SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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ガンガンオンラインで、『ゴブリンスレイヤーイヤーワン』の最新話を読んだのですが、武闘家可愛すぎかよ状態となっております。

先生が気を操るとかいう、中々に凄い人だということがわかりましたが気にせずにいきます。
この作品じゃほとんどオリキャラになってますからね。

前々から言っておりますが、彼女がヒロインの二次創作増えないかな~。



Memory10 横槍を入れてみる

 温かな春の日差しに照らされ、爽やかな春の風が吹き抜けるギルドの裏庭。

 様々な冒険者たちが出入りする入り口と、待合室の喧騒から壁で隔てられ、四方を塀で囲われたその場所は、多くの冒険者にとってはあまり馴染みのない訓練場としての側面もある。

 そのから微かに聞こえる風切り音と時折響く快音から、誰かが戦っているのは確実だった。

 裏庭の片隅。木製の仕切りで四角く囲まれたその場所は、安上がりな闘技場のようであり、内側に入った者は誰かが止めるか、お互いに手を止めるまで戦うことになる。

 

「いぃぃぃぃやっ!!」

 

 そんな中を、武闘家が銀色の軌跡を残して駆け出した。

 腰を落として力を溜め、一気に解放。放たれた矢の如く一直線に、相対する相手に向けて距離を詰める。

 待ち受けるローグハンターは短く息を吐くと僅かに腰を落とし、飛び込んできた彼女を真正面から迎え撃つ構えを取った。

 彼の後手に回るのはいつもの事だと、嫌な慣れをしてしまった武闘家は内心で自嘲しつつ、間合いを詰めた勢いのままに拳を振るう。

 鳩尾を狙った縦拳。あっさりと払われた。

 払った手で拳が作られ、予備動作なしで放たれる。空いている手で防御。無理やり払う。

 脇腹を狙ったブロー。身体をくの字に曲げ、腹部を引っ込めることで避けられた。

 反撃の隙を与えずに頭を狙って上段回り蹴り。上半身を逸らして避けられる。

 振り抜いた足を素早く地面につけ、摺り足で元の位置に戻しつつ、放たれた拳を払い、反撃に顎を蹴り上げる。

 対するローグハンターはバク転の要領でそれを避け、それを数度繰り返して間合いを開く。

 十秒足らずの間に行われた数手の打ち合いに、武闘家は思わず笑みを浮かべた。

 昔なら最初に払われた後の反撃でやられていたのに、今なら完璧とは言わずとも対応できる。

 深く息を吐きながら構え直す武闘家に対し、ローグハンターは衣装の裾を払うと、フッと小さく笑んだ。

 毎日のように隣にいる彼女が、少しずつでも成長しているのは喜ばしいことだ。

 まあ、それはそれとしてと意識を切り替えて表情を引き締めると、今度は彼の方から仕掛けた。

 一歩、二歩、三歩と細かく、不規則な踏み込み(ステップ)で間合いを調整しつつ、彼女を射程に捉えた瞬間に「シッ!」と鋭く息を吐きながら拳を放つ。

 

「っ!」

 

 真正面からの、愚直な突き。

 けれどこちらを舐めているわけでもなく、加減しているわけでもない。

 集中しなければ視認を許さない、凄まじいまでの速度を誇る拳だ。

 彼がそこに到達するまで、どれ程の歳月をかけたかはわからない。けれど、確実に言えることは一つ。

 

 ──私だって、強くなっているんですっ!

 

 それを証明するため、彼の隣に立ち続けるため、ついでに彼の心を占める割合を少しでも増やすため、ここで退くわけにはいかなかった。

 武闘家は全身から力を抜きながら深呼吸を一つ。

『カチリ』の頭の奥から音が響き、彼以外の音が、動きが霞んで見えるほどに、彼への挙動に意識が集中していく。

 途端に柔らかな表情が引き締まり、普段は人懐こい瞳に凛とした銀光が宿る。

 同時に彼の拳がゆっくりと(・・・・・)迫るなか(・・・・)身体を傾け、頬を掠める形で拳を避けた。

 耳朶を揺らす拳圧にも怯まず、伸びきった彼の腕を掴みながら身体を反転。

 

