これを書く為だけにU-NE〇T加入したのは内緒です。
もっと気軽に見れるようになってくれよぅ、なんで2エピソードしか見れないんだよぅ(泣き言)
ちなみに地味に、三次創作書いて下さった人に許可貰ってネタを逆輸入してます。
https://syosetu.org/novel/323577/
アドレスを貼り忘れる壮絶失礼なガバである。
『大旦那様!大変でございます!』
『今度はなんじゃぁ新右衛門!?』
潰れる一歩手前だった家を5代目の主として盛り立て、様々な騒動を繰り広げながら商家を発展させていくコミカルなストーリー。
様々な題材で描かれ、多種多様な解釈をされている江戸時代の怪物と呼ばれた伝説の商人棟平藤兵衛。
今年放映開始された徳川徳子先生の漫画が原作である時代劇、【棟平藤兵衛】。
現代でも様々な逸話や発見を齎す江戸時代の偉人であり、今も続く棟平グループの初代として知られています。
これまでの研究では棟平屋は五代目の藤兵衛が基礎を作り、器用万能で知られる六代目藤太郎が全国規模に広げたと言われており。
七代目の藤ノ助は繁栄を謳歌する棟平屋の規模を縮小させ、その繁栄の足を引っ張ったとされるのが定説でした。
しかし、今年発見された史料によりその定説は覆されようとしています。
『先々代様が遺された家訓が蔑ろにされている』
『このまま分家が乱立してはやがて互いに潰し合い、一族の結束が乱れてしまう』
昨年の暮れに発見された、棟平屋藤兵衛の孫にあたる棟平藤ノ助の日記。
その日記には鬼気迫る程の未来への危機感と、鋼のような意思すら感じる想いが綴られていました。
身命を賭し、一族に憎まれながらも結束を成し遂げた男の信念とは。
今日に至るまで続く事となった棟平グループ、その基礎を盤石とした七代目の胸の内に迫ります。
episode.1
通説が大きく変わる?!
東京都某区にある棟平家屋敷。
文化遺産として知られるお屋敷であり、棟平一族の本家屋敷です。
「こんにちは、棟平藤郎と申します」
棟平藤郎さん、現在の棟平グループの取り纏め役であり本家の当主です。
「お忙しい中、お時間を作ってくださりありがとうございます」
「いえいえ、一族の纏め役とは言いますが暇な身分ですから。どうぞおあがりください」
朗らかに対応して下さる藤郎さん。
棟平家にとって棟平家五代目の棟平藤兵衛はとても特別な存在です。
藤兵衛の命日には日本最古と呼ばれる藤兵衛の写真がかけられ、集まった一族の方達が挨拶と報告をする事がしきたりとなっています。
今回は特別にその写真を見せて頂けることとなりました。
「こちらが五代目、棟平藤兵衛の写真となります」
「拝見します……凄く朗らかそうな良い笑顔ですね」
地上波初公開となる棟平藤兵衛の写真です。
写真撮影したころは既に家督を六代目に譲り隠居をしていたそうですが、元気そうな笑顔をしています。
「実はこの写真、七代目となる孫息子が産まれたその翌日に撮影されたらしいのです」
「なるほど」
この笑顔にはその喜びも詰まっているのかもしれませんね。
そうしている内に、藤郎さんが厳重に封をされた箱を持ってきてくれました。
「昨年の暮れに蔵の整理をしていたところ、偶然見つけた隠し場所からコレが見つかりました」
「こちらを見てください、棟平藤ノ助日記という銘が刻まれています。発見した時は手が震えました」
商売や一族の統制の為の記録は事細かに遺されていますが、人となりを示すような史料は殆ど残っていなかった棟平藤ノ助。
すぐに一族の中の専門家が招集され、更に専門家まで招いて分析が始まったそうです。
「最初は偽物だろうと言われていたのですが、七代目の筆跡と一致すると結論が出てからは冷や汗が止まりませんでした」
「七代目は残された史料から血も涙もない倹約家であり、締め付けの鬼とされていましたが新たな解釈が生まれたのです」
棟平藤ノ助が作り上げたシステムは徹底的に私情を省いたモノとされ、藤兵衛や藤太郎のように人情を重んじるスタイルとは遠く離れたモノと言われています。
しかし、彼のシステムは様々な政治の混乱に一族が振り回されながらも、強かに生き残る為の転換点でした。
episode.2
棟平家の生存戦略
棟平藤ノ助は棟平本家に産まれ、そして英才教育を施されました。
その英才教育はありとあらゆるものであり、彼は父である藤太郎のようにあらゆる事象に対応できる存在になる事を求められたそうです。
