武闘家の口から「ひっく」と可愛いらしいしゃっくりが漏れたかと思えば、とろんと蕩けた瞳にローグハンターを映し、ふにゃりと力の抜けた笑顔を向けた。
「……どうした」
「なーんでも、なーいですっ!」
痛みで酔いが醒めたローグハンターと逆に、一杯どころか一口で酔いが回った武闘家は、もたれかかるように彼に抱きつき、豊かな胸を押し付ける。
「すごーく、かっこよかったですよ~」
そのままご機嫌に声を跳ねさせながら言うと、何を思ってか彼の頭を撫で始めた。
「っ。……」
突然の行動に身体を強張らせたのも束の間、その優しげな手つきと気持ち良さに、僅かに力を抜く。
思えば、頭を撫でられるなどいつぶりだろうか……。
「あれ~?どうしたんですか~?」
そうやってされるがままになっている彼に、武闘家は浮かべた笑顔をそのままにそう問いかけた。
「いや、何でもない」と首を振ると、先の男のせいで放置していた飲みかけのエールに手を伸ばすが、それよりも速く動いた武闘家に奪われる。
それをぐびぐびと喉を鳴らして呷った武闘家は「ふへぇ」と酒臭い息を吐き、彼の腕を抱き締めた。
豊かな胸の谷間に彼の腕を挟み込み、逃げられないように足を絡める。
「わたし、うれしかったれす。あんなふうに、わらしのことをおもっへくれてるなんへ」
ふひひとだらしのない笑みを浮かべる彼女を他所に、ローグハンターはとりあえず現状を把握しようと思考を巡らせていた。
彼女に抱きつかれているうえ、足を絡まれている都合上、身動きが取れない。
ついでに彼女も酷いが、自分とて多少は酔っている。戦闘行動はしにくいだろう。
「どーしたんれすか?もっと、のみまひょう!」
そう言ってエールを進めてくる武闘家だが、ローグハンターはそれを断った。
このまま二人して酔い潰れてたら、後でどうなるかわからない。見ず知らずの誰かに財布を持っていかれるかもしれないし、それよりも酷い目に合うこともあるだろう。
それを避けるためには、彼女がこうなってしまった以上、自分だけは抑えなければならないのだ。
「のまらいなら、わたしがもらっちゃいましゅ!すいませーん、おかわりくらはーい!」
通りかかった女給を呼び止め、元気溌剌におかわりを注文した彼女は、ふへへと楽しそうに笑いながら彼の手を握った。
お互いの体温を深く感じられるように指を絡み合わせ、彼の武骨な指を優しく撫でる。
武器を握り続けた彼の手は固いが、感じる体温はいつもとは変わらない。
「ふひひ……」
彼の手を握りしめながら笑う彼女は、空いている片手でエールを呷り、酒精混じりの吐息で彼の耳朶を揺らした。
「っ!?」
突然のくすぐったさに肩を跳ねさせた彼は、弾かれたように彼女に顔を向けた。
僅かに目を見開いて狼狽えている様は、滅多なことでは見られないものだ。
それで余計にご機嫌になった武闘家は、笑顔をそのままに彼の腕を抱き締めて、豊かな胸を押し付ける。
「ふへへ。ろーれすかぁ?きもちーれすかぁ?」
ねえねえと問いながら身体を密着させ、今度は彼の肩に頬擦りを始めた。
頬を擦りつける都合上、それに合わせて身体が揺れる訳だが、その度に豊かな胸が形を歪めて彼の腕を包むこむ。
料理に手を伸ばしたまま固まったローグハンターは、小さく息を吐いてどうしたものかと思考を巡らせる。
腕を包む柔らかさは今までに感じた何よりも柔らかく、温かく、頬が勝手に緩みそうになる。
そうやって不自然に無言を貫いていた為か、武闘家は彼に抱きついたまま耳元で問いかけた。
「……きいてましゅ?ねーねー、きいてましゅか~?」
