SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory06 護るために

 雪に覆われた砦。大広間。

 

「でりゃあ!!」

 

 頭の半分を失い、血の海に沈んだ巨漢の死体を踏みつけながら、頭目は自慢の豪腕を振り下ろした。

 ローグハンターはその場を飛び退くことでそれを避けるが、振り下ろされた拳は勢いのままに床を粉砕。

 本来であれば剣でさえも弾く石材が、細かな破片となって辺りに飛び散る。

 コツコツと小石がぶつかるような感覚に目を細めたローグハンターは、体勢を整えてフッと短く息を吐きだし、指が柄を歪める程の力を込め、両手斧を振り抜いた。

 疲弊した身体で振るうには重すぎるそれは、身体の重心を持っていかれる程の遠心力を生み、当たれば魔物すら叩き潰す一撃だろう。

 だが、仲間が使っていたが故にそれを熟知している頭目にとって、そんな武器に振り回されている一撃なぞ恐れるに足りず。

 床にめり込んでいた拳を力任せに引き抜き、半歩下がることで肉厚の刃を紙一重で回避。

 斧を振り抜き、体勢を整えきれていない彼の脇腹に向けて、「らっ!」と気合いの声と共に、真っ直ぐに足を突き出した。

 回避も防衛もする間もなかったローグハンターの脇腹に、さながら槍の一突のような蹴りが突き刺さり、蒼い瞳が揺らぎ、表情も痛みに歪む。

 肺の奥から「かはっ!」と僅かに鉄臭い──血の臭いがする息を吐き出した彼は、蹴られた勢いのままに弾き飛ばされ、床の上を転がる。

 

「ぉ……う゛……おおっ!」

 

 脇腹を押さえながら苦しそうに嗚咽を漏らすが、視界の端に倒れる武闘家の姿を捉え、気合いを入れる。

 両手斧を杖代わりに立ち上がり、ぺっと口の中に溜まった血を吐き出す。

 殺すつもりで蹴りを入れたのだが、それでも殺意をみなぎらせて立ち上がった彼の姿に、頭目はニヤリと嗤うと、「いいねぇ、いいねぇ!」とこきこきと指を鳴らした。

 

「一撃で沈むんじゃあ、つまらねぇ!まだまだ行くぞごらぁ!」

 

 そして猛ったように吼えると、ローグハンターに向けて走り出す。

 一歩踏み出す度に砦が揺れているようにさえ思えるが、それは自分が臆している証拠だと、人が走った程度で砦が揺れるわけないだろうと、震える膝を叩いて渇を入れる。

 その直後、頭目は助走の勢いのままにローグハンターの顔面に向けて拳を放ち、迎え撃つ彼は短く息を吐き、上体を僅かに反らして拳を避けた。

 耳のすぐ横を拳が通りすぎる音が抜けていき、その力強さにぞわりと背筋が震え上がる。

 だが、ローグハンターはそれを──恐怖をすぐに振り払うと、両手斧を短く持ち直し、拳を打ち抜いた体勢故に、無防備に晒されている頭目の脇腹に刃を叩きつけた。

 ──が、感じたのは肉を断つ感触ではなく、岩でも殴り付けたような固い感触と、甲高い金属音だった。

 簡単に鎧を砕き、人体を破壊する斧をもってしても、頭目が纏う鎧を突破出来なかったのだ。

 下っ端が纏う安物、急造物とは訳が違う、長年使い込んだ──盗賊に身をやつす前から使っていた、上物なのだろう。

 ローグハンターが小さく舌打ちを漏らし、後方に飛ぶように身を避ければ、彼がいた場所に鉄拳が振り下ろされる。

 空を切った拳は床に当たる寸前で止まるものの、巻き起こった風圧で頭目の髪が揺れ、ニヤリと不気味な笑みを深めた。

 

「まだまだだ、ガキ!逃がさねぇぞ!」

 

「元より逃げるつもりはないが」

 

