SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory20 ならず者殺し(ローグハンター)

 双子の月に照らされる街道。

 普段なら虫の鳴き声や、風のそよぐ音に包まれ、静寂が支配する領域であるその場所には、死が撒き散らされていた。

 荷車の残骸。

 それを引いていた馬の亡骸。

 その馬を操っていた御者や商人、護衛の冒険者たちの遺体。

 緑の芝生が赤く染まり、風が吹いても充満する鉄の臭いが消えることはない。

 そんな常人であればその場に留まることを嫌い、すぐに逃げ出すような惨状の直中を駆け回るのは、二人の男だ。

 この景色を産み出した張本人たる、かつて冒険者だった男──人であることを捨てた悪魔──と、彼を止めんとこの場に駆けつけたローグハンター。

 相対した二人に、もはや和解の選択肢は残されておらず、あるのは殺し合う運命(シナリオ)のみ。

 

「おおっ!」

 

 悪魔は血に濡れた大剣を振り下ろし、ローグハンターは大袈裟にその場を飛び退くことで避ける。

 瞬間、彼がいた場所に鉄塊が叩きつけられ、その衝撃が大気を揺らす。

 地面には蜘蛛の巣状の(ひび)が入り、弾き上げられた血が辺りに飛び散る。

 それが目に入らないようにだけ意識を向けた彼は、着地と同時にその場を駆け出し、片手半剣(バスタードソード)の刺突を放つ。

 

「はっ!」

 

 だが、彼の行動(アクション)を鼻で笑った悪魔は、大剣を手放すと同時に足を上げ、ローグハンターの顔面に向けて足を突き出した。

 ごう!と空気が唸る音を放つそれは、只人の蹴りではあるが只の蹴りではない。

 

「っ!」

 

 危険を察知したローグハンターは素早く下半身のみを前に出し、地面を滑る要領(スライディング)の勢いで蹴りの下を潜り抜ける。

 地面が吸いきれない程の血に濡れている為か、その勢いは衰えることを知らず、ローグハンターの予想に反して間合いが開いてしまう。

 どうにか踏ん張ろうと両手両足をつくが、誰かの内臓を踏んでしまったのか、ぐちゃりと湿った嫌な感触が脳に届く。

 だがそれを振り払い、むしろそれを踏み潰すように両足に力を入れて立ち上がり、血の臭いを肺一杯に吸い込む。

 相対する二人にとっては慣れ親しんだ、本来なら決して慣れてはいえないその臭いは、だが肺を満たす分には問題はない。

 ならば考えるまでもないと、深呼吸をして呼吸を整えた。

 血の臭いを、死の気配を、その全てを呑み込み、ローグハンターは再び駆け出す。

 踏み出すごとにびちゃびちゃと湿った音が出るが、どうせ見つかっているのだからどうでもいい。

 誰かの骨を踏み砕き、何かの内臓を踏み潰し、それでも転ばないのは鍛えられた体幹故か。

 ふっと小さく笑みをこぼした悪魔は、大剣を肩に担いで構え、両足を地面にめり込ませるほどに踏ん張る。

 一歩、二歩と互いの間合いが詰まっていく中、悪魔は笑みを浮かべたまま、重心諸ともに大剣を振り抜いた。

 対するローグハンターはばしゃり!と湿った音をたてて跳躍し、振り抜かれた刃を飛び越える。

 ぶぉん!と空気が唸る重々しい音を飛び越えて、悪魔の兜に剣と短剣を振るい、ばつ字の斬撃を放つ。

 悪魔は半歩分すり足で下がり、上体を僅かに後ろに逸らして回避。

 同時に振り抜いた大剣を空中でぴたりと停止させ、振り抜いた軌跡をなぞるようにもう一閃。

 

「っ!」

 

 流石のローグハンターとて、空中で回避運動を取れる訳もなく、剣と短剣を盾代わりに差し出す。

 直後、大砲の弾が掠めた時のような、凄まじい衝撃に襲われたローグハンターは、目を剥きながら弾き飛ばされる。

 荷車の残骸に頭から突っ込み、乾いた破砕音を響かせながら地面を転がった。

 黒い衣装を真っ赤に染め、手にしていた剣と短剣には大きな罅が入っている。

 

「……」

 

 寝転んだまま両手を挙げてそれを確認したローグハンターは、無言で目を細めた。

 愛用──とまでは言わないが、工房長が毎度のように(こしら)えてくれた二振りだ。

 造られる度にその精度は段違いにあがっていたが、それをまさか一撃で砕かれるとは。

 

