不定期な更新になると思いますが、完結を目指して頑張ります。
今年もよろしくお願いします。
バン!と空に響く炸裂音と、吹き上がる硝煙。
場所はギルド裏の簡易演習場。いるのは陽射しを嫌ってフードを目深く被っているローグハンターだ。
風穴の空いた的を眺めたローグハンターは、手にしている
整備明けの一発目。無事に的に当たったのは喜ばしいことだ。
自分は
かといって整備もせずに酷使し続け、いざという時に暴発して指を失うなど、それこそ末代までの笑い話だ。
硝煙立ち上る銃口に棒を突っ込んで煤を取り除き、
反動で弾き上がる腕をそのままに、蒼い瞳が向いているのは的だ。
弾丸は頭に見立てた位置を穿ち、後ろの壁に小さな傷をつけた。
いつかの武闘家との組み手後の説教を気にしてか、しまったと眉を寄せるが、まあ誰も気にしないかと開き直る。
現に自分の回りには誰もいないのだ。誰にも知られていなければ、それはやっていないのとほぼ同義。
極論バレなければいいのだ。故郷でもその理論で、先生たちと暴れまわった記憶もある。
あの頃はそうしなければならない状況だったが、今はそうなのだろうかと自問して、どうでもいいかとすぐにぶん投げる。
そして短筒をホルスターに押し込み、利き手とは逆の手でもう一挺を取り出して構え、狙いを定める。
いつも行っているその動作に一切の淀みはなく、最低限の動作で射撃体勢に入った彼は、素早く引鉄を引いて発砲。
放たれた弾丸は真っ直ぐに的に当たるかと思いきや、僅かにそれて壁に傷をつけた。
「──」
その結果に僅かに目を剥いて驚きを露にしたローグハンターは、短筒を肩に担ぎながら顎を擦り、むぅと小さく唸る。
整備不良か、利き手ではなかったからか、ともかく外れたのは大問題だ。実戦なら命を落としているかもしれない。
「調整するしかないな……」
悩んでいても仕方がない。悩んでいるなら火薬を使うのは、
まあ、今回に関しては悩みの種も
「それにしても……」
悩みかと呟いた彼は、ふと青空を見上げた。
武闘家が泥酔した一件からはや二ヶ月。あの絡んできた冒険者はいつの間にか消えたり、自分と彼女の等級がそれぞれ翠玉に上がったりと、様々な出来事があったが。
──好きとは、どんな感情なんだ……?
彼女の寝言を皮切りに考えるようになったその疑問は、二ヶ月考えても答えが見出だせず、延々と悩む日々が続いている。
「……」
流れていく雲を無言で見つめ、雲の隙間から差し込む陽射しに目を細める。
衣装が黒い都合上、立っているだけでも余計に温かくなるのだが、そろそろ夏が近づくこの季節には辛いものがある。
「……今更だな」
季節の移ろいなど、天上の神々でさえも操作は出来ないだろう。
それに対して一人の人間が愚痴るなど、畏れ多いにも程がある。
それよりも彼女のことだ。自分が彼女をどう思っているのか、彼女が自分をどう思っているのか、それを考えなければならない。
「……」
無言のまま顔を下げ、的を見つめ、照準を合わせ、引鉄を引く。
狙いは大きく逸れて、再び壁に傷をつける結果になる。
短筒を握る手をじっと見下ろし、ゆっくりと目を閉じた。
──悩みがあるなら火薬を使え、か……。
目を閉じたまま次弾を装填し、目を開けて問題がないのを確認。
再び的を狙うが、今度はすぐには撃たず、じっくりと狙いを定める。
実戦では致命的なまでの時間をかけて狙いを定め、ゆっくりと息を吐いて、吸い込み、止め、引鉄を引く。
バン!と乾いた炸裂音が辺りに響き、ローグハンターは目を細めた。
的の中央に小さな風穴が開き、壁にも小さな傷が残る。
だが彼は酷く不満そうな表情で唸ると、次弾を装填し始めた。
今のをより速く、正確に──否、確実に行えるようにしなければ、自分と彼女の命に関わる。
──
蒼い瞳に鋭い眼光を宿し、弾を込めた短筒を構える。
運は自分で掴むものと教えられてはいるものの、やはり自分の力で勝てるのならそれが一番だ。
