SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory02 始まりの前日

 私は忘れない。

 壊された柵。燃える村。誰かの悲鳴。誰かの嘲笑。鉄のような血の臭い。人の焼ける臭い。

 村人か、この村を襲った野盗たちか、夕日に照らされて赤一色に塗り潰されたその場所に立つのは、血にまみれた彼の姿。

 蒼い瞳は怒りと哀しみに塗り潰されて淀んで、表情は一切の感情が消えて、いつも見せているものが偽物だったと知らされるようで。

 淡々と野盗を斬り伏せていく彼の姿を、何者も寄せ付けない彼の強さを。

 助けなどいらないと言わんばかりに、お前たちは見ていろと言わんばかりに、たった独りで数十にもなる野盗たちを討ち取った彼の姿を。

 彼が見せた、本当の彼の姿を。

 私は生涯、忘れることはないだろう……。

 

 

 

 

 

 辺境の街、冒険者ギルドの待合室。

 

「……遺跡の調査、ですか?」

 

 朝食を頬張っていた武闘家が差し出された依頼書──読めないのだが──を見つめながら、首を傾げた。

 それを差し出した張本人たる斥候は「そうだ」と頷いて、そのまま仲間たちを見渡しながら問いかけた。

 

「あいつと一緒にゴブリン退治もいいが、たまにはこういうのも一興だろう」

 

「ぶっ……!」

 

 何ともなしに告げられた言葉に、武闘家は口に含んでいた水を豪快に噴き出し、対面に座っていた斥候の顔面に振りかかる。

 

「にゃぁぁ!?ご、ごめんなさい!!」

 

「……いや、大丈夫だ。食事中にする話題じゃあなかったな」

 

 慌てて頭を下げて手拭いを差し出す武闘家を他所に、斥候は懐から取り出した襤褸布──雑巾だろうか──で顔を乱暴に拭うと、獣人魔術師は「そうですね」と彼の言葉を肯定した。

 

「いきなりゴブリンの臓物を塗りたくられた話は、食事中には適しませんよ」

 

「悲鳴に反応してゴブリンが飛び出してくるとは思わなんだ」

 

「おかげで広い場所でやりあえたけどな」

 

 彼の言葉に森人司祭、男戦士が続くと、武闘家は恥ずかしそうに赤面しながら身を縮みこませ、「ほ、掘り返さないでください……」と消え入りそうな声で囁いた。

 斥候は顎に手をやりながら頭をあげて、その光景を思い出す。

 先日、ゴブリンスレイヤーに便乗する形でゴブリン退治に赴いた時のことだ。

 

『あ、あの、ゴブリンスレイヤーさん……?』

 

 森人司祭の投射銃(ダートガン)で眼窩を撃ち抜かれたゴブリンの死体、その腹を開くゴブリンスレイヤーに向けて、武闘家が恐る恐る声をかけたことが始まりだ。

 彼は雑嚢に入れていた襤褸布で取り出した臓物を丁寧に包むと、さながら果実を搾るようにように思い切り絞り上げる。

 そうしながら、彼は淡々とした口調で彼女に告げる。

 

『奴等は臭いに敏感だ。女の臭いには、特に反応する』

 

『そ、そうなんですか?それで、何を……?』

 

『これを塗りたくる』

 

『……ふぇ!?あ、あの!?ま、待って、こ、来ないで……!だ、誰か──』

 

 ゴブリンの血に濡れた雑巾を片手に近づいてくるゴブリンスレイヤーから逃げようとするが、背後に立っていた斥候の手で取り押されられる。

 まあ肩に手を置かれただけなので、逃げようと思えば逃げられるのだろうが、今の彼女は冷静ではなかった。

 助かったとぱっと表情を明るくしたが、背後に控えている仲間たちの表情は一様に同情するようなもの。

 

『安全第一だ』

 

『なるほど、ゴブリンとは嗅覚が鋭いのですね』

 

『小鬼畜生に不意打ちはごめんだ』

 

『奴等の本拠地、だからなぁ……』

 

 斥候、獣人魔術師、森人司祭、男戦士にそれぞれ見捨てられ、ゴブリンスレイヤーのゴブリンの血に濡れた手はもう目の前まで迫ってきている。

 

『え、嘘!?や、待って!せ、せめて心の準備を!!』

 

『時間が惜しい』

 

