読んでいる人ならわかると思いますが、若き日の王様がちょっと気になる台詞を吐いたんですよ。
まさか、ね……?
ローグハンターは全身に重りでも付けられているかのように重い身体を気合いで動かして、戦闘な最中に落とした
その足でこの短時間で何度も通ることになった──まともな形で通ったのは初めてだが──正面玄関を潜り、そのまま柱の影に倒れている武闘家の下を目指す。
とりあえず呼吸はしているが酷く乱れていて、額には玉のような脂汗が滲み、顔色も悪い。
脱力感に任せて両膝をつき、彼女の頬に触れた。
血を流し過ぎたことと、雪が染み込んで冷たくなった衣装を着たまま、凍えるように寒い砦内に放置された為か、異様なまでに冷たい。
ローグハンターは痛む身体に鞭を打ち、彼女の身体を横抱きに抱き上げると、砦の奥を目指して歩き出す。
朝日が出ていたのは先ほど確認したから、朝の日差しが当たる位置を予想しながら、片っ端に部屋を探していく。
武闘家を抱いている以上両手が塞がっている為、扉に関しては蹴破るしかない。
そして何部屋か確認すると、大きめの窓から朝日が差し込む、お誂え向きの部屋を見つけた。
あの盗賊たちが寝室として使っていたのか、いくつか毛皮で作られたベッドが複数置かれており、暖炉には始末を忘れたのか炎が灯ったままだ。
ローグハンターは満足いったのか小さく頷くと、彼女をそっとベッドに寝かせた。
彼女の雑嚢をひっくり返して包帯を取り出すと、手早く古い包帯と取り変えてやり、額に手を触れた。
相変わらず冷たい所か、先程よりも冷たくなっているようにさえ思える。
「……」
ローグハンターは眉を寄せると、少々焦ったように視線を泳がせると、びちゃびちゃに湿り、裾の方が凍っているようにさえ見える彼女の衣装に目を向けた。
それが体温を奪っているのは目に見えているし、乾かすにしても時間がかかるだろう。
「……」
数瞬迷うように瞑目した彼は、すぐにそれを捨てて彼女の衣装に手をかけた。
謝るのは後で、謝るためには彼女が生きていなければ出来ないことだ。
異性の服を脱がすなど初めての経験だが、どうにかするしかあるまい。
変な場所に触ってしまっても、それは仕方がない。
初めてやることを上手くやるなぞ、そんな事が出来る者は誰一人としていはしないのだから。
日が当たる場所に彼女の衣装を引っ掛けておき、毛布代わりの毛皮ごと暖炉の前に武闘家を動かしたローグハンターは、自分もまた雪や血を吸って重くなった衣装を脱ぎ捨て、負傷箇所に包帯を巻いていた。
骨にひびが入っているのか、もしくは折れているのか、動かす度に酷く痛むし、出来ることなら誰かに任せて巻いて欲しいものだが、運悪くまともに動けるのは自分だけだ。
「う゛……っ、くっ……」
包帯を巻こうと身体を捩る度に激痛が走り、低く唸りながらどうにかこうにか包帯を巻き終えた彼は、脇腹を押さえながらベッドに身を投げ出すと、深く息を吐いた。
とりあえずは大丈夫。これで死にはしないだろうと自分を落ち着かせる。
このまま眠気に任せて寝てしまいたいが、生憎とまだ眠るわけにはいかないと身体を起こした。
蹴破った扉を閉じ、ベッドをバリケード代わりに立て掛けて固定し、何かが来ても装備を整える時間は稼げるだろう。
それを終えたローグハンターは脇腹から滲むように広がってくる痛みに耐えながら、暖炉の前で寝ている武闘家の横に膝をついた。
呼吸はだいぶ落ち着いてはきたが、顔色は悪く、身体は相変わらず冷たい。
「……」
自分や先生が氷が張っている川に落ちた時、だいたいはそのまま上がって戦闘をしていたが、それ以外の時はどうしていただろうかと思案し、そして思い出した。
人を手っ取り早く温める方法は、文字通り一緒に寝ることだと。
何も道具を使わず、一人でも仲間がいてくれればそれでいいこの方法は、なるほどこの場では最善ではあるだろう。
