SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory04 未知に挑め

 双子の月に照らされた、枯れた森。

 葉が一枚もついておらず、枝も幹も白く痩せ細った木々の影は不気味なもので、風に吹かれて揺れればさながら亡霊のようだ。

 そんな踊る木の影に身を潜めた斥候はちらりと辺りに目を配り、ふっと短く息を吐いた。

 森に入ってしまった男の子を村まで送り届けてすぐ、彼が言っていた洞窟を捜索。

 発見と同時に件の妖術師が残した痕跡を発見し、ここが奴の拠点であると判断した斥候と、彼の指示に従った冒険者たちは一旦村に戻って体勢を整え、再び洞窟に訪れたのだ。

 各々が木の影に身を潜めて息を殺し、奴が出てくる瞬間を待ち構える。

 飛び込んで襲いかかってもいいが、罠が仕掛けられているとも限らない。物理的な罠ならともかく、術的な罠の発見が出来るのかは未知数だ。無駄な危険は侵せない。

 ならばとこうして待ち伏せているのだが、果たして出て来てくれるのだろうか……。

 そんな不安が脳裏を過ぎたと同時に雲が双子の月を隠し、辺り一面を黒一色に塗りつぶした。

 夜目が効く森人司祭と獣人魔術師は余念なくそれぞれの得物を握り直し、斥候は目を細めると同時にタカの眼を発動。相手が漏らす敵意を探ろうと目を凝らす。

 一寸先も見えない完全な暗闇に、男戦士と銀髪の武闘家は不安げな表情となるが、幸いにもその表情が見えることはない。

 暗闇とは様々なものを隠してくれる有難い一面、本来なら見えるものを見えなくする最悪な一面もある。

 そんな暗闇の中に突然放り込まれたのだ。不安に思わない三人が慣れすぎているだけで、二人の反応の方が正しいというもの。

 暗闇の先に朧気に揺れる二つの炎があるのなら、なおさらというものだ。

 

「~!」

 

 その手のものが苦手なのか、銀髪の武闘家が声もなく悲鳴をあげると、雲の隙間から緑の月が顔を出し、二つの炎を月光の下に晒した。

 そこにいたのはまさに人の骨だった。襤褸布同然の黒いローブに身体を隠してはいるものの、剥き出しの頭蓋骨には一切の肉がついておらず、眼窩の奥には青い炎が揺れ、歯ぎしりをしてガチガチと音をたてている。

 

 ──あれだな。

 

 斥候は仲間たちに目配せして頷きあい、最後に僅かに怯えの色を滲ませている銀髪の武闘家に目を向けた。

 見つめられている事に気付いてか、彼女は彼の蒼い瞳を見つめ返すと、こくりと頷いて表情を引き締めた。

 ここまで来たらやるしかないのだ。臆せば死ぬのは世界の常だ。

 彼女が拳を握り締めて気合いを入れると、斥候はホルスターからフリントロックピストルを引き抜いた。

 術師との戦いでは、相手に詠唱させないことが定石(テンプレート)。させても途中で遮る勇気が必要なのだ。

 遠距離から叩けるという意味でも、ピストルは理想的であり、最悪仕留め損ねても予備の一挺と、森人司祭がもつ発条(ばね)仕掛けの投射器(ダートガン)がある。

 初手は最大でも三手かと思慮をし、まさに飛び出そうとした矢先だ。

 僅かに顔を出した斥候と、妖術師の視線が交錯した。

 背筋を冷たいものが駆けると共に、反射的に「備えろ!」と声を張り上げる。

 

『《グラキエス()……テンペスタス()》』

 

 その直後、地の底から響いたような低い声が辺りに木霊し、真に力ある言葉により発生した超自然の力が掲げた手に集う。

 冒険者たちが木の影に身を隠した同時に、妖術師は手を降ろした。

 

『《……オリエンス(発生)》』

 

 瞬間、超自然の力により発生した冷気の濁流──『吹雪(ブリザード)』の術が森を駆け抜けた。

 その冷気が冒険者たちを包み込もうとした刹那、

 

「《マグナ(魔術)レモラ(阻害)レスティンギトゥル(消失)》!!」

 

 獣人魔術師が素早く真に力ある言葉を紡ぎ、杖を掲げた。

 瞬間、冒険者たちの回りを不可視の力場が覆い、骨の髄まで凍てつかせる絶対零度の冷気が、睫毛が凍る程度のものにまで抑えられる。

 

