SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory22 夜空に誓う

「……!」

 

 武闘家が目を覚ました時、まず目に飛び込んできたのは見たこともない天井だった。

 瞬きをしながら記憶を整理し、あの悪魔を倒した直後に気絶したことを思い出す。

 

「……」

 

 なら彼がここに運んでくれたのだろうかと推察し、ホッと一息。

 鉛のように重い右手を顔の前まで持ち上げて、「うわぁ……」と他人事のように気の抜けた声を漏らした。

 包帯ががんじがらめに固められ、もはや素肌が見えない。

 下手に拳を握ろうとすれば、まるで数十本の針で刺されるような激痛が走り、小さく呻く。

 

「しばらくは安静にって、ことか……」

 

 はぁと溜め息を吐きながら右手を降ろし、ベッドに落ちた衝撃で痛みがぶり返す。

「いっ!」と身体を力ませて悲鳴を抑えた武闘家は、目に浮かんだ涙を堪え、ぼんやりと天井を見つめた。

 窓から差し込む陽の光は大変心地よく、猛烈な眠気に襲われるのだが、ここはどこだという気持ちが先走る。

 目を閉じて音に集中してみても、鳥のさえずりや風に揺れる葉の音が聞こえるばかりで、所在を掴む手掛かりにはならない。

 

 ──歩き回る……のは、駄目だよねぇ……。

 

 とりあえずベッドに寝転んだままでも、左腕と足を動かす分には問題ない。

 問題ないが、今の状態では戦闘もままならない。ここが敵地である可能性は低いが、下手に動くのは悪手だろう。

 ならばどうするかと言うことになるのだが、ベッドはいつもの宿屋に比べれば質素なものの寝る分には問題なく、何より差し込む陽差しのおかげで身体がぽかぽかする。

 くぁと大口を開けて欠伸を漏らし、目に浮かんだ涙を拭う。

 身体の疲労も抜けきっておらず、むしろ痛痒(ダメージ)は蓄積されたままだ。

 とりあえず寝て、それなら考えようと決めれば、後は早い。

 ゆっくりと目を閉じ、深呼吸を数度。

 身体から余分な力が抜けていき、鮮明だった意識が急激にぼやけていく。

 深呼吸が少し浅くなり、規則正しい寝息に変わるのには時間はかからず、事実彼女は眠りに落ちていた。

 呼吸に合わせて豊かな胸が上下し、穏やかな寝顔は年頃の少女のそれだ。

 そうして彼女が眠りに落ちたのとほぼ同時。

 病室の扉が音もなく開き、これまた足音もなく誰かが入り込んできたのだ。

 見舞い用の花束を抱え、音をたてずに後ろ手で扉を閉めたその誰かは、相変わらず彼女が寝ている事を確認して悲しげに目を細めた。

 サイドテーブルに花束を置き、開きぱなしのカーテンを閉めてやる。

 陽の光は暖かいが、流石に眩しすぎると判断してのことだ。

 はぁと小さく溜め息を吐いたその人物は、ベッド脇の椅子に腰を降ろし、自分の顔に巻かれた包帯を鬱陶しそうに引っ張り始めた。

 それでも剥がさないのは、単に神官たちから言葉強めに言われたからに他ならない。

 自分とて街に到着して早々に気を失い、昨日になってようやく目を覚ましたのだ。

 表情にも疲労の色が濃く、髪の毛も適当に纏めただけで前髪の辺りはぼさぼさ。

 身嗜みもろくに整えるのことなくここにいるのも、誰の許可を貰わずに勝手に病室を抜け出したのも、彼女の様子を知るためだ。

 見つかれば説教は避けられず、下手をすればベッドに拘束される可能性もあるが、今の彼にとってそれはどうでもよかった。

 

「……」

 

 ただ相棒の無事を確かめたい。

 今の彼──ローグハンターの胸を支配しているのは、その想いだけだった。

 彼は眠る彼女の髪をそっと撫でてやり、体温を確かめるように頬を撫でた。

 陽の光に当たっていた為か仄かに温かく、軽く押してみれば柔らかく形を歪めて何とも言えない心地よさがある。

 ローグハンターはそうやって触れるだけでも溜まった疲労が抜けるような気がして、無言のままぷにぷにと彼女の頬を突ついた。

 多少唸ったり、顔を背けたりと、拒絶的なものでも構わないから何かしらの反応を求めているのだろうが、やはり武闘家は何の反応も示さない。

 

