SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory03 始まりの日

 夜が明け、山の輪郭が白く染まり始めた頃。

 朝一どころか、まだ陽が顔を出すよりも早く村を出た冒険者たちは、件の遺跡が見える森の中にいた。

 大雨により被さっていた土が流されたのか、あるいは中にいる何者かが吹き飛ばしたのか、崩れた山の一角から入り口が口を開き、挑むものを呑み込まんとしている。

 木々や岩の影に身を隠しながらタカの眼を使ってそれを凝視していた斥候は、とりあえず最近何かが出入りした様子がないことを確認してホッと息を吐いた。

 何かが入り込んでいたのなら、普段以上の警戒心をもって挑まなければならなかった。幸運ではあるだろう。

 

「さて、今回は埋まりたくないからな。気を引き締めていこう」

 

 木の影から顔を出していた斥候は苦笑混じりに近くの茂みに目を向けながら言うと、がさりと音を立てて茂みが揺れた。

 草の緑から銀色の髪の毛が飛び出し、「むー!」と持ち主の唸り声が聞こえてくる。

 

「あ、あんまりからかってやるなよ……」

 

 そんな斥候の隣。その場にしゃがみこんで周囲を警戒していた男戦士が肩を竦めながら言うと、斥候は「からかっているつもりもないが」と真剣な声音で告げた。

 

「どちらにせよ、埋まるのはごめんだ」

 

 一度生き埋めになったことが余程トラウマなのか、斥候は変わらず真剣な表情のまま告げると、ちらりと森人司祭と獣人魔術師の方に目を向けた。

 二人はそれぞれの得物を握り直しながら頷くと、それぞれ深呼吸。

 未知の遺跡に挑む高揚はあるが、如何せん前の廃坑では酷い目に遭ったのだ。前回にも増して意識を研ぎ澄まして挑まなければならない。

 

「出てきてもゴブリン程度なら良いんだが、悪魔(デーモン)の類いが出れば即離脱だ。俺たちの手に余る」

 

「それはそうでしょう。負けるつもりはありませんが、勝てると断言は出来ません」

 

 彼の言葉に、一党では一番知識に明るい獣人魔術師が応じ、森人司祭は残念そうに眉を寄せた。

 

「ここで一つ武功でもと思ったんだが、私の奇跡をもってしても悪魔の相手は出来んな」

 

「地母神の奇跡には攻撃に関するものがないと聞く。万が一の時は回復を頼む」

 

「それが本職なのだが……」

 

 唐突に放たれた斥候の一言に、森人司祭は目を丸くしながら呟き、それを受けた斥候は「そうだったな」と苦笑を漏らした。

 森人司祭は投射銃(ダートガン)を使った援護の場面が多い。一党で怪我をすることがあまりないこともあり、彼が神官である事を忘れていたのだろう。

 勿論それは空気を和ませる為の冗談だし、森人司祭もそれを重々承知なのだが、この中で一番緊張している武闘家はそうでもないのか、「し、失礼ですよ……!」と指を向けた。

 男四人は二人のやり取りが冗談の軽口であることに気付いているため、四つの怪訝な視線が彼女に集中し、武闘家は「……あれ?」と首を傾げた。

 

「あ、あの?私、変なこと言いました?」

 

 おろおろしながら仲間たちを見渡す武闘家を他所に、男戦士は口許を隠しながら忍び笑い、獣人魔術師は愉快そうに目を細め、森人司祭は小さく優雅に笑った。

 斥候は真剣な瞳だけはそのままに、フッと鼻を鳴らしながら肩を竦め「何もおかしくはない」と告げ、遺跡の入り口に視線を戻す。

 後ろから「そ、そうですよね!」とどこか安堵した声が聞こえてくるが、斥候は気にも止めずにじっと目を細めた。

 口を開けて待ち受けるその先は一寸先も見えない闇に包まれ、中の様子を伺うことは出来ない。

 だが風を吸い込んでいるのか、笛を吹いているようなひゅうひゅうと甲高い音が微かに聞こえてくる。

 何かあるのかはわからない。何がいるのかもわからない。それを知るためにここに来たのだ。

 

「いい加減行くぞ。警戒を緩めるなよ」

 

 斥候が雑嚢から松明を取り出しながら言うと、一党の面々は一斉に頷いた。

 彼らの返事を見つめながら、斥候は小さく息を吐いた。

 もしここで故郷に帰る術が見つかれば、彼らには悪いがそちらを優先することになる。

 

