SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory18 人の形をした悪魔

 貴族令嬢を巡る騒動から時は流れ、季節は春。

 暖かな陽射しが街を照らし、様々な実りが人々の生活を支え、一部の若者が新たな一歩を踏み出す季節。

 それは同時にそれからも溢れたならず者が増える時期でもあるのだが、武闘家にとって、それはとても些細な問題だった。

 いや、些細な問題で片付けていいものでもないのだが、今の彼女にとって一番の問題は、

 

 ──も、もうすぐ三年だよ……。

 

 彼との関係が進むことなく、まもなく三年が経とうとしているのだ。

 三年近く寝食を共にしているのに仲間以上の関係(恋人)になれる気配はなく、信頼を寄せる仲間止まり。

 まあ、ゆっくりと進展させればいいやと思っていたが、流石に何も起きなすぎて逆に笑えてしまう。

 

「どうしよっかな」

 

 眠る狐亭の一室。

 珍しく空が暗い内に目を覚ました武闘家は、彼が寝ていることをいいことにぼそりと独り言を呟いた。

 寝返りをうって隣のベッドに目を向ければ、こちらに背を向けて寝ている彼の姿がある。

 仰向けに天井を見上げて、微動だにせずに寝ているかと思っていたのだが、意外と寝返りをうったりをするのだなと彼の一面を知って笑みをこぼす。

 いや、そんな事はどうでもいいのだ。彼との距離を詰めるにはどうすべきかを考えなければならない。

 

「……」

 

 じっと銀色の瞳を細め、思慮を巡らせる。

 この二年で彼が強く、敵には容赦がない割に優しく、目の前の依頼だけを信じない思慮深さ──というよりは、用心深さだろうか──も持ち合わせている。

 顔も貴族のように整っているし、それでも顔の傷を隠す気もないのが彼らしい。

 相変わらず表情は固いが、何を考えているのかわかるようなってきたのは成長と呼べるのだろうか。

 そんな他人が聞けば下らないと切り捨てるような事を延々と考えながら、呼吸に合わせて揺れている彼の肩を見つめる。

 

「……」

 

 鋭くなっていた瞳がさらに鋭くなり、そっと自分の唇に触れる。

 この際強硬策に出てしまおうかと思慮して、本当にやってしまおうかと身体を起こした。

 前に依頼中の小休止で眠った彼を起こそうと触ったこともあるが、あの時は問答無用で投げ飛ばされた。

 あの頃は出会って間もなかったが、今なら大丈夫だろうかと一抹の不安が脳裏を過る。

 

 ──無理そうでもいくしかないか。

 

 と、内心で割りと焦りを感じている武闘家は、まともな思考を捨てて突撃せんとしていた。

 何事もやってみなければわからない。大事なのはとりあえずやってみることだろう。

 そそくさとベッドから降り、抜き足差し足で音をたてずに彼の元へと近づいた。

 窓とベッドの間の隙間に入り込み、寝息をたてている彼の顔をじっと見つめる。

 規則正しく呼吸を繰り返し、油断しているのか力の抜けた表情のまま眠っているのは、自分を信頼している証拠だろうか。

 それを今から裏切ろうとしている罪悪感に苛まれつつ、武闘家は一度深呼吸をした。

 目を細めて彼の寝顔を堪能し、僅かに上気した頬を両手で隠し、悩ましそうに溜め息を漏らす。

 いつもは凛としていて、何事に対しても真剣で、両親並みに信頼できる彼も、やはりこうして拠点で寝ている時は油断するのだ。

 

 ──よ、よし、やろう……!

