を細めて警戒心を最大にまで引き上げた。

 手に握られている片手半剣の刃はひしゃげ、大きなひびまで入っている。

 雑魚を処理している最中に放たれた不意討ちだ。流石に反応しきれなかった。

 まだまだ未熟だなと胸中で自嘲しながら、とりあえず防げただけでも良しとしようと思考を切り替える。

 いつまでも失敗を引きずっていては、次の瞬間には死んでしまう。反省するのは無事に帰ってからだ。

 そう考えながらもはや使い物にならなくなった剣を捨てて、短剣を右手に写して逆手に構えた。

 アサシンブレードは出さない。これは切り札だ、まだ切るべきではない。

 

「オラッ!」

 

 そうして動きを止めていたローグハンターを目掛け、だん!と音を立てて踏み込んだ巨漢は、大上段から両手斧を振り下ろす。

 小さく舌打ちを漏らしたローグハンターが右に転がる事でそれを避けると、空を切った両手斧は石畳を叩く──、

 

「おっと、おらよ!」

 

 ことはなく腕力に物を言わせてピタリと停止。そのまま振り上げ、回避したローグハンターに向けて両手斧を振るう。

 彼の腕力に小さく目を剥いたローグハンターがその場に深くしゃがめば、頭があった位置に肉厚の刃が通りすぎていく。

 

「シッ!」

 

 そして刃が返される前に、ローグハンターが動いた。

 転がった分開いた間合いを大きく踏み込むことで詰め、振り抜いた姿勢故に晒された短剣で脇腹を貫く。

 上手く防具の隙間を縫ったのか、ずぶりと音を立てて肉を貫き、内臓を傷つける感覚に手応えありと目を細めるが、巨漢は怯むことなく彼の頭に裏拳を放つ。

 頭を揺らした凄まじい衝撃に怯み、勢いに押されて片膝をつけば、今度は顔面に両手斧の刃と柄の付け根──斧頭による殴打が打ち込まれた。

 ごっ!と鈍い音が広間に響き、ローグハンターが崩れ落ちる音が続いた。

 

「こっ……あっ……ぇ……」

 

 口元の傷跡が開き、鼻からも大量の血が噴き出し、顔を真っ赤に染めたローグハンターは、焦点の合わない瞳を揺らしながら僅かに鉄の臭いが混ざった喘ぎ声を漏らす。

 無様な彼の姿を見下ろしながら脇腹に刺さった短剣を引き抜いた巨漢は、それをごみを捨てるように適当に放ると、ニヤリと歯を見せながら嗤った。

 両手斧を振り上げ、倒れて動かない彼の頭に狙いを定める。

 

「あばよ、冒険者。仲間たちによろしく言っといてくれ」

 

 巨漢はそう告げて、両手斧を振り下ろした──。

 

 

 

 

 

 見えていた月が再び雲に姿を隠し、降雪も激しくなり始めた中庭。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 身体に様々な傷を刻まれた武闘家は、新品の装備を赤く染めながら、呼吸を繰り返していた。

 吸い込む空気は痛いほどに冷たく、全身を襲う寒さが鎖のように動きの繊細さを奪い取る。

 普段なら避けられたかもしれない攻撃も貰い、防げたかもしれない攻撃を通される。

 回りの手下を倒して身体を温めたが、そんなものすぐに冷えてしまうのが雪山の辛いところだ。

 

「辛そうだな、冒険者」

 

 対する突剣を構えた男は、いまだに余裕な表情を崩さず、ヒュンヒュンと音を立てて極細の刃をしならせ、空を切った。

 ピチャリと音を立てて白い雪に赤い点がついた辺り、単に血払いをくれただけなのだろう。

 武闘家は全身に残る痛みを落ち着かせようとふーっと深く息を吐き、冷たい空気を思い切り吸い込んだ。

 瞬間、男が動く。

 雪上という踏ん張りも利きにくい足場にも関わらず、しっかりと地面を踏みしめた踏み込み。

 

