SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory16 行動開始

 がさがさと微かに草が揺れる音を漏らしながら、ローグハンターと武闘家の二人は拠点内を進んでいた。

 遠くから聞こえる号令や、茂みの目の前から聞こえる武具がぶつかり合う摩擦音に多少なりとも威圧されつつも、出来うる限りで気配を殺す。

 付かず離れずの距離でローグハンターの背を追いかけていた武闘家は、額に滲む汗を拭い、小さく息を吐く。

 こそこそするのはいつもの事ではあるが、ここまで長時間の緊張を強いられるのは初めてなのだ。

 いつもは相手の背を取り、先制を取るために隠れているのであって、こうやって拠点内に忍び込むのはこれが初。

 慣れないことを、ほぼぶっつけ本番で行うことになった武闘家の精神的な疲労は無視できるものではなく、ただ隠れているだけなのに息が切れてしまう。

 それを落ち着かせようとゆっくりと呼吸をするけれど、けれど速度を緩めることは許されない。

 ローグハンターも多少は気を使ってくれているようだが、やはり周辺への警戒の方に意識は割かれているらしく、いつものように待ってくれる様子はない。

 

 ──頑張ら、ないと……っ!

 

 現状で自分を励ませられるのは自分だけと、武闘家は無言のまま気合いを入れ直し、黙々と足を動かす。

 そうして一歩目を踏み出した瞬間、前を歩いていたローグハンターが不意に立ち止まり、手を横に伸ばして停止の指示を出してきた。

 反射的に足を止めた武闘家が草を揺らさないように気を付けながら辺りを警戒すると、ローグハンターが手招きする。

 呼ばれるがまま彼の隣に進んだ彼女は、「どうしたの?」と囁くような声で彼に問うた。

 ローグハンターは険しい表情を浮かべたまま「見ろ」と前方を指差し、忌々しそうに舌打ちを漏らした。

 促されるがまま彼が示した方向に目を向けた武闘家は、予想外の光景に「え……」と声を漏らし、慌てて彼に顔を向けた。

「くそ……っ!」と悪態をついた彼は蒼い瞳に狼狽の色を滲ませ、「やはり、受けるべきではなかった」と過去の選択を後悔した。

 二人の視線の先。偵察場所からの死角となっていたその場所に、適当に草を刈って整えられた、大きめの広場があったのだ。

 おかげで二人が身を隠している茂みが途切れているのもそうだが、最大の問題はそこではない。最大の問題は、その広場を占拠している小さな人影たちだ。

 夜中に関わらずきゃいきゃいと楽しそうにはしゃぎ、一人が棒切れ片手に走り回り、彼から逃げるように広場を駆け回っているのが複数人。

 

「な、なんで子供がこんな場所に……!?」

 

 武闘家が目の前の光景を信じられずに声を漏らすと、ローグハンターは返答代わりに低く唸った。

 二人の前に広がる広場で、数人の子供が追いかけっこを繰り広げているのだ。

 どこかから拐われてきたと言うには元気溌剌で、表情に陰りはない。

「あんまり遊びすぎないでね~」と見張り──というよりは保護者役だろうか──の女兵士もにこにこと微笑みながら子供たちの行動に気をかけており、子供たちも一旦立ち止まって「はーい!」と一斉に返事が返す。

 そのまま再び走り出す辺り、あの兵士の話を聞いているのかいないのか。

 

「「………」」

 

 ローグハンターと武闘家の二人は顔を見合わせ、困惑を隠しきれずに小さく唸った。

 依頼人からは、『盗賊に拐われた娘を救い出して欲しい』とだけ言われている。

 殲滅できれば追加の報酬もあるそうだが、まさかあの子達もまた対象ではあるまいか。

 

「……きな臭いな」

 

 目を細めながら神妙な面持ちで呟いた彼は、武闘家の肩を叩いた。

 

「目的の令嬢を確保する。ついでに、ここの頭目にも会いに行くぞ」

 

「わかった。でも、会ってどうするの?」

 

