それ+簡単な状況説明回でございます
…書いていて思いましたがやっぱり自分は一刀君が凄く好きですね…
「ふっ!はっ!せっ!やっ!」
八王子にある北郷流道場。時刻はまもなく早朝5時、静かな夜明け前の帳の中、裂ぱくの呼吸と刀が振るわれる音だけが鳴り響いていた
中にいるのは北郷一刀ただ一人。胴着に身を包み、愛刀『北辰一生』を振るい続ける
太刀筋は鋭く正確で、その動きには途切れがなく、体幹のぶれも皆無
一手一手を止めることなくつなげ続け、想像の中の相手の攻撃を僅かな足さばきでかわし続ける
見る人が見れば感嘆の息を吐くだろう剣の舞
「いぃやあああああぁぁぁぁぃっ!!!!!!」
だが
「……いやはや、鈍っちまったなあ。今の動きじゃ、春蘭相手なら1仕合の間に3回は殺される」
残心を解いた一刀に満足感は皆無である
かつての外史での皇帝時代。彼自身が最前線に立って敵と刃を切り結ぶことは殆どなかった。だが戦に身を投じ兵の命を危険にさらす者の義務として、そしていずれ来るだろう道士達との決戦に備え、自身の技量を高めるための修行は欠かしていなかった
愛紗、春蘭、思春、霞。各国の猛者達の教授を賜った結果、彼自身の剣の腕は武将たちに勝るとも劣らない一線級の武芸者のソレへと磨き上げられた
元々剣術を納める武家の末裔の生まれと言う事もあって少なからず武の才は有しており、趙雲こと星曰く『5年鍛えれば我等と同格』と言う見立ても間違っていなかったと言えよう
そして正史世界への転生後も、だらけた男では恋姫達全員の夫に相応しくないと、かつての様に武将達と自らを高めることは欠かしていない
最も、作家として大成し、家庭を持ってからはどうしても執筆や取材、家事子育てと忙しく、道場での門下生への教授をする時以外に鍛錬に割く時間は如実に減ってはいたのだが
「いや、言い訳だな。それは」
少なくとも一刀はそれをしょうがないからと認めることはできなかった
妻たちは育児仕事と忙しい最中でも鍛錬を欠かさず、今でも見目麗しく全盛期の頃とそん色ない実力を維持しており、子供達も自分だけの一番を見つけてはそれを弛まぬ努力で磨き上げている
そんな彼、彼女たちを見つめて、気が付けば自分だけがまた少しだけ後ろにいた
護られる存在になっていた
そんな自分が情けなくて、そして今の北郷家を取り巻く状況からそれを良しと出来ない一刀は、再び己を鍛え上げる時間を増やしていた
「極天、か……」
貂蝉や卑弥呼から教えられたことが頭をよぎる
自分の様に外史に干渉し、寄る辺ない枝葉から立派な大樹の様な存在にまで育て上げ、滅びの宿命から解放した人間。それを管理者たちは天を超越した存在と言う意味で極天と呼んでいる
そしてあの外史を救い育て極天となった一刀の子供達もまた、極天に至る可能性があると言う事も
無論生まれた時点でそれが出来るほど甘い話ではない。かつての一刀の様に世界を愛し、世界に愛され、世界に住む人々の心を束ね、強大な精神で世界の存続を神器に願い届ける必要がある
だが、だとしても極天足りえる人物が70人以上同じ世界に存在している。本来ならばそれはまずありえない事であるという
だが、外史世界からの転生と言う形で本来ならばあり得ないご都合主義の様な奇跡は起きてしまった
「だから、俺の子供達の助けを外史が求めている、ってわけか」
不安定な自分自身を確固たる世界に定めてくれるかもしれない。それ故外史自身が子供達を呼び込み、かつての自分の様に次元を超える可能性がある、と言うか、実際に既にそれは起こっている
「凪沙、沙斗花、真姫…才斗と紫雲はちょっと事情が違うとは言ってたけど、あと剣丞も……」
ここ最近、何人かの子供たちが今いる世界から姿を消している。貂蝉達が言うには、外史あるいは別の時空に呼ばれそこに飛んだと言うのだ。それだけではなく、正史世界においても何かしらの大きい戦いや騒動に関わっている子供たちは多い
運命と言う言葉を安易に口にしたくはないが、何か大きなうねりが自分達家族を取り囲んでいるのは間違いない
貂蝉達はこの正史世界と外史世界を繋げる『門』を作り、必ず子供達と一刀を再会させてみせると外史肯定派の管理者を総動員して子供達を探している
だから安心しろと彼は言っていたが、そんな時に、すべてを子供たちと仲間だけに任せて、自分だけが座して待っていられるほど、北郷一刀は歳を取ったつもりも、衰えたつもりもない
「お節介かもしれないけど、子供の窮地を黙ってたら親が廃るよな…うし」
じっと刀を見つめていた視線を上げ、道場の脇まで進んでタオルで汗をぬぐっていると、そこにコップが差し出された
「ん…?」
「お疲れ様でした」
コップを掴む白く細い、美しい手
持ち主は彼の妻の一人、かつての蜀の軍神関羽雲長こと愛紗だった
寝起き直ぐなのだろう、柔らかさと温もりを感じさせるパジャマ姿で、彼女自慢の長い髪は頭の上でまとめられている。左手でコップの底をを支える丁寧な仕草が彼女らしかった
「おはよう愛紗。起こしちゃったかな?」
「いえ。水を飲みに起きたら、偶々道場に向かって歩く一刀さんが見えましたので…どうぞ」
「うん。んっ、ごくっ…ぷはっ!美味しいや」
