SLAYER'S CREED 追憶   作:EGO

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Memory04 血と踊れ

 夜の闇を照らす大きな炎。

 だがそれは篝火や灯火のように人々を支え、守るような優しいものではなく、全てを呑み込む業火に他ならない。

 材木が燃え、そこに住む人が燃え、そこにあった何かが燃える音と臭いに包まれたその場所は、先程まで活気に溢れていた村だと誰が信じるだろうか。

 かつての姿を失った村を支配しているのは、人の焼ける臭いと、血の臭い。鉄同士がぶつかり合う甲高い金属音、そして、

 

「「──」」

 

 村を襲撃した野盗の女頭目と、彼女と相対している斥候の放つ殺意だ。

 二人は無言で相手のことを睨みつつ、女頭目は獰猛な笑みを浮かべ、斥候は一切の感情が消えた無表情。

 表情こそ正反対ではあるものの、放つ殺意はほぼ同程度。鋭さで言えば斥候の方が上かもしれないが、荒々しさならば女頭目の方が上。

 二人は額に浮かんだ汗をそのままに短く息を吐くと、

 

「ほらほら、行くぞ!!!」

 

「っ!!」

 

 彼女はフランベルジュを片手に咆哮をあげ、両足を踏ん張りながら腰を低く身構える。

 対する斥候は息を深く吐き出すと、刃の欠けた手斧を握り直し、短剣を逆手に持ちかえた。

 女とはいえ、山暮らしゆえに自然と鍛えられ、さらに人為的に鍛えられた脚力を舐めてはいけない。

 踏ん張りを効かせた両足の筋肉が血管が浮かぶほどに膨張、女頭目は血が滲むほどに歯を食い縛る。

 斥候がタカの眼を発動し、全神経を瞳に集中させて次の一手を読まんとした瞬間、女頭目の足元が爆ぜた。

 凄まじいまでの力が込められた踏み込みにより、十歩分は開いていた間合いが瞬き一つの間もなく縮まり、フランベルジュの刺突が斥候の喉に向けられて放たれる。

 

「っ!」

 

 全開にしたタカの眼を持ってしても見切れず、防御を許さない速度に目を見張った斥候は、反射的に首を横に倒した。

 その刹那、首を掠める形でフランベルジュの刃が通りすぎ、波打つ歪な刃が薄皮一枚を切り、僅かに血が滲む。

 風圧に剥がされたフードをそのままに、逆手に持った短剣を振り上げて女頭目の右目を狙うが、

 

「おっと!?」

 

 それを読んでいたのか、余裕で上体を逸らすことで避け、空いている拳を斥候の顔面に打ち込む。

 斥候は腕を畳んで盾にすることで拳を防ぐが、凄まじい膂力に押されて地面を滑るように後退、そこに追撃が迫る。

 嬉々とした笑みを浮かべた女頭目が、地面を蹴りつけることで跳び、開いた間合いを瞬時に詰めたのだ。

 斥候は小さく舌打ちを漏らすと、接近に合わせて手斧を振り抜いた。

 

「っ!」

 

 彼の動きを見切った女頭目は片足を地面に突き刺して急停止。彼女の動きに合わせて振るわれた斧が空を斬る。

 

「シッ!」

 

 地面に突き刺した足を軸に身体を回転。勢いのままに回し蹴りを放つ。

 彼女の反応に小さく目を見開いた斥候は蹴りの軌道を読み、頭部を守るように防御の姿勢に入るが、女頭目はニヤリと口を三日月状に歪めた。

 その瞬間。彼女の蹴りが軌道を変え、無防備に晒されていた斥候の脇腹を打ち据えた。

 

「お゛ぁっ!!」

 

 腹部に叩きつけられた衝撃と、内蔵が歪む鈍い痛み、同時に胃の内容物が逆流していく気持ち悪さに表情を歪めるが、脇腹にめり込む彼女の足を脇に抱えて捕らえる。

「おっと」とわざとらしく声を漏らした女頭目は、フランベルジュを大上段から振り下ろして今度こそ彼の頭蓋を砕きにかかった。

 

