煌々と輝く陽に照らされる辺境の街。
斥候は妖術師のねぐらから回収した杖を肩に担いだ担ぎながら、街の外れを目指していた。
いつぞやに男戦士が言っていた、一人で何かを研究している女の魔術師。彼女に杖の鑑定を頼もうとしているのだ。
杖を担いで黙々と歩を進める彼の隣、銀色の髪を尾のように揺らしながら歩いている武闘家は、目を泳がせながらちらちらと彼の様子を伺い、困ったようにため息を吐いた。
杖を手に入れたが、一党で唯一杖を振るう獣人魔術師が「使わないので鑑定を頼みましょうか」と言い出し、それを受けた斥候が「そうか」と返してさっさと出ていこうとしたため、思わずその後ろに付いてきてしまったのだが──。
──わ、話題がないよ……。
武闘家はうんうんと唸りながら首を傾げ、顎に手を当てて本格的に何かを思慮し始める。
うーんと声を出してふと空を見上げ、雲一つない青空を見上げた。
夏特有の底抜けに明るい青い空は、見ているだけで気持ちがいいし、何より綺麗だ。
「すごいですね……」
「ん?ああ、そうだな」
無意識に吐いた呟きは、恥ずかしながら斥候にも届いたようで、彼は振り向きながら疑問符を浮かべると、彼女の視線を追って空を見上げた。
雲一つない青空に一つだけ残る黒い点は、天高く飛ぶ鷹か何かだろうか。
故郷では頻繁に目にする機会があったが、こちらに来てからはあまり見た覚えはない。
「「……」」
そんな事を思う彼を他所に、武闘家は次の話題を探して思考を巡らせていた。
杖のことに関しては専門外だし、今から向かう場所もいまいちよくわかってはいない。
ちらりと脇を流れる小川に目を向けて、ついでに耳を済ませた。
回りには自分たちしか居らず、街の喧騒ははるか向こうから聞こえているようにさえ思える。
頬を撫でる風は冷たく、照りつける陽の温かさも相まって心地がよい。
武闘家は風に揺れる髪を押さえながら、斥候の背中に言葉を投げた。
「静か、ですね……」
「ああ」
彼女としては必死に絞り出した言葉も、その一言で切り捨てられてしまう。
だが負けじと「こういう場所は、好きですか?」と重て問うと、斥候は突然足を止め、僅かに考えるように空を見上げた。
天高く舞う鷹を蒼い瞳で追いかけると感傷に浸るように目を閉じ、吹き抜ける風の優しさに頬を緩める。
「好きか嫌いかで言えば、好きだ。不思議と落ち着ける」
「そうなんですね。確かに、なんだか落ち着きます」
ようやく話が続いたと喜ぶ武闘家は、にこにこと上機嫌に笑った。
なるほど彼は静かな場所が好きなのかと記憶しつつ、ふとある疑問が頭に浮かぶ。
──私、邪魔だった……?
そんな彼が一人で出てきたのだ、もしかしたらここの静けさを知っていたとすれば、自分はそれをぶち壊す邪魔者でしかないのではなかろうか。
そう思い始めてしまえばあとは単純で、武闘家は彼の邪魔をしないように口を閉じて、黙ってその後ろに続く。
二人の足音と風の音、揺れる草の音、あるいは二人の息遣いのみが発せられ、確かにこれは心地がよい。
武闘家が彼の言った事に納得しながら三十秒ほど黙っていると、不意に斥候が振り返り、口を開いた。
「……どうかしたのか?」
「え?あ、いいえ?」
彼の問いかけに深く考えずに首を振ると、彼は「そうか」と呟いて正面に向き直る。
突然の行動に首を傾げる武闘家を他所に、斥候は「あれか」と告げて、杖で目的地を示した。
杖が向けられた先に目を向ければ、そこには一件のあばら家があった。
小川の脇にぽつんと置かれた小さな家。ぎぃぎぃと音をたてて回る水車はともかく、煙突から煙を吐いているから誰かいるのだろう。
斥候は僅かに歩調を早めてあばら家に近づき、年期が入った扉の前に立った。
ノッカーだけは真鍮製でぴかぴかとしており、何だか不釣り合いに映るが、そんなものを気にする彼ではない。
ノッカーを掴んだ彼は無遠慮に扉を叩き、家人を呼び出しにかかる。
「鑑定を依頼したいんだが、誰かいるか」
反応はない。
斥候は数秒待ってから改めてノッカーを叩き、「鑑定を、依頼、したいんだが!」と子供に言い聞かせるように言葉を区切り、念のため声を大きくした。
若い女性と聞いていたから、耳が遠くて聞こえないなんてことはないだろうが、念のためだ。
「ああ、開いている。開いているから上がってくれたまえ」
そうして帰って来たのは、面倒臭さを隠そうともしない気だるげな声だった。
武闘家は彼にムッとするものの、斥候は一切気にした様子はなく扉を開けた。
それと同時に「うへぇ~」と声を出した武闘家を他所に、斥候はそのままあばら家に足を踏み入れる。
