SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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突然ですが、エピローグ一話目にして『SLAYER'S CREED 追憶 』最終回です。


Epilogue
Memory01 語らい


 西の辺境の片隅。

 名前さえも定かではなく、数多くある開拓村の一つ程度の認識しかないその村には、老若男女様々な人々が生きている。

 子供たちが剣に見立てた棒切れを片手に走り回り、それを眺める大人たちの表情は穏やかなもの。

 風に揺れる洗濯物。

 大人たちの談笑の声。

 子供たちの笑い声。

 畑仕事をする男たちの掛け声。

 あるのはまさに平穏。多くの人が望み、そして手に入れるのに大変な苦労を伴うものが、この村には満ちていた。

 だがしかし、平穏というのはふとした切っ掛けで崩れてしまうものなのだ。

 パァァァァン!と村に響く快音が鳴ったかと思えば、とある民家の玄関が吹き飛び、中から鎧を纏った何かが飛び出してくる。

 飛び出した何かは、背中と地面を擦らせながら減速していき、停止と同時に勢いで振り上がった足が地面に倒れた。

 

「……?」

 

 その何かは目を真ん丸く見開きながら、困惑気味に空を見上げる。

 憎たらしいまでに輝く陽の光に目を細め、円を描いて飛ぶ鷲をぼんやりと眺めた。

 

 ──何を、間違えた……?

 

 なぜ自分が地面に転がっているのか。

 そもそもなぜ殴られたのか。

 二つの疑問が頭の中をぐるぐると回り、結局答えがわからずに低く唸った。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫!?」

 

 慌てて吹き飛んだ玄関を潜り、倒れる彼に駆け寄ったのは、銀色の髪を風に(なび)かせる女性だ。

 戦う為に鍛えられた肢体は、筋肉質でありながら触れれば柔らかく、一見細い指も拳を固めれば岩をも砕く鉄拳となる。

 何より目を引くのは、その整った顔立ちと、戦う際に邪魔になるであろう、たわわに実った二つの乳房(果実)だろう。

 事実彼女が家から飛び出してきただけで、何人かの若者が彼女に視線を向け、鼻の下が伸びているようにも見える。

 

「おーい、大丈夫ー?」

 

「……ああ、なんとか」

 

 隣でしゃがみこみ、つんつんと頬をつついてくる銀髪の武闘家の問いかけに、地面に転がるローグハンターは酷く困惑したまま頷いた。

 両手を地面について身体を起こし、ごきごきと首を鳴らす。

 細めた蒼い瞳を向けた先。玄関の奥、家の中で拳を突き出した体勢を取っている男を見つめ、「参ったな、これは……」と呟きながら立ち上がる。

 ぱんぱんと身体を叩いて砂埃を落とし、殴られた為か酷く痛む額を抱え、低く唸る。

 

「……いきなりあれはないと思うよ?」

 

 そんな彼の肩を叩いた銀髪武闘家は、珍しく彼を非難するような声音でそう告げた。

 ローグハンターは「そうなのか?」と首を傾げ、銀髪武闘家は溜め息混じりに天を仰いだ。

 彼が普通からだいぶずれているのはわかる。六年も一緒にいるのだから、それくらいはわかってはいるのだ。

 

「とりあえず、戻ろう」

 

「ああ。次は避ける」

 

「……」

 

 彼の背中を擦りながらの提案に、ローグハンターはこれまた的外れな事を言いながら頷き、銀髪武闘家は半目になりながら彼を睨んだ。

 彼女の目は『そこは殴られないようにしようよ』と告げているのだが、ローグハンターは額のたんこぶばかりを気にしており、彼女の視線に気付いた様子はない。

 彼は足音もなく吹き飛ばされた民家を目指し、もはやなくなってしまった玄関を潜り、拳を引っ込めた男性の前に腰を下ろした。

 その隣に銀髪武闘家も腰を下ろし、額には冷や汗が流れる。

 並んで座る二人と対面するように、戻ってくる二人を待ち構えるように座していたのは、二人の男女だった。

 銀色の髪と銀色の瞳をした妙齢の女性は心配そうにローグハンターを見つめ、座ったままではあるがちらちらと薬草が詰まった箱の方に目が向いている。

 対して隣の男性。彼は言ってしまえば不機嫌だった。

 額には青筋が浮かび上がり、膝の上で握られた拳は力んでいるためかぷるぷると震えている。

 

