SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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ゴブスレのアニメ二期製作決定と聞いて、やはり変な声を出した作者です。

このままイヤーワンもアニメ化してくれないだろうか。
動いて喋る武闘家ちゃんが見たいのじゃ。


Memory17 遂行か、裏切りか(To be or not to be)

「待ってください!」

 

 ローグハンターと頭目の青年の戦いが決着しようとした間際に、女性の声が木霊した。

 直後、頭目の青年に迫っていたアサシンブレードが鞘に引っ込み、代わりの掌底が顔面に打ち付けられた。

 その動作は始めからそうすると決めていなければ出来ないような、一切の淀みがないものだ。

 だが、そんな事を気付く様子もなく弾かれた頭目の青年は、飛ばされた勢いのままに長卓に突っ込み、木材が砕けるけたたましい破砕音が響き渡る。

 フッと短く息を吐いたローグハンターは構えを解くと、先ほど投棄した片手半剣(バスタードソード)と短剣を回収し、腰帯に吊るす。

 そして倒れる頭目の青年をそのままに、広間の入り口に立っている女性へと目を向けた。

 濡れ羽色の髪と瞳をした、自分よりもいくつか下のように思える、洒落たドレスを着た女性だ。

 額には玉のような汗が浮かび、乱れた呼吸に激しく肩が揺れている。

 状態はともかく、特徴は依頼書に載っていた通りだ。

 ローグハンターが確認を取ろうと口を開こうとした瞬間に背後から物音が聞こえ、溜め息混じりに振り向く。

 

「はぁ……はぁ……まだ、です……っ!」

 

 頭目の青年が取りこぼした剣を片手に、碧い瞳に折れぬ戦意を滾らせながらローグハンターを睨み付ける。

 対するローグハンターは無言で目を細め、剣に手をかけるが、慌てて貴族令嬢が「ま、待ってください!」と涙ながらに叫びながら走り出し、二人の間に割って入る。

 頭目の青年を背中に隠し、両腕を広げて彼を守る盾となり、目に涙を滲ませたままローグハンターを睨んだ。

 

「……」

 

 細めた目をそのままに剣を抜いたローグハンターは、低く唸りながら瞳だけを動かして辺りを見渡す。

 何か、あるいは誰かを探すような素振りに、貴族令嬢はハッとして彼に告げる。

 

「あ、あなたのお仲間さんは、もうすぐ来ると思います。とりあえず、ぶ、無事です」

 

 ローグハンターが無意識に滲み出している殺気に当てられながらも、懸命に舌を回して彼が探しているものに対しての説明をした。

 その直後、貴族令嬢が入ってきた入り口から武闘家が滑り込み、慌てて扉を閉め、鍵をかけた。

 

「お、お待たせ……」

 

 外から聞こえる『開けやがれ!』だの『他の入り口に行くぞ!』だのと聞こえてくるが、とりあえず時間は稼げるだろう。

 ローグハンターは武闘家の登場に小さく、けれど満足そうに頷くと、蒼い瞳を貴族令嬢──正確にはその後ろにいる頭目の青年に向けた。

 

「依頼はあんたの命じゃない。大人しく、この人を渡せ」

 

 抑揚のない冷たい声。

 聞くだけで背筋が凍り、呼吸さえも苦しくなるその声音は、相手を人間だと思っていない者のそれだ。

 頭目の青年と貴族令嬢は背中に冷や汗を流しつつ、ローグハンターと武闘家の挙動に注意を払う。

 彼らが本気になれば、貴族令嬢を退かし、頭目の青年を殺める程度雑作もない。

 今こうして睨みあっているのは、相手の気紛れに過ぎないのだろう。

 二人の視線を集めているローグハンターは、小さく息を吐いて二人に告げた。

 

「だがその前に、あんたらにいくつか聞きたいことがある。だが返答には気を付けろ」

 

