SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory08 乙女たちの密談

 雪山での戦いから幾日か経った頃。

 あの雪山ほどではないにしろ、外に出るのが億劫な程の寒さに包まれる辺境の街。

 その一角に鎮座する冒険者ギルドの裏庭に、武闘家の姿があった。

 街に帰還後に念のためと神殿で治療をしてもらい、ローグハンターとの話し合いの末に何日か休養も取ることにしたのだが、それを無視する形で訓練をしようと、ギルドに赴いたのだ。

 

「ふぅ──……」

 

 僅かに感じる肌寒さを気にも止めず、目を閉じたまま構えを取り、深く息を吐く。

 瞼の裏に映るのは砦での一戦。あの突剣使いとの戦いで感じた不思議な感覚を思い出そうと、あの瞬間を可能な限りで再現していく。

 突剣の刺突を払い、突かれ、防御を固めた瞬間には防御を崩され、また突かれ。

 あの時の痛みと、急速に体温が下がっていく感覚は今でも覚えている。

 正確には忘れたくとも忘れられないのだが、覚えているのならいいと割りきることにした。

 そうでもしなけらば前に進めず、強くはなれないからだ。

 あの時と同じように身体を動かし、時にはあの時できなかった反撃を挟みつつ、あの男ならどうするかを考えて次の行動に移る。

 それでも崩され、突剣で貫かれるイメージしか浮かんでこないのは、どうにか倒した現在でもあの男の方が強い事を理解していることと、

 

 ──お父さんが、助けてくれたから……。

 

 男に敗れ、地面に倒れた時に垣間見た父との思い出と、父からの教え。それがなければ立ち上がることすらも出来なかったからだろう。

 自分の力で勝ったとは思えず、そんな思考ではやる気があっても身体の調子は上がらない。

 イメージの中でも二、三回敗れた彼女は「あー……」と気の抜けた声を漏らすと地面に大の字に寝転がり、澄んだ青空を見上げた。

 さながら葉っぱが川を流れていくように、白い雲が視界の端から反対側へと進んでいき、終いには視界の外へと消えていく。

 それを銀色の瞳で追いかけた武闘家は目を閉じると、父の教えを思い出す。

 

『自分の中で決めておくんだ。こうすれば本気を出せるっていう合図(スイッチ)を。短時間だけでいい。数秒だって構わない。全力の全力を出せるようにしておきなさい。でも強制はしない。大事な時に思い出してくれるのなら、忘れてくれたって構わない』

 

「……合図(スイッチ)、か」

 

 呟きながら目を開いた武闘家は開いた拳を掲げると、指の間から透かして空を見つめる。

 父からはそう言われていたが、結局父は何を合図(スイッチ)にしていたかを思い出せず、結局は手探りでやっていくしかないのだ。

 

「はぁ……」

 

 小さくため息を漏らした武闘家は寝転んだ姿勢から跳ね起きると、ぱんぱんと身体を叩いて埃を落とす。

 深呼吸を挟んで頬を叩いで気合いを入れた武闘家は「よし!」と声を出して意識を切り替え、再び身構えた。

 目を閉じて集中。あの砦での戦いを思い出そうとした矢先、ひゅうと音をたてて一際冷たい風が吹き抜けた。

「ひゃっ!?」と可愛いらしい悲鳴をあげた彼女は一旦構えを解くと、両手で身体を抱きながら身震いした。

 

「さ、寒い……」

 

 そして随分と今更な事を呟いた。

 あの戦いでぼろぼろにになった外套は彼がどこかに持っていってしまったし、外である都合上寒さを凌ぐ手段がない。

 こんなことなら替えの外套を用意しておけば良かったと僅かに反省しつつ、あの雪山での寒さに比べれば平気かと強がってもみる。

 だが、そんな彼女の意志に反し、くぅと鳴いたのは彼女の腹だ。

 彼女は誰もいないのに照れたように頬を朱色に染めながら、腹を擦ってため息を吐いた。

 今ので完全に集中が切れてしまったのか、赤くなった頬を掻きながら再び空を見上げる。

 陽の高さからして昼までは時間がありそうだが、どうにも小腹が空いてしまって仕方がない。

 

「何か食べよ」

 

 誰に言うわけでもなく告げた彼女は、そのままの足でギルドを目指す。

 朝一に出ていってしまったローグハンターがどこにいるかわからない都合上、昼食は一人で摂ることになるだろう。

 随分と久しぶりに思いつつも、別にこんな久しぶりは嬉しくないなと気分が落ち込んでしまう。

 何よりも彼はどこに行ったのだ。割りと早起きを出来た記憶があるのだが、その時には彼の姿はなかった。

 