同時に怒られそうだなと思いながら深々とため息を吐くと、余った毛布を羽織り、彼女の隣に寝転んだ。
彼女を起こさないように細心の注意を払いながら毛布をめくり、彼女の身体に直接寄り添い、背中からそっと抱き寄せてやる。
隙間なく密着させると同時に、自分の胸にすっぽりと納まる体格の違いと、自分とは違う柔らかな感触、想像以上の冷たさに驚くが、すぐにいつもの表情に戻り、懐かしい記憶を思い出して苦笑を漏らす。
強烈な寒さを凌ぐために男連中で団子になっていた経験はあるが、女性と一対一で密着することになるのは初めてだ。
彼女には何と説明してやるべきかと考えながら、ローグハンターは重くなってきた瞼をそのまま閉じた。
心臓の鼓動が妙にうるさいのは、きっと怪我をした後も無理をし過ぎたせいだと、何の疑いもなく判断を下しながら──。
ぱちぱちと、手拍子にも似た木が弾ける音で、武闘家は目を覚ました。
鉛のように重い瞼を持ち上げて、ボヤける視界に揺らめく炎を映す。
橙色のそれは薪を燃料に煌々と燃え盛り、毛布越しに感じる心地のよい温かさと、背中に感じる程よい温かさに目を細めた。
視線が低い為、床に寝かせれているようだが、感じるのは冷たい石材の感覚ではなく、暖かな動物の毛皮の柔らかさだ。
温かなそれは寝心地がよく、上等な絨毯さながらに身体を受け止めてくれる。
その心地よさと、戦闘による疲労感、出血のし過ぎによる倦怠感にぼけっとしながら、ふと違和感を感じて毛布を捲った。
同時に視界に飛び込んでくるのは、包帯と下着に包まれた自分の身体で、包帯には僅かに血が滲んでいる。
それはいい。きっと彼が治療してくれたのだろうとわかるし、素人目から見ても丁寧で、痛くはないがしっかりと締め付けてくれている。
問題は、自分の腹に誰かの腕が巻き付けられていることと、後頭部の辺りに誰かの吐息がかかっていることだ。
相手を起こさないように腕の拘束を緩め、ゆっくりと寝返りをうってみれば、見覚えのある男──ローグハンターの寝顔が間近にあり、静かな寝息が鼻先をくすぐる。
それならば良かっただろう。同じ部屋で過ごしているのだから、寝顔を見るのは……。
──初めてだ……。
いつも自分よりも遅く寝て、早く起きる彼の寝顔を見るのは、これが初めてかもしれないと思い至った。
気絶した顔なら見たことがあるが、あんな苦しそうな顔に比べれば、今の穏やかな顔の方が何倍も素敵なものだ。
そうしてじっと彼の顔を見ていた武闘家は、彼が小さく唸った事を合図にハッとして、何だかいけないことをしているような気がして顔を俯けた。
そこに問題があったとすれば、ローグハンターが毛布を羽織っているだけで上半身裸になっており、その鍛え抜かれた身体を惜しげもなく晒していることだろう。
「~っ!?」
そして、いまだに耐性が皆無の武闘家にとってそれは刺激が強すぎる代物だった。
彼女は顔を真っ赤にしながら声にならない悲鳴をあげ、とりあえず距離を取ろうと後ずさろうとした。
──が、距離を取るよりも速く身体に巻き付いた彼の腕に力がこもり、余計に身体が密着することになる。
先程のように彼に寄りかかる形ではなく、振り向いたが故に真正面から抱き締めあう形になってしまったのは、きっと神々の悪戯に違いない。
豊かな胸が彼の胸板に潰されて形を歪め、思わず着いてしまった手が彼の胸に当たり、力強い心臓の鼓動が伝わってきた。
「~~~っ!!!……?」
彼の温もりと、しっかりと抱き寄せてくる力強さにまた声にならない悲鳴をあげるが、途中であることに気付き、首を傾げた。
身体に数々の傷痕があるのはともかくとして、首を覆うように残された痣のような跡。
よく見ればそれは人の手の形をしていて、彼が凄まじい力で首を締められたことがわかる。
それだけではない。身体のあちこちに包帯を巻いているが、内出血と腫れが隠しきれておらず、白い肌が異様なまでに青くなっているのが見て取れた。