 

 心の中でガッツポーズをして気合いを入れ、ゆっくりと彼のベッドに乗った。

 村にあった藁のベッドとは違い、羽毛が詰まっているらしいこれは、ついた両手両膝をしっかりと押し返してくれる。

 やはり店主の拘りなのだろうかと思慮するものの、今はそれどころかじゃないと自分に喝を入れた。

 物のことなんてどうでもいい、向かい合うべき問題は目の前の彼だ。

 彼は相変わらずすぅすぅと、虫の羽音のように静かな寝息をたてており、起きる気配はない。

 ここぞとばかりに彼の顔を凝視し、ごくりと生唾を飲み込む。

 整った顔立ちは言わずもがな、それと身体を繋ぐ首は顔に比べて傷一つなく、時々もごもごと動く唇は唾でも飲もうとしているのか。

 

「……」

 

 ただじっと彼の顔を見ていただけなのに、武闘家の瞳に少々危険な輝きが灯ったのはその時だ。

 銀色の瞳から捕食者の眼光を放ち、目の前で無防備に寝ている獲物に襲いかからんと気をうかがっている。

 このまま本能のままに行ってしまおうかと身体に力が入った瞬間、突然ローグハンターの寝息が止まった。

 

「……──……?」

 

 ぼんやりと開かれた蒼い瞳に武闘家を映したローグハンターは、気の抜けた寝ぼけ顔のまま頭の上に疑問符を浮かべた。

 二人の視線が交錯すること数秒。武闘家が謝ろうと口を動かそうとした瞬間に、彼の瞼がゆっくりと落ちていった。

 そのまま様子を見ていれば、再びすぅすぅと寝息をたて始め、二度寝を体勢に入ったのは一目瞭然。

 

「~っ!!?」

 

 その姿に強烈に胸を締め付けられた武闘家は、声にならない悲鳴をあげながらベッドから転がり落ちた。

 そのままベッドと壁の隙間に三角座りで納まると、両手で顔を覆って再び声にならない悲鳴をあげる。

 起きていながら無防備な彼の姿は滅多に見られない。そんなとても貴重な表情を、貴重な姿を、まさかこんな形で見られるとは。

 

「──っ!~っ!」

 

 真っ赤になった顔を両手で隠し、音を出さずに器用に足をばたつかせながら、武闘家は無音の悲鳴をあげる。

 いつもは大人びているのに、ふとした拍子に子供っぽい仕草や表情を見せるのは、本当に止めて欲しい。

 はっきり言って心臓に悪いし、破顔するのを堪えるだけでも一苦労なのだ。

 

「ふぅー……。ふぅー……。よ、よし」

 

 豊かな胸に手を当てて、数度深呼吸をしてぺちぺちと頬を叩いた。

 弛んだ意識に喝を入れ、ひょこりとベッドの端から顔を出す。

 割りと騒がしくしたように思えるが、彼は相変わらず眠っており、静かな寝息が聞こえる。

 

「……」

 

 それが信頼の証なのか、あるいはそれほどに疲れているのか、それは定かではないが。

 

 ──やるなら、今しかない……っ!

 

 ここが逃せない時機(タイミング)なのは、火を見るよりも明らかだ。

 今度は慎重に音をたてないようにベッドに登り、ゆっくりと彼の隣に寝転んだ。

 呼吸に合わせて僅かに揺れている彼の髪を撫でてみて、その手触りに頬を緩める。

 彼の方も僅かに笑みを浮かべる辺り、気持ちがいいのだろうか。

 とりあえず触っても起きないという第一関門を突破し、ホッと安堵の息を吐くが、大事なのはここからだ。

 髪を撫でていた手で頬に触れ、親指を動かして涙袋の辺りを撫でてやる。

 そこまでしても起きてこない為、なら大丈夫だよねと表情を引き締めた。

 そっと彼の顔に向けて、ゆっくりと自分の顔を近付けていく。

 微かに呼気を漏らす口に狙いを定め、命懸けの死闘の最中のようにじりじりと間合いを詰めていく。

 

 ──まず十センチ。

 

 起きる気配なし。そのまま前進。

 心臓の鼓動はいつも通り。

 

 ──次いで五センチ。

 

 起きる気配なし。少し速度を緩めつつ、前進。

 心臓の鼓動が僅かに速まる。

 

 ──ようやく三センチ。

 

