SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory19 悪魔を追え

 冒険者ギルド二階。応接室。

 冒険者たちにとっては昇格の試験や、少々名の売れた人物からの依頼を斡旋してもらうという、様々な意味で入室するだけでも緊張する部屋でもある。

 そんな一室にいるのは、緊張の面持ちを浮かべた受付嬢と、ローグハンターと武闘家の三人だ。

 長机を挟んで受付嬢と対面する形で座る冒険者二人は、ローグハンターは相変わらずの仏頂面、武闘家は親に叱られる直前の子供のように額に冷や汗を浮かべていた。

 別に問題を起こした訳でもなく、受付嬢の表情からしてお説教というわけでもなさそうではあるが、この部屋にはあまり来たくはない。

 そんな一人で怯えている武闘家の隣。朝一番に呼ばれた為か、ある程度の緊急性を察したローグハンターは「それで、何事だ」と単刀直入に問うた。

 受付嬢は「まずは、こちらを」とそっと卓の上に書類を差し出す。

 ローグハンターと武闘家の二人は揃ってその書類を覗き込むと、二人同時に目を見開いた。

 

 ──とある村が壊滅。調査に向かった冒険者が全滅。

 

 ──隣村も壊滅。調査に向かった冒険者が一人として帰らず。

 

 ──一件目の村から少し離れた村が壊滅。銅等級を含めた討伐隊が全滅。

 

 ──村が壊滅、生存者なし。冒険者が調査に向かい、消息を断つ。

 

 ──村に物資を配っていた商隊が壊滅。護衛の冒険者が全滅。

 

 ──森の中にある知識神の寺院が壊滅。生存者なし。

 

 などなど、書類を捲れば捲るほど、何者かによる被害が綴られた報告が続く。

 

「な、なんですか、これ……!?」

 

 穴が空くほどに書類を睨むローグハンターを他所に、武闘家が驚愕の表情を浮かべながら顔をあげた。

 受付嬢も悲痛な面持ちで首を振り、「わかりません」とぽつりと呟いた。

 ローグハンターが見ている書類は既に十枚を越え、それだけ──下手をすれば数字以上に──無辜の人々が被害にあったのは明白。

 眉を寄せて書類を凝視するローグハンターの手には、紙がくしゃりと音をたてて形を歪めるほどに力がこもり、瞳には冷たい輝きが宿り始める。

 そんな彼の変化を察した武闘家は彼の肩に手を置き、「一回落ち着こ」と告げた。

「そう、だな……」と返したローグハンターは重々しく溜め息を吐き、皺が寄った書類を整えてから武闘家に渡す。

 ぺらぺらと紙を捲る音を耳に挟みながら、ローグハンターは目を細めた。

 

「これはなんだ。尋常じゃないのはわかるが」

 

 いつも通りの、感情を感じさせない淡々とした声音での問いかけ。

 書類上だけとはいえ、見るに耐えない惨状を知ってなお声が震えないのは、彼の胆力故か。

 それでも、蒼い瞳の奥には底冷えする冷たい輝きが宿っており、この惨状を産み出した相手に対して相当な殺意を抱いているのは明白だ。

 自分に向けられたものではないとわかっていながらも、受付嬢は背筋に薄ら寒いものを感じた。

 それでも表情には出さないのは、ひとえに彼女の仕事に対する意識の高さ故だろう。

 

「ここ最近、辺境一帯で何者かによる破壊活動が行われています。都から調査及び討伐の準備を進めているそうですが、事態は一刻を争います」

 

 いつになく真剣で、固い表情を浮かべながらそう告げた受付嬢は、脇に置いていた紙切れを二人に差し出した。

 ローグハンターは上等な羊皮紙に書かれた文字を見つめ、僅かに眉を寄せる。

 

『討伐隊の派遣を向け、現地の調査を依頼する』

 

 そこからは長々とこの惨状に対する意見が書かれているが、そんなものはどうでもいい。

 報酬に関してもどうでもいいとして、問題はそもそもの依頼に関してだ。

 

