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シェアエネルギー。
それは人々の信仰の集積、と言えば分かりやすいだろうか。あるいは少々陳腐な言い回しになるが、彼女らに対するイメージ、と言えばそうなのかもしれない。
我々がシェアエネルギーと呼ぶ力の正体は、国民と女神とを繋ぐ強い信念である。
人々の信じる心。救いを求める気持ち。それと、少女たちへ対する微かな敬愛と願い。
それらがシェアエネルギーという形を成して、女神たちへと伝えられる。
例えば、ラステイションの女神には、決して他の何にも染まらぬ黒き心を。
ルウィーの女神には、不変の存在としてあり続ける、白の心を。
リーンボックスの女神には、唯一と絶対であり、そして慈愛の象徴である緑の心を。
人々はそのような祈りを捧げ、女神という形を創り上げる。
では。
プラネテューヌの女神は、どんな願いによって産まれたのか?
渾沌と相克を孕む紫の少女には、どのような祈りが捧げられたのか?
あるいは――その形は本当に、人々によって創り上げられたものなのだろうか?
これは、とある少女が見た、なんでもない夢の話。
そして少女の形をした女神の抱いた、とある夢の話である。
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穏やかな陽気の漂う、春の昼下がり。快晴の空からは暖かな日差しが降り注ぐ。
吹き抜ける風は柔らかく、舞い落ちる桜吹雪がプラネテューヌの街並みを彩っていた。
淡い春光。全てが眩さの中に消えるような、そんな儚さのある景色の中で。
「あれ?」
ネプテューヌはただ一人、その中に立っていた。
「……なにこれ?」
夢であることは理解している。だが、体はそうとは疑わなかった。
意識もいくらかはっきりしている。感覚も確かに伝わってくる。頬を撫でる風も、照らす陽光の温もりも、ほんのりと感じる微睡も全て、ネプテューヌにとっては現実のように思えた。
違和感があった。乖離されるべきものが一つになっているような、そんな。
その感覚の正体を掴もうとするが、この閉ざされた光景の中では何をしても無駄のようだった。
「ねぷぅ……なんだろこれ? そういう企画? いーすん? ネプギア―?」
不安の混じる叫び声は、風の中へと消えていく。
静寂が、ここにはネプテューヌの他には誰もいないということを教えてくれた。
「ほんとに誰もいないんだ……まあ、夢だったらおかしくないのかな?」
問いかけに答える者はやはりいない。
「それよりも、夢だったら好き放題させてくれないかな? たとえばプリン山ほどとかー、発売前のゲームやれるとかー、あといつまでも眠れる……って、それは夢だから無理か!」
あははは、という笑い声も、虚しく響き渡るだけ。
「……ほんとに誰もいないの?」
ぽつりと、少しの寂しさを含んだネプテューヌの呟きが、響く。
それに返ってきたのは、風の音ではなく、
『どうしてあの人は、プラネテューヌの女神なんだろう?』
声が、聞こえる。
その主は分からない。おそらく、ネプテューヌの知らない人間なのだろう。
だが、それは確かな声として彼女のもとに届いていた。
「どうしてって……」
そこで言葉は途切れた。それ以上、彼女は語ることができなかった。
なぜ自らが女神であるのか。どうして自らのような存在が選ばれたのか。それを自分に問いかけたことは、ネプテューヌは今までなかった。その答えは、永遠に見つからないように思えたから。
鳥が空を飛ぶように。太陽が西から東へと沈むように。この世界に、女神が存在するように。
自然の摂理、といえばそうなのだろう。選ばれたからとしか言いようがない。
故に。
「どうして私が、女神なんだろう?」
ネプテューヌは、否定する言葉を持ち合わせていなかった。
自分が女神であることを証明することが、自分自身でできなかった。
『ほんとにあの子が、この国の女神でいいの?』
『あの子は、女神に相応しいと思う?』
『どうして私達は、彼女を女神に選んだんだろう?』
声が、聞こえる。
守るべき人々の声が。
「……あ、れ?」
責め立てられるような感覚だった。足元がおぼつかなくなって、視界がぐらりと揺れる。
女神とは信仰の形。その存在は、国民によって委ねられる。
言うなれば、国民が新たな女神を求め始めれば、その存在が危うくなるということ。
「私は……」
続けようとした言葉は、喉の奥で燻って、泥のようになって腹の内へ戻ってゆく。
『あなたは、何者なの?』