「……」

 

 ローグハンターは不満げに溜め息を吐くと、頬を突ついていた手を離し、ベッドに肘をついて頬杖をついた。

 失礼を承知でしばらくぼんやりと寝顔を眺め、再び溜め息。

 

「お前はあの時、何と言ったんだ……?」

 

 彼女が気絶する間際。虫の羽音のようなか細い声で、何かを言っていた気がする。

 それを聞き取れなかったのは自分の不覚だし、そんな余裕もなかったのも本音ではある。

 その言葉を知りたくて仕方がないのだが、寝ている相手に聞いても意味はない。

 いい加減部屋に戻るべきかと自問し、どうせやることもないと答えを出した。

 この際ここで仮眠するのもありかと思えてきたほどだ。

 ここでなら彼女が目覚めればすぐにわかるし、誰かが入ってきてもすぐにわかる。

 自分たちはならず者殺し(ローグハンター)。多方面から恨みを買っている自分たちにとって、いつ刺客が来るかもわからない。

 流石にここ──地母神の神殿にまで殺しに来る輩はいないだろうが、二人して弱りきっている今を狙われないとは言い切れない。

 警戒はいつでもするべきだし、結果何もなくとも少し疲れるだけだ。

 ローグハンターは鼻から息を吐くと、目を閉じて耳に意識を傾けた。

 鳥のさえずり、葉の揺れる音、誰かの祈りの声と、喧騒に包まれる街から少し離れた、神殿だからこそある静けさは、彼も好むものだ。

 活気に溢れる喧騒もいいが、たまには静かな場所で過ごすのもいいではないか。

 一人静かに微笑む彼の耳に、不意に誰かの足音が届いた。

 こつこつと靴底が石床を叩く音が近づき、扉の前で止まる。

 殺気の具現化でもある囁き声が聞こえる訳でもなく、扉を蹴破ってくるわけでもなく、扉の前で止まった誰かは、律儀にも扉を叩いてきた。

 

『あ~、入っても大丈夫?』

 

 随分と気の抜けた確認の声に面をくらいつつ、「ああ」と応じてやると、扉が開かれた。

 

「やっぱりここにいた。調子は良さそうだね」

 

 入室と同時にローグハンターの姿を見つめたその人物は安堵したように笑顔を見せ、ホッと小さめの胸を撫で下ろした。

 青い短髪に、地母神の神官の証たる白い法衣。

 首から下がる認識票は、在野最高の冒険者を示す銀の輝きを放つ。

「あんたか」と警戒するように目を細めながら呟いたローグハンターの姿に、青髪の女神官は苦笑混じりに「私よ」と頷いた。

 

「……一応キミたちの命の恩人だよ、私」

 

「それに関しては感謝している。で、帰らなくてもいいのか」

 

「……無愛想だね、まったく」

 

 やれやれと肩を竦めた青髪の女神官は、「ま、いいけれど」と笑みを浮かべた。

 

「他の負傷者の治療も終わったし、遺体の回収と、葬儀も終わった。そろそろ撤収かな」

 

 一本ずつ指を折りながらそう告げた彼女は、ちらりと武闘家へと目を向けて溜め息を漏らした。

 

「拳の骨が砕けて、内臓もぼろぼろ。私があの場にいなかったら確実に死んでいたよ?」

 

 なぜここまで無理をさせたと、言外に責められたローグハンターは無言で唸り、眠る彼女の顔を見つめた。

 彼女が気絶した直後、逃がした二人経由でたどり着いた『討伐隊』に拾われる形で一命をとりとめた訳だが、彼らの到着が僅かでも遅れていれば、少なくとも武闘家は死んでいただろう。

 

「……」

 

 自分の腕の中で、大切な誰かが死ぬ感覚は、出来るなら二度と味わいたくはない。

 無言で張り詰めた表情をするローグハンターに、青髪の女神官は言い過ぎたかと反省しつつ、彼に頭を下げた。

 

「いきなりどうした」

 

 視界の端で捉えた彼女の行動に驚いたローグハンターが問うと、彼女は「お礼を言わせて」と前置きをしてから告げた。

 

「キミたちは彼を止めてくれた。その事実に関しては、感謝して然るべきだ」

 

「……知り合いだったのか」

 

「袂を別った旧友のようなもの、かな。彼にしてみれば、だけど……」

 

