SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory02 出会いは割りと最悪で

「ふぃー……。つ、っかれたぁ……」

 

 冒険者ギルドの裏手、食料やその他備品の搬入口の近くで、一人の少女が樽に腰掛けていた。

 汗で濡れ、肌にべたりと張り付く襟を広げてぱたぱたと扇いで風を入れ、僅かだが火照った身体を冷やそうとする。

 時間からして夕暮れも近く、吹き抜ける冷えた風は心地よく、思いの外涼しいため居心地もよい。

 風に吹かれて短い赤い髪が揺れて、呼吸の度に豊かな胸が僅かに揺れる。

 赤髪の少女はうなじの辺りを撫でる髪の感覚に身動ぎしながら、視線を開いた窓越しに見えるギルドの中へと向けた。

 今から仕事に行くのか、あるいは帰って来たのか、仲間たちと共に豪勢な食事をしている者。

 依頼掲示板(クエストボード)を前に、仲間たちとあれやこれやと話し合っている者。

 あるいは受付で依頼を受ける者。そして、依頼を出しに村から出てきた者。

 様々な格好の、様々な種族の人たちが交流し、夕暮れ時でも昼間さながらの喧騒に包まれている。

 赤髪の少女はとある人物を探して目を凝らすが、見つけられずにため息を漏らした。

 角の折れた安物の兜を被り、言い方が悪いが薄汚れた格好をした人物がいれば、悪い意味で目立つ事だろう。

 そしてその人物がいないと見るや、赤髪の少女は壁に寄りかかり、再びため息を吐いた。

 わかってはいた。彼が帰ってくるのはいつも夜明け頃だし、出ていくのも朝早くだ。

 今日だって朝早くにいつの間にか出ていってしまったし、帰ってくるのも自分が眠ってからに違いない。

 それに、万が一早くに帰ってきても、彼がどこに行くのかも想像出来ないのも事実だ。

 

「なあ、そういえばよ」

 

「どうした」

 

「おまえ、ゴブリン(・・・・)スレイヤー(・・・・・)と一党組んでたよな?」

 

「ああ」

 

 さっさと帰ろうと樽から降りようとした矢先、探していた彼の話題が耳に飛び込み、慌てて座り直して耳をそばだてた。

 ちらりと窓枠から顔を出して中を覗いてみれば、只人の男性二人と、森人と獣人の男性が一人ずつという、見るからに冒険者の一党と思われる人たちが、同じ卓を囲んでいた。

 見たところ只人の一人は若い戦士、森人は見覚えのある錫杖を持っているから地母神神官、獣人は杖を持っているから魔術師のようだが、もう一人は何だろうか。

 見るからに上等な黒い衣装を着ていて、目の前に置かれた料理を黙々と食している。

 戦士にしては軽装だから斥候かななんて、全く知識がないにも関わらず当たりをつけて、とりあえず話に集中しようと意識を切り替える。

 

「むむ、オルクボルグの仲間だったのか」

 

「オル──なんだ?」

 

「オルクボルグ。私たち森人に伝わる、小鬼殺しの魔剣の銘だ。只人には馴染みがないだろうな」

 

「種族によって様々な伝承、お伽噺がありますから、同じものを意味していても、名前が全く違うことは多々あることです」

 

「なるほど」

 

 森人司祭、獣人魔術師の解説に斥候が頷くが、赤髪の少女はその話を半ば聞き流していた。聞きたい情報はそこではない。

 男戦士が咳払いをして「話を戻していいか?」と問いかけた。

 赤髪の少女は待ってましたと言わんばかりに頷くと、斥候の声で「ああ、すまん」と一言謝り、「で、なんだ」と問いかけてサラダを一口頬張る。

 

「で、ゴブリンスレイヤーなんだが、最近川沿いの小屋に通ってるらしい……」

 

「川沿いの小屋……?」

 

「そんな所に小屋などあったか?」

 

「私もこの街に来たばかりですから」

 

 男戦士の言葉に三人が似たような反応を示すと、彼は「とりあえず、あるんだよ!」と無理矢理にでも話題を進めることを選んだ。

 

「変わり者の賢者(セージ)だか魔術師(メイジ)だかがいて、なんかよくわからん研究をしているんだと」

 

