SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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よ、ようやくアサシンクリードヴァルハラのストーリーが終わりました……。
寄り道したり、のんびりやっていたとはいえ、プレイ時間100時間でようやく一周ってヤバいですね。
あと、ファンサービス多過ぎてヤバかったです。


Memory11 酒場で会おう

「こ、この後、の、飲みに行きませんか?」

 

 簡単な依頼(ローグハント)を終え、ギルドに戻り気を抜いて早々に、武闘家がそう話を切り出した。

 緊張しているのか声は上擦り、銀色の瞳は慌ただしく左右に泳ぎ、指も胸の前でもじもじと絡み合っている。

 

「……」

 

 そんな彼女の言葉と動作に面食らったのか、ローグハンターは背もたれに寄りかかったまま瞬きを繰り返した。

 飲みに行くといっても、食事は普段から二人で摂っている。今さら誘わなくともこのまま食べるつもりだったのだが。

 

「……何か話があるのか?」

 

 特別なことでもあるのかと無駄に深読みした彼が問うと、「いや、別に何にもないんですけど……」と呟き、にこりと微笑む。

 

「何にもないから、二人で飲みに行きたいんです」

 

 彼女の微笑み混じりの言葉に、その意味を探ろうとしたローグハンターは数瞬黙るが、結局わからずに「わかった」と頷いた。

 

「……で、どこだ。ここか、眠る狐亭か」

 

 そのままローグハンターは言葉を続け、肝心の場所について問いかける。

 この街についてはある程度の知識はあるが、流石に全ての酒場を把握している程ではない。

 とりあえず思い付いた二ヶ所を口に出してはみたものの、武闘家は首を横に振った。

 

「えっと、最近行きつけの酒場があるんです」

 

 ちらりと女騎士や魔女に目を向けながら告げると、ローグハンターは「そうか」と頷いた。

 そう言えば彼女は最近になって女友達と飲みにいく機会が増えた。その中でどこかしらの酒場を利用していたのだろう。

 

「一旦荷物を置いてからにしましょう。私も着替えたいですし」

 

 ポンと手を叩いた彼女は、僅かに返り血や土埃がついた衣装に目を向けて、苦笑混じりにそう告げた。

 ローグハンターもつられて自分の格好を見下ろし、目を細めた。

 黒い衣装は血に汚れて不気味な斑模様が浮かび上がり、腰に下げている剣も敵から奪った粗悪品。

 こんな格好で酒場に行けば、店にも迷惑がかかりかねない。貴族の集まりに参加するわけではないが、身だしなみは大事だ。

 

「報告を済ませたら、宿に荷物を降ろす。そうしたら、案内してくれ」

 

「はい、任せてください!」

 

 彼の言葉に武闘家は胸を叩きながら応じると、「じゃあ、先に戻ってます!」と声を弾ませて駆け出してしまう。

 

「──」

 

 止める間もなく行ってしまった相棒の背中を見送ったローグハンターは独りため息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。

 そのままの足で受付へと向かい、いつもの受付嬢に手早く報告を済ませて踵を返す。

 

「……?」

 

 だが、不意にギルド中央で足を止めると、ゆっくりと辺りを見渡した。

 いるのは様々な冒険者で、そのほとんどが彼の事を気にも止めずに話し込んでいる。

 だがその中でも何人か、片手で事足りる人数だけが彼へと目を向けていた。

 男戦士、森人司祭、獣人魔術師はともかくとして、女騎士と魔女は何故なのだろうか。

 それに何故か、微笑ましいものを見るような視線な事も気になってしまう。

 

「何なんだ、まったく」

 

 居心地悪さからか口調が僅かに荒っぽくなった彼は、彼らの視線から逃れるようにフードを目深く被り、足音もなく歩き出した。

 装備を降ろすにしても、最低限の帯剣しておくべきだろうし、アサシンブレードを外すなんて選択肢はない。

 短筒(ピストル)長筒(エア・ライフル)は、流石に邪魔になるだろうかと思慮し、それよりも大事な問題にいきついた。

 

 ──着替え、か。

 

 いかんせん持っている服はいつもの格好(テンプル騎士の制服)くらいなもので、平服に関してはまともなものがあった記憶はない。

 

「……まあ、適当でいいだろう」

 