 なおも食い下がろうとする武闘家に、有無を言わせない迫力と共に告げたゴブリンスレイヤーは、そのまま彼女にゴブリンの血を浴びせた。

 だが結果的に言えば、その時に発せられた甲高い悲鳴に誘われて巣穴のゴブリンたちが飛び出し、そのまま戦闘に突入した。

 まあその後は危なげもなくゴブリンを掃討し、巣穴を攻略し、子供ゴブリンも塵殺し、帰還と報告を済ませて報酬を山分けして解散した。

 戦闘自体に問題はなかったが、武闘家が翌日の朝になっても元気がなかったは問題と言えば問題だろう。

 それから何日かして復活したので、とりあえず依頼を受けようとという事で今日この場に集合したのだ。

 

「それで、遺跡の調査か」

 

 男戦士の言葉で意識を戻した斥候は「嫌なら別のものを探すが」と告げ、再び依頼書に目を落とした。

 

『村の近くに、先日まではなかった筈の遺跡を見つけた。何かあるかもしれない、調べて欲しい』

 

 依頼の内容をかいつまんで言えばそんな所。

 先日まではなかった筈という、異世界から転がり込んだ斥候にとっては聞き捨てならない内容が目に留まり、勢いのままに千切ってきたのだ。

 ふむと声を漏らした獣人魔術師は再び依頼書に目を落とし、「いいではありませんか」と笑みを浮かべた。

 

「我々は冒険者。未知の遺跡に挑んでこそでしょう」

 

「確かに一理ある。それに、財宝が見つかれば一攫千金も夢では……」

 

「し、神官なのにお金にがめつい……」

 

「賭け事に負けて野垂れ死にそうになった所を、助けられて神官になったらしいからな」

 

「ふぐ!?」

 

 そして真面目なのは獣人魔術師だけなのか、乗り気な森人司祭に武闘家が苦笑し、男戦士が横槍を入れる。

 わざとらしく胸を押さえながら身体をうずめた森人司祭を他所に、男戦士は「俺も賛成だ」と軽く右手をあげた。

 

「久しぶりに冒険ができそうだしな」

 

「妖術師と戦ってからゴブリン退治でしたり、下水道探索でしたり、手頃な依頼ばかりでしたからね」

 

 ご機嫌そうに笑う男戦士の隣で、獣人魔術師も笑みを浮かべた。

 

「何が出るかはわかりませんが、いちいち怯えていては冒険者を名乗れません」

 

「そう言うわけだ。私たちは行くぞ」

 

 そうしてようやく復活した森人司祭が髪をかきあげ、ニヒルに笑みながら続くと、武闘家も「私もいきます!」とガッツポーズをした。

 銀色の瞳はいつになく輝き、にこにこと上機嫌な笑みを浮かべている。

 前回ゴブリンの血を被ったのだ。今回はそれがないと思っているのか、変にテンションが上がっているのだろう。

 

「全員一致だな、感謝する。それじゃあ、準備に入るぞ」

 

 仲間たちからの好意的な反応を受け、斥候は素直に礼を述べると、いつものように指示を出した。

 水薬(ポーション)を補充から、食料の準備と、冒険者たちは準備に余念はない。

 自分たちの命がかかっているのだから、何に対しても手を抜かないのは当然だ。

 相手が未知の遺跡だというのなら、尚更に──。

 

 

 

 

 

 辺境の街を経って数日。空も橙色に染まり始めた夕刻。

 夕日に照らされた目的の遺跡近くの村に、冒険者たちの姿があった。

 旅人用の宿の大部屋を借り受け、その中央に円を描くように座り込み、村の外の地図を見下ろしていた。

 

「遺跡が現れたのはここ。大雨の後に見つかったらしいから、土砂崩れでもあったのかもしれない」

 

 近くの山の一角を指差しながら告げた斥候に、獣人魔術師が頷いた。

 

「何かの拍子に埋まってしまった遺跡が、これまた偶然に掘り出された例は多々ありますから。今回もそれでしょう」

 

 実際に見ていないことには、と付け加えた彼は顎を擦り、小さく唸った。

 

「今のところ村に異常はなく、何やら呪詛を振り撒かれている様子もない。今のところはただの遺跡ですが……」

 

「山間部にある遺跡だ。もしかすれば、私の同胞たち、あるいは鉱人(ドワーフ)が遺したものかもしれんな」

 

 彼の言葉に真剣な面持ちの森人司祭が続き、「同胞の遺したものなら厄介だ」と呟いた。

 