最期の瞬間まで足掻けば、それこそ運よく勝ちを掴めることもあろうが、そもそも追い込まれないことが大事。
その為には訓練だ。頭を空っぽにするのではなく、余計なことを考えず、必要最低限の
そう自分に言い聞かせ、訓練に集中しようとした瞬間、脳裏を武闘家の姿が掠めていった。
それに驚いてか、気が抜けたのか、思わず引鉄を引いてしまい、あらぬ方向に弾丸が飛んでいった。
「集中だ、集中……」
ガンガンと短筒の
痛みで無理やり意識を切り替え、両足を肩幅に開いてどしりと大地を踏みしめ、再び短筒を構える。
何事も繰り返しだ。出来るようになるまで、出来るようになってからも、身体が覚えて、決して忘れないようになるまで、ひたすら練習を繰り返す。
バン!バン!と乾いた炸裂音と、時折何かを殴り付ける乾いた音が、冒険者ギルドの裏から響き続ける。
何かに没頭すると周りを気にしなくなるのは、やはり人間の
陽が空の天辺を通りすぎるよりも前。
朝一とは言わずとも、まだ朝早い冒険者ギルドの裏でやるには少々音が大きすぎる事を、ローグハンターは一切気にしていなかった。
「え……?あ、なに、これ……?」
ギルドに併設された工房。
留め具が外れかけていた籠手の具合を見てもらおうとそこに赴いた武闘家は、目を真ん丸に見開いて目の前にあるものを凝視していた。
彼女の目の前には、武骨な武器が立ち並ぶ工房には不釣り合いな、下着があった。
いや正確には下着ではない。下着の如き鎧が、彼女の前に鎮座しているのだ。
一揃えになった胸当、脚絆だけの鎧。一応の種類で言えば、軽装となる。
動きやすさに特化したと言われれば、確かにそうなのだろう。
鎖帷子のように各関節を守るような物が、何一つとしてないのだから、動きやすいのは当然だ。
少ない装甲自体も、女性の身体に合わせてか滑らかな曲線を描き、手で触れてみれば金属のひんやりとした冷たさを感じられる。
だが、彼女はそれを買おうだとか、使ってみようだとかは思わない。これを着るのなら、多少動き難くとも鎧を着る方がましだ。
何しろこの鎧と呼んでいいのかもわからないこれは、胸部──正確には乳房と、下腹部をにした装甲がない。
申し訳程度に肩当てがあるが、そこに着けるのなら腹にも一枚板金をくれと思うのが普通だろう。
「──」
武闘家は困惑の表情を浮かべたまま、ちらりと工房長に目を向けた。
筋骨隆々な体躯に、口許を覆う髭、長年炎を見つめ続けたが故に閉じられた片目。
一見
あまり話す機会もないが、装備を整えようと尋ねた時には、
「あ、あの……?」
武闘家は小鳥のさえずりのようなか細い声で、工房長へと声をかけた。
彼女の籠手を弄っていた工房長が「なんじゃい」とぶっきらぼうな声で返すと、武闘家は「何ですか、これ……?」と問いかける。
「……」
工房長は彼女が示した物を、下着の如き鎧に視線を向けて、不満そうに目を細めた。
「……鎧だ」
そしてぼそりと一言呟いて、口を閉じた。
こんな物を説明したくないのか、説明するのも億劫なのか、あまり情報を引き出せそうにはなさそうだ。
だが気になるものは気になるものだ。この人のことだから、聞けば教えてくれるかもしれない。
「下に、何か着たりとかは……?」
「しない」
「上から羽織るとか?」
「しないな。それはそれで完成しとる」
「えー……」
──と、二三やり取りをした武闘家は、再び困惑の表情を浮かべて
見た目同様に軽いが、確かに金属で造られたのだろう。冷たさと重さを兼ね備えた感覚が、じんわりと手のひらを伝わってくる。
前から見て、胸が納まる曲線を撫でて、ひっくり返して裏を見る。
胸当てはそれでいいのだが、問題は下腹部を守る装甲だ。
下手な下着以上に急角度なそれは、何がとは言わないが見えてしまいかねない。全身を使って動き回る前衛職なら尚更だ。
「──」
思わずこれを着た自分の姿を想像して赤面した武闘家は、再び工房長へと目を向けた。
──本当に、何なんですか、これ……?