そのまま道場を抜け、裏庭に一刀たちは立っていた。季節は夏間近、爽やかな朝の風が汗ばんだ体に心地よく、見上げれば東の空がわずかに白んで来ている
「心配ですか?凪沙達の事が」
「父親だからね。今更になって思うよ、父さんたちはこの感情をずっと抱いたまま一度死んだなんて…辛すぎるな」
「…」
胸の前で強く拳を握る。自分の前例があるのだから、と自分の子供達も同じような立場に立った時ある程度何とかできるよう、母達と知識と技術を教えてきた
だからこそ、どんな時代でもきっと無事に生きているだろうという確信はある。だが、そんなもので親心が抑え込められるわけがない
一刀は思い出す。かつて剪定者によって操られたクシャーナ朝と和国の戦争が勃発した時、敦煌に攻め込んでくるクシャーナの軍団を迎撃するために出撃した部隊の指揮、それが外史時代の子供たちの初陣だった
結果的には大勝利に終わったその戦いだが、実際に帰参した子供達の顔を見るまで生きた心地がしなかった。あの時の焦燥感と不安感に似ている
だがあの時と全く違うことがある、今子供たちはこの世界にすらいないのだ
「愛紗、俺は…俺の天命は、外史で三国の戦いを終わらせて、和の国を作って、そして向こうで一度死んで……そこでもう終わった気がしていたんだ。物語をハッピーエンドで終わらせたんだから、それでもう文句はないだろうって、あとの主役はあいつ等だって、自分でも思ってた」
「……」
「でもそうじゃなかったんだ。そりゃそうだよな。めでたしめでたしで物語が終わったところで、俺達はまだ生きているんだ。生きる事をあの世界が許してくれたんだ。だったら、顔向け出来ない生き方はしたくないよな」
「それが貴方の新しい天命だと」
「ううん。そうじゃない、俺が自分で選んだ、俺の生き方だ。物語の主役は外史に呼ばれたあいつ等かもしれない。でも脇役が活躍しちゃいけないなんて道理はないだろ?」
夜が明ける。太陽の光が遠くの山を、庭を、一刀たちを明るく照らす
「出来る事なんてまだまだ分かってないし、もしかしたらないのかもしれない。でも、もしあるのだとしたら、その時に何もできませんでしたーなんてことはしたくない。俺の人生の主役は俺だからね。情けない姿は妻にも子供にも晒せないよ」
「……思い出しますね、幽州の頃を」
桃園の誓い、義勇軍、伏龍鳳雛、朱里と雛里との、白蓮と星との出会い
それがすべての始まりだった
何が出来るかは分からない、でもきっと自分達には何かが出来るはず。そんな思いを抱えて、必死になって戦い、駆け抜けていたあの頃
それは遠い昔の出来事で、自分達も随分歳を取った。でも胸の中にあの時抱いた、未来を掴みたいと願う
「出来ることを一個一個、少しずつやってくしかなかったからね、あの時も……いい歳したおっさんの強がりだけどさ。愛紗は付き合ってくれるかな?」
「愚問です!我が身も心も、そして刃も!あの時からご主人様と桃香様をお守りするために、一度たりとも曇らせたことはございません!」
愛紗だけではない。戦乱の世には程遠いこの正史にて、何故かつての武将たちは全盛と同じように自らを鍛え、軍師達はその知に研きをかけてきたのか
一刀との再会を魂が予見していたから?それもあるだろう、だが愛紗は思う
それはきっとこれからの為だったのだろう、と。大人は大人として、子供たちの為に戦うために、その準備をずっとしてきたのだ
そして、朝焼けに浮かぶ精気溢れる一刀の顔に、かつて少年だったころの彼の顔が重なって、間違いでないという確信が浮かんだ
「ありがとう。ふふっ、それにしても、何年ぶりかな?愛紗が『ご主人様』って呼んでくれたのは?」
「え、ええっ!?」
外史時代、蜀漢の大半の人物は一刀を目上として様々に呼んでいた。ご主人様と呼ぶ者もいれば、御館様と呼ぶ者もいた
だが現代の正史において、十数人の女性にそう呼ばれている男がいればどうなるか
一刀は記憶が戻り、来日する愛紗たちを迎えに行った羽田空港で痛いほど味わっている
泣きながら自分にしがみつく70有余名の見目麗しい女性たち、そのうち何人かは自分をご主人様と呼んでいる
あの時の文字通り空気が凍った感覚と周囲から向けられる自分を滅多切りにせんばかりの視線は忘れることが出来ない
「申し訳ありません…つい……」
「ははっ、いいよ、俺も嬉しかったし。うん、いいな。今度桃香や鈴々と一緒にあの頃みたいに誓い合うのも、いいかもしれないね」
「ふふふ。では今の一刀さんに合うサイズのフランチェスカの制服を用意しないといけませんね」
「ちょ!それは流石に羞恥プレイすぎるって!」
一刀と愛紗の笑い声が重なる。誓いを新たにしたことで、一刀の心から不安は消えていた
まるであの頃に若返ったようで、きっと魂まで歳を取ったと勝手に自分たちが勘違いしていただけなのだろう
物語の主役は務められないけれど、素晴らしいものに出来るための手伝いは出来るから。親は親らしく、子供達のために全力を尽くそう
その誓いは後に一刀から妻たち全員に伝えられ、夫々が自分に出来る事を全力で、と前に向かい進み始めるのだった
親は強いのである
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