ぺちぺちと頬を叩きながら笑う彼女を横目に、ローグハンターは故郷で酔っ払った上司たちに絡まれた時を思い出し、再びため息を吐いた。
流石にここまで酷くはなかったが、絡み酒というのはやられる側は大変な迷惑だ。
やった側は大概覚えていないのだから、余計にたちが悪い。
「少し離れろ」
「やれす!」
言葉に僅かな怒気を込めて、いまだに頬擦りしてくる武闘家を押し返すが、彼女は自棄を起こしたように彼に抱きつく力を強め、余計に密着してしまう。
声には出さずに低く唸ったローグハンターは諦めたように肩を竦め、空いている手で料理をつつき始める。
「……」
料理を口に含み、咀嚼し、飲みこむ度に上下する喉仏を無言で見つめていた武闘家は、「ん~」とねだる子供のように彼の肩に額を押し付け始めた。
何事だと目を向けてみれば、物欲しそうな表情で卓に並ぶ料理を見つめており、口の端からは涎が垂れている。
「……なんだ」
「あー」
ローグハンターの問いかけに、武闘家は間抜けに大口を開けることで応じた。
無言で彼女の口内を見つめたローグハンターは、疑問符を浮かべて首を傾げた。
「あーっ!」
すると余計に顎が外れそうな程に大口を開けて、何かを待ちわびるようにしてその姿勢を保つ。
綺麗な歯並びや、健康的で血色のいい舌など、普段なら見られないような場所までをさらけ出しているのは、ある意味で信頼してくれているのかと嬉しくはなるのだが──。
「何をして欲しいんだ……?」
訳もわからないローグハンターは明確な答えを期待して問いかけるが、武闘家は「あーっ!!」と声を出すことで応じた。
何をどうして欲しいのか皆目見当もつかないローグハンターは、額に薄く青筋を浮かべた。
普段なら気にしない彼女の間の抜けた表情に、今ばかりは多少なりとも苛立ち、この際指でも突っ込んでやろうかと、的外れなことを思い始める。
だがそれはいけないと自制し、何かしらの答えかヒントを求めて酒場を見渡した。
しかしこの珍妙な状況が他にも繰り広げられている訳もなく、そんな簡単にヒントが転がっている訳が──、
「は、い。あーん」
「て、照れ臭いな、こ、これは……」
あった。あってしまった。
酒場の端で
二人がどんな関係なのかはどうでもいいとして、とりあえずあれをやれば良いのかと適当な肉料理にフォークを突き刺した。
それをゆっくりと武闘家の方へと持っていき、大きく開かれた口へと押し込んだ。
ぱくりと一口でそれを頬張った武闘家は、じっくりと味わうゆっくりと咀嚼しながら愉快そうに目を細める。
「……美味いか」
「おいひーれふ!」
ローグハンターの問いに武闘家は満面の笑みを浮かべて答えると、「そうか」とふっと口許に微笑を浮かべながら頷いた。
ここまで来てしまえば、それこそあの村で別れた妹と変わらない。そう思えば可愛いものではないか。
その思いのまま彼女の頭を撫でてやれば、武闘家は一瞬驚いたように目を見開くが、すぐに「ん~♪」とご機嫌な声を漏らした。
そしてごくんと喉を鳴らして
やることさえわかれば後は容易い。ローグハンターは適当に残っている料理をフォークで突き刺し、それを武闘家に食べさせていく。
勿論途中で自分も食事に手を伸ばすのだが、とても大事な事には気付いていまい。
先程から、
「……」
それに気付いたのだろうか、据わった瞳でフォークの動きを追った武闘家は、再び大口を開けた。
「ん」と僅かに声を漏らしながら差し出された肉塊にかじりつき、はむはむと咀嚼を繰り返す。
そして頃合いを見たローグハンターがフォークを引き抜こうとした瞬間、武闘家はぴたりと口を閉じた。
「……おい」