「……」

 

 ローグハンターは無言で溜め息を吐くと、その二振りを投げ捨てた。

 そのまま身体を丸めると、力を溜めて一息に跳ね起きる。

 衣装の裾を始め、背中が赤黒く染まり、僅かに重くなってはいるし、気持ちが悪いものの、とりあえずは問題ない。

 ふっと短く息を吐き、蒼い双眸で悪魔を睨む。

 律儀にも待っていた彼は大剣を肩に担ぎ直すと、挑発するようにくいくいと手招きを数度。

 無手のまま身構えたローグハンターは、意識を集中してタカの眼を発動した。

 赤く映る人影(悪魔)はともかく、必要なのは武器だ。

 二度三度打ち合った程度では折れず、あの鎧越しにも痛痒(ダメージ)を通せそうな、武器が。

 僅かに視線を動かして辺りを観察し、僅かに金色に光っている箇所を確認。

 被っている血のせいで何の武器かまでは判別出来ないが、武器があるのならそれでいい。

 瞬きと共にタカの眼を解除し、深く息を吸い込み、吐き出す。

 全身から力を抜き、必要な部分に、必要な瞬間だけ、力を込める。

 それが意識せずに出来れば苦労はないのだが、自分はいまだに未熟なのだと僅かに自嘲。

 だがそれも一瞬のこと。すぐに表情を引き締めたローグハンターは、僅かに重心を落とした直後、その場から駆け出した。

 足元の臓物や骨片を跳ねあげながら、血飛沫をあげながら直進。

 途中で転がっていた武器──今回は槍だ──を拾い上げ、走りながら血払いをくれる。

 対する悪魔は大剣を大上段に構えると、まだ間合いに入っていないにも関わらず、振り下ろした。

 凄まじい爆音を響かせて、彼を中心に血と臓物、骨が混ざった砂煙が舞う。

 

「……っ!」

 

 ローグハンターは彼の行動に目を剥くが、タカの眼を発動して相手の動きを観察。

 振り下ろした体勢で動きを止めている悪魔の死角に入ろうと、足音を殺すと共に砂煙に突入しながら大きく迂回。

 くるくると風車のように槍を振るい、柄の部分の血を簡単に飛ばすと、両手で握り直す。

 ざっと微かに地面を擦る音を漏らしながら急停止。ふーっと息を吐きながら悪魔の背に狙いを定める。

 相手に気付いた様子はないが、振り下ろしたまま動かないのは、こちらを迎え撃たんとしているからか。

 

 ──だが、行くしかない。

 

 タカの眼に映る赤い影を睨み付け、殺意を漏らさないように細心の注意を払う。

 漏れ出た殺意は囁き声となり、相手に自らの存在を教えてしまうのだ。

 せっかく生まれた──相手が生み出した、だが──不意討ち(アンブッシュ)時期(チャンス)を潰すわけにはいかない。

 深く息を吸い、槍を地面と水平に構えながら重心を落とす。

 両足に力を込めると同時にその場を飛び出し、放たれた矢のごとく悪魔に迫る。

 本来なら数十歩分の間合いを、十歩足らずで詰めた彼は、加速の勢いのままに砂煙を飛び出し、槍を突き出す。

 

「シャッ!」

 

 直後、鋭い吐息の声と共に悪魔は身体ごと振り向き、穂先を鎧に掠めさせながら避け、反転の勢いを乗せた裏拳をローグハンターに放った。

 攻撃を放った直後。生物が最も反応が遅れる瞬間を、寸分の狂いなく狙うのは、流石は銀等級の冒険者だろう。

 だがローグハンターとて、それなりの修羅場を潜ってきたのだ。

 槍を突き出したまま身体をうねり、放たれた拳を耳に掠める間一髪で避けた。

 普段ならこのまま地面を転がり、一度間合いを離すところだが、今の得物は槍だ。

 突き出した槍をくるりと回転させながら引き戻し、石突きで地面を叩く。

 地面に弾かれる勢いで体勢を整え、穂先を天を突くように掲げ、しなった勢いをそのままに振り下ろす。

 素人の冒険者たちは「槍とは貫くものだ」と口を揃えるが、槍とはそれだけの武器ではない。

 突くだけなら槍だが、薙げば剣、殴れば鎚と、用途次第ではいかなる戦況にも対応する武装だ。

 取り回しが悪いという弱点はあるが、ここは狭い洞窟ではないのだ。全力で振り回して何が悪い。

 