「くぅ!」

 

「ぬぅ!」

 

 銀髪の武闘家と森人司祭が身体を強張らせて唸る中、獣人魔術師は歯を食い縛って力場を維持し続け、妖術師の『吹雪』を受け止め続けた。

 

「ちぃ!初手から飛ばしてくるな!」

 

「寒いのに慣れているが、これは中々……!」

 

 この中で唯一黒曜等級として修羅場を潜ってきた男戦士と、訳あって寒さに慣れている斥候は顔を庇いながら軽口を叩くと、ようやく『吹雪』の術が止んだ。

 だが超自然の冷気はすぐに霧散するわけもなく、辺りはさながら雪が降ったように白く染まり、吐き出す息も白く色がついている。

 ざりと雪を踏みしめながら足を踏ん張った男戦士は、ホッと息を吐く獣人魔術師に目を向けた。

 

「先生、無事か!」

 

「ええ、このくらいなら。ですが、防げてもあと二度が限度です。短期決戦を推奨します」

 

「最初からそのつもりだ」

 

 彼の言葉に斥候は表情を険しくしながら応じると、腰に下げていた中途半端な剣(バスタードソード)と短剣を抜き放った。

 

「そっちは行けるか」

 

 同時に森人司祭と銀髪の武闘家の方にちらりと目を向ければ、森人司祭は「何のこれしき!」と眉毛についた氷を払い、銀髪の武闘家は「な、なんともないですっ!」と寒さにぷるぷると身体を揺るわせながらも拳を構えた。

 先程どうして見つかっただとか、また魔術を使われたらどうするとか、考えるべきことは多いが、

 

「仕掛ける。合わせろ!」

 

 まずはここを越えてからと無駄な思慮を捨てて、走り出す。

 失敗を考えるのは場を乗り気ってからだ。考えながらなぞ戦えるものか。

 彼の突撃に銀髪の武闘家と剣を抜き放った男戦士が続き、一直線に駆けて間合いを詰めにかかる。

 

「離れすぎても私の術の範囲から出てしまいます!間合いにはお気をつけて!」

 

 背後から聞こえる声に頷きのみで応じると、妖術師が動き出す。

 

『《ファルサ(偽り)……ウンドラ()……ユビキタス(偏在)》』

 

 再び真に力ある言葉を紡がれ、世界の(ことわり)を改竄、妖術師の体がぶれ、捻れ、湾曲していく。

 

「な、なんですか!?」

 

 異常を察した三人が立ち止まり、銀髪の武闘家が思わず叫ぶと、妖術師の体が2つに分裂し、さらに4つ、8つと別れ、その数はおよそ16にまで膨れ上がる。

 

「こ、これは!?」

 

 流石の斥候も突然の事態に狼狽え、珍しく切羽詰まったようた声をあげると、獣人魔術師が声を張り上げた。

 

「『分影(セルフビジョン)』……!15体の分身は(デコイ)、術を使えるのも、痛痒を与えられるのも本体だけです!」

 

 その声に平静を取り戻した斥候はすぐにタカの眼を発動。本物をあぶり出そうと妖術師たちを睨むが、その全てが赤く染まって見える。

 

「初見じゃあ、どうにもならないか……!」

 

 いまだに伝説(アルタイル)の域に届かず、加えて魔術という未知のものを前にしているのだ。流石のタカの眼とて見えないものもある。

 

 ──去る世界とはいえ、早めに慣らしが必要だな……。

 

 早めに元の世界に戻りたいが、それまではこの世界で生きていかねばならないのだ。馴染まなければ死ぬだろう。

 とりあえずグレネードで一掃するかと、剣と短剣を腰に戻し、背中の長筒──空気圧でものを飛ばす投射銃(エアライフル)を構えようとするが、

 

「片っ端から殴り倒します!」

 