先程同様に引き抜こうとしたローグハンターは思わぬ抵抗に声を出すが、力任せに引き抜くことはしない。
下手に引き抜いて口の中に傷を付けようものなら、彼女の食事に支障をきたしてしまう。
食事とは大切なものだ。その日の生きる活力を得ることができるし、その日に使った体力を回復することもできる。
そんな彼の気遣いに便乗した武闘家の口内では、世話しなく動く舌でフォークを舐めており、肉の残り香と彼との間接キスを堪能していた。
片やフォークを握ったまま、じっと武闘家を見つめ、片やフォークを咥えたまま、じっとローグハンターを見つめる。
夜空を思わせる蒼い瞳と、星を思わせる銀の瞳が不思議と交錯し、お互いにぱちぱちと瞬きを繰り返す。
その様が可笑しくて、武闘家はフォークを咥えたまま笑みをこぼすと、つられてローグハンターも苦笑を漏らした。
だいぶ醒めているとはいえ、まだ微かに酔ってはいるのだ。普段なら見せないような表情になってしまうのも、仕方があるまい。
「とりあえず、離せ」
「んぁ~」
そして二度目の声かけに応じた武闘家が口を開けると、半透明の糸がフォークと彼女の舌先を繋ぎ、極細の橋をかける。
それも一瞬のことで、すぐに自分の分を取ろうとフォークを振ればプツリと切れた。
金属だからとはいえ、酒場の照明の明かりで異様にテカるフォークを見つめたローグハンターは、さして気にした様子もなくそのフォークで料理をつつく。
「ふひひ……」
そのまま料理を頬張ると、隣の武闘家は何やら愉しそうに妖しげな笑みを浮かべ、エールを呷った。
けぷと酒臭いげっぷを漏らすと、ローグハンターが気にした様子もないのに誤魔化す為に満面の笑みを浮かべる。
「もっと~、キミも~、のもうよ~」
彼の身体に寄りかかり、ぷにぷにと頬をつつきながら、だいぶ砕けた口調でそう告げた。
「駄目だ」と鋭い声で返すが、彼女の指を止めることはなく、好き勝手に彼女につつかれているのだが、その力がだんだんと弱くなっていく事に気付く。
「どうした」
顔を動かして変な位置に指が突き刺さる事を危惧してか、瞳だけで彼女の方に目を向けながら問うた。
だが返事はなく、指も止まったので顔ごとそちらに向いてみれば、
「すぅ……くぅ……ふにゃ……っ」
武闘家が自分に寄りかかったまま、柔らかな笑みを浮かべながら寝息をたてており、どうやら酔い潰れたようだった。
「……」
突然眠りに落ちた彼女に驚きながらも、何だかんだで全ての料理を平らげた事実に小さくため息を漏らし、通りすがりの女給を呼び止めて勘定を頼んだ。
「……結局、何の話がしたかったんだ?」
金貨や銀貨を混ぜ合わせ、料金ぴったりを払った彼は、優しく武闘家の髪を撫でながら問いかけた。
だが答えが返ってくることはなく、ふひひと楽しげな笑みを浮かべるだけだった。
酔い潰れた武闘家を背負い、店を後にしたローグハンターの背を見送った男戦士を中心とした面々は、顔を見合わせながら唸った。
「あ、あれは、どうなんだ……?」
「ただ酒癖の悪さが露呈しただけかと……」
「むぅ。あれで嫌われなければいいが……」
男戦士、獣人魔術師、森人司祭が厳しい意見を漏らす中で、魔女と女騎士はどことなく嬉しそうな表情だ。
「で、も。彼の、本音は、聞けた、わ、ね……?」
「ああ、そこだけは素面のまま聞いたからな。とりあえず目的は果たしただろう」
腕を組みながらうんうんと頷く女騎士を他所に、男三人の表情は少々曇っている。
あそこまで見事に乱れられた挙げ句、散々絡まれたとなれば、多少距離を取られても仕方がない気もするが。
「大、丈夫、よ」