「っ!」

 

 直後、斥候の判断は速かった。

 頭上から迫る波打つ刃に斧を叩きつけ、柄が半ばから折れる事を条件に弾き返した(パリィ)

 斧は肝心の刃を失ったものの、ただの木の棒に成り果てた柄は断面が歪に尖り、最低限の痛痒(ダメージ)を与えるには事足りる。

 斥候は尖った柄の断面を女頭目のふくらはぎに叩きつけ、歪な穂先が防具を貫いて彼女の筋肉質な足を貫き、貫通して反対側から飛び出した。

 

「ぎ!?」

 

 女頭目は鋭い痛みに一瞬の悲鳴を漏らすと、すぐに好戦的な笑みを浮かべてその場を跳躍。

 斥候に捕らわれた足を軸に回転。彼の頭部に蹴りを見舞う。

 斥候は素早く斧の柄を手放して防御せんと腕を閃かせたが、純粋な速度は彼女の方が上。

 彼の防御が完成する前に彼女の蹴りが頭部を捉え、快音を響かせて彼の身体を吹き飛ばした。

 蹴り飛ばされた斥候は勢いのままに地面を転がるが、すぐに両手足をついて勢いを殺し、頭の鈍痛を無視して短剣を片手に身構える。

 だが先程の蹴りで割れてしまったのか、蹴られた側頭部からは血が垂れており、耳や肩を赤く汚す。

 

「いっつぅ……!久しぶりだ、怪我をしたのは……」

 

 対する女頭目は自身の足に突き刺さる棒切れに目を向けると、それに手を添え、「ふん!」と気合い一閃と共に引き抜いた。

 自身の血で真っ赤に染まった棒切れを舐めた彼女は、大量の血が滴る足をそのままに獰猛な笑みを浮かべた。

 

「もっと、もっとだ!もっと私を愉しませろ!!!」

 

 天に向かって、そして斥候に向かって吼えた女頭目は、残る片足に全力を込めて地面を蹴った。

 再び地面が爆ぜ、数メートル分の間合いが瞬時に零に。

 

「シャ!!」

 

 瞬きする間も与えられずに目の前に現れた女頭目は、血を撒き散らしながら両足をつき、波打つ刃が振り下ろす。

 対する斥候は冷静に右足を引いて半身になりながらそれを回避、先程風穴を開けた足に向けて蹴りを見舞う。

 スパン!と鋭い音が漏れたあと思えば、一拍おいてびちゃりと湿った音が響いて血が噴き出すと、女頭目は血が滲むほどに歯を食い縛り、声を抑えた。

 出来立ての傷を蹴られたのだ。その痛みは想像も出来ない。

 その表情はこれ以上ないほどの──悦びに歪んだ。

 

「いひひっ!」

 

 女頭目はその感情が抑えきれずに笑い声を漏らすと、斥候の胸ぐらを掴むが、その顔面に彼の拳が突き刺さる。

 ぐちゃりと肉の潰れる湿った音が響かせながら、女頭目は歪んだ鼻からは血が噴き出る。

 だが見た目の割に痛痒は少ないのか、彼女は上体を逸らすことで勢いを殺し、反動で起き上がりながら頭突きを放つ。

 ゴッと重々しく、硬い音が村中に響き渡り、打たれた側も打った側もたたらを踏んで数歩下がった。

 

「~っ!!」

 

 斥候は額を押さえながら痛みに目を剥き、女頭目は顔を汚す鼻血を乱暴に拭いながら歯を見せるようにニッと笑った。

 

「痛い。痛い、痛い!痛い!!痛い!!!痛い!!!!あー、最高だ!あんた!!!」

 

 彼女は斥候に向けて吼えると、拭った血をフランベルジュの刃に塗りたくり、戦化粧を施すように筋肉質な四肢と、豊満な胸をはじめとした身体のあちこちに塗っていく。

 

