SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory15 予想外の仕事

 先の祭りから日は流れ、ローグハンターと一党を組んでから二度目の冬が訪れた。

 朝一番の寒さは文字通り刺すように厳しく、いつもなら聞こえる鳥の囀ずりもあまり聞こえず、通行人の喧騒も遠くに思えるほどだ。

 

「さ、寒い……」

 

 眠る狐亭の一室。毛布にくるまったままプルプルと小刻みに震えていた武闘家は、白い息を吐きながらそう呟いた。

「寒いの駄目だ……っ」と毛布の中で吐き捨てた彼女は、寒さを気にせずに黙々と装備を整えるローグハンターに目を向けた。

 

「今日も、仕事だよね?」

 

「ああ。あいつらに季節は関係ないからな」

 

 装備を整え、最後に片手半剣(バスタードソード)を腰帯に下げたローグハンターが言うと、武闘家は「そうだよね……」と腕を擦りながら頷いた。

 冬を越える為に金が必要なのは、冒険者もならず者も変わらない。むしろ街に住まないならず者たちの方が食料などの問題が多いだろう。

 それを冬眠する動物を狩ったり、木の実をかき集めたりで対応できればいいのだが、彼らはそんな面倒はことはしない。

 目の前に自分たちよりも弱い人たちが集まる村があり、そこに若い女性がいれば、彼らは狙うことを躊躇わない。

 この時期の村には大量の食料が貯蔵されているし、若い女性というのは──大変遺憾ではあるが──高く売れるのだ。

 実際売られそうになったのだから、これは間違いない。

 食料と一緒に今後の活動資金、あるいは退屈凌ぎが手に入るのだから、狙うのは当然のこと。

 それを未然に防ぐか、あるいは売り飛ばされる前に助けに行くことが、この時期の依頼内容の大半だ。

 

「準備が出来たら、降りてこい」

 

 背中に長筒(エアライフル)を背負い、腰に短筒(ピストル)入りの拳銃嚢(ホルスター)を取り付けたローグハンターが言うと、武闘家は「わかった」と頷く。

 背中越しでもその動作は伝わったようで、ローグハンターは何も言わずに部屋を後にしてしまう。

 

「……」

 

 彼を見送った武闘家は溜め息を吐くと毛布にくるまったままベッドを降り、素足だから感じる床の冷たさに小さく悲鳴を漏らした。

 だがおかげで目が覚めたと前向きに考えることにしつつ、ゆっくりとした足取りで姿見の前に。

「えい」と声を漏らして毛布を投げ捨て、勢いのままに寝巻きを脱ぎ払う。

 姿見に映るのは下着姿の見慣れた自分で、最近僅かな違和感を感じるようになった胸に触れた。

 昔は邪魔でしょうがなかったものだったが、今は大事な武器だ。効き目があるかどうかはわからないが、大切な武器の筈なのだ。

 まあ、それはどうでもいいとして。

 

 ──やっぱり、キツくなってる……?

 

 下着越しに胸を持ち上げてみて、僅かに重くなっている気がして小さく唸った。

 下着を変えるにしても休みを貰わなければならないし、その為には金が必要だ。

 そこまで逼迫している訳ではないが、たかが下着の為に時間と金を使うのはどうなのだろう。

 

 ──なんて思うから、振り向いて貰えないのかな……。

 

 昔から周りの女子たちからずれているような気がしていたが、普通の女子なら迷わずに買いに行くなり、むしろ喜ぶなりするのだろうかと自問する。

 

「うーん。どうしたもんかなぁ」

 