 起きる気配なし。鼻先をくすぐる彼の寝息にこそばゆさを感じ、僅かに身動ぎ。

 ついでに心臓の鼓動がうるさくなってくる。

 

 ──ついに、一センチ。

 

 ばくばくと喧しい心臓を鼓動をそのままに、ついに彼の寝顔が視界を支配した。

 落ち着かせた筈の呼吸が乱れ、顔が再び赤くなり、緊張で嫌な汗が噴き出す。

 だがここまで来て退くわけにはいかず、震える身体を無理やり前進させた。

 そして二人の唇が触れあいそうになった瞬間、山から顔を出した陽の光が窓から差し込んだ。

 暗かった室内が明るくなり、閉じていたローグハンターの瞼が上がった。

 夜空を閉じ込めた蒼い瞳と、宝石のような銀色の瞳が間近で見つめあい、お互いの顔を映し出す。

 

「「………」」

 

 赤面し、目を見開いて驚愕している武闘家と、彼女を見つめるローグハンターは、何も言わずに見つめあう。

 ローグハンターからすればたかが数秒の、武闘家からすれば数分にも感じる時間が経った頃、ついにローグハンターの口が動いた。

 

「……何をしている」

 

「……えっと、あー、その、ね……?」

 

 言い訳は不要と言わんばかりに単刀直入に告げられた問いに、武闘家は忙しなく目を泳がせながら、誤魔化すようににこりと微笑んだ。

 

「……?」

 

 その笑みに僅かに批難するように目を細めた彼は、無言で身体を起こし、ごきごきと首を鳴らした。

 そのまま彼女に背を向ける形でベッドから足を投げ出し、音をたてずに立ち上がる。

 一気に遠くなった彼の顔を名残惜しく思いつつ、仕方ないと諦めて溜め息を一つ。

 寝転んだままぽりぽりと頬を掻き、寝返りをうって仰向けに。

 足を振り上げ、それを下ろす勢いに任せて身体を起こし、既に着替え始めている彼の背中を凝視する。

 贅肉とは無縁の、戦う為に鍛えられ、突き詰められたその肉体には、薄くだが多くの傷痕が浮いている。

 そんな彼の身体に見惚れていた武闘家は、「おい」と呼ばれて肩を跳ねさせた。

 

「俺は先に下に行く。すぐに来い」

 

 相変わらずの淡々とした声音。

 いや少し不機嫌なようにも聞こえるのは、あの寝起きのせいだろうか。

 なら、謝っておくに越したことはない。

 

「あの……」

 

 だが悲しいかな。ローグハンターはすぐに部屋を出てしまい、言いかけた言葉は誰にも届かない。

 

「……」

 

 武闘家は溜め息混じりに彼のベッドに座り込むと、そのまま身体を投げ出した。

 柔らかく形を歪めて自分を受け止めてくれるのは嬉しいし、窓から差し込む朝陽の暖かな日差しも相まって眠たくなってくるのが、生憎と寝てはいけないのだ。

 はぁと再び溜め息を吐いた彼女はころりと寝返りをうつと、何を思ってかシーツに顔を埋めた。

 僅かに鼻に意識を向けて思い切り息を吸ってみれば、微かにだが彼の臭いが鼻腔を抜けていく。

 

「……」

 

 落ち着いた筈の顔が僅かに赤くなり、瞳が潤み、無意識の内に太ももを擦り合わせ、吐息にも熱がこもる。

 すんすんと鼻を引くつかせて臭いを堪能する度に、胎の奥に熱が溜まっていくのがわかるが、これ以上はいけないと勢いよく起き上がった。

 乱れた呼吸を落ち着かせようと胸に手を当ててみるが、ばくばくと音をたてて暴れている心臓の鼓動に余計に顔を赤くする。

 

 ──着替えて、落ち着いてから降りよう……。

 

 今のまま彼の前に行けば、間違いなく何かしらのぼろが出ると、とりあえず冷静さを取り戻した武闘家はそう決めて、ちらりと自分用の長持に目を向けた。

 着替えて、準備を整え、依頼に出る。

 いつも通り、いつも通りと、自分に言い聞かせ、「よし!」と頬を叩いてベッドから降りた。

 彼なら下で朝食でも食べているのかなと、ご機嫌な笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

 