 ローグハンターの問いかけに、彼女は僅かに目を逸らしながら意味深な表情で認識票を撫でた。

 儚げな笑みをこぼし、懐かしむように目を細めるのは、過去に彼と何かあった事を教えてくれるが、

 

「言いたくないのなら、無理に聞くつもりはない」

 

 言葉に詰まる彼女に気を遣ってか、ローグハンターは腕を組みながらそう告げた。

 語りたくない過去の一つや二つ、誰にだってあるものだ。

 それは他人に詮索されたくないものだろうし、自分の口からも言いたくはないだろう。

「ありがとう」と呟いた彼女は、涙が浮かぶ目元を拭うと笑みを浮かべた。

 

「想いは口にしないと伝わらない。言える時に言わないと、きっと後悔するよ」

 

「……」

 

 ローグハンターが彼女の言葉の意味を考え、口を閉じてだんまりすると、「それじゃあ、達者でね」と青髪の女神官は部屋を後にした。

 諸々の後処理は終わったとは言っていたが、まだやるべきことがあるのだろう。

 無言のまま彼女を見送ったローグハンターは腕を組みながら嘆息すると、武闘家へと目を向けた。

 相変わらず寝ているようだが、先程に比べて表情が固い。

 うるさくしてしまったから、眠りが浅くなってしまったのだろう。

 

「また来る」

 

 そう呟いて彼女の頬に触れた直後、ぴくりと武闘家の指が動いた。

 ゆっくりと目を開いた彼女は、驚いて目を見開いているローグハンターの姿を捉え、思わず苦笑してしまう。

 

「えっと、おはよう」

 

 とりあえず朝の挨拶をすると、ローグハンターは困惑気味に「ああ、おはよう」と返し、そっと両手を彼女の頬に添えた。

 そのまま自分の顔を寄せて、額同士をぶつけ合わせた。

 

「あー、と、その……?」

 

「……」

 

 困り顔で疑問符を浮かべる彼女を他所に、ローグハンターは無言で彼女の体温を確かめた。

 

「無事で、良かった」

 

 僅かに声を震わせて紡がれた言葉に、武闘家は少々の罪悪感を抱きながら「きみもね」と笑みを浮かべた。

 実際にはあの青髪の女神官が入ってきた辺りから、目を閉じていただけで起きてはいたのだ。

 起きる時機(タイミング)を見つかられなかったせいだが、おかげで彼の不安を余計に煽ってしまった。

 

「えっと、そろそろ放してくれない……?」

 

「……!ああ、すまん」

 

 じっと鼻先が触れ合う距離で見つめ合っていた二人だが、先に根をあげたのは武闘家だった。

 照れから顔を真っ赤にした彼女が目を背けた事を合図に、ローグハンターはハッとして手を離すと数歩下がる。

 真っ赤になった顔を両手で覆って隠そうとするが、耳まで赤くなっているのだから意味はあるまい。

 

「「……」」

 

 そして、二人の間には奇妙な静寂の時間が流れ始めた。

 お互いに何を言うべきか迷い、相手から切り出してくれないかと待ちの姿勢になってしまったからだ。

 その時間が数分ほど続くと、くぅと武闘家の腹の虫が鳴いた。

 

「~っ!?」

 

 武闘家は慌てて自分の腹を隠すが、隙間からくぅくぅと虫の鳴き声が続いており、ついに諦めた彼女は誤魔化すように「あはは」と乾いた笑みをこぼした。

 対するローグハンターは手で口許を隠しながら、くつくつと喉の奥を鳴らして笑い始めた。

 

「むぅ。笑わないでよ!」

 

 彼の反応に頬を膨らませて抗議するものの、ローグハンターは気にした様子もなく「何か食べに行くか」と問うた。

 

「そうだね。誰かに声をかけてから──」

 

 彼の提案に頷いた武闘家は自分の格好を目に向けて、赤面しながら彼に告げる。

 

「その前に、着替えていい?この格好じゃ、ね?」

 

 彼女が着ているのはゆったりとした患者服とも言えるもの。

「それもそうだな」と彼女を凝視しながら呟いたローグハンターは、部屋を見渡した。

 部屋の片隅に置かれた籠を見つけ、中身を確認。

 彼女が依頼に出る際に着る衣装が、防具を除いた状態で保管されており、畳まれ、折り重なっている。

 丁寧に洗われたそれは返り血も汚れもなく、神官たちが親切にも整えてくれたのだろう。

 顔も名も知らない神官たちに感謝しながら、「ここにあるようだな」と籠を示した。

 