銀色の瞳を真っ直ぐに彼へと向けて、視線だけでそう問いかける。
彼女の助けを求めるような視線に根を上げたのか、工房長は金槌で肩を叩きながら溜め息を吐いた。
「まあ、あれだな。アピール用と言えば、その通りの代物だ」
「あ、アピール用……?」
「惚れた男の気を惹きたい女冒険者が、着る」
「……!?」
その言葉に、武闘家はさながら『
これを初めて造り上げた誰かは、こんな見るからに危険な代物を着て、好きな異性の前に出ていけと言うのか。
そんな勇気があれば、その好意を口にすることの方が容易いだろう。こんな物を着てみろ、一体どうなるか。
「……」
──と、そこまで考えた武闘家は、ちらりと
──好きな
──
「……」
武闘家は迷うように視線をさ迷わせて、飾り棚にある『試着可能』と書かれた──彼に教わったのだ──張り紙に目を向けた。
ドクドクと心臓の鼓動がどんどんと速くなり、少しずつ体温が上がっていく事がわかる。
「あ、あの……っ!」
武闘家は身体を小刻みに震わせて、緊張の面持ちになりながら、
工房長は困ったように目を細めながら、「好きにしろ」とひらひらと手を振る。
その返答を受けた武闘家は店内に誰もいない事を確認すると、急いで試着室へと飛び込んだ。
工房長はだいぶ広くなった額に手をやると、天井を仰ぎ見ながら溜め息を漏らす。
どうしてこう、冒険者の男女仲というのは全く進まないのだろうか。
冒険者としての成功は応援してやるが、個人的な関係まで応援してやるのは業務外だ。
──さて、どうしたもんかね……。
ごそごそと布の擦れる音が漏れている試着室を眺めた工房長は、再び溜め息を吐いた。
──何してるんだろ、私……。
仕切りで囲まれた試着室。
壁に取り付けられた姿見に映る自分の姿を見つめた武闘家は、自嘲的な笑みをこぼした。
いつも着ている衣装は脇に置かれて、纏っているのは豊かな乳房と下腹部を覆う板金のみ。
最近筋が入り始めた腹筋や、筋肉質になってきた四肢を惜しげもなく曝し、胸元も丸見えだ。
むしろ胸当てに押さえつけられて、谷間が余計に強調されているようにさえ思う。
──本当に、何してるんだろ……。
これを着ようとした過去の自分と、これを着てしまった過去の自分を恨みながら、赤くなった顔を俯ける。
首から下がる翠玉の認識票が、胸の谷間から出たり入ったりを繰り返し、ひんやりとした冷たさを感じて身震い一つ。
とりあえず籠手を返してもらって、さっさと着替えるとしよう。
シャッ!と音をたてて仕切りのカーテンを開けた彼女は、工房長を探してひょこりと顔だけを出した。
「……あれ?」
いつもそこにいる筈の帳場には誰も居らず、代わりに奥の工房からは鉄を打つ甲高い音が聞こえてくる。
まさか、このまま放置されるのではと冷や汗を流した武闘家は、きょろきょろと工房内を見渡して誰もいない事を確認。
さながら盗人のように気配を殺し、忍び歩きで帳場の方へ。
「あ、あの~?すいませーん?」
工房の奥の方に目を向けて、恐る恐る声をかけた。
だが返答はなく、カンカンと鉄を叩く音がするだけだ。
「すいませーん!お会計お願いしまーす!!」
ならば負けじと声を張り上げれば、ようやく鉄を打つ音が止まり、足音がこちらに近づいてくる。
ようやく届いたとホッと安堵の息を吐いたのも束の間、自分の格好を思い出して慌てて試着室へと戻ろうと慌てて踵を返した。
だが今日という日に限って、彼女は運がなかった。
「店主。いる、か……」
聞き馴染んだ声と共に工房入り口の自由扉が開けられ、チリンチリンと呼び鈴が鳴った。
声の主は入店早々に足を止めると、蒼い瞳を見開きながら