そんな彼らに向けて、煙管を吹かした魔女がそう告げた。
「彼、だって、笑ってた、わ」
先の二人のやり取りを思い出しながら微笑み、魔女は三角帽子を手に取った。
「もう行くのか?」と女騎士が問えば、「ええ」とゆらりと頷いた。
「明日、も、
「そうか。気を付けろよ」
「そっちも……ね?」
ひらひらと手を振りながらその場を後にすると、男戦士はため息混じりに背もたれに寄りかかった。
二人を援護するためとはいえ、彼女に晩酌してもらうというのは中々にいい夜ではなかろうか。
「俺たちも、帰るか……」
そのままぼそりと呟くと、森人司祭と獣人魔術師の二人は頷き、女騎士は驚愕の表情を浮かべた。
「もう解散か!?」
「俺たちも仕事なんだよ」
彼女の反応に額に手を当てながら嘆息すると、女騎士は「むぅ」と不満そうに唇を尖らせる。
「また今度。次はそちらの一党と卓を囲みましょう」
すかさず獣人魔術師がフォローを入れると、女騎士は「それなら、いい」ととりあえず納得の言葉を口にして最後の一杯を呷った。
「では、これにて解散だ!」
だん!と空になった杯を卓に叩きつけると、声を張り上げた。
なんだなんだと辺りの視線が集まるが、まあいいかとすぐに散っていく。
何だかいつも以上に騒がしかった親しき友の斧亭も、少しずついつもの喧騒へと戻り始める。
外で海老ぞりで気絶している冒険者は、いまだに放置されたままだったが──。
所変わり、眠る狐亭。
酔い潰れた武闘家を背負ったまま、どうにか自室まで戻ってきたローグハンターは、彼女をベッドに寝かしつけるとホッと息を吐いた。
行きと酒場では面倒に巻き込まれたが、帰りは何とも静かなものだった。
まあ、皆が寝静まっているからと言われればそうなのだが、平和であればなんでもいい。
酒を飲んだからか僅かに残る倦怠感にため息を吐き、さっさと着替えようと外套を脱ぎ捨てると、
「んぁ?」
何を合図にしてか武闘家が目を覚まし、身体を起こした。
数度瞬きすると蕩けた瞳で辺りを見渡し、ワイシャツ姿のローグハンターを発見してへにゃりと力の抜けた笑みを浮かべた。
そして何をして欲しいのか彼に向けて両手を伸ばし、無言で彼を見つめている。
「……」
無言の訴えというのは理解するのが酷く難しいもので、ローグハンターは彼女の要求を理解しようと頭を捻る。
部屋にいるのだからまた運んで欲しいわけではあるまいとか、もっと酒が飲みたいというわけではあるまいとか、的外れな事が浮かんでは消える。
「わたしも……きがえましゅ……っ!」
無言で困っていたローグハンターに向けて、武闘家はそう告げた。
「そうか」と頷いたローグハンターは、彼女に気を遣って背を向けるが、「こっちむいてくらは~い」と言われ、ため息混じりに振り向いた。
変わらず両手を伸ばす彼女を視界に納め、「どうかしたのか」と問うた。
「てつらってくらはいっ!」
「……一人で出来るだろう」
「できないんれすー!!」
愚図る子供のように手足をじたばたと振り回す彼女の姿に、思わず妹の姿を重ねたローグハンターは額に手をやった。
「はやく~、はやく~」と急かしてくる武闘家に多少苛立ちつつ、彼女の前に跪いた。
「ほら、手を挙げろ」
「ばんざーい!」
彼の言葉に素直に両手を挙げると、ローグハンターはそっと彼女の上着の裾に手をかけた。
彼女の身体に触れないように気を付けながら服をめくり上げ、柔らかそうな腹筋や、豊かな胸を通過して、伸ばされた両手を通して脱がしてやる。
そのまま彼女の脇に丁寧に畳んでやってから置くと、次はズボンに目を向けた。
「……そっちは自分でやってくれ」