「ぬぅああああああっ!」

 

 力の限りで彼を引き寄せて背中に担ぎ、気合いの雄叫びと共に身体を丸めた勢いに乗せてぶん投げる。

 形もまだまだだが気合いは十分の背負い投げに、ローグハンターは僅かに目を見開き、いつぞやの砦で嫌になるほど感じた浮遊感と、視界が回る感覚に身体を強張らせた。

 直後彼の身体が地面に叩きつけられ、「がっ」と小さな呻き声が口から漏れる。

 

「でりゃああああああ!」

 

 その隙を見逃さず、武闘家は渾身の鉄槌を彼の顔面を狙って撃ち降ろした。

 下手をしなくとも物理的に鼻が曲がる一撃ではあるが、ローグハンターの反応の方が一瞬速い。

 彼は反射的に横に転がることで鉄槌を避け、素早く立ち上がると、ぎょっと目を見開いた。

 

「いつっ……。ちょっと、加減間違えたかな……?」

 

 先程まで自分の頭があった位置を中心に、地面に蜘蛛の巣状のひびがひろがっており、それを産み出した武闘家は赤くなった拳を振って首を傾げていた。

 

「……加減を、間違えた……」

 

 回避が遅れれば、頭を潰されていたであろうローグハンターは、何故か詳細にその姿を想像してしまい、背筋を凍らせた。

 あくまで潰される瞬間を主観で見るものではなく、客観的に見た場面ではあるが、自分が死んだ想像であることに違いはあるまい。

 僅かに怯える意識を切り替えようと一度咳払いをしたローグハンター、拳を構えながら「続きだ」と呟いた。

 その表情は先ほど以上に引き締まり、さながらならず者(ローグ)を前にした時のようだ。

 

「はい、ここからです!」

 

 そんな彼の心情を知るよしもない武闘家は、瞳に宿る鋭い銀光をそのままに頷くと、ゆっくりと構えをとった。

 開いた左拳と左足を前にして半身になりつつ、右拳と右足を後ろに流す。

 対するローグハンターは右足を前、左足を半歩後ろにしながら腰を落とし、いつでも踏み込めるように左足は爪先立ち。

 開いた両手は彼女に向けつつ、いつでも、どちらでも攻防に使えるように脱力。

 

「いきますよっ!」

 

「ああ、来い……っ」

 

 嬉しそうに笑いながらの宣言に、ローグハンターが無意識に力が入った声で返した瞬間、武闘家が動いた。

 矢ではなく、もはや弾丸の如き速度で間合いを詰めた武闘家と、それに驚くこともなく対処するローグハンター。

 ギルド裏の訓練場。いつもは比較的静かなその場所も、今日に限って数時間に渡り、気迫に満ちた二人の掛け声と凄まじい打撃音に支配され、さながら戦場のような雰囲気が放たれる。

 二人の訓練(死闘)は見るに見かねた受付嬢が待ったをかけるまで続き、訓練場の地面にはひびや何かが擦れた跡が残されることになった。

 

 

 

 

 

 冒険者ギルド二階。応接室前の廊下。

 

「あそこまで言わなくてもいいじゃないですか!私たちも必死だったことは認めますけどね!」

 

「仕方がないだろう。ギルドの中にも聞こえるほどに喧しかったなら、依頼人や同業者を怖がらせる」

 

 応接室から出てきたローグハンターと武闘家は並んで歩きながら、先程までギルド職員との面談──というよりは説教──に対する愚痴をこぼしていた。

 二人は真面目に、それこそ命のやり取り一歩手前になるほどに真剣に、お互いの全力で戦っていたにすぎない。

 問題があるとすれば、人の往来が多い冒険者ギルドの裏でそれをやっていたことだが、二人はそこに気付く様子はない。

 

「もう、お腹すいちゃいました!おかげで遅くなっちゃいましたけど、お昼にしましょう!」

 

 ぷんぷんと表情こそ怒っているものの、その内容はこれからしたいことへの願望。事実、説教中も彼女の腹の虫は鳴いていた。

 その事を思い出して僅かに苦笑したローグハンターは「そうだな」と頷いて彼女に告げた。

 