「……討伐ではなく調査だけなのか」

 

 おそらく都から出されたであろう依頼書には、その何者かに対しては見つけても刺激せず、そのまま尾行し、塒を探れ程度しか書かれていない。

 ローグハンター個人の意見では、見つけ次第抹殺すべきだとは思うが、何か裏があるのか。

 そんなことを思慮している彼の隣で、書類の中に故郷の村の名前がなかったと、喜ぶべき状況ではないけれど安堵の息を吐いた武闘家は、受付嬢に問うた。

 

「……私たちじゃ、無理ってことですか?」

 

 彼と肩が触れあうほどに身を寄せながら、銀色の瞳を細めて依頼書を眺めていた武闘家は、小さく首を傾げる。

 二人とも等級は紅玉。上から数えれば五つ目の、そろそろ玄人(ベテラン)と言われてもいい頃合いだ。

 それも対人においては、自慢ではないがそこらの銅等級冒険者にも負けることはないと自負している。

 それでも戦闘を避けろと言われるのは、腕前を否定されているようでなんともむかっ腹が立つ。

 不満そうにむぅと唸る彼女を他所に、ローグハンターは壁に飾られた辺境一帯を描いた地図に目を向けた。

 立ち上がると同時に書類の山を手に取り、「画鋲はないか」と受付嬢に問う。

 受付嬢が「少々お待ちください」と席を立ち、部屋を後にすると、ローグハンターは書類を睨みながら地図に指を這わせる。

 彼が何をする気かを察した武闘家が「手伝うよ」と声を出しながら立ち上がり、ローグハンターから書類の山を受け取った。

 

「この村は」

 

「ここだ」

 

「こっちの村は」

 

「ここだな」

 

「商隊が襲われたのは、ここかな……」

 

「知識神の寺院は、この辺りか」

 

 二人は書類と地図とを交互に睨みながら、どこで何があったのかを整理していく。

 十件を越え、二十件を越え、三十件を越えても、いまだに書類は残っている。

 

「戻りました」

 

 画鋲が入った小箱を手に戻ってきた受付嬢は、地図と向き合う二人の姿を認め、感嘆にも似た息を漏らした。

 書類片手に地図に指を置き、様々な情報のやり取りをする二人は、冒険者というよりは探偵や密偵のようでもある。

 

「あの、どうぞ」

 

「……ああ、助かる」

 

 そんな二人の背中に声をかけて、そっと小箱を差し出す。

 話すことに夢中だったのか、僅かに反応が遅れたローグハンターだが、一言礼を言いながらそれを受け取った。

 そっと画鋲をつまみ上げて、武闘家と確認した被害場所に射し込んでいく。

 とある村があった場所に。

 とある寺院があった場所に。

 とある商隊が通った場所に。

 とある冒険者が散った場所に。

 辺境の各地に点々と画鋲を射し込み、改めて被害の甚大さに目を見張る。

 少なく見積もったとしても、被害者は三桁に及んでいる。

 これほどまでの被害が出るまで、自分たちは気づけなかったのかと、自分の未熟さと不甲斐なさを呪い、次は防ぐと意気込む。

 まあ、上の人物は止めるのではなく、その支援を求めているのだが、討伐隊の到着を待っている余裕はないだろう。

 

「……これで全てか」

 

 一通りの場所を確認したローグハンターは、腕を組みながら溜め息を吐いた。

 ただ書類を見ながら画鋲を刺しただけだが、それだけでも意外に疲れるのだ。

 ふぃーと息を吐きながら汗を拭う武闘家と、改めて被害の多さを見せつけられ、表情を強張らせる受付嬢を横目に、ローグハンターは数歩下がって地図全体を観察する。

 襲撃場所の規則性を探り、次の出現場所を予測するためだ。

 数分かけて場所を確認したローグハンターは、おもむろに雑嚢に手を突っ込むと、裁縫用の糸を取り出した。

 それを画鋲に引っ掛け、一件目と二件目の間を繋ぐ。

 二件目から三件目を繋ぎ、三件目と四件目を繋ぎ、それを延々と繰り返し、糸を地図に張り巡らせる。

 何かの模様を描いているわけではなく、わかるのは文字通り適当に選んでいることだけだ。

 