 彼はそれ以上は何も言わず、蒼い瞳で二人を一瞥するのみ。

 目は口ほどに物を言うのいう言葉があるように、無表情な顔の代わりに瞳は饒舌だ。

 いや、饒舌というのは誤りだ。

 彼の瞳が告げているのはたったの一言。

 

 ──返答次第によっては殺す。

 

 声音同様に冷たい瞳に宿る輝きは刃物のように鋭く、下手な事を言えばすぐさま行動に移るだろう。

 貴族令嬢は震える足を懸命に踏ん張って彼の前に立ちはだかり、後ろの頭目の青年は笑う膝を懸命に支えて歯を食い縛る。

 言ってしまえば、状況は最悪だ。

 一連の流れで彼女がこちら側であることは、余程の間抜けでもなければ気付くだろうし、彼がその間抜けの部類に入るとは思えない。

 上手く言葉を選び、自分と彼女が仲間でない事を彼に伝えなければ、助け出された後の人生に傷をつけてしまう。

 頭目の青年は痛む頭を振り絞り、必死になって策を巡らせる中で、ローグハンターがぽつりと呟いた。

 

「まず一つ目。あの子供たちはどこから連れてきた」

 

「……拐ってきました。他所の村から、この女性と、同じように……っ!」

 

 痛みのせいで変に力んだ声を漏らしながら、頭目の青年はそう告げた。

 だがローグハンターは「嘘だな」と即答でそう断じると、剣の切っ先を床につき、意味もなく独楽のようにくるくると回しながら言葉を続ける。

 

「拐ってきた、は違うな。拐われた子供が、あんな無邪気に笑うわけがない」

 

 潜入する際に見かけた子供たちの事を思い返しながら、ローグハンターはそう告げた。

「本当のことを言え」と語気を強め、剣を握り直しながら頭目の青年を睨み付ける。

 頭目の青年は血が滲むほどに歯を食い縛り、爪が食い込むほどに拳を握りしめるが、すぐに手を開いて諦めたように息を吐いた。

 

「あの子たちは、ある奴隷商から私たちが助け出した。世話役の女たちも、その時だ」

 

 彼の返答に武闘家は僅かに驚いたような表情を浮かべるが、ローグハンターは冷静に「そうか」と頷いた。

 

「次。ここはなんだ。短時間で準備が出来るような場所じゃない。いつからここにある」

 

「随分と前、としか言えません。自分が幼い頃から、ここはあります」

 

「次。お前の部下たちはなんだ。随分と訓練を積んでいるようだが」

 

「……」

 

 淡々とした問いかけの連続に、頭目の青年は不意に口を閉じた。

 迷うように口をまごつかせると、ローグハンターが剣で空を斬り、武闘家が拳を構えた。

 二人が行った無言の脅迫に、頭目の青年は慌てて口を開く。

 

「これからの為に訓練をしているだけです!私たち、いいや、私にはしなければならないことがある!」

 

 声を荒げ、僅かに血の混ざった唾液を撒き散らしながら吼えた頭目の青年を見つめながら、ローグハンターは顎に手をやった。

 

「それと、この令嬢を拐ったことは関係があるのか」

 

「……っ」

 

 そして無意識に今回の騒動の核心をついた問いかけに、頭目の青年は目を見開いて動揺を露にし、それを隠すように俯いた。

 だが注視していたローグハンターが見のがす訳もなく、「そうか……」と呟いて貴族令嬢に目を向けた。

 

「ここからは冒険者としては失格の、依頼人の信頼を裏切ることをする。肩の力を抜け」

 

 声音を僅かに柔らかくしながら、緊張の面持ちで身体を強張らせていた貴族令嬢に告げて、武闘家も「大丈夫ですよ」と優しく肩を叩いた。

 

「ちょっと、今回の依頼はどうにも怪しくてですね……」

 

「ギルドに見つかったら確実に罰則をもらう越権行為だが、どうせここにいる奴しか知らない。問題ないだろう」

 