 そんな思慮をしている彼の脇を、銀髪の武闘家が駆け抜けていった。

 一瞬狼狽えて間の抜けた表情になる斥候だが、まだ二度目の依頼だ、足並みが揃わないのは仕方がないと自分に言い聞かせて意識を切り替える。

 そんな彼の事を知るよしもなく、銀髪の武闘家は長い髪を尾のように引きながら突撃。手頃な妖術師の顔面を殴り付けた。

 だが致命傷(クリティカル)の快音はおろか、痛痒(ダメージ)を与えた鈍い音さえもせず、殴られた筈の妖術師は霞のように消えていく。

 渾身の打撃が空を殴ったため、「ふぉ!?」と変な声を漏らして体勢を崩すが、その合間を埋めるように銀色の煌めきが走った。

 ちらりと背後に目を向けてみれば、右手を振り抜いて何かを放った体勢になっている斥候の姿があり、左手には投げナイフが握られている。

 おそらく右手でナイフを放り、援護をしてくれたのだろう。

 銀髪の武闘家がお礼を言おう口を動かすが、それが声になる前に再びナイフが放たれ、先程のと合わせて二体の分身が掻き消えた。

 

「うっ、だらぁ!!」

 

 そして追い付いてきた男戦士が渾身の振り下ろしを叩き込むが、それもまた分身。霞のように消えていく。

 

「本体含めてあと12!踏ん張れ!」

 

「はいっ!」

 

 剣を構え直して突貫した斥候の叫びに銀髪の武闘家が真っ先に応じ、男戦士と一瞬の目配せ。

 本物がわからない以上。一刻もはやく分身を蹴散らし、本体を倒さなければならない。

 

「シッ!」

 

「らぁ!」

 

 斥候と戦士は剣を振り回して次々と分身を打ち払い、森人司祭が援護をしてくれているのか、時折飛んで来る投射針(ダート)も合わさって分身の数はみるみる内に減っていく。

 

 ──本物。本物はどこ!?

 

 分身の数が四体になった頃。本物を見つけ出さんと銀髪の武闘家が目を凝らしてみれば、分身の一体が不自然に手を構えた。

 

「あれです!」

 

 銀髪の武闘家が叫べば、斥候と男戦士、森人司祭がそれ以外の三体を素早く処理し、彼女に迷いを与えない。

 

「おし、やっちまえ!」

 

 この状況に興奮したのか、男戦士の声が彼女の背を押し、銀髪の武闘家は更に加速。

 その勢いの全てを乗せて前に跳び、渾身の延髄蹴りを妖術師に叩き込み、

 

「……あれ?」

 

 その一撃が空を切った。

 正確には打ち込んだ筈の妖術師が霞のように消え、空振りに終わったのだ。

 

「な!?じゃあ、本体は──」

 

 男戦士が狼狽え反射的に辺りを見渡した瞬間、目を剥いた。

 跳び蹴りの着地で無防備になった銀髪の武闘家の影が蠢き、そこから妖術師が現れたのだ。

 彼の手には氷が形作られた剣が握られており、既に振り上げられている。たかが氷とはいえ、あれを振り下ろされれば銀髪の武闘家の頭の中身をぶちまける事になるだろう。

 

「あ……」

 

 振り向きながらそれに気付いた彼女は気の抜けた声を漏らし、振り下ろさせる剣をギリギリまで見つめ、当たると確信した瞬間に目をぎゅっと瞑り、迫る痛痒に備えるが、響いたのは頭蓋が割れる音でも、肉が裂ける音でもなかった。

 ガキン!と鋭い金属音が響き、溶けた氷の水滴がうなじに垂れた。

 その冷たさに身体を跳ねさせ、ゆっくりと目を開けてみれば、そこには斥候の背中があり、彼の中途半端な剣が氷の刃を受け止め、競り合っている。

 

「……っ!」

 

「ぐっ、おおおおおお!」

 

 何も告げずに眼窩の炎をたぎらせて押し込まんとする妖術師と、咆哮をあげながら押し返さんとする斥候。

 ぎゃりぎゃりと音をたててお互いの得物が擦れあい、水飛沫混じりの火花を散らせながら、押しつ押されつを繰り返す。

 斥候も鍛練を怠っていたわけではない。こちらに転がり込んでからも、昔と変わらずに身体を鍛えてはいる。

 だが、人を捨てた妖術師の膂力は彼と互角。骨しかないというのに、その力は大人のそれよりも遥かに強い。

 加えて、妖術師には絶対的な優位性(アドバンテージ)があった。

 

『《グラキエス()……テンペスタス()》』

 