 ──まあ、別れはいつか来るものか……。

 

 遅いか早いかの違いはあるだろうが、生きている限り別れはある。その一つが来るだけのことだ。

 もっともそれは、目の前にある遺跡に帰るヒントがあればの話だし、言ってしまえばない可能性の方が高い。

 それでも行くしかないのだ。どうせないだろうと決めつけて行かないのは、それこそ愚者がすることだ。

 自分が賢いかどうかは別として、未知に挑むというのは個人的に興味はある。

 一度深々と深呼吸をした斥候は「よし」と呟いて気合いを入れた斥候は歩き出し、仲間たちがその後ろに続く。

 かの死の迷宮(ダンジョン・オブ・ザ・デッド)には遠く及ばずとも、長年未踏になっている遺跡であることには変わりはない。

 斥候が火打ち石を打って松明に火をつけた事を合図に冒険者たちは表情を引き締め、闇の奥へと足を踏み入れた。

 道を照らすのは松明の明かりのみ。それでも彼らは恐れることなく一歩を踏み出す。

 次に出す一歩で落とし穴にはまるかもしれない。その次で罠を作動させるかもしれない。だが恐れてはいけない。

 彼らは冒険者。自ら望んで危険を冒す者。一歩を踏み出すことに躊躇っていれば、それこそ恐怖に喰われてしまう。

 だからこそ彼らは進む。己を鼓舞するために、己を越えるために、彼らは闇に挑むのだ。

 

 

 

 

 

 冒険者たちが遺跡に踏み入れたのとほぼ同じ頃。

 農作業に勤しむ大人たちを尻目に、つい昨日、斥候と武闘家と言葉を交わした少年少女らが村の入り口近くの木陰に集まっていた。

 

「ぼーけんしゃさんたち、いっちゃったね……」

 

 少女が斥候に頭を撫でられた事を思い出して赤面しているのを他所に、年長者の少年はちぇーとわざとらしく舌打ちしながら小石を蹴り「もっとは話したかったなー」と愚痴をこぼす。

 

「とうちゃんたちは、あんまりは話すなっていったけどさ、あんまりわるい人には見えなかったし」

 

「きれいだった!」

 

「お、おっきかった……っ!」

 

 年長の少年に続いてその子分たちが声を出すが、最後の一人に一斉に視線が向けられた。

 何がとは言っていないし、誰のとも言っていないから、もしかしたら身長の話かもしれないが……。

 

「うぅ……」

 

 言ってしまったと恥ずかしがりながら俯く様子からして、武闘家の胸に関して言ったのは明白だろう。

「まあ、確かに……?」と年長の少年が赤くなった頬を掻きながら言うと、もう一人の少年も「な!」と同意を示す。

 

「……ばか」

 

 この中での紅一点。斥候に思いをふけっていた少女はとりあえず思い付いた悪口を吐くと、ぷいとそっぽを向いた。

 これだから男子は嫌なのだ。思ったことをすぐに口にしてと、頭の中で愚痴りながら、ふと斥候の事を思い出す。

 友達たちとも違う。お父さんや隣のお兄ちゃんたちとも違う、なんだか不思議な雰囲気の人。

 彼らがしてくれるように頭を撫でられただけなのに、不思議と胸がもやもやして、思わず走り出してしまった。

 悪いことしちゃったな、帰ってきたら謝らないとななんて事を思いながら、少女はため息を吐く。

 

「ん……?」

 

 同時に、ふと何かに気付いて首を傾げた。

 村を見下ろすように鎮座する山の中腹。そこでキラキラと何かが光っているのだ。

 

 ──なんだろう……?