もっとも、これはどこを歩けばいいと思いながら、だが。
言ってしまえば、あばら家の中は埋め尽くされていた。
古書が積まれ、がらくたが点在し、食べ滓を載せた皿が放置されている。
天井には網を張り巡らせた上に洗濯物が吊るされてはいるものの、どれも同じに見えるのは気のせいではあるまい。
そんな部谷の一番奥。かろうじて確保されている空間に、何やら旅の準備をしているのか、右往左往している金髪の女性がいた。
あれはどこだったか、これはいらないなと呟きながら、客人を前にしても準備を止める様子はなく、むしろそれを取ってくれと手が差し出される始末。
斥候はため息混じりにその示された物──彼には何に使うのかもわからない物だ──を彼女に渡しながら「鑑定を」と言いかけると、「まあ待ってくれたまえ」と笑顔ではぐらかされる。
「どこか旅にでも出るのか」
「そんなところさ。それで──」
「ゴブリンスレイヤーを連れて、か?」
突然放たれた斥候の言葉に、魔術師はようやく真面目な面持ちとなり、じっと彼の事を見つめた。
眼鏡の奥で揺れる緑色の瞳で蒼い瞳を睨み、何かに気づいたのかぱちくりと瞬きを繰り返す。
そして何かを言いかけると、彼の背後で進むのに苦戦している武闘家の存在に気付き、ふっと可笑しそうな笑みを浮かべた。
「そうか、そうか。キミが彼が言っていた友人か」
「旅に関しては否定はしないんだな。それに、あいつが友人を紹介するイメージはないが」
魔術師の言葉に斥候は肩を竦め、「それで、鑑定を頼めるか」と杖を差し出した。
「おや、聞かないのかい?これからキミの友人を危険に晒すんだぜ?」
「聞かない。あいつが付いていくのなら、それはゴブリン退治の話なんだろう」
「まあ、そうなるだろうね」
「ならいい。それならあいつの
「それは助かるよ。それで、この杖を鑑定するんだな?」
「ああ」
斥候が頷いて更に杖を差し出すと、魔術師はそれをぶんどるように受け取ると、うんうんと頷きながらざっと一瞥。そして「なんだ、簡単じゃあないか」と告げて杖を突き返す。
胸板に叩きつけられた杖を受け取った斥候は「どうなんだ」と問うと、魔術師は無邪気な笑みを浮かべた。
「杖なんだから、使い方はわかるだろう?」
「信じられないです!何ですか、あの人は!」
魔術師の家からの帰り道。不機嫌さを隠すつもりもないのか、一歩一歩に力が入っている武闘家は聞こえていない事をいいことに声を張り上げた。
「『杖なんだから、突いて歩けば転ばない』。そんなもの見ればわかりますよぉ!」
「落ち着け。呪いが掛かっていないとわかれば、店に売れる」
「そうですよ!そうですけどね!」
むーと唸ってだいぶ小さくなったあばら家を睨む武闘家に苦笑を漏らしつつ、斥候は杖を肩に担ぎ直す。
「とにかく俺には予定がある。少し急ぐぞ」
彼はそう告げると返事を待たずに走り出し、武闘家が「あ、待ってください!」と慌ててその背中を追いかける。
そんな二人の背中をあばら家から見送った魔術師は、目を細めて「いいものを見れた」と誰に言うわけでもなく呟く。
彼の瞳にあった弱々しい蒼い輝きは、おそらくこの世界のものではない。きっと盤の外に由来する力の一つ。
「まあ、それを確かめるっていうのもあるんだけどね」
魔術師は再び独り言を漏らすと、愛用の机に置かれた本を手に取った。
表紙には何も描かれておらず、開いてみても何も書かれていない。
それでも指で撫でれば筆を走らせた痕跡を感じられるし、何かを書いたことは確かなのだろう。
誰のために書いたのか、一体誰が残したのかは気になるが……。
「『この世界に流れ着いた同胞へ』、か。書いた人に会ってみたいもんだね」
彼女が目指すは盤の外。たどり着けるかもわからない、そもそも本当にあるのかもわからない、世界の外側だ。
あるかもわからない、だからといって目指すのだ。
何があるのかもわからない、だから見に行くのだ。
出発まではあまり時間はない。時間は有限なのだから急がねば。
外を目指すという目的は変わらない。
片や故郷に帰るため。片や未知に挑むため。
それでも二人の道は交わらず、そのまま誰も知ることはなく終わりを告げた。
これが二人が出会った最初で最後の出来事。数年もすれば忘れてしまう、下らない日常の一幕なのだ。
数時間後。冒険者ギルドの二階、応接室。
ギルド支部長、監督官、そして組合代表の立会人──先達の冒険者だ──を前にして、一切気圧される様子のない斥候は、蒼い瞳を細めていた。