 紡ぐのは真に力ある言葉。武器を振るうしか脳がない戦士には出来ない、回避不可の超至近距離での魔術。

 斥候は妖術師と競り合う為に剣を両手持ちしているため防ぐ手はなく、森人司祭は次弾を装填中、獣人魔術師は少しでも『抗魔』の力を強めるために二人に接近し、男戦士も駆けているが、全員ともに間に合うかは微妙な所。

 妖術師が勝利を確信して眼窩の炎を強め、最後の一節を口にした。

 

『《……オリエ(発せ)──!?』

 

 瞬間、快音のともに凄まじい衝撃が顎を打ち上げ、強引に口を閉ざされた。

 驚愕に炎を揺らす妖術師は、ゆらりと首を回して原因を探り、すぐに見つめた。

 倒れていた筈の武闘家がいつの間にか懐に飛び込んでおり、拳を掲げていたのだ。

 顎を打ち抜いた衝撃からアッパーでもされたのだろうと判断した妖術師は、そこまで痛痒がないことを良いことに着地すると、すぐに詠唱を再開しようとするが、

 

「イィィィヤッ!」

 

 怪鳥音と共に銀髪の武闘家が更に踏み込み、右足を思い切り地面に打ち付けると、それを軸に体の回転。その勢いを乗せた回し蹴りで頭を蹴り抜いた。

 

「っ!!」

 

 様々な知識が詰められているとはいえ、その衝撃を耐える術を持たなかった妖術師はたたらを踏んで数歩下がると、銀髪の武闘家は更にもう一回転。

 

 ──また彼に守られた。助けられてしまった。だったら、今度こそ私が助ける!

 

「でりゃぁあああああああああ!!!」

 

 気合い一閃と共に回転の力を乗せ、先程よりも鋭くなった回し蹴りを放つが、流石に見切られて片手で止められてしまう。

 妖術師は嘲笑うように眼窩の炎を強めると、今度は背後からの攻撃が襲いかかる。

 

「おおおおおおおおっ!」

 

 ようやくたどり着いた男戦士が妖術師の背中に飛びかかり、大上段に構えた剣を振り下ろす。

 妖術師は軽く首を巡らせて彼の動きを捉えると、氷の刃を背に回して男戦士の一撃を防御。

 妖術師は怒気を込めて低く唸ると、そのまま男戦士を弾き飛ばし、先の打撃で僅かにひびが入った顎を開き、一切の肉が失われた喉を震わせる。

 

『《グラキエス()》──』

 

 二人を道連れにせんとしたのか、あるいはまた別の狙いがあるのか、妖術師は再び真に力ある言葉を口にした。

 

「させん!」

 

 直後、発条が弾ける音と共に鋭い風切り音が辺りに響き、妖術師のこめかみに投射針(ダート)が突き刺さった。

 投射銃(ダートガン)を構える森人司祭は得意気に鼻を慣らし、「やはり只人の道具も面白いものだ」と笑みを浮かべた。

 堅牢な頭蓋骨に包まれた、知恵の貯蔵庫たる脳みそを傷つけられた妖術師は身体をよろめかせ、防御に使っていた腕から力が抜ける。

 その瞬間、武闘家の目が光る。妖術師の掌中で、彼女の足がぐるりと回る。

 

「イィイイィィィィ、ヤアァアアアアッ!」

 

 怪鳥音と共に繰り出されるのは、相手の手を踏み台にした空中蹴りだ。

 さながら独楽のように身体を回転しながら放たれた蹴りは、こめかみに突き刺さる投射針(ダート)に打ち込まれた。

 半ばまで刺さっていた投射針(ダート)を、金槌で釘を打ち込む要領で更に深く突き刺し、頭蓋骨にはそこを基点にひびが広がっていく。

 

『お……お……おおおおおっ!』

 

 妖術師は大きく身体をぐらつかせて体勢を崩すが、眼窩の炎をたぎらせて銀髪の武闘家に襲いかからんと手を伸ばした。

 

「《武器(アルマ)インフラマラエ(点火)オッフェーロ(付与)!!」

 

 その直後、獣人魔術師の詠唱が辺りに響き渡り、轟!と炎が揺れる音がその後に続く。

 彼の言葉が意味していたのは『炎与(エンチャント・ファイア)』。武器に炎を纏わせる魔術だ。

 詠唱した彼は武器を持ってはおらず、他の三人にも変化はない。

 