 

 それはその場から動かずに不規則に点滅を繰り返し、じっと見ていると目が痛くなってしまう。

「うう」と唸ってぱちぱちと瞬きを繰り返した少女が再びそちらに目を向けると、先程まで光っていた何かは消えており、どこにいたのかもわからなくなってしまう。

 

「どした?」

 

 一人でじっと山を睨んでいた少女の肩を揺らした年長の少年が、少女の視界に入り込む。

「鳥でも見てんの?」と同じく山の方に目を向けるが、それらしきものは見つからずに首を傾げる。

 

「うんん。なんでもない」

 

 少女は首を振り、にこりと微笑んだ。

 

「きょうはなにをしてあそぼっか」

 

 そうして少年たちに問いかけて、わいわいと騒ぎ始める。

 彼らにとっては当たり前の、昨日も変わらず、きっと明日も変わらない、日常なのだ──。

 少女は少年たちの姿に笑みを浮かべながら、ちらりと先ほど光った辺りに目を向けた。

 ここからでは何もわからないが、きっと悪いものではないだろう。

「おい、行こうぜ!」と呼ばれた事を合図に少女は村の中に駆けていく。

 その直後、再びきらりと何かが光った。

 誰もそれに気付かず、いつも通りの日常が流れていく。

 子供たちが笑ってはしゃぎ、大人たちはそれを気にしながらも農作業に勤しむ。

 きっとこれからも変わらない日常が、今日もまた緩やかに流れていくのだ──。

 

 

 

 

 

 じっとこちらを見つめていた少女が離れていくと、男はほっと息を吐いた。

 切る間もないのか乱雑に伸びた無精髭をそのままに、ほつれや汚れの目立つ戦闘衣装を身に纏ってはいるものの、その眼光は獣のようにぎらついている。

 彼は手にしていた単眼鏡を再び覗き、活気に溢れている村を見下ろした。

 

「ボス、あの村ですかい?」

 

 じっと村を監視しながら投げられた問いかけに応じたのは、背後にある洞窟から顔を出した、血のように赤い短髪をした女だった。

 顔立ちは貴族の娘さながらに整ってはいるが、上半身はほぼ裸で、健康的に焼けた肌を惜し気もなく晒し、豊かな胸はさらしを巻いてあるのみ。

 下半身は返り血による斑模様が浮かんだ長い腰布に隠れてはいるものの、スリットからは汚れの目立つ革製の具足が覗いており、腰には一振りの剣が下げられている。

 だがその剣もただの剣ではなく、刃がさながら炎のように波打っている、所謂フランベルジュと呼ばれるそれだ。

 その持ち主たる女は品の欠片もなく大口をあけて欠伸を漏らすと、ぶんどるように男から単眼鏡を奪い、それを覗いてじっと村を眺めながら「そうだな~」と気の抜けた声を漏らした。

 

「村自体のでかさと、住民の数的には、まあ一晩で落とせるだろ。捕まえた女と奪った食料で宴を開いて、まあ三日もすれば飽きるだろ?そしたら得物を探してまた移動してだな」

 

 女はそう言いながら背後の洞窟に目を向けると、ぐへへと下品な笑い声が返ってくる。

 炎のように爛々と輝くのは、彼女の部下たちの眼光だ。

 あまりカリスマ性はないと自負してはいるが、彼女が彼らを纏めあげられている理由は、彼女が一番の腕利きであることも確かにそうだが──。

 

「本当、男というのは単純でいい。ご褒美を用意するだけで働いてくれる」

 

 彼女は誰にも聞こえないようにそう呟くと、くるりと振り向き、誘うように己の肉体を撫でた。

 豊かな胸を潰すように撫でて、括れた腰を見せつけるように揺らし、極上の餌を前にした時のように舌舐めずり。

 

「一番の働き手には勿論、私を報酬として差し出そう。気張れよ、お前ら」

 

『おお!!』

 

 彼女の声に男たちは一斉に(とき)の声を出すが、女はチッと盛大に舌打ちをすると、絶殺の殺意を込めた視線で部下たちを睨み付けた。

 

「静かにしろ……」

 

『へ、へい……っ』

 

 身も凍るその声を受けた部下たちは、声を抑えながら頷き、それぞれの得物を手に取った。

 襲撃は夜だが、如何せん村には冒険者が滞在していた。

 十中八九彼らとは戦闘になるだろう。遠目から見た感じ、相手はまだ駆け出しと言った様子に見えたが油断は出来ない。

 

「準備は万全に、な。あの黒装束の男、只者じゃあない。あれからは、私たちと同じ臭いがした……」

 

 彼女が警戒している相手はただ一人。

 自分たちと同じ、人を殺すことに対して躊躇も恐れもない眼をしていた、黒衣装の男(斥候)だ。

 彼の相手を勤めるとなると、一筋縄にはいかないだろう。

 

「まあ、負けるわけもないけれど」

 