「……」

 

 糸を張り終え、再び地図全体を見始めたローグハンターは、顎に手をやりながら低く唸ると、深々と溜め息を吐いた。

 

 ──わからん……。

 

 辺境と一言で言っても、二人で走り回るにはあまりにも広い。

 どこにいるかもわからない相手を探して走り回るのは、無駄に疲れるのみで意味はあるまい。

 只人(ヒューム)に限らず、体力が無限な生物などいるわけがないのだ。

 

「……それは相手も同じか」

 

 相手が何かはわからないが、おそらく生物であることは間違いない。

 ならばどこで身体を休めるのかを予測し、その地点(ポイント)に印をつける。

 湖の近く。人里離れた森。神代の砦跡地。あるいは棄てられた村。

 冒険者(追っ手)を誘っているのなら、襲撃場所にも留まるだろうが、それも数日。冒険者を蹴散らせば、すぐに次の襲撃に向かう筈。

 だがどこかで身体を休め、武具を整える時機(タイミング)がどこかにある。

 結局は次の場所を予測しなければならないわけだが、先程よりは場所を絞りやすい。

 既に襲われた場所の周辺は一旦除外。過去の被害に目を向けるのは大事なことではあるが、今回は次を止めなければならない。

 

「……」

 

 むぅと唸り、見当もつかない相手の次の手を読み取ろうと頭を捻る。

 種族が何かはともかくとして、相手も生物だ。

 空を飛ぶ可能性もあるし、地中を進む可能性もあるが、そんな事を考え始めればきりがなくなる。

 そもそも相手はこちらの常識が通じる相手なのかと、根本的な疑問にぶち当たってしまえば、思考が一時的に止まってしまう。

 

 ──致命的に、情報が足りない。

 

 いや、情報はあるのだ。

 相手が恐ろしい程に強く、無慈悲で、血に酔っている。

 わかっているのはそれだけだ。

 相手の種族。武装。性格。外見。

 知りたい情報を上げればきりがないが、無い物ねだりをしても意味はない。

 いまこの場にある情報で、どうにか推理するしかない。

 

「最後に襲われた場所が、ここだよね……」

 

 と、思考停止に陥っていたローグハンターの耳に、武闘家の少し焦っているような声が届いた。

 彼女は自分の故郷と、被害場所を順々に見つめながら、不安そうに目を伏せる。

 そんな彼女の背を見つめたローグハンターは、眉に出来た深い皺を指で広げると、足音もなく彼女の隣に並んだ。

 

「お前の、故郷はどの辺りだ」

 

 僅かに躊躇しがちに投げられた問いに、武闘家は「え?」と声を漏らしながら彼の方を向き、「この辺」と地図を指差した。

 そこは幸運にも他の被害地からも遠く、まだ被害が出ていない地域に属している。

 だがそれは、これから被害が出るかもしれない地域だということでもある。

 

「……」

 

 こういった、次がどこになるかもわからない状況において、私情を挟むべきではない。

 個人の事情を介入させ、偏った地域ばかり警戒すべきではない。

 その私情のせいで、流さなくてもいい血を流すことになると、頭ではわかっている。

 

 ──だが……。

 

 同時に脳裏に過るのは、母を盗人(アサシン)に殺され、父を病気で亡くし、部屋の隅で丸くなり、食事もせずに塞ぎ込んでいた過去の自分の姿だ。

 彼女がもし自分と同じような目に遭えば、どんな事になってしまうのだろうかと、出過ぎた事だとは思えど、心配で堪らなくなる。

 あの頃の自分には助けてくれる大人たちがいたが、今回の犯人は村を諸とも潰すことだろう。

 頼れる人物もなく、天涯孤独になるなど、考えたくもない。

 

「……」

 

 ローグハンターは無言で地図に触れながら、小さく息を吐いた。

 やりたいことと、やるべきことを、履き違える訳にはいかないと、目標(ターゲット)抹殺を第一にすべきだとわかってはいる。

 だが心の片隅では、彼女の事が心配で仕方がないし、何より彼女を自分と同じ目に遭わせたくない。

 

 ──たまには効率とかは考えず、心に従ってみたらどうだ?