健康的に肉付きのいい肢体と、瀉血いらずの白い肌、豊かな胸と、森人にも負けない愛くるしい顔立ち。
その全てを惜しげもなく晒した格好をした相棒に、思わず
「あ、この、これは、えと、ちょ……」
そんな彼の異常にも気付く余裕もない武闘家は、何かしらの弁明をしようと口を開くが、肝心の言葉が出てこずに詰まってしまう。
むしろ緊張と羞恥心により白い肌が赤らんでいき、嫌な汗が滲む。
「──」
無言で彼女の身体を見つめたローグハンターは、申し訳なさそうにゆっくりと視線を逸らすと、慎重に言葉を選ぶように熟考してから口を開いた。
「……ま、まあ、そんな格好したくなる日も、あるん、だろう、な……?」
だが出てきた言葉は酷く曖昧なもので、むしろ彼女の恥態を肯定するようなものだった。
何と言うべきか。知りたくはなかった相棒の一面を知ってしまったと言わんばかりの、申し訳なさそうな声音だ。
「~~~~!?!??」
そんな彼の一言に、声にならない悲鳴を上げた武闘家は慌てて試着室に飛び込み、仕切りのカーテンを閉めた。
自分に
「~~!?~っ!!──っ?!」
試着室の中で顔を両手で覆いながら身体を丸め、声にならない悲鳴を次々と吐き出す。
「何の騒ぎだ。って、お前か。弾の補充か?」
そんな騒ぎが終わった頃になって顔を出した工房長は、ぎょろりと見開いた隻眼で入り口で立ち尽くすローグハンターを捉えた。
同時に珍しい物でも見たかのように、ほぅと感嘆にも似た声を漏らす。
表情はいつもと変わらない仏頂面ではあるのだが、耳が赤くなっているのだ。
いくら表情を装う事が得意な人物でも、血の流れだけは制御は出来まい。
つまり、何かしらに対して耳が赤くなる程度には、心を掻き乱されているいるという事だ。
工房長の視線に気付いてか、彼は慌ててフードを被って顔を隠すと、「弾をくれ。火の秘薬もだ」といつも通りの声音で注文を口にした。
「ちょっと待ってろ」
彼の注文に頷いた工房長は再び奥に引っ込むと、用意していた弾丸を詰めた袋を探し始める。
その背を見送ったローグハンターは、武闘家が飛び込んでいった試着室の前まで足を進め、何か声をかけようと口を開くが、言葉が出てこずに僅かに唸るのみ。
「ほれ。金額はいつも通りだ」
そんな彼に向けて、二つの袋を手に戻ってきた工房長はそう告げ、ローグハンターも懐から財布を取り出し、金貨を数枚摘まみ出す。
それを帳場の上に並べ、工房長に枚数を確認させると、弾丸と火の秘薬を手に取り、腰帯に取り付けられた弾入れに押し込んだ。
「また来る」
それを済ませるとローグハンターは踵を返して歩き出し、試着室の前で足を止めた。
足音一つなく、気配も稀薄なのだから、武闘家は彼が前にいることにすら気付いてはいまい。
彼は数瞬迷うように口を動かすが、結局何も言えずにその場を後にした。
自由扉の開閉に合わせてかチリンチリンと鈴が鳴り、彼が立ち去った事を武闘家にも教えてくれる。
数分すると、いつもの格好になった武闘家が試着室から出てくると、気まずそうに黙ったまま代金を払い、修理に出していた籠手を受け取った。
「ありがとう……ございました……」
武闘家は酷く疲れたような声音で礼の言葉を口にしながら頭を下げ、とことこと軽い足音をたてながら工房を後にした。
異様に濃い数十分を経験することになった工房長は、深々と溜め息を吐いて件の
彼女にはアピール用とは言ったが、一応戦女神を信ずる女神官も買っていくのだ。
戦女神は人から無名神となった女性であり、そんな彼女は
詰まる所の験担ぎ。信ずる女神の姿を真似て、戦いに赴く為の装備でもあるのだ。