「いいらないれすか!まえにも、ぬがしてまひたよね?」
「あの時は緊急事態だったからだ」
「いいらないれすか!てがぷるぷるするんれす!」
どうにか食い下がろうとするローグハンターに、武闘家は小刻みに震える手を見せながら告げて、「ぬがしてくらはい!」とぱたぱたと足を振った。
ついに諦めたのか、ローグハンターは盛大にため息を吐き、ズボンの留め具を外しにかかる。
無心で何かをすることには慣れているし、彼女も気にはしないだろうと自分に言い聞かせ、黙々と彼女のズボンを脱がしていく。
安産型の尻を通りすぎて、太腿を通過。そのまま彼女に触れないように気をかけながら、ゆっくりと脱がす。
静かな室内に発せられるのは、布擦れの音と彼女の息遣い。
謎の緊張に襲われながらズボンを脱がせたローグハンターは、下着姿になった武闘家を見ないようにしつつ、ズボンを丁寧に畳んでいく。
「で、着替えは──」
そして春先とはいえ、下着姿のまま放置はいけないだろうと気を遣い、彼女の寝巻きを探そうとした時だ。
突如として胸ぐらを掴まれて、ベッドに引き倒された。
「っ!?」
ローグハンターが突然の事態に目を剥いた瞬間、彼の身体はベッドに叩きつけられ、武闘家がすぐさま馬乗りになる。
潤んだ瞳に、火照ったように赤らんだ頬。口からははあはあと熱のこもった吐息が漏れ、白い肌も僅かに上気しているように見える。
「ど、どうした……」
ベッドの上という都合上、投げられた事に対する
髪紐を解いていつも結んでいる髪を下ろす、酷く不安そうな表情になりながら彼へと問うた。
「わらしって、しょんなにみりょくないれすか……?」
「……?」
突然の問いに首を傾げるローグハンターを見下ろしながら、武闘家は目元に涙を溜めながら告げた。
「まじょしゃんみたいにおとなじゃないれすし、きししゃんみたいにつよくないれすし……」
「お、おい、どうした」
「でも、あなたといっしょにいられて、まいにちたいへんれすけど、とってもたのしいんれす!」
「そ、そうか。それは、良かった」
普段ならしてこないような感情の吐露に困惑するローグハンターだが、武闘家は両目から大粒の涙を流し始めた。
「でも、でも……っ!」
ぽつぽつと流れ落ちる涙が彼の胸板へと落ち、それを目で追ったローグハンターはそれを拭ってやろうと手を伸ばす。
だが逆に武闘家が彼の手を取り、自分の胸へと触れさせた。
「っ!??」
手のひらに感じる柔らかさと、どくどくと喧しい心臓の鼓動に目を見開くローグハンターを他所に、武闘家は彼に告げる。
「まいにち、まーいにち、つらいんれふ!くるしいんれす!わかりましゅか、こーんなにどきどているんれす!」
「ああ、そうみたいだな……」
もはや訳もわかない状況に困惑するローグハンターに、いつの間にか涙が止まった武闘家が今度は怒りの表情を浮かべながら告げた。
「わかりましゅか?!わかりましぇんよね!?わたしは、わたしは──……」
そして何かを言おうとした瞬間に、ぱたりと彼の身体に倒れた。
仕方がないとはいえ、彼女の頭突きをくらったローグハンターは「う゛」と低く呻くが、そんな事はどうでもいいと武闘家の様子を伺った。
どうやら再び寝てしまったようで、規則正しく呼吸を繰り返している。
「……」
結局何が言いたかったのかを考えるが、やはり彼女にしかわからないものだ。
とりあえず自分のベッドに戻ろうと身動ぎした瞬間、武闘家が彼の腰に手を回して抱きつき、ぎゅっと抱き締めた。
「だいしゅき。だいしゅきなんれす……」
ぼそりと呟かれた寝言にローグハンターはびくりと肩を跳ねさせると、再び彼女の様子を伺った。