「もっと、もっとだ!もっと痛みを──生きる実感をくれ!!」

 

 生き生きとした表情をしながら見開かれた瞳には、危険で妖しげな光が灯り、吐き出す息は熱がこもって白く濁る。

 胎の奥底に熱がこもり、女として本能が目の前の男に対して反応を示す。

 彼こそが(つがい)だと。長年探し続けた、己を残酷なまでに冷酷に、何も感じず、考えず、淡々と殺してくれる男だと。

 だが、一方的に殺されてやるつもりはない。全力を出しきり、それでもなお越えられ、無惨に殺されなければ、意味がないのだ。

 一方的な狩りではつまらない。殺し殺されの、殺しあいでなければ意味がない。

 生きているとは、言えない。

 

「異常者が……っ」

 

 彼女の反応をその一言で吐き捨てた斥候に向けて、女頭目は両腕を広げてその肢体を見せつけながら声を張り上げた。

 

「ああ!壊れているとも、異常だとも!だが、人を殺して嬉々としている者と、何も思わない者、一体どちらの方が壊れていると思う!?」

 

「──っ!」

 

 女頭目が興奮のままに投げ掛けた問いかけ。

 それを受けた斥候は目を見開き、身体を強張らせた。

 だがそれも一瞬のこと。一度深呼吸をした頃には平静を取り戻し、視線が元の鋭さを取り戻す。

 自分が壊れているなぞ、昔から知っていることだ。何を今さらになって狼狽えているのだと内心で嘲笑う。

 昂る女頭目を他所に冷静になっていく斥候は、何か武器を探して視線のみを辺りに向ける。

 いるのは怯えて震えている野盗たちと、女頭目が捨てた斧の柄と、彼女が持っているフランベルジュ程度。

 野盗たちの方に駆けていったとしても女頭目に背中を斬られて終わり、彼女と相対するには武器が必要だ。

 ならばどうすると思慮を深める斥候を他所に、女頭目は興奮のままに腰を落とし、まともに使える片足に力を溜めた。

 

「来ないならこっちから行くぞ!死んでくれるなよ!!」

 

「っ!」

 

 女頭目は宣言と共に爆音を響かせて飛翔。放たれた矢のごとく、一直線に斥候に迫る。

 先程までとは比にならない速度に目を剥いた斥候は、もはや無駄な思考を捨てて左手の小指を動かした。

 同時に僅かな金属音と共に左手首に取り付けられた仕込み刀(アサシン・ブレード)を抜刀。深く息を吐いて全身から力を抜く。

 

「シャッ!!」

 

 女頭目が両手持ちにしたフランベルジュを突き出した瞬間、斥候の両手が閃いた。

 自身の喉を貫かんと放たれた刃の切っ先に短剣を添え、突かれる速度をそのままに身体を捻って受け流す。

 耳障りな金属同士が擦れあう音を聞きながら、斥候は殺意を全開にして蒼い瞳を細め、女頭目を睨み付ける。

 

「~!!」

 

 彼の殺意に当てられ、恐怖ではなく興奮に背筋を震わせ、「あはぁ……」と声を漏らしながら恍惚の笑みを浮かべた。

 その刹那、斥候の左掌平(しょうてい)──同時に展開されているアサシンブレードが彼女の腹に叩きつけられた。

 内蔵を潰す凄まじい衝撃の後に感じるのは、内蔵を直に傷つける鋭い痛みだ。

 しかも、貫かれたのは肝臓。体内が大量の血で満ちていく感覚が、命が消えていく薄ら寒い感覚の筈なのに、不思議と心地がよい。

 

「かはっ……!はっ、はは……!」

 

 口から微量の血を吐いた女頭目はフランベルジュを取りこぼすが、それでも笑い続け、目と鼻の先にある斥候の瞳に目を向けた。

 絶殺の意志のみが閉じ込められた瞳はまっすぐに自分を睨み付け、外れることはない。

 その蒼い眼光に笑みを返しながら、女頭目は自身の腹を叩きつけられた彼の手を取り、逃がすまいと力の限り掴む。

 斥候はそれが気にくわなかったのか、短剣を彼女の左脇腹に突き刺した。

 下から突き上げた刃はあばら骨を回避するように彼女の体内に入り込むと、そのまま脈動していた心臓を貫いた。

 