「フッ!」

 

 ぶん!と空気を切り裂く音と共に、遠心力が乗った穂先が悪魔の頭蓋を砕かんと振り下ろされた。

 

「おおっ!!」

 

 同時に振られるのは、悪魔が横凪ぎに振るった大剣だ。

 片腕で、己の体重を優に超える鉄塊を振るえるのは、鎧に包まれた筋骨隆々の肉体と、常人離れした体幹によるものか。

 迫る刃を視界の端に捉えたローグハンターは、攻撃は当たらないと判断。柄を盾代わりに刃と自身の間に挟み込んだ。

 直後来たのは、凄まじいまでの衝撃だ。

 両腕の骨まで響く衝撃を受けながら、歯を食い縛って声を漏らすことはない。

 それでも耐えるという選択肢は取れず、弾かれるがまま飛ばされた。

 空中で柄の中間から見事に折れた槍を一瞥し、それぞれの折れた断面を地面に突き立てて急停止。

 穂先側を逆手に握り、投擲した。

 下手や弓兵が放った矢よりも速く、低い弾道を描くそれは、悪魔の命を奪うよりも足を止めることを狙った牽制だ。

 

「はっ!」

 

 それをすぐに察知した悪魔は、機嫌良さそうに嗤いながら、蹴りの一撃でもって槍を迎撃。

 弾かれた穂先は弾丸となってローグハンターに迫るが、彼は石突きでそれを弾くと同時に、再び間合いを詰めにかかった。

 荷車の残骸に突き刺さった剣を、刃を折りながら無理やり引き抜き、右手に折れた剣、左手に戦鎚代わりの折れた槍を握り、走る。

 悪魔は嗤いながら大剣を正面に構え、血走った黒い瞳にローグハンターを映す。

 ジグザグに走りながら左右にフェイントを入れるローグハンターと、どっしりと両足をついて構える悪魔。

 視界の端から端に駆け回り、時には消える彼の姿を、身体の軸を合わせることで追従し、どこから来ようと迎撃が出来るように警戒を高める。

 高まったそれは決して下がることはなく、隙を探ろうと動き続けるローグハンターの額には汗が浮かぶ。

 このまま(いたずら)体力(スタミナ)を消耗するのなら、機を見て飛び込むしかあるまい。

 ローグハンターは微かに目を細めた事を合図に、横に動く線の動きから、一直線に動く点の動きに切り替える。

 悪魔は「むっ」と声を漏らして微かな驚きを露にするが、すぐにニヤリと嗤って彼の挙動に意識を向けた。

 馬鹿正直に突っ込んでくるのか、あえて横に逸れるのか、どう動いたとしても叩き潰すと瞳の奥に炎を灯す。

 一歩、二歩と踏み込み、大剣の間合いに入った瞬間、悪魔は無造作に大剣を振るった。

 相手を斬るよりも叩くことに特化させた、腕力に物を言わせた一閃。

 放たれたそれは、懐に飛び込まんとしたしたローグハンターの米神を強かに打ち付けるかと思いきや、空を斬るに留まった。

 

「っ!」

 