「もう、どこに──」

 

 そしてどうせ誰もいないだろうからと悪態をついた瞬間、入れ替わりでギルドから出てきた誰かとぶつかった。

 

「わ!?」

 

 気を抜いていたからか、あるいは思いの外疲労が溜まっていたのか、踏ん張ることもできずに尻餅をついた彼女は、「ごめんなさい……っ」と慌てて謝りながら顔をあげると、

 

「いや、俺も気を抜いていた。すまん」

 

 ぶつかった誰か──何やら荷物を抱えたローグハンターは、僅かに申し訳なさそうな声音で返すと、荷物を脇に置いて手を差し伸べた。

 武闘家は「ありがとうございます」と返しながらその手を取り、立ち上がった。

 そしてその意識は彼が置いた荷物へと向けられており、それを注視しながら首を傾げた。

 商店で買ってきたのか、布や針などの裁縫道具が詰め込まれており、なんの意図かはわからないが何かをしようとしているのは理解できる。

 

「あ、あの、これは……?」

 

「……」

 

 考えても仕方がないと単刀直入に問いかけるが、ローグハンターは珍しいことにそれを無視する形で黙りこんだ。

 

「……あの?」

 

 武闘家が視線をローグハンターへと戻しながら問いかけると、彼の視線は手元──いまだに繋がれたままの手に向けられている。

 さながら向かい合って握手をしているように見える体勢で、お互いに手袋の類いを着けていなかった都合上、相手の体温を直に感じ取れる。

 外にいて冷えきっている自分の手とは違い、彼の手はなんとも温かく、その温もりがじわじわと身体の中に染み込んでくる。

 そう、さながらあの砦での一晩のように──。

 

「~~!?」

 

 そして、あの日の事を思い出してしまった武闘家は声もなく悲鳴をあげると、慌てて彼の手を離して数歩分後ろに下がった。

 

「いやっ!あの、これは……その……っ!」

 

 そして手を振り、目を上下左右に慌ただしく泳がせながら説明しようとするが、肝心の言葉が出てこずに詰まってしまう。

 当のローグハンターは掴むものがなくなった自分の手を見つめると、ゆっくりと降ろした。

 彼として随分と冷えているなと彼女の事を心配しているだけなのだが、それを見ていた武闘家は、

 

 ──な、なんで名残惜しそうなの!?

 

 少しばかり的外れな事を胸中で宣いながら、余計に顔を赤くしていた。

 別に彼はそんな事を露も思っておらずとも、軽度の混乱状態に陥っている今の彼女にはまともな判断を下すことは出来ず、ローグハンターが何もしていないのに赤くなっていく。

 

「あ……その、えっと……」

 

 俯いた頭からふしゅ~と音をたてて煙を噴く彼女を他所に、ローグハンターは困り顔で頬を掻くと、足音をたてずに彼女に近寄った。

 武闘家が「んぅ?」と声を漏らして顔をあげると、彼は両手で両手で彼女の頬を包み込み、じっと彼女の顔を見つめた。

 

「ぇ……あ……の……?」

 

 蒼い瞳に映る自分の顔を見つめながら困惑する彼女を他所に、ローグハンターはじっと彼女を見つめながら目を細めた。

 

「あまり無理をするな。お互いに神殿の世話になったばかりだ」

 

 その言葉に込められたのは、彼女を心配する優しさと僅かな非難だ。

 休みなのだからしっかり休んでいろと言いたいのだろうが、訓練自体は悪いものではないからはっきりとは言えないのだろう。

 何となく彼の不器用なところを垣間見た武闘家だが、笑う余裕は一切ない。

 頬を包む温かさと、間近にある彼の顔。その二つはさながらあの砦での出来事を再現したようで、彼女の心臓はばくばくと音をたてている。

 

「あ、あの……」

 

「訓練は大事だ。二、三日動かないだけで身体も鈍る。あの戦いの後だ、いつも以上にやりたい気持ちもわかる」

 

「ち、近い……っ」

 

「だが、体力も戻りきっていないのにこの寒空の下で訓練は逆効果だろう。やるならせめて暖が取れるようにしておけ」

 

「はいっ。その、わかりましたから、えと、離れてくださいっ!」

 