「がは!?……いい。最高だよ、あんた……」

 

 吐き出した血を斥候の顔に浴びせながら、女頭目はその言葉を投げ掛けた。

 斥候は顔についた血も、彼女の言葉も気にもせずに両腕を抜くと、傷口からも大量の血が噴き出し、二人の足元に広がる血溜まりにその身体を沈めた。

 びしゃりと響く水音と、撒き散らされた鉄臭さを気にせず、斥候は深呼吸をした。

 僅かに乱れた呼吸を落ち着かせ、血にまみれた短剣を腰に戻し、代わりに足元に転がるフランベルジュを手に取り、ゆっくりと野盗たちの方に振り向く。

 頭目が敗れた彼らは、彼の双眸に睨まれた途端に情けのない声を漏らすが、それでも最低限の矜持を保たんとしたのか各々の武器を構えた。

 同時に斥候が走り出す。フランベルジュの切っ先を地面に擦らせながら、逃げることも出来ない野盗たちに接近。

 

「う、うわぁぁあああああああああ!!!」

 

 絶叫と共に振り下ろされた剣をフランベルジュで受けた斥候は、そのまま刃を倒して受け流し、柄頭で無防備に晒された顎先を打ち据えた。

 ぱきりと骨が砕ける乾いた音を漏らした野盗は、脳が揺れたのか全身から力が抜けて両膝をつく。

「あ……ぎ……」と痛みに喘ぐ野盗を冷酷に見下ろした斥候は、フランベルジュの波打つ刃を相手の首に当てた。

 

「ま、待ってく──」

 

 野盗が命乞いをしようとした矢先に、斥候は思い切りフランベルジュを引いた。

 波打つ刃はさながら鋸のように首の肉を削り落とし、大量の肉片を撒き散らしながら野盗の命を刈り取る。

 

「かっ……!おっ……ぁ……」

 

 動脈を傷つけたのか大量の血が噴き出し、野盗は反射的に首を押さえながらも血の泡を吹きながら崩れ落ちた。

 

「ぬぅおっ!!」

 

 フランベルジュについた血をそのままに、その様子を見つめていた斥候の背後から、一人の巨漢が襲いかかる。

 体躯の差にものを言わせた、技術も何もない戦鎚の一振り。

 完全なる死角からの攻撃だが、斥候はそちらに一瞥もくれずに横に転がることで回避。

 振り下ろされた戦鎚は地面にめり込み、持ち主たる巨漢は慌てて引き抜こうと長柄を両手で握るが、伸びきった両腕にフランベルジュの刃が叩きつけられた。

 斥候が立ち上がりながら体勢を整え、無慈悲に刃を振り下ろしたのだ。

 加えて、彼の攻撃は終わっていない。

 両腕の骨にまで達した波打つ刃を一気に引き抜き、肉と骨を削り落とした。

 

「がっ!?あああっ!──ぇ゛……」

 

 両腕から噴水のように血が噴き出た巨漢が痛みから声をあげるが、それさえも許さない斥候のアサシンブレードで喉を掻き切られ、文字通り沈黙した。

 それと同時に斥候はタカの眼を発動し、辺りを見渡して残敵を確認。

 怯えて逃げようとしているのが三人。動けずにいるのが二人。死んだふりでもしているのか、倒れているのが一人。

 斥候は彼らを睨みながら短く息を吐くと、フランベルジュを両手で握ると肩で担ぐように構え、歯を食い縛りながら大きく身体を引き絞って力を溜める。

 それが最大まで溜まった瞬間、

 

「るぅあああっ!!」

 