 

 不意に脳裏を過るのは、苦笑混じりに投げられた先生の言葉だった。

 物事を指示された通りに、無駄なく、迅速にこなすべき最低限の目標として掲げていた自分に向けて、豪快に頭を撫でながらぶつけた言葉だ。

 

「……行くぞ」

 

 その言葉を鮮明に思い出した瞬間、ローグハンターの口は無意識に動いていた。

 驚いて目を剥いた武闘家は、弾かれるように彼に目を向けて、「ど、どこに……?」と困惑しながら問うた。

 

「こうして考えているだけじゃ埒が明かない。お前の故郷の辺り、見に行くぞ」

 

「ふぇ!?あ、いや、でも、私喧嘩して──」

 

「別に村に顔を出すわけじゃない」

 

 目を泳がせながら、露骨に嫌そうな態度をする武闘家にそう切り返すと、彼女の故郷の辺りに印をつける。

 

「どこにいるかもわからない相手だ。この際、まだ手付かずの場所に網を張るべきだろう」

 

「でも、なんで私の村に……?」

 

 適当にそれらしい事を言ったローグハンターに、武闘家は小さく首を傾げた。

 彼のことだから、確実な証拠や確証を得てから行動に移しそうなものだが、今回はそんなものはない。

 それでも自分の故郷周辺に網を張るというのは、何かしらの理由がある筈だ。

 

「──」

 

 だが彼は突然口を閉じると、ばつが悪そうに頬を掻いた。

 そして照れ臭そうに目を逸らすと、ぼそりと呟く。

 

「……何となくだ。とにかく行動に移したい」

 

「……わかった」

 

 何かを隠しているような素振りに、多少怪訝に思いつつも、武闘家は笑みを浮かべながら頷いた。

「何かわかれば連絡する」と、背後で待っていた受付嬢に告げて、ローグハンターは武闘家を連れて部屋を後にする。

 扉を閉める間際、「どうか、ご無事で」と頭を下げてきた受付嬢に、二人は扉の隙間から同時に頭を下げる。

 

「相手はおそらく格上。油断したら、死ぬ」

 

 並んで廊下を歩きながら、ローグハンターはいつにも増して真剣な声音でそう告げた。

 隣を歩く武闘家は緊張の面持ちを浮かべながら頷き、額に滲んだ汗を拭う。

 彼はいつも似たような事を言うが、今回は被害からして相手が人間ではない可能性もある。

 対人系の依頼ばかりを受ける自分たちにとって、悪魔の類いは専門外もいいところ。苦戦は必至だろう。

 依頼上は偵察、調査のみだけだが、被害も甚大である以上、彼は命懸けで止めるつもりだ。

 

 ──そんな事、させたくない。

 

 彼が自分の命を軽く見ていることや、無辜の人たちの命を最優先に動くことは、出会ったばかりの頃から知っている。

 それを口先だけと笑い飛ばすことが出来れば簡単だが、彼の場合はそれが当然のように行動さえしてしまう。

 どうにかして彼を助けなければ、彼を守らなければと、気合いを入れ直す。

 二人して真剣な面持ちで階段を降り、ギルドの出入口にたどり着いた瞬間だった。

 ローグハンターは自由扉を押そうと伸ばした手を引っ込め、素早く後ろに飛び退いた。

 

「……え?」

 

 武闘家が突然の彼の行動に声を漏らした直後、凄まじい音をたてて自由扉が開かれ、彼女の顔面に直撃した。

 

「ぎゃ!?」

 

 ガン!と乾いた衝撃音がギルドに響き、冒険者や職員たちの視線が一気に集中する。

「いった……」と額を押さえて(うずくま)る武闘家の脇を抜け、ギルドに飛び込んできた人物は、目の前に立ち尽くしているローグハンターの足にしがみつく。

 