自分は途中で気を失ってしまったが、きっとあれからも戦いが続いていたのだ。
彼は一人でそれを乗り越え、ぼろぼろの身体に鞭を打って治療をしてくれた。
彼の性格──というよりは、何ヵ月か一緒にいた経験──からして、おそらくの自分の治療は後回しにして、だ。
「……」
いつもなら起きているであろう状況にも関わらず起きないのは、それほどまでに疲弊しているからか、あるいは気を許してくれているからか。
きっと前者だろうと思いながら、武闘家は恐る恐る彼の頬に触れ、労うようにそっと撫でた。
こうして彼に触れるなど滅多になく、見た目の割に柔らかいななんて下らない事を思う。
いつもは固い表情をしているが、寝顔に関しては気が抜けているのか何とも可愛いらしく、他の人と何も変わらない。
当然ではあるが肩幅も自分よりもあるし、身体は自分よりも筋肉質だが、寝ているからか触れてみれば不思議と柔らかい。
──男の人、なんだよね……。
いつもは隣だったり、後ろだったりを歩くばかりで、こうして身を寄せあって眠ることや、彼の身体をまじまじと見たり触れたりする機会はなかった。
触れれば触れるほど自分との違いがわかり、見れば見るほどわかる古傷が、彼が自分と出会う前から戦っていたのだろうということが教えてくれる。
そのまま首に残された圧迫痕に手を触れようとした矢先に、いつの間にか伸びてきた手に、手首を掴まれた。
驚いて身体を跳ねさせた彼女を他所に、ローグハンターはゆっくりと目が開くと、蒼い瞳に武闘家の姿を映した。
寝惚けているのか気の抜けた表情をしているが、すぐにいつもの凛とした表情に戻り、捕まえている彼女の手首と、彼女の表情を交互に見つめ、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「……すまん」
そして数秒をかけて状況を理解してか、謝罪しながら彼女の腰を押さえていた腕と、彼女の手首を掴んでいた手を離すと身体を起こし、そのまま尻を滑らせて数歩分距離を取った。
「だ、大丈夫です……」
今さらになって恥ずかしくなった武闘家は、はだけた毛布を被り直しながら身体を起こすと、赤面したまま顔を背けた。
本当に今さらだが、自分は何をしていたのだと自問する。
一党に属する同業者。その中でも信頼に値する仲間だとはいえ、寝ている人の顔を眺めたり、触れたりと、冷静に考えれば酷く失礼に当たるのではなかろうか。
「その、こちらこそ、ごめんなさい……」
そして何も言われてもないのに頭を下げて謝罪してしまうのは、一重に彼女の性格の良さからだろう。
訳もわからずに突然の謝罪を受けたローグハンターは疑問符を浮かべると、毛布に包まれた彼女の身体に目を向けた。
あった物を使っただけなのだが、見た目通りにやはり防寒性は良かったのだろう。彼女の肌には僅かに汗ばんでいるようにさえ見える。
「身体の具合はどうだ」
そして念のために問いかけると、武闘家は顔の前に持ち上げた拳を開閉したり、肩を回してみたりと身体を動かし、「大丈夫そうです」と微笑んだ。
「そうか」と呟いて頷いたローグハンターは、痛みを堪えるように低く唸りながら立ち上がるが、額を押さえながら僅かにふらついた。
すぐに体勢を整えるが、一晩寝ても快復しきれなかったのか、焦点が合わずにボヤける視界に舌打ちを漏らし、目元を押さえながら頭を振った。
確かに無理をしたという自覚もあるし、軽く死にかけたことも自覚しているが、ここまでの倦怠感が残るのかとため息を漏らす。
「……」
そんな彼を見上げていた武闘家は、すぐに彼の不調に気付くと、装備の方に足を進めようとしているローグハンターの手を取った。
「……?」
後ろ手に引かれたローグハンターは振り向くと、視線を落として武闘家に目を向け、「どうした」と問いかけた。
「──」
だが、それは彼女にとっても予想外の行動だったのか、目を泳がせながら口をパクパクと開閉させると、一度咳払いをして彼に告げた。