 目を見開くと同時に獣じみた唸り声をあげながらフランベルジュを投射。波打つ刃が炎に照らされて不気味に輝きながら、彼に背を向けて逃げていた野盗の背に突き刺さる。

 もはや断末魔の声さえも聞かず、斥候は腰に下げたホルスターから二挺のフリントロックピストルを取り出すと、それぞれを野盗の背に向け、同時に発砲。

 放たれた弾丸の一発は頭に当たり即死(ヘッドショット)、もう一発は背中に当たるに留まった。

 貴重な一発を外した斥候は忌々しそうに舌打ちを漏らすと、ずかずかと無造作な足取りで歩き出す。

 残された野盗たちがどうなったかなど、もはや言うまでもない。逃げる気力もなく、抗う気力もないのだ。

 ただ一つ幸運だったのは、斥候が一思いに一撃で仕留められたことだろう。

 必要以上に痛め付けず、遺体を蔑ろにしないよう、病に倒れて余命幾ばくもない父から、厳しく言われていたからだ。

 それを止めてしまえば、憎むべきならず者(ローグ)と同等にまで墜ちる。それだけは駄目だと言い聞かせられた。

 もはや何もかもを諦めたのか、怯えて引きつった表情のまま、抵抗ひとつせずに頭をかち割られた。

 

「──眠れ、安らかに。恐怖に怯えながら、永遠に……っ!」

 

 そんな死体に向けて、呪詛のように怒りが込められた言葉を吐いた。

 死に行く者には敬意を払えとも言われたが、今回ばかりは駄目だ。彼らには敬意の払いようがない。

 斥候は血に濡れたフランベルジュを捨てると、唯一無事である村長の家に足を向けた。

 一歩を踏み出す度にべちゃべちゃと湿った音は、彼が生み出した血溜まりを進んでいるからに他ならない。

 足元に感じる湿り気と、何か──おそらく肉片──を踏んだ異物感と、強烈な血の臭いを感じながらも、斥候は顔色一つ変えない。

 彼にとっては目の前で誰かが死ぬことが日常で、それが敵であるか味方であるか、あるいは名も知らない誰かであるかの違いでしかない。

 血溜まりを抜けて村長の家の玄関を潜った彼は、濃縮された血の臭いに表情をしかめ、それでも足を止めずに家の中に踏み込んだ。

 壁に絵画のように貼り付けにされた、村の中ですれ違った記憶のある人たちの遺体の前で足を止めた。

 彼はそれを見上げながら、怒りを抑えるように歯を食い縛りながら壁から降ろしてやり、それを肩に担いで家を出ると、それを火の手が届かない裏庭に寝かしてやる。

 恐怖から自分の舌を噛み切り、それを喉に詰まらせて死んだのか、苦悶に満ちた表情で死んでいる者、生きたまま解体されたのか、恐怖に満ちた表情で死んでいる者、あるいは即死させられたのか、何も理解していないであろう表情で死んだ者の遺体を順々に運びだし、再び家の中へ。

 その仮定で黒い衣装はより赤く、濃密な死の臭いを纏いながら、斥候は自己嫌悪に陥っていた。

 

 ──故郷に帰るという目的のために、あるかもわからない方法を探して、目の前にある命を助けられなかった俺が憎い。

 

 廊下の端に無造作に捨てられた遺体を担ぎ上げ、それを裏庭へと運び出す。

 

 ──何が騎士だ。無辜の人々を守れずに、何が新世界の旗手だ。

 

 ばらばらに解体された遺体を、部位の一つ一つを集めてやり、裏庭で元の形に戻してやる。

 それでもいくつか足りずに再び家の中に足を向けて、それらしき物を探して軽くさ迷い歩く。

 

 ──何のために力をつけた。何のために技術を磨いた。何のために戦った。

 

 タカの眼を使ってでもそれらを見つけ、僅かでも元の姿を取り戻すように努める。

 それが彼なりの贖罪であり、行き場のない怒りを散らす方法だからだ。

 そうして何度も家と裏庭を往復し、一番奥の部屋に入りこんだ瞬間、

 

「──っ」

 