 着替えくらい買っておけと過去の自分を嘲りながら、とりあえずある物で間に合わせるしかないとため息を吐いた。

 基本的に同じ格好をしていた人たちに囲まれていた為か、彼の美的感覚というのは酷く可笑しな方向に向いている。

 服なんて着られればいいと本気で思い、大きさがあった服を適当に買うような男なのだ。

 そんな彼に、あと三十分足らずでお洒落をしろなどというのは無茶ぶりにも程がある。

 

「むぅ……」

 

 彼は困り果てた表情のまま小さく唸ると、ギルドの自由扉を押して外へと出た。

 彼の背中を見送った男戦士、森人司祭、獣人魔術師は顔を見合わせて頷きあい、女騎士と魔女はそれぞれの一党に断りを入れてから立ち上がる。

 友人が勇気を出して飲みに誘ったのだ。過保護か、少々捻くれているようにも思われるかもしれないが、これを様子を見に行かない手はない。

 彼女の会話からして、飲みに行くのは親しき友の斧亭だろう。

 流石に尾行をすれば気付かれるだろう。先回りしておいて観察するのが好手か。

 一党こそ違えど、ほとんど同じ事を考えていた五人は揃って歩き出し、ギルドの自由扉の前で鉢合わせた。

 見つめあった彼らは何か通じるものがあったのか、無言で頷きあうとギルドを出た。

 その背を見送った重戦士の一党と槍使いは、訳もわからずに首を傾げるが、まあ悪いことにはならないだろうと任せることにした。

 森人司祭と獣人魔術師はわからないが、男戦士とは共闘をした仲だ。おかしな奴でないことは知っている。

 まあ、酒が入ったらどうなるかまではわからないが、そこは彼らに任せるしかあるまい。

 

 

 

 

 

「♪~♪~♪~」

 

 眠る狐亭の正面にあるちょっとした空き地。

 誰の所有地でもないそこは昼間は子供達の遊び場であり、夜は星を眺めるにはうってつけの場所になる。

 そこにある申し訳程度に設けられた柵に腰をかけ、ぷらぷらと足を降りながら鼻唄を歌っているのは、平服姿の武闘家だ。

 夜風に揺れる銀色の髪は、双子の月の明かりを反射して幻想的に輝き、銀色の瞳には満天の星空が映っている。

 端から見ても上機嫌なことがわかる程に表情が緩んでおり、通りを通っていく通行人たちも、どこか生暖かい目で彼女を見ていた。

 そんな彼女に声をかけようとする輩も多少なりともいるものの、彼女が首から下げている青玉の認識票を見た途端に距離を取る。

 まだまだ駆け出しを卒業したばかりの冒険者だ。酒を飲んだ後に、何をされるかわかったものではない。

 駆け出しの冒険者と晩酌し、そのまま飲み潰された後、有り金全てを持っていかれた話だってあるのだ。

 等級の低い冒険者は、そこらの無頼漢と何ら変わらないのだから。

 だが、そんな空気を物ともせずに彼女に近づいていく人物がいた。

 金色の髪に、整った顔立ち。武器の類いは持っていないが、首から下がる翠玉の認識票からして冒険者だ。

 

「なあなあそこの人、暇なら飲みに行かないか?」

 

 へらへらと笑いながら気安く声をかけてきたその男に、武闘家は怪訝そうな視線を向けるが、男は構わずに彼女の隣に腰掛け、肩に手を置いた。

 

「こんな夜中に一人きりなんて、退屈しているんだろう?」

 

「いや、私は人を待っているだけでして」

 

「えー、いいじゃないか。君を待たせるような奴、ほっときなよ」

 

 男はあくまで自分は紳士的に、穏やかな表情で話しかけていると思っているのだろう。だが彼の視線は武闘家の豊かな胸や、肉付きのいい太腿に注がれており、その眼光も欲望にまみれている。

 その視線に危機感を感じた武闘家は数歩分横にずれるが、男は構わずに距離を詰めて彼女の肩を抱いた。

「ひっ」と小さく悲鳴を漏らして身体を強張らせると、男は耳元で囁いた。

 

「春になったとはいえ夜は冷えるんだから、酒を飲んで、その後も一緒に温めあわないか?」

 

「~っ!!」

 

 耳朶を撫でた男の呼気に背筋を震わせ、声にならない悲鳴をあげた直後だ。

 

「……ひとつ、いいか」

 

 武闘家は聞き慣れた、というよりも待ち望んでいた声に、パッと表情を明るくした。

 だが彼女が何かを言い出す前に、男が舌打ちを漏らしてから告げた。

 