「わかった。えっと、それじゃあ……」

 

「外にいる。何かあれば声をかけろ」

 

「うん」

 

 彼女の返事を受けたローグハンターは部屋を後にするが、そのまま扉の脇に寄りかかった。

 腕を組みながら窓の外を見つめ、荷物片手に走り回る神官たちを眺めた。

 

 ──守り、癒し、救え、だったか……。

 

 年齢も性別も違うが、地母神の教えに従い行動する彼らは、多くの冒険者たちからも感謝される存在だ。

 だがその多くは孤児であり、何かの都合で捨てられた、あるいは天涯孤独となった子供たちが拾われ、ああして生活をしているわけだが……。

 年長たちが年少組を手伝いながら、井戸から水を汲み上げて屋内へと運びこむ姿を見つめ、ローグハンターは苦笑を漏らした。

 

 ──あんないい子ではなかったな。

 

 自分があのくらいの頃は、勝手に塞ぎ込んで他人との関わりには一線を引いていたというのに。

 そんな一線を構わずに踏み込んできたのは尊敬する師匠(マスター・コーマック)くらいのものだったが、今は違う。

 

「お待たせ!」

 

 勢いよく扉を開け放ち、元気一杯に声を出した武闘家は、扉のすぐ脇に控えていた彼を見つけて首を傾げた。

 何やら神妙な面持ちで、自分の事をじっと見つめてくるのだ。不思議に思わずにはいられない。

 

「……ど、どうかした?」

 

「いや……。とりあえず神官長を探すぞ。礼くらいは言うべきだろう」

 

 彼女の問いかけを、ローグハンターは肩を竦めて誤魔化すと、さっさと歩き出してしまう。

「あ、待ってよ」と怪我をした腕を庇いながら後を追いかけた武闘家だが、その表情は真剣そのものだ。

 

『想いは口にしないと伝わらない。言える時に言わないと、きっと後悔するよ』

 

 脳裏に過るのは、寝たふりをしている時に青髪の女神官が言っていた言葉。

 あれは彼ではなく、おそらく自分に向けた言葉なのだと、何となくだが察することは出来た。

 きっと彼女は大切な想いを胸に秘めたまま、それを告げることが出来ずに別れてしまったのだろう。

 その結果が今回の騒動なら、過去の自分を殺したくなるほどに責めるに違いない。

 

「……」

 

 武闘家は自分の胸に手を当てて、心臓の鼓動に耳を傾けた。

 ドクドクと音をたてていつも通りに脈動しているそれは、下手をすれば止まっていたかもしれないものだ。

 そしてこれが止まった時、自分は物言わぬ肉塊になってしまう。

 この胸に秘めた想いも消えて、彼は彼のまま一人きりで戦い続けるのだろう。

 

「……それは、やだな」

 

「どうかしたのか」

 

 無意識に呟かれた言葉に、ローグハンターは振り向き様に反応を示したが、武闘家は「何でもない」の一言で返すと、小走りになって彼に追い付く。

 そしていつものように彼の腕に抱きつくと、にこりと笑いながら告げる。

 

「あの人と戦ってお互いに無事だったんだから、ちょっとだけ豪華にしない?」

 

「……そうだな。まあ、たまにはいいだろう」

 

「やった!なに食べようかな~」

 

 お肉もいいし、お魚もいいかなと、独り言を漏らしながら涎を拭う姿は、あの戦いで見せた凛々しさとは程遠い。

 だがローグハンターは彼女の表情を見ながら、小さく笑みをこぼした。

 彼女の知らなかった一面を知れたと思えば、不思議と胸の奥が温かくなる。

 何故なのかはわからないが、きっと良いことではあるのだろうと推察して、「何にするか」と彼女の話に合わせることにした。

 とりあえず食事にしよう。おそらく三日ぶりなのだ、多少豪勢でも構いはすまい。

 戦いの勝利を祝って馬鹿騒ぎするのは、古くから続く冒険者の伝統だ。

 異端と言えど冒険者なら、それをしたって誰にも怒られはしないだろう。

 二人は上機嫌そうに連れ添いながら、神官長を探して神殿を練り歩くのだった。

 

 

 

 

 