「ど、どうしてですか?」

 

 いつになく真剣な彼の様子に当てられてか、武闘家が少々不安そうになりなが、問いかけると、森人司祭は瞑目しながら眉を寄せた。

 

「こんな場所にある遺跡だとすれば、それはおそらく砦だ。当時の罠がいまだに動く可能性もある」

 

「森人手製の罠か。ぞっとしないな……」

 

「感知なら任せろ。絶対に見逃さない」

 

 男戦士がわざとらしく身震いすると、斥候は彼の肩を叩きながら得意気に笑った。

 彼の眼にかかれば、かなり巧妙に隠さない限り見破ることは可能だ。古い遺跡だから痕跡が見えにくいかもしれないが、古代の罠なぞたかが知れている。最大限に警戒すれば問題ないだろう。

 

「とりあえず、今日一日は村に滞在して英気を養う。明日になったら、攻略開始だ」

 

 斥候は遺跡の場所を示す円を指で叩きながら告げて、「それでいいか」と一党に問いかけた。

 彼の提案に否を出す者はおらず、返ってくるのは肯定を示す言葉のみ。

 

「それじゃあ、今日は解散しよう。だが、俺たちはよそ者だ。迷惑をかけるなよ」

 

 斥候は表情こそ微笑んではいるものの、真剣な声音で告げて、一党の面々は一斉に頷いた。

 冒険者とは本来無頼漢なのだ。国が認めている職業とはいえ、彼らを守る後ろ楯はないと言えるし、何よりもギルドの運営資金は国民が払う税金から落とされている。彼らに余計な迷惑をかけられまい。

 仲間たちの反応に頷き返した斥候は手早く地図を畳んで懐にしまうと、ちらりと部屋に取り付けられた窓に目を向けた。

 宿とはいえ建物自体は一階建てで、少し広めの民家程度だ。窓に鎧戸を落としていないから、見ようと思えば誰であれ覗くことは出来る。

 彼の視線を受けて「ひゃ!」と小さく悲鳴をあげて散っていったのは、そこから部屋の中を覗きこんでいた村の子供たちだ。

 見慣れない冒険者たちと、そんな彼らが行う会合が気になり覗いていたのだろう。

 そんな子供たちの姿に、村に置いてきた妹──血の繋がりはなく、向こうがいきなりお兄ちゃんと呼んできたのだが──を思い出した斥候は苦笑混じりに立ち上がり、「ちょっと行ってくる」と仲間たちに告げて部屋を後にした。

 そのまま足音を殺しながら廊下を通って宿を出ると、フードを目深く被って意味もなく歩き出す。

 まあ食料を買うなり、もう少し情報を集めるなり、やっておいて損はないことも多いのだが──。

 斥候は不意に足を止めて、頬を緩めながらちらりと振り返り、家屋や木の影に視線を向けた。

 そこには必死になって隠れているつもりの子供たちが顔を覗かせており、じっと自分の背中を見つめてきている。

 さてどうしたものかと一瞬思慮した斥候は、わざと気付いていないふりをして正面に向き直ると、だいぶ歩調を緩めて歩き出した。

 同時に背後からいくつもの足音が聞こえ、少しずつ大きくなっていく。

 子供のそれは大人のものと比べてばたばたと慌ただしく、耳を澄まさずとも聞こえてしまう。

 

 ──三、いや四人か……。

 

 足音の多さからぼんやりと相手の人数を推理した斥候は、足音が限界まで大きくなった瞬間──。

 

「っ!」

 

 ぐるりとテンプル騎士の制服の裾を翻しながら反転、幼い追跡者たちの方に顔を向けた。

 突然彼が振り向いたことで、裾を掴もうとしていた四人の子供たちは目を真ん丸に見開きながら身体を固め、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 

「……悪い、驚かせたか?」

 

 思いの外弱い反応に斥候は首を傾げると、地面に片膝をついて子供たちに視線を合わせ、「それで、どうかしたたか?」と微笑みながら問いかけた。

 彼の問いかけに子供たちは無反応だったが、正面にいた男の子がハッとして彼の手を掴んだ。

 

「ぼーけんしゃさん、すごい!なんでわかったの!?」

 

「鍛えているからな」

 

「きたえれば、ぼくにもできる!?」

 

「たぶんな」

 