 女はふふと妖しい笑みを浮かべると、腰のマントを翻して洞窟の中に戻っていく。

 事が起こすのは今夜。奇襲をかけて終わらせ、冒険者たちが来るのなら蹴散らす。

 いつも通り。そういつも通りの押し込み強盗(ハック・アンド・スラッシュ)だ。何を恐れる必要がある。

 女は洞窟の中に消えていき、不気味な薄ら笑いが微かに響く。

 今夜は祭りだ。ならば今のうちに身体を休めておかねば。

 

「楽しみ、楽しみだ。悲鳴が、血の温もりが、臓物の残り香が、今から楽しみでしょうがない……っ!」

 

 口に出してしまったためか、余計に昂る己の身体を抱き寄せ、女は恍惚の表情を浮かべながら熱のこもった吐息を漏らした。

 

 

 

 

 

 双子の月が輝き、優しげな月明かりに大地が包まれた頃。

 冒険者たちは遺跡の探索を終え、久しぶりにさえ思える外に顔を出した。

 

「結局、何にもありませんでしたねぇ……」

 

 んーっ!と唸りながら身体を伸ばしながら、武闘家は疲れを滲ませた声でそう告げて、後続の仲間たちに目を向けた。

 

「宝箱すらないとは、神々にさえ嫌われたか」

 

「まあ、運がなかったのでしょう」

 

「骨折り損だったな……」

 

 森人司祭が嘆くように天を仰ぎながら愚痴り、獣人魔術師が目を瞼越しに解しながら続き、男戦士が革鎧についた汚れを払う。

 そして殿を勤めていた斥候は遺跡から出てくると、大きめのため息を漏らした。

 

「罠があったわりには本当に何もないとは。古い石板の一つや二つあってもいいだろうに……」

 

 同時に不満そうに目を細めながら愚痴をこぼし、「あー」と気の抜けた声を漏らしながら肩を回した。

 

「とりあえず、村に戻って休むか」

 

 そこまで言葉にした彼はその方角に目を向けると、すぐに怪訝な面持ちとなり、じっとそちらを睨み付けた。

 異様な彼の様子に気付いた仲間たちは、彼の視線を追ってそちらに目を向けると、暗くなった森の向こうに不自然な明るさがあり、夜空に向かって黒い煙が昇っていっている。

 

「っ!」

 

 それを視認した瞬間、斥候は走り出していた。

 背後から聞こえる仲間たちの声を振り切り、そのまま森の中に突入。

 細い枝で衣装は肌が切れることをお構いなしに、全速力で森の中を駆け抜ける(スプリント)

 倒木を飛び越え、岩を乗り越え、低い位置に生えた枝の舌を潜り抜け、さらに加速。

 行きでは迂回した急斜面の崖の上にたどり着いた斥候は、ぜぇぜぇと揺らして喘ぎながらフードの下で忌々しそうに眉を寄せて、舌打ちを漏らした。

 

「くそ……っ!くそっ!くそ!!」

 

 怒りで歯を食い縛り、年甲斐もなく地団駄を踏んだ斥候は、急いで急斜面を滑り落ちていく。

 崖の下では、燃える村が夜の闇を照らしていた。

 

 

 

 

 

 人の悲鳴。木の焼ける臭い。人の焼ける臭い。血の臭い。

 静かな夜が訪れる筈だった村には死が溢れ返り、まさに混沌の様相となっていた。

 村の柵を破壊した野盗たちは村に雪崩れ込み、そのまま片っ端から家屋に火をつけ、慌てて飛び出してきた村人を叩き斬る。

 人の悲鳴と肉と骨が断たれる音が木霊すれば、野盗たちは愉快そうに嗤う。

 ただ悦しそうに、ただ愉しそうに、逃げ惑うしかない人々に襲いかかり、思い思いの方法でその命を刈り取る。

 だが命が奪われるだけで済むのなら、まだましかもしれない。

 

「あ……ぅ……あ……」

 

 まだ火がつけられていない家の中で、野盗の手により裸に剥かれ、豊かな胸や肉付きのいい臀部をさらけ出した若い女性が、裸にした本人の手で陵辱されていた。

 彼女の隣には夫、あるいは恋人だったのであろう男性の亡骸が転がされ、女性の感情の消えた目からは絶えず涙が流れ出る。

 

「おいおい、反応わりぃな。もっと愉しもうぜぇ?」

 