 それから数時間後。

 空も橙色に変わり、間もなく夜へと変わる夕刻。

 食事と、ギルドへの報告──と言っても生存報告のみだが──を済ませた二人は、辺境の街の片隅にいた。

 住宅地からも離れ、道も舗装されていないその場所は、天然の芝生が敷かれ、外壁の中にも関わらず静かだ。

 暗くなっていく空を、何の障害物もなく見ることができ、何より誰からも邪魔をされない、二人きりになるにはいい場所に違いない。

 

「話があるの」

 

 その一言で彼をここに誘った武闘家は、芝生の上に寝転びながら空を見上げていた。

 山の方から紫色に染まり始めた空は、目を凝らせば輝く星が見え始め、双子の月もそれぞれの色を放ち始めている。

 まもなく夜。人々が寝静まり、街が文字通りの静寂に包まれる時間。

 寝転んだまま首を巡らせてみれば、隣で寝転ぶローグハンターに目を向けた。

 彼の蒼い瞳は真っ直ぐに空を見つめ、時折瞬きをするのみであまり動くことはない。

 

「……」

 

 彼の横顔をじっと見つめ、しばらく見惚れていた武闘家は、ほんのりと赤くなった顔を誤魔化すように再び空を見上げた。

 陽が山の影に隠れ、微かだった星の輝きが強まれば、二人の視界を満たすのは満天の星空だ。

 雲が一つもなく、視界を遮る木々もなく、星の光を邪魔する光源すらもない。

 星空が自分だけのために広がっているのではと感じてしまうほどに、武闘家はその光景に圧倒されていた。

 

「……綺麗だ」

 

「……うん」

 

 ローグハンターがぽつりと呟いた言葉に武闘家は言葉少なに頷き、星空を見つめた。

 こうしてゆっくりと空を見上げるのが随分と久しぶりなような気がして、小さく溜め息を吐く。

 冒険者になり、彼と一党を組んで、もうすぐ三年だ。

 毎日が命懸けで、毎日が血塗れで、毎日憎しみを向けられて、それでもこうして星を見上げている。

 人生って不思議だね、なんて他人事のように思いながら、ちらりとローグハンターの横顔を見た。

 筈なのだが、こちらを見ていた彼と目が合い、「え……」と声を漏らした。

 夜空を閉じ込めた蒼い瞳がこちらを見つめ、顔に芝生が貼り付いているから、だいぶ前から見ていたのだろう。

 

「……」

 

 ローグハンターは誤魔化すように無言で夜空に視線を戻すが、武闘家は「ちょっと待って……!」と身体ごと彼の方を向いた。

 

「い、いつから見てたの?」

 

「お前の視線を感じてから、今までずっとだ」

 

 ──それはほとんど最初からでは……?

 

 武闘家はその疑問をとりあえず飲み込んで、「そっか」と呟いた。

 とりあえず向き合ったからにはと、二人は無言で見つめ合い、しばらく静寂を堪能することにした。

 鳥のさえずりは止み、あるのは風で芝生が揺れる音とお互いの呼吸音。

 話があると誘ったのは武闘家なのだから、話し始めるのは彼女だろうと、随分と前のように思えて、けれど鮮明に思い出せる彼女との出会った日と同じ事を思っていた。

 その時は待たずにこちらから切り出したが、今は時間があるのだからいくらでも待てる。

 優しい夜風に当たりながら、待つこと数分。

 ずっと見つめ合っていた為か、もじもじと身体をくねらせて照れ始めた武闘家は、一度咳払いをして身体を起こした。

 ぱんぱんと背中を叩き、乱れた髪を整えて、寝転ぶ彼に向き合うように座り直した。

 

「えっと、大事な話があるの」

 

 か細い声で呟かれた言葉を受けたローグハンターも身体を起こし、彼女と向き合う形で座り直す。

 続きを急かすことはなく、あくまで彼女が口を動かす事を待つ。

 彼女が大事な話と言ったのだ。何を言うのからわからないが、相談に乗ると決めたのは自分なのだから、聞かない道理はない。

 武闘家はただ黙って待ってくれているローグハンターを見つめながら、大きく深呼吸。

 朧気な記憶ながら、一度は言ったのだ。二度目がなんだと自分を奮い立たせ、自分の頬を叩いた。

 パン!と鳴った快音を合図にローグハンターも姿勢を正し、彼女の言葉に集中した。

 彼も待ってくれているのだ。なら、もう黙っているわけにはいかない。

 

「大好き……だよ……」

 