「何かな、僕はこれからこの娘と飲みに行くんだけど?」

 

「悪いが、そいつとは約束がある。他を当たれ」

 

 いつにも増して蒼い瞳に鋭い輝きを放ち、腕を組んでいる姿は相手を圧倒する気迫に満ちていた。

 男を威圧しているのは、勿論ローグハンターだ。白いワイシャツの上から黒い外套を羽織っただけの『臨時の衣装』と言っていい格好だが、腰には油断なく剣を帯びている。

 視線だけで人を殺めてしまいそうな迫力に男はたじろぐものの、首から下がる認識票が青玉──つまり格下であることを確認して不敵に笑んだ。

 

「はっ!青玉か。駆け出しを卒業して、調子に乗らないでくれるかい?」

 

「他を、当たれと、言っている」

 

 そんな男の言葉に怯むどころか、言葉に更に迫力を込めたローグハンターは、ざっと音をたてて一歩を踏み出した。

 蒼い瞳には冷たい輝きが宿り、右手は怒りを堪えるように力の限り握り締められている。

 瞳には殺意が宿ってはいるが、理性が歯止めを欠けているのだ。街中での殺しは後で面倒な事になる。

 だが、男はその姿を自分を奮い立たせているという風に見たのか、再び鼻で笑う。

 

「怖がることはない。さっさと諦めたまえよっ!」

 

 同時に拳を振るった瞬間、ローグハンターと武闘家は同時に目を見開いた。

 相手の事を舐め腐り、軽く振るっただけの拳だ。

 だが、それを抜きにしても──。

 

 ──遅いな(遅くない?)

 

 ローグハンターは迫る拳を軽く受け止め、予想以上の軽さに数度瞬きして驚くと、ちらりと男に目を向けた。

 男は驚愕に目を見開き、ぱくぱくと口だけが動いて声が出ていない。

 とりあえず、彼の口から言えることは一つ。

 

「先に手を出したのはお前だ」

 

 彼はそう告げながら受け止めた拳を力任せに握ると、みしみしと骨が軋む音が微かに漏れる。

 

「いぃ!?ちょ、ちょっと待て!?」

 

 空いている手を振って制止せんとするが、今のローグハンターは酷く機嫌が悪い。

 

「警告はした。無視したのは、お前だ……っ!」

 

 隠す気もない怒気を込めて吼えた瞬間、彼の拳が放たれる。

 先程のローグハンターを真似て、男も拳を受け止めようとするが、彼の拳は速く、重い。

 男が防御を固める前にローグハンターの拳が男の顔面に突き刺さり、快音を響かせて身体を吹き飛ばした。

 空き地のほぼ中央にまで飛ばされた男は、数度転がることで空き地の中央までたどり着き、白眼を向いて気を失った。

 ふんと鼻を鳴らして拳を鳴らしたローグハンターは、柵に腰掛けたまま困惑の表情を浮かべる武闘家に目を向けた。

 

「怪我はないな」

 

「あ、はい。大丈夫です……」

 

 いつもの淡々とした声音での問いかけに頷くと、ローグハンターは僅かに表情を緩めて安堵の息を吐く。

 

「それで、飲みに行くんだろう?」

 

 空き地の中央で伸びている男に一瞥くれると、辺りを見渡しながらそう問いかけ、「あっちか?」と通りの向こうを指差しながら首を傾げた。

 先程までの凛々しさと怖さはどこに行ったのか、見た目の割に子供っぽい動作に思わず噴き出した武闘家は、口許を隠しながら鈴を転がしたように笑った。

 ローグハンターは「むっ」と不満そうに声を漏らすが、彼女が大丈夫ならそれでいいかと、すぐにいつもの無表情に戻る。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 笑顔をそのままにひょいと柵から飛び降りた彼女は、彼を先導して歩き出す。

 ローグハンターは何も言わずに彼女の後ろを付いていき、目の前で尻尾のように揺れる彼女の髪で目で追った。

 月明かりを反射する銀色の髪は、いつもと変わらない美しさを宿し、彼の視界に彩りを加える。

 だがローグハンターは何も思うことはなく、ただ彼女の後ろを付いて歩く。

 ただ普段とは逆の状況と、誰かの後ろにただ付いていくという懐かしい状況に、ほんの僅かに頬を緩めた。

 前を歩く武闘家が、それに気付くことはなかったが──。

 

 

 

 

 