 そして続けて言葉を放ちながら、どんどんと近づいてくるローグハンターに向けて返事をした武闘家は、ついに耐えきれずに彼の肩を押した。

 持ち前の体幹で踏ん張り、転倒することはなかったローグハンターは困惑したように数度瞬きをすると、「すまん」と一言で謝った。

 本当に反省しているかも、なぜ押されたのかを理解しているのかも怪しいところではあるが、彼は考える間もなく脇に置いていた荷物を持ち上げた。

 

「とにかく、あまりやり過ぎるなよ。風邪を引かれたらことだ」

 

 そう言った彼は踵を返し、「しっかり休めよ」と念を押すように付け加えた。

 その声音は先程は違うこちらへの親切心にのみで告げられた言葉に、それを何となく理解した武闘家は照れたように笑いながら「はい」と頷くと、彼は背中越しに頷いた。

 そしてローグハンターが歩き出そうとした瞬間、我慢していた武闘家の腹の虫がくぅと鳴いた。

 

「「………」」

 

 一歩目を踏み出した体勢で止まったローグハンターはゆっくりと振り向き、自分のお腹を押さえた武闘家は真っ赤になった顔をゆっくりと背ける。

 そしてそのまま黙秘を貫こうとした矢先に、またくぅと腹の虫が鳴って存在の主張する。

 あまりの羞恥心に「はぅ……」と悲鳴を漏らす武闘家を見つめながら、ローグハンターは肩をすくめた。

 

「あー、昼食にするか……?」

 

「……はい」

 

 気まずそうにため息を漏らしたローグハンターが提案すると、恥ずかしそうに両手で顔を隠しながら頷いた。

 

 

 

 

 

 ギルドに隣接する酒場の片隅。

 あれやこれかと頼む内に卓は一杯になるが、武闘家は並んだ料理を次々と口に放り込んでいき、空皿を積み上げていく。

 

「……」

 

 自分の分の昼食を口にしながら横目でそれを見ていたローグハンターは困惑したように数度瞬きをすると、念のために財布を確認した。

 食べるだけ食べて金がないなどと嘆くのは、冒険者どころか一人の人間としてあまりにも格好がつかない。

 そして財布の重さから、ある程度だが中身の量を割り出したローグハンターはとりあえず心配はないなと安堵の息を漏らす。

 

「──っんぐ。あれ、食べないんですか?」

 

 口に含んでいた肉を飲み込んだ武闘家は、小皿の野菜をつついてばかりのローグハンターに問いかけるが、問われた彼は「いや、食べてはいるんだが……」と肩をすくめた。

 元から少食の部類に入るのだからあまり食べないのは当然であるし、何よりも彼女と出会った頃から食べる量自体は変わっていない。

 武闘家が異様に食べるようになり、そんな自分と比較してあまり食べていないように思っているだけなのだ。

 そんな事を露知らず「そうですか?」と首を傾げた武闘家は水を呷ると、けぷっと可愛いらしいげっぷを漏らした。

 同時にハッとした武闘家は顔を真っ赤にしながら、聞いていたかを確かめるようにローグハンターに目を向けると、彼はそっと視線を反らしてサラダを頬張るばかり。

 

「な、何か言ってくださいよ……っ」

 

 それはそれで恥ずかしい武闘家が頬を膨らませながら言うと、ローグハンターは僅かに言葉に迷うように口を開いたまま固まると、最後のミニトマトを口に放り込んだ。

 奥歯で潰してやればぷちゅりと中身が溢れだし、独特の酸味が口内を駆け巡る。

 それを楽しむように何度も咀嚼してから飲み込んだ彼は、椅子の上で身体を回して彼女の方へと身体を向けた。

 そして蒼い瞳でじっと彼女を見つめながら、とりあえず笑顔を貼り付ける。

 

「食べる姿を含めて、まるで小動物のようだったぞ。隣で見ている分には嫌な気分にならないとも」

 

 そして嘘偽りなく、思ったことを口にした瞬間。

 

「~!!!?」

 

 武闘家は顔を耳まで真っ赤にしながら声にならない悲鳴をあげて、そのまま顔を隠すように卓に突っ伏した。

 卓に押し付けられた豊かな胸が潰れて柔らかく形を歪め、クッション代わりに彼女の身体を受け止める。

 彼が意識して言っているわけでも、気を遣っているわけでもないのは何となくわかる。

 だが、そうとわかっていたとしても言われたら狼狽えるというもの。

 先日の一件で多少なりとも気になるようになってしまったのだ、不意打ちは心臓に悪い。

 