 眠る狐亭。一階の酒場。

 旅行客から冒険者、あるいは建築ギルドをはじめとした様々なギルド職員でごった返すその場所は、朝一の喧騒に包まれていた。

 朝早くにも関わらず賭博場も騒がしいものだが、今のローグハンターにとっては全てがどうでもいいことだ。

 毎朝飲んでいる薄口のスープを見下ろしながら、不意に自分の頬に触れた。

 そこに感じるのは自分の体温だけの筈なのだが、心なしか温かく感じる。

 微かにだが、彼女の温もりが残っているからだろうか。

 彼女がベッドの回りを動き始めた辺りから、一応目を覚ましてはいたのだが、頭を撫でられた辺りから起きる事が億劫になってしまった。

 彼女に撫でられていただけなのだが、なぜだか不思議と心地がよく、もはや曖昧になってしまった母親の事を思い出したほどだ。

 まあ、それも既に消え去り、相変わらずの仏頂面を浮かべているのは彼らしいと言えるだろう。

 

「……」

 

 その仏頂面が僅かに綻んでいることに気付いたのは、やはりもう三年近くも彼を見てきた店主だ。

 彼はやれやれと嘆息混じりに首を振ると、「どうかしたのか?」とローグハンターに問うた。

「……あ?」と気の抜けた声を漏らしながら顔をあげたローグハンターは、「何でもない」と告げてスープに木匙(スプーン)を突っ込んだ。

 そのまま遅れた分を取り戻すようにスープをかっ込み、味わっているのかも定かではない速度で飲み干していく。

 そんな彼の姿を見つめながら、店主はフードの下で僅かに目を細めて彼の変化を観察した。

 出会ったばかりの頃に比べ、随分と柔らかくなったと思えるのだ。

 抜き身の刃のように尖っていた雰囲気が、微かに丸みが出てきたと言えばいいのか、鞘を見つけた──あるいは見つけようとしている──のかもしれない。

 とにかく、それは彼にとってはとてもいいことで、自分にとってもいいことだろう。

 

「何を笑っている」

 

 と、スープを飲み干したローグハンターに問われたことで、店主はようやく自分が笑っていたことに気付く。

 つり上がっていた口の端を顔の筋肉のみで押し下げ、いつもの上部だけ(営業用)の笑みに切り替える。

 

「何でもないさ。ただ常連が順調そうで、な」

 

 店主の言葉にローグハンターは「気持ち悪い」と言わんばかりに半目になりながら、カウンターに料理の代金を乗せた。

 

「味に関しては文句なしだ。それに、あんたには感謝している」

 

「感謝、ね」

 

 ローグハンターの言葉に怪訝そうに店主は眉を寄せるが、対する彼はいつも通り淡々とした声音で告げた。

 

「ここがあるから雨風を凌げる。あんたがいるから、ここの料理を食べられる。感謝はしておくべきだろう」

 

「……」

 

 その言葉を、こうして面と向かって言われるとは思いもしていなかった店主は、僅かに目を剥いて驚きを露にするが、小さく鼻を鳴らすといつもの笑みを浮かべた。

 

「感謝するならもっと金を落としてくれ。お前のおかげで金庫が寒いんだよ」

 

「……善処する」

 

 店主のふざけ半分にも聞こえる言葉に、ローグハンターはスープを飲み干すと同時にそう返した。

 ホッと口の中に残るスープの熱を吐き出し、静かに天井を仰ぎ見る。

 腹の奥にある余熱が、少しずつ全身に広がっていくのは気持ちがいいし、何より生きている感じがしていい。

 

 ──食事とは生きる糧、だったか……。

 