「もう少し寝ていて下さい。まだ疲れているみたいですし……?」
少々の不安からか、不思議と疑問形になってしまったのを恥じながら俯く武闘家を他所に、ローグハンターは迷うように彼女と装備の方に視線を往復させる。
だが彼にしては珍しく迷っているという事実に手応えを感じた武闘家は、もじもじと身動ぎしながら言葉を続ける。
「その、これから山を降りなきゃですし……。えと、万全にしてからの方が、いいと思うんです……」
途中で言葉につまり、しどろもどろになりながらどうにか口にされた言葉に、ローグハンターは迷うように目を伏せると、自分の体調を確かめるように胸の前で拳を開閉させた。
それだけでも身体の節々に僅かな痛みが走り、骨が軋むように開閉がしにくい。
それに頭も痛むし、身体も重いのも事実だ。
ローグハンターは目を閉じると小さくため息を漏らし、「そうだな」と頷いた。
そのまま彼女の隣に腰を降ろすと身体を暖炉の方に向けながらごろりと寝転び、毛布を被り直した。
先程まで被っていた為か、まだ温もりが残っていて温かく、疲れた身体はすぐさま眠ろうとしてしまう。
ゆっくりと瞼を閉じ、すぐに寝息をたて始めた彼を見つめていた武闘家は「……あれ?」と声を漏らした。
さも当然のように隣に寝転んだため気にしていなかったが、何故自分の隣なのだろうか。
──温かいの、かな……?
暖炉の目の前だし、毛皮は温かいし、窓からの朝日がいい具合に差し込んできてそれもまた温かい。
確かにこれは眠くなるというもの。疲れていれば尚更だろう。
その疲れた理由が、自分が気絶したせいで残りの盗賊を一人で相手したから、だとは思う。
「……」
武闘家はぽりぽりと頬を掻くと、何を思ってか彼の隣に寝転んだ。
彼の寝顔を真正面から見つめた武闘家は、はふっと気の抜けた吐息を漏らすと、ローグハンターは薄く目を開けて、目の前にある彼女の顔を見つめた。
「どうかしたのか……」
本気で寝ようとしていたのか、ローグハンターは気の抜けた声で問いかけると、武闘家は「あ、いえ……」と言葉を濁して顔を俯けるが、すぐに顔をあげて彼に言う。
「ごめんなさい。私、また──」
「気にするな」
そして、また迷惑をかけてしまったと謝罪しようとした矢先に、ローグハンターが言葉を被せてきた。
彼は疲労を吐き出すように小さくため息を漏らすとそっと彼女の頬に触れ、その温かさに僅か口許を笑ませた。
「お前がいてくれたから、俺はこうして生きている。お前が頑張ってくれたから、俺はあいつを殺すことが出来た。むしろ、俺が感謝するべきだ」
そこまで言い切った彼はありがとうと呟くと、不器用ながらに笑って見せた。
口の端が引きつり、目もあまり笑ってはいないけれど、前に見せてくれた笑顔に比べればだいぶましだというもの。
形だけの笑顔よりは、どうにかして笑おうとしている今の顔の方が、何倍も素敵ななのだ。
「……っ」
そして、彼の笑顔に魅入っていた武闘家は赤面しながら目を背けると、毛布の中で指を弄り始めるが、すぐに表情を引き締めて彼に告げた。
「お、お礼は確かに受けとりました。けど、あまり無茶はしないでください。あなたに何かあったら、私は泣きます」
「無茶した覚えは……ある……」
彼女の苦言にローグハンターは言葉を詰まらせながらそう返すと、また痛み始めた脇腹を押さえながら僅かに眉を寄せた。
格上との戦いというのには慣れてはいたが、あれほどの筋力を持つ相手は初めてだった。
力任せに投げ飛ばされることならともかく、腕力頼みの打撃のみで身体を飛ばされるなど、あまり経験がない事だ。
それを貰い続けたのだから、
まあ、身体の調子に関しては置いておくとして。
──泣いて、くれるのか……。
ローグハンターの思慮は、彼女の言葉の方に向いていた。
故郷での自分は、騎士団の剣であり、無辜の人々を守る盾でもあった。