『──っ!!』

 

 妖術師が眼窩の炎を揺らし、視線を向けた頃にはもう遅い。

 剣に炎を纏わせた斥候が瞳に殺意をみなぎらせ、銀髪の武闘家を飛び越える形でぶち当たり、そのまま押し倒してきたのだ。

 妖術師が最後の足掻きに何かを詠唱しようとするが、それよりも速く斥候の剣が眼窩に突き立てられた。

 

『っ!』

 

 ビクンと身体を跳ねさせた妖術師は、斥候の首に手をかけようと手を伸ばすが、彼は立ち上がりながら剣を引き抜き、柄頭に手を添えて、再び眼窩に深々と差し込んだ。

 

『っ──……』

 

 同時に剣が纏っていた炎が消え、妖術師の眼窩の奥に燃えていた炎も消え、伸ばされていた両手が地面に落ちる。

 ホッと息を吐いた斥候は剣を引き抜き、腰に戻すと、妖術師の体が塵へと変わり、吹き抜けた風に拐われて霧散していく。

 月明かりに照らされてキラキラと輝くそれを見つめながら、斥候は静かに口を開いた。

 

「汝の罪は罰されり。眠れ、安らかに」

 

 善き人も悪しき人も、死ねば皆同じ物言わぬ屍だ。

 ならばこそその死を悼んでやるのは道理で、祈りを欠けばただの殺人鬼と変わらない。

 自分勝手な偽善だとは思う。神官でもない自分の祈りに意味はないとも思う。

 けれどこれが彼の(よすが)なのだ。

 祈りこそが、自分はまだ壊れていないと言い聞かせる寄り辺なのだ。

 

「えっと、お疲れ様です!」

 

 そんな祈りを終え、静かに月を見上げている彼の背に向けて、銀髪の武闘家が勢いよく頭を下げた。

 斥候はすぐに表情を取り繕って微笑みを浮かべると振り返り、「ああ、お疲れさん」と彼女に告げた。

 

「うむ。私の投射銃(ダートガン)も大活躍だったな」

 

「一発いくらするんだ……?」

 

「……………」

 

 向こうでは森人司祭が得意気な顔をして胸を張っていたが、男戦士の指摘を受けて気まずそうに視線を反らし、獣人魔術師は残されたローブを漁っていた。

 灰が張り付いたそれは動かす度に煙を吐くが、彼は気にもとめずにローブを探る。

 

「やはり、ありました」

 

 そして何かを見つけたのか、紙切れを取り出す。

 

「どうかしたのか」

 

 視界の端で彼の行動を見ていた斥候が問うと、「これを」と告げて紙切れを差し出す。

 何を書いてあるかはわからないが、何かしらの意味が込められたであろう絵文字。

 どこかで見覚えがあると思慮した斥候は、ふといつかの坑道で遭遇したゴブリンが持っていたものを思い出す。

 

「あの時のものに似ている……」

 

「ええ。おそらく、この妖術師が指示したのでしょう」

 

「前に見つけたのは『指示を待て』だったが、これは?」

 

「『贄はまだか』でしょうか。ともかく、あのゴブリンたちに何かを指示していたのでしょう」

 

 斥候と獣人魔術師があれやこれやと話していると、隣で頭から煙を吹いている銀髪の武闘家がぼそりと呟いた。

 

「……それを潰したせいで、この村が狙われたなんてことは?」

 

「「……」」

 

 その言葉に二人は表情を険しくさせながら彼女に目を向けると、「ひっ!ごめんなさい!忘れてください!」と目に涙を浮かべながらまだ話に混ざれそうな男戦士と森人司祭の下へと駆けていった。

 その背中を見送った二人は顔を見合せ、斥候が「実際どうなんだ」と問うた。

 

「わかりません。ですが、調べるしかないかと」

 

 獣人魔術師は妖術師が根城ていた洞窟に目を向けて、「どうします?」と問いかけた。

 斥候は深々とため息を吐くと、「調べるしかないだろう」と肩を竦めた。

 

「なら、手早く行きましょう」

 

「ああ」

 

 獣人魔術師の言葉に同意を示した頷き、男戦士の方に目を向ければ、

 

「いてっ!なんだこの蝙蝠、噛みやがったぞ!?」

 

「この!逃げるなっ!えいや!」

 