 頭目の言葉に両手斧を持ち直しながら返すと、じっと目を細めて相手を睨み付ける。

 先の一撃で鎧の脇腹は僅かに歪む程度で、肉を傷つけるには程遠い。狙うなら鎧がない部分、関節や頭を狙うべきだろう。

 それさえ決まってしまえばやるのみだと、今度はローグハンターから仕掛けた。

 刃が床に擦れるほどに下段に構え、ぎゃりぎゃりと音を立てながら矢のごとく鋭く突貫。

 途中で投げナイフを投じて牽制を挟むと、頭目はそれを裏拳で迎撃し、ローグハンターの次の一手に備えて身構えた。

 最後に思い切り踏み込むと、下段から一気に振り上げる。

 その勢いのままに身体が延びきり、斧の重さに引かれて軽く浮き上がるが、所詮は武器に振り回された一撃。

 頭目は右に半歩ずれる事で避け、がら空きの胴に蹴りを叩き込んだ。

 肉が潰れる鈍い音が砦内に響き渡り、ローグハンターも先程と同じように吹き飛ばされるが、頭目は笑みではなく不可思議な表情を浮かべ、僅かに感じた違和感に眉を寄せ、蹴りを放った自分の足に目を向けた。

 切り裂かれた膝裏から多量の血が噴き出し、冬に備えて毛皮で造った長襦袢(ズボン)や長靴が赤く染まっていく。

 

 ──斬られた?蹴りを貰う覚悟で、反撃してきやがったのか……。

 

 ぎろりと床に倒れるローグハンターに目を向ければ、いつの間にか血に濡れた短剣が握られている。

 

 ──あの投げ物。牽制ではなくあれを拾う瞬間を見させない為に投げたのか……。

 

 相手の行動を冷静に分析しながら毛皮の外套の端を破き、包帯代わりに膝に巻く。

 少し動きにくくなるが、いいハンデだと笑い飛ばす。

 

「嫌いじゃあねぇ。だが、これを続けても俺が死ぬよりもお前がくたばる方が早いぜ」

 

「ぁあ゛……くそ……っ。その……通り、だよ……っ」

 

 蹴られた腹を押さえながら悶えるローグハンターは、頭目の言葉に唸るような声音で返すと、血脂にまみれ、もはや使い物にならなくなった短剣を捨てた。

 そして血に濡れた右袖を(・・・・・・・・)隠すように手をつき、両手斧を杖代わりに立ち上がる。

 ぜぇぜぇと痛みに喘ぎ、足に力が入らなくなってきてはいふものの、歯を食い縛って倒れることだけはしない。

 痛いのには慣れているし、苦しいのにも慣れているが、やはり痛いものは痛いし、苦しいものは苦しい。

 だが倒れる訳にはいかない。倒れたら、彼女が今以上に苦しむことになる。

 視界の端に映る武闘家を一瞬見つめた彼は、目を閉じて意識を切り替え、ふーっと長く息を吐いた。

 それだけでも脇を中心とした痛みが全身に広がっていき、骨折したかもなと他人事のように思う。

 だがそれも一瞬のこと。既に頭目は走り出しており、それへの対処を考えなければならない。

 

「でりゃあ!!」

 

 助走の勢いのままに放たれた飛び蹴りを横に転がることで避ければ、頭目の巨体が床に落ちる。

 だが彼は素早く身を転がして仰向けになると、身体を跳ね上がらせて素早く立ち上がり、同時に立ち上がったローグハンターに追撃を狙う。

 シュ!シュ!シュ!と風を切る音を纏った拳の乱打を放ち、それを一身に受けるローグハンターは自分が鍛えてきた反射神経を全開にして避けていく。

 真っ直ぐ放たれた拳は身体を傾け、身体の側面を狙った拳は両手斧の柄で弾き、脳天を割らんと振り下ろされた拳は一歩下がることで避ける。

 それを瞬きする間もなく数十秒も繰り返せば、目が乾いて勝手に涙が浮かぶ。

 それさえを気合いで引っ込めさせたローグハンターは、放たれた拳を弾いた瞬間に、力任せに斧を振り下ろした。

 

「っ!」

 