「研究……」

 

「その者は、女か?種族は?」

 

「その研究とやらには興味があります」

 

 斥候と獣人魔術師は真剣に、森人司祭だけはその魔術師に個人的な興味を抱きながら問うと、男戦士は「只人の女だと」と一言でそれを返した。

「なるほどそうか!」と一人盛り上がる森人司祭を他所に、赤髪の少女は息を呑み、ぎゅっと胸元を押さえた。

 最近帰りが遅い彼が、女性の下に通っている。それはつまり──。

 そこまで考えて、赤髪の少女は首を振った。

 決めつけるにはまだ早い。もっと話を聞いてからでもおそくはないだろう。

 

「あいつ、なんでそんな所に……?」

 

 斥候が首を傾げながら問うと、男戦士は「わからん」と返し、ついでに質問も投げ掛ける。

 

「あいつから、一党を組んだとか聞いてないか?その、同期として、気になってよ……」

 

 男戦士はばつが悪そうに頬を掻きながら言うと、斥候は間髪いれずに即答した。

 

「いや、そもそも最近会えていない。だが、そうか。その魔術師に特徴は?」

 

友人(ダチ)から聞いただけだが、それでいいか?」

 

「構わん」

 

 斥候の返答に、赤髪の少女は心の中で『よし!』とガッツポーズをしながら頷いた。

 そこが聞きたかったのだ。その情報を聞き終えるまで、何があっても動かないと決めてその場に留まる。

 

「小汚ないローブを着て、ごみ溜めみたいな部屋に住んでるんだと。薬だかの変な匂いもするとか言ってたな」

 

「……それは、魔術師よりも錬金術師なるものじゃないのか?」

 

「俺もそう思うんだが、一応は魔術師で通してるらしい」

 

 男戦士と斥候が話を進めていると、獣人魔術師は顎に手をやり、「なるほど」と何やら興味深そうな声を漏らした。

 

「なにが『なるほど』なのだ、術師よ」

 

 自慢の長耳でそれを聞き取った森人司祭が問うと、獣人魔術師は「なんてことはありません」と前置きをしてから続ける。

 

「他からの視線を気にせず、己が決めた正装のみを着続ける。なにかを極めんとしている、あるいはなにかを為そうとしているのでしょう」

 

「なにかを極め、なにかを為す、か……」

 

 斥候は彼の言葉を己に言い聞かせるように反芻すると、そこにゴブリンスレイヤーの姿を重ね、「ある意味では、お似合いか……」と呟いた。

 他人の目を、評価を気にせず、ゴブリン殺しの術を極め、彼らを絶滅を為そうとしている。

 その魔術師とは、そういう意味ではお似合いだろう。

 

「え」

 

 そんな事を思慮していた斥候の耳に、聞き覚えのない声が届いた。

 彼の言葉に思わず声を出してしまった赤髪の少女は慌てて身を隠して口を押さえると、一瞬遅れて彼の蒼い瞳が窓に向けられた。

 

「どうした?」

 

 男戦士は突然振り向き、窓を睨み始めた斥候の姿に首を傾げると、「いや、手洗いに行ってくる」と告げて席を後にした。

「おうよ」と彼を見送った男戦士は、残された二人に次なる話題を投げ掛けた。

 やれ女給の可愛い店を見つけただの、そこに行くには依頼を受けねばとか、なら何を受けようかなど、話題はどんどんと仕事の方へと向かっていく。

 

「お、何の話をしているんです?」

 

 そこに割り込んだのは銀色の髪を高い位置で括った一人の少女だ。

 只人で、背が高く、胸元が放漫で、脚も長く、筋肉の透ける体躯は幼い頃から意図して鍛えている人のそれだ。

 

 ──私もあんな感じになるのかな……?