 親しき友の斧亭。

 常日頃から活気に満ちているその酒場は、今日も例外なく客で一杯となっていた。

 そんな酒場の一角、数人がけの円卓を囲む形で居座る五人の冒険者は、ようやく入ってきた目的の人物にさりげなく目を向けた。

 いつもよりは楽そうな格好をしたローグハンターと、籠手や脚絆もつけていない武闘家。

 雰囲気こそいつもの通りだが、格好は冒険者らしくないものだ。

 まあ油断なく帯剣している辺り、そこまで気を抜いている訳ではないようだが。

 

「あんな……格好も……するんだな……」

 

 二人に気付かれないように気をつけながら、男戦士は気だるそうにぼやいた。

 何も飲まずに長居するのも目立つだろうからと、待っている間に酒を入れたのだが、おかげで頭は痛いし視界が揺れる。

「飲みすぎですよ……」と苦言を呈する獣人魔術師を横目に、森人司祭は魔女の晩酌で鼻の下を伸ばしていた。

 麦酒片手に肉を頬張っていた女騎士は酒精混じりのため息を吐くと、「気を引き締めろ」と仲間たちに告げた。

 親しき友人、可愛い後輩の恋路だ。ここまで付き合ったのなら、最後まで見守ってやらねば。

 

「盗み聞きは任せたぞ」

 

「任せたまえよ。森人の聴力を舐めるな」

 

 彼女の言葉に表情を引き締めた森人司祭は、長耳を揺らしながら得意気に頷くと、魔女が「任せた、わ」と彼の肩を細指で撫でた。

 ただそれだけなのだが、魔女の色香から放たれるそれは男の戦意を限りなく高めるものだ。

「おう!」と覇気の込もった返事をした同時に、ローグハンターと武闘家の席に料理が出始めた。

 

 

 

 

 

「ということで、乾杯です!」

 

「ああ、乾杯」

 

 武闘家が差し出した杯に自分の杯をぶつけたローグハンターは、揺れるエールの水面に映る自分に一瞥くれて、一気に呷った。

 隣の武闘家は何故かレモネードを飲んでいるが、楽しく飲めるならそれでいいだろう。

 

「それで、話とはなんだ」

 

 一杯程度なら問題なく、しっかりとした口調で問いかけたが、肝心の武闘家は「まあまあ、飲みましょう」と次のエールが卓の上に並ぶ。

 

「……」

 

 無言でそれを見つめたローグハンターはとりあえずそれを一口呷り、小さく唸った。

 やはり酒は苦手だ。飲む度に気分は良くなっていくが、頭が重く、身体が怠くなっていく。

 二杯目を飲み干した頃には身体が左右に揺れ始め、いつもは鋭い蒼い瞳も、だんだんと虚ろになっていく。

 そろそろいいかなと判断した武闘家は、椅子をずらして肩が触れあうほどに距離を詰めると、卓の上にあった彼の手を握った。

「む?」と声を漏らして彼女の顔に目を向けると、武闘家は僅かに不安そうな表情になり、「えっと……」と言葉を詰まらせた。

 ここまで来たのはいいが、やはり一歩を踏み出すのは難しいことだ。

 

「あの、その、もう一杯どうぞ」

 

 とりあえず沈黙は不味いと彼にエールを差し出すと、彼は無言でそれを呷った。

 都合三杯目だが、既に目が据わり始めた彼にとってはもう何杯飲もうと違いはあるまい。

 

「……で、話はなんだ」

 

 それでも辛うじて意識はあるようで、ローグハンターは再び問うた。

 その問いかけに武闘家は身体を強張らせて口を紡ぐが、ここまで来て逃げるわけにはと自分を奮い立たせる。

 

「あの、あなたは──」

 

「見つけたぞッ!」

 

 勇気を振り絞って武闘家が口を開いた瞬間、バン!と凄まじい音をたてて酒場の自由扉が蹴り開けられた。

 周囲の客の視線が一斉に集まる中で登場したのは、金色の髪をした男。

 鼻の辺りに布を当てて、額に青筋を浮かべた鬼の形相。

 誰かを追いかけてここまで来たのは、何もわからない部外者でもわかる。

 見覚えがあるどころか、つい先程会ったばかりのナンパ男の出現に「あっ」と声を漏らした武闘家を他所に、ほろ酔い状態のローグハンターは気だるそうに唸った。

 それでも二人を見つめた男は、ずかずかと大股で二人に詰め寄ると、

 