 殺るのか、殺らないのか。それを確認しようと、その問いを投げた。

 問われたローグハンターは額に手をやると、溜め息を吐いて「わからん」と力なく呟いた。

 

「だが、あの子達は殺さない」

 

 けれど、月明かりに照らされながら遊んでいる子供たちを眺めながら発した言葉には、絶対の意志が込められていた。

 その表情に見惚れながらもすぐに気を持ち直し、「うん」と力強く頷いた武闘家はそっと辺りを見渡す。

 

「う、迂回できるかな……?」

 

「多少警戒されてもいい。行くぞ」

 

 不安そうに問われた言葉にローグハンターは即答し、タカの眼を発動しながら辺りを見渡す。

 

「とりあえず来た道を戻る。目的地はそのままだ、いいな」

 

「わかった。ついてくからね」

 

 彼の提案に武闘家が頷くと、ローグハンターは踵を返して言葉の通りに来た道を戻り始める。

 武闘家は横目ですぐ隣を抜けていったローグハンターを見送ると、再び子供たちに目を向けた。

 月明かりの下で楽しそうに笑う彼らと、彼らを見守る人たちはいつも相手をしているならず者(ローグ)たちとは全く違う雰囲気があるし、何より子供を殺したくはない。

 そうして子供たちを眺めていると、不意に背中を叩かれた。

 慌てて振り向いてみれば、相変わらず固い表情を浮かべるローグハンターがそこにいた。

 

「何してる。行くぞ」

 

「ああ、ごめん。すぐ行く」

 

 鋭く放たれた言葉に、武闘家は曖昧な表情を浮かべて頷いた。

 覚悟は出来ているのだが、その覚悟が揺らいでしまっているのだろう。

 それを察してか、ローグハンターは小さく溜め息を漏らすと彼女に告げた。

 

「今回は皆殺し(スレイ)なしだ。出来るだけ穏便に済ませて、ギルドに戻る。それから、依頼人に話を聞く」

 

「そうだね。うん、それがいいよ」

 

 これからの事を手短に説明し、武闘家はこくりと頷いて同意を示す。

 慣れない説得をしなければならないのかと、ローグハンターは内心で舌打ちを漏らすが、やらなければならない。

 

 ──罪のない子供を殺すようなことになれば、それこそ俺が忌み嫌う奴等となにも変わらない。

 

 自分は奴等とは違うと、何より武闘家を巻き込むわけにはいかないと、自分に言い聞かせる。

 

 ──本来なら汚れ役は俺だけで十分。これ以上、彼女に負担をかけるわけにはいかない。

 

 ローグハンターは蒼い瞳に静かに、そして冷たい光を灯しながら、一人覚悟を決めた。

 双子の月は相変わらず、全てを優しく照らす明かりを放っていた。

 

 

 

 

 

 拠点内で最大の大きさを誇る建物の、大広間。

 普段なら宴に使われるそこにはいくつもの長机が並び、その上には空になった皿や杯が並んでいる。

 壁にかけられた松明や、卓の上に置かれた蝋燭などで夜中にも関わらず明るく、身を隠せる暗闇はない。

 そんな広間から一段あがった上座ともいえる場所には、他の椅子よりも僅かに着飾られた玉座と呼ぶべきそれに腰掛けるのは、頭目の青年だ。

 彼の部下たちが用意した、形だけでもと用意したものという他になく、そこに腰掛ける青年の表情は物憂いげだ。

 部下たちは皆各々の家に帰るか、警羅の任務についていることだろう。

 

「……父上」

 