「……どうした」

 

 そんな彼女の胸中を知るよしもないローグハンターは、突拍子もなく彼女の肩に手を置いた。

 びくりと肩を跳ねさせて驚きを露にした武闘家を他所に、彼は「食べ過ぎたか?」と的外れな心配をしつつ背中を擦り始める。

 その強くもなく弱くもない力加減と、摩擦による熱が気持ちよく、武闘家は突っ伏したまま身体から力を抜いた。

 まるで父親に撫でられているような感覚に表情が緩み、このまま寝てしまいたくなる程に心地がいい。

 そのまま眠気に負けて瞼が閉じ、視界が真っ黒になった瞬間、

 

「……って、駄目駄目!」

 

 慌てて身体を起こし、思い切り頬を叩いた。

 相棒が行った突然の奇行に驚いたローグハンターだが、とりあえず大丈夫そうだと判断して彼女の背中から手を離す。

「寝ちゃ駄目、寝ちゃ駄目」と呟きながらぐにぐにと頬を解す武闘家を見つめながら、ローグハンターは水を一口呷った。

 身体の芯に感じる冷たさに眉を寄せつつ、ちらりと窓の外に目を向けた。

 まだ陽は出ているものの、きっと寒いだろうなとため息を漏らした。

 別に寒さが苦手という訳ではないのだが、如何せん隣の相棒が寒さを苦手としているのだ。多少なりとも気にするのは仕方があるまい。

 

「少し、いいだろうか」

 

 外を眺めて険しい表情を浮かべていたローグハンターの背後から、何やら聞き覚えのない女性の声が発せられた。

 どうしてこう背後に甘いのだろうかと自分を戒めつつ振り向いたローグハンターは、その声の主に目を向けた。

 そこにいたのは鎧姿の女性だ。金色の髪を肩にかかるほど伸ばされ、片手には大盾、腰には鞘に納まった剣がぶら下がっている。

 首から下がる認識票は青玉の輝きを放ち、等級だけを見れば自分よりも上であることを確認。

 同時に年齢は自分よりは下だろうかと、女性相手なら考えるべきではないようなことを平然と考えていた。

 その女性──女騎士を見つめながら思慮していたローグハンターは、結局のところ誰だったかと目を細め、隣の武闘家は思い出したのかハッとして「お久しぶりです」と軽く頭を下げた。

 

「ああ、久しいな。こうして話すのはあの賭博場以来か」

 

「そう……ですね。はい。あの日以来です」

 

 女騎士の言葉に武闘家が頷くと、ローグハンターは話に着いていけずにそっぽを向いた。

 その視線の先には女騎士が属する一党の頭目である重戦士がおり、申し訳なさそうな視線をローグハンターに向けている。

 それでも頭を抱えてため息を吐いている辺り、相当彼女に振り回されているのだろう。

 ローグハンターは僅かに同情するように目を細め、すぐに武闘家と女騎士の方へと視線を戻した。

 

「今晩、私の同期と飲みに行くんだが、二人ではどうにも味気なくてな。良ければ加わってくれないか」

 

「うぇ!?でも、私は後輩ですよ……?」

 

 そんな彼女の言葉にもっともな事を言うと、女騎士は首を傾げて「それがどうした」と笑い飛ばした。

 

「たかが半年か一年程度ではないか。誤差だ誤差」

 

「いや、だいぶ違うと思いますけど……」

 

 そんな女騎士に武闘家も困ったように苦笑しながら指摘するが、言われた彼女は気にせずに武闘家の肩を叩いた。

 

「もう理由なんてどうでもいいじゃあないか。飲みに行こう、飲みに」

 

 ずいっと身体を前のめりにしながら告げられた言葉に、武闘家は身体を後ろに倒しながら、助けを求めて隣に座るローグハンターに目を向けた。

 彼女の視線に気付いた彼は、手元で弄んでいた杯から意識を外し、女騎士と武闘家に交互に視線を配ると、とりあえずの笑顔を貼り付ける。

 

「行ってくればいいだろう。俺も用事がある」

 

 脇に置いた荷物を叩きながらそう告げると、「金が必要か?」と懐に手を入れた。

 

「ああ、いえ、大丈夫です」

 

 そんな彼を手で制しながら「お金ならあります」と雑嚢越しに財布を叩いた。

 その反応に頷いたローグハンターは、武闘家の肩に手を置きながら告げる。

 