「ふん!」

 

 怒りのままにローグハンターの顔面に拳を打ち付けた。

 ゴッと鈍い音が辺りに響き、喧嘩に慣れない旅行客たちの口から悲鳴があがり、武闘家は唖然として固まり、冒険者たちからは侮蔑の視線が集まっていく。

 なぜ気持ちよく酒を飲んでいる所で、下らない喧嘩を見なければいけないのだ。

 冒険者ギルドでならともかく、ここは街の人々も利用する酒場だ。冒険者の品位が疑われてしまう。

 ありゃ、後で監督官交えての査問会だな。なんて他人事のように思っていると、問題の男が声を張り上げた。

 

「僕の邪魔をした挙げ句、顔に傷をつけた。これは当然の報いだ!」

 

 まるで自分は正しいことをしたと言わんばかりの言葉に、冒険者たちは面倒臭そうにため息を吐いた。

 同時にそう言えば、他の街から流れてきた問題児がいるとかなんとかと噂になっていた気がすると思い出し、あいつの事かと再び視線が集まる。

 

「む。あいつ、私にも声をかけてきたぞ」

 

「私、にも、ね」

 

「……手癖の悪い奴だな」

 

 酒場の端では女騎士、魔女、男戦士がその男に対して何やら言っていると、件の男がローグハンターの胸ぐらを掴み、無理やり立ち上がらせた。

 顔面にもろに拳をもらった為か口許の傷痕が開き、本来の痛痒(ダメージ)以上に血が出てしまい、酒場の卓と床に赤い染みが残る。

 

「キミよりも僕の方が優れている!キミよりも、僕の方が彼女に相応しい!それがわからないのかい!?」

 

「──」

 

「何か言いたまえよ。ごめんなさいと、申し訳ないと、彼女はあなたにこそ相応しいと、さあ!」

 

 酩酊状態の男を不意打ちで殴っておきながらの物言いに、ようやく復活した武闘家が掴みかからんとするが、もごもごとローグハンターの口が動いた。

 

「……お前がこいつに相応しい?笑わせる」

 

 くつくつと低く喉を鳴らすように嗤ったローグハンターは、蒼い瞳に絶対零度の殺意を込めながら、胸ぐらを掴む男の手首を掴み返す。

 

「俺の知る誰よりも優しく、頑張り屋で、覚悟を決めたら俺なんかよりも強いこいつが、俺なんかにいつも笑いかけてくれるこいつが、お前に相応しい訳がないだろうが……っ!」

 

 この一年で鮮明に甦る程に身近になった武闘家の姿を思い浮かべながら、ローグハンターは怒りで表情を歪め、両手に力を入れた。

 みしみしと骨が軋み、怒りに染まっていた男の表情が痛みに歪み始める。

 突然誉めちぎられた武闘家が、赤面しながら顔を背けた瞬間、凄まじい快音が酒場に響き渡り、自由扉からは軋むような悲鳴が漏れた。

 

『──』

 

 あれだけ騒がしかった酒場が静まり返り、通りを歩いていた人たちでさえ足を止める。

 酒場の端には拳を振り抜いた体勢のローグハンターがおり、酒場の外──自由扉の向こう側には、身体を海老のように逸らせたまま地面に接吻している男の姿があった。

 ゆっくりと構えを解き、拳を鳴らしながら元の席に腰を降ろしたローグハンターは、気だるそうにため息を吐く。

 

「……先に手を出したのはお前だ。反撃に備えておけよ、素人(ヌーブ)が」

 

 直後、酒場は歓声に包まれた。

 端から見れば、しつこく付きまとわれている恋人(・・)を、その鉄拳でもって救った彼氏(・・)のように見えるだろう。

 事実、歓声の何割からは二人を煽るような言葉であるし、誰かが盛り上げようとひゅうひゅうと指笛を吹いている始末。

 

「酔いが醒めたな、くそ……」

 

 痛みで酔いが覚醒めたローグハンターは、舌打ち混じりに口許の血を拭い始めるが、隣の武闘家は冷静にいられる訳もなく、回りからの視線から逃れるように杯を呷った。

 それがローグハンターに飲ませる(の口を軽くする)用のエールだったことが、ここから始まる悲劇──と言うよりかは喜劇の始まりだった。

 

 

 




思いの外伸びてしまったので、今回はここまでです。

感想等ありましたら、よろしくお願いします。
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