 ぽりぽりと頬を掻いて苦笑する武闘家と、嘆息混じりに肩を竦めるローグハンターと、先程まで張り詰めていた空気はどこにいったのか、二人の雰囲気は見るからに緩くなっている。

 

「「……」」

 

 訳もわからずに困惑する頭目の青年と貴族令嬢が顔を見合わせると、ローグハンターが貴族令嬢に告げる。

 

「今回の依頼はこうだ。『盗賊に拐われた娘を助け出して欲しい』。その娘というのは、まず間違いなくあんただ」

 

 特徴が一致しているからなと付け加えた彼は、「だが……」と告げて人差し指を立てた。

 

「ここで疑問が一つ。拐われた娘を助けて欲しいというのはわかる。が、『盗賊たちを殲滅してくれ』という指示はなかった」

 

「……それが、何か……?」

 

 彼の言葉に貴族令嬢が首を傾げると、ローグハンターは「そうだな……」と僅かに言葉に迷う素振りを見せてから告げた。

 

「例えば、自分の家族が拐われたとしよう。あんたなら、その犯人をどうする」

 

「捕らえて、正当なる罰を与えます」

 

「捕まえられなかったら?あるいは逃げ出されたら?」

 

「……報復を防ぐために、最終手段を取ります」

 

「つまり殺すんだろう」

 

「……」

 

 ローグハンターが放った単刀直入の言葉に、貴族令嬢は重々しく頷いた。

 罪人に罰を与えるのは、また同じ人にしか出来ないことではある。至高神の神官たちがいい例だ。

 だが彼らでも裁けぬ悪があるのなら、それを止めるために武器をとることにもなるだろう。

 そうならないようにするのが最善ではあるが、何事にも武器が必要になるのがこの世界だ。

 貴族令嬢の返事に頷き返したローグハンターは、再び口を開いた。

 

「俺なら『拐われた娘を助け出してくれ。そして拐った盗賊に仕返しをしてくれ』と依頼するが、今回は救出のみで殲滅は頼まれていない。むしろここは二人でどうにかするには大規模すぎる」

 

 彼は大広間を見渡しながら溜め息を漏らし、「やるには軍隊が必要だな」と肩を竦める。

 

「拐われた娘を取り返すのはいい。親なら、子供を救いたいと思うのは当然だ。だが、皆殺さなければ報復を止められない。それなのに、今回は助けるだけだ」

 

 蒼い瞳を細め、僅かな殺気を込めて頭目の青年に目を向け、「頭目だけでもとも言われていない」と眉を寄せた。

 

「つまり、依頼人は報復されるとは思っていない阿呆か、報復に来ても対処できると何かを持っているということだ。信頼を置ける私兵がいるのなら、見ず知らずの冒険者に頼るわけがない」

 

 だよなと相棒たる武闘家に声をかけるが、当の彼女は話に着いてくるだけでやっとなのか、頭から煙を噴いていた。

 そんな彼女の様子にじと目になりながら溜め息を吐くと、「話を簡単にしよう」と腕を組みながら告げた。

 

「今回のこれは誘拐か、わざと拐われたのか、どっちだ」

 

 今回の依頼の根本的な問題。

 助けるべき令嬢が、本当に拐われたのなら全力を賭して救出するが、彼女が自分の意志で拐われたのなら、無理に助け出す理由もあるまい。

 ローグハンターが放つ威圧感に冷や汗を流しながら、頭目の青年は微かに視線を逸らして貴族令嬢に目を向ける。

 自分の命と、彼女の未来。どちらが大切なのかは、天秤にかけるまでもない。

 

「私が──」

 

(わたくし)が、彼らに依頼しました」

 