「たす、助けて、ください……っ!」

 

 ぐずぐずに潤んだ瞳で、上擦った情けのない声で助けを求めた若い男性は、ぼさぼさになった髪をそのままに、ローグハンターに向けて叫んだ。

 

「どうか、彼らを助けてください!!」

 

 

 

 

 

 彼にとって今日という日は、いつもと変わらないのどかなものだった。

 ようやく親から商売の手伝いを許され、幼い頃から父に雇われている顔馴染みたちや、頼れる兄と共に、近隣の村に立ち寄り、商品の売買を行う。

 食料や流行りの服、あるいは雑貨品と、商品の種類は様々で、それを乗せた荷車を引くのは数頭の馬だ。

 小さな子馬の頃から世話をして、こうして一人前──馬だが──になってくれたのは嬉しくて堪らないし、何より仕事のやる気もあがるというもの。

 御者台で手綱を握りながら下手くそな鼻歌混じりに空を見上げ、隊列を吹き抜ける風を感じて欠伸を漏らし、隣の兄に小突かれる。

 そんな日々が続き、ようやく仕事に慣れ始めたというのに。

 

 ──気づけば、地面に寝転んで空を見上げていた。

 

 身体を起こそうと力を入れれば、全身の骨が軋むような激痛に悲鳴をあげ、頬を撫でる鉄臭い風と、肺を満たす木材や生物が焼ける臭いに数度むせる。

 どうにか身体を転がし、四つん這いになりながら顔をあげると、そこには地獄が広がっていた。

 凄まじい力で破壊された荷車の残骸や、その積み荷が辺り一面に散らばっているだけなら、仕方がないと、運がなかったと多少の諦めもついただろう。

 だが、今回地面一杯にぶちまけられているのは、それだけではない。

 先程まで荷車を引いていた馬が、内蔵をぶちまけながら地面に倒れ。

 先程まで談笑していた友人たちが、四肢をなくした姿で地面に倒れ。

 何かしらの理由で燃える荷車には、誰かの影が見え隠れし。

 上半身だけになった兄が、目の前に倒れていた。

 右を見ても、左を見ても、前を見ても、後ろを見ても、そこには死があり、視角で、嗅覚で、触覚で、死を感じ取れてしまう。

 そして、その死の中心には、一人の悪魔がいた。

 黒い鎧で身を固め、頭がすっぽりと納まる兜を被り、手にしているのは血に染まった武骨な大剣。

 その悪魔は護衛に雇った冒険者を、片手で振るった大剣で叩き斬り、叩き潰し、時には拳で頭蓋を砕く。

 太陽を見上げながら嘲笑し、挑みかかる冒険者を千切っては投げ、千切っては投げ、放たれる魔術すらも大剣で斬り伏せる。

 

「どうした、冒険者よ!貴様らの力は、その程度か!!」

 

 最近は物騒だからと、父の忠告を聞いて護衛に雇ったのは三つの冒険者の一党。

 それなりに名が売れていて、腕もよく、仕事に真面目で、人柄もよし。

 なんなら今後もお世話になろうと、兄と相談もしていたというのに。

 

「うぅおらぁああああっ!!」

 

 大盾を構えて突撃した全身鎧の男は、その盾諸ともに叩き斬られた。

 

「このっ!」

 

 後方から放たれた矢を、突き刺さる直前に掴んで止め、腕力に任せて投げ返すことで撃ち返す。

 放たれた矢は冒険者の眼窩に滑り込み、相手を即死させた。

 

「《サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)》!!」

 

 ならばと、『火矢(ファイアボルト)』の魔術が放たれるが、大剣の一振りで払われる。

 

「弱い。弱い、弱い!弱い弱い弱い弱い弱い弱い!!弱すぎるぞッ!!!」

 

 悪魔は大剣を肩に担ぎ、猛った獣のように冒険者らに向けて吼える。

 その圧力に気圧されるものの、彼等の瞳は死んではいなかった。

 その中の一人。一党の頭目を務める青年が、愕然と戦闘を見つめていた商人に目を向けた。

 