 

 牧場仕事の手伝いで最近腕が筋肉質になっているのだから、もう何年かしたらあんな風になるのかもしれないと苦笑を漏らす。

 少女は「お待たせしました!」と太陽のような笑顔と共に卓につくと、男戦士が「お疲れさん」と肩を叩いた。

 

「いや~、事情聴取?って、面倒ですねぇ」

 

「それだと私たちが犯罪者のように聞こえてしまうのが癪だが、事実あれは事情聴取だからな……」

 

 銀髪の武闘家の言葉に森人司祭が不服そうに言うと、腕を組みながら「不正も嘘もしていないというのに」と鼻を鳴らして憤りを露にした。

 それでも優雅に見えるのは、森人が持つ気品のお陰か。

 隣の獣人魔術師はその時の事を思い出しているのか、目を細めて喉を奥を鳴らした。

 

「まあ、やったことがやったことです。私たちはただ見ているだけでしたが」

 

「それはそうですけど……。ところで、あの人は?」

 

 銀髪の武闘家は不在の斥候を探して、キョロキョロと辺りを見渡しながら問うと、「厠にいきました」と獣人魔術師が告げた。

 

「じゃあ、すぐに戻って来ますね」

 

 銀髪の武闘家がポンと手を叩きながら言うと、「お仕事どうしましょう」と話題を元に戻す。

 ここまで来れば彼の話題になることはないだろうと判断した赤髪の少女は、さっさと帰ろうと樽から降りようとすると、

 

「俺になにか用か」

 

 不意に肩に手を置かれ、耳元でどすの効いた低い声が放たれた。

「ひっ」と喉の奥から悲鳴を漏らし、壊れた絡繰人形のようにギギギと音をたてて振り向くと、そこには無表情の斥候の姿があった。

 蒼い双眸には絶対零度の冷たさが宿り、ぶれることなくじっと睨むつけてくる。

 

「あ……ぃ……」

 

 彼から放たれる重圧に息が出来ず、赤髪の少女は意味のない音を漏らしながら首を横に振った。

 

「俺たちの話を盗み聞いていたろ」

 

 そんな彼女に疑いの念を抱いているのだろう。斥候は彼女を追及しようと視線を鋭くさせると、「何が目的だ」と肩に置いた手に力を入れた。

 ぎしぎしと骨が軋む音が漏れ、赤髪の少女の瞳には大粒の涙が滲む。

 

「あの……わた、私っ……!」

 

 少女はなけなしの根性を振り絞って彼に返すと、「なんだ」と余計に視線が鋭くなった。

 相手を人として見ているのか疑問に思えるほどに蒼い瞳は冷たく、本能が逃げろと叫んでいるのがわかる。

 額には脂汗が浮かび、奥歯がぶつかり合ってカチカチと音が漏れ、焦点が定まらずに視界が霞む。

 少女が知るよしもないのだが、今の彼女は彼の殺意を全身で受け止めているようなものだ。

 父や師から受け継いだテンプル騎士としての使命──アサシンとの戦いで培った殺意は、戦いを知らない少女が受け止めるにはあまりにも重い。

 呼吸が細くなり、酸素が足りずに頭が痛くなり始め、視界が点滅し始めた頃になって、ようやく助け船がきた。

 

「あ、うぇ!?斥候さん!?」

 

 何かを感じたのか、銀髪の武闘家が窓から顔を出し、惨状に気付いて声をあげたのだ。

「む」と声を漏らして殺気を抑えた斥候は、「どうした」と変わらず淡々とした──けれど決定的に違う──声音で問うと、銀髪の武闘家は困ったように肩を落とした。

 

「斥候さんの番ですよ。上の階で、色んな人が待ってます」

 

「ああ、そんな時間か」

 

 彼女の言葉に失念していたように返すと、ちらりと赤髪の少女に目を向けた。

 怯える子供のように──事実そうなのだが──ぷるぷると震えている彼女を一瞥し、すぐに興味を失ったように視線を外す。

 彼としては彼女が密偵ではないと判断してのことなのだが、それをされた少女としては堪ったものではない。

 呼吸も落ち着いて、同時に思考も落ち着いてくると、赤髪の少女はきっと彼を睨み付けた。

 

「あ、あの……っ!」

 

「すまん。少し警戒し過ぎたようだ」

 

 そして一言申してやろうとすると、間髪入れずに謝罪の言葉が放たれた。

 僅かに目を向けるだけで、目を合わせてこないのは減点だが、何も言わずに立ち去られるよりはましだというもの。

 あくまで、だが。

 

「頼んでもいいか」

 