「俺も腹が減った。少し贅沢するか」

 

「はいっ!そうしましょう!」

 

「何が旬なのかは知らないが、まあ料理長に任せれば問題はあるまい」

 

「そうです、そうです!」

 

「ついでに読み書きの勉強もするぞ」

 

「わかりました!……あれ?」

 

 珍しく食事に関して話題を広げた彼の態度に、先程までの不機嫌さはどこにやったのか、上機嫌に笑い始めた武闘は、最後に放たれた言葉に首を傾げた。

 確かめるようにローグハンターの表情を覗き込むが、彼は普段の無表情に戻っており、先程の発言を撤回するつもりはなさそうだ。

 

「……お、お手柔らかにお願いします」

 

 ならばと頭を下げる武闘家だが、ローグハンターは「どうするかな」と肩を竦めるのみ。

 

「あの、本当にお願いします……」

 

 彼の反応に対して、武闘家は更に真剣な声音になりながら彼に頼んだ。

 彼女としては、文字を覚えるよりも身体を動かす方が好きだし、何ならもう一度彼と模擬戦をしたいとも思っている。

 彼との戦いで感じた感覚。身体が軽くなり、限界まで集中するあの感覚を、忘れない内にもう一度体感しておきたいのだ。

 だが悲しいかな。ローグハンターは座学をやる気満々であるし、何なら先の模擬戦でかなり疲れている。しっかりと休息を取りたいのが本音である。

 

「勉強は大事だ。文字を読めると楽だぞ」

 

 それを隠すように紡いだ言葉に武闘家は項垂れるが、「頑張ります……っ!」と声に出して気合いを入れた。

 

 

 

 

 

「……」

 

 依頼の話や、下らない雑談をする冒険者たちが一望できる酒場の片隅。

 そこで卓に頬杖をついている男戦士は、酒場の反対側の卓を選挙している元一党の二人を眺めていた。

 食事をしながら談笑しつつ──笑っているのは武闘家だけだが──時折黒板に向かうその姿は、話に聞く教師と生徒のそれでだ。

 

「気になるか」

 

 見ている分には平和そのものな二人を、訳もなくボケッと眺めていた男戦士の肩を叩き、彼の隣に腰を下ろしたのは森人司祭だ。

 男戦士の視線を追って二人に目を向けると、「ふむ」と唸って顎に手を当てた。

 食事をしつつ談笑していたかと思えば、急に授業が始まり、中断ついでにまた食事。

 森人司祭は目を閉じながら長耳を揺らし、うんうんと頷きながら僅かに笑んだ。

 

「何とも下らない、雑談以外の何でもない会話をしているようだ」

 

「そうなのか?って、盗み聞きしなくてもいいだろうが……」

 

 男戦士は頭を掻きながら森人司祭の行動を咎めるが、「で、内容は?」と身体を前のめりにしながら続きを急かした。

 

「好きな食べ物や、組み手をした反省。あとはまあ愚痴を少々」

 

「本当に雑談って感じだな」

 

「本当に雑談だとも」

 

 うんうんと頷く森人司祭は卓に置かれた野菜の盛り合わせにフォークを突き立て、偶然にも突き刺さった野菜を口にする。

 

「盗み聞きとは、感心しませんよ」

 

 そんな仲間たちに苦言を呈したのは、この一党でのある意味で常識人枠に納まっている獣人魔術師だ。

 やれやれと額に手をやりながらため息を漏らし、けれど意識を向けるのは件の二人。

 あの一件で一党を離脱してしまったとはいえ、気にかけるべき仲間であることに変わりはない。

 

「『鳩尾に一発入れてから、顎に拳から肘打ち。最後に飛び膝蹴りで相手をふっ飛ばすんです!』」

 

「『鳩尾に一撃入れてから、頭を掴んで顔面に膝でいいだろう』」

 

「『……そ、そうですかねぇ』」

 

「『で、この文字はなんと読む』」

 

「『うぇ!?えっと』……だそうだ」

 

 森人司祭の似ていない声真似による解説に、男戦士は「物騒な話だな」とひきつった苦笑を漏らし、獣人魔術師は「ですから、盗み聞きは感心しません」と僅かに怒気のこもった声を放った。