「っ!」

 

 武闘家が意識を集中し、腰を落としてどっしりと身構えた頃には、既に間合いは詰まっている。

 瞬きする間もなく刺突が放たれ、武闘家はその切っ先を拳で弾いて防御するが、

 

「チッ!」

 

 男が舌打ちと共に手首を捻れば、弾かれた刃がしなった勢いのままに彼女の元に戻り、頬に傷をつけた。

 鞭で叩かれたような痛みに喘ぐ間もなく、体勢を整えた男は突剣を構え直すと思い切り息を吸い込み、そして止めた。

 

「っ!!!!」

 

 直後放たれるのは、残像を残すほどの速さを発揮する連続の刺突だ。

 無呼吸故に息継ぎによる速さが緩むタイミングがなく、それを防ぐ武闘家は極限の集中を強いられる。

 だがまだまだ途上の彼女にとって、その集中が続くのはほんの数秒にも満たない。

 二手、三手と防げたとしても、その後に無数に続く四手、五手を防ぎきれず、一度でも崩れてしまえばあとは容易い。

 人を斬れるなんて思えぬ極細の刃が、次々と彼女の肉を断ち、穿ち、鋼鉄で鍛えられた装備にも傷を残していく。

 

「~っ!!」

 

 次々と傷を刻まれ、その痛みに悲鳴をあげることさえも出来ない武闘家は、咄嗟に籠手に包まれた両腕を縦に並べて即席の盾とするが、

 

「っ!!」

 

 突剣の柄に設けられた護拳による殴打により、力任せに剥がされる。

 細い割に凄まじい力が込められた拳打に目を剥く武闘家に向けて、男は目を細めて不敵に笑むと、無防備になった彼女に向けて突剣の連撃を再開した。

 体勢を崩した状態からの攻勢に、武闘家は反応することも出来ず、その身体に次々と傷が刻まれていく。

 

「くっ!うぅ……っ」

 

 全身に絶えず叩きつけられる鋭く痛みと、噴き出した血による異常なまでの熱さに喘ぎ、堪らず片膝をついた瞬間、突剣の切っ先が閃いた。

 鋭く銀光が下がった彼女の防御を掻い潜り、纏う鎧の隙間さえも掻い潜り、彼女の腹部を貫いた。

 

「ぇ……あ……」

 

 自分の腹に突き刺さる突剣を見下ろした武闘家は、細い刃を伝う赤い液体と、それが垂れて雪の上に点々と残る血痕を見つめ、口からは気の抜けた声を漏らす。

 彼女の冷たく見つめていた男が突剣を引き抜けば、彼女の衣装に赤い染みが広がっていき、どさりと音を立てて身体が倒れる。

 

「相手にならん。さて、あの脳筋の手助けにでも行くか」

 

 そして途端に興味を失ったようにそう言うと踵を返し、無呼吸状態の疲労を回復しようと深呼吸をしながら歩き出す。

 霞む視界にその背中を映していた武闘家は、急激に体温が奪われていく感覚を感じながら、微かに口を動かした。

 

「……お父……さん……お……母……さん……」

 

 脳裏に過ったのは、半ば喧嘩をして別れる事になってしまった両親の顔だった。

 

 

 

 

 

 せい!はっ!と気合い一閃と共に拳を繰り出す父の背中を見るのが、()は大好きだった。

 そうして見ていればすぐにこっちに気付いて、様々なことを教えてくれることを知っていたからだ。

 何より父が一番格好いいと思える瞬間でもあったから。

 

只人(ヒューム)の身体というのは馬鹿なんだ。他の種族に勝てる物をもっていないのに、全力を出せないようになってる。身体が壊れちゃうからだって』

 

 様々な型を見せてくれながら、父はそんな事をぼやいていた。

『なーにそれ?』と訳もわからずに問うた自分に、お父さんは豪快に笑いながら頭を撫でてくれた。

 そして、見せてくれた。

 