 ゆさゆさと胸を揺らしながら独り言を漏らし、姿見に映る自分を見つけた。

 一人黙々と胸を揺らしている自分の姿は、何だか見ていて情けなくなる。

 はぁ……と小さく溜め息を漏らした武闘家は、自分用の長持ちに向けて歩き出した。

 長持に隠していた鍵を取り出し、慣れた手付きで錠を外す。

 いつもの籠手と冒険用の衣装を取り出し、手早くそれらを纏う。

 仕上げに母譲りの銀色の髪を頭の高い位置で結い、後ろに垂らす。

 昔は邪魔な髪を纏めていただけだったが、彼に似合っていると言われてからは気にするようにしているのだが、やはり伸びてくると気になって仕方がない。

 前髪くらい短くしようかと弄ってみるが、とりあえず明日でいいかと手を離した。

 姿見の前でくるりと回れば、銀色の髪が尾のように揺れて、窓から差し込む朝陽に照らされてきらきらと輝く。

 最後にぴたりと止まり、服の乱れを直して準備は完了。

 

「よし、行ってきます!」

 

 誰もいないことは承知だが、何事に対しても挨拶が大事なのは常識だ。

 部屋を飛び出し、鍵を締め、小走りで廊下を進む。

 さあ今日も仕事だ。誰かの幸福を守るため、ちょいとばかり血に濡れるだけのこと。

 

 ──って、慣れちゃ駄目だよね……。

 

 彼にも言われたことだ。

 人を殺めることに慣れるな、血に酔うなと、耳にたこが出来る程に言われたのだ。

 もし人を殺めることに快感を見出だしたら、それは人としての終わりだと。

 酷く切なそうに、哀しそうに告げられたあの言葉は、決して忘れることはない。

 階段を降りきり、眠る狐亭の酒場に顔を出すと、いつものカウンター席にローグハンターの姿があった。

 一人で薄口のスープを啜り、ホッと一息ついている姿は、見た目以上に幼く見える。

 

 ──もし私がその一線を越えちゃったら、彼はどうするんだろう。

 

 絶対に越えないと誓うが、もし本当に自分が自分でなくなった時は。

 

 ──キミは、泣いてくれるかな……?

 

 

 

 

 

 陽が山の影に隠れ始め、空が不気味な青紫色に染まり始めた夕暮れ時。

 微かに輝き始めた双子の月と、幾千の星々が見下ろす丘陵地帯。

 いくつかある丘の頂上に身を潜めているローグハンターと武闘家は、眼下に広がる拠点に目を向け、顔を見合わせた。

 

「……え、あれに飛び込むの?」

 

「そうだな……」

 

 目深く被ったフードの下で嘆息したローグハンターは、改めて眼下にある拠点を睨んだ。

 複数ある丘に囲まれた窪地。その中央に鎮座するのは、四方を塀で囲まれた野盗の拠点だ。

 柵は木製であるものの、内側が見えないように隙間なく詰められており、よじ登ろうにも継ぎ目すら見つからないのは如何なものか。

 

「さて、どうするか」

 

「正面突破!──は、無理だよね、うん……」

 

 隣の武闘家が元気溌剌にそう告げるが、すぐに消沈して再び拠点へと視線を落とす。

 同時にローグハンターは雑嚢に手を突っ込み、何かを探しながら告げた。

 

「死に場所を間違えた自覚はあるが、死にたいとは思っていない」

 

「……死に場所の(くだり)は冗談だよね?」

 

「どうだろうな」

 

 武闘家の問いかけにローグハンターは肩を竦め、雑嚢から引っ張り出した単眼鏡を構えた。

 月明かりを反射しないように気を付けながら覗きこみ、見張りの位置や巡回の道順(ルート)を見定める。

 

「塀の上には見張りの弓兵。中にも兵士が多数。装備も整っている。面倒だな」

 

 そう言いながら単眼鏡を武闘家に差し出し、それを受け取った彼女はそれを覗きながら首を傾げた。

 

「あれ、本当に盗賊?なんか、訓練やってない?」

 

 拠点の片隅。手製の案山子に向けて矢を放っている一段を見つけ、「うへぇ……」と心底嫌そうな表情になる。

 そもそもをして、ローグハンター曰く今回の依頼からしてどうにもきな臭いらしいのだ。

 

「……拐われた娘を助け出してくれ、か」

 

 ローグハンターがぼそりと依頼内容を反芻し、単眼鏡を求めて手を差し出す。

 