 だが一応は聞いているようで、時折揺れる耳と鋭い瞳は、交互に森人司祭と彼ら二人の方に向いている。

 

「この前よりは、随分と柔らかくなりましたね」

 

 そして口許に優しげな笑みを浮かべながら告げた言葉に、男戦士と森人司祭は一瞬間の抜けた表情になるが、すぐに合点がいって微笑み混じりに頷いた。

 遠目からではあるが、確かに武闘家と話すローグハンターの表情は僅かに笑っているように見えるし、今まであった鬼気迫った迫力というのも薄れている印象がある。

 それが偶然機嫌がいいからなのか、仕事中ではないからなのかはわからないが、その話は置いておくとしよう。

 三人が気になったのは、ローグハンターよりも武闘家の方だ。

 隙あらば彼の手を握ったり、触れ合うほどに顔を寄せたりと、見ない内に随分と距離感が近づいているように思える。

 まあ、何をするにも武闘家からなので、距離を詰めようとしていると言った方が正しいのかもしれない。

 

「……あれは、どう見る」

 

 男戦士が勢いよく振り向きながら問うと、森人司祭は目を細めながら問い返す。

 

「逆に、あれをみてどう見えているのだ。私の答えは一つしかないが」

 

「だよな」

 

 顔を見合わせて頷きあう二人を横目に、獣人魔術師は顎を擦りながら小さくふむと唸った。

 

「意中の相手の気を惹こうと、あの手この手と必死になっていた学生を思い出します」

 

 かつて教師だった頃を思い出したのか、懐かしむように笑みながらの言葉に、だよなと男戦士と森人司祭の言葉が重なる。

 

「つまりは、そういうことでいいんだよな」

 

「そうだろうとも。賭けてもいい」

 

「そうでしょうね。間違いなく」

 

 そして三人が出した答えは、『あいつ、惚れたな』というものだった。

 二人の間に何があったのかはわからないし、二人がお互いのことをどう思っているのかもわからないが、めでたいことに変わりはあるまい。

 そして、そこまでわかってしまえばやることは変わってくる。

 三人は顔を突き合わせると、回りには聞こえないように小声で話し始める。

 

「で、どうする」

 

「どうと言っても、今は様子を見るしかあるまい」

 

「そうですね。下手に介入して関係を悪化させるのは避けるべきでしょう」

 

「とは言っても、あの感じじゃ脈はなさそうだぞ?」

 

「むぅ。確かに、そう見えるが……」

 

「一月ほど様子を見ましょう。話はそれからです」

 

 

 

 

 

 そんな会話から一ヶ月が経った頃。自分たちも等級があがり、まだまだこれからだと勢いがついてくる頃合い。

 だが二人は変わらず酒場の端で談笑しているようで、距離が縮まった様子はない。

 とりあえず忙しくなるため様子見を選択。きっと複雑な時期なのだろう。

 

 

 

 

 

 更に一ヶ月が経過。そろそろ二人が出会って一年が経つ頃だ。

 武闘家の等級が青玉にあがり、豪華な料理を囲んでお祝いしているようだが、それでも仲間同士といった距離感。

 少々不安になりながら、依頼があった為とりあえずギルドを出る。

 その道中でもう少し様子を見ることを決定。

 

 

 

 

 

 

 更に一ヶ月。

 二人の様子は変わらず、笑いながら言葉をかける武闘家にローグハンターは一二言の塩対応。

 それでも彼女は構わないのか、にこにこと上機嫌な笑みは変わらず、頼んだ料理に舌鼓を打っている。

 とりあえず、今月も様子見を──。

 

「してる場合じゃねぇだろ!?」

 

 男戦士はだん!と両手で卓を叩きながら立ち上がると、周囲の冒険者たちの視線が一斉に集まる。

 奇異なものを見るような、どこか憐れむような、小馬鹿にしたような視線が彼の身一つに集中する。

 

「あ、その、ははは……」

 

