SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory09 変えたい日常

 寒さもだいぶ弱まり、少しずつ草木に彩りが戻り始めた頃。

 春の訪れを知らせる風が吹き、優しげな月明かりに照らされるとある森の中。

 

「いぃぃぃぃぃやっ!!」

 

「お゛!?」

 

 鋭い怪鳥音と、肉が潰れ、骨が砕ける音、最後に断末魔が漏れ、声の主はごぼごぼと血の泡を噴きながら崩れ落ちた。

 ふっ!と短く息を吐きながら構えを取って残心を決めたのは、月明かりに銀色の髪を揺らす武闘家だ。

 拳に残る命を奪った感覚を素早く振り払い、姿勢を低くしながら右足を軸に回転。

 背後から振り下ろされた刃を紙一重で避け、お返しに足払いを食らわせる。

「おわ!?」と間抜けな声をあげ、身体を横向きに転倒させたならず者(ローグ)は受け身もままならずに身体を地面に打ち付けた。

 唸るような悲鳴を漏らした彼は素早く立ち上がろうとするが、次の行動(アクション)は武闘家の方が数秒速い。

 

「でりゃあ!!」

 

 立ち上がった勢いのままに足を振り上げた彼女は、気合い一閃と共にならず者の頭に向けて踵落としを打ち込んだ。

 ぐちゃりと肉の潰れる湿った音が森に響き、足を伝って全身に広がっていく不快感に背筋を震わせた武闘家は、そっと足を退けた。

 割れた頭蓋骨から漏れ出た血と、粘度の高い脳汁で糸が伸び、彼女の踵とならず者の頭を繋ぐ。

「うぇ……」と露骨に気持ち悪そうに声を漏らしながら、ちらりと潰した頭に目を向けてみれば、本来丸い筈の頭が谷のように抉れ、押し出されたのか目玉が飛び出し、地面に転がっている。

 

「……」

 

 見なきゃよかったと顔色を悪くしながら後悔する武闘家は、気分を切り替える為にも焚き火の向こうで戦っている相棒──ローグハンターへと目を向けた。

 

「シッ!」

 

 鋭く息を吐きながら振るわれた片手半剣(バスタードソード)の刃が、斧を大上段に構えながら突っ込んできたならず者の腹を裂き、逆の手で握られた短剣がその傷を抉じ開けるように一閃。

 一瞬の間を開け、傷口から臓物を溢れさせて崩れるならず者を他所に、ローグハンターは次なる行動(アクション)に移る。

 懐に手を入れ、目的の物を掴んだ瞬間に勢いよく腕を振り抜く。

 同時に放たれた捕縛用のフックが(ロープ)取り付けられた縄(ダート)は、逃げようと背を向けたならず者の背嚢に引っ掛かる。

 同時に力の限り引っ張ってやれば、ならず者は背中から地面に倒れ、それでも逃げようと地面を這い始めた。

 だがローグハンターの歩みの方が遥かに速く、彼はならず者の背を踏みつけ、ロープダートのフックを背中にめり込ませる。

 痛みに喘ぎ、苦悶の表情を浮かべるならず者に対し、ローグハンターは残酷なまでに無表情を貫いた。

 その表情のまま剣を逆手に持ち変え、後頭部にその切っ先を突き立てた。

 

「げっ!?」

 

 後頭部から眉間までを貫いた瞬間、ならず者から短い断末魔の声が漏れ、身体から力が抜けていく。

 ぐったりと大の字になって地面に倒れたならず者を見下ろしながら、ローグハンターは剣を引いた。

 切っ先が僅かに地面に刺さりはしたものの、まだ抜く分には問題はなかったらしく、するりと抜けた鋼の刃が月明かりの下に晒される。

 刃の半分程が赤く染まり、血脂に塗れた刃は怪しくテカり、見るものに恐怖を与える代物になっていた。

 それに怯み、身体を強張らせた生き残り三人は顔を見合せ、じりじりと摺り足で彼から離れていくが、生憎と彼らの相手はローグハンターだけではない。

 

「おぉりゃあぁぁぁああ!!」

 

 気合いの雄叫びと共に飛び出した武闘家が、一番後方にいたならず者のこめかみに飛び蹴りを叩き込んだ。

 凄まじい快音と共にならず者は吹き飛び、大量の血を撒き散らしながら地面を転がっていく。

 