「さっきの言葉、もう一度言ってくれないか」

 

 声こそは冷静ではあるものの、そこに隠されているのは凄まじいまでの怒気だ。

 子供がいれば泣き出すような覇気に当てられながらも、ローグハンターは銀髪武闘家に目を向けると一度咳払いをし、改めて口を開いた。

 

「こいつを俺にくれ」

 

 直後、本日二度目の快音が、村に響き渡った。

 

 

 

 

 

「な、なにがいけないんだ……!?」

 

 額ではなく鼻先を殴られ、今度はたんこぶではなく鼻血を垂らす彼は、半ば怒鳴るようにして目の前の男性──武闘家の父親に向けて問いかけた。

 問われた父親は「あ゛」とどすの利いた声を漏らし、バキバキと拳を鳴らす。

 

「ちょ、二人とも一回落ち着こうよ、ね!」

 

「そうよ、あなた。もう、せっかくこの()が彼氏を連れてきたのに!」

 

「その彼氏が問題なんだろう!」

 

「俺は落ち着いている」

 

 彼に手拭いを差し出し、鼻を押さえつけた銀髪武闘家。

 夫の肩を掴んで止める彼女の母親。

 今にもローグハンターを殴ろうとする父親。

 彼女に鼻血を止めてもらっているローグハンター。

 と、順々に口を開き、その後一斉に溜め息を吐いた。

 熱せられた空気が僅かに落ち着き、銀髪武闘家の手から手拭いを受け取ったローグハンターは、「あー、くそ……」と悪態をつきながら出血が治まるのを待つ。

 とりあえずしばらくは静かになるだろうと見てか、銀髪武闘家は「えーと、ねぇ」と言葉に困りながら目を泳がせた。

 帰って来て早々に拳骨でもされるかと思ったが、むしろ温かく迎えてくれたのはとても嬉しかった。

 喧嘩別れをした娘が帰って来たのに、怒ることなく笑って迎えてくれたのは、緊張していた自分が馬鹿に思えた程だ。

 だが、問題が起こったのはここからだった。

 彼氏ということで紹介したローグハンターが、まず第一声に挨拶をして、その直後にこう言ったのだ。

 

『俺はこいつと付き合っている。出来ることなら、俺にくれ』

 

 何度も言うが、彼が普通と呼べる人からだいぶずれているのは承知の上だし、何ならどんな相手にも臆さずに突っ込んでいく気概を持ち合わせていることも知っている。

 

 ──それでも、あれは駄目でしょ……。

 

 最低限どころか、割りと奥まった礼儀作法さえも知っていそうな彼が、まさかあんなことを言うとは……。

 とりあえず第一印象は最悪。ここからどう盛り返すべきか。

 頭を抱えてうー、うー、と唸る銀髪武闘家を他所に、彼女の両親は顔を合わせた。

 愚直に思ったことを口にし、何事も勢い任せだったあの娘が、神妙な面持ちで考えを巡らせているのだ。

 見ない間に成長してくれたのは嬉しい限りではあるが、それを知る切っ掛けが礼儀知らずの恋人なのは残念で仕方がない。

 むぅと低く唸った父親は腕を組みながらローグハンターを睨み、母親は困り顔で苦笑しながらローグハンターと武闘家を見る。

 頭を抱える武闘家を心配そうにしながらも、とりあえず止血を優先しているのか口は閉じたままだ。

 何か言って欲しいものではあるが、怪我をしてしまっているだから仕方がないと一旦は放置。

 

「とりあえず」

 

 母親がぽんと手を叩くと、三人の視線が一斉に集まり、僅かに照れながらもこほんと咳払い。

 そして優しく笑いながら、銀髪武闘家とローグハンターに問いかけた。

 

「二人の話を聞かせてくれる?どこで出会って、どんなことがあって、どうしてここに来たのか。それがないと、私も、この人も、何とも言えないわ」

 