 頭目の青年は背もたれに身体を預け、ぼんやりと天井を見上げながら死んだ父の事を思っていた。

 ある日突然病に倒れ、そのまま亡くなってしまった父の背中は、もう随分と曖昧になってしまった。

 幼き日に亡くなった母の姿はもはや影すらも思い出せず、幼少期の思い出はあの()と一緒に遊んだ日々だけ。

 彼女を救うためなら、たとて悪人として葬られたとしても後悔はない。

 もうすぐ来るであろう刺客との戦いを乗り越え、自分や部下たちが野盗に身をやつす切っ掛けとなった全ての元凶を討つ。

 それを成せたとしても、自分は悪人として討たれるだろう。彼女と添い遂げることは、叶うまい。

 そもそも誘拐犯と、拐われた貴族令嬢の恋物語。

 当事者である筈なのに気持ち悪くて身震いがする。

 彼女との恋は叶わずとも、彼女が自由に生きられるのならそれでいい。自分にとって、彼女は全てだ。

 そうして思慮をしていた青年はゆっくりと顔を落とし、フッと自嘲するような笑みを浮かべた。

 

「……あなたが私を討ちに来た刺客ですか?」

 

 広間の入口たる場所に、影のような男が立っていた。

 目深く被ったフードの影から一対の蒼い炎が揺れ、手には鋼の輝きを放つ無骨な片手半剣(バスタードソード)が握られている。

 頭目の青年はゆっくりと立ち上がり、玉座に立て掛けていた剣を手に掴む。

 

「せめて、お互い名乗りませんか?」

 

 青年は剣の切っ先を相手に向けると、向けられた男はゆっくりと大広間に入り込み、警戒するように辺りを見渡す。

 

「見なくとも誰もいませんよ。ここには私と、あなただけです」

 

 頭目の青年は微笑み混じりにそう告げると、侵入者の男は剣の切っ先を青年に向けた。

 

「──ならず者殺し(ローグハンター)。今はそう呼ばれている」

 

「っ!ああ、なるほど。あなたが……」

 

 侵入者──ローグハンターの名乗りに頭目の青年は一瞬目を見開いて驚愕を露にすると、何かを悟ったように目を細めた。

 

 ──あの男は、そこまでして私を殺したいのか……。

 

 あるいは、彼女を人形にしたいのかと、青年は瞳に僅かな殺意を滾らせる。

 湧き出た殺意をそのままにゆっくりと剣を構え、じっと相手を見据える。

 

「お互い、嫌な運命(シナリオ)に巻き込まれたものですね」

 

「俺は、俺の成すべき事を成すだけだ」

 

 対するローグハンターは一言でもって切り捨て、腰に提げたままの短剣を抜き、息を吐くと同時に脱力しながら両手剣の構えをとる。

 数秒の沈黙。二人は互いに冷たい殺意を込めた視線を相手に送り、ほんの僅かな隙を探りあう。

 そして先に動いたのは頭目の青年だった。

 床板が砕ける程の勢いでその場を飛び、大広間のほぼ中央に立つローグハンターに斬りかかる。

 ローグハンターは脱力したまま剣を振りかぶり、渾身の力を込めて一閃。

 直後甲高い金属音が大広間に響き渡り、放たれた剣圧で蝋燭の火が消える。

 光源が壁の松明のみになるが、明るさは大して違わない。

 

「おおおぉぉぉぉおおおおおっ!!!」

 

「っ!!」

 

 頭目の青年は気合いの咆哮と共にローグハンターに挑み、受け止めるローグハンターはその気迫に表情を歪める。

 青年は愛する人を護るため。

 ローグハンターは己が目的を果たすため。

 誰にも知られず、誰にも気付かれることなく、最初で最後の決戦が始まった。

 

 

 

 

 

 ──少し、騒がしいような……。

 

 二人の戦いが始まったのと時を同じくして、貴族令嬢は壁越しに聞こえてくる物音に気付き、窓から眺めていた景色から意識を外した。

 濡れ羽色の瞳を巡らせて扉に目を向けるが、誰かが入ってくる様子はない。

 

「……?」

 

 気のせいだろうかと小首を傾げるものの、気になってしまってかそっと窓際から離れ、扉に耳を当てた。

 キン!キン!と鋭く甲高い音が微かに聞こえ、男性のものと思われる怒号も聞こえてくる。

 

 ──まさ、か……!