 身から出た錆とはいえ、嫌な注目を集めた彼は乾いた笑みを浮かべながら腰を降ろし、ゆっくりと顔を伏せた。

 はぁとため息を漏らした彼は僅かに顔をあげれば、ローグハンターと武闘家の二人が揃って首を傾げている。

 それなりの信頼を置いている友人の奇行に驚いたのか、武闘家は口に肉を咥えたまま、ローグハンターは片手に杯を持ったままだ。

 そんな友人たちからの視線に頭を抱えて「ぐぉぉっ!」と低い声で呻く彼を他所に、森人司祭と獣人魔術師は神妙な面持ちで顔を見合わせた。

 

「だが予想外であることに違いはあるまい。二人とも臆病というわけでもあるまい」

 

「戦いと恋路は別物ですよ。どんな戦場にも勇んで向かう勇士とて、愛する人に想いを告げるのに長年かけたのは有名です」

 

「むぅ。只人の生は短いというのに」

 

 森人司祭が整端な顔立ちを僅かに歪めながやため息を吐くと、復活した男戦士が「ここまで来たら、行動に移すぞ」と二人に告げた。

 

「だが二人を呼び出して聞き出すのも可笑しい話だろう。一人ずつ呼ぶのも、それはそれで可笑しいものだが……」

 

 森人司祭は前髪を弄りながら言うと、「どうする軍師どの?」と試すような声音で獣人魔術師に問いかけた。

 問われた彼は喉の奥を鳴らして獣じみた唸り声を漏らすと、ちらりとローグハンターと武闘家の方に目を向ける。

 同時に「おや」と声を漏らし、じっと目を凝らす。

 見慣れぬ金髪の女冒険者が武闘家に声をかけ、何やら話し込んでいるのだ。

 

「『今晩飲みにいかないか。面子はいつもの通りだ』」

 

「『はい、喜んで!行ってきても大丈夫ですよね……?』」

 

「『ああ、構わん』……だそうだ」

 

 すかさず森人司祭が長耳を立てて盗聴し、今回に限っては獣人魔術師は「上出来です」と思わず親指を立てた。

 

「なら俺たちからも誘うか。噂に聞く女子会改め、男子会といこう」

 

 

 

 

 

 眠る狐亭一階。酒場の隅にある円卓に、冒険者たちが集っていた。

 窓から差し込む月明かりに照らされて、並々に注がれたエールの水面がきらきらと輝き、飲むことすら億劫に思えるほどだ。

 時間は夜。男三人衆が男子会──と言うには平均年齢が高めだが──を開催し、ローグハンターを半ば無理やり参加させたのだ。

 

「……で、何を話せばいいんだ」

 

 エールが入った杯を見下ろし、その水面に映る自分の顔を見下ろしていたローグハンターは、開口一番にそう問うた。

 男子会というのも初めてだし、何より友人と酒を飲むことすら初めてだ。故郷では師に連れられて酒場に行くことはあれど、情報を貰いにいくことが目的だった。あの状況で酒を飲む暇もありはすまい。

 彼の問いかけに応じたのは男戦士だ。

 ぽりぽりと頬を掻きながら、歯切れ悪く問う。

 

「あー、その、なんだ。とりあえず、最近どうだ?」

 

「何とも言えん。ほぼ毎日狩ってはいるが、ならず者(ローグ)が消える気配はない」

 

 男戦士の問いにローグハンターは淡々とした返答をし、「そちらはどうだ」と問い返す。

 

「こちらも順調ですよ。先日、等級も上がりました」

 

「それはめでたい。おめでとう」

 

 獣人魔術師が犬歯を見せながら柔らかな笑みを浮かべると、ローグハンターは素直に賞賛の声をあげた。

「なんなら奢るが」と提案するが、「いや、大丈夫だ」と男戦士がすぐに制した。

 ちびちびとエールを舐めていた森人司祭は、僅かに赤ら顔になりながら「そちらの等級はどうだ?あがりそうか?」と問いかける。

 

「どうなるにしても、ギルドの判断だ」

 

「……相変わらず固いな、お前は」

 

 森人司祭は森人元来の優雅さの乗せてふっと鼻で笑いながら、ローグハンターとばんばんと肩を叩く。

「酔っているな」と半目になりながらの指摘に、森人司祭は「気にするな!」と鋭く返す。

 