 そんな風に、今度はやり場のない怒りで身体を震わせていると、斥候は銀髪の武闘家に目を向けて一言告げた。

「え?」と首を傾げる彼女を他所に、斥候はその場を後にして、そのまま裏口を通ってギルドの中に戻ってしまう。

 

「「………」」

 

 取り残された二人は言葉もなく見つめ合うと、銀髪の武闘家は困ったように苦笑を漏らした。

 その笑みにつられて赤髪の少女もまた笑みをこぼすが、肝心の言葉が出てこずに「えっと……」とすぐに詰まらせる。

 考えてみれば、特に理由もなく見知らぬ誰かと一対一で会話をするなど久しぶりだ。

 書類関係で受付さんや、何を持っていくかで伯父と話す機会は増えてはきたものの、共通の話題もなく何かを話せと放置されるのは初めてだ。

 

「と、とりあえず、そっちに行きますね」

 

 一向に話が進まないと見た銀髪の武闘家は身を乗り出し、そのまま窓枠を越えて外に出てくると、赤髪の少女の隣に腰を下ろした。

 

「それで、大丈夫ですか……?」

 

「あ、はい。何とか……」

 

 そして初対面にも関わらず、心底心配そうな面持ちで声をかけられ、赤髪の少女は頷いた。

 彼女からは先程の彼とは正反対の、なんとも温かい雰囲気が漏れており、不思議と気分が落ち着いていく。

 ようやく呼吸も落ち着いて、汗も引っ込み始めると、銀髪の武闘家が頭を下げた。

 

「その、ごめんなさい。前の仕事のせいでピリピリしてまして」

 

「い、いいえ。その、冒険者の人たちも、大変なんですね……」

 

「あはは……」

 

 赤髪の少女の言葉に銀髪の武闘家は乾いた笑みで返し、「大変でした……」と遠い目をしながら呟いた。

 冒険者は今日を無事に終えても、明日も無事に終えられるかがわからない。文字通り明日をも知れぬ身だ。

 依頼先で何かがあってピリついてしても、仕方がないのかもしれない。

 

 ──それにしたって、怖かったけど……。

 

 なんだかそれだけではない気がするが、赤髪の少女は努めて先程の事を忘れようも心掛けた。

 

「そう言えば、あなたはどんな理由でここにいるんですか?」

 

 そんな少女の意志に気付いたのか、銀髪の武闘家が苦笑混じりに問うと、赤髪の少女は数瞬考えてから返す。

 

「えっと、街の外に牧場があるのはわかりますか?」

 

「はい、街に来た時にも見ました!」

 

 ようやく共通の話題が見つかったと、パッと表情を明るくした銀髪の武闘家に、赤髪の少女はつられて笑みをこぼした。

 

「私、そこに住んでいるんです」

 

「えっと、住み込みで働いているとかです?」

 

「いいえ。私の伯父が、牧場主なので」

 

「ああ、なるほど。親戚の方が」

 

 銀髪の武闘家は「なるほどなるほど」と呟きながら頷くが、何故伯父の下に身を寄せているかを聞きはしなかった。

 自分とて家を飛び出してきているのだ、彼女にも何かしらの事情があるのだろう。

 

「牧場で働いているということは、毎日動物と触れあっているんですよね」

 

「そ、そうですけど……?」

 

 ずいっと前のめりになりながら問いかけてくる銀髪の武闘家の圧に押され、僅かに身体を後ろに逸らせた赤髪の少女が頷くと、「ふーん」となにを考えているのか顎に手をやった。

 

「やっぱり、可愛いですよね……」

 

 そして放たれたのは、予想に反して気の抜けた声だった。

「え?」と思わず聞き返した赤髪の少女を他所に、銀髪の武闘家は捲し立てる。

 

「だって牛ですよ!?鶏ですよ!?あと、豚です……よ?ともかく、可愛いじゃあないですか!」

 

「えっと、可愛い……」

 

 彼女の言葉に赤髪の少女は困り顔になり、口許に指を当てながら思慮した。

 牛は毎日のんびりと過ごしていて、確かに触れれば温かいし、鶏も卵を産んでくれて、時々見つける雛は可愛いものだ。

 豚は、まあ、うん……。いつか出荷するわけだし……。

 

「あんまり、そういうことは考えないかなぁ……」

 