 そして頭目の青年が口を開いた瞬間に、貴族令嬢が毅然とした様子で声を重ねた。

 一際鋭くした視線を彼女に向けたローグハンターは、腕を組んだまま「続けろ」と促す。

 彼女の発言に声も出せずに狼狽える頭目の青年を他所に、貴族令嬢は一度深呼吸をして心臓の鼓動を落ち着かせる。

 

「父に言われるがまま、父が用意したまま、そんな人生に嫌気が差した私は、彼らに依頼を出し、父が不在の隙に屋敷から連れ出してもらいました」

 

「ち、違う!私たちが、金を目当てに彼女が乗った馬車を襲ったのです!彼女に依頼など、されていない!!」

 

 彼女が静かに綴った言葉に、頭目の青年は声を荒げた。

 血走った瞳を大きく見開き、気合いだけで彼女の前に踏み出した彼は、震える手で剣を構えた。

 それはさながら令嬢を守る騎士のようでいて、ただ見ている分には違和感がない。

 だが、そうは言っても相手はならず者。事と次第によっては斬るほかない。

 

「ならず者殺し、ローグハンターよ!彼女を取り返しに来たと言うのなら、私の命もろともに持っていけ!」

 

 どこか芝居めいた、決めていた台詞に感情を込めただけのような言葉に、ローグハンターは小さく息を吐いた。

 

「お前には聞いていない。俺が話しているのは彼女だ」

 

 蒼い双眸で頭目の青年に一瞥くれて、その背後に立つ令嬢を睨み付ける。

 それが気に食わず、無理矢理にでも意識をこちらに向けようと頭目の青年は更に前に出ようとするが、空いている手を握られて踏み止まった。

 

「もう、大丈夫です。無理をしないでくださいな……」

 

 背後から弱々しく告げられた言葉に、頭目の青年は悔しさを滲ませて歯を食い縛る。

 そして彼と交代するように前に出た貴族令嬢は、恭しく頭を下げながら、ローグハンターに告げた。

 

「此度の騒動の発端は全て(わたくし)にあります。彼らをただ利用しただけ、自由を夢見た愚かな娘の、(はかりごと)です」

 

 どうなさいますかと彼に問うと、背後の青年を守るようにゆっくりと両手を広げ、儚げに微かな笑みを浮かべた。

 

「彼を斬るというのなら、どうぞ私ごと斬ってくださいな。事を起こした私の命をもって、解決とさせてください」

 

「え!?」

 

 彼女の言葉に驚愕の声をあげたのは武闘家だ。

 ほとんどの話を聞き流していたとはいえ、とりあえず彼女が一枚噛んでいることだけは把握し、あまつさえ命を投げ出そうとしているとわかれば、誰だろうと驚くものだ。

 どうするのと言わんばかりにローグハンターに目を向けると、肝心の彼は複雑な表情を浮かべていた。

 怒っているのか、困惑しているのか、悲しんでいるのか、様々な感情が入り混ざり、彼が何を思っているのかは判別できない。

 

「どうして……」

 

 そんな彼がようやく口を開いたかと思えば、酷く弱々しいか細い声が漏れた。

 

「どうしてだ……」

 

 珍しいを通り越して初めて聞いたようにも思えるその声は、やはりローグハンターの口から出たものだ。

 彼は忌々しい記憶を思い出したように、苦虫を噛み潰したような表情になると、剣の切っ先を貴族令嬢に向けた。

 その表情のまま、彼女の背後で立ち尽くしている頭目の青年を一瞥する。

 

「そいつに全ての責任を擦りつければ、お前は何の問題もなく今後の人生を送れた筈だ。何より、俺の前に立った所でそいつを守れないのはわかる筈だ」

 

 なのに、なぜ出てきたと、ローグハンターは悲痛な面持ちで問うた。

 彼は痛いほど理解している。勝てもしない相手の前に立ちはだかる事の恐ろしさを。

 何より、それを乗り越えるために振り絞る勇気の尊さを。

 それらを持ち合わせていれば、おそらく自分はここにはいない。

 母が殺されたあの日に、その勇気があれば。

 恩師が殺されたあの日に、その勇気があれば。

 きっと、自分は自分(ローグハンター)ではなかった筈なのだ。

 