 ね?と肩に手を置かれた父親は、先程まで額に浮かんでいた青筋が薄くなり、憤怒の表情も和らぐ。

 僅かに目を細めたローグハンターは、そこからやればよかったのかと納得し、ちらりと銀髪武闘家へと目を向けた。

 彼女は気恥ずかしそうに朱色に染まった頬を掻くと、「どこから話そうかな……」と彼の瞳を見つめ返す。

 

「とりあえず、出会った日からでいいと思うが」

 

 ローグハンターは顎に手をやりながらそう言うと、ちらりと銀髪武闘家の両親に目を向けた。

 母親が「構いませんよ」と笑い、父親が無言で頷くと、ローグハンターと銀髪武闘家は顔を見合せ、同時に頷いた。

 そして先に口を開いたのは、銀髪武闘家だ。

 

「えっと、彼と出会ったのは私が冒険者になった日のことで──」

 

 彼女の口から語られるのは、二人の始まりの物語。

 二人が出会い、初めて行った冒険の話。

 彼と歩む切っ掛けになった冒険の話。

 彼に惹かれる切っ掛けになった冒険の話。

 二人が歩んだ六年間を、彼女の主観やローグハンターの解説を交え、誇張することもなく、けれど謙遜することもなく、真実のみを語る。

 その間、両親は一切口を挟んでは来なかった。

 娘が故郷を飛び出し、在野最高の銀等級まで登り詰めるまでの話だ。

 吟遊詩人が誇張混じりに歌うものとは訳が違う、血の通った物語(サーガ)

 盗賊団の殲滅戦や、雪山での戦い、不思議な盗賊と拐われた令嬢の話に、何年か前に話題にもなった、悪魔とまで呼ばれた男との死闘。

 本来なら言ってはならないような、割りと踏み込んだ話さえも含まれるそれは、聞いている二人が多少なりとも気を使うような内容でもある。

 それでも二人は包み隠さずに物語を語るのは、一重に両親に隠し事をしたくないからということと、両親には全てを知って欲しいという僅かな我が儘。

 両親も何となくそれを察してくれてはいるのか、聞きはすれど口は挟まず、けれど時折眉を寄せたり、小さく悲鳴を漏らしたりと、反応はしてくれるのだからありがたい。

 ──と、両親の反応を見ながら、一通りの冒険譚を語り終えると、銀髪武闘家が頬を赤く染めながら彼の脇をつつき始めた。

 

「それで最終的に私から告白して、それから一緒に寝たり、仕事関係なしに出掛けたりし始めて──」

 

「……ん?」

 

「好きな食べ物とかを話したり、好きな場所に一緒に行ったり、お祭りの日は街を見て回ったり、結構仲良くしてるの」

 

「あらあら……」

 

 銀髪武闘家の放つ言葉が、冒険のことから彼への惚気(のろけ)話に変わり始め、父親は再び眉を寄せ、母親は困り顔で頬に手を当てた。

 その頬が僅かに赤くなっており、娘の惚気に照れているのだろう。

 父親は何とも言えない表情でローグハンターに目を向けると、当の彼は顎に手をやりながら目を閉じ、何かを考え込んでいる様子だ。

 

「あー、何か言いたいのなら言ってくれ」

 

 そんな彼に父親は溜め息混じりにそう言うと、ローグハンターは目を開いて「むぅ……」と困ったように唸った。

 

「……どこから言えばいいのか」

 

「待て、何を語るつもりだ」

 

「こいつの好きな所だが」

 

「……」

 

 父親の問いかけに、ローグハンターはさも当然のように即答し、父親は助けを求めるように妻に目を向けた。

 

「それでね、彼って甘いのが好きなんだよ」

 

「へぇー、そうなの?そういえば、この前商人さんがあいすくりん?っていう食べ物を食べたの。甘くて、冷たくて、美味しかったわ」

 

「あ、私も知ってる!食べたこともあるよ」

 

「あら、そうなの?」

 

 だが、妻は久しぶりに会う娘との会話を楽しみ始めており、もはや恋人との馴れ初めとは関係のない話にまで進展していた。あの様子では助けてくれないだろう。

 父親はすぐに諦めてローグハンターに目を向け、待ち構えていた彼の蒼い瞳を睨み付けた。

 妻のように懐柔されるわけにはいかぬ。この男が、愛する我が子と釣り合う人物かを見定めなくてはならない。

 