 頭目は防戦一方だったローグハンターの突然の反撃に目を剥くが、あくまで冷静に腕を交差させると、太い手首を寸分の狂いなく斧の柄に当てて受け止めた。

 肉厚な刃が頭目の額まであと僅かの所まで迫ったが、そこで止まって進むことが出来なくなった。

 押し込もうにも膂力で劣るローグハンターではどうする事も出来ず、頭目は歯を見せつけるように鮫のように嗤った。

 ローグハンターが勝ちの目が見えずに斧を引こうとした瞬間、それよりも速く頭目の蹴りが放たれた。

 真っ直ぐに放たれた蹴りはローグハンターの腹部を強かに打ち込み、斧を手放す程の衝撃を彼に与えた。

 本日何度目かの浮遊感に襲われたローグハンターは、痛みに表情を歪めながらも受け身を取って床を転がると、すぐに立ち上がった。

 だが、足から力が抜けて片膝をつくと、これは好機だと両手斧を構えた頭目は走り出し、腕力にものを言わせて横一閃に斧を振るった。

 どうにか避けようとするが、足に力が入らないローグハンターは舌打ちを漏らすと、足元に転がっていた巨漢の身体を持ち上げ、盾代わりにして構えた。

 その直後、放たれた斧の一閃が巨漢が纏う鎧にぶち当たるが、頭目はお構いなしに斧を振り抜き、巨漢と、その影に隠れるローグハンターを吹き飛ばした。

 揃いも揃って吹き飛ばされた二人は、破られた正面玄関を通って中庭へと出されてしまい、ローグハンターは雪の上を転がった。

 げほげほとむせながら、手にしていた巨漢の身体を眺めたローグハンターはぎょっと目を見開き、申し訳なさそうに視線を外した。

 自分の代わりに上半身と下半身が泣き別れした巨漢の上半身を投げ捨てると、ふらつく足を叩いて気合いを入れ、立ち上がる。

 転がりすぎて黒い衣装は埃と雪、血にまみれて不思議な斑模様が浮かび上がり、元の色が残っている場所は少なくなっていた。

 着なれている筈なのに重く感じるのは、雪を吸ったからか、そこまで消耗してしまったからか、あるいはその両方か。

 肩を揺らしながら、押さえきれずに血を吐き出した彼は、朧気に揺れる蒼い瞳に頭目の姿を映した。

 両手斧を肩に担ぎ、相変わらずの不敵な笑みを浮かべた頭目は、中庭のほぼ中央に立つローグハンターを睨みながら、髭を蓄えた顎を擦る。

 

「まだまだ踊れるだろ、ガキ」

 

 挑発するように手招きし、両手斧を軽々と片手で振って血払いをくれると、刃をローグハンターに向けた。

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

 対するローグハンターは一歩を踏み出そうとした瞬間、がぼっと血を吐き出して両膝をついた。

 口から垂れる血が赤い点を点々と白い雪の上に落とし、だらりと垂れた両腕は雪に埋まってしまっている。

 頭目は肩を竦めると歩き出し、中庭に足跡を残しながら肩を竦めた。

 

「やれやれ、仲間はほぼ全滅。生き残ったのは、あいつと俺だけ、か」

 

 どーすっかなぁと悩ましそうに唸った彼は、じっとローグハンターを睨んだ。

 僅かに肩が上下しているから、とりあえず生きてはいるが、気力が尽きたのか、あるいは力量の差に絶望でもしたのか、動く気配はない。

 だが、どんな理由であれ生かしておく理由もない。さっさと殺してお愉しみといこうと、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「あの嬢ちゃんはどのくらい持つかな。知ってるか、女を抱く最高の方法をよ」

 

 勝ちを確信した頭目は笑いながらそう問いかけるが、肝心のローグハンターは応える様子もなく俯いたままだ。

 

「どうせ知らねぇだろうよ。むしろ女の味すら知らねぇだろ」

 

 そんな彼の反応がお気に召さなかったようで、頭目は彼を煽るようにそう言うが、相変わらず彼は動かない。

 気絶でもしたのかと思ったが、どっちでもいいとして話を続ける。

 

「あの世への土産だ、覚えとけよ」

 

 ローグハンターの目の前で足を止めた頭目は、これから行う事を想ってか、唇を歪に歪め、目を細めながら嗤った。

 

()れながら刺すんだよ。腹でも、胸でも、腕でもいい。この短剣で、女の柔らかな身体を痛め付けてやれば身体が強張ってな、思い切り締め付けてくれるんだよ。あれは癖になるぜぇ」

 

 腰に下げていた短剣を抜き、見せびらかすように──ローグハンターは俯いたままだが──振り回しながら告げると、ふと思い付いたように告げた。

 

「そういや、随分と怪我してたよな。その傷を抉ってやってもいいか。ああ、愉しみだぜ!」

 

 そう言いながら豪快に笑うが、ローグハンターは反応を返さない。

 そしてついに興味が失せた頭目がため息を吐くと、ゆっくりと斧を振り上げた。

 