 ぐいぐいと前のめりになってくる男の子に苦笑混じりに返した斥候は、小さく肩を竦めた。

 自分を見た影響でこの子たちが冒険者を志すなんてこともあるかもしれないし、想い出の一つとしてすぐに忘れまうかもしれない。

 どちらにせよ、彼らがぞんざいに扱っていい訳はないい。子供の頃に経験したことは、大人になる過程でとても大切な意味を持つものだ。

 

 ──この子たちには、俺みたいになって欲しくはない……。

 

 幼い頃に母を殺され、父を失い、多くの恩人(テンプル騎士)を失い、文字通り()()()()()()()()()()()自分のように、正されることなく歪な形に育って欲しくない。

 まあ、こんな政争とは無縁の開拓村で人が死ぬなんてことは、余程運がない限りないだろう。

 村を囲う柵はしっかりしているし、一応ざっと見回ったがゴブリンの痕跡はなかった。直近で襲撃されるなんてことはないだろう。

 

「あ、あの、ぼーけんしゃさん」

 

 子供たちに気付かれないように瞳だけ真剣なものにした斥候に、女の子が声をかけた。

「ん?」と声を漏らしながらその子に目を向けた斥候は、瞳を含めて優しげな笑みを浮かべながら「どうかしたのか?」と問いかけた。

 だが彼の蒼い瞳を覗いた少女は身体を跳ねさせると、照れたように頬を真っ赤にしながら斥候に言った。

 

「えっと、おしごと、がんばってください……っ!」

 

「ああ。任せてくれ」

 

 そんな少女の反応を気にも止めず、斥候は得意気な表情で頷き、そっと頭を撫でた。

「ひゅい!」と喉の奥から息が吹き抜ける変な音を漏らした少女は、顔を真っ赤にしながら彼に背を向けると、そのまま彼の手を振り切って走り出した。

 途中で斥候を追いかけてきた武闘家とすれ違うが、そんな事を気にもせずに家に駆け込んでしまう。

 

「……何がいけなかった」

 

 武闘家は少女の撫でていた手を見つめながら神妙な面持ちになっている斥候と、何か変なものを見たように驚いた表情をしている子供たちの姿に苦笑を浮かべ、「子供が好きなんですか?」と問いかけた。

 

「好きかと聞かれれば、好きだとは思う。見ていて飽きないし、何よりこちらも元気になる」

 

 斥候が子供たちを優しく見つめながら返すと、武闘家は微笑みながら「そうですね」と告げて、じっと見つめてくる子供たちの視線に気付いた。

 

「……?どうかしたの?」

 

 伸ばした膝をそのままに上体だけを倒し、中腰になりながら問うと、彼女の真ん前にいた男の子が顔を真っ赤にしながらじっと彼女の豊満な胸に視線を向けていた。

 まだまだ子供とはいえ、彼らも男だ。そういうものにも多少は興味があるのだろう。

 そんな少年たちの思いを知らずに武闘家は首を傾げ、斥候も突然黙りこんだ少年たちの反応に首を傾げた。

 

「どうかしたのか」

 

 問いかけながら彼らの視線を追いかけ、彼女の胸にぶち当たった。

 同年代の女性に比べればだいぶ大きいそれは、普通の男なら一目見て思わず二度見をするだろし、性根が腐りかけているなら卑しい事を考えもするだろう。

 

「……?」

 

 だが生憎と、斥候はその普通にも当てはまらないし、性根が腐っているわけでもない。

 少年たちが彼女の胸を凝視しながら固まったという事実しかわからず、なぜ気にするのかがわからないのだ。

 

「……っ!!」

 

 そして、男連中四人の視線を一身に浴びていた武闘家は、ようやく彼らの視線が行き着く先に気付き、慌てて体勢を整え、両手で胸を隠しながら身体を反転させた。

 

「ど、どこを見ているんですか!?」

 

「「「ご、ごめんなさい!!」」」

 

「……?謝ることなのか?」

 

 彼女が指を突きつけながらの追及に少年たちは慌てて謝るが、斥候は訳もわからず首を傾げた。

 ただ身体を見ていただけだ。そこに何の問題がある。

 

「お、男の人は皆そうです!村の人たちも、あなたも!!」

 

「……?」

 

 瞳に怒りを込めての言葉を受け止めながら、斥候は疑問符を浮かべた。

 なぜ自分は怒られているのだ。ただ身体を見ていただけなのに。

 