「それで、この娘のどこが好きなんだ」

 

 強気の姿勢で語気を強め、相手を威圧するように腕を組む。

 その問いかけを受けたローグハンターは一度深呼吸をすると、ちらりと銀髪武闘家に目を向け、小さく微笑んだ。

 

「行ってしまえば何もかもが好きではあるんだが……」

 

 彼はそう前置きすると視線を父親に戻し、僅かに瞳を陰らせながら口を開いた。

 

「月明かりのように優しい銀色の髪も、いつでも俺を真っ直ぐに見つめてくる銀色の瞳も、聞いているだけで安心できる声も、美味い物を食べた時に見せる嬉しそうな顔も、誰かと話す時に見せる人懐こい顔も、ふとした拍子に見せる凛とした顔も、すらりと伸びた足も、鍛えているのに柔らかな腕も、時々俺を子供みたいに撫でてくる手も、あと本人に言えば怒るだろうが、抱き締めた時に受け止めてくれる胸の柔らかさも、彼女を彼女たらしめる何もかもが──って、聞いているか」

 

 淡々と彼女の好きな所を語っていたローグハンターは、何やら父親が(やつ)れている気がして声をかけた。

 

「あ、ああ。聞いていたとも、平気だ……」

 

 父親はふらつく身体に喝を入れつつ、頭を振って意識を戻した。

 いや、まあ、聞いたのはこちらだし、ある程度語って貰わねば再び拳を振るわなければならないとも思っていたのだが……。

 

「あとは人を思いやる優しさを持っていること、決めたことを最後まで貫く強さを持っていることも、時々心配になるほどに無用心になる所も──」

 

 ──平気だとは言ったとも。だがそれは、続けろという意味ではないんだが……。

 

 父親は再び話し始めたローグハンターを半目になりながら見つめ、彼に気付かれないように溜め息を漏らした。

 そんな父親の様子に気付いた様子もなく、ローグハンターは淡々と彼女の好きな所を呟き続けていた。

 そしてそれが聞こえているのだろう。隣の銀髪武闘家の顔が段々と赤くなり、煙が噴き始めている。

 聞いていて照れ始めた母親も「あらあら」と呟きながら頬を赤く染めて、愛娘と同じ銀色の瞳を細めた。

 愛娘の恋人は、想像以上に惚れ込んでいる──というよりは、依存しているようだ。

 彼なら愛娘を捨てたり、別れたりしないという安心感はあるのだが、娘と他の男性が話しているだけで、その男性に殺意を剥き出しにしそうな、不安があるのも事実。

 

 ──けど、悪い人ではないんでしょうね……。

 

 逆に言えば、彼は余程のことがなければ愛娘の味方であり続けてくれるだろうし、身体を出る目当てに言い寄ってくる馬鹿(害虫)どもを追い払ってくれるだろう。

 すっと細められた銀色の瞳にいまだに娘を語っている恋人の姿を映し、僅かに口角をつり上がる。

 隣の夫は「悪い顔になってるぞ」と言って苦笑しているが、別にいいではないか。

 

 ──そんな顔さえも美しいと言って口説いてきたのは、どこの誰だったかしら?

 

 にこりと微笑みながら夫の顔を見つめてやれば、彼は頬を赤らめながら顔を背ける。

 いつまで経っても笑顔に弱いのは、彼の数少ない欠点の一つだ。

 

「それで──』

 

 母親はその笑顔を変えずにローグハンターを見つめ、一つの疑問を彼へとぶつけた。

 

「孫の顔は見られるのかしら?」

 

「「っ!?」」

 

 その一言に驚愕し、彼女に揃って視線を向けたのは、銀髪武闘家と父親の二人だ。

 二人して顔を赤らめ、見開かれた瞳は何を言い出すんだと語っている。

 対するローグハンターは冷静なもので、さも当然のようにこう返した。

 

「頑張ってはいる」

 

 直後、本日三度目の快音が村に響き渡った。

 

 

 

 

 

「ここまで来ると、理不尽じゃあないか!?」

 