 ──逃げろ。

 

 口の動きのみでそう告げた彼は両手に唾を吐き、両手剣の柄を手に馴染ませる。

 自分たちがここで足止めをするから、増援を呼んでこいという意味なのか、依頼を完遂せんとする冒険者としての矜持(プライド)なのか、どちらなのかはわからない。

 わからないが、これが彼からの最期の指示なのだ。

 

「……っ」

 

 商人は歯を食い縛りながら立ち上がると、ぶるると馬の嘶きが耳に届いた。

 倒れていた馬が起き上がり、乗れと言わんばかりに自分の前で足を止めたのだ。

 

「ごめんなさい……!」

 

 商人は冒険者たちに謝りながら馬の背に飛び乗り、そのまま走り出させる。

 背後からは冒険者たちの怒号と、悪魔の雄叫び。そして凄まじい破壊音が、響き渡った。

 

 

 

 

 

「──で、それはどの辺りだ」

 

 涙ながらにすり寄ってきた商人を担ぎ上げ、二階の応接室まで運んだローグハンターは、先程まで使っていた地図の前で、そう問うた。

 商人は担がれたまま、「ここ、ここですっ!」ととある街道を示すと、ローグハンターと武闘家、そして書類を片付けようと部屋に残っていた受付嬢は、同時に目を見張った。

 商人が示したのは、ローグハンターが最後に印をつけた辺り。

 武闘家の生まれ故郷のすぐ近くなのだ。

 最も危惧し、防ごうとしていた事態が、今目の前で起きようとしている。

 

「……馬を借りられるか」

 

 ローグハンターは乱暴に商人を降ろすと、受付嬢に問いかけた。

 問われた受付嬢は、「だ、大丈夫だとは思いますが……」と曖昧な返事をするが、彼は既に部屋を後にしようとしている。

 武闘家もその後に続き、「二頭借りますね!」としゅびっ!と勢いよく指を立てながら告げた。

 

「よろしく、お願いします……っ!」

 

 そんな二人に向けて、商人は両手をつきながら、床に擦れるまでに頭を下げた。

 

「任せろ」「任せてください!」

 

 二人は同時に返すと、ばたん!と勢いよく扉を閉めた。

 取り残された受付嬢と商人は、二人と、今この瞬間にも足止めをしている冒険者たちの無事を祈った。

 冒険者は命懸けで、何もかもが自己責任ではあるけれど、彼らの死を無駄だと嗤う者は居ない。

 時には彼らが街を救い、村を救い、果てには世界を救ってしまうのだ。

 そんな彼らの命を、全てを懸けて危険を冒す者たちを嗤う者など、居てたまるか。

 

「どうか、ご無事で……っ」

 

 受付嬢は胸の前で両手を組んで、静かに祈りを捧げた。

 

 二人の無事を、冒険者たちの無事を、彼らの勝利を、どうか……!

 

 

 

 

 

 天高く昇っていた太陽も、山の影に隠れ始めた頃。

 辺りには夜の闇が広がり始め、光源となるのは微かに輝き始めた月明かりと、篝火のように燃えている荷車だったもの程度。

 そんな視界も不十分で、足元に何があるかも曖昧になり始めてなお、冒険者たちは戦い続けていた。

 

「おぉぉぉおおおおっ!!」

 

 だらりと下がった左腕。切っ先が掠めて潰された右目。

 他にも身体中に傷が刻まれ、既に満身創痍。

 それでもなお、冒険者は下がらない。冒険者は倒れない。

 

「はははっ!存外に粘るものだな、冒険者!!」

 

 無傷の悪魔はそんな彼の気迫さえも嘲笑い、軽く振るった大剣の一振りで小石のように弾き飛ばす。

「がっ!?」と短く呻きながら飛ばされた冒険者だが、追撃はさせんと後方に控える魔術師が『力矢(マジックボルト)』を放ち、牽制。

 それを裏拳で相殺した悪魔は、「くはは……っ!」と喉の奥を鳴らし、地の底から響くような嗤い声をあげる。

 