「あばよ、ガキ。しばらくしたら、あの嬢ちゃんも送ってやる」

 

 先程とは打って変わり、静かな声音で告げた頭目は、項垂れるローグハンターの頭に向けて斧を振り下ろした瞬間、彼の手が閃いた。

 直後、冷たさを感じた瞬間に視界が白く染まり、突然の事態に身体を強張らせるが、すぐに斧を振り下ろす。

 だが感じたのは固い地面を叩いた感覚。骨を砕き、肉を断った感覚はない。

 頭を振り、目元を乱暴に拭った頭目は、手の甲の湿り気に舌打ちを漏らした。

 

 ──雪による目潰し……。舐めた真似を……っ!

 

 苛立ちに表情を歪め、ざっと雪を踏み締める音がした方向に目を向ければ、ふらつきながらも立っているローグハンターの姿があった。

 彼は腰のホルスターに手を伸ばすと、流れるような動作で短筒(ピストル)を取り出し、構えた。

 今回狙うのは頭を撃ち抜いた確殺(ヘッドショット)ではなく、確実に痛痒(ダメージ)を与えること。

 狙いを相手の胴に定め、銃爪(トリガー)を弾いた。

 山に炸裂音が轟き、銃口からは硝煙が噴き上がる。

 そして放たれた銃弾は──。

 

「舐めるなっ!!」

 

 頭目が素早く身を翻すことで、避けられた。

 驚愕に目を剥くローグハンターを他所に、頭目は駆け出しながら吐き捨てた。

 

「そいつは何度も見たことがある!避け方も心得てるんだよ!」

 

 その言葉を聞いてか聞かずか、短筒を捨てたローグハンターが、切り札である背中の長筒(エア・ライフル)に手を伸ばす。

 

「うおらっ!」

 

 それよりも速く間合いを詰めた頭目が拳を振るえば、ローグハンターはその脇を抜けるように転がることで避ける。

 

「狙った方向しか弾はこない。何よりも、構えさせなければ問題ねぇ!」

 

 そのまま体勢を整える間を与えずに、開いた間合いを瞬時に詰めて拳を振るう。

 二手、三手は避けられるものの、消耗した身体では動きについていけず、避けられた筈の攻撃が頬を掠め始め、もう三手を放った頃にはには顔面に突き刺さった。

 快音を響かせて吹き飛ばされたローグハンターは、雪の上で背中を擦りながら減速していき、数メートル滑ることでようやく止まる。

 

「かっ……ぉ……んぅ゛……っ」

 

 ようやく止まり始めていた鼻血と、口許の傷口からの出血が再開され、顔を真っ赤に染め上げた。

 痛みに唸り、どうにか立ち上がろうともがくローグハンターだが、ずかずかとこちらに近付いてくる足音に思考を乱される。

 どうすれば勝てるのか、どうすれば倒せるのかを考えるが、本当にどうすると思慮を深めるが、凄まじいまでの痛みに全く集中出来ない。

 とりあえず立ち上がるしかないと両手をついた瞬間、その手に何かが当たる感触に目を細めた。

 顔を横に向ければ、武闘家が倒したであろう盗賊の死体が転がっており、手に当たっているのはその男が使っていた武器なのだろうと目星をつける。

 あとはそれを悟らせないようにと意識を戻した瞬間、鳩尾を踏みつけられた。

 

「ごっ……!」

 

「余所見すんじゃねぇ。まだ終わってねぇんだよっ!」

 

 ぐりぐりと踏みにじりながら告げると、ローグハンターは痛みに耐えるように歯を縛りながら、両手で頭目の足首を掴んだ。

 直後、頭目が再び足を振り上げ、全く同じ場所を踏み抜いた。

 骨が砕ける音が中庭に響き、ローグハンターは声もなく悲鳴をあげた。

 口から血の泡を噴き出したローグハンターは虚ろな視線をさ迷わせ、雲に覆われた空を見上げる。

 星も月も見えないが、代わりに嗤い顔の頭目が顔を覗かせた。

 

「今度こそ終いだ、ガキ」

 

 そして笑みを浮かべたまま告げると斧を投げ捨て、ローグハンターの身体に馬乗りになると、彼の首を両手で掴んだ。

 さながら万力のように力を込めていき、彼の首を締め上げていく。

 