「むぅ。そういうものですか」

 

「そういうものですね」

 

 二人はそう言葉を交わして、お互いの顔を見つめあった。

 お互いに無駄に真剣な顔になっていて、そこが妙に可笑しい。

「ぷっ」と銀髪の武闘家が吹き出し、そのまま笑い始めれば、赤髪の少女もまた笑い始める。

 女性が何人か揃えば姦しいとはよく言ったもので、同年代の二人が少しでも意気投合すれば、後はもう一直線だ。

 冒険者は大変ですか。そりゃあ大変ですよ。あれはどうするんですか。ああやればいいんです。

 様々な話題で言葉を交わし、少しずつ親睦を深めていく。

 夕暮れ時の街の片隅に、二人の少女の笑い声が木霊していた。

 

 

 

 

 

 ギルド二階、応接室。

 冒険者の等級があがる際の審査や、問題を起こした冒険者へと追及などに使われるその一室に、斥候の姿があった。

 

「──何度説明させる気だ。俺が、一人で、壊滅させた。何度聞かれてもそれは変わらない」

 

 もはや何度目になったかもわからない質問に答え、深々とため息を吐いた。

 彼の話を聞いていたギルドの支部長と、隣で『看破(センス・ライ)』の奇跡を使っている監督官が、困り顔で顔を見合わせた。

 彼は白磁等級の駆け出し冒険者だ。そんな彼が、都でも有名な盗賊団を、ほぼ単独で壊滅させたという。

 本来なら今までの貢献度を含めて昇給してもいいような戦果ではあるが、いまだに信じていない職員もいる。

 一党全員を相手に奇跡を使ってまで裏を取っているのだから、今さら「嘘を言うな!」と弾劾する事も出来ないのに、そんな新人がいるかと

 支部長は自慢の口髭を指で撫でると、すっと一枚の書類を取り出した。

 

「なんだ」

 

 不機嫌そうに眉を寄せながらそれを受け取った斥候は、ざっと目を通して更に眉間の皺を濃くした。

 

妖術師(ワーロック)の討伐……?」

 

「はい。あなたの昇給がかかった、大切な依頼です」

 

「昇給。俺は冒険者になってあまり経っていないが」

 

「それが問題なのです。今までの貢献度からすれば、まだ白磁等級なのですが……」

 

「件の盗賊を壊滅させて充分になった。だが、本当に強さが伴っているかが不明だと?俺を昇給させるために、あいつらが話を盛っていると?」

 

 彼のかなりの怒気が込められた確認の言葉に、支部長は額に汗を滲ませながら重々しく頷くと、斥候はため息を吐いた。

 別に彼を非難するつもりはない。上に立つ者には、それ相応の苦労があるし、それは自分が頑張っても助けようがないのだ。

 彼としては仲間を助けるために少々の無理をしただけだ。それが支部長に面倒をかけた挙げ句、来年だろうなと思っていた昇給を手繰り寄せることになるとは……。

 

「まあ、受けるさ。そっちだって、受けて貰った方が楽だろう」

 

 肩を竦めながらそう告げた彼は、「あいつら──一党に相談しても?」と問いかけた。

 

「勿論です。一党の皆さんにも、是非相談を」

 

「言われなくても。明日になったら受けるかを連絡する」

 

 斥候は一方的にそう告げると、依頼書を片手に部屋を後にした。

 一応、退室の間際に「失礼する」と言っておく辺り、最低限の礼節を弁えてはいるのだろう。

 取り残された支部長と監督官は顔を見合わせてため息を吐くと、監督官は疲労感のままに机に突っ伏した。

 支部長はそれを咎めることなく手拭いで額の汗を拭うと、再びため息を吐いた。

 

「才能ある新人は喜ばしいが、それ以上に大変だな……」

 

 まさか彼が白金等級かなんて事を夢想して、いや流石にないだろうと首を振った。

 この街の冒険者が白金等級になってくれるのは喜ばしいが、それを諸々と処理するこちらの苦労は計り知れない。

 

「だがそれで人が救えるのなら、剣を握れぬ我々は、代わりにペンを握るのだ」

 