『お父さんのじい様のそのまたじい様の、それまたじい様?あれ、もう何個か前のじい様だったか……?まあ、ご先祖が知り合いと一緒に考えたらしいんだけど、それはどうでもいいや』

 

 いつもは優しげな瞳に凛とした力のある光が灯り、父が抱きついても腕を回しきれない程の大木の前に立った。

 そして深呼吸をして手刀を振り上げると、この頃の私には見えなかった速度で振り抜いた。

 直後、直立していた大木が音を立てて倒れ、砂煙がお父さんの姿を覆い隠してしまった。

 そんな煙の中から、お父さんの快活な声が響いた。

 

『自分の中で決めておくんだ。こうすれば本気を出せるっていう合図(スイッチ)を。短時間だけでいい。数秒だって構わない。全力の全力を出せるようにしておきなさい。でも強制はしない。大事な時に思い出してくれるのなら、忘れてくれたって構わない』

 

 そう言いながら煙から出てきたお父さんは、がしがしと乱暴に私の頭を撫でながら満面の笑みを浮かべた。

 

『これ覚えると、妙に腹が空くんだよな……』

 

 

 

 

 

 

「なん……で、今、更……」

 

 消えかけた意識を気合いが繋ぎ止め、地面に拳を叩きつけた武闘家がふらふらと揺れながら立ち上がると、銀色の瞳に鋭く光が灯る。

 全身が痛いし、手足には力が入らないし、頭も重いしと、状態は最悪なのだが、それでも立ち上がるしかないだろう。

 あの男を行かせれば、間違いなく彼の命に関わる問題になる。

 

「立つのか。まあいい」

 

 彼女が立ち上がった事に気付いた男が振り向き、突剣をかまえると、武闘家は痛む身体に鞭を打って深呼吸をした。

 冷たい空気を肺一杯に吸い込み、霞む意識を無理やり隆起させる。

 父の言葉を思い出してことには、何か意味があるのだろうかと考えるが、すぐにそれを止めた。

 今は目の前の相手に集中する。それだけを考えればいい。

 きっと銀色の瞳を細め、相手の動きに意識を向ける。

 限界まで死に近づいたせいで、たがが外れてしまったのか、まだ生きようという意志が消えていないのか、それは定かではないが。

 視界の奥にいる男は既に走り出し、最後に大きく一歩踏み込んでいる。

 その勢いのままに突剣を突き出し、彼女の心臓を貫かんとするが、

 

「っ!?」

 

 直後、男の表情が驚愕に染まり、双眸が有らん限りに見開かれた。

 先程と変わらないどころか、それ以上の速度をもって突いた。突いた筈だ。

 なのに、放った一撃はピタリと動きを止めて、彼女の身体には届いていない。

 理由は単純。極細の刃が鍔のぎりぎりで彼女の左手に掴み取られ、動きを封じられたのだ。

 

「はぁぁぁぁ──……」

 

 同時に武闘家は深く息を吐くと右手で手刀を作り、右足を大きく下げると共に引いた。

 危険を察して男が突剣を放棄して逃げようとした瞬間、それを読んでいたかのように彼女の左手が閃き、男の手首を掴む。

 

「っ?!」

 

 先程とは段違いの反応速度に、骨が軋み、みしみしと悲鳴をあげるほどの握力。

 まるで別人になったかのような変化に狼狽え、ほんの一瞬身体を強張らせた瞬間、男の身体を一気に引き寄せ、

 

「いぃぃぃぃぃぃやっ!!!」

 

 怪鳥音を響かせながら、手刀を放った。

 その一撃はさながら槍の如く男の胸に突き刺さり、文字通り彼の心臓を穿つ。

 

「ごふ……っ!」

 