「これだって、こんなに大きいと邪魔なんですよ!?軽く身体を動かしただけで揺れて、相手にいやらしい目を向けられるんです!」

 

 武闘家が見せつけるように胸を張りながら怒鳴ると、斥候は「……すまん」と何に対して謝っているかもわからないままに深々と頭を下げた。

 なぜ謝っているのだ。身体を見ていただけなのに。

 

「うぅ、そんなに謝られるこっちも困ります……」

 

 彼の形だけ謝罪を受けた武闘家は、とりあえず彼がわかってくれたと思ったのか語気を弱めると、一言「次からは気をつけてください!」と告げた。

 

「あ、ああ……」

 

 本人もよくわからないまま頷いた斥候は、とりあえず彼女を視界に入れないように明々後日の方向に視線を向けながら顔をあげた。

 なぜ怒られたのかわからないのだ。この際極力視界に納めないようにすればいい。

 

「……」

 

 だが武闘家には、顔をあげた途端に拗ねたように目を合わせてくれなくなったように見える彼の態度に多少不機嫌になりつつ、少年たちに目を向けるが、

 

「あれ?」

 

 そこにいた筈の少年たちは既におらず、見えるのは蜘蛛の子を散らすように別々の方向に逃げていく彼らの背中のみ。

 

「むぅぅぅ!話は、終わってない!!」

 

 その背中に怒りに任せて怒鳴るのだが、当の彼らは止まる様子もなくそれぞれの家に駆け込んでいった。

 彼女の声に気付いて、なんだなんだと村人たちの視線が集まるが、一部始終を見ていたのであろう少年たちの親たちは申し訳なさそうに小さく頭を下げた。

 

「ぐぅ!それをされてしまうと、何も言えない……っ」

 

 悔しそうに歯を食い縛りながら地団駄を踏む武闘家を他所に、斥候は額を押さえながら深々とため息を吐いた。

 

 ──迷惑をかけるなと、言ったんだがな……。

 

 どうにも自分は問題が振りかかってくる体質のようだと肩を竦め、武闘家に告げた。

 

「落ち着いたのなら戻るぞ。騒ぎすぎた」

 

「そ、それもそうですね。って、どうしてこっちを見てくれないんです?」

 

 不自然に視線を逸らしている斥候の横顔に向けて問うと、「見たら怒るのだろう?」と至極真面目な声音で返された。

 

「いや、目を見てくるくらいなら気にしませんけど」

 

 武闘家は無駄に思えるほどに真面目な彼の姿勢に苦笑を漏らすと、斥候は「そうか……?」と呟いて彼女の方に目を向けた。

 夜空を閉じ込めた蒼い瞳は、じっと見ていると吸い込まれそうになってしまう。

 

「……」

 

「どうかしたのか」

 

 そうして彼の瞳から逃げられずに見つめていると、斥候が小さく首を傾げながら声をかけ、武闘家はびくっと身体を跳ねさせた。

 

「……大丈夫か?」

 

 そんな彼女の反応に狼狽えたのか、単に気味悪がったのか、僅かに間を開けてから問うと、武闘家は「大丈夫、大丈夫です!」と拳を握りながら答え、斥候は「そうか」と短く返した。

 相手が大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。もし大丈夫ではなく、何かしらの問題が起きたのなら、上手くフォローするのが仲間というもの。

 

「とにかく、今日は早めに休もう。明日の朝一に出発だ」

 

「そうですね。頑張って早起きしないと……」

 

 斥候が立ち上がりながら言うと、武闘家は笑み混じりに答えると、彼から顔を背けて真剣な面持ちになりながら呟いた。

 その声は彼には聞こえなかったようで、「何か言ったか?」と問いかけるが、「なんでもないです」と即答された。

 

「ならいいんだが、何かあれば言ってくれ」

 

「はい。何かあれば、相談します」

 

 彼女の返答に頷いた斥候は、彼女を連れ立って歩き始める。

 運が良ければ今回で全てが終わり、元の世界に帰ることも叶うだろう。そうすれば、いつものようにアサシンを追いかける日々が始まり、戦いに身を置ける。

 いつもなら「運は自分で掴むものだ」と言うのだが、如何せん今回ばかりはどうにもならない。

 彼にとってこの世界はあまりにも未知で、何が起こるのかはわからない。

 様々な経験をしてきた彼だとしても、何が起こるのかは、神々が振るった骰子(さいころ)の目が何を示すのかは、わからないのだ──。

 

 

 




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