 久しぶりに弱気になった自分を奮い立たせるようにそう口にした支部長は、先程の彼と、彼が属する一党に関する書類に目を通した。

 黒曜等級の戦士を除いて、それ以外全員が白磁等級だ。

 他の四人よりも早く冒険者になり、様々な修羅場を潜り抜けた只人の戦士。

 文字通り故郷から飛び出してきた只人の武闘家。

 講師を辞して、冒険者としての余生を選んだ獣人の魔術師。

 様々な縁にめぐまれ、地母神への信仰に目覚めた森人。

 そして、海の向こうの国から一攫千金を求めて冒険者になった只人の斥候。

 ──と、挙げてみれば冒険者になった動機もよく聞くものだし、前衛後衛のバランスもいいだろう。

 だが、と支部長は椅子の背もたれに寄りかかりながら天井を見上げた。

 

 ──斥候の彼には、金以外の目的が隠されているような気がする……。

 

 様々な冒険者の成長を目撃し、時には終わりを見せつけられた支部長の目は、下手な冒険者以上に人を見る目がある。

 その彼は斥候と対面する度に何か違和感を感じ、年不相応の迫力に気圧されてしまう。

 支部長が再びため息を吐くと、ゆらりと身体を起こした監督官が「戻ってよろしいでしょうか……?」と声を絞り出した。

 

「あ、ああ。構わない。いつもすまないな、面倒をかけて」

 

「これも仕事ですから」

 

 監督官はしゅっと姿勢を正しながらそう返すと、疲労を感じさせない足取りで部屋を後にする。

 一人残された支部長は懐から煙管を取り出すと、それに愛用の刻み煙草を詰め込み、火を入れてホッと紫煙を吐いた。

 仕事終わりには少し早いが、意識を切り替えるという意味でも大事なことだ。

 

「さて、もう一踏ん張りするか」

 

 充分に煙草の味を堪能した支部長はかん!と景気のいい音と共に灰皿に灰を落とすと、さっさと自室へと戻っていった。

 その足取りは軽く、表情にも支部長としての覇気が満ちている。

 それこそ冒険者よりも堂々と、自信に満ちた足取りで、彼は明かりの灯ったギルドの奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 支部長と同じくギルドの廊下を進んでいる斥候は突然足を止めると、再び依頼書に目を落とし、深々とため息を吐いた。

 

 ──妖術師とは、なんだ……。

 

 この男、剣と剣による対人戦闘においては絶対の自信があるが、そこに魔術なり奇跡が絡んでくると訳が違ってくる。

 

「……まあ、やるしかないか」

 

 そうとなれば彼らに相談せねばと再び歩き出すと、ふと視界の端に赤と銀が映った。

 窓の向こう、ギルド裏の端っこで赤髪の少女と銀髪の武闘家がいまだに何かを話しており、お互いに笑顔を浮かべているのだ。

 自分が彼女たちと同い年の頃、それこそ十五の頃は、どんなだっただろうかと思慮して、すぐに止めた。

 過去を振り返ることを無意味だとは思わないが、今はやるべき時ではないと判断したのだ。

 今は目下の依頼をどうするかを考え、一党に相談することが最優先。

 もっとも、思い出した所で意味はない。幼い頃に母を殺され、父を失った彼は、人生の大半を復讐に費やし、真っ当な人生と呼べるものから遠ざかり過ぎた。

 同年代の友人などおらず、先生たちがいたから必要だとも思わなかった。

 だがそれでも、時々考えてしまう。

 

 ──俺に、真っ当な人生を送る事が出来たのだろうか……。

 

 胸中で湧いた疑問は考える間もなくすぐに消え去り、彼は再び歩き出した。

 

 ──目下の依頼をこなし、等級をあげ、遺跡や洞窟を調査し、元の世界に戻る。

 

 それこそが彼の目的。金を稼ぐのはその足掛かりだ。

 全ては騎士団のため、恩人たちの下に帰り、アサシンを塵殺するため。

 

 ──今は冒険者に殉じよう。自由を享受しよう。そして、経験を力に変えよう。

 

 生涯の目的(復讐)のために、走り(飛び)続けよう。

 斥候はただ一人で覚悟を決めると、夕暮れで薄暗いギルドの廊下を進み続けた。

 二人の少女の声はもう、彼には届いていなかった。

 

 

 




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