 寸分の狂いなく、我ながら完璧な反撃(カウンター)だったと、思わず笑みがこぼれそうなものではあったが、手応えがない。

 その疑問にほんの一瞬意識が向いた瞬間、鈍い衝撃が悪魔の頭を揺らした。

 低い呻き声と共にぎょろりと目玉を動かした彼は、折れた槍の石突きを振り抜いたローグハンターを睨み付けた。

 まず間違いなく、あの石突きで殴打されたことによる衝撃だろう。だが、どうやって避けたのだ。

 彼の脳裏にはその疑問が再び沸き上がるが、今はどうでもいいとローグハンターの顔面に蹴りを放つ。

 ローグハンターは折れた剣と石突きを交差させてそれを防ぐものの、勢いは殺せずに再び弾き飛ばされる。

 着地と同時に砕け散った石突きを放棄し、折れた剣を両手で構える。

 突きはともかく、かろうじて斬ることはできるそれは、まだ武器としての性能は十分だ。

 深く息を吸い込み、吐き出し、突撃。

 今度はフェイントも何もなく、真正面から悪魔へと挑んだ。

 対する悪魔は、額から口許まで垂れてきた血を舐めとり、目を細めて辺りを観察。

 先の一撃をまたされても困る。対策は完璧ではなくとも即時に見つめ、行動せねば命が足りぬ。

 そして、彼は足元に残るローグハンターの足跡を見つけ、微かに笑んだ。

 一歩二歩とこちらに迫ってくる足跡は、三歩目だけが歩幅がほんの僅かにだが小さい。

 途中で減速することで、相手の空振りを誘う技術なのだろうと目星をつけ、ならばと迫るローグハンターを睨む。

 一歩目、二歩目と踏み込んだ瞬間、今度はこちらから大きく一歩踏み出した。

 ローグハンターは僅かに目を見開くが、すぐに両足を揃えて跳躍。

 一拍遅れて振るわれた横薙ぎの一閃を、間一髪で飛び越えた。

 空中で身体を捻り、首を刈らんと折れた剣を一閃。

 だがそれを読んでいた悪魔は、大剣を振るった勢いで回転。

 遠心力を乗せた裏拳で剣を粉砕し、驚愕に染まるローグハンターの顔を尻目に大剣を地面に突き立て、それを軸に跳躍。彼の腹に両足蹴りを放った。

 

「ごっ……!」

 

 ローグハンターは僅かに血の混ざった呻き声を漏らしながら吹き飛ばされ、荷車の残骸に突っ込んだ。

 燃えていたそれは倒壊すると共に、血を被って鎮火され、焦げた臭いと鉄臭さが辺りに振り撒かせる。

 

「立て、ローグハンター。こんなものじゃあ、ないだろう」

 

 ごきごきと首を鳴らし、大剣を肩に担いだ悪魔は、倒壊した荷車に目をやりながらそう告げて、「ほら、どうした」と挑発的に笑みながら更に煽った。

 がらがらと音をたて、残骸を退かしながら立ち上がったローグハンターは、血が滲み出る額を押さえながら数度頭を振り、血の混ざった唾を吐いた。

 物理的に頭が割れる程の衝撃を受けながらも無事なのは、一重に運が良かっただけなのか。

 あるいは背中の長筒(エアライフル)のおかげなのか、まあどっちでもいいかと思考を投げる。

 ふっと嗤って身構える悪魔を他所に、ローグハンターは拳銃嚢(ホルスター)に手を伸ばし、引き抜きながら発砲(クイックドロー)

 放たれた拳で弾丸は大剣に阻まれるが、すぐさま長筒(エアライフル)を構え、銃口下部の太筒(グレネードランチャー)に手を触れた。

 

「む……」

 

 悪魔は見たこともない装備に僅かに興味を示すが、危険を察して大剣を地面に突き立て、大盾に見立てて構えた。

 直後、ローグハンターが引き金をひくと同時にポン!と間の抜けた音が発され、放たれた榴弾(りゅうだん)が山なりの軌道を描き、悪魔のすぐ背後に落下。

 中に仕込まれた爆薬が炸裂し、大量の鉄片が辺りに飛び散った。

 兜越しにそれを見ていた悪魔は、無言で目を剥いて驚愕を露にするが、今さら回避が間に合う筈もなく、爆発の衝撃と大量の鉄片に襲われた。

 熱を持ち、森人(エルフ)の矢さながらの速度で飛ぶそれは、重厚な鎧を貫くにはいささか威力不足ではあるが、細かな衝撃だけでも痛痒(ダメージ)にはなり得る。

 爆発が止むと同時に悪魔が「ぐぅ……」と呻きながら膝をつくと、ローグハンターは走り出す。

 端から見れば武器もない、素手で何をするつもりだと笑われそうなものだが、ローグハンターには常に身に付けている武器がある。

 彼の接近に気付いた悪魔は、痛む身体に鞭を打って立ち上がり、鎧や兜に食い込む鉄片をそのままに、地面に突き立てた大剣を引き抜く。

 同時に右足を下げて半身になると、両足を踏ん張って大剣を地面と水平に。

 

「おおっ!!」

 

 気合い一閃と共に刃を突き出せば、並大抵の相手ならば胴を穿つ一撃(スティング)だ。

 だが相手はその並大抵の一言で片付けられる男ではない。

 彼の行動を読んでいたローグハンターは、持ち前の反射神経で跳躍すると、足元を通過した大剣の刃を踏み台に前方に方向(ベクトル)を調整。

 空中で身体をよじり、左腕を振り上げながら左手の小指を僅かに動かし、袖に仕込まれた小刀(アサシンブレード)を抜刀。

 天高くから獲物を襲う鷹の如く悪魔を地面に押し倒し、抜刀したアサシンブレードで彼の眼窩を貫こうと振り下ろした。

 もう五年近く繰り返してきた、相手を短時間で苦しませることなく殺める技は、今日この日も遺憾無く発揮された。

 問題があるとすれば、相手と自分の力量(レベル)がそれなりに離れていたこと。

 それ故に、相手の反応速度を超えられなかったことだ。

 