その視線にはどこか相手を威圧するような迫力に満ちているが、それが向けられているのは自分の手元。
自分の手に乗った、黒曜石の輝きを放つ認識票を見下ろしながら、何やら不服そうにしているのだ。
「あー、白金等級でもない限り、飛び級とかはないぞ……?」
立会人は彼の不服の原因に辺りをつけて声をかけたが、当の彼は「それはいいんだが……」と呟いて支部長に目を向けた。
「上がったのは俺だけか。あいつらがいなかったら、俺はここにいないぞ」
しれっと仲間たちの等級も心配するあたり、きっと悪い人ではないなと思いながら、支部長はあくまで冷静に返す。
「今回はあなただけです。他の方々はまだ貢献度が足りません」
「むぅ……。それなら、仕方ないか……」
抜け駆けしている事が気にくわないのか、あるいは仲間たちに遠慮しているのか、斥候は渋りながらも頷き、新たな認識票を首に下げた。
「とにかく受け取った。もう行ってもいいか」
「え、ええ。では、更なるご健闘をお祈りします」
何やら急いでいる様子の斥候に多少狼狽えながら、支部長は才気ある若手の武運を祈った。
「──運は自分で掴むもの」
直後に放たれた囁きは聞き取れなかったが、多分前向きな言葉であろうと決めつけて言及はしない。
「それじゃあ、失礼する」
そうやって愛想笑いを浮かべていると、斥候はさっさと部屋を出ていってしまい、取り残された三人は顔を見合せた。
「……話には聞いていたが、将来有望な奴が多いな」
槍を使う戦士しかり、肉感的な肢体を持つ魔女しかり、だんびらを担ぐ戦士しかり、聖騎士志望の騎士しかり、先程の彼しかり、最近入ってきた冒険者たちは妙に腕がいい。いわゆる豊作というやつだ。
「五年後が楽しみだ」
立会人は腕を組みながら豪快に笑い、支部長は頷いてそれを肯定。そして監督官は、
──その人たちの依頼を捌くの、私たちですよね?
強烈な不安に駆られ、額に脂汗を浮かべた。
優秀な冒険者を支えるのは、優秀な文官であるなど、誰が言い出したのだろうか。
監督官は二人に気付かれないようにため息を漏らし、そっと汗をぬぐった。
彼らが大成するかはまだわからないのだ。とりあえず目の前の仕事に集中しよう。
彼女は怯える自分にそう言い聞かせ、一度深呼吸した。
立会人の予想はプラスで何人かされる形で裏切られ、予想以上に忙しくなるのは、知るよしもないのだ──。
ギルド二階から一階待合室に続く階段を降りながら、斥候は待合室を俯瞰していた。
相変わらずゴブリンスレイヤーの姿はなく、彼が居座っている端の席には誰もいない。
彼が小さくため息を吐き、待合室に戻ってきたと同時に、「あ、戻ってきましたよ!」と快活な声が耳に届いた。
声の主の方に目を向ければ、満面の笑みを浮かべた武闘家が手を振っており、仲間たちも今か今かと待ちわびている。
斥候は小さくため息を吐いてから口許を笑ませると、彼らの方に歩き出す。
一歩一歩を確かに踏み出し、十歩もしないうちに彼らが取っていた卓に合流、空いている席に腰を降ろす。
「それで、どうだ!?」
卓に手を突いてずいっと身体を乗り出した森人司祭の問いかけに、黒曜等級の認識票を見せることで応じる。
「お~」と感嘆の息が漏れる中で、斥候は気恥ずかしそうに頬を掻き、仲間たちに問いかけた。
「それで、次の仕事はどうする」
そこにあるのは一人の冒険者の姿。
どこに行こうがある程度の信頼を得るために等級をあげるという、動機こそは不純ではあるものの、それもある意味で冒険者の姿に相違ない。
「ここのところ戦い通しでしたから、休息がてら薬草採取なんてどうでしょう?」
「黒曜等級が二人だぞ?多少難しい依頼でも──」
「無理は禁物。無難なものにしようぜ……」
「私は皆さんと一緒なら何でもいいです!」
獣人魔術師、森人司祭、男戦士、武闘家が続き、斥候は肩を竦めた。
「遺跡の探索はないか?また生き埋めはごめんだが、興味はある」
そこにそっと自分の意見と、ついでに皮肉を添えてやれば、会議はどんどんとヒートアップしていく。
それは冒険者たちにとっては当たり前の一幕。冒険者にとっては当然の、毎日のように行われて当然のものだ。
だが、斥候と武闘家にとっては貴重な、思い出の一つとして確かに刻まれたものだ。
二人が歩むはまともな冒険者の道からは外れた、一歩でも間違えれば自身さえも破滅させる修羅の道。
早いですがEpisode1はこれにて終了。
次回からEpisode2に入る予定です。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。