自分も仲間たちも戦いの中で死ぬのが当然で、悲しみはすれども泣きはすまい。
事実自分がそうだった。多くの仲間の死を見送っても、一滴たりとも涙は出なかった。
泣いている余裕もなかったというのが、正確かもしれないが……。
「……お前は」
瞑目し、過去の戦いを思い返しながらそんな事を思っていると、無意識に口が動いていた。
彼の一言は武闘家にも聞こえていたようで、首を傾げて疑問符を浮かべている。
彼女の反応で、ようやく言葉にしていた事を自覚したローグハンターは小さく唸ると、「お前は」と言い直して彼女に告げた。
「本当に優しいな」
「……うぇ!?」
突然の称賛に武闘家が身体を跳ねさせて驚くのを他所に、ローグハンターは自分の腕を枕代わりにしながら頭の位置を調整すると、睡魔に押されて瞼が落ちていく。
「誰かを思いやれる優しさを持ちながら、そう簡単に折れない程に心が強く、誰かを守れる程に腕っぷしもある」
「~!!」
眠いからなのか、あるいは気を抜きすぎているのか、いつになく彼女の事を褒めると、武闘家は顔を真っ赤にしながら頭から煙が噴き出した。
ばくばくとうるさい心臓の鼓動を落ち着かせようと深呼吸するが、その気配はなくむしろ余計にうるさくなるばかり。
ローグハンターの薄く開いた瞳では彼女の変化が見えていないようだが、けれどはっきりと見える銀色の髪を見つめながら呟いた。
「それに……綺麗だ……」
同時に力が抜けたのか、いつもの固い笑みとは違う、ふにゃりと柔らかな笑みを浮かべた。
限界まで強くなった睡魔が見せた、貼り付けるだけの笑顔ではなく、僅かに心がこもった笑顔だ。
「~っ!」
それが
彼の顔を直視できない。これ以上見つめたら、本当に気絶してしまう。
両手で真っ赤になった顔を覆う武闘家を他所に、いよいよ睡魔に捕まったローグハンターは、半分意識を落とし、寝言のように最後に一言。
「今……まで……会った……誰よりも……綺麗だ……」
その一言を最後に眠りに落ちたローグハンターは極端に静かな寝息をたて始めた。
対象的にばくばくとうるさい心臓の音で眠る事が出来ない武闘家は、顔を覆ったままあうあうと呻いていると、ようやく彼が寝たことに気付いたのか、再び寝返りをうって彼の方へと向き直った。
寝顔とはいえ直視できずに目を泳がせているが、ちらちらと彼の寝顔を伺うと、もじもじと身体をくねらせた。
「き、綺麗だとか、や、やさ、優しいだとか、あぅ……」
照れながら思わず素の口調になった彼女の呟きは、肝心のローグハンターには聞こえていない。
それを良いことに豊かな胸に胸の前で両手の指をつんつんと合わせた武闘家は、彼が被るめくり、彼の身体に目を向けた。
数多くの傷痕が刻まれ、彼が今まで歩んできた人生の一部を教えてくれるが、それだけで語り切れるほどの人生を歩んではいまい。
「……」
贅肉とは無縁の、戦うために鍛えられ、戦うために作り上げられた肉体は、ある意味で自分が目指しているものだ。
それには確実に邪魔になるたわわな果実が二つもあるのだが、さてどうしたものか。
「うぅ……」
自分の豊かな胸に触れて思慮に耽っていると、ローグハンターは表情を曇らせ、寒そうに身震いすると、武闘家はハッとして身体を強張らせた。
そりゃ毛布をめくられれば寒いだろうし、それが数秒も続けば温まった身体も冷えてしまうだろう。
慌てて毛布を被せ直すが、彼は小刻みに震え続けており、落ち着いていた空気も乱れて不規則だ。
突然の不調に慌てる武闘家は、「えと」だの「うんと」だのと声を漏らしながら、故郷の冬を乗り越えた時の事を思い出す。
寒いと喚く自分を、父と母が抱き締めて寝てくれたのだ。あの温もりは今でも覚えているし、時々恋しくもなる。
先程までその温もりに包まれていたような気もするが、それはそれ、これはこれだ。
「よ、よし……っ!」