「う゛ぅぅうう゛う゛う゛っ!!」

 

 獣のような唸り声をあげながら、悪魔は大剣を離して左手を差し出した。

 直後、アサシンブレードの極細の刃が悪魔の籠手の継ぎ目を貫き、手の甲から刃が飛び出す。

 だが、そこまでだ。肝心の眼窩には届かず、致命傷にはほど遠い。

 

「っ!おおおおおおっ!!」

 

 止められた自身の左腕を掴み、力任せに押し込まんとするが、悪魔は嗤うだけで力を入れた様子もないのにアサシンブレードはピクリとも動かない。

 小さく舌打ちを漏らしたローグハンターは、距離を取ろうとアサシンブレードの納刀させるが、その判断を下すには数瞬遅かった。

 

「っあ!」

 

 悪魔は一瞬の迷いもなく拳を振るい、ローグハンターの顔面を打ち据えたのだ。

 凄まじい快音と共にローグハンターの身体は弾き飛ばされ、無様に地面を転がった。

 

「が……っ……そが……っ!」

 

 彼らしくもなく感情に任せて悪態をつき、抉じ開けられた口許の傷跡と、鼻からから垂れる血をそのままに跳ね起きる。

 

「っ……!」

 

 直後、既に間合いを詰めていた悪魔の蹴りが放たれた。

 咄嗟に腕を交差させて防御の体勢に入るが、そんなものお構いなしに悪魔の蹴りが振り抜かれる。

 再びの快音と共にローグハンターは吹き飛ばされ、両足を地面に擦りながら歯を食い縛る。

 

「うぅぅぅ……っ!」

 

 両腕の骨が軋み、脳まで響く衝撃に唸りながら、痺れる両腕を見つめて細く息を吐く。

 

 ──重い。今までくらったどの攻撃よりも、重い!

 

 もはや遠い過去のように思える、雪山の砦での戦いで出くわした巨漢も凄まじいものだったが、彼はそれ以上だ。

 あの時もかなり苦労したが、やはりこういった手合いは苦手かと自分の弱点を分析。

 だがそれは負ける言い訳にはならないと、拳を握って構えを取った。

 もっとも相手は既に大剣を回収し、身構えているのだから、とりあえず武器が必要だなと辺りを見渡す。

 だが悪魔は大剣で地面を抉りながら、ローグハンターが装備を整える暇を与えんと走り出した。

 誰かの臓物を踏み締め、何かの骨を踏み砕き、血の海を進む水音をたてながら、一気に肉薄。

 下段から大剣を振り上げ、抉り出した地面を弾丸よろしくローグハンターに放つ。

 

「っ!」

 

 ローグハンターは反射的に地面に這いつくばり、左右に転がりながら放たれた岩石を潜り抜ける。

 岩石に紛れて前進した悪魔は、どうにか立ち上がったローグハンターに向けて大剣を振るった。

 左右上下に、縦横無尽に振るわれる暴力を、紙一重で避けていくが、額には異様なまでの汗が浮かぶ。

 一撃でも当たれば死が見えてくるのだから、それを避け続けることでの精神的な疲労は計り知れない。

 ぶぉん!ぶぉん!と空気が唸る音を間近で聞きながら、ローグハンターはひたすらに回避に徹する。

 あの鎧を拳や蹴りでは突破は不可能だ。武器が手に入るまでは、防戦一方になるほかない。

 

「そらそら、どうしたローグハンター!避けるだけでは勝てんぞ!」

 

「っ……!」

 

 そんな彼を悪魔は煽り、ローグハンターは僅かに表情を歪めた。

 言ってしまえば余裕がない。あと数分もすれば頭をかち割られると、逆の意味で謎の自信があるほどだ。

 

「おおっ!」

 