「始めは十八人いたが、残り二人。なあ、どんな気持ちだ」

 

 折れかけた剣を杖代わりに立ち上がった男の戦士と、杖を構えながら肩で息をする女の魔術師を一瞥しながら、悪魔はさらに問うた。

 

「怖いか、恐ろしいか、憎いか、怒りを抱いているか、悲しみは、あるいは何も感じないか。なあ、今はどんな感情がその胸の中にある」

 

「「……っ」」

 

 その問いかけに、二人は表情を強張らせるのみで答えない。

 それが気に入らないのか、悪魔は額に手をやりながら芝居じみた動作で溜め息を漏らす。

 

「やはりお前たちでも駄目か。何度聞いても、誰も答えてはくれなんだ」

 

 血に染まった大剣を肩に担ぎ、返り血に汚れた兜の下で目を閉じる。

 

「夢を抱く冒険者でさえ。人と人を繋ぐ商人でさえ。毎日を懸命に生きる村人でさえ。神の信徒である神官でさえ。誰であっても、俺の質問には答えてはくれなかった」

 

 今まで殺めてきた無辜の人々の、死ぬ間際に見せた表情を思い出した悪魔は、ゆっくりと目を開ける。

 

「誰なら答えてくれようか。誰なら教えてくれようかと、毎日悩み続けていたんだが……」

 

 いまだにやる気の二人に目を向け、「お前たちでも駄目そうだな」と再び溜め息を漏らす。

 

「ならば死んでくれ。せめて何を思いながら死ぬのか、その死をもって教えてくれ」

 

 悪魔は静かにそう告げて、詠唱に入った魔術師を睨み付けた。

 戦士が間に入ろうと走り出すが、足が突っ張ってしまいその場に崩れ落ちる。

 それでも「逃げろ……っ!」と叫んだ直後、悪魔はその場から跳躍。詠唱が終わる直前の魔術師に向けて、大剣を振り下ろした。

 詠唱も間に合わず、回避さえも許されない魔術師は、眼前に迫る死を、涙ぐんだ瞳で睨み付けた。

 戦士が「止めろ!」と叫び、悪魔が嘲笑をあげるなか、炸裂音が辺りに木霊した。

 

「っ!」

 

 反射的に反応したのは、悪魔だ。

 振りかぶった大剣を引き寄せ、盾代わりに身体を隠す。

 直後、小さな衝撃が剣を駆け抜け、身体を硬直させた。

 その隙にその場を飛び退いた魔術師は、そのまま戦士の元へと駆け寄った。

 どさりと重々しい音をたてながら着地した悪魔は、ニヤリと口を三日月状に歪め、血走った瞳で乱入者を睨み付ける。

 そこには、影がいた。

 黒と赤を貴重にした衣装に身を包み、目の前にいる筈なのに気配が稀薄な不思議な男。

 目深く被ったフードで表情は伺えないが、その奥からこちらを覗いている蒼い瞳に、悪魔は壮絶な笑みを深めた。

 

「待っていた。この日を、この邂逅を待っていたぞ、ならず者殺し(ローグハンター)よ!!」

 

「……」

 

 対するローグハンターは、フードの下で無表情になりながら、目の前の悪魔──かつて出会った冒険者──を睨み、微かに視線を動かして生き残った二人の方に目を向けた。

 戦士を武闘家が担ぎ上げ、近くに止めてある馬の方へと運んでいるようだ。

 それだけを確認すると、深く息を吐きながら左手の短筒(ピストル)拳銃嚢(ホルスター)に押し込み、代わりに短剣を構える。

 右手に片手半剣(バスタードソード)、左手に短剣。

 いつものように脱力したように構え、蒼い瞳には絶殺の殺意を宿す。

 空が少し暗くなり始めた降魔が刻。

 悪魔(ローグハンター)悪魔(冒険者だった者)の決戦が、始まろうとしていた。

 

 

 




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