「なぜ、ですか……?」

 

 そして問われた貴族令嬢はゆっくりと瞬きをすると、「簡単ですわ」と呟き、深呼吸を一度。

 

「彼を、愛しているからです」

 

 ただそう告げて、にこりと微笑んだ。

 

「──」

 

 その返答に目を見開いて驚愕を露にしたローグハンターは、「愛、か……」と呟いてちらりと武闘家に視線を送る。

 彼の視線に気付いた武闘家が不思議そうに首を傾げると、ローグハンターはゆっくりと視線を正面に戻した。

 そして何かを言おうと彼の口が動いた瞬間、バン!とけたたましい音をたてて広間の入口の扉が蹴破られた。

 

「大将、無事ですか!?」

 

「若、ご無事で?!」

 

「大丈夫ですか、怪我は!?」

 

 同時に部屋に流れ込んできた三人の部下は、ふらふらと頭目と、それを庇う令嬢。その二人に剣を向けている冒険者という構図に、武器を片手に慌てて走り出した。

 ローグハンターと武闘家はすぐさま臨戦態勢になるが、頭目の青年が「待て!」と三人で手で制した。

 言われた三人は反射的に足を止め、その場で(つまず)くように体勢を崩す。

 

「な、なんでだ大将!?そいつは、あんたを殺しに来たんでしょ?!」

 

 その中でも一番がたいのいい男が、怒鳴り付けるようにそう問うと、頭目の青年は「それでもだ!」と語気を強めた。

 そしてローグハンターを睨みながら、「どうしますか」と問いかける。

 

「私を殺し、彼らを殺し、彼女を救いだして依頼を完遂しますか!それとも──」

 

「私たちを見逃し、今後の出来事について傍観しますか、か?」

 

 彼の言葉を遮る形でローグハンターが問うと、頭目の青年はゆっくりと頷いた。

 

「……」

 

 ローグハンターは迷うように目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。

 今回の依頼はなんだ。

 ──目の前にいる令嬢を助け出すこと。

 その為に何をするべきだ。

 ──頭目、及びこの部屋にいる部下たちの排除。

 やろうと思えば簡単だ。いつも通りに叩き斬ればいい。

 

 ──だが……。

 

 ローグハンターの瞼の裏に映るのは、外で遊んでいた子供たちの笑顔や、先ほど貴族令嬢が見せた微笑み。

 あの笑顔は本物で、聞いた限りではあの子供たちも、目の前の貴族令嬢も訳ありだ。

 ある意味頭目たちは、自分たち(助け出す)側でもある訳だ。

 

 ──だが……。

 

 それらはあくまで偶然。今後どこかの村を襲い、略奪を行う可能性も捨てきれない。

 その時になって自分たちが殲滅に向かえばいいだろうが、失われた命は戻らない。

 

 ──どうする……。どうする……。どうする……!

 

 だが、だがと様々な考えが過っては消え、全くと言える程に答えが出てこなかった。

 剣を握る手が震え始め、呼吸も乱れ始める。

 見逃してやるべきか、ここで全てを終わらせるか、答えは二つに一つ。

 いいや、そうではない。

 

 ──これから起こる悲劇を避けるために、こいつらは殺すべきだ。

 

 ならず者殺し(ローグハンター)として選ぶべき答えは決まっている。心の奥底にある暗い炎が、()を寄越せと猛っているのが、嫌でもわかる。

 それなのに、何故か抹殺を選ぶことを躊躇い、剣を振るうことが出来ない。

 独りで悩み、迷い、勝手に追い詰められている彼の肩に、不意に誰かの手が置かれた。

 弾かれるように瞼が上がり、勢いよく振り向いてみれば、そこには真剣な面持ちの武闘家がいた。

 