「久しぶりの休日だ。たまには羽を伸ばしてこい」

 

「そこまで言うなら、わかりました」

 

 彼の気遣いは嬉しいような、それはそれで寂しいような、何とも曖昧なことを思いながらも頷いた武闘家は、女騎士の方へと向き直る。

 

「──と、いうことなので、ご一緒させてもらいます」

 

 

 

 

 

 双子の月に照らされながら、本日最後の賑わいを見せる辺境の街。

 冒険者や旅行客など、様々な人々で産み出された混雑に呑まれながら、武闘家はどうにかこうにか足を進めていた。

 彼に言われた通り財布をすられないように警戒しつつ、すれ違う人の足を踏まないようにも気をかける。

 彼はいつもさも当然のようにしていることではあるが、まだまだ未熟な武闘家が何もかもを気にかけるのは大変な苦労だ。

 

「ぷぁ!」

 

 さながら壁のようになっていた混雑からどうにか飛び出した武闘家は、その拍子に何とも曖昧な可愛らしい声を漏らし、僅かに乱れた髪や服、襤褸の外套──砦の一よりも前から使っているものだ──を整える。

 念のためと財布を確認し、問題がなければ目の前の酒場に目を向けた。

 女騎士に指定されたその酒場の看板を睨み付け、懐から取り出した紙切れと交互に吟味する。

 

「『親しき友の斧亭』。うん、ここだ」

 

 そして御使いに来た子供のように書かれた内容を復唱した彼女は、恐る恐ると言った様子で自由扉を押し開けた。

 途端に彼女を包み込んだのは、耳に響く喧騒と、多くの人が集まることで出来た熱気だった。

 外とは比べ物にならないほどに温かく、外套を羽織ったままでは額に汗が滲むほど。

 額の汗を拭い、外套を脱いで脇に抱えた武闘家は、てんないをぐるりと見渡した。

 ランプがもたらす橙色の光に満たされた店内は広いが、客の入りもいいのか並んだ円卓に空きはなく、実際よりもだいぶ狭いようにさえ見えてしまうほど。

 そんな満員の酒場から目当ての人物を探すというのは苦労することではあるが、

 

「お、来たな。こっちだ!」

 

 向こうから見つけてくれれば楽だというもの。

 戸口に突っ立っていた武闘家に向けて、力強い声が飛んできた。

 その声に誘われて顔を向けてみれば、酒場の片隅の円卓に、件の女騎士がいるではないか。

 流石に鎧姿ではないにしろ、傍らに剣を立て掛けている辺り、警戒していないわけではないようだ。

 ようやく見つけた見知った顔に表情を和らげた武闘家は、とたとたと足音をたてながらそちらに向かいながら、ようやく女騎士の隣に座る女性に気付いた。

「あ、ら」と声を漏らした女性は肉感的な肢体を揺らして武闘家に目を向けると、にこりと微笑んで煙管を吹かした。

 その笑みに武闘家が同じく笑顔で返すと、女騎士が二人の間に割り込んだ。

 

「こっちが私の同期だ。あー、知り合いか?」

 

「はい。えっと、少し前に相談に乗ってもらいました」

 

 あの時はありがとうございましたと頭を下げると、紫髪の女性──魔女は「気に、しない、で」と笑いながら足を組み直した。

 それだけなのだが、ただの立ち振舞いですら大人の魅力を振り撒く魔女がそれをすれば、同性の武闘家ですら照れるというもの。

 

「……えっと、とりあえず失礼しますね」

 

 こほんと咳払いをして意識を切り替えた武闘家が、とりあえず空いている席に腰を降ろせば、女騎士も元の席についた。

 

「では早速飲もう。ついでに情報交換でもしようではないか」

 

「……じょーほーこうかん?」

 

 そして主催者ということで女騎士が音頭を取ると、思わぬ言葉を聞くことになった武闘家は首を傾げた。

 ここに集まった三人で共有することなどあっただろうかと思慮し、別にないよねと答えにたどり着く。

 

「情報、交換、ね……」

 

 だが魔女には心当たりがあるのか、何やら意味深な笑みを浮かべて武闘家に視線を送っている。

 

「え、えっと……」

 

 全く状況を把握できない武闘家が一人おろおろとしていると、女騎士が「まずは酒だ!」と給仕の女性を呼び止めた。

 酒が入れば口が軽くなる。口が軽くなれば、不意に何かを漏らすかもしれない。そうなれば後は煮るなり焼くなり好きにするだけだ。

 