しかし彼は父のような万能性はなく、祖父のように情熱を持って人に愛されるような愛嬌も無かったと記録には残っています。
ですが、彼には経済と法律……そして鋼鉄にも例えられるほどの信念が備わっていました。
あるめでたい席で、まだ幼かった藤ノ助は祖父である藤兵衛にこう問いかけたそうです。
『お爺様、余りにも分家が多すぎます』
めでたい席で突然の発言、宴の場は騒然としたようです。
ですが祖父である藤兵衛は慌てる事も怒る事もなく、優しく藤ノ助の頭を撫でました。
この時から藤ノ助と一族の間には小さく、しかし確かな亀裂が入ったと言われています。
父である藤太郎は、剃刀のように鋭い息子の発言にひやひやすると日記に良く書き残していました。
ここから棟平家は少し不穏な空気が漂い始めます。
コレは一商家に過ぎない棟平家の力を削ぎたい幕府や武士、大店と呼ばれる他店にとって良い機会でした。
人の心を理解しない七代目のせいで屋台骨が揺らぎ、その責任を取って七代目が締め直したと今までされていましたが……。
『分家の〇〇家に幕府役人の接触があったとされる、大名だけではなく幕府までもか』
『吉宗公の時代ならいざ知らず今の幕府には信がおけぬ』
少年と呼ばれる頃合いだったとされるのに、昨年発見された藤ノ助の日記には見事な達筆でその苦悩が書かれていました。
藤ノ助はその観察力と冷徹な思考力を以て、一族を守るために戦っていたのです。
『お爺様が遺言で、私を七代目に指名された』
『私は成し遂げられるのだろうか? 否、成し遂げねばならない』
『すべては一族が生き残る為に』
藤ノ助の日記では幾度も苦難に当たり、そのたびに孤独を抱えながらも立ち向かっていたことが窺い知れます。
寛政の改革のみならず、幕府からは度重なる資金の要求があった事も彼の危機感を煽るには十分でした。
棟平屋はこの頃には物流を駆使して全国規模に商いを進めていました。
それ故に莫大な富を築き上げており、だからこそ幕府からは一際強く睨まれてもいたそうです。
『一つに抱えていてはダメだ』
『物流、医療、建築、商い、興行、農業』
『分家を統制し、まとめ、分散させないといけない』
現代で言う財閥のようなシステムのひな型、それを藤ノ助は造り上げたのです。
祖父や父の威光すら使いこなして一族をまとめながら、しかし一網打尽にされる事がないよう細心の注意を払って。
『私は幾ら憎まれてもいい』
『だけどお爺様が言った、一族皆で仲良く力を合わせて生き残れ』
『これを成し遂げる事が、憎まれ役である私の仕事だ』
episode.3
成し遂げた七代目
棟平藤ノ助が作り上げたシステムは全て順調に進んではいません。
しかし彼は鋼の信念でやり遂げ、政治や災害に翻弄されながらも一族を守り抜きました。
そして分散し専門化が進んだ分家は、不足があるからこそ互いに強く結びつき補うようになっていきます。
東北地方を中心に数千人規模で餓死者を出したと言われる天明の飢饉においても、彼らが素早く動かなければもっと犠牲者は増えたと研究結果が出ています。
「こちらになります」
東北地方の某所では、なんと棟平藤ノ助が祀られています。
住職の方が絵巻物を見せてくれました。
「天明の飢饉で犠牲者が出る中、藩が動くより早く棟平の分家が動いたと記録が残っています」
「その結果名誉を傷つけられたと考えた藩主は、分家の当主を処断しようとしたそうですが……その報せを聞いた本家七代目が早馬で駆け付けたと伝えられています」
絵巻物には意地悪く描かれた武士の前に、独りの商人が立ち塞がっている光景が描かれていました。
藤ノ助の日記でもこの事件があった事を示す記述があったそうです。
「このお寺はその時の恩義を忘れない為、そして飢えから救ってくれた恩人を守るために駆け付けた恩人へのお礼に建てられたのです」
血も涙もない一族の嫌われ者と呼ばれていた棟平藤ノ助。
しかしその心には、祖父や父にも劣らない熱い人情の血が流れていたのかもしれません。
藤ノ助「ソレはソレとして、私はお爺様を殴る権利あると思います」
藤兵衛「家庭内暴力ダメ!絶対!!」
五代目こと藤兵衛、そして六代目こと藤太郎は恰幅の良い朗らかな人の良い人相。
一方で七代目である藤ノ助は、シグル〇の藤木源之〇みたいにシャープな顔立ちの仏頂面です。
ちなみに経済と経営と法律が化け物級に強い上、地味に隠居状態だった新右衛門にばちこり訓練受けてた模様。