「前にも言ったかもしれないけど、一人で考えすぎないで。私もいるんだから」

 

 そんなに頼りないかなと、不機嫌そうに笑いながら言うと、肩に置いた手に力を込めた。

 みしみしと骨が軋む音が肩から漏れて、聞いている五人がその握力に冷や汗を流す。

 対するローグハンターは、普通なら悲鳴をあげても良さそうなのだが、彼が抱いているのは感謝の気持ちだった。

 

 ──何を一人で悩んでいたんだろうな……。

 

 同時にうじうじと悩んでいた自分が馬鹿に思えてきて、小さく自嘲的な笑みをこぼす。

 そう、自分は一人ではない。普通なら離れていきそうなものなのにいつも隣には彼女がいて、ふとした拍子に助けてくれる。

 そう思うと猛っていた炎が落ち着き、仄かな暖かさが胸の奥に芽生えたのがわかる。

「そうだな……」と呟いたローグハンターは、肩に置かれた彼女の手に自分の手を重ねると、頭目の青年たちに目を向けた。

 

「こいつらを殺すべきか、殺さないべきか、かなり迷っている」

 

『っ!!』

 

 その言葉に頭目の青年たちは一斉に身構えるが、武闘家は顎に手をやって小さく唸る。

 するとすぐに答えは出たのか、「そんなの、決まってるでしょ」にこりと笑いながら告げた。

 ローグハンターから離れた武闘家は、頭目の青年たちを睨みながら、貴族令嬢に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 数日後、夕陽に照らされる辺境の街。

 冒険者ギルド二階。応接室。

 ギルド職員と長机を挟んで対面しているのは、ローグハンターと武闘家だ。

 顔が映りこむほどに研きあげられた机には一枚の書類が置かれており、職員の男性が一言一句違えずにそれを読み上げた。

 

「……依頼人死亡、だと……?」

 

 そしてローグハンターは二人にとって一番重要な部分を反芻しながら、眉を寄せた。

 彼の問いかけに頷いた職員は、「何者かに殺害されたそうです」と告げた。

 

「……」

 

 怪訝そうに目を細めるローグハンターと、驚きすぎて言葉も出ない武闘家は顔を見合わせた。

 そして「こちらからも一ついいか」と職員に告げて、「その依頼についてだ」と言葉を付け足す。

 

「なんでしょうか」

 

一言で言えば失敗(・・・・・・・・)。と言うよりは、依頼人に確認をしたかった」

 

「確認、と言いますと」

 

 彼のその一言に、職員の表情が険しくなる。

 依頼人から依頼を受け取り、それを精査するのが彼らの仕事だ。

 ローグハンターの言葉は、受け取りかた次第ではギルドに喧嘩を売るようなもの。

 それでも彼は毅然とした態度で職員に告げた。

 

「依頼人が指定した地域を一回りしたが、盗賊はいなかった。あったのは大きめの集落(・・・・・・)くらいだ」

 

「集落、ですか……?」

 

「ああ。子供が駆け回り、大人たちが万が一に備えて訓練し、若い棟梁が纏めあげる。調査ついでに一泊したが、怪しいものはなかった」

 

 いつも通りの淡々とした声音でそう告げ、「本当に拐われたのか、確認したかったんだがな……」と額に手をやりながら残念そうに息を吐く。

 

「依頼人死亡、か……」

 

「はい。同時に、今回の依頼は取り下げられました」

 

「……え」

 

 職員の言葉に思わず声を漏らしたのは武闘家だ。

「な、なんででしょうか」と恐る恐る問うと、職員は眼鏡の位置を直しながら嘆息した。

 

「件のご令嬢がご帰宅されたからです。何でも、この数日護衛を連れて(・・・・・・)森を散策していただけだとのこと。おかげで跡取りはご無事だったのは、かの家にとっては幸福でしょう」

 

「……傍迷惑なお嬢様だな」

 