 

 もう父からの刺客が放たれたのか。

 もう彼と戦い始めてしまったのか。

 それに気付いた貴族令嬢は慌てた様子で扉を開けようとするが、外から鍵が掛けられているのか、ガチャガチャと音をたててノブが回るだけで、開いてくれない。

 

「ど、どうして……」

 

 彼との約束で常に鍵は開いている筈なのにと、困惑を隠しきれない彼女は、「……まさか!」と何かに気付いたのか声を漏らした。

 彼は今日明日にも刺客が来る事を察していた。だから、鍵を掛けたのだろうかと、鍵の謎にたどり着いたのだ。

 助けに来た何者かが、鍵を掛けられていない部屋に、枷も付けられていない人質がいたとすれば、本当に拐われたのかと多少なりとも疑いを持つ可能性がある。

 それがギルドなりに報告されれば、今後の人生に多少なりとも影響を与える事だろう。

 

 ……彼は、それを見越して!

 

 貴族令嬢は彼の自分を守らんとする優しさと、己を切り捨てる残酷さに目に涙を浮かべながら、何か手立てを探して部屋を見渡す。

 と言ってもあるのは椅子や机、あとは夕食を乗せていた皿程度のもので、鍵付きの扉を破れるようなものはない。

 どうにか脱出し、彼を助けなければならないのにと、焦燥感のみが募っていく。

 そんな彼女に冷や水を浴びせるように、こんこんと窓ガラスが叩かれた。

 肩を跳ねさせて驚きながら、勢いよく窓の方に目を向けた彼女は、そこから覗いている銀色の何かに気付く。

 風に揺れているそれは、旗や布とは違う、もっと細い糸が纏まったのような何かだ。

 何だと注視してみれば、みょこりと顔が飛び出す。

 窓から部屋を覗いている人物は銀色の瞳を細めて貴族令嬢を凝視すると、翠玉の認識票を見せながら『開けてください』と口の動きだけで要求。

 

 ──ぼ、冒険者?まさか、私を助けに……?

 

 無言で困惑する貴族令嬢を他所に、その冒険者──銀髪の武闘家は首を傾げ、再び窓ガラスを叩く。

 その音にハッとした貴族令嬢は、これに賭けるしかないと表情を引き締め、こくりと頷いた。

 武闘家の要求通りに窓を開け、同時にあることに気付く。

 それを問おうとした直前に武闘家が室内に入り込み、そっと窓を閉じてカーテンを閉める。

 外からの視界を封じた武闘家は改めて貴族令嬢に身体を向け、「助けにきました」と告げてにこりと微笑んだ。

「は、はあ……」と気の抜けた返事をした貴族令嬢は、ちらりと窓に目を向けて、「あの……」と声を漏らす。

 

「ここ、建物の三階ですよね……?」

 

「?はい、三階ですね」

 

 貴族令嬢の問いかけに武闘家は不思議そうに首を傾げ、さも当然のように頷いた。

 

「どうやって、ここまで来たのですか……?」

 

「壁を登りました」

 

 重ねられた問いかけに、武闘家は再びさも当然のように頷き、「どうかしました?」と問い返す。

 

「──」

 

 彼女の言葉に天井を仰いだ貴族令嬢は、「これが、冒険者、ですか……」とまるで違う生物を見たかのように呟いた。

 一応だが、二人とも只人(ヒューム)の女性。

 そんな視線を向けられた武闘家が「心外です!」と言えば問題かもしれないが、当の彼女は何故か得意気に胸を張っており、表情もまた得意気だ。

 

「とにかく早く逃げましょう。退路も一応は確保してあります」

 

 と、告げられた言葉に貴族令嬢は「窓から降りるのは嫌です……!」と慌てて声を出した。

 その言葉と剣幕に面を食らった武闘家は、「高い所は苦手です?」と問うた。

 問われた貴族令嬢は僅かに口をまごつかせると、「はい……」と力なく頷いた。

 その返答に武闘家は小さく唸りながら窓を見つめ、「確かに高いですよね」と苦笑を漏らす。

 

「じゃあ、中を通っていきましょう。最初からそのつもりでしたし」

 