「とりあえず、麦酒でいいよな」

 

「エール……じゃ、駄、目……?」

 

「駄目だ!まずは麦酒、次も麦酒に決まっているだろう!」

 

「むぅ……」

 

 謎の拘りを発揮する女騎士と、どうにかエールで食い下がろうとする魔女がやり取りをしている横で、

 

「お酒飲むの、初めてだ」

 

 まだ酒の味を知らない(・・・・・・・・)武闘家が、期待を込めた瞳でメニュー票を睨んでいた。

 

 

 

 

 

 顔もよく、スタイルも抜群の女性が三人だけで飲んでいれば、飢えた男の一人や二人が声をかけてもよさそうだが、なぜかそんなことは起きずに三人で飲んでいた。

 いや、それでは誤りがある。現実は、

 

「な~にが『綺麗だ』よ!な~にが『無理するな』よ!な~にが『小動物のよう』よ!もう、もう……っ!」

 

 一人酩酊状態になった武闘家が、ご機嫌に笑いながら空っぽになった杯を振り回していた。

 

「格好いいし、強いし、頼れるし、格好いいし、優しいし、凄いし、格好いいし。ふへ、ふへへ」

 

 かと思えば、急に卓に突っ伏しながら指折りで誰かの魅力を言い始め──何度か同じ事を言っているが──終いにはだらしのない笑顔を浮かべ始める。

 

「「……」」

 

 横でここまで酔われてしまうと、こちらとしては酔うこともできないと、女騎士と魔女の二人は顔を見合せ、どうしたものかと思慮を巡らせる。

 そうしている間にも武闘家は何杯目かの麦酒を呷っており、酒精の混ざった息を吐き出した。

 

「あとね、あとね~。かれってね、すっごいあったかいの~。ふひひ、まいにちくっついてねたーい!」

 

 何かをねだる子供のように手足をばたばたと振り回しながら、そんな事をぶっちゃけていた。

 

「あ、ああ。わかったから、一旦水を──」

 

「やーでーすーっ!」

 

 このままではいかんと女騎士が止めようとするが、武闘家は卓に置いてあった麦酒入りの杯をぶんどり、ぐびぐびと喉を鳴らしながら一気飲みしてしまう。

 

「ぶへぇ~。かれってば、かっこいいんれすよ~?とってもやさしくて、つよくて、もじをおしえてくれるんれす!えへへ、いいでしょ、いいでしょ!!」

 

 もはや呂律が回らなくなりながらも彼の事を誉めちぎり、絞めに杯を勢いよく卓に叩きつけた武闘家は、見るからに退いている女騎士と魔女の二人に詰め寄った。

 強烈な酒臭さに眉を寄せた女騎士はそっと水を差し出すと、強張る表情筋に気合いを入れて微笑んだ。

 

「ああ、そうだな。羨ましいよ」

 

「そう、ね」

 

 女騎士の言葉に魔女が素早く同意を示すと、武闘家は「ふひひ……」とだらしのない笑顔を浮かべたまま卓に突っ伏した。

「あー」だの「うー」だの唸ったかと思えば、今度は「ひくっ!ぐすっ!」と嗚咽を漏らし始める。

 

「うう……。じぇったいわたしのこと、おんなとしてみてくれてにゃい……」

 

「そうなのか?」

 

 そして放たれた割りと真剣な悩みに、女騎士は思わず応えてしまった。

 直後武闘家が素早く女騎士に詰め寄り、彼女の両手を取りながらこくこくと何度も頷いた。

 

「そーれすよ!おんなじへやでねてりゅのに、いっしょのへやできがえてりゅのに、なーんにもしてこないんれすよ!?」

 

 武闘家は目尻から大粒の涙を流しながら言うと女騎士の胸に飛び込み、「なんででしゅかー!!」と絶叫しながら問いかけた。

 対する女騎士は「そうかー、かわいそうだなー」と棒読みになりながらも彼女の頭を撫でてやり、困り果てたようにため息を吐いた。

 

「もっとこう、女として意識されるような事をすればいいんじゃあないか?」

 

「おんにゃとして……?」

 

「ああ。お前にはこんな見事な武器があるだろう」

 

 女騎士は腹部に押し付けられているたわわな果実を示しながら言うと、武闘家は「むぅ」と唸りながら女騎士から身体を離した。

 

「これが……ぶき……れすか……?」

 

 そして何を思ってか自分の胸を揉みながら首を傾げ、「まっさか~」と助言を切り捨てながら笑みを浮かべた。

 