 職員の言葉にローグハンターはそう吐き捨て、「骨折り損か」と頭を抱えて背もたれに寄りかかった。

「意外と遠かったんだぞ……」と呟いて、隣の武闘家も苦笑を漏らす。

 

「とにかく話は以上です。今後のご活躍をお祈りします」

 

「……運は自分で掴むものだぞ、職員殿」

 

 そうして事務的に告げられた言葉に、姿勢を正したローグハンターはそう返した。

 ついでに机に置かれた書類を手に取り、職員が読み上げなかった部分にも目を通す。

 

 ──死因。喉を斬られての失血。

 

 ──屋敷に在中していた護衛の兵士は全滅。争った形跡はなし。

 

「……」

 

 何とも見覚え、と言うよりは嫌な連中(アサシン)の犯行を思い出すような記述に表情を険しくするが、

 

 ──邪教徒と繋がっていたと思しき証拠数点。

 

 ──令嬢、及びその護衛をしていた私兵(・・)は全員無事。今後水の街にて取り調べる予定。

 

 と、その続きを読んで僅かに表情を和らげた。

 

「とにかく、無事ならそれでいいか」

 

「そうだね」

 

 彼の言葉に、隣から書類を覗いていた武闘家も柔らかな笑みを浮かべながら頷いた。

 手にしていた書類を礼と共に職員に返し、「どうか、内容についてはご内密に」と釘を刺されてから退室。

 二人は黙って一階に降り、そのままギルドを出ると、神妙な面持ちで顔を見合わせた。

 

「……随分と話が大きくなっていたな」

 

「……見逃してあげたのが、三日くらい前でしょ?そこから攻め込んだ……訳ないか」

 

「逃げる理由ならともかく、攻める理由がない。俺たちが街に戻るまでに、何が──」

 

 歩きながら小声でやり取りをした二人は、揃って唸りながら首を傾げた。

 

「……まあ、あの人たちが大丈夫そうならいっか」

 

 そして開き直るように武闘家が笑いながら言うと、ローグハンターは「そうだな」と頷いた。

 何があったのかは知らないが、ともかく彼女は取り調べが終われば自由になれるのだ。

 自分たちも、あの護衛たち(・・・・)も誰も死なず、死んだのは自分たちを振り回してくれた貴族とその腹心のみ。

 

「なら、何も語らずに明日に備えるか」

 

「そうだね」

 

 真実を知るのも自分たちだけなら、自分たちが何も言わなければ誰にも知られることはない。

 ローグハンターとしては失格かもしれないが、少しは先生に褒められるだろうかと僅かに笑みがこぼれる。

 そんな彼の横顔を見ながら武闘家も笑みを浮かべ、何ともなしに彼の腕に抱きついた。

 僅かに大きくなってきたたわわな果実で彼の二の腕を包み込み、ぎゅっと抱き寄せる。

 ローグハンターは僅かに顔を彼女に向けて、すぐに顔を背けた。

 その耳がほんの僅かに赤くなっているのは、きっと夕陽のせいだろう。きっと、そうだ──。

 

 

 

 

 

 三日前。西の辺境のとある場所にある、ある貴族の屋敷。

 広い庭、上質な絨毯が敷かれた廊下と、物資の乏しい辺境にしては豪華絢爛なその屋敷は、異様なまでの静けさに包まれていた。

 警備をしている兵士たちは皆一様に倒れており、ある者は首を折られ、またある者は首を斬られ、様々な形で絶命させられている。

 そして、その屋敷の一室。この屋敷の主である男は、目の前に立つ男を畏怖の念がこもった視線で睨んでいた。

 

「な、なんなのだ、おまえは……!?」

 