 斥候は小さく目を見開き、血が滲むほどに歯を食い縛った。

 そしてゆっくりとそれに近づくと両膝をついた。

 そこにあったのは、やはり村人の遺体だ。だが大人に比べればどれもあまりにも小さい──いや、幼い。

 そんな子供だと思われる遺体が、合計四つ。

 いや、もしかすればもっと多いかもしれない。どれもばらばらに解体され、それらが無造作に転がされているのだ。

 どれが誰の腕なのか、足なのか、目なのか、大きさも似通ったそれらはまったく判別がつかない。

 斥候は一番近くにあった子供の腕に手を伸ばし、その小さな手を握りしめた。

 もう残り香さえもなく、血の通わない冷たさのみをがあり、殺されてからだいぶ時間が経っていることだろう。

 彼らがどうやって殺されたかも、なぜ彼らが狙われたかもわからないが、今彼の胸中にある問いかけはただ一つ。

 

 ──なぜ、守ってやれなかった……っ!

 

 自分がこの場にいれば救えた筈だ。

 自分が遺跡になど挑まずこの村に残っていれば、彼らを守れた筈だ。

 なぜ自分は肝心な時にいつもいない。あの時もそうだ。大佐が殺された時も、自分はあの場にいなかった。行けなかった。

 

 ──俺は、どうしてっ!

 

「あああああああああああああああ!!!」

 

 斥候は子供の腕を抱きながら慟哭の声をあげた。

 血で染まった顔に一筋の涙が流れ、血の海に数滴落ちる。

 その程度で部屋が綺麗になるわけもなく、臭いが消えるわけもなく、子供たちの遺体を前に涙を流す青年がいるだけだ。

 数秒か、あるいは数分か、ひとしきり涙を流した斥候は乱暴に顔を拭うと、子供たちの遺体を抱えて裏庭を目指して歩き出した。

 蒼い瞳はどろりと濁り、光が消えたそれには凄まじいまでの覚悟が滲む。

 子供たちの遺体を抱えているのにその足取りは力強く、迷いはない。

 裏庭まで運び、パズルのようにそれらを組み合わせ終えると、斥候はふと思い出したように立ち上がった。

 生存者がいた。一人だけだが、村の外れの家屋に一人だけ。

 肝心なものを最後まで忘れている自分の情けなさに怒りを覚えつつ、斥候は裏庭から村の大通りに足を向けた。

 もう誰の血かもわからないもので身体中を汚し、一歩を踏み出す度に靴に染み込んだ血が溢れて気持ちが悪い。

 それでも彼は足を止めず、その誰かの下を目指すが、

 

「おいおい。村が燃えてると思ったら、いるのは冒険者だけかよ……」

 

 その途中、見るからにみすぼらし格好をした連中と出くわした。

 火事場泥棒でもしようとしていたのか、あるいは野盗たちの仲間に加わろうとしたのか、理由はともかく。

 

「まあいい。お前ら、さっさと殺して持っていけそうなもんを全部奪うぞ!燃えちまってるが、家の中も探せよ!」

 

 彼らの頭目だと思われる男が、十人以上はいる部下たちに号令すると、斥候は小さく口を動かした。

 

「──も、こい──も──」

 

「あ?なんか言ったか、ごら!」

 

 そんな彼の様子が気にくわなかったのか、頭目の男が怒鳴りつけると、斥候はぎろりと彼らを睨み付けながら、抑揚のない声で再び告げた。

 

「どいつもこいつも、屑どもが……っ!」

 

 淀んだ蒼い瞳に絶対零度の殺意と憤怒を込もり、変わりに顔からは表情が消える。

 それを真正面から受けたみすぼらし男たちは多少狼狽えるものの、数で勝っているとわかればすぐに余裕を取り戻した。

 

「お前ら、殺れ!」

 

『おおおおおおお!!!!』

 