 凄まじい衝撃に口元の傷痕が抉じ開けられ、さながら吐血したように口の回りを真っ赤にしたローグハンターは、ついに堪忍袋の緒が切れたらしい。

 蒼い瞳に殺意を滲ませ、額に青筋を浮かばせる。

 今にも飛び掛からんとする彼の衣装を掴んでいる銀髪武闘家は、両親に多少非難的な視線を向けつつ、困り顔で溜め息を一つ。

 愉しそうに笑う母親の隣。同じく困惑気味の父親は、放ってしまった拳をゆっくりと引っ込めた。

 

「す、すまん、つい反射的に……」

 

 申し訳なさそうに小さく頭を下げつつ、「だがな」と食い下がる。

 

「婚礼の前に、その、子作りに励むなど──」

 

「あら。私たちが結婚したのは、この娘が出来たからでしょう?」

 

「……」

 

 もっともらしいことを言って優位を取ろうとしたのだが、それは味方の筈だった妻により遮られ、父親は沈黙。

 手拭いで止血をしているローグハンターは、鈍痛に眉を寄せつつ溜め息を漏らし、「とにかく」と声を出した。

 

「俺はこいつと、仲間としてではなく男女として付き合っている。生活が安定しているが、明日も二人揃って無事にいられる保証もない」

 

 湧き出る怒りを避けられなかった自分のせいにすることで一旦は静め、「だが」と呟きながら両親に目を向けた。

 

「俺はこいつを、あんたたちの娘を愛している。この気持ちに嘘偽りはない」

 

 二人を真っ直ぐに見つめながら、静かで、けれど力強い声音で言葉を紡いだ。

 彼の言葉に応じるように、銀髪武闘家が彼の手を握り、二人は顔を合わせた。

 銀髪武闘家は彼への愛情と慈愛がこもった笑みを。

 ローグハンターは彼女への愛情と信頼がこもった瞳を。

 二人はそれぞれ頷き、両親に視線を戻す。

 

「俺に、彼女を任せてはくれないか。命に懸けて、必ず幸せにする」

 

『任せてくれ』ではなく、『任せてはくれないか』。

 言い切るわけではなく、あくまでも選択肢を残しての言葉には、彼の優しさが滲み出ている。

 問答無用に否を叩きつけられればどうするのかと疑問には思えど、彼の瞳を覗いた者でそう言える者はいないだろう。

 一切ぶれることなくこちらを見つめ続け、発した言葉を絶対に守ると決めた覚悟のこもった蒼い瞳を前に、彼を否定することは出来ない。

 

「私からもお願い。その、冒険者だからいつ死んじゃうかもわからないけど、どんな形で死んじゃうにしろ、その時まで彼と一緒にいたい」

 

 そして愛娘さえも、そんな表情をしながらこちらを見てくるのだ。

 昔はどこに行くにも後ろを追いかけてきて、ちょっとしたことで笑ったり泣いたりと、無邪気な少女だったあの娘が。

 

 ──立派になったな(立派になったわね)……。

 

 村を飛び出していったあの頃の面影を残しつつ、けれど確かに成長して帰って来た愛娘からの、おそらく最後のお願いだ。

 それを無下にするほど、武闘家の両親の愛情も弱くはない。

 父親は負けを認めるように溜め息混じりに項垂れ、母親は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「……わかった。この娘のことを、頼む」

 

 そして父親が呟くようにそう告げると、ローグハンターと銀髪武闘家の二人はぱっと表情を明るくした。

 銀髪武闘家は「やったー!」と身体を支配した喜びのまま彼に抱きつき、ローグハンターは血がつかないように気を付けながらも彼女を抱き止める。

 目の前で満面の笑みを浮かべながら抱きつく二人を、両親は一体どんな感情を抱いたのだろうか。

 単純に喜んだのか、あるいは安堵か、もしくは期待か、それら全てという可能性もある。

 だがそれを知るのは二人だけで、ローグハンターにも、銀髪武闘家にも、天上の神々にもそれは預かり知らぬこと。

 

「そういえば」

 

 ふと呟いたのは父親だ。

 彼は顎に手をやりながら、愛娘に押し倒されそうになっているローグハンターに向けて問うた。

 

「キミのご両親には、お話ししたのかい?」

 

「……」

 