「女として、見て、欲しいん、で、しょ?」

 

 その笑顔を見つめながらエールに舐めるように口にした魔女が問うと、武闘家は「ふにゅ~」と気の抜けた声を漏らし、再び自分の胸に視線を落とした。

 

「……」

 

 そのまま無言でいること数秒。

 突然ニヤリと笑った彼女は、「それも、そうですね~」と呟くと、卓の上に財布を叩きつけた。

 

「では~、ま~た、こんど~」

 

 そして一方的告げるとふらふらと立ち上がり、千鳥足で酒場の外へと出ていってしまう。

 途中で人とぶつかったり、転びそうになったりと、見ていて危なっかしいが、それでもどうにか自由扉を潜っていき、夜の街へと消えていった。

 

「「……」」

 

 その背中を見送った二人は顔を見合せると、女騎士が「飲み直すか?」と問いかけ、魔女は無言で頷いた。

 武闘家が座っていた席に、彼女の外套が置かれたままなことに気付くのは、二人もそれなりに酔いが回ってからのことだ。

 

 

 

 

 

 人通りもなくなり、夜の静けさに包まれた大通り。

 

「♪~♪~♪~」

 

 身体を右に左に揺らしながら鼻唄混じりに歩いていた武闘家は、「ひくっ」としゃっくりも漏らした。

 酒精が回った身体はぽかぽかと温かく、夜の寒さをほとんど感じない程だ。

 逆に言えばそれが危険な状態であるのだが、酔いが回っている武闘家がそれに気付く様子はない。

 

「んぁ?あ~れ~?」

 

 そして、すぐに限界が訪れた。

 先程までとは比べ物にならない程に身体がふらついたかと思うと、そのまま誰かの家の壁にぶつかり、その場にへたり込んでしまう。

 

「……?……?」

 

 ぐわんぐわんと歪む視界と強烈な眠気。

 その二つに襲われる彼女は困惑したように瞬きを繰り返すと、立ち上がろうと壁に手を着くが。

 

「ありぇ……」

 

 足に踏ん張りが利かず、立ち上がろうにも身体に力が入らない。

 んーと唸りながら立ち上がろとするが、結局立ち上がれずにため息を吐いた。

 そのまま壁に背を預け、両足を投げ出して夜空を見上げて、ご機嫌や鼻唄を歌い始める。

 よく母親が歌ってくれた子守唄を、音程もくそもない下手くそな鼻唄を、夜空から見守っている神々に向けて。

 まあ神官でもない彼女の唄が届くかは微妙なところではあるのだが、地上にいる誰かには届いたようだ。

 それが彼女を探していた人物なら、尚更だろう。

 

「随分とご機嫌だな」

 

「んぇ……?」

 

 突然声をかけられた武闘家が顔をあげてみれば、そこには脇に何かを抱えたローグハンターが立っていた。

 彼は武闘家の惨状を確認すると、頭を抱えてため息を漏らし、脇に抱えていた布を彼女に被せた。

「わー」とわざとらしく悲鳴をあげた彼女はそれを掴んで確認すると、僅かに目を細めた。

 

「にゃ……?こりぇって……」

 

「直しておいた。新品同然とは言わないが、まあ使えるだろう」

 

 そんな彼女の向け、ローグハンターが指先を弄りながらそう返す。

 あの砦での戦いで傷だらけになった彼女の外套を、何時間かかけて黙々と修繕していたのだ。

 先程から指先を弄っているのは、指を何度か刺してしまったからだろうか。

 

「ぁりがとー……ございましゅ……」

 

 酔ってはいるものの、彼の優しさを感じた武闘家は外套を抱き締めながらお礼を言うと、ローグハンターは小さく肩を竦めた。

 

「とにかく、こんな所で寝ていたら風邪を引くぞ」

 

 立てるかと問いかけながら伸ばされた手を見つけながら、武闘家はもじもじと身体を離した捩って外套を羽織ると、彼の手を掴んだ。

 直後に凄まじい力で身体を引き起こされて、自力では立ち上がれなかったのにすぐに立ち上がることが出来た。

 それでも身体が前後左右に揺れている辺り、まだ酔いが覚めたわけではないようだが。

 

『もっとこう、女として意識されるような事をすればいいんじゃあないか?』

 