「かっ……!え……っ。ぅ……」

 

 血の流れが滞り始めたローグハンターの顔が赤く染まり始め、酸素を求めて無意識に口がだらしなく口が開く。

 その表情を見下ろしながら、頭目は勝ち誇ったように嗤いながら告げた。

 

「さっきの続きだが、女に手前のナニを挿れながら、こうやって首を締めてやるんだよ。そしたら肉が締まって気持ちが──」

 

 その言葉を遮る形で、ローグハンターが最後の意地を見せた。

 先程掴んだ武器を掴み、頭目の側頭部に叩きつけた。

 ガンッ!と固い音が響いたかと思えば、頭目の巨体が吹き飛んでいき、ローグハンターは念願の呼吸が再開するが、げほげほとむせかえる。

 

「──いってぇな、畜生!糞ガキが!」

 

 そんな彼を他所に、割れた頭から噴き出した血で顔を真っ赤にした頭目が吼えると、ローグハンターは手にしていた武器──血に濡れ、形が歪んだ金槌を眺めると、ごみのようにそれを捨てた。

 

「ああ、くそが!いてぇ、いてぇよ……」

 

 割れた頭を押さえながら痛みに悶える頭目だが、立ち上がった彼の姿を見つけると立ち上がり、そして彼が無手であることを確認した瞬間、

 

「うおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 獣じみた咆哮をあげ、ローグハンターに向けて駆け出した。

 武器はいらない。腕力に物を言わせて押し倒し、首を折ってやればそれで終わりだ。

 ローグハンターはどうにか避けようと足に力を入れるが、すぐに力が抜けて片膝をついた。

 勝ちを確信した頭目が笑みを深め、そのままローグハンターの身体に正面から激突し、凄まじい衝撃と共に押し倒した瞬間、決着がついた。

 

「がはっ……」

 

 大量の血を吐き出したのは、頭目だ。

 訳もわからずに目を見開く彼を他所に、気を失いかけているローグハンターの目は虚ろだ。

 だが、彼の右手は真っ直ぐ横から頭目の首に、左手は僅かに角度を着け、斜め下から脇に当てられていた。

 そこから伸びる刃は、一切の音もなく確実に相手の喉と、心臓を貫いたのだ。

 声を出す事もできず、身体に力も入らない頭目を他所に、どうにか意識を繋ぎ止めたローグハンターは両手首のアサシンブレードを納めると、自分に覆い被さる頭目の身体を押し退けた。

 どさりと音をたてて雪の上を転がった頭目だが、まだかろうじて息はあるようで、驚愕に見開かれた目でローグハンターを睨んでいる。

 それに冷たく睨み返すことで応じたローグハンターは、頭目の腰から下がる短剣を奪い取ると逆手に構えながら頭目に馬乗りになった。

 

「何だった、か……」

 

 喉を締め上げられた為か、酷くがさついた声を漏らしたローグハンターは、短剣の切っ先を頭目の瞳に向けながら、告げた。

 

「腹でも、胸でも、腕でもいいから刺せだったな。だが、そんな事はどうでもいい」

 

 頭目が展開した持論を「どうでもいい」の一言で断じたローグハンターは短剣を振り上げ、無慈悲にそれを振り下ろした。

 短剣は眼球を貫くと、その勢いのままに脳へと達し、人間が最も傷つけられてはいけない脳みそを掻き回した。

 頭目の身体はビクン!と一度跳ねて強張ると、すぐに弛緩していき、残された片方の瞳はぐるりと白眼を剥いた。

 

「──汝の欲望が永遠に満たされぬことを。静寂の中で眠るがいい」

 

 そして細やかな祈りの言葉を口にすると、突き刺さった短剣を引き抜き、開かれたままの両目を閉じてやる。

 

「あぁ……」

 

 同時に力が抜けたローグハンターは横に倒れて頭目の上から退くが、立ち上がる気力が出ずに雲に覆われた空を見上げた。

 星も月も見えず、厚い雲からは次々と雪が落とされ、肌に触れたものから溶けて水へと変わっていく。

 疲労に苛まれてか、強敵を撃破して気が抜けてしまったのか、強烈な眠気に襲われるが、まだ終わっていないと身体に鞭を打って立ち上がろうとした間際。

 

「ふむ。頭目を殺したか、なかなかどうしてやるものだな」

 