 自身が使役していた悪魔さえも一刀で切り伏せた目の前の男は、ただ無言で剣に血払いをくれると、髭に覆われた口許に人差し指を当てた。

 身振りで「静かにしろ」と告げられた貴族は口を紡ぐが、世話しなくぎょろぎょろと目玉が動き回っている。

 この状況を打開すれば、もうすぐ取り返された娘が帰ってくるのだ。あの娘さえ帰ってくれば、私は安泰なのだ。

 

「貴様に騙され、利用され、捨てられ、無惨にも死んでいった者たちの無念、ここに果たそう」

 

 地の底から響くような、掠れながらも威厳に溢れる低い声は、老人のものだろうか。

 目の前の老人はフードの奥に隠された鋭い双眸を細め、ゆっくりと剣を振り上げる。

 ただの鋼で鍛えられたそれは、言ってしまえば数打ちの雑多なもの。

 だが人を殺めるには十分な代物で、何より多く作られているがゆえに足が着きにくいのがいい。

 

「お、おい、待っ──」

 

「付けを払う日が来たのだ。安らかに眠れ」

 

 老人はそう告げると同時に剣を薙ぎ、貴族の喉笛を切り裂いた。

 振り抜いた直後、一瞬の間を開けてから首から血が噴き出し、がぼがぼと自分の血に溺れながら貴族は崩れ落ちた。

 

「──」

 

 老人は無感動に貴族を見下ろすと、懐から取り出した白い手拭い(ハンカチ)で首の血を拭き取ると、すぐに懐に戻す。

 

「やれやれ、我らが女王も人使いが荒いものだ」

 

 そんな老人の背後、部屋の入口に立っているのは闇人の男だ。

 いつぞやにローグハンターと対峙したあの闇人ではあるのだが、纏う衣装は闇に溶け込む黒いローブに変わっている。

 

「やはり人手が足りないな、ご老人」

 

「喧しい。撤収するぞ」

 

 闇人は苦笑混じりに老人を弄るが、軽く人を殺せそうな視線を向けられて肩を竦めた。

 

「悪事の証拠の書類は見つけやすいように隠した。あとは女王の指示通り、ご令嬢に接触するだけだ」

 

 今後の予定を呟きながら「二人でやる仕事ではないな」と再び肩を竦めるが、老人は違和感を拭うように左手首を手で擦っていた。

 

「……怪我でもしたか」

 

「いいや。あるべきものがないのは、やはり気になるものだな」

 

 真剣な声音での心配に、老人は首を横に振って答えた。

 何年の前にこの世界に転がり込んだ頃に武器を失い、ようやく同胞(はらから)と出会えたかと思えば、予備の物すらないとはどういうことなのか。

 

「……恨むぞ、狐よ」

 

「そう言うのは本人に言うことだ」

 

 嘆息混じりに呟いた言葉に、闇人が半目になりながら告げた。

 

「とにかく我らが女王の障害は排除し、辺境貴族に恩が一つ。結果は上々だ」

 

 ぱんと手を叩きながら告げた言葉に、老人はこくりと頷いた。

 

「どこにでも、許しがたい者たちはいるものだ」

 

 ──師よ、平和とは、難しいものですな……。

 

 脳裏に過るは、故郷(ローマ)を救ってくれた偉大なる大導師(エツィオ)の背中。

 その背はあまりにも大きく、何かを成し遂げる度にその大きさを痛感する。

 だが、やらねばならない。

 一人でも多くの無辜の人々を救い、ようやく掴みとった幸福を守るために。

 

 ──私は、この世界で生きようと思います。

 

 歴史には残らない、本当の意味で女王直属である最初のアサシン。

 彼はこれから始まる(五年後の)物語に関わることはなく、誰にも知られることはない。

 

「……だが、年には勝てんな」

 

 僅かに痛む腰を擦りながら、深々と息を吐く。

 彼が待ち望む若い芽が舞い込み、芽吹き始めるのは、ローグハンターが己の血と運命に決着をつけてから。

 それまでは、彼がたった一人の闇に生きる者(アサシン)なのだ──。

 

 




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