 頭目の指示で部下たちが走り出し、斥候に殺到していく。

 気合いとやる気に満ちる彼らを無表情で見つめる彼は、背中のエアライフルを取り出して構え、下部に取り付けられたグレネードランチャーに手を添えた。

 同時に炸裂弾(グレネード)を放ち、放物線を描いて飛んだそれはみすぼらし男たちの先頭集団に直撃。夜の森にけたたましい爆音と断末魔の叫びを響かせ、数人の命を一瞬で奪う。

 訳もわからない内に仲間たちが死んだみすぼらし男たちは狼狽えている隙に、エアライフルを背に戻した斥候は両手首のアサシンブレードを抜刀し、彼らに近づいていく。

 

「眠れ、永遠に!地獄の底で……っ!」

 

 本来なら祈るべき時に、呪詛を吐きながら。

 

 

 

 

 

 冒険者たちが村にたどり着いた頃には、全てが終わっていた。正確には終わりかけていた。

 十人近い野盗に囲まれながら、一人一人の急所を正確に突いて即死させ、噴き出した返り血に全身を汚しながら、それでも無表情を保つ斥候が暴れまわっているのだ。

 

「……な、何者なんだよ、あいつ……」

 

 無意識に言葉を溢したのは男戦士だ。冒険者歴としては彼が上だが、その技量(スキル)力量(レベル)も全てが斥候の方が上だ。

 いや、それ自体はなんとなく察してはいた。だが、今まで見せていたあれが嘘にしか思えないほどに、今の斥候は極まっていた。

 死角からの不意討ちにさえも反撃(カウンター)し、二人同時の攻撃にさえも余裕で対処してしまう。

 

「斥候さん……!」

 

 武闘家が助太刀しようと駆け出そうとするが、意志に反して足が震えてしまい、駆け出すことが出来ない。

 初めて見る彼の姿に恐怖し、彼に近づくことさえも出来ないのだ。

 仲間だから大丈夫なのはわかっている。彼なら間違っても自分たちを切らないのはわかっている。それなのに、足が動いてくれない。

 それは他の冒険者たちも同じなのか、一様に彼の大立ち回りを見つめ、手出しすることはない。

 助けなければならないのはわかっている。だが今の彼にはそれさえも不用だとわかるほどに、圧倒的なのだ。

 仲間たちが息を呑んだと同時に最後の一人を討ち取った斥候は、深々と深呼吸をすると、ようやく彼らの存在に気付いたのか、びちゃびちゃと湿った音をたてながら屍を踏み越えて彼らの下に。

 

「だ、大丈夫なのですか……?」

 

 彼を包む死の臭いに目を細めた獣人魔術師が問うと、「ああ」と掠れた声で返される。

 斥候はそのまま森人司祭に目を向けて、「鎮魂を頼めるか」と酷く気の抜けた声で頼んだ。

 

「あ、ああ。任せてくれ」

 

「穴を掘るなら言ってくれ。ほとんど俺がやったことだ」

 

 彼は死体の山を見つめながら言うと、酷く面倒臭そうにため息を吐いた。

 

「……村人はともかく、こいつらも鎮魂しなければいけないのか」

 

黄泉返り(ゾンビ)になられても困る。どんな相手であれ、祈りは必要だ」

 

 彼の呟きに少々の怒気を込めた声で森人司祭は返し「神官の前でそれは言うなよ」と釘を指した。

「そうか」と一言で返した斥候は男戦士に目を向け、問いかけた。

 

「生存者を見たか。少なくとも一人はいた筈だ」

 

「……いや、俺たちも今ついたばかりだ」

 

「そうか、なら──」

 

「お前は休んでろ。後は俺たちがやる」

 

 疲労も溜まっているだろうに、それでもまだ動こうとする斥候の肩を掴み、男戦士は彼の顔を真正面から見据えながら告げた。

 どろりと濁った瞳が鋭く睨み返してくるが、先輩としての維持で目を逸らすことはない。

 その言葉と、ぶれない視線を受けた斥候はため息を吐き、「あっちだ」と村の外れの方に指を向けた。

 

「燃えてない家に、一人だけ生きている奴がいる。確保してくれ」

 

「わかった。見てくる」

 