 その質問を投げた瞬間、あれだけ笑っていたローグハンターの表情が陰り、蒼い瞳から僅かに覇気が失せた。

 やってしまったと思っても、もう遅い。発した言葉を飲み込むことは、誰にも出来はしないのだ。

 ローグハンターはゆっくりと銀髪武闘家を押し返し、改めて座り直すと、首を横に振った。

 

「故郷は遠く、そう簡単には帰れない。家族に手紙を出しても、読んでくれる相手がいないのでは意味がない」

 

 彼が告げた言葉はそれだけだった。

 ただ儚げな笑みを浮かべ、静かに事実だけを、けれど気を遣ってか直接的な言葉は使わずに、自分の状況を──天涯孤独であることを告げる。

「……すまない」と父親は謝罪するが、ローグハンターは「気にするな」の一言で返すのみ。

 先程まで緩んでいた空気が途端に重く、冷たいものとなり、全員の口が閉じてしまった。

 そんな雰囲気を変えようと咳払いをしたのは、銀髪武闘家の母親だ。

 彼女は優しい笑みを浮かべながら、愛娘と未来の義息子に告げる。

 

「とりあえず、今日は止まっていきなさい。自分の家だと思って、ね」

 

「は、はぁ……」

 

 その言葉に困惑気味に応じたのはローグハンターだ。

 確かに村に一泊する予定ではあったが、宿があるだろうからそこでいいと思っていたのだ。

 銀髪武闘家は久しぶりの実家ということで瞳が輝き始め、父親も自分のせいで落ち込ませてしまったのだからと渋々頷いた。

 

「あー、部屋はどうする。この娘の部屋はほとんど片付けてしまったが……」

 

「一応の夜営道具は揃っている。部屋さえあれば、うまく寝るさ」

 

 父親の言葉にローグハンターはそう返し、銀髪武闘家に「ゆっくりしろ」と告げて笑みを浮かべた。

 

「「「……え?」」」

 

 彼の言葉に三人が一斉に声を漏らし、ローグハンターは一人首を傾げる。

 

「いや、実家に帰って来たんだから、たまには両親とゆっくり過ごして──」

 

「あら、そういう意味ではないのよ?」

 

 首を傾げたローグハンターを真似て首を傾げた母親は、口元を隠しながら可笑しそうに笑い始めた。

 

「?」

 

 口を閉じたまま疑問符を浮かべるローグハンターだが、父親が彼の肩を叩いて「まあ、あれだ」と慎重に言葉を選びながら言う。

 

「その内お前は義理とはいえ息子になるわけだから、今のうちにこの家の雰囲気に慣れてくれってことだ」

 

「ああ、そうなのか……?」

 

 父親の言葉に納得半分疑問半分で応じたローグハンターは、助けを求めるように銀髪武闘家に目を向けた。

 彼女もまた母親のように笑いながら、「まあ、ゆっくりしよ」と提案。

 

「……お前が、そう言うなら」

 

 その提案にローグハンターは頷き、ふと家の中を見渡した。

 飾り気のない、言い方が悪いがどこにでもありそうな家ではあるが、不思議と落ち着くこの感覚はなんなのだろうか。

 

「……」

 

 ローグハンターは座った無言でおり、銀髪武闘家は母親に言って自分の部屋を見に行った。

 取り残されたローグハンターと父親は、ただ無言で見つめ合い、お互いに話題を探りあった。

 そして二人共通の話題など、決まっている。

 

「……二度目になるが、あの娘の話を聞かせてくれないか」

 

 父親は気恥ずかしそうに頬を掻きながら言うと、ローグハンターは「わかった」と即答で頷き、「どこから話そうか」と思案している様子。

 

「どこからでも構わないさ。あの娘の物語だ、父親として、知っておきたい」

 

 父親は真剣な声音で、けれど優しく笑みながらそう告げて、ローグハンターは「わかった」と頷いた。

 

「その変わりに、あいつの話を聞かせてくれ」

 

 同時にローグハンターもそう要求し、父親は「わかった」と破顔したまま頷き、姿勢を崩した。

 もう堅苦しい話はなしだ。ここからは愛する娘について語る父と、愛する女性を語る義息子の会話に他ならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 翌日。村と村を繋ぐ、ありふれた街道の一つ。