──こっちで言ってやるべきだったな。
今さらになってそれに気付いた工房長は、髭を扱いてからやれやれと嘆息混じりに首を振った。
やはり人の色恋沙汰に首を突っ込むのはしょうに合わないと、金槌で凝り固まった肩を叩く。
その時自由扉が開けられ、チリンチリンと呼び鈴の音色がが工房内に響く。
開かれた隻眼で客に目を向けた工房長は、今日は苦労が続くなと不満げに鼻を鳴らす。
街中だというのに兜を被り、薄汚れた鎧を着た冒険者は、彼の反応に僅かな違和感を感じたのか、警戒するように兜を巡らせた。
「……ゴブリンか?」
「違うわ、まったく……」
あの騒ぎの後に、安物しか買わない癖に、異様に注文の多いこの冒険者を相手するのかと、工房長は彼に気付かれないように溜め息を漏らした。
冒険者ギルド待合室の片隅。
そこを定位置としているローグハンターと武闘家は、
「「………」」
お互いに一言も発することなく、顔を背けていた。
羞恥心に苛まれて頬を赤く染めたまま無言で俯く武闘家に対し、フードを被ったままのローグハンターは彼女に背を向けており、詳しい事情は知らずとも、何かしらの問題が起きたことは目に見えてわかる。
何か言ってくれないだろうかと、お互いに相手の様子を探り合う中で、先に口を開いたのはローグハンターだった。
小さく溜め息を漏らした彼は武闘家に目を向け、蒼い瞳を僅かに細める。
「お前は、今日は休め」
「……うぇ?!えっと、な、何ですか!?」
彼の一言に驚き、弾かれるように顔をあげた武闘家は、真正面から自分を見つめてくる蒼い双眸の輝きに圧され、「うぐ……」と僅かに狼狽える。
その隙に彼女の肩に手を置くと、それこそ愚図る妹か娘に言い聞かせるように言葉を続けた。
「今日は、休め」
「あの、だから、何でですか?」
「休め」
「あの──」
「いいから、休め」
彼らしくない、短い単語によるごり押し。
少しずつ言葉にも圧が込められ、瞳の輝きも鋭く冷たいものになっていく。
「わかったか」
「はい、わかりました」
そして念を押すように告げられた言葉に武闘家がコクコクと頷くと、ローグハンターは一度だけ頷き返す。
「俺は──」
そして何かを言いかけると、視界の端に捉えたゴブリンスレイヤーの方へと駆けていき、何やら話し込み始めた。
僅かに兜が揺れてこちらに向くが、ローグハンターは気にするなと言わんばかりに肩を竦めた。
ゴブリンスレイヤーは武闘家に向けて小さく頭を下げると、彼女は「あはは……」と乾いた笑みと共に手を振ってやり、ある程度の事情を察する。
──これ、置いていかれるやつだよね……。
おそらく、と言うか確実に、ローグハンターはゴブリンスレイヤーと共に仕事に行くのだろう。
文字通り自分をここに置いていき、顔馴染みの男友達と二人だけで。
彼女の推理は大正解で、二人はさっさと受け付けに行くと、足早にギルドを後にしてしまった。
今日に限って魔女や女騎士、男戦士の一党が不在で、彼女やローグハンターにフォローしてくれる者が誰一人としていない。
「……」
ぽつんと一人取り残された武闘家は、目元の熱さを誤魔化すように、無言でギルドの天井を仰いだ。
「あ、あの、大丈夫?」
その姿勢のまま動かなかったからか、誰かが武闘家に声をかけた。
赤い短髪に、豊満な胸を持ち合わせた、街外れの牧場で働く少女。
顔を下げた武闘家は牛飼娘の姿を認め、「あ、どうも」と力なく笑った。
これは一大事だと、友人の異変を察した牛飼娘は彼女の隣に腰を下ろすと、「何があったの?」と問うた。
「……」