相変わらず穏やかな寝息をたてており、やはり寝言のようではあるが……。
「──」
ローグハンターはただ無言で彼女の髪を撫でてやり、天井へと目を向けた。
いつもと変わらない、もはや見慣れた天井ではあるが、慣れないのは身体に乗っている彼女の重さと温もりだ。
『彼女のことを、どう思う!』
『常日頃から共にいるのだ。何とも思わないのか?』
『彼女を異性とした見ていないのか?彼女に惚れていないのか?──と、彼は聞いたのですよ』
いつかに友人たちから言われた言葉を思い出し、ローグハンターは低く唸りながら額に手をやった。
──誰かを愛することも、誰かに愛されることも、よくわからない……。
「俺は、どうすればいいんだ……?」
不安に苛まれた、酷く弱々しい声音で、彼は記憶の中にいる恩人たちに問いかけた。
頼れる先人たちも、今の自分を作ってくれた恩人たちも、誰一人として答えを示してはくれず、曖昧な表情を浮かべるのみだ。
当たり前だ。自分は戦い方しか教わっていないのだから。
当たり前だ。自分は戦いにしか興味がなかったのだから。
「どうすればいいんだ……」
彼の呟きは誰にも届かず、誰からの返事もない。
この答えは自分一人で考える他なく、他人から貰えるのは答えではなく助言のみ。
ただそれすらもわからない青年にとって、この問題は解くにはあまりに難しく、道のりはあまりに長い。
──彼女が自分に向けている
答えにたどり着けるのか、たどり着いたところでどうするのか、考えるべきことは多いが。
「……」
とりあえず下着姿の武闘家に自分の外套を毛布代わりにかけてやり、その体勢のまま眠ることにした。
別に砦での一件でも密着して寝たのだ、今さら一晩寝ることなぞ何だというのだ。
チュンチュンと小鳥のさえずる声を耳にして、武闘家は目を覚ました。
欠伸を噛み殺しながら身体を起こして、肩に羽織っていた上着に袖を通すが──。
「……おっきい」
大きさが合わずに、袖から腕が出ない結果となった。
そもそも肩幅も合っておらず、一回りも二回りも大きい代物だ。
「……起きたなら、退いてくれ」
「……?うぇ!?」
手を振り回して具合を確かめていると、不意に下から声がかけられ、慌てて顔を下げた武闘家の目に飛び込んできたのは、
「……だ、大丈夫ですか?」
「ああ。問題ない」
目の下を真っ黒な隈で覆ったローグハンターがそこにいた。
一睡も出来なかったのか、一周回って目が冴えており、蒼い瞳は異常なまでの迫力に満ちている。
「あの、何か、ありました……?」
彼の様子と、自分が下着姿なことに不安を抱いた武闘家が問うと「何も、なかった」と掠れた声で返された。
「えっと……?」
とりあえず昨晩の事を思い出そうと頭を捻るが、あの冒険者に絡まれた直後から記憶が欠けており、何一つとして思い出せない。
「とりあえず、退いてくれ」
「ああ、はい。ごめんなさい」
何とも嫌な形ではあるが、また新しい一日が始まったのだ。
「今日もよろしくお願いします!」
「よろしく頼む。だから退いてくれ」
武闘家はにこやかに笑いながら告げると、ローグハンターは酷くくたびれた様子で頷いた。
彼が愛させることを、愛することを知るのは、もうしばらく経ってから。
それまではいつも通り、どこにでもいる、悩める
ギリギリになってしまいましたが、今年ラストの投稿です。
来年は今年以上に不定期な投稿になると思いますが、よろしくお願いします。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。