「うわー、家まであるよ。あれじゃあ村だよ、村」

 

 だが武闘家は観察に夢中なのか気付いておらず、拠点にいくらかある木造の家屋を見つめてぼやいている。

 仕方がないと溜め息を吐いたローグハンターは、目を細めて拠点を観察し、茂みや物影を確認する。

 あの拠点を二人で攻め落とすのは無理だ。ならば素早く侵入し、こそこそと潜入していく(スニークする)しかあるまい。

 

「檻は見当たらないから、その娘さんがいるのは建物の中かな?」

 

「恐らく。地下に何かあるのなら話は変わるが、一件ずつしらみ潰しに行くしかない」

 

 はぁと溜め息混じりに面倒臭そうに額に手をやったローグハンターは、いい加減返して欲しいのか彼女の肩を叩いた。

 武闘家は肩を跳ねさせて驚きながら単眼鏡から目を離し、そこでようやく彼の手が伸びていることに気付く。

「ああ、ごめん」と謝りながら単眼鏡が差し出し、受け取ったローグハンターは改めて単眼鏡を覗く。

 拠点の水源確保の為か近くに小さな湖があるが、塀の外にある以上侵入路にはなり得ない。

 

「どこから切り崩すか」

 

 拠点を囲う塀と、内側の各所にある櫓には弓兵が控え、警羅の兵士も多い。

 ならず者は殲滅すべきという考えを持ってはいるが、流石に二人だけでやるには大規模すぎる。

 

 ──大砲がいるな……。

 

 半ば自棄になりながらそんな事を考え、頭を振って思考を冷静に戻す。

 大砲なんて御大層なものがここにあるわけがない。あるのは爆薬(グレネード)がいくらか程度のもの。

 塀に穴を開けるくらいなら出来そうなものだが、それをすれば間違いなく気付かれる。

 

 ──脱出路を確保するならそれでいいか。

 

 対象を確保し、塀を爆破。そこからは何を使って脱出するかだが……。

 じっと蒼い瞳を細め、単眼鏡で拡大している拠点の一角を注視した。

 拠点の出入口の近くにある馬小屋。二三頭の馬がいるから、それを利用しても良いだろう。

 幸い乗馬の経験はある。余程の暴れ馬でなければ問題はない。

 

 ──こいつは乗れないだろうが……。

 

 ちらりと武闘家に目を向け、彼女に気付かれないように溜め息を漏らす。

 流石に乗馬まで教える義理はないだろうと思っていたが、こんな事態になるとは思うまい。

 

「一つ聞いてもいいか」

 

「どうかした?」

 

 拠点の観察に集中しながらの問いかけに、武闘家は気にした様子もなく言葉を返すと、ローグハンターは低く唸った。

 

「馬に乗ったことは」

 

「あるよ。村にいたから」

 

「ないだろうな──って、なに?」

 

 間髪入れずに告げられた言葉に、ローグハンターは一瞬気付かずに話を続けようとしたが、すぐに彼女の言葉を把握して単眼鏡から顔を離した。

『嘘だろう』と目で訴えるが、武闘家は不機嫌そうに頬を膨らませ、「本当だもん」と言いながらそっぽを向いた。

 

「なら、問題ないか」

 

「……何かするの?」

 

 武闘家は少し不機嫌そうな声音で問いながら、ぶんどるように単眼鏡を受け取ると、彼が見ていたであろう位置を確認した。

 そこにあるのは馬小屋で、何頭かいる馬が黙々と干し草を頬張っている。

 

「あれを使って、逃げる感じ?」

 

「予定では、な。俺とお前。護衛対象の三人。俺が護衛対象を運ぶにしても、最低二頭だ」

 

「振り回されるあの子達も、可愛そうだけどね……」

 

「……それに関しては仕方がない」

 

 こちらの都合に振り回せる馬たちには同情するが、どこかの牧場かギルドに買い取ってもらえれば、危険な仕事に連れ出されることもなくなる。

 最悪殺して美味しくいただく事になるが、とりあえず夕食に困ることはなくなるのでどちらにせよ安心ではある。

 