 ぽんと手を叩いて告げた彼女は、鍵の掛かった扉の前に進み、そっと手を触れた。

 

「中から?ですが、外から鍵が……」

 

「スピード勝負です。手を離さないでください」

 

 怪訝そうに問うてくる貴族令嬢に背中を向けたまま告げると、「ふーっ」と深く息を吐き、半歩足を下げる。

 

「あの、一体何を──」

 

「蹴り破ります!!」

 

 貴族令嬢の問いかけを遮る形で吼えた武闘家は、下げた足を前に突き出す勢いのままに扉を蹴り破り、盛大な破砕音が建物内を駆け抜けた。

 素早く体勢を整えた武闘家はぽかんと間の抜けた表情を浮かべる貴族令嬢の手を掴み、「行きます!」と声をかけて走り出した。

 

「え、あ、待っ──」

 

 訳もわからずに手を引かれるがまま走り出した貴族令嬢は、反射的に武闘家の手を力強く握りしめ、離さないように気を引き締める。

 

「おい、何ご──!?」

 

 音に気付き、飛び起きた誰かが部屋から顔を出すが、その瞬間に武闘家の拳で顔面を撃ち抜かれ、声は声とならずに消え、男の身体が膝から崩れる。

 

「大丈夫ですか?!速いですよね!?」

 

「あい……じょぶ……です……っ」

 

 全力疾走する武闘家に、半ば引きずられる形で追従する貴族令嬢は、顔色を悪くしながら気丈に頷いた。

 座学や手芸はやらされたが、ここまで全身を使った運動は滅多なことではやることはなかった。

 それなのに準備運動もなく全力疾走すれば、肺や身体が悲鳴をあげるのは当然のこと。

 経験のない痛みが走る脇腹を押さえながら懸命に走るが、額には玉のような汗が浮かび、息が乱れて落ち着かない。

 そんな貴族令嬢の様子に気付いた武闘家は、励ますように笑みを浮かべた。

 

「彼の方もそろそろ終わった筈ですから、大丈夫です!きっと帰れます!」

 

 ──彼って、誰のことですか……?

 

 呼吸が精一杯でその問いかけは言葉にはならず、ぱくぱくと口が動くのみ。

 ようやく見え始めた階段に向かいながら、階段手前で廊下両脇の扉が開きかけた事を視認した武闘家は、貴族令嬢から手を離し、加速。

 ほぼ同時に顔を出した二人の男に向けて跳躍。

 武闘家の突然の接近に身体を強張らせた瞬間に、男二人の頭をワシ掴み、突撃の勢いのままに押し倒し、後頭部を床が割れるほどの力を込めて叩きつける。

「がっ!?」「げぇ?!」と呻き声を漏らした男たちの頭から手を離し、それぞれの顎に向けて同時に裏拳。

 快音と共に顎先を撃ち抜かれ、脳を揺らされた男たちはぐるりと白眼を剥き、強張っていた身体を弛緩させる。

 本来は隠すべきなのだが、今は気にせずに前進を優先。

 

「よし、行きま……しょう……?」

 

 再び手を掴もうと貴族令嬢の方に振り向くが、肝心の彼女がいないことに気付いて「え……」と声を漏らす。

 慌てて廊下を見渡してみれば、来た道を引き返し、廊下の曲がり角に消えていく貴族令嬢の影を発見。

 

「……嘘でしょ!?」

 

 まさか救出対象から逃げられるとはと、予想外の事態に目を剥いた武闘家は、すぐに気を取り直して彼女の背を追いかけて走り出す。

 騒ぎが広がり、廊下のあちこちから装備を整える金擦音が聞こえてくる。

 

「あー、もう!何なの!!」

 

 一歩踏み出すごとに悪くなる状況に、武闘家は悪態をついた。

 視線の先を走っていた貴族令嬢の背中がもう一つの階段に消えていったのは、その直後だ。

 

 

 

 

 