 ほれほれと腰を振り、己の分身で彼女の胎内を汚す野盗は、飽きたようにため息を吐くと欲望を解放し、白濁液を吐き出した。

 

「うっ……!と、まあ、良かったぜ」

 

 愉しむだけ愉しんだ野盗が腰から短剣を引き抜くと、陵辱していた女性にとどめを刺そうと振り上げ、心臓目掛けて振り下ろそうとした瞬間。

 突然背後から口を押さえられ、そのまま何者かに首を掻き斬られた。

 

「~!?!?!?」

 

 驚愕に目を見開きながら大量の血を噴き出す野盗を他所に、左手首から血に濡れた仕込み刀(アサシンブレード)を構えている斥候が吐き捨てる。

 

「地獄に直行しろ、くそ野郎が……っ!」

 

 その一言と同時に乱暴に野盗の死体を横に押し倒した斥候は、先程まで男の相手をさせられていた女性に目を向けた。

 豊かな胸が上下しているから生きてはいる。肉体的には、という一文が途中で挟まる以外は問題なしだ。

 斥候は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、雑嚢から毛布を取り出して彼女にかけてやる。

 そして隣に倒れていた村人の亡骸の、怒りと憎悪に見開かれた瞳を閉じてやり、「安らかに眠れ」と祈りの言葉を口にしようとするが、

 

「ぎゃあ!?」

 

「ぐぁあああああああ!!!?」

 

「いだい!痛いよぉ……」

 

「腕が……!俺の腕がぁぁああああああ!?」

 

 それを遮るように村人たちの悲鳴と断末魔が彼の鼓膜を揺さぶり、それさえも許してくれない。

 怒りのままに血が滲むほどに拳を握り締めた彼は立ち上がり、腰に下げた剣を小さな布擦れの音と共に引き抜く。

 

「……ふぅぅぅぅぅぅ」

 

 同時に目を閉じると何かを切り替える深く息を吐き、握りしめていた拳をゆっくりと開き、短剣を引き抜いてしっかりと握る。

 そして目を開くと同時に扉を蹴り破り、ずかずかと無造作な足取りで通りに身体を出した。

 そこはまさに血の海だった。昨日まで色々とよくしてくれた村の人たちが物言わぬ屍となり、一目見た限り五体満足であるものは少ない。

 

「ん?おい、まだ活きのいいのがいやがるぞ!!」

 

 そして村人の亡骸に意味もなく短剣を突き立てていた野盗が斥候の存在に気付き、近場の仲間たちに呼び掛けた。

「ああ?」だの「どうした」だのと反応して顔を出したのは二人。呼び掛けた本人を含めて三人だ。

 彼らは一人立ち尽くす斥候の姿を認めると、彼が持っている剣に目を向けてにやりと笑んだ。

 

「いい剣じゃあねぇか。寄越せ!」

 

 そして手柄欲しさに一人が飛びだすと、突撃の勢いのままに両手斧を振り下ろした。

 頭に当たれば頭蓋が砕け、そのまま即死させられる一振りではあるが、

 

「──」

 

 斥候は素早く前転して脇を抜けるようにその一撃を避けると、剣を逆手に持ちかえ、振り向きもせずに野盗の背中に刃を突き立てた。

「ぎっ!?」と不快な声が聞こえてきたが、それを無視して刃を引き抜く。

 その勢いで背中から倒れた野盗の腹に短剣を突き立てて、内蔵を掻き回すようにうねる。

 

「っ!」

 

 もはや悲鳴もなく身体を跳ねさせた野盗が大量の血を吐きだすと、短剣を引き抜き、噴水のように噴き出した血をそのまま放置。降り注ぐ血で黒い衣装を真っ赤に染めながら、残る二人に向けて走り出す。

 

「ちっ!舐めんじゃねぇ!!」

 

 それに合わせて一人の野盗が迎え撃たんと剣を構え、彼の接近に合わせて突きを放った。

 相手の腹を目掛けて放たれたそれに対して、斥候は突撃の勢いを緩めずに短剣を差し出し、小さな刀身を突き立てられた刃の腹に添えた。

 そのまま絶妙な力を加えつつ身体の外へ外へと押していき、野盗渾身の一突きを受け流す。

 

「まじか!?」

 