小さくガッツポーズをして気合いを入れた彼女は、彼を起こさないように細心の注意を払いながら身を寄せて、彼の背中に腕を回すと、豊かな胸を彼の固い胸板に押し付ける形で身体を密着。
させたはいいのだが、寝ている筈のローグハンターが彼女を抱き寄せて、更に密着させた。
「~~~!!!」
武闘家は真っ赤になった顔を耳まで赤くしながら、もはや何度目かわからない悲鳴をあげる。
備えていない状況に放り込まれたこともそうだが、暴れたら彼を起こしてしまうだろうし、何より怪我人に追い討ちをかけるようで気が引ける。
そもそも彼女も怪我人ではあるのだが、それを棚にあげての思慮なのだが、今の彼女にそこまで考える余裕はなかった。
ただでさえうるさかった心臓の鼓動が余計にうるさくなり、彼に聞こえてしまっていないかと心配になる。
恐る恐る彼の表情を伺えば、先程よりはだいぶましになった寝顔をそのままに、すやすやと寝息をたてていた。
武闘家はホッと安堵の息を漏らすと、こうなっては仕方がないと彼に身を寄せた。
そして寝ようと目を閉じるのだが、いまだに眠る気のない頭に過るのは──、
『お前は、本当に優しいな』
『誰かを思いやれる優しさを持ちながら、そう簡単に折れない程に心が強く、誰かを守れる程に腕っぷしもある』
『それに……綺麗だ……』
彼が言ってくれた称賛の声と、彼が見せてくれた柔らかな笑顔。
──む、無理ぃぃいいいいいいっ!!!
それを思い出してしまった瞬間、武闘家は彼の胸の辺りに顔を埋めながら悶絶していた。
何なのだ、普段ならまず言わないような言葉は。
何なのだ、普段なら絶対に見せないあの表情は。
何よりも何なのだ、この身体を押さえつけてくる腕は……っ!
ついでに何なのだ、彼の臭いを嫌と思えない……っ!!
様々なことを叫ぼうがそれは声にはならず、胸の中で反芻して自分に返ってくるのみ。
おかげで心臓の鼓動は喧しくなる一方で、眠ろうとしていた意識とは裏腹に覚醒していく。
「うぅ……。うぅ……っ!!」
それをどうにか発散しようにも身体を動かすわけにはいかず、意味もなく唸り声をあげるのみ。
そんな事をしていると、ローグハンターは表情を強張らせながら呻き声を漏らすと、もごもごと口を動かした。
何か言うのかと武闘家は再び彼に意識を向けると、背中に巻かれていた腕に力がこもり、更に身体を密着させてきた。
「ひぅ……っ!」
彼の口に意識を向けていた武闘家は思わぬ不意打ちに小さく声を漏らすが、すぐさま放たれた言葉に身体を強張らせた。
「無事で……よかった……」
さながら兄のように、あるいは父のような優しい口調で呟かれた一言は、果たして武闘家に向けられた言葉なのだろうか。
彼に兄弟姉妹がいるという話は聞いていないから、故郷での仲間や、もしかしたら恋人に向けたものかもしれない。
武闘家は不思議と感じた胸の奥の痛みに俯くと、ローグハンターは再び口を開く。
「本当に……無事で……よかった……」
けれど彼は珍しく上擦り、今にも泣きそうな声で繰り返し呟くと、ぼそりと武闘家の名を呼んだ。
念のためと教えあったお互いの名は、その書き方に至るまで把握している。
突然名を呼ばれたことで驚いた武闘家を他所に、ローグハンターは変わらず彼女を抱き寄せた。
「……」
武闘家はぱちぱちと瞬きをすると、照れ臭くなったのか頬を朱色に染めながら視線を反らし、彼を抱き寄せる力を僅かに強めた。
全身に感じる彼の温もりと、胸の奥の温かさに笑みを浮かべた武闘家は、彼の胸元に顔を埋めた。
今なら眠れるだろう。身体だけでなく、心まで温まったのだ。眠れないわけがない。
「おやすみなさい」
武闘家は眠るローグハンターに向けてそう告げると、ゆっくりと目を閉じた。
彼の温もりを忘れないように、今日この瞬間に抱いた想いを忘れないように──。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。
次回からイチャイチャ(一方通行)できるといいな……。