 どこかで見聞きした言葉が脳裏を過り、まあいいかと匙を投げる。

 そうしてぼんやりと、酒場の喧騒を聞き流しつつ、天井の染みを眺めていたローグハンターは、ゆっくりと目を閉じた。

 甦るのは朝の出来事。

 狸寝入りしている間に彼女に撫でられた髪や、触れられた頬に温もりを感じて、不思議と頬が緩んでしまう。

 

「……なんか気持ち悪い顔になっているぞ」

 

 そんな彼の顔を覗き見た店主は、半目になりながらそう告げて、ローグハンターは「……すまん」と返して両手で顔を覆った。

 二十を越えた大人が、顔を隠して天井を仰いでいる様は、それはそれでなんだかいけないような気もするが。

 顔を隠しながら溜め息を吐いた彼は、すぐにいつもの仏頂面を浮かべ、カウンターに片肘をついた。

 金貨を指の間で器用に転がし、照明に照らされてキラキラと輝く。

 

「そのまま一勝負、なんて言わないでくれよ」

 

「運に任せるほど、金に困っていない」

 

 店主の苦笑混じりの皮肉に、ローグハンターは真剣な面持ちでそう返し、ちらりと階段に目を向けた。

 だんだんと音をたてながら、誰かが降りてきたのだ。

 

「お、お待たせ……」

 

 降りてきた武闘家は申し訳なさそうな表情のまま彼の隣に腰を降ろし、「その、ごめん……」とローグハンターに向けて頭を下げた。

 対する彼は不思議そうに首を傾げ、問う。

 

「……何に対する謝罪だ」

 

「無理に、起こしちゃったことに対して」

 

「俺は気にしていないが」

 

 彼女の言葉に、ローグハンターは相変わらずの仏頂面で返すと、「え?」と気の抜けた声が続いた。

 その声の主である武闘家は、「あんな不機嫌そうだったのに……?」と問うた。

 

「不機嫌……」

 

 ローグハンターは彼女の言葉をおうむ返しすると、「そう見えたのなら、謝る」と今度は彼が頭を下げた。

「いや、こっちこそ」と武闘家も頭を下げるが、「いや、俺の方も」とローグハンターも頭を下げる。

 ぺこぺこと頭を下げあう二人は、さながら恋人のように見えなくもないが、残念ながら二人はただの同僚だ。

 店主は額に手をやりながら溜め息を漏らし、細めた瞳にローグハンターと武闘家をそれぞれ映す。

 

 ──本当、この二人は……。

 

 二人がこの宿を使い始め、そろそろ三年が経つだろうか。

 それほどの期間寝食を共にして、いまだにそこ止まりというのは、余計なお世話だとは思うが心配で仕方がない。

 ローグハンターの方はともかくとして、武闘家の方はだいぶ焦っているのではなかろうか。

 

「……いい加減、行こっか?」

 

「……そうだな」

 

 と、謝罪合戦を繰り広げていた二人は揃って溜め息を吐き、ようやく不毛な謝罪の応酬に区切りをつけたようだ。

 ローグハンターは「それじゃあ、行ってくる」と告げて、立ち上がると共に踵を返した。

 足音もなく立ち去る彼を追いかけようと、武闘家は「いってきます!」と元気溌剌に笑いながら告げて椅子を降りた。

 とたとたと軽い足音をたてて去っていく彼女の背中で、銀色の髪が尾のように揺れ動く。

 律儀にも宿の自由扉の前で待っていたローグハンターに追い付くと、二人は肩を並べて宿を後にした。

 若き冒険者の背を見送った店主は、顎を擦りながらカウンターに置かれた自分用の席に腰を下ろす。

 今日の稼ぎを想像し、明日の稼ぎを想像し、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 西の辺境のどこか。