その問いに武闘家は俯くと、目元に集まる熱をそのままに口を開いた。
「……──ちゃったかも」
「え……?」
虫が囁いたような小さな声に、牛飼娘は首を傾げた。
酷く小さく、覇気に欠けたその声は、只人の耳で聞き取るにはあまりにも小さすぎる。
だがもう一回言ってと頼める雰囲気ではなく、困り顔で髪を「えっと……」と声を漏らすと、武闘家はゆっくりと顔を上げた。
同時に一筋の涙がこぼれ、頬を伝っていく。
「……彼に、嫌われちゃったかも……」
恋する乙女にとっては何よりも重要で、世界の危機の比にもならない重大な問題が、降りかかっていた。
同日の夜。とある洞窟の中。
「……どうすれば良かったんだろうな」
数十にも及ぶゴブリンの死骸が転がる大広間の中央で、ローグハンターはそんな事を呟いた。
思わず彼女を一方的に捩じ伏せるような態度を取ってしまった事もそうだが、まともに向き合わずにここにいるというのも問題なような気がしてならない。
「どう思う」とゴブリンの死体を調べていたゴブリンスレイヤーに問うが、肝心の返答は無言のみ。
彼が黙るのは大概が返事に困った時だ。
ゴブリンへの対処を優先しているということもあるだろうが、その手が止まっている辺り、考えてくれているのだろう。
「……わからん」
そしてたっぷり時間をかけての返答は、やはり期待通りのもの。
「だろうな」と肩を竦めると、「俺もだ」と自嘲的に笑う。
生憎とここにいるのは、冒険者の中でも異端者扱いされる二人だ。
ゴブリンに関する話なら、戦い方に関する話なら、いくらでも語り合える自信はある。
他の冒険者なら、また違っただろう。
もっと人生経験があれば、また違っただろう。
だが、如何せん今まで異性に対する問題に関わりがなかった二人にとって、これは無理難題となるのだ。
「だが──」
不意に口を開いたのは、ゴブリンスレイヤーだ。
彼は兜を巡らせてローグハンターに目を向けると、捻り出した解決策を口にした。
「お祭り……?」
ぐしぐしと涙を拭いながら問うた武闘家に、牛飼娘は「うん」と頷いた。
「もうすぐお祭りがあるのは、知ってるよね?」
「……?」
そして確認を取るように投げられた言葉に、武闘家は首を傾げる。
夏の終わり頃にお祭りなど、あっただろうか。
そんな彼女の反応に苦笑した牛飼娘は、「とにかく、あるんだよ」ととりあえず話を進めることにした。
「仲直りしたいんだったら、誘ってみたら?」
「……」
つまり喧嘩した──と、彼女は思っている──相手を、
「む、無理だよぉ……」と力なく項垂れるが、牛飼娘は励ますように武闘家の頭を撫でた。
「喧嘩しちゃったら、仲直りしないと、ね」
その言葉はどこか武闘家にだけでなく、自分自身にさえ言い聞かせているようでいて、武闘家は顔だけを上げて牛飼娘に目を向けた。
先程まで笑っていたのに、その表情はどこか悲しげで、強い後悔の色が見てとれる。
武闘家は「そう、だよね」と表情を引き締めると、勢いよく身体を起こした。
「とりあえず、帰ってきたら話してみる!」
「うん。頑張ってね」
「うん、やるだけやってみる!」
それで何かあったら、会いに行っていい?と不安げに問われると、牛飼娘は「いいよ」と笑みを浮かべた。
何事もやってみなれけばわからない。それで失敗したのなら、慰めてやるのが友人の務めというもの。
──一の目出たら、慰めたげるって言うからね。
誰かが歌った詩の一節を思い出して、小さく苦笑を漏らす。
だが彼女が知るよしもない。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。