 武闘家は女騎士からの助言を思い出し、悪戯を思い付いた子供のように笑顔を浮かべた。

 そのままいまだに掴んだままだった彼の手を離すと、今度は彼の腕を掴んで身体を密着させた。

 豊かな胸を彼の腕に押し付け、彼の手を太ももで挟み込む。

 突然の行動に肩を跳ねさせて驚きを露にしたローグハンターは弾かれるように彼女に目を向けた。

 そこにあるのは酒精により蕩けた彼女の表情と、腕を挟むように存在しているたわわな果実。

 右手を包むこむ冷たくも柔らかな感触と、小鹿のようにがくがくと震えている足だ。

 

「……」

 

 彼女を見つめたまま固まったローグハンターは数度瞬きすると、状況を把握しようと「どうかしたのか?」と問いかけた。

 だが武闘家からの返答は「えへへ~」と声を漏らしながらの笑顔であり、言葉による説明はないもない。

 

「だいぶ酔っているみたいだな」

 

「よってないれすよ~」

 

「立っているのもやっとに見えるが?」

 

「だいじょーぶれす!ひとりでたてましゅ!」

 

「じゃあ、離れてくれるか」

 

「やれす!」

 

 とにかく離れてもらおうと言葉を投げたローグハンターだが、対する武闘家の返事は否定の一言。

 困り果てたようにため息を吐いたローグハンターは、ええいままよと彼女に抱きつかれたまま歩こうとするが、

 

「わにゃ!?」

 

 肝心の武闘家が一歩も踏み出すことがなく、むしろ足から力が抜けたのは悲鳴をあげて彼の腕にしがみつく。

 そこまで重くはないにしても、彼女の全体重を片腕で支えることになったローグハンターは表情を強張らせると、面倒になったのは彼女の身体を乱暴に振り払った。

 悲鳴をあげて尻餅をついた彼女は、彼に振り払われたという事実を突きつけられて思わず泣きそうになるが、目の前に彼の背中が現れたことで涙を引っ込めた。

 

「……ふぇ?」

 

「歩けないなら背負う。早く乗れ」

 

 背中越しに告げられた言葉と、急かすように向けられた蒼い瞳を見つめ返すことで、ようやく状況を把握した。

 彼がしゃがみ、自分が乗るのを待ってくれているのだ。

 いつもなら躊躇い、無理にでも立ち上がって一人で歩き出すところではあるが、生憎と今の彼女はそのいつもならには程遠い状態だ。

 

「……」

 

 彼女は何も言わずに両腕を彼の首に回し、身体を密着させた。

 いくぞと静かに問われ、こくりと頷くことで応じると、彼は重さなぞ感じていないようにひょいと立ち上がった。

 そのまま両足のももに彼の腕が添えられ、しっかりと身体を支えてくれる。

 それに安堵の息を吐いたのも束の間、衣装越しに感じる彼の体温に心地良さそうに目を細め、ついでに感じる彼の臭いを堪能するようにうなじの辺りに顔を埋めた。

 彼はくすぐったそうに身動ぎするものの、構うことなく歩き出した。

 武闘家のことを気遣いゆっくりと、けれど確かに一歩ずつ。寝泊まりしている宿を目指す。

 いつもより僅かに高い視界。

 僅かに聞こえる彼の息遣い。

 そして、僅かに感じる彼の体温。

 その全てが彼女にとっては心地よく、どこかに行った筈の眠気が再び込み上げてくる。

 

「寝ていていいぞ」

 

 そんな彼女の様子に気付いてか、ローグハンターは前を向いたままそう告げた。

 もはや返す気力もない武闘家は、無言で彼を抱き締めることで応じた。

 対するローグハンターも何も言わず、彼女の寝息に合わせて歩を進め、少しでも安眠が出来るように気を遣う。

 夜の街を進む二人を見守るのは、双子の月と夜空に浮かぶ星々のみ。

 二人にとっては久しぶりの、とても平和で、欠伸が出るほどに緩やかな時間が、過ぎ去っていった──。

 

 

 

 

 

 余談だが、武闘家はこの夜のやり取りをほとんど覚えていない。

 初めて飲んだ酒の味も、何の情報を交換したのかも、ローグハンターとのやり取りも、何も覚えていないのだ。

 だが確かなのは、女騎士と魔女が彼女を飲みに誘っても酒を振る舞うことを自重するようになったこと。

 ついでに二人が頻繁にローグハンターとの関係を茶化すようになったことだろう。

 ローグハンターが酒を飲んだ彼女に痛い目を遭わされるのは、もう少し時が経ってからだ。

 

 

 

 




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