 陽が山の影に隠れ、空が少しずつ青紫から蒼に変わり、不気味な色で大地を見下ろしていた。

 そして見下ろされる大地には、血の海が広がっていた。

 かつて村であったであろうその場所に生き物の気配はなく、蔓延するの死の気配のみ。

 ここに住んでいた村人。

 ここで畑を耕していた農民。

 偶然にも居合わせてしまった商人。

 そして、彼らを救わんと挑んだ冒険者たち。

 その全ての亡骸を詰みあげ、玉座のように座っているのは、血にまみれた黒い鎧を纏った何者かだった。

 大小様々な傷が目立つ鎧と兜。

 錆や欠けが目立つ武骨な大剣を身体に立て掛け、死んでいるかのように微動だにしないが、兜の面頬の奥には黒い瞳が揺れている。

 首から下がる認識票は彼が冒険者である証であり、その色は在野最高たる銀の煌めき。

 けれど男はそんな事をどうでもいいかのように、血を踏みしめる水音をたてながら立ち上がり、兜を巡らせて辺りを見渡す。

 破壊した家の残骸を、血に穢れた井戸の残骸を、打ち捨てられた人の残骸を。

 その全てを興味なさそうに一瞥し、溜め息を吐いた。

 思い切り吸い込んでみれば、肺を支配するのは鉄臭い血の香り。世界に溢れる死の臭いだ。

 彼は兜の奥で唇を歪に歪め、哄笑をあげた。

 

「死だ、死だ。死だ!ここには死が溢れているぞ!」

 

 両手を広げ、天上から見下ろす神々に己が存在を知らしめるように、男は嗤う。

 

悪魔(デーモン)でさえ俺を殺せず、神の信徒でさえ俺を赦せず、冒険者でさえ俺を討てぬ!ああ、神よ、神々よ!俺の死に場所はどこだ!?」

 

 狂ったように嗤い、屍の山に向けて大剣を振り下ろした。

 力任せに振るわれた一撃は、大地を叩くと同時に爆音を響かせて屍の山が四散させ、辺りに血と肉と骨の雨を降らせる。

 それを全身で浴びながら、男は嗤い続ける。

 数分か、数十分か、双子の月が輝き始めた頃になり、男はようやく嗤いを止めた。

 そしてゆっくりと大剣を背負うと、血の海を歩き始めた。

 

「俺を殺せるのは俺だけ。いいや、違う」

 

 誰にいうわけでもなく、誰に教えるわけでもなく、独白のように紡いだ言葉は、途中で止められた。

 くつくつと喉の奥を鳴らすように嗤い、兜に隠された黒い瞳を大きく見開く。

 

狂人()を殺せるのは、狂人(同類)だけだ」

 

 男の瞳に映るのは、蒼い瞳をした狂人(同類)

 あの日ギルドで出会い、昇格の場にも立ち会うことにもなったあの男の姿。

 

「もう我慢できん。殺しあうぞ、同族(ローグハンター)よ」

 

 村を飛び出して冒険者になり、死と隣り合わせの環境に居続けたことにより、いつ頃からか考えるようになった『死の感覚』。

 死んだ友は何を感じ、何を想いながら死んだのか。

 殺した悪魔は何を感じ、何を想いながら死んだのか。

 祈らぬ者は、本当に死の間際にも祈らずにいたのか。

 恐怖はあるのか。痛みはあるのか。憎しみ、怒り、悲しみ、憐れみ。

 何を感じ、何を想い、何に祈りながら逝ったのか。

 その疑問は強くなればなるほどに膨らみ続け、もはや歯止めは利かなくなってしまった。

 誰かを殺す瞬間に何を想うのかは、もはやいつかもわからない頃に頭に刻み込まれた。

 あるのは胸が弾むような達成感。

 酒を飲んだような酩酊感。

 血の温もりによる安堵。

 様々なものがありはするものの、誰かに殺される瞬間、その相手に何を想うのかだけは、いつまで経ってもわからない。

 それを知りたい気持ちもあるのだが、自死だけは駄目だ。

 誰かに殺され、自分を殺した者の表情を、心情を覗くことで、自分は完成する。

 彼はそう信じてやまず、その瞬間を求めてやまず。

 故に彼は進む。己を殺せる相手を迎える為に。

 故に彼は戦う。己の疑問に応じる相手を迎える為に。

 

ならず者()はここだ。ならず者(ローグハンター)殺しよ!!」

 

 

 

 

 




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