 霞む視界に闇人盗賊が現れ、まるで他人事のようにそんな事を呟いた。

 恨み言でも言ってやろうと口を動かすが、肝心の言葉が出ずにローグハンターはため息を吐いた。

 こんな所で死ぬことになるとは、情けないと胸中で自嘲しながら、再会が叶わなかった恩師たちに謝罪する。

 自分がいなくとも大丈夫だとは思うが、側に居られないことへと謝罪と、自分なんかを育ててくれたことへの感謝。

 それを胸に抱き、最期に思ったのは武闘家への感謝と謝罪だった。

 自分なんかに付き添ってくれたことへの感謝と、本来歩むべきだった道から外してしまったことへの謝罪。

 そして、護ってやれなかったことへの謝罪。

 本当に、自分は使えない奴だと自嘲し、闇人盗賊の攻撃を待っていると、何かが顔の横に落とされた。

 ローグハンターが首を傾けてそれに目を向けた途端、彼の表情は驚愕に染まった。

 彼の顔の脇に落とされているのは、水薬(ポーション)の入れられた硝子瓶だ。中身が透けて見えるため、まだ入っている事もわかる。

 驚愕するローグハンターを他所に、同じ形の硝子瓶がもう一つ落とされ、ぶつかり合ってカツンと高い音が鳴った。

 

「なんの……つもりだ……」

 

「む?勝者に敬意を払うのは当然だろう。何より、私の仕事を果たしてくれた礼だ」

 

「……?」

 

 要領を得ない言葉に疑問符を浮かべるローグハンターを他所に、闇人盗賊は優雅に笑いながら彼に告げた。

 

「元よりこの盗賊団を潰そうとはしていたんだが、そこにキミたちが来てしまったからな、面倒なので任せることにした。まあ、楽をさせてもらったよ」

 

 闇人盗賊はそう言うと腰に下げた剣を鞘から引き抜き、頭目の太い首へと振り下ろした。

 一刀でもって首を落とせたのは、彼の技量か武器の性能によるものか。

 それを視界の端で見ていたローグハンターが、訳もわからずに困惑するのを他所に、頭目の首を袋に詰めた闇人盗賊が告げた。

 

「なに、同胞(はらから)に傘下に加われと誘われてな。報酬の払いもいいし、何よりもまともな街に住めるというのがいい」

 

「さっきから、何を……」

 

「今のキミには関係のない、あるいは一生関係のない話だ。灰を被った新たな女王への手土産に、ボスの首を差し出すだけのこと」

 

「……?」

 

 意識も混濁し、闇人盗賊が何を言っているのかも判別が付かない中、ローグハンターは彼に向けて手を伸ばすが、それが届くことはない。

 

「その瓶の中身を毒と判断して、あの少女諸とも死ぬのもよし。見ず知らずの、敵であった私を信じて飲むもよし。その後に彼女を放って下山するもよし。好きにしたまえ」

 

 それに気付いていながらも無視し、笑みを浮かべた闇人盗賊はそう言うと、さながら舞踏のようにくるりと踵を返すと、歩き出した。

 

「さらばだ、ならず者殺し(ローグハンター)よ。次に会うときも敵でない事を祈るよ」

 

 そのまま足跡さえも残さずに砦から出ていった彼の背を眺めていたローグハンターは悔しさに歯を縛りながら、顔の横に置かれた水薬(ポーション)の瓶へと目を向けた。

 毒かもしれないし、何より敵からの情けをかけられたなど業腹だが。

 

 ──下らない俺の自尊心(プライド)の為に、あいつを巻き込む訳にはいかない。

 

 自分一人なら飲まずにの垂れ死んでも構わないが、今の自分は一人ではないのだ。

 そう考えてしまえば、彼の行動は速かった。

 見逃された怒りと、ならず者(ローグ)に助けられる屈辱を気合いに変換して身体を起こし、水薬(ポーション)の硝子瓶をふん掴む。

 そして蓋を指で弾くように飛ばして開けると、一瞬の躊躇いもなく中身を呷った。

 それと同時に地平線に望む山の輪郭が白みががり、陽が顔を出し始めると、空を覆っていた雲が晴れ始めた。

 戦いが終わり、新たな一日が幕を開けたのだ。

 今日という一日を乗り越えられるかは、これからの行動次第だが──。

 

 

 

 




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