 鍔同士がぶつかり合うキン!と甲高い金切り音と共に剣を弾かれた野盗が驚きを声をあげると、その腹に斥候の一閃が叩き込まれた。

 内蔵を傷つけるように深々と斬りつけられ、傷口からは大量の血と共に臓物がこぼれ、野盗はがぼがぼと血の泡を噴きながらその場に倒れた。

 

「ひっ!ひぃぃ!」

 

 残された一人は情けない悲鳴をあげながら、この場から逃げようと背を向けるが、

 

「──っ!」

 

 目を見開いてその背を睨み付けた斥候は鋭く息を吐きながら、懐から捕縛用のフックがついた縄(ロープダート)を取り出すと共にそれを投じ、逃げ出した野盗の足に絡ませた。

 不意に足を取られた野盗は頭から地面に倒れ、「へぶ!」と情けない声を漏らした。

 同時にその場を跳んでいた斥候は無防備な背に膝から落ち、全体重を込めた跳び膝蹴りで男の脊椎を砕いた。

 膝に感じる骨を砕いた感覚に何も思うことなく、想像を絶する痛みに「ぎっ!」と声を漏らすと共に失神した男のうなじに短剣を突き立て、とどめを刺す。

 びくんと身体を跳ねさせた直後、ぐるりと白眼を剥いて絶命した野盗から短剣を引き抜きながら立ち上がった斥候はじっと燃える村を睨み付ける。

 まだ生存者がいるかもしれない。なら榴弾(グレネード)は使えない。

 ただその情報だけを理解すると、斥候は走り出す。

 まだ野盗はのさばっている。それらを皆殺しにしなければならない。

 

「な、なんだおま──!?」

 

 建物の影から無用心に飛び出してきた男に対して、走りの勢いを殺さずに剣と短剣を突き立てて殺害(ダッシュ・アサシン)し、そのまま押し倒す。

 血脂で滑ってきた剣の感覚に眉を寄せると、瞬き一つの間に逆手に持ちかえ、偶然見えた野盗の背中に向けて投射。

 矢のごとく空気を切り裂いて飛翔したそれは、寸分の狂いなく野盗の背中を貫き、切っ先が腹から顔を出した。

 

「お、ぁ……」

 

 腹を貫かれた野盗は小さく唸りながら血の塊を吐き出し、膝から崩れ落ちた。

 細めた瞳でそれを一瞥した斥候は先程刺し殺した野盗の手を踏み砕くと手斧を奪い取り、具合を確かめるように一度空を斬る。

 

「五つ」

 

 同時に殺した人数を口にした彼は、タカの眼を発動して辺りを見渡す。

 金色に輝く足跡が痕跡として浮かび上がり、それは村の奥へと伸びていっている。

 

「……」

 

 彼は無表情でそれを目で追うと、それを追って走り出す。

 村中に火がつき、ぱちぱちと手拍子のような音が辺りから漏れ続けているのだ。足音の一つや二つ気にはなるまい。

 ふと仲間たちの姿が脳裏によぎったが、首を振ってすぐに気持ちを切り替えた。

 彼らなら追いかけてくるかもしれないが、来ようと来まいとやることは変わらない。

 

「……皆殺しだ」

 

 秩序の下に生きる、弱き人々を守る。

 それが彼の役目(ロール)だ。

 

 

 

 

 

 村を見下ろす事のできる崖の上。

 数分前には斥候がいたその場所に、ようやく彼の仲間たちがたどり着いていた。

 

「そんな、村が……っ!」

 

 武闘家が口元を押さえて目に涙を溜めながら言うと、冒険者たちは顔を見合せ、一斉に頷きあった。

 斥候の性格からして見捨てることはない。一人で突貫し、そのまま戦闘を開始することだろう。

 

「行くぞ!あいつも、村の人たちも、助け出すッ!」

 

 男戦士が拳を握り締めながら宣言すると、獣人魔術師と森人司祭は即断で頷き、武闘家は涙を拭って「私も行きます!」と表情を引き締めた。

 同時に彼らは走り出し、燃える村を目指す。

 一人でも助けられる命があるのなら、それに全力をとす。

 彼に助けられた自分たちができるほんの僅かな恩返しの為、祈る者(プレイヤー)としての矜持として、彼らは夜の森を走り抜けた。

 

 

 

 

 

「ボス!ボス!大変です!!」

 