「小さすぎて狙えんなぁ……」

 

 男戦士、銀髪の武闘家、森人司祭が小型の蝙蝠に襲われており、騒がしくしていた。

「……なんだ、あれは」と驚愕を隠せない斥候を他所に、獣人魔術師は顎を撫でながら「使い魔、でしょうか」と首を傾げた。

 

「使い魔……?」

 

「時には己の目に、時には手になる動物だと思えばいいと思います」

 

「だから見つかったのか……」

 

「だと思います」

 

 発見された理由にようやく合点がいった斥候の確認に獣人魔術師は頷くと、「とりあえず、助けましょう」と告げた。

 三人はいまだに蝙蝠に襲われており、小さな獣に手玉に取られて飛んだり跳ねたり転んだりと、てんやわんやしている。

 斥候は再びため息を吐くと歩き出し、剣の一閃でもって蝙蝠を叩き落とした。

 地面に落ちて悶える蝙蝠をいっそ残酷なまでに踏み潰し、「行くぞ」と告げて洞窟を顎で示した。

 敵だとわかれば何にでも容赦ない彼に多少は狼狽えつつ三人は頷き、歩き出した彼の背中を追いかける。

 まあ主は倒したのだ、大きな障害は残ってはいないだろう。

 

 

 

 

 

 それから幾日か。洞窟や村近辺の調査を終えた冒険者たちは、ようやくの帰路についていた。

 洞窟で見つけた妖術師の杖を肩に担いだ斥候が、だいぶ小さくなった村を眺め、少々不満げに目を細める。

 

「元凶を叩いたはいいが、巻き返せるのか……?」

 

 斥候の問いに答えるものは居らず、それぞれが不安そうな表情になるのみ。

 それなりに迅速な解決は出来たのだろうが、それまでに多くの木々が枯れ、家畜を含めた多くの動物も死んだ。

 失ったものを補填し、かつての活気が戻るのはいつ頃か。あるいは村を捨てて他の場所に移る可能性もあるだろう。

 だが、それでも。

 

「犠牲者が出なかったのが救いか……」

 

「ええ。言い方が悪いですが、生きていれば次があります。死んでしまえばそこまでですが、命があれば、ある程度やり直すことができます」

 

 斥候が誰に言うわけでもなく漏らした呟きに、獣人魔術師が頷きながら応じた。

「まあ、そうだな」と男戦士が何かを思い出したのか、空を見上げながら染々と呟くと、森人司祭が静かに聖印を切った。

 

「でも、きっと大丈夫だと思います」

 

 男連中が少々後ろ向きな思考になっていると、不意に銀髪の武闘家が声を出した。

 彼女は強がっているわけでもなく、励ますわけでもなく、ただ自分が思ったことを口にしたのだろう。

 そう言った彼女は駆け出すと、突然くるりと振り返り、太陽のような笑みを浮かべた。

 

「村の人たちは笑ってました。だから、大丈夫です!」

 

 彼女の笑みを見つめた男連中は顔を見合せ、森人司祭が真っ先に噴き出し、笑い始めた。

「む、何ですか!」と不満そうにする彼女を他所に、彼には つられるように男戦士が、獣人魔術師も笑い始め、銀髪の武闘家は「むー!!」と不満そうに唇を尖らせた。

 自分をだしに笑われているのだから、不機嫌になるのは当然のことだ。

 そして最後まで堪えていた斥候がわざとらしいまでに噴き出すと、銀髪の武闘家は「もういいですぅ!」とやけくそになりながらも走り出した。

「おい待て、危ないぞ」「転ぶなよ」「あまり行きすぎないでくださいね」と、一党の面々は対して気にした様子もなく彼女を見送ると、斥候は笑みを押さえながら肩を竦めた。

 

「ともかく、彼女が言った通りだ。きっと、大丈夫」

 

 何の根拠もなく、ただの希望的憶測でしかない。

 それでも彼はそう信じることにした。この世界は神々が振った骰子の目で様々なことが決まるのだ。

 

 ──奇跡(クリティカル)が起きたって、いいんじゃあないか。

 

 斥候は静かに照りつける陽を見上げ、僅かに笑んだ。

 憎たらしいまでに照りつける陽の光はいつもと変わらず、ただ世界を平等に照らし続けていた。

 

 

 




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