 二、三階が騒がしくなっている頃。大広間。

 ローグハンターと頭目の青年の決闘は、いまだに続いていた。

 キン!キン!と鋭い金属音を響かせながら、二人の得物がぶつかり合い、舞い散る火花が鬼気迫る二人の表情を飾り付ける。

 

「ハッ!」

 

 頭目の青年が気合い一閃と共に剣を振り下ろし、ローグハンターは短剣と剣を交差させてそれを受け止める。

 同時に前蹴りで頭目の腹部を蹴り、鍔迫り合いを許さずに体勢を崩させる。

「かっ」と肺の空気を吐き出し、身体をくの字に曲げた頭目の青年に、ローグハンターは突撃をかました。

 くの字に曲がった腹部に身体を納め、勢いのままに柱に叩きつける。

 背中全体を殴られたような鈍い痛みに表情を歪めた頭目の青年は、剣の柄頭でローグハンターの脇腹を殴ろうとするが、それよりも速く離脱。

 剣の殴打が空を殴った瞬間にその場を跳躍し、頭目の青年の顔面に蹴りを放つ。

 

「っ!」

 

 ぎょっと目を見開いた頭目の青年は慌ててその場から転がった直後、ローグハンターの蹴りが柱に叩きつけられた。

 ガン!と乾いた音が柱から放たれ、着地と同時にローグハンターは歯を食い縛った。

 木材を思い切り蹴ったのだ。痺れが全身に広がり、気を抜くと変な声が漏れそうになる。

 ぶんぶんと首を振って痺れを振り払ったローグハンターは、体勢を整えた頭目の青年に斬りかかった。

 剣による大降りは連撃に、短剣により刺突を織り交ぜ、時には蹴りや拳を挟む。

 反撃をしようにもそれよりも速く放たれる次撃に、頭目の青年の表情が少しずつ焦っていく。

 剣を防いだ瞬間に短剣が鎧に傷をつけ、それに意識を割けば拳が腕を打ち込まれ、蹴り飛ばされて強引に間合いを開けられる。

 

「くっ!おおおおっ!!」

 

 だが、ここで折れるわけにはいかなかった。

 頭目の青年は獣のように吼えると、今度は自分から仕掛けた。

 追撃に動いていたローグハンターは僅かに面食らいつつも、すぐに身構えて防御の体勢に入った。

 頭目の青年は接近の速度を乗せ、切っ先が床に擦れるほどの低さから一気に切り上げ、軌跡が銀の三日月を形作る。

 それを半歩下がることで避けたローグハンターは、続けて放たれる振り下ろしを横に転がることで避ける。

 体勢を整えると同時に短剣を投擲。頭目の青年は剣でそれを斬り払うと、同時に目を剥いた。

 視線の先にいた筈のローグハンターがそこにはおらず、あるのは彼が握っていた剣のみで、動いた痕跡さえも見当たらない。

 

「どこにっ!?」

 

 警戒しながら辺りを見渡した瞬間、真下から伸びてきた両手で胸ぐらを掴まれる。

 凄まじい力で身体が引かれた瞬間、攻撃に備えて身体を強張らせると、次に感じたのは痛みではなく、足を払われた感触と浮遊感だった。

 

「ぉぉぉおおおおおっ!!!」

 

 ローグハンターが額に血管が浮かぶほどに踏ん張り、雄叫びをあげた。

 自分と大して変わらない体躯をした、全身に鎧を纏った男を背負い投げ、皿が並ぶ長卓に叩きつける。

 ガシャン!と音をたてて皿が宙を舞い、形を保ったまま元の位置に戻る音と、虚しくも割れてしまう音があちこちから発せられ、それに混ざって頭目の青年の口からも呻き声が漏れる。

 その直後に顔面にローグハンターの鉄槌が振り下ろされ、肉同士がぶつかり合い、鼻の骨が砕かれる鈍い音が木霊する。

 

「っ!!」

 