 口から大量の血を吐いた男と、その血で顔を汚した武闘家は睨みあうと、彼女は彼の肩に手を置き、胸に突き刺さった自分の拳を引き抜いた。

 胸から大量の血を噴き出しながら背中から倒れた男は、がくがくと身体を痙攣させると、ぐるりと白眼を剥いて力尽きた。

 同時にぷつんと何かが切れる音がすると共に、武闘家はその場に尻餅をつく。

 乱れた息をどうにか落ち着かせようと呼吸を繰り返すが、落ち着く様子はなくドクンドクンと心臓の音が嫌にうるさい。

 

「でも、もうちょっと、頑張らないと……っ」

 

 それでも痛む身体に鞭を打って立ち上がり、よろよろと覚束ない足取りで砦を目指す。

 彼女が歩いた後には足跡だけでなく点々と血痕が残り、その量は踏み出す度に多くなっているようにさえ見える。

 だが彼女は止まる様子を見せずに歩を進め、吹き飛ばされた彼が突き破った砦の正面玄関を潜った。

 その直後、バン!と鋭い炸裂音が砦中に響き渡り、カランと何かが落ちる乾いた音がその後に続いた。

 霞む視界をどうにか凝らしてみれば、倒れたローグハンターがピストルを構えており、巨漢が何かを振り上げた体勢で固まっている。

 彼の足元には肉厚の刃が取り付けられた両手斧が落ちており、先程の音はそれが落ちた音なのだろう。

 苦しそうに唸りながら寝返りをうったローグハンターは、両手を床について立ち上がると、巨漢の肩を押した。

 すると巨漢の身体がゆっくりと倒れ、重々しい音が響いた。

 はぁはぁと乱れた呼吸をそのままに、アサシンブレードを抜刀した彼は、念のためと言わんばかりに巨漢の眼球に突き立てた。

 だが返ってくる反応はなく、巨漢が絶命したことは確かだった。

 もっとも、先の超至近距離で放たれた銃弾により頭の半分を吹き飛ばされているのだから確かめる必要もないのだが、念には念を押しておくべきだろう。

 そうして相手の死亡を確認したローグハンターはホッと息を吐くと、気配を感じて正面玄関へと目を向けた。

 

「……大……丈夫、ですか……?」

 

 彼の視線に気付いた武闘家が、顔色を悪くしながらも気丈に笑みながら問いかけると、ローグハンターはぎょっと目を見開いて走り出す。

 壁に寄りかかっていた武闘家だが、それでも耐えきれずに倒れそうになった間際、ローグハンターが彼女の身体を受け止めた。

 瞬間、自分の手にへばりついた生温い液体の感覚に、さっと背筋を凍らせる。

 

「ちょっと、無理……しすぎちゃいました……」

 

 あははと乾いた笑みをこぼす彼女を他所に、ローグハンターは彼女を横抱きで持ち上げると、吹き込む風から逃れるように柱の影に退避。

「すまん」と一言断りを入れてから彼女の服をめくり、傷口の具合を確かめた。

 腹に小さな穴が開き、そこから絶えず血が溢れ出ている様子を確かめ、ローグハンターは隠す気もなく舌打ちを漏らした。

 そのまま自分と彼女の雑嚢をひっくり返し、水薬(ポーション)と布、包帯を取り出す。

 無理やり顔を上げさせて水薬(ポーション)を流し込むと、もう一本を取り出し、こちらは布に染み込ませる。

 

「染みる──いや、痛いぞ」

 

「はぃ……」

 

 彼の言葉に覇気の欠けた声で応じると、水薬(ポーション)を染み込ませた布を傷口にあてがった。

「うぅ……!」と痛みに喘ぐ彼女は無意識に彼の腕を掴むが、彼は一切手を止めることなく包帯を彼女の腹に巻いていく。

 

「縫合してやりたいが、今はこれが限界だ。しばらく動くな、死ぬぞ」

 

 切羽詰まったように早口で告げられた彼の言葉に武闘家は小さく頷くと、ローグハンターは「大丈夫だ」と励ましながら彼女の頬を撫でた。

 