「あぁ?おい、邪魔しないでくれるか」

 

 村の最奥。村長の住まう屋敷に、野盗の一人が血相を変えて駆け込んだ。

 同時に部屋の中の様子に目を見開き、思わず吐きそうになって口を押さえた。

 

「ん?あ、お前は初めてか。慣れないとなぁ」

 

 そんな彼の様子にくすくすと鈴を転がすように笑いながら、頭目の女は壁に張り付けにした四人の村人に目を向けた。

 彼らの表情は恐怖一色に支配され、猿轡がつけられた口からはふーっふーっと息が漏れている。

 

「もう少し愉しみたかったんだが……」

 

 頬についた返り血を舐め取った彼女は、手に握られるフランベルジュに血払いをくれた。

 刃についた血液がびちゃりと湿った音を立てて落ちたのは、彼女の足元に転がっている誰かの足の上だ。

 

「じゃあ、帰ってきたら続きをしようか。まあ、何人かはもう死にそうだけど」

 

 彼女は満面の笑みを浮かべながらそう言うと、壁に張り付けにした村人たちの姿を一瞥した。

 片足を失い痛みにもがく者、臓物を引きずり出されて死んだ者、眼を抉られた拍子に気を失った者、そして幸運にもまだ無傷でいた者。

 

「ボ、ボス、早く!あいつが来ます!」

 

「わかった。誰かは想像できるが」

 

 急かしてくる新人の声を多少うざったく思いつつ、頭目の女が屋敷から出ると、

 

「ぎやぁ!?」

 

「ぅお!?ぎぃ!!」

 

「このやろ──……」

 

 三人の野盗を瞬く間に斬り伏せた、黒衣装の男──斥候がいた。

 血に濡れた手斧で一人目の頭蓋を砕き、二人目は短剣で剣撃を受け流しから手斧で腕を落とて放置。三人目はすれ違い様に手斧で腹を開いて臓物をぶちまけさせる。

 人を人と思っていない機械的なまでのそれは、見るものに恐怖を抱かせるには十分なものだが──。

 

「ふふっ。いい、実にいい……!」

 

 人はあくまで玩具と思っている自分とは違うが、心の奥底が既に壊れている者特有の雰囲気を感じ取った頭目の女は獰猛な笑みを浮かべ、彼に向けて歩き出した。

 その間に腕を落とした野盗にとどめを刺した斥候は、幽鬼のようにゆらりと頭目の女の方に振り向き、濁った蒼い瞳で彼女を射抜く。

 彼女は恍惚の表情を浮かべながら、彼を囲むように身構えている部下たちに向けて告げた。

 

「邪魔するな、邪魔してくれるなよ!誰だろうが、邪魔をしたら殺すぞ!」

 

 その宣言を受けた部下たちは恐怖に身を縮こませ、斥候と頭目の両名を警戒しながらそそくさとその場から離れた。

 頭目の女は獰猛な笑みをそのままに、フランベルジュの切っ先を斥候に向けた。

 炎を模して波打つように鍛えられた刃が本物の炎に照らされ、不気味な輝きを放つ。

 

「さあ、()ろう!存分に殺し合おうじゃあないか!人として壊れ、人であることを捨て、人であることを忘れた同族よ!!!」

 

「っ!……」

 

 彼女の言葉に斥候は一瞬目を見開くが、すぐに平静を取り戻すと、静かな殺意を放ちながら、血に濡れた斧を構える。

 彼の殺気に当てられた頭目は産毛を逆立てながら恍惚の表情を浮かべると、身を凍らせる絶対零度の殺意を放ちながらフランベルジュを両手持ちで構えた。

 彼女の部下たちは二人の殺意に当てられて身体を強張らせ、何人かに関しては情けなく失禁してしまうが、誰もその場から動くことは出来ない。

 先程まで人の悲鳴と怒号、嘲笑に支配されていた村は不自然なまでの静寂に包まれ、吹き抜ける夜風の音と炎が燃える音だけが木霊する。

 そして、始まりは突然だった。

 二人の近くにあった家屋が炎により柱を失い、凄まじい音を立てて倒壊したのだ。

 

「「っ!!」」

 

 それを合図に二人は駆け出し、各々の得物を叩きつけ、甲高い金属音を響かせる。

 満点の星と、双子の月が見守る中、壊れた二人の戦いが始まった──。

 

 

 




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