 だが痛みに喘ぐ余裕もない頭目の青年は、長卓に寝かされた体勢のままローグハンターの胸ぐらを掴み、彼の頭を引き寄せると同時に振り上げた自分の額を叩きつけた。

 ごっ!と鈍い音が鳴ったかと思えば、再び拳を振り上げていたローグハンターは思わず後退る。

 

「かっ……ぃ……」

 

 口元の傷跡から大量の血を流すローグハンターが低く唸ると、同じく鼻から大量の血を流している頭目の青年が、転がるように卓から降りた。

 剣を杖代わりに立ち上がり、痛みを振り払い、拳を構えたローグハンターを睨み付ける。

 蒼い双眸には絶殺の決意が滲み、それがぶれることはないだろう。

 

 ──やはり、斬るしかないようです……っ!

 

 相手は無手。先程のように投げてくる可能性もあるが、相手の間合いに入らなければ問題はない。

 懐に入られる可能性。避けられ、反撃される可能性。

 様々な結果と、それが起こった際の不安が脳裏を過る。

 だが頭目の青年は頭を振ってそれらを振り払うと、剣を両手に握り、半身になりながら剣が顔の横で床と水平になるように身構えた。

 

 ──最速最短で間合いを詰め、心臓を指し穿つ!

 

 己と、彼女の未来を賭け、次の一手で終わらせると、腰が引けていた自分に喝を入れる。

 

 ──ここで負ければ全てが終わり。

 

 自分は捕らえられ、今度こそこの首は跳ねられるだろう。

 仲間たちも同じ末路を巡るか、あるいは生きながらの地獄に落とされるかもしれない。

 

 ──ここで死ねば全てが終わり。

 

 彼女を守る約束も、彼女の未来も、こんな中途半端な場所で死んでしまえば何もかも終わりだ。

 故に全てを賭ける。次は考えない。目の前の敵を屠るためだけに、全神経を集中する。

 碧眼を細め、ローグハンターの挙動に目を向ける頭目の青年は、ふーっと深く息を吐きながら腰を落としながら力を溜めていく。

 それが最大まで溜まった瞬間、頭目の青年は動き出す。

 床板が砕け散る程の力を込めてその場から飛び出し、一気に肉薄。

 加速の勢いと、己の筋力、技量を全てを込めた|刺突|スティング》にを放った直後、体感時間が引き延ばされる。

 限界まで速くなった筈なのに、時間の流れが酷く緩やかで、相手の動きがよく見えた。

 そしてその相手──ローグハンターは冷静だった。

 僅かに身体を捻りながら左手を差し出し、僅かに小指を動かす。

 直後手首に仕込まれた極小の刃(アサシンブレード)が飛び出し、迫り来る剣の切っ先に触れた。

 強い力が込められれば容易く折られる刃だが、幼い頃から鍛えられたローグハンターの技量からすれば、立派な武器だ。

 アサシンブレードの刃で剣の切っ先を微かに反らし、突進の速度に合わせて身体を捻ることで刃同士を擦れ合わせ、聞くに耐えない金属音を鳴らしながら受け流す。

 

「……っ!」

 

 頭目の青年はその結果に瞠目し、広がった視界の端に振り上げられた右手を捉えた。

 左手には武器が仕込まれていた。ならば、右手には?

 脳裏を掠めた問いに答えるように、振り上げた右手からも極小の刃(アサシンブレード)が飛び出した。

 差し出されたその刃があるのは、受け流れた結果止まることも出来なくなった、自分の進路上だ。

 あと数秒も──正確には刹那的な時間だが──しないうちに、あの刃が自分の眼窩を貫く瞬間を幻視し、力なく笑った。

 

 ──ああ、ここまでですか……。

 

 思い残すとすれば、やはり彼女のこと。

 幼き日にした約束も守れず、彼女の未来さえも救えず、家族の無念さえも晴らせない。

 

 ──なんて、無意味な人生だ……。

 

 少しずつ迫る刃を見つめ、自嘲的な笑みを深めた頭目の青年はゆっくりと目を閉じた。

 

「待ってください!」

 

 聞こえる筈のない声が聞こえたのは、その直後だった。

 

 

 

 




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