「大丈夫だ、お前を死なせはしない。死なせてたまるか」

 

 ローグハンターは蒼い瞳に絶大な覚悟を込めながら告げた。

 彼の脳裏に過るのは、師との二人がかりでも護りきれなかった大恩人の姿。目の前で死にかける彼女の姿が、嫌でもあの日のことを思い出してしまう。

 必死になって余った包帯や軟膏で止血をしている彼の顔を見つめながら、武闘家は彼に気付かれないように小さく笑んだ。

 周りには怖がられているが、彼は優しい人だ。自分の負傷もそっちのけで、誰かのことを助けようとしてしまうくらいに、優しい人なのだ。

 

「そっちは、大丈夫、ですか……?」

 

「ああ、このくらい何ともない。お前の方が重症だろう」

 

 痛みに表情を歪め、額に球のような汗を滲ませながら、ローグハンターはそう返すと、ぎゅっと強めに包帯を巻く。

「いっ……!」と歯を食い縛りながら悲鳴を漏らした彼女を他所に、ローグハンターは何かを感じて柱の影から顔を出した。

 がつがつと無造作な足音が砦の二階から響き、こちらに近づいて来ているのだ。

 

「……っ」

 

 どんどんと近づいてくる足音に、ローグハンターは緊張の面持ちを隠す余裕もなく柱の影に身を隠すと、彼の背を武闘家が叩いた。

 

「私は……大丈夫……です……から…」

 

 そして気丈に笑いながら言うと、ローグハンターは数瞬迷うような素振りを見せるが、「すまん……っ」と苦虫を噛み潰したような表情になりながら言うと、影から飛び出した。

 同時に足音の主が姿を現す。

 現れたのは長い顎髭を蓄えた、先程の巨漢にも引けを取らない大男。

 彼はローグハンターを視界に納めると、フッと鼻で嗤った。

 

「随分とぼろぼろじゃあねぇか。可愛がって貰えたか、ガキ」

 

「ガキと言われるほど子供でもないんだが……」

 

 顔についた血を拭いながら頭目の言葉に切り返すと、頭目は階段を降りながらぱきぱきと指を鳴らす。

 

「女がいるって聞いたが、ああ、そこで寝てやがるのか」

 

 そして柱の影から溢れている武闘家の手と銀色の髪を見つけた頭目が言うと、彼女を守るように頭目と彼女の間に割り込む。

 彼の行動に頭目は間の抜けた表情になるが、はっ!と笑い飛ばした。

 

「なんだ、恋人か?それとも妹か?まあいいぜ」

 

 頭目が広間にたどり着き、動物の毛皮で作られた長靴の爪先で床を叩きながらローグハンターに告げた。

 

「てめぇが死ねば、その嬢ちゃんは俺の玩具だ。守りたきゃ、俺を殺しな」

 

「元からそのつもりだ」

 

 頭目の挑発にローグハンターが鋭く返すと足元に転がる両手斧を持ち上げ、肩に担いだ。

 頭目は彼を睨みながら、背後で控える闇人盗賊に向けて言う。

 

「邪魔するんじゃあねぇぞ。あの嬢ちゃんにも、ガキにも手出しはするな、いいな!」

 

 彼の言葉を受けた闇人盗賊は肩を竦めると、役目を失った短剣を弄びながら頷いた。

 

「おーし!やるぞ、ガキ!せいぜい俺を楽しませろ!!」

 

 頭目がバキバキと指を鳴らしながら拳を構えると、ローグハンターは鋭く息を吐いて両手斧を構えた。

 身体は重く、節々からは鈍い痛みが広がってくるが、その程度で彼の戦意は折れはしない。

 仲間を護るためならば、ならず者(ローグ)を塵殺するためならば、彼は何度でも立ち上がる。

 それが彼の役目(ロール)。成すべきことを成すのが、今するべき事なのだ。

 

 

 

 




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