声に応えようとしたその瞬間、ネプテューヌは浮遊感を感じていた。
いつの間にか立っていた地面は消え、眼下広がっているのは、透き通るような空。
驚いて頭上を仰ぐと、そこにはさかさまになったプラネテューヌの街並みが広がっていた。
――終わることのない空に、どこまでも堕ちてゆく。
「……あ」
力なく伸ばした手は、何も掴むことはできなくて。
遠ざかるプラネテューヌの景色を眺めながら、ネプテューヌはゆっくりと覚醒を迎えた。
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時計の針は、朝の五時を指していた。
「……ねぷ?」
太陽は今しがた昇り始めたころ。紫の空の向こうから、ゆっくりと朝焼けがやってくる。
仕方のないことだった。時代は女神の転換期。人々が新たな女神を求める、混沌の時代である。
そんな彼らの思想がシェアエネルギーとなって、女神へこうした夢を見せることは、何もおかしくはない。むしろ女神としては、受け入れなけらばならないものなのだろう。
だからといって、それで納得することなど、ネプテューヌにはできなかった。
「私は……」
続くべきはずの言葉は、未だに見つからない。
それは確かに心の内にあるはずなのに、どうしてかそれが喉の奥から出てこようとしなかった。
頭が揺さぶられるような感覚だった。何を信じていいのか、自分でも分からない。
昇りゆく朝日とは正反対に、先の見えない暗闇の中に堕ちてゆくようだった。
「私は一体、何なんだろう?」
問いかけに答える者は、やはりいない。
やがて。
そこには誰も、いなくなった。
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気が付くとネプテューヌは、教会を飛び出していた。
ネプギアもイストワールもまだ起きていない時間である。抜け出すことが容易いのは当然だった。問題としては、どうしてこんな行動に出たのか、自分でも理解できないことか。
振り返ると、既にプラネテューヌは遥か遠くに見えている。
どこかへ行こうというわけではない。誰かに助けを求めているわけでもない。
ただ、今のネプテューヌにとって、あの場所はずっと遠くのものに感じられた。
自分が変身できないことに気づいたのは、太陽が昇り切ったころだった。
冷静に考えれば当然のことだった。自らの国から逃げるような女神を、誰か信仰するだろうか。
後悔はなかった。あるのは奇妙な納得と、微かな安堵だけ。
もしかするとネプテューヌは、心のどこかでこの結末を望んでいたのかもしれない。そして、その結末を何の疑いもなく受け入れていたのかも、しれない。
人々から信仰されず、女神の座から落ちぶれ、無様に逃げ続けること。
もしもノワールだったら、そんなことになる前に、自力でなんとかするだろう。
ブランは例え落ちぶれたとしても、自力で這い上がる強さがある。
ベールもそう。女神としてのプライドにかけて、全力でその座を取り戻すだろう。
けれど、ネプテューヌはそうじゃなかった。
ノワールのような策もない。ブランのような意地もない。ベールのような矜持もない。
傀儡、と言えばそうなのだろう。女神として生まれたから、女神という形をしているだけ。
その座から引き下ろされても、そういうことか、と納得することしかできない。
ある意味では、ネプテューヌは女神から一番遠い存在と言えるかもしれなかった。
ネプギアからの着信は、既に百件を超えていた。
今のネプテューヌに、それに答える気力はなかった。その資格すらもないように思えた。
いずれは、ネプギアが新たな女神として成り上がるのだろう。姉として、それは誇らしく思えた。また、その事実に自分は後悔することなく、受け入れられることに気が付いた。自分が女神という座に縋るようなプライドも、妹を恨む醜い心を持ち合わせていないことにも、気が付いた。
妹を妬む心がないことに、ネプテューヌは廃れた色の安堵を覚えていた。
携帯がまた震える。
鬱陶しさを感じさせるそれを、ネプテューヌは地面へ投げ捨てた。
彷徨の果てに辿り着いたのは、この大陸の端だった。
崖のように切り立ったその先には、終わりのない雲海が広がっている。世界の隅。どこにも行けない者が行き着いた、逃げ道の行き止まり。
ただ、今のネプテューヌにとって、この場所はとても落ち着く処だった。
ここには誰もいない。自らを信じる者も、自らに敵対する者でさえも。
静寂がどこか心地よい。何もない彼女にとって、何もないこの場所が落ち着くのは当然だった。