「それで、彼女の方はどうですか?」

 

 豪快に肉を噛み千切った獣人魔術師が問うと、ローグハンターは「どう、とは?」と首を傾げ、一口エールを呷る。

 ホッと酒精混じりの息を吐きながら、僅かに据わった瞳で杯を睨む。

 

「腕も良くなってきた。覚悟も固くなった。俺には不釣り合いな、いい冒険者だ」

 

 目を細め、声に僅かな後悔の色を滲ませながら呟いた彼は、くびりとエールを呷る。

 結果的にとはいえ、彼女が歩むべき道から踏み外させ、血に染まった自分の道へと引きずり込んだのだ。今でも後悔はあるし、今後も後悔するだろう。

 見るからに落ち込んでいる彼の反応に、獣人魔術師は小さく息を吐くと告げた。

 

「彼女が、あなたと共に歩むと決めたのです。誰でもないあなたが、それを否定してはいけません」

 

「……」

 

 できの悪い生徒に助言するように言われた言葉に、ローグハンターは目を閉じて黙り込むと、「そう、だな」と

 小さく頷き、エールを呷る。

 酒が入った途端に、普段はしないようなことをやらかす人は多いが、彼の場合は思考が後ろ向きになるのだろうか。

 

「ええい!聞きたいのはそんな事ではない!」

 

 そんな彼の肩をぶっ叩き、鼻先が触れ合うほどに顔を近づけたのは森人司祭だ。

 見ない内に空の杯が並んでおり、香る酒精の臭いは強烈なものへと変わっている。

 思わず顔をしかめて彼の肩を押したローグハンターを他所に、森人司祭は彼と肩を組みながら問うた。

 

「彼女のことを、どう思う!」

 

「「っ!?」」

 

 本当に聞きたかったことを単刀直入にぶつけた森人司祭に、男戦士と獣人魔術師は弾かれるように目を向けた。

 二人とも目を有らん限りに見開き、大口を開けている様は滑稽としか言いようがない。

 一人黙々とエールを飲んでいたローグハンターは、そんな二人の顔に困惑気味に数度瞬きすると、「どう、とは」と森人司祭に問い返した。

 

「常日頃から共にいるのだ。何とも思わないのか?」

 

「……?」

 

 重ねられた質問に首を傾げると、男戦士、森人司祭、獣人魔術師は顔を見合わせてため息を吐いた。

 三人の反応に何かしてしまったかと、無表情のまま狼狽えるローグハンターを他所に、代表して獣人魔術師が告げた。

 

「彼女を異性とした見ていないのか?彼女に惚れていないのか?──と、彼は聞いたのですよ」

 

「……異性として、惚れていないか……」

 

 彼の言葉を反芻したローグハンターは目を細め、自分の胸に手を当てた。

 いつもと変わらない心臓の鼓動を手のひら越しに感じながら、ゆっくりと目を閉じる。

 こんな時、先生(シェイ)なら何と言うだろうか。

 嘘は言わないだろう。それは間違いない。

 冗談を交えながら、女性遍歴を自慢するだろう。あの人ならやりかねない。

 

 ──だが、俺はあの人じゃない。

 

 尊敬はすれど愛する人と出会ったことはあらず、誰かに愛されたという記憶も遠い過去のものだ。

 街の女性に声をかけて一晩だけの付き合いをしたりだとか、誰かの恋路に耳を傾けたりだとか、そんな経験もない。

 

 ──愛とは、好きになるとは、どういうことなんだ?

 

 幼い頃に両親を失い、数年かけて戦いに備え、その終了と共に実戦に身を投じた彼にとって、誰かから殺意や敵意を向けられることはあれど、愛情を向けられることは皆無だった。

 

「……」

 

 神妙な面持ちで黙り込んだ彼の様子に、問いかけた側の三人は顔を見合わせてしまう。

 触れてはいけないものに触れたのではと、後悔の念を顔に出して『どうする?』と目配せすると、ローグハンターは目を開けた。

 

「……俺には……よく……わからない……」

 