 彼女にしては一世一代の大勝負。

 その言葉は確かにローグハンターに届いたのだろう。

 彼は彼女の言葉に驚いたように僅かに目を見開くと、ゆっくりと目を閉じた。

 それが何を意味しているのか、武闘家にはわからないが、一分もしないうちに目を開き、ぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。

 

「俺は、人を好きになるということがよくわからない。故郷では色恋沙汰とは無縁だったし、あまり興味もなかったからな」

 

 瞳を儚げに揺らしながら、握り締めた自分の手を見つめた。

 

「世のため人のため、命懸けで走り回る。それが俺の使命だったし、他にやることもなかった。誰かを愛する気持ちなんて、理解する暇もなかった」

 

 彼はそう言うと握った手を開き、「だが……」と前置きをしてから彼女を見つめた。

 三年間寝食を共にした相棒が、覚悟を決めてその一言を言ったのだ。

 なら、素直になるべきだろう。

 ふっと柔らかな笑みを浮かべ、緊張の面持ちを浮かべる武闘家に告げる。

 

「お前に会えて、お前と一緒にいて、何と言えばいいのか、その……」

 

 珍しく言葉を詰まらせ、迷うように目を泳がせた彼は、深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、武闘家の顔を見つめた。

 

「お前と一緒にいると、こう、胸の奥の方が温かくなる。最近じゃ、お前とずっと一緒にいたいと、思うように、なってきて、その、だな……」

 

 あー、えーとと、言葉を続けられないローグハンターに業を煮やしてか、武闘家が彼の肩に手を置いた。

 

「細かいことはいいの!きみは、私の事をどう思ってるのかだけ、言えばいいの!」

 

「あ、お、そ、そうか……」

 

 ずいっと前のめりになりながら告げられた言葉に、ローグハンターは困ったように頷くと、自分の胸に手を当てた。

 

「お前は強い人だし、何より優しい人だ。俺が釣り合っているのかは不安でしかない、素晴らしい人だと思う」

 

「え、あ、ありがとう……。じゃなくて、そういうの良いから!」

 

 彼の言葉に照れ臭そうに頬を赤らめた武闘家だが、肝心の答えがない事に気付いて続きを催促。

 

「……そうか。なら、はっきり言おう」

 

 ローグハンターはそう言うと、口角が自然と上がり、優しげに目が細まった。

 

 ──それは誰が見ようと『心から笑っている』と評する、彼が始めて見せた心からの笑顔だ。

 

 武闘家がそれに見惚れ、言葉を失っている間に、ローグハンターは告げた。

 

「──お前を愛している」

 

 満面の笑みと共に贈られた言葉に、武闘家の目尻に熱が溜まり、つぅーと涙が流れた。

 それは嬉し涙だ。彼が笑ってくれたことが嬉しくて、彼が拒まなかったことが嬉しくて、悲しくもないのに涙が止まらなくなってしまう。

 それを知るよしもないローグハンターがぎょっと目を見開いて慌て始め、懐から手拭い(ハンカチ)を引っ張り出した瞬間、武闘家は彼の頭を押さえ、自分の顔を近づけた。

 その距離はすぐに零になり、二人の唇が重なるのはすぐのこと。

 ローグハンターは突然の口付けに驚くものの、すぐにそれを受け入れ、目の前にある武闘家を真似て目を閉じた。

 お互いの体温を感じながら、恋人(・・)として初めての触れあいを堪能する。

 だがそれもすぐに終わり、武闘家は顔を離すとにこりと笑った。

 が、すぐに照れ臭くなり、真っ赤になった顔を隠すように顔を背けた。

 ローグハンターは名残惜しく思いつつそれを受け入れ、彼女の余韻が残る唇に触れた。

 不思議な心地よさと、何とも言えない多幸感が身体に満ちて、表情が勝手に和らいでしまう。

 普段の彼を知る者なら、まず間違いなく二度見するだろうだらしのない表情。

 彼はそれを隠す気もなくさらしながら、「これからも、よろしく頼む」と喜色が孕んだ、跳ねるような声音で告げた。

 

「うん。よろしくね」

 

 相変わらず顔を背けていた武闘家は、とりあえず彼の方に目を向けながら微笑んで、お互いの笑顔を交換。

 双子の月と満天の星空の下で、後に世界を救う恋人(英雄)が、新たな一歩を踏み出したのだった。

 

 

 




次回からエピローグ――武闘家の両親との話(真のラスボス戦)に入る予定です。

感想等ありましたら、よろしくお願いします。
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