「「っ!?」」

 

 突然の横槍に狼狽え、二人同時に弾かれるように後方に振り向いた瞬間、今度はローグハンターが動いた。

 見た目こそ恐ろしいものの、剣としてはもはや使い物にならないそれを逆手に持ち替え、振りかぶり、投射。

 寸分の狂いなく後ろを向いていたならず者の頭部を貫き、剣は最後の役目を果たした。

 剣に貫かれたならず者は頭から倒れ、地面に突き立った刃に支えられて頭部が地面に落ちることはない。

 滲み出た血が刃を伝って地面に垂れ、小さな血溜まりを作り始めた。

 

「っ?!」

 

 そして最後に取り残された一人は目に涙を溜めながら前方と後方に交互に顔を向け、どうするべきかを必死になって考える。

 だがその僅かな時間が、自分の命を奪うとは考えもしなかったのだろう。

 

「はっ!」

 

 無防備な背中に向けて武闘家の拳が打ち込まれ、弾かれるがままにローグハンターの方へと押し出された。

 直後、短剣を逆手に構えた彼は前へと駆け出し、すれ違い様にならず者の首を掻き切った。

 ぶつんと肉を断ち切る感触と、「おぁ……」と覇気の欠片もない断末魔の声を聞きながら、武闘家のすぐ隣で停止。

 短剣に血払いくれて、タカの眼を発動しながら辺りに目を向ける。

 月明かりさえも感じなくなるほどに暗くなった視界に浮かび上がるのは、味方を示す青い影のみ。

 数度辺りを見渡してそれを確認したローグハンターは瞬きと共にタカの眼を解除すると、隣で油断なく身構えている武闘家に告げた。

 

「……殲滅完了だ」

 

「わかりました」

 

 彼の言葉を受けた武闘家は拳を払ってついた血を飛ばすと、ゆっくりと息を吐いて張り詰めていた意識を緩める。

 いつも通りの、数人規模のならず者たちの拠点制圧。

 いや、拠点というには程遠い、適当に囲いを造り、適当に草を刈っただけの、野営地とも呼べない簡易的な森の空き地。

 そこに居座る、まだ年若い──それこそ自分たちよりも僅かに年を行ったばかりの──ならず者たちを殲滅する。

 静かな森に染む込んでいく赤い血と鉄の臭い。

 それに慣れ始めている自分に多少なりとも嫌悪感を抱きながら、武闘家はちらりとローグハンターに目を向けた。

 せっせとならず者たちの死体を一ヶ所に集めていく姿は、無表情かつ黒装束なのも相まって、物語に出てくる墓守りのようにさえ見える。

 

「……どうした」

 

 その作業を終えて、一人一人の瞼を閉じる行程に移った彼は、ふと視線を感じて武闘家の方に目を向けた。

 突然彼と目があった武闘家は僅かに頬を朱色に染めながら「何でもないです」と顔の前で手を振ると、「そうか」と頷いて最後の一人の目を閉じた。

 

「法司りし神の元に行け。汝らの罪を罰するはかの者なり」

 

 静かに告げられたその祈りは、果たして法司る無名神──至高神に届いたのだろうか。

 それを知るのは天上から見守る神々のみで、盤の上を生きるローグハンターには知るよしもないことだ。

 

 

 

 

 

 ならず者たちの野営地から離れ、ローグハンターが用意した夜営地に戻ってきた二人。

 ならず者たちから奪った戦利品を適当に整理しながら「おお」だの「お……?」だの何やら声を漏らしている武闘家を横目に、ローグハンターは倒木を椅子代わりにして焚き火を眺めていた。

 意味もなく拳の開閉を繰り返し、アサシンブレードの抜納刀する様を眺めていた。

 極小の刃が鞘を往復する度にこぼれる布擦れ音は、耳を澄まさなければ聞き取れないものではあるが、静かな夜では嫌に響く。

 極小の刃は月明かりを浴びて鋭い銀の輝きを放ち、角度を変えて焚き火の橙色の明かりを透かして見れば、どこか不気味な輝きを放つ。

 この刃で、何人のならず者を殺めてきたのかも定かでもない。そして、何人を救ったのかも定かではない。

 ただひとつ言えるのは、首から下がる認識票の色が変わり、青玉になったことだ。

 等級が上がっている以上、それに伴う実績があるということでもあるのだが、実感というのはやはり薄い。

 大手を広げ、名指しされながら称賛されたいというわけでもないのだが、本当に助けられているのかと不安になることだ。

 