切り立った崖の上へと腰を下ろし、広がる空の上で、足をふらふら揺らす。
いっそのこと、誰かに背中を押してほしかった。そうすればネプテューヌは変身することもできずに、永遠にこの空を漂うことになるのだろう。あの夢のように。
思えば、自分は女神には相応しくなかったのかもしれない。
ノワールのような勤勉さもない。ブランのような強さも、ベールのような優しさも。
揺らす足元の下で、雲が流れてゆく。吹き抜ける柔らかな風が、彼女の薄紫の髪を揺らす。
そして。
「こんなところで何してるの、お嬢ちゃん?」
声が、聞こえる。
振り向いたその先に居たのは、自分と――ネプテューヌと全く同じ姿をした、女性だった。
「迷子……ってわけでもないよね?」
正確には、ネプテューヌをそのまま大人にしたような女性だった。菖蒲の色をした長い髪に、ネプテューヌと同じデザインの、黒いワンピース。ご丁寧に、頭の脳波コンも黒く染まっている。
まず、驚きがあった 自分と瓜二つの存在に。そしてそれは、向こうも同じようだった。
「お名前は?」
面倒なことに、他人の事情も知らず話しかけてくるところも似ているらしい。
「……ネプテューヌ」
「えー、うそ!? 私もネプテューヌって言うんだ!」
なんて目を見開きながら、彼女は自分のことを指で示していた。
そうやって一挙一動が大きなところもまた、ネプテューヌと同じようだった。
「うーん……確かに、子供のころの私とそっくりだけど……」
すると彼女は不満そうに、ネプテューヌの頬を両手ではさみこんで、
「子供の私は、こんな顔しなかったよ?」
そう、鏡に映したような笑顔を浮かべていた。
思えば、それは本当に鏡だったのかもしれない。
冷静に考えて、突然現れた自分の映し身のような存在など警戒するべきだろう。
ただ、何故か彼女は敵には思えなかった。寧ろ、自分のことを一番理解してくれそうだった。
それは同じ名を冠しているからか、あるいはどこか在り方が似通っている気がしたからか。
理由は分からないが、何か信じられるものがあったネプテューヌは、
「夢を、見たんだ」
気が付けば、そう語り出していた。
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「私は女神だった」
「女神? そんなにちっちゃいのに?」
「うん。私は……女神として、いっぱい戦った。仕事は……そりゃ、ちょっとサボったかもしれないけど、みんなの気持ちには応えられたって、自分では思ってる。……ううん、思ってた」
「……でも、みんなは違ったの?」
「そうだったのかも。みんな、不思議に思ってた。どうして私が女神なんだろう、って。私が女神に相応しいのかどうか、私は何者なのか、って……私はそれに、答えられることができなくて、それで……本当は、私はみんなの期待に応えられてなかったんじゃないのかな、って……」
思っているよりも、多くの言葉が吐き出される。
だが。
「私って、何なんだろう?」
やはり、そこで止まった。結局、言葉を続けられることはできなかった。
「だから、逃げてきたの?」
その言葉には少し苛ついた。けれどネプテューヌは、首肯することしかできなかった。
「……辛かったんだね?」
「そう、なのかも。それも分かんない」
組んだ腕に顔を落とす。そんなネプテューヌの背中を、彼女が優しく叩いた。
「私ね、実は旅人なんだ」
唐突なその物言いに、ネプテューヌがその顔を見上げた。
「世界にはいろんな次元があってね、私は友達の力を借りて、そのいろんな次元を旅しながら昆虫採取をしてるの。面白いよ。こことは違うプラネテューヌも沢山見たし、君とは違うプラネテューヌの女神とも会ったことあるの」
「……そう、なんだ」
困惑の混じった返答だった。何を言っているのかも、正直あまり分かっていなかった。
そんな曖昧な表情を浮かべるネプテューヌに、旅人は静かに腕を差し出して。
「君も、一緒に来ない?」
「え?」
その言葉にネプテューヌは、目を見開いた。
「逃げたいんだよね?」
「それは……」
「だったら、別の次元のプラネテューヌに行こうよ。それで、そこも合わなかったら、また別の次元に。ルウィーでもいい。リーンボックスでも、ラステイションでも。君の居るべき場所が見つかるまで、一緒にいようよ。そうすればもう、辛い思いをしなくて済むんじゃない?」
確かにそうだ。
逃げ続けるのならいっそ、この世界から抜け出せば、ネプテューヌは幸せになれるかもしれない。そうして自らを受け入れてくれる場所を見つけて、そこでずっと暮らせば、こんな惨めな思いも、答えの見つからない問いかけも、全て無くなってくれるのだから。