「問題は侵入路だ。どこかに入り込む隙はないか」

 

「一旦ぐるっと回ってみる?何か見つかるかもよ?」

 

「そうだな。どこかに通り抜けられる隙間──有り体に言えば穴が開いていれば、そこから入れるんだが……」

 

 単眼鏡から顔を離し、目を細めるローグハンターの横顔に向けて言葉を投げてみれば、彼は神妙な面持ちのまま頷いた。

 二人とも自分は一般人に比べればだいぶ強いという自覚はあるが、一騎当千の英雄には程遠いことも知っている。

 一歩ずつとは言わなくとも、半歩ずつでもいい。

 相手の弱点を探り、見つけ、そこを突く。自分たちに出来るのはそれだけで、その精度を高めることしか出来ない。

 

蛇の目(ファンブル)が出なければそれでいいが、万全を期するに越したことはない。行くぞ」

 

「了解。こそこそと行きますか」

 

 ローグハンターがずれたフードを直しながら言うと、武闘家はこくりと頷いて外套のフードを被った。

 目立つ銀色の髪を影に隠し、潜入(スニーク)能力に多少ながらの補助(バフ)を掛ける。

 彼を真似るという意味合いもあるが、余計な危険(リスク)を犯したくないもいう意味合いの方が強い。

 自分の人生が、誰かの人生が懸かっているのだ。あちらにどんな理由があるにしても、負ける訳にはいかない。

 

「行くぞ」

 

 ローグハンターは低く冷たい声音でそう告げて、夜の闇に紛れながら走り出す。

 武闘家もその後に続き、影の中をひた走る。

 目的地は見つけた。帰りの道も目星がついた。

 後は忍び込むのみだ。

 

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 いよいよをもって辺りが黒く塗り潰され、大地を照らすのは優しげな月明かりのみ。

 拠点の塀の上から辺りを見渡していた弓兵は、いつもと変わらない退屈さに欠伸を漏らし、いかんいかんと目に浮かんだ涙を拭った。

 頭目たちと一緒にとある辺境貴族の令嬢を拐ったのだが、警戒すべきはここからなのだ。気は抜けない。

 そう、彼女を取り返しに冒険者が来るかもしれないのだ、気を抜いていいわけがない。

 

「ふぁ~。だが、(ねむ)い……」

 

 そうは思っても、睡魔には勝てずに意識がどんどんと鈍化していく。

 令嬢の誘拐から働き続けているのだ、人手が足りないのは承知だが身体が言うことを聞いてくれない。

 自分の真下で、ローグハンターが塀の壁に小さな穴を開け、そこに爆薬(グレネード)を詰めている事にも、気付く様子はない。

 真上から聞こえる人の吐息に冷や汗を流しながら、淡々と作業を続ける。

 都合三ヶ所目の細工だが、現状気付かれた様子はない。

 予定通り。後は内側から炸裂弾(グレネード)を撃ち込めば、誘爆して脱出路を確保できる。

 塀への爆薬の設置を完了したと同時に、足音もなく走り出す。

 草木を踏む音もなく、掻き分ける音すらもなく、武闘家に見張らせている侵入路を目指す。

 弓兵たちの死角を突くため、塀のギリギリ。肩が擦れる程の距離を保ち、けれど全速力を保って走り抜ける。

 四方を囲う塀をちょうど半周したと同時にタカの眼を発動。茂みの中に蠢く青い人影を確認し、そこに向けて滑り込む。

 がさりと微かに茂みが揺れる音が漏れはするものの、見張りが聞くにはあまりにも小さいそれに、気付く者はいない。

 はぁはぁと肩を揺らして乱れる呼吸を繰り返すローグハンターは、「用意が出来たぞ」と黒い外套を羽織る武闘家に告げた。

 

「その前に、これ飲んで」

 