 僅かに焦りながら額に脂汗を浮かべるローグハンターを他所に、悪魔の攻勢は更に強まっていく。

 空を斬れば空気が唸り、地面を叩けば衝撃波が発せられ、舞い散る砂塵がローグハンターの視界を妨げる。

 タカの眼を発動し、煙越しでも相手の動きを把握出来るようにはしているが、それでも限界はあるのだ。

 長時間の使用は瞳への負担も大きく、集中力を異常に消耗する。

 それ故に、神が転がした骰の目に様々な不利効果(マイナス判定)が重なり、普段ならしないような失敗を招いてしまう。

 避けようと一歩足を下げた場所に、運悪く誰かの内蔵が転がっていたのだ。

 普段ならそのまま踏み潰し、問題もなく回避を続けるのだが、ずるりと音をたてて内蔵が地面を滑り、ローグハンターの足を取った。

 

「っ!」

 

 ローグハンターは驚愕に目を剥き、踏ん張る事も出来ずに片膝をつき、悪魔は彼を見下ろしながら嘲笑う。

 大剣を振り上げ、「さらばだ!」と告げて振り下ろす。

 当たれば頭蓋どころか身体が四散するのは確実。

 目の前に迫る死の気配を前に、ローグハンターは微かに笑みをこぼした。

 それが彼の最期の表情。何かに安堵し、いっそ勝ち誇っているようにさえ見えるそれは、死を受け入れる男がする表情ではない。

 悪魔は死に際にそんな表情をする者を知らず、多少狼狽えながらも大剣を振り抜かんとした直後。

 凄まじい快音が辺りに響き、悪魔の巨体が宙を舞った。

 ガチャガチャと金音をたてながら地面を転がった彼は、鈍い痛みに包まれる脇腹を押さえ、舌打ち混じりに立ち上がった。

 

「ちぃ……!誰だ!」

 

 ここ三年で楽しみにしていたローグハンターとの決闘を邪魔され、あまつさえそれがトドメの瞬間とあれば、余計に腹が立つというもの。

 彼の咆哮に合わせたように吹き抜けた夜風が砂塵を拐い、介入者の正体を露にする。

 月明かりに照らされて輝く銀色の髪。

 籠手と脚絆に包まれた四肢は、柔らかそうではあるが筋肉質で、呼吸の度に揺れる豊かな胸はおおよそ戦いに向いたものではない。

 だが、事実自分を殴り飛ばしたのは彼女(・・)だ。

 ふーっと深く息を吐きながら構えを解いた彼女は、拳の痺れを無視し、膝をついているローグハンターに手を伸ばす。

 

「大丈夫?立てそう?」

 

 真剣な面持ちでそう問いかけた武闘家に、ローグハンターはふっと笑みを浮かべ、「大丈夫だ」と返しながら一人で立ち上がった。

 

「何者……。いや、あの時の小娘か」

 

 悪魔はいつぞやの面接の際、ローグハンターの隣にいた女冒険者の姿を思い出し、合点がいったように頷く。

 単純な(パワー)ならローグハンターの上を行くかと、痛む脇腹を擦りながら小さく唸る。

 

「ね、ねえ、あの人って……」

 

「いつかに俺たちの面接に立ち会った冒険者だ。何があってああなったかは知らん」

 

「そっか。とりあえず、さっきの二人は馬に乗せて、街に向けて走らせたから、たぶん大丈夫だと思う」

 

「了解。なら、やることは一つだ」

 

 悪魔に視線を向けたままやり取りを終えた二人は、同時に構えを取った。

 

「……あいつを殺す。これ以上、被害を広げるわけにはいかない」

 

 ローグハンターは絶殺の意志を蒼い瞳に込め、顔から表情が消える。

 身体から余計な力が抜け、口許から垂れる血は止めどなく溢れているにも関わらず、それを感じさせぬ殺意に満ちる。

 

「絶対に倒す。この先には、行かせない……っ!」

 

 武闘家はそう宣言し、銀色の瞳に強靭な意志を込めて叫ぶ。

 同時に彼女の頭の奥から、カチリと何かが填まる音が聞こえ、不思議と身体が軽くなった。

 二人から放たれる殺意と闘気に当てられた悪魔は、兜の下で想像を絶するほどに表情を歪め、目と口を歪に歪ませながら笑みをこぼした。

 

「ああ良いぞ。純粋な殺意も、使命感から来るその覚悟も、お前たちは何もかもが美しい。だからこそ、見てみたい」

 

 ──お前たちが死ぬ時、どんな表情(かお)を見せてくれるのか……。

 

 悪魔は静かに呟くと、双子の月に向かって吼え、ローグハンターと武闘家は静かに構えを取った。

 天上の神々は、骰を片手に三人を見守るのみだ。

 

 

 




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