「と、隣、失礼します……」

 

 そうやって考えながら黙々とアサシンブレードを抜納刀するローグハンターの隣に、遠慮がちに声をかけた武闘家が腰を降ろした。

 

「「………」」

 

 と、ここまでは良かったが、二人の間に流れるのは痛いほどの静寂だった。

 時折吹く風で揺れる木々の音や、弾ける薪の音がなる程度で、二人が何かしらの声を出すことはない。

 どうするかと考えながら目を泳がせた武闘家は、いまだにカシャカシャと仕掛けが動く音を漏らしている彼の右手首に目を向けた。

 拳を何度も開閉し、その度に出入りを繰り返す小さな刃は、それでも人一人を殺めるには充分な物なのだ。

 じっとそれを眺めていると、いい加減飽きたのかローグハンターが拳を閉じてアサシンブレードを納刀し、手を下げた。

 つられる形で視線を下げた武闘家は、「あの」と問いかけながら顔をあげた。

 

「なんだ」

 

 それの返しはいつも通り淡々としたもので、蒼い瞳に彼女を映したローグハンターは無表情のまま首を傾げた。

 

「あ、いえ。えっと……」

 

 そしてあまり考えてもいなかった武闘家は、じっと彼の瞳を見つめ返すが、すぐに赤面して顔を背けた。

 それにあわせて結んだ銀色の髪が尾のように揺れて、月明かりを反射して星のようにきらきらと輝く。

 一瞬、それこそ瞬きする間よりも短い時間でそれに魅入ったローグハンターは首を振って意識を切り替えると、彼女の質問を待った。

 数秒、あるいは数分ほど彼女の言葉を待ったローグハンターは、彼女との初対面を思い出して内心で苦笑。

 だが今回先に口を開いたのは武闘家だった。

 

「えっと、今日も冷えますね……?」

 

「そうか?」

 

 そうした投げ掛けられた問いかけにローグハンターは曖昧な返事をすると、息を吐いて白くなっていることを確認。

「まあ、寒いほうではあるか」と彼女の意見に賛同しながら、「で、どうした」と問いかけた。

 

「あっ、その、えーと……」

 

 その問いに即答できず、気まずそうに視線を逸らした武闘家は、ここまで来たら勢いのみと自分を奮い立たせる。

 何故か酒を飲ませてくれなくなった女騎士に言われたではないか、とりあえず突っ込めと。

 その言葉を信じた彼女が取った行動は、実に単純にして明快だった。

 

「えい!」

 

 可愛いらしく掛け声を出しながら、彼の腕に抱きついたのだ。

 自慢ではない、むしろ邪魔な程に大きな胸の谷間に彼の腕を挟み込み、二の腕に両腕を巻き付けてぎゅっと抱き締める。

 

「──」

 

 僅かに目を見開いたローグハンターは、無言のまま彼女を見つめ、視線を落として自分の腕を見つめた。

 柔らかな果実に包まれ、服越しに僅かな温もりを感じられるが、果たしてこの行動に意味はあるのだろうかと考え始める。

 

「……」

 

 彼が自分の胸を見つめているという状況に頬を赤らめる武闘家は、僅かに力を入れて彼の腕を抱き締めてみるが、彼は無言を貫いた。

 ゆっくりと視線をあげ、赤くなった彼女の顔を正面から凝視する。

 顔色を伺って何を考えているかを読み取ろうとしたのだろうが、一党になってまだ一年にも満たないのだ。彼女が何を考え、なぜ行動に移したのかまではわからない。

 

「──」

 

 故に彼は無言になるほかなく、どうするべきかと目で訴えるように、ぱちぱちと瞬きを繰り返すのみだ。

 

「うぅ……」

 

 何かしらの反応を求めていた武闘家にとって、ほぼ無反応というのは中々に酷なものだった。

 からかってやろうにも彼が照れている様子はなく、離れようにも時機を逃がしたようにしか思えない。

 そして勢いが失われてしまえば、来るのは強烈なまでの羞恥心だ。

 それから逃れようともじもじと身動ぎしてみれば、それに合わせて豊かな胸が形を歪めて彼の腕を包み込む。

 