 彼女はそう告げて水袋を差し出すと、ローグハンターは黙ってそれを受け取り、一口呷った。

 ぐびりと水を嚥下する度に動く喉仏を見つめた武闘家は、僅かに照れたように赤面しながら顔を背けた。

 

「行けそう?」

 

「問題ない」

 

 それを誤魔化すように問うと、返事はいつも通り淡々としたもの。

 なら大丈夫だと、彼の心配を止めて目を閉じた。

 胸に手を当てながら深呼吸をして意識を集中。彼が立てた作戦を頭の中で復唱する。

 

 ──出来るだけ戦闘を避けて、対象を確保次第即離脱。

 

 いつもの押し込み強盗(ハック・アンド・スラッシュ)とは違う、撤退と撹乱を中心とした作戦。

 彼らしくないと言えばそうだが、今回ばかりは相手が悪い。

 こそ泥に徹しなければならないのは業腹だが、冒険者として依頼の完遂は絶対だ。

 多少の無茶はしなければならない。一応冒険者なのだし。

 

「よし、行くぞ」

 

 ゆっくりと呼吸を整えたローグハンターは、そっと武闘家の肩に手を置いた。

 武闘家がこくりと頷くと、ローグハンターも頷き返す。

 二人は音を消し、気配を殺しながら、ゆっくりと茂みから出ると塀に貼りつき、足元に開く穴に目を向けた。

 地面に這いつくばれば辛うじて通れるそれは、何のためにあるのかはわからない。

 何かの拍子に地面が歪んで開いてしまったのか、あるいはここが占拠された時に備えての隠し通路のつもりだったのか、ともかく使えるのなら使うしかあるまい。

 音をたてずに匍匐の体勢に入ったローグハンターは、ゆっくりと穴に頭を突っ込み辺りを確認。

 幸いにして、穴の回りにも背の高い雑草が生い茂っており、入り込んだ瞬間に見つかることはなさそうだ。

 ローグハンターはそのまま拠点に入り込み、穴から手だけを出して武闘家に合図を送る。

 そっとその手を握られた事を合図に手を引っ込め、彼女が通り抜けるのを待つ。

 フードに包まれた頭が入り、前に出された腕と肩が通り、そのまま腰に行くかと思いきや、

 

「っ!?」

 

 武闘家はぎょっと目を見開いて、その動きを止めた。

 辺りを警戒しながら「どうした!」と小声で問うと、武闘家は微かに涙目になりながら告げた。

 

「引っ掛かっちゃった……」

 

「……は?」

 

 どうにか出ようとじたばたと手足を暴れさせるが、豊かな胸が程よく地面に嵌まってしまったようで、びくともしない。

 

「……」

 

 流石のローグハンターもこれには呆れ顔になり、武闘家は申し訳なさそうに乾いた笑みを浮かべながら顔を背けた。

 

 ──やっぱり邪魔でしかないよ……っ!

 

 同時にこの状況を作り出した邪魔物(自分の胸)に悪態をつく。

 むー!と唸りながら両手を地面につき、身体を引っ張り出そうとするが、身体は動いてくれない。

 ローグハンターは額に手をやって溜め息を吐くと、そっと突っかかっている彼女の胸の辺りの地面に触れた。

 

「……少し掘る。待ってろ」

 

「ごめん……」

 

「いや、もう少し考えるべきだった」

 

 一回り身体が小さい彼女なら平気だろうと高を括っていたローグハンターは、目を細めながら溜め息を漏らす。

 女の身体というのは存外に身体の起伏があるのだなと、見ればわかりそうな事を今さらになって実感する。

 

「……触ったらすまん」

 

 いつぞやに酔った彼女に迫られ、流されるがまま鷲掴んだ時の感触を思い出してしまったローグハンターは、一応の断りを入れた。

 

「だ、大丈夫。元は私のせいだし……」

 