 そして蒼い瞳を不安げに揺らしながら、どうにか絞り出した言葉は、三人を余計に困らせるものだった。

 彼は自棄を起こしたようにエールを呷ると、「どうすれば、わかるんだろうな……」と力なく呟き、卓に突っ伏した。

「あー」だの「うー」だの無意味に唸る彼は、もうまともな問答は出来ないだろう。

 

「……これは、重症だな」

 

「重病、かもしれませんよ?」

 

 森人司祭が眉を寄せて告げた言葉に、獣人魔術師はローグハンターの背を擦りながら言い返した。

 心の問題を怪我とするか病とするかは、個人にもよるだろう。

 何より自分たちは彼の過去を知らないのだ。それを取り除こうと踏み込めば、逆に心を砕いてしまうかもしれない。

 じっと彼の黒い髪を眺めていた男戦士は酒精混じりのため息を吐くと、「どうすっかなぁ」とぼやいてぼりぼりと頭を掻く。

 これは下手に首を突っ込むべきではなかったと後悔しながらも、ここまで来ては最後までやるしかあるまいと、自分を奮い立たせるためにもエールを呷った。

 

「……とりあえず、誰がこいつを運ぶよ」

 

 目下の問題は、目の前で酔い潰れているローグハンターをどうするかだろう。

 男三人は顔を見合わせて、ゆっくりと各々の拳を掲げ、

 

「「「せーの!じゃんけん──!」」」

 

 一斉に振り下ろした。

 三人で運ぶという結論には、至らなかったようだ──。

 

 

 

 

 

 一方その頃。親しき友の斧亭。

 

「もう一年。一年も経ったのに、どうして、うぅ……」

 

 酒も飲んでいないのに、飲んだくれのように涙を流しながら卓に突っ伏す武闘家を見ながら、女騎士と魔女の二人はどうしたものかと顔を見合わせた。

 とりあえず魔女は頭を撫でてやるが、「どうしろって言うんですかぁ!」と余計に泣き始めてしまう。

 

「……一年経っても関係は変わらず、か。押しが弱いんじゃあないのか?」

 

「押してますよ!もう恥ずかしくなるくらいに、ぐいぐい行ってます!」

 

「そうかそうか。だがまだ足りていないのだろうよ」

 

「うぅ……」

 

 無慈悲な女騎士の言葉に項垂れる武闘家は、自分の重さで潰れているたわわな果実を見下ろし、ため息を吐いた。

 昔は邪魔だったこれにも、ようやく武器になるかと思ったが、やはりただのお荷物だろうかと考えを改める。

 

「今度、は……」

 

 そんな彼女に、不意に声をかけたのは魔女だ。

 肉感的な肢体を揺らし、エールで唇を濡らすその姿は妖艶で、辺りの男たちからの視線が集まっているように見える。

 彼女もそれに気付いてはいるのだろう。杯片手に優雅に笑いながら、彼女は告げた。

 

「彼と……二人だけで、飲んで、みた……ら……?」

 

「彼と二人だけで?」

 

 魔女の提案に武闘家が首を傾げると、魔女は「そう、よ」と頷いた。

 

「お仕事、抜きで、一党の、仲間として、ではなくて、ね」

 

「……つまり?」

 

「一人の男の人、一人の女の人として、ね……」

 

「……」

 

 彼女の言葉に武闘家は黙り込むと、レモネードの水面に映る自分を見下ろした。

 鏡に映る、もはや見飽きるほどに見続けてきた自分の顔だ。

 彼の瞳には、自分はどう映っているのだろうか。

 彼は、自分をどう思っているのだろうか。

 

 ──彼にとって、私はなんなんだろう?

 

 不意に湧いてきたその疑問は心の片隅に留まり、彼女の脳に刻み込まれる。

 そしてその疑問を解消しようと、考えるよりも速く口と身体が動いた。

 

「わかりました。今度は、彼と飲みに来ます!」

 

「ああ、そうするといい。頑張れよ」

 

「頑張って、ね?」

 

 ぎゅっと拳を握って気合いを入れ直す武闘家の肩を叩き、女騎士と魔女の二人は優しく笑んだ。

 窓から差し込む月明かりは、いつもと変わらない優しさに満ちていた──。

 

 

 

 




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