 そこを歩くローグハンターと銀髪武闘家は、晴れ渡る空を見上げながら、満面の笑みを浮かべていた。

 ようやく長年の約束でもあった両親の元に行き、お許しを得られたのだ。

「えへへ」と嬉しそうに笑う銀髪武闘家の隣で、ローグハンターもまた柔らかな笑みを浮かべる。

 ここ最近になって、雪崩に巻き込まれたり、ゴブリンに袋叩きにされたりと、よく死にかけるのだ。

 出来ることを出来る内にやらねば、死ぬに死ねない。

 いや死ぬつもりも毛頭ないが、後悔は出来るだけ少なくしておきたい。

 

「ね、ねぇ?」

 

「ん?」

 

「その、待ってるからね……」

 

「……ああ」

 

 彼女に告白され、彼女の想いを受け入れ、自分が抱いていた感情を知った後。

 彼女から出された、課題の一つ。

 

 ──次の告白は、きみからにしてね?

 

 その告白というのは、まず間違いなく恋人から次の関係へ──夫婦の関係へと進む為の告白だろう。

 それはわかっている。わかってはいるのだが、問題がある。

 

 ──俺をこの世界に招いた存在との対面。そして決着をつけなくてはならない……。

 

 こんなことなら去年の内に告白しておくべきだったと反省しつつ、逆に結婚してからあれを知っていたらどうなっていたのかと薄ら寒い物を感じる。

 遠い先祖(アルタイル)が残してくれた手掛かり(ヒント)を、彼が残してくれた武具(ちから)を、無駄にするわけにはいかない。

 

「もう少しだけ、待っていてくれ」

 

「待ってるけど、あんまり待たせないでね」

 

 覚悟を決めた表情をするローグハンターの隣で、銀髪武闘家は彼の肩を撫でながら笑んだ。

 何でもかんでも一人で背負い込もうとするのは、彼の悪い癖だ。

 

「でも、何かあれば私を頼ること。いい?」

 

 人差し指を立てながら、どこかお姉さん風を吹かしてそう言うと、ローグハンターは苦笑混じりに頷いた。

 

「ああ。何かあれば、その時は頼む」

 

「ふふっ。きみのためなら、例えこの世界の果てまでもってね」

 

「流石にそんな場所に行くつもりはないんだが……」

 

 彼女の冗談にローグハンターは困り顔で返し、「例え話だよ」と銀髪武闘家も可笑しそうに笑った。

 二人を見守るように天高く舞っていた鷲が、その存在を示すように「キィー!」甲高い鳴き声を発した。

 

 

 

 

 

 ──これはならず者殺し《ローグハンター》と呼ばれるようになった一人の青年と、その相棒となった一人の少女が歩んだ軌跡。

 

 ──誰も知ることのない、けれど後に世界を救う二人の物語。

 

 ──吟遊詩人たちも退屈だと笑い飛ばし、さっさと次の題目に移るような、どこにでもある、ありふれた恋愛譚。

 

 ──だが、それが何だと言うのだ。

 

 

 

 

 

 黒き英雄は神と相対し、銀の乙女は英雄と添い遂げる。

 これはそんな物語(本編)序章(プロローグ)

 後に脈々と続いていく長きに渡り続いていく英雄譚(サーガ)序章(プロローグ)

 

 

 これは始まりの物語。

 一人の異邦の青年と、一人の夢を追いかける少女が出会い、愛し合う物語だ──。

 

 

 




と、いうわけで、『SLAYER'S CREED アンケート企画第二段 追憶編』はここまでとなります。

本編及び、この作品をご高覧いただき、誠にありがとうございました。

第三段は主人公の息子たちの予定ですが、現状では形にするには少々不安な状態です。
ゴブスレの設定を借りた完全オリジナル作品となりますので、マジで考えるのがしんどいのです。

思い付かなかったら、原作もあって考えやすいIFルート『ダイ・カタナ編』を先に投稿するかもしれませんし、発作的にまたR-18に手を出すかもしれません。

どちらにせよ、また皆様に楽しんでいただけるように、不定期ながら更新していこうと思います。

長くなりましたが、これにて作者からの挨拶を終了いたします。

感想等ございましたら、よろしくお願いいたします。

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