 音を立てないように細心の注意を払いながら少しずつ地面を削っていく。

 幸いにもあまり硬くはないからあまり時間はかからないだろうと安堵しつつも、時折辺りを警戒することも忘れない。

 見つかっても自分ならどうにかなるが、今の彼女は見つかれば終わりだ。

 額に滲む汗を拭うことも忘れ、ローグハンターは黙々と地面を掘り続ける。

 そんな彼の顔を、武闘家は心底申し訳なさそうな面持ちで見つめていた──。

 

 

 

 

 

 ローグハンターたちが思わぬ問題(アクシデント)に直面する少し前。

 拠点内の一際大きな建物の中。

 その一室に、見目麗しい一人の乙女がいた。

 濡れ羽色の神を背中に流し、同じく濡れ羽色の瞳は不安と期待が入り交ざり、部屋の照明の光に当てられ怪しく揺れている。

「はぁ…」と物憂げに溜め息を漏らした彼女は窓に越しに見える集落(……)の様子を眺め、再び溜め息を漏らす。

 

「何か、心配事ですか?」

 

 そんな彼女に声を掛けたのは、一人の美丈夫だ。

 年は二十辺り。顔に幼さが残っているため、もう少し下の可能性もある。

 特徴といえば僅かにくすんだ金色の短髪と、穢れを知らない碧眼。纏う鎧もそれなりに上等なもので、腰に帯びる剣もまた同じ。

 貴族の嫡子だと言われても誰しもが納得する気品を持ち合わせ、柔らかな笑みを浮かべる彼が、この拠点の頭目だとは誰も思うまい。

 貴族令嬢は彼に目を向けると、すぐに視線を落とした。

 

「父が、何もしない筈がありません……」

 

 そうして絞り出した言葉に、頭目の青年は頷いた。

 

「冒険者か、影に生きる者(シャドウランナー)か、刺客が放たれるでしょう」

 

 彼は神妙な面持ちで言うと、貴族令嬢の前に跪いた。

 彼の行動に驚いてか、貴族令嬢は顔を上げて青年の顔を見つめる。

 青年は彼女を励まそうと微笑みをこぼし、そっと頬を撫でた。

 

「ですが、安心してください。幼き日に約束した通り(・・・・・・・・・・)あなたは私が守ります」

 

 青年はそれだけを言うと立ち上がり、踵を返して部屋を後にした。

 彼の背に向けて手を伸ばした貴族令嬢だが、扉が閉まると同時に手を引くと、震える身体を抱きしめた。

 

 ──もう少し。もう少しで自由になれるのに……!

 

 厳格と言えば聞こえはいいが、己の子を政治の道具程度にしか思っていないあの父親(悪魔)の手から、ようやく彼が助け出してくれたのだ。

 何の説明もなくいつの間にかいなくなってしまった、幼い頃から恋焦がれていたあの人が。

 父が「一族もろともに死んだ」と言っていたあの人が、助けてくれたのだ。

 

「どうか、無事でいてください」

 

 額の前で両手を組み、思いつく限りの神々に祈りを捧げる。

 愛しい人の帰還を。愛しい人との未来を。

 

 

 

 

 

「どうにかなるものだな」

 

 額に滲んだ汗を拭ったローグハンターがホッと息を吐くと、ようやく穴から脱出した武闘家が相変わら申し訳なさそうな面持ちで「ありがとう」と呟いた。

 二人の衣装は戦闘前にも関わらず土に汚れ、一切戦闘していないのに変に息が上がっている。

 拠点の端の茂みの中で肩を寄せ合う二人は呼吸を整えながら、顔を見合わせて頷きあう。

 そのまま緩んだ意識を研ぎ澄まし、息を合わせて茂みの中を進み始める。

 目指すは拠点内で一番大きな建物。

 敵の首領がいるのならそこだと、何かしらの情報があるのならそこだと、タカの眼が建物全体を金色に強調することで教えてくれる。

 故に他の建物には目もくれず、そこを目指して進み続ける。

 

 ──辺境のどこかにある屋敷の中で、善い報告を待ちわびる者(依頼人)が嘲笑っていることにも気付かずに。

 

 

 

 

 




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