「──」

 

 腕に感じたことのない柔らかさを感じつつ、けれど無表情のまま困惑するローグハンターは、彼女の顔と自分の腕を交互に見る。

 赤らんだまま瞳を潤ませ、時々身動ぎしながら身を寄せてくる彼女は、果たして何をしてほしいのか。

 

「……」

 

 無言で思慮を続けた彼は、ふと冬が始まったばかりの頃を思い出す。

 彼女はひどく寒さに弱いようで、朝は毛布にくるまったまま震えていたのを覚えている。

 そこに加えて先程の会話。あの頃よりはましだとは思うが、寒さを気にしているような素振りをしていた。

 

 ──つまり、寒がっている……?

 

 ようやく合点がいった彼は表情を引き締めると、少々乱暴に腕に抱きつく武闘家を振り払う。

「あ……」と声を漏らして残念そうに目を伏した彼女だが、次の瞬間に肩を掴まれたかと思えば、地面の方に引き落とされた。

 地面に尻餅をついて「きゃ!?」と小さく悲鳴をあげた直後、背後から誰かに抱き締められ、武骨な両手が腹に添えられた。

 

「え……あ……うぇ……?」

 

 何事かと困惑する武闘家を他所に、同じく地面に尻をつけ、豪快に開いた両足の間に彼女を納めたローグハンターは、彼女の耳元で「これでいいか?」と問いかけた。

 風を自分の背中で遮り、焚き火の熱が彼女の全身に当たるようにしたわけだが、果たしてこれで良かったのだろうかと小さく唸る。

 

「~!!?」

 

 そんな彼の意志を知るよしもない武闘家は、顔を耳まで赤く染めながら声にならない悲鳴をあげると、とりあえず彼の手に自分の手を重ねてみた。

 自分に比べて温かい彼の体温を感じると、無意識に頬が緩んでしまう。

 そのまま彼に寄りかかってみれば、何も言わずにしっかりと受け止めてくれた。

 

「~っ!」

 

 それが堪らなく嬉しくかった武闘家が、真っ赤になった顔を見られないように伏せると、ローグハンターは小首を傾げた。

 まだ寒いのだろうかと的はずれな事を思い、脇に置いていた雑嚢から毛布を引っ張り出し、腹に抱えた彼女諸ともに被る。

 

「今のうちに寝ておけ。見張りは俺がやる」

 

 武闘家の腹を擦りながらそう告げた彼は、瞬きと共にタカの眼を発動し、辺りを警戒し始める。

 

「それくらい私が」

 

 首だけで振り向いて肩越しに彼の顔を見た武闘家は、間近にある凛とした表情──もっとも無表情だが──に照れてしまい、すぐに顔を前に向けた。

 彼は黙々と腹を擦り、摩擦により生まれた温かさが眠気を誘う。

 

「見張りは、交代、こうたい……ですよ……?」

 

「考えておく」

 

「おこ、して……ください……ね……?」

 

「わかった。早く寝ろ」

 

「うぅ……」

 

 いつも見張りを変わることがない彼に、今度こそはと念を押すように言うが、返ってくるのは気のない返事。

 重くなる瞼をどうにかあげようとするが、思いに反して身体は起きてくれず、そのまま視界が暗くなっていく。

 かくりと首が倒れたかと思えば、すぐにすぅすぅと寝息をたて始める。

 

「……」

 

 彼女の後頭部を無言でじっと見つめたローグハンターは、彼女を起こさないようにそっぽを向いてからため息を漏らした。

 何とも無防備に感じることではあるが、それなりに信頼してくれていると思えば嬉しい気もする。

 

 ──なら、いいことではあるか……。

 

 誰かを信じること。誰かに信じられること。

 それはどちらも難しいことではあるが、成し遂げることができれば何よりも嬉しいことだ。

 ローグハンターは蒼い瞳で焚き火を見つめると、ついで星空を見上げた。

 故郷とは繋がっていない、恩人たちが見上げるであろう空とはまったく違う空。

 一人孤独に、夜の寒さに包まれている筈なのに、感じるのは彼女の温もりと息遣いで、心臓の鼓動が不思議と跳ねる。

 一度深呼吸をして心臓を落ち着かせ、僅かに抱き締める力を強めてから改めて周囲を警戒。

 タカの眼により暗くなった視界に映るのは、真っ黒に塗りつぶされた中、微かに浮かび上がる輪郭(ワイヤーフレーム)と、目の前で寝ている武闘家(青い影)のみ。

 おかけで彼が気付くことはなかった。武闘家の耳が真っ赤に染まり、何かを耐えるような表情になっていることに──。

 