逃げればいい。縛り付けるものはもう、何もない。その手を取れば、苦しみから解放される。
けれど。
「……いやだ」
ネプテューヌがその手を取ることは、なかった。
それだけは決してしないと、その道を択ぶことは絶対にないと、断言できた。
「どうして?」
穢れのない手を差し出しながら、旅人が問いかける。
その答えは最初から、ネプテューヌの心にあった。
「私には、守りたいものがあるから」
「守りたいもの、って?」
「……全部、だよ」
「全部?」
「うん」
頷いてから、ネプテューヌは立ち上がって。
「私ね、プラネテューヌが好きなんだ」
「……みんな、君を否定したのに?」
「そうだよ。でもね、私はあの国が好き。あの国に住んでる人たちが好き。だから、守りたいって思う。たとえ私が女神じゃなくなったとしても……この気持ちは絶対に、なくならないよ」
愚かと言えばそうかもしれない。哀れと言われても、否定することはできない。
ただ、その気持ちだけは失いたくなかった。
きっとそれは、ネプテューヌをネプテューヌたらしめているものだったから。
女神でない、一人の少女としてのネプテューヌの在り方だったから。
「プラネテューヌだけじゃない。ラステイションも、ルウィーも、リーンボックスも。この世界のみんなを守りたい。みんなで笑い合えるようなこの世界が、大好きだから」
「……難しいよ? たとえ君が女神に戻ったとしても、それを叶えるのは」
「大丈夫だよ!」
「私の名前はネプテューヌ! この物語の主人公だから!」
いくつもの悲しみを背負ってきた。憎しみも、妬みも、全て。
でも、それらを受け入れければ人々は救えない。その次の頁に進むことはできない。
やがて訪れる平和のためならば、彼女は全てをその身一つに背負うことができた。
――世界が紡ぐ物語に、希望と祝福による終焉をもたらすもの。
人々はそれを、主人公と呼んだ。
「……答えは、見つかったみたいだね」
旅人が、笑う。
それと同時に、彼女が何かをネプテューヌへ投げ渡した。
「それ、君のケータイでしょ?」
「ねぷ!? い、いつの間に……」
「さっき拾ったの! それよりもほら、妹さんからいっぱい連絡来てるんじゃないの?」
ネプテューヌの手に戻ってきた携帯には、未だにネプギアからの着信が届いていた。
更新頻度と件名を確認すると、どうやら何かよくないことが起こっているらしい。
「主人公がこんなところにいて、みんなは守れるのかな?」
「……ううん。私、行かないと!」
「そうそう、それでこそ私だよ! もう、暗い顔なんてしちゃダメだからね!」
すると旅人は、彼女の背中を強く押して、
「いってらっしゃい、ネプテューヌ!」
終わることのない空に、どこまでも堕ちて行く。
それと同時に、ネプテューヌの体が光に包まれた。
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「……良かったのかよ、無理やり連れてかなくて」
「あの子が決めたことだもん。それなら私は、背中を押してあげることしかできないよ」
「ま、俺としてもお前みたいなのが増えたらたまったもんじゃねーしな。良かったぜ」
「むー、何その言い方! 私がめんどくさいキャラみたいだよ!?」
「自覚ねーのかお前!」
「え?」
「まあいい……で、どうすんだ?」
「どうする、って?」
「お前のことだ、どうせあの女神の面倒でも見るんだろ? いいぜ、俺は。この次元には退屈してたからな、女神についてりゃなんかおもしれーモンの一つや二つ、見れるだろ」
「うーん……」
「……なんだ?」
「今回はいいかな、って」
「はぁ?」
「だーかーら、今回はいい、って言ってるの!」
「おお、珍しいな、どういう風の吹き回しだよ」
「だって、ほら」
「あの子には、あの子の物語があるから」
「……よくわかんねーよ」
「だろうね。クロちゃん、いっつも悪役だもん」
「別に悪役ぶってるつもりはねーけどよ」
「ま、大丈夫だよ。私は大体一応、都合の許す限りはクロちゃんの味方だから!」
「おい!? そこはいつでもっていう所じゃねーのかよ!?」
「さ、行こうよクロちゃん! 次はどんな次元かな?」
「あーもう! ほんっとにお前、自分勝手だな!」
「そりゃそうだよ! だってこの
「私達だけの物語を、これからも続けよう!」
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