 男戦士は彼が示した方向を見ながら頷くと、一人おろおろとしている武闘家に「こいつと、一緒にいてやってくれ」と頼み、返事も聞かずに走り出した。

「一人は危険です」と獣人魔術師がその背を追いかけると、斥候はすぐに二人の背中から視線を外し、武闘家に目を向けた。

 

「覚悟だけはしておけ」

 

 そして一言だけ彼女に告げると、歩く度にびちゃびちゃと血が滲み出る靴をそのままに裏庭を目指す。

 森人司祭と武闘家は顔を見合わせると、彼の後に続いて歩き出す。

 いつも通りに迎える筈だった夜は訪れず、いつも通りに終わる筈だった冒険が血にまみれ、優しげな双子の月だけがいつもと変わらずに大地を見下ろしていた──。

 

 

 

 

 

 翌朝、村の一角。

 多くの遺体が埋められ、いくつもの小山が並ぶその場所にフードを目深に被った斥候がいた。

 憎たらしいまでに照りつけてくる陽の光を一身に浴びながら、守れなかった人たちの姿を、救える筈だった人たちの姿を記憶に焼き付け、自分の手が届く範囲では二度とこんな悲劇を起こさせないと誓いを立てる。

 

「斥候さん……」

 

 そんな彼の背中に武闘家が声をかけた。

 先ほどまで泣いていたのか目元が赤く腫れ、頬にはいくつもの涙の痕が残されている。

 結局の所、村人は誰一人として助からなかった。斥候が生きていると言っていた人も、自ら命を絶ってしまったのか、胸に短剣が突き刺さった状態で見つかったのだ。

 

「どうした」

 

 振り向いてくれない彼がどんな表情をしているかはわからず、何と声をかければいいかもわからない武闘家は、もはや無意識の内に彼の手をとった。

 彼は寝ることもなく、一晩中ここにいたのだ。血に濡れた身体も、衣装もそのままに、森人司祭の祈りが終わっても、そこに居続けた。

 武闘家はぎゅっと手を握る力を強めながら、彼の背に告げた。

 

「帰りましょう。皆、待ってます」

 

「ああ。わかった」

 

 斥候は短くそう返すと一度深呼吸をして武闘家の手を離し、手近な小山に手を置いた。

 

「汝らの眠りを妨げるものは何もない。眠れ、ここで、安らかに……」

 

 ほんの僅かに声が震え、よく見なければわからないが肩が揺れ、自由な片手は握り締められている。

 彼が泣いているだろうことはわかっても、励ます術を知らない武闘家が顔を伏せた。

 村の人たちと一緒にいた時間は短い。一日二日程度の、顔馴染みとも呼べない関係だ。

 だが一緒にいた事実は変わらず、子供たちと戯れていた事実は消えない。

 彼らの笑顔がもう見えないことを、声が聞けないことを、今さらになって意識してしまって涙が溢れる。

 血が染み込んだ地面にぽつぽつと涙を落とす彼女に気づいてか、斥候は音もなく立ち上がった。

 そのまま彼女の脇を抜けて行くと、それに気づいた様子のない武闘家に向けて「行かないのか」と呟いた。

 

「……行き……ます……っ」

 

 彼の言葉に涙を拭った武闘家は顔をあげると、いつの間にか小さくなっていた彼の背中を追いかけた。

 二人が今日という日を忘れることはない。

 斥候が今日という日を繰り返すことはない。

 濁った瞳に強烈な覚悟を込めた彼は、もう止まることはない。

 

 ──あるかもわからない帰還方法を探すのなら、目の前にいる無辜の人々を守ろう。

 

 全ては悲劇を繰り返さないために、この村の人たちのよう弱き人々を守るために、

 

 ──俺の命を、持てる全てを懸けて、ならず者(ローグ)どもを逃がしはしない。

 

 斥候は一人、覚悟を決めた。

 その背を見つめる武闘家の、どこか悲哀の色がこもった視線にも気付くこともなく。

 

 

 




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