 

 

 

 

「──で、結局何も起きずに一晩中寝ていたと」

 

 辺境の街。親しき友の斧亭の片隅で、麦酒を呷った女騎士が目の前で突っ伏している武闘家にそう告げた。

 言われた武闘家は卓に突っ伏したままこくこくと頷くと、顔をあげて「もう、何なんですか~」と気弱な声を漏らす。

 

「抱きついても反応なくて、逆に抱き締められたんですよ?もう、この、あー、好きぃ……」

 

「ついに酒なしでも惚け話をし始めたな……」

 

 ばんばんと卓を叩きながら放たれた言葉に、女騎士は酒精混じりのため息を吐くと、優雅にエールを飲んでいる魔女へと目を向けた。

 聞いているのかいないのか、時折肉感的な肢体を揺らしつつほっと息を吐き、ぺろりと唇を舐めた。

 嫌に色っぽい魔女の挙動に一瞬魅入ってしまった女騎士は、杯一杯に注がれた麦酒を呷って無理やり意識を戻すと、物欲しそうに見つめてくる武闘家を鼻で笑った。

 その反応が気に食わなかったようで、武闘家は頬を膨らませて不満を露にした。

 

「ぶー。なんでお酒飲んじゃ駄目なんですか」

 

 足をぷらぷらと振りながら頬を膨らませる彼女の姿は、年相応──成人したての女の子に他ならない。

 これであの冷酷なるならず者殺し(ローグハンター)の相棒なのだから、世の中わからないものである。

 

「酒を入れたら大惨事になるだろうが。飲んでも全く覚えていないのだから質が悪い」

 

「……?何を言ってるんです?」

 

 額に手をやりながら呟いた言葉は、肝心の武闘家には届いていなかったようで、首を傾げた彼女に対して女騎士は「何でもない」と頬杖をついた。

 隣の魔女は相変わらずエールを飲んでいたが、何を思ってか武闘家の髪を指で梳き始めた。

 気持ちよさそうに目を細める武闘家と、そんな彼女を見ながら頬を緩める魔女という構図に困惑する女騎士は、とりあえずつまみの料理を頬張る。

 

「だが、あれだな。ここまでして反応なしだと、男色の可能性も──」

 

「それはないですよ!」

 

 それなりに酒に強い筈の女騎士も酔いが回り始めれば、思考が落ち着かずに適当な事を言い始めるが、誰でもない武闘家によって遮られた。

 いまだに髪を梳いている魔女の手をそのままに、だん!と卓を叩いてから力説する。

 

「確かに反応はないですけど、別に男の人を見ていたりとか、抱き締めたりはしていないです!だから、きっと、たぶん、その、大丈夫です!」

 

 根拠も何もない、ただの希望論。

 彼女の言葉をそう断じても構わないのだろうが、女騎士と魔女はそこまで残酷にはなれなかった。

 

「そうだな」

 

「そう、ね」

 

 二人は同時に頷くと、レモネードを頼んで武闘家の前に置いた。

 

「今更だが、改めて乾杯といこう。まあ、何にするかは各々に任せるとして」

 

 乾杯!と三人の声が重なり、かつんと杯がぶつかり合う音が続く。

 武闘家はレモネード。魔女はエール。女騎士は麦酒。

 飲むものはそれぞれバラバラだが、胸中にある悩みはほぼ同じ。

 ぷはぁと息を漏らして真っ先に杯を置いた武闘家は、口内を支配するレモンと蜂蜜が混ざった甘酸っぱさに眉を寄せながら、二人に問いかけた。

 

「──それで、毎回私の話ばかりですけど、お二人はどうなんですか?」

 

「「………」」

 

 その問いかけに、二人はゆっくりと顔を背けた。

 額には僅かに汗が滲み、再びそれぞれの杯を呷る。

 

「ちょっと、聞いてます?おーい」

 

 身を乗り出して無理やり女騎士の視界に入り込んでみるが、すぐに視線を逸らされる。

 ならばと魔女の方にも行ってみるが、反応としてはほぼ同じ。

 

「むぅ。気になるじゃないですか、話してくださいよ!」

 

 彼女の元気溌剌な声も、親しき友の斧亭の熱気と喧騒に呑まれて消えていく。

 恋する乙女たちの恋話だ。元より見ず知らずの男どもが入る隙はない。

 耳を澄ませて聞いてみれば、聞いているこちらが羞恥心に苛まれるような内容なのに、内一人は素面で話しているのだから恐ろしい。

 まあ元より冒険者とは命知らずの無頼漢。この程度の修羅場など、越えられずしてどうするのだ──。

 

 

 

 

 

 一方その頃。眠る狐亭の賭博場。

 武闘家がいる親しき友の斧亭とも似て非なる喧騒に包まれていたその場所も、今では痛いほどの静けさに包まれていた。

 

「……おい」

 

 誰も口を開かない状況で声を出したのは、この宿の店主である男性だ。

 頭巾を被ったその男は、相手を威圧する低い声で問題を起こした男の肩を叩く。

 

「なんだ」

 

 叩かれた男──ローグハンターは無表情のまま振り向くと、店主を睨み付けるように目を細める。

 僅かどころか確実な殺意が混ざっている蒼い瞳に、並の酒場の店主ならまず閉口するのだろうが、この店主は一味違う。

 額に手を当ててため息を漏らすと、ローグハンターに向けて言う。

 

「頼むから、手加減してくれ……」

 

「運の勝負に加減もなにもないだろう」

 

 店主のゴマをするような言葉を無情にも切り捨て、参加した時から倍近くになったコインの一枚をつまんで掌の中で弄ぶ。

 

「おまえ、連れはどうした。別れたのか?」

 

「友人と飲みに行った」

 

「部屋で大人しくしていたらどうだ?」

 

 投げられた問いかけに淡々とした声で返すと、店主の口からもっともな言葉が放たれた。

 誰もいないのなら、一人でのんびりしていればいいものを。装備の点検やらなにやらと、冒険者としてやることも多いだろうに。

 

「──」

 

 その言葉にローグハンターは僅かな間口を紡ぐと、ぼそりと呟いた。

 

「どうにも落ち着かなくてな……」

 

 そう言いながら再びコインを賭け、両肘を卓について顔の前で両手を握る。

 

「一人の方が気楽だと思っていたんだが、どうにも落ち着かない」

 

 背もたれに寄りかかり、天井の染みを数えながら言葉を続け、フッと自嘲的な笑みをこぼした。

 

「また酔い潰れることもないだろうに、何を心配しているんだろうな」

 

 渡された札を確認し、一枚交換。

 ディーラーが額に汗を滲ませる中、自分の札を捲って場に出した。

 描かれた札を統合すれば、『稲妻(ライトニング)』の術が完成する。

 隣の客たちは札が悪かったようで、術が完成しなかった者や、弱い術の者ばかり。

 各々が悲鳴をあげて札を放る中、ローグハンターは自分の札を卓に叩きつけた。

 

「『核撃(フュージョン・ブラスト)』。俺の勝ちだな」

 

 運は自分で掴むものとは言うけれど、賭け事に関してはただの(ラック)次第だ。

 集まったコインは開始時の数倍。金貨に変換すれば、仕事をせずとも冬は越えられるどころか、今から夏越えまで出来そうな量だ。

 それを宿泊だけに回すなら、一、二年は問題はあるまい。

 

「また宿泊代に回しておいてくれ」

 

 それを理解している──前回の大勝ちの時に説明されたからだ──ローグハンターは店主に向けてそう告げた。

 そのままコインの一角を崩して掴み、金貨にする為に交換所へ。

 

「──いつまでただ泊まるするつもりだ!?」

 

 柄にもなく思考停止に陥っていた店主は、復活と同時に彼の背中にそう叫ぶと、肝心の彼は足早と二階──というよりは自室だろう──へと消えていった。

 このままでは金庫を空にされると冷や汗をかきながら、どうするかと思慮を巡らせる。

 不正(ずる)はしない主義だが、この際そんなプライドは捨てるべきかと本気で自問する。

 店主は頭を抱えてため息を吐き、おこぼれに預かろうと伸